1人当たりの実質賃金はここまで24か月連続で前年比減少となっています。昨年度も年間で2.2%の減少となりました。しかし、今年の春闘が30年ぶりという5%台の引き上げとなったことから、この夏までに実質賃金もプラスになるとの期待が広がっています。しかし、事はそう簡単ではありません。これを拒む要因が足元から山積しています。(『 マンさんの経済あらかると マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2024年5月24日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
東京都のCPI減速がミスリード
実質賃金プラス化に期待を持たせる要因の1つになったのが、4月の東京都区部のCPI(消費者物価)です。
この前年比がコアで1.6%の上昇と、前月の2.4%から低下しただけでなく、日銀の物価目標2%をも下回ったためです。名目賃金(所定内給与)の伸びが足元で1.7%のため、このまま全国でもCPIが1%台に低下すれば、高い賃上げのもとで実質賃金が早めにプラス転換との期待になりました。
ただ、4月の東京都のCPIには、東京都だけの特殊な物価下落要因がありました。これは高校授業料の免除・減免で、これだけで東京都の物価を約0.5%押し下げました。しかしこの措置は東京都だけなので、本日発表予定の全国のCPIに与える影響は東京都のウエイト分だけに薄められ、この押し下げ効果は0.05%程度とみられます。
また実質賃金の計算に用いられる消費者物価は、コアではなく、帰属家賃を除いた総合です。全国の3月はこれが3.1%の上昇でしたが、4月は授業料の引き下げ分を考慮しても3%近い数字になるとみられます。
川上の物価水位上昇
それでも一時は4%を超えていた物価上昇率が3%程度にまで減速してきたことから、さらなる改善を期待する声も聞かれますが、そうはいきません。ここまでインフレの減速をもたらした輸入物価の下落効果が薄れています。最近では輸入物価がまた上がり始めています。
まず資源価格や穀物価格などの動きを反映した国際商品指数(CRB)が、年初には260割れを見せていたのが、最近では300に迫る上昇を見せています。このため、契約通貨ベースの日本の輸入物価も、前年比ではまだマイナスですが、そのマイナス幅が縮小、限界的には上昇を見せるようになりました。
加えてこのところの円安が、円ベースの輸入物価をより大きく押し上げます。
昨年夏には前年比で2桁の下落を見せていた円ベースの輸入物価は、4月に前年比6.4%の上昇となり、今年に入ってからの瞬間風速は年率13%の大幅な上昇となっています。この「川上」の水位上昇が「中流」の水位を押し上げるようになり、国内企業物価も直近3か月では年率3%弱の上昇に高まってきました。
川下の消費者物価の財価格に跳ねるのは時間の問題となってきました。遅くともこの夏場には、CPIの「財」の価格上昇率が輸入物価上昇の影響でまた高まるようになるとみられます。