失業していたほうが収入がよい状態
それというのも、インフレ率上昇の背景のひとつになっているのが、失業時の収入が就労時のそれを上回るという奇妙な逆転現象である。
「ペンシルバニア州労働局」がこれを示す分かりやすいデータを公表している。これは、いま全米で起こっている事態を象徴している。皿洗い人からホテルの従業員、そして代用教員など、賃金の低い仕事を中心に、通常の仕事よりも失業給付からより多くの収入を得ているのだ。
以下である。収入は時給で示してある。
就労時の収入 失業時の収入
・最低賃金 7ドル25セント 11ドル23セント
・皿洗い 11ドル22セント 14ドル20セント
・ホテル従業員 11ドル24セント 14ドル23セント
・代用教員 14ドル50セント 14ドル80セント
・軽トラ運転手 16ドル40セント 16ドル20セント
・歯科補助 19ドル20セント 18ドル50セント
・全賃金中央値 20ドル8セント 17ドル78セント
これを見ると分かるが、低賃金の仕事ほど失業時の収入が就労時のそれを上回っている。時給が高くなるほど就労時の収入が上回る傾向が強くなる。
だが、全賃金の中央値を見ると、就労時と失業時の収入の格差はわずかだ。どんな仕事でも失業時には収入の90%近くが政府からの給付によって補填されている。
このような就労時と失業時の収入の逆転現象は、日本では発生していない。バイデン政権下のアメリカに特有な現象である。
これを引き起こしている基本的な原因になっているのが、バイデン政権が実施している新型コロナウイルスのための経済対策にある。バイデン政権は、国民1人当たり16万円の直接給付を含む200兆円の経済対策を実施しているほか、20年間で220兆円を支出するインフラ再建の計画をスタートさせた。
これらの対策には、失業保険の給付期間の延長や、給付金の増額、また特に低賃金の仕事を対象にした特別給付なども含まれている。このような対策の効果で、失業中の収入が就労時を上回るような状況が続いているのだ。
失業率の高止まりと労働力不足、そして賃金上昇
こうした状況だと、仕事があっても就労を拒否し、失業状態を積極的に選択する人々が多くなっても仕方がない。それはアメリカの失業率にすでに現れている。当メルマガの第636回の記事に紹介したように、バイデン政権下で米経済は勢いよく回復している。成長率は次のようになっている。
2020年 2021年
中国 2.3% 8.4%
アメリカ ー3.5% 6.4%
日本 ー4.6% 3.3%
日本と比較すると、アメリカの成長率の高さが分かる。だが失業率は、むしろ高止まりする傾向なのだ。以下は、今年の1月からのアメリカの失業率の推移である。
1月 2月 3月 4月
6.3% 6.2& 6.0% 6.1%
いまの米経済の急速な回復から見て、この失業率は高すぎると考えるエコノミストは多い。特に4月では経済は回復しているにもかかわらず、失業率はわずかながらも逆に上昇しているのだ。
高成長でも失業率が上昇するというのは、普通は考えられない現象である。これは、失業給付が就労時の収入を上回るか、それに匹敵しているので、失業状態を積極的に選ぶ人々が増えていることの現れである。
働かなくても所得が確保されている状態は、むろん旺盛な消費を刺激する。その結果、需要の増大からインフレの昂進が進む。インフレをさらに悪化させる要因になる。
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