自民党の萩生田政調会長は先のNHK日曜討論で、減税を含む経済対策はデフレ脱却が目的といい、賃上げに政策を総動員すると述べました。翌30日には衆議院予算委員会で岸田総理もデフレから脱却するための経済対策との認識を示しました。
経済対策の第1の柱に「物価高から国民を守る」としていながら、大規模な追加経済対策を行う前提としてデフレ脱却を上げる矛盾を露呈しました。そして賃上げに政策を総動員するコストは結局国民が払うことになり、新たな問題を引き起こします。(『 マンさんの経済あらかると マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2023年11月1日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
呆れた政府のデフレ認識
それにしても総理や政府の政策決定の要になる政調会長の口からデフレ脱却のための経済対策、という認識が示されたことに驚きを隠せません。
国民が物価高に苦しみ、1年前の2倍になったトマトや5割も上がったパンの前に、怒りと絶望を募らせる主婦の声が聞こえていないのでしょうか。
積極財政で金をばらまきたい安倍派の世耕参議院幹事長や政調会長の萩生田氏だけならまだしも、総理までもがデフレ脱却を目指すというのは、さすがに国民も首をかしげます。
どんなに物価高でも現状はまだデフレだと言い張って需要追加を図ろうとしても、国民もバカではありません。物価を上げようとして金を使い、物価が上がった分をまた国民の金で痛み止め薬を出すいい加減さにはうんざりです。
この認識があるために、日銀のインフレ政策を止められないようです。昨日は日銀も市場に押されて長期金利の上昇を一部認めましたが、緩和姿勢は変わらず、円安も止まりません。
政府が本気で物価高を何とかしたいなら、その元凶ともなっている日銀の大規模緩和、円安誘導を止めなければなりませんが、政府はあえてこれを放置しています。インフレになれば、それを名目にまた企業に補助金という名の金をばらまき、良い顔をできるからです。
先の補選で長崎の議席を守ったために、国民の反発をかえって理解できなくしていますが、これも低投票率で組織票の多い自公票が優位に働いただけで、国民が自公のバラマキ政治を認めたと勘違いしないほうがよいでしょう。
賃上げ誘導、インフレにならない形で
そして政府は賃上げを進めるために、政策を総動員すると言っています。
ここに大きな問題があって、政策総動員はいけません。かつては政府もエコノミストも、所得分配にかかわる賃上げについてはあまり口を挟まないようにしてきました。所得の分配に国家権力が過度な介入をすべきでないと考えられたうえに、そこには副作用、副反応も大きいためです。
現在の賃金引上げ論は、インフレで実質賃金が減少していることに対して、労働者の所得を守る発想として出ています。そのためには、これ以上インフレにならないようにして賃金だけ上げ、実質賃金の改善を図る必要があります。賃上げがまた次のインフレを生み出しては元も子もない「いたちごっこ」になってしまいます。
ただ賃金を上げればよい、というものではありません。
では、実質賃金を上げるにはどうしたらよいのか。それは労働生産性を上げることです。例えば3%労働生産性が上がれば、3%賃上げしても企業のコストは高まらないので値上げする必要はありません。賃金だけ上がって物価が上がらないので、実質賃金は3%上昇します。
従って、政府がすべき「政策総動員」は、企業の労働生産性を上げるための方策となりますが、これは容易ではありません。