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アベの知らない物語~オバマ広島演説に垣間見たアメリカの「世界観」=不破利晴

物語は作り話、現実は甘くない

オバマ大統領の所感は感動に満ち溢れている。その出だしの文章表現はあたかも文学・小説のようで、その後の大きな物語を人々に予感させるに十分だ。実際、所感の終盤でオバマ大統領はこう言っている。

「私の国には簡単な言葉で始まる物語がある。すべての人類は平等に創造され、創造主によって奪うことのできない権利を与えられている。それは生命、自由、幸福追求の権利である」

それでも、これらの理想を実現するのは簡単ではなく、だからこそ、この物語を追求することはすべての人類にとって価値あることだと、オバマは言う。そして、我々はこの物語を伝えてゆかねばならない義務があり、だからこそ「私たちは広島に来る」のであると、彼はそう我々に訴えるのだ。

初めに大きな物語があり、その物語を広島に結び付ける論の展開は見事と言う他なく、これをアメリカという固有名詞は伏せて、某国首脳の言葉として虚心坦懐に読んだならば、大多数の人々の魂は大いに揺さぶられるだろう。

それほどのスケール感、誠実さ、慈愛の精神を兼ね備えた、これぞ政治家冥利に尽きる金字塔的表明だ。そして、これこそがアメリカ合衆国に脈々と受け継がれている「世界観」であるとしたならば、我々はそんなアメリカと同盟関係を結んでいることに誇りすら感じるであろう。

しかし、現実はそう甘くはないと、オバマ大統領のこれまでの政治的姿勢の全てがそう我々に囁きかけている。

「CHANGE!」されなかった米国

「CHANGE!」を掲げ、颯爽とアメリカ政界に登場したオバマ大統領は、大いなる理想主義者であるかのように人々の眼には映った。アメリカ大統領といえども、本当の意味でアメリカ社会を変えるにはその力は限定的だ。それでも、オバマが自分の理想に忠実であればアメリカはもっと変わったに違いない。

現在進行形のアメリカ大統領選ではバーニー・サンダースが善戦し、ヒラリー・クリントンが彼を振り切れないでいる現実がそれを証明している。アメリカの若者たちの眼には、バーニー・サンダースが大いなる理想主義者(=アメリカを変える者)として映っているのだ。

核軍縮に関して言えば、例えば核弾頭の数一つとっても、その現実は目を覆うばかりだ。アメリカが7000発を保有し、さらにロシアのおいてはそれを上回る7300発を保有している現実が横たわる。この二国間だけで世界の核弾頭の実に92%を占めている。しかも、一国だけで世界の核弾頭の47%を保有するロシアが、先般のクリミア問題でアメリカと対立し、主にアメリカの意向によって先進国首脳会議から弾かれている。

端的に言って、ロシアのいない場での核軍縮表明とは、一体どれほどの意味を持つのだろうか。

世界の核を牛耳る米ロが対立し、ロシアをつまはじきにしたアメリカが、あれほどの核を持ちながら“したり顔”で核軍縮を謳い、広島平和記念資料館は10分程度の滞在でスルーし、原爆ドームに至っては遠巻きに見学するといった物見遊山な態度で、それでも被爆者の老人とは抱き合ったりしているわけだ。

そして、オバマ大統領訪日にまるで合わせたかのように、アメリカ軍属による邦人女性殺害が明らかとなり、日米地位協定の問題点が市民権を得たこの期に及んでも、安倍政権は沖縄に何の配慮をすることなく、アメリカに対しても日米地位協定の見直しを訴えるわけでもなく、むしろ他の各国首脳とは異なりオバマ大統領を明らかに優遇する措置をとっている。

茶番劇

しかも、ここが重要な点なのだが、広島を訪れたのはオバマ大統領だけであったという事実である。

安倍首相はなぜか伊勢神宮は各国首脳と参拝し、つまり、各国首脳に対して共に参拝することを要請し、にも拘らず肝心の広島についてはオバマ大統領のみの訪問で大いに満足している体たらくなのだ。

実に倒錯した状況である。ぼんやりテレビなどを眺めていると、あたかもオバマ大統領の広島訪問が歴史的偉業であるかのように洗脳されてしまうが、それこそ事実一つひとつを確認するだけで、今回の広島を巡る動向はそのすべてにおいて倒錯している様が見て取れるはずだ。

世間ではこういったことを「茶番劇」と呼んでいるはずだ。そして、日本を巻き込み、日本も自ら巻き込まれたがっている様相そのものが、アメリカの「世界観」なのである。

Next: テレビを見ているだけでも気づく「アメリカの世界観」とは

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