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鵜呑みにできない!現代日本のリフレ派経済学=経済学者・青木泰樹

主流派経済学の貨幣の定義には預金通貨が含まれていない

それではなぜ支配的な経済学の貨幣の定義には、預金通貨が含まれていないのでしょう。先に示した国民経済の簡略イメージを思い出してください。個人や企業(実体経済)の保有する預金とは、「預け入れ」という名称がついておりますが、実際は銀行への「貸し付け」のことです。

すなわち実体経済の預金(資産)は、銀行にとっての同額の負債であり、民間経済内で合計すると純額としてゼロになってしまうのです。その場合、民間ムラで資産(購買力)として残るのは現金だけとなります。

このように経済学の基本的な考え方は、単純に「政府」と「民間」を対峙させるだけで、各部門の内部(2軒の家の存在)にまで洞察を加えないために、どうしても現実経済を考える場合に齟齬が出てしまうのです。

しかし、経済学の貨幣の定義と現実のそれが異なっていようと、両者を関連づける概念があります。それがマネーストック(M)とベースマネー(H)の比率として定義される「貨幣乗数(M/H)」です。

この貨幣乗数の値が一定の値として安定しているならば、「貨幣とは現金のことだ」とする経済学の定義を現実に適用しても問題はなくなります。その場合、ベースマネーとマネーストックの間に一定の比例関係が常に維持されます(貨幣乗数の定義式を因果式と解釈すれば)。

例えば、貨幣乗数が7で安定していれば、ベースマネーを1兆円増やした時、マネーストックは7兆円増えることになり、政府はベースマネーの量を操作することでマネーストックを制御することが可能になるからです。

実際、岩田氏は、かねてからベースマネーによるマネーストックの制御は可能とする学問的立場を取っておりました(経済学の教科書の立場)。ベースマネーによる制御が可能か否かに関して、以前、彼は当時日銀に所属していた翁邦雄氏と「岩田・翁論争」を起こしたくらいです。それゆえ、岩田氏が、三橋さんに問われた時、「貨幣の定義はマネタリーベース」と答えたのは当然でしょう。

しかし、岩田氏の強弁は、現実経済を前提とすれば成り立ちません。貨幣乗数は、(金融政策の結果として)「事後的に算出されるHとMの比率」に過ぎないのです。事前に決まっている数値(パラメーター)ではありません。そのことは、政府から民間へ現金を注入する経路を考えれば容易にわかります。

日銀の量的緩和策では実体経済に現金が回らず、景気は浮揚しない

日銀の量的緩和策を考えてみましょう。日銀は民間ムラの銀行の保有する国債を買い取り、現金を渡します。しかし、実体経済に現金を渡しているわけではありませんから、マネーストックは増えません。

なぜなら、「ベースマネーとして定義される現金(民間保有の現金)」と「マネーストックを構成する現金(実体経済保有の現金)」は、同一ではないからです。先述したように、マネーストックの定義の中の現金に銀行保有分は含まれないのです。

このことさえ認識されれば、需給ギャップを解消し2%インフレを目指すとする量的緩和策の限界はおのずから明らかでしょう。確かにベースマネーを増やすことは出来ます(量的緩和策とは、銀行保有の現金を増やす政策ですから)。しかし、マネーストックを増やすには銀行による実体経済への融資が必要なのです。もちろん、融資の前提は実体経済の資金需要です。

それも不動産投資向けやM&A資金向けではなく、(景気浮揚のためには)国内の実物投資への融資の増加が必要なのです。

今後も量的緩和は継続されますから、貨幣乗数は下がり続けることになります。それはベースマネーによるマネーストックの制御が不可能なことの端的な証なのです。

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