ブラジルとアルゼンチンの共通通貨「シュール」
そのような動きの中でも突出しているのが、ブラジルとアルゼンチンだ。両国は「シュール(南)」と呼ばれる共通通貨の立ち上げに合意した。両国は、ブエノスアイレスで開かれる首脳会議でこの計画について議論し、他の中南米諸国にも参加を呼びかける予定である。当初は二国間のプロジェクトだが、この構想はラテンアメリカの他の国にも提供されることになる。
ブラジルが「シュール(南)」と呼ぶことを提案している新しい通貨の目標は、地域貿易を促進し、ドルへの依存を減らすことである。もしラテンアメリカ全体がこの通貨統合に参加した場合、世界のGDPの約5%に相当する地域が脱ドル化する。
ブラジルとアルゼンチンは過去数年間、共通通貨について議論してきたが、ブラジルの中央銀行がこのアイデアに反対したため、話し合いは決裂した。その理由は、保守強硬派でブラジルのトランプと呼ばれるボルソナールが大統領だったからだ。
しかし、いまブラジルは左派のルーラ大統領が就任したので、アルゼンチンとともに左派政権になった。両国はどちらも反米左派なので、脱ドル化に向けた共通通貨の構想が進展する理由となった。
ブラジルとアルゼンチンの貿易は盛んだ。昨年1から11月の貿易額は264億ドルに達し、2021年の同時期に比べ約21%増加している。両国は、パラグアイやウルグアイを含む「メルコスール地域貿易圏」という経済圏の原動力となっている。
そして、共通通貨の立ち上げは特にアルゼンチンにとっては救いとなる可能性がある。アルゼンチンは2020年の債務不履行以来、国際的な債券市場からほぼ切り離されており、2018年の救済措置でIMFに400億ドル以上の債務を負っている。そのためアルゼンチンのペソは下落しており、年間インフレ率が100%に近づいている。
このような状況で共通通貨が導入されると、インフレは落ち着き、経済状況の安定が望めることにもなる。
いまブラジルとアルゼンチンとの間で協議が始まったばかりなので、「シュール」がすぐに導入されるわけではない。しかし、ブラジルとアルゼンチンというラテンアメリカの2大国が共通通貨の導入に向けて動き出すことは、基軸通貨の脱ドル化の流れが他の地域でも加速することは間違いない。
新しい基軸通貨としての人民元の可能性
世界経済の多極化とドルに変わる基軸通貨の立ち上げの可能性は、フセイン大統領がイラク産の石油決済通貨をユーロにしようとしたことを背景に起こった2003年のイラク戦争、そして「リーマンショック」で頂点に達した2008年から09年の金融危機などのときに世界的に議論された。
これらのときには、ユーロがドルに代わる次の国際決済通貨になると見る傾向が強かったが、2010年から始まる「PIIGS危機」の長期化によってユーロ圏全体に金融危機が拡大すると、ユーロは弱体化し、もはやユーロは基軸通貨になる可能性はなくなった。
その後、ドルに代わる地域通貨圏の構想として、アフリカの一部の国で使用され、ユーロに固定されている「CFAフラン」や、「東カリブ・ドル」などの動きがある。しかしこれらの通貨圏は、世界の経済生産に占める割合は小さく、その通貨が世界の他の地域で使用されることはまずない。したがって、これらの通貨が基軸通貨になることはない。
では、ドルに本格的に代わり得る基軸通貨というと、やはり人民元にもっとも大きな可能性があることは間違いない。中国もこの動きに積極的に対応している。