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新紙幣を喜んでる場合か? 戦後の預金封鎖の暗い過去が蘇る新円発行=今市太郎

かつて戦後の日本でもデフォルト(債務不履行)が起きており、預金封鎖と新円発行が断行
されました。新紙幣の発行と聞くと、この国家ぐるみの略奪的資産没収イベントが思い起こされます。(『今市太郎の戦略的FX投資』今市太郎)

※本記事は有料メルマガ『今市太郎の戦略的FX投資』2019年4月10日号の抜粋です。興味を持たれた方は、ぜひこの機会にバックナンバー含め初月分無料のお試し購読をどうぞ。

思い出すのは、戦後日本での国家ぐるみの略奪的資産没収イベント

実際に日本で起きた「預金封鎖」

過去にこの日本で、デフォルト(債務不履行)があったことをご存知でしょうか?

「いや、そんな話は聞いたことがない」とおっしゃる方も多いと思いますが、実は第二次世界大戦中に、国内でもデフォルトは起きているのです。

しかも、このデフォルトにともなって、戦後まもなく預金封鎖新円の発行が秘密裏に断行されますが、この経緯を見ますとかなり震撼させられます。

新紙幣の発行などという話を聞きますと、私にはこの過去の一世一代の国家ぐるみの略奪的資産没収のイベントが思い起こされることになり、決して手放しで喜ぶ気分にはなれない状況です。

第二次世界大戦の開戦直後からデフォルトに陥っていた日本

日本は明治維新後、政府が誕生してから日清戦争や日露戦争などを引き起こしています。

こうした戦費を確保するために、外国債の発行をしては先進諸外国に買ってもらって戦争を続けるという、自転車操業を行ってきています。

昭和初期の大恐慌前あたりには債券発行の25%は外国債であった時期もあるほどで、1941年に太平洋戦争に突入して間もなく、翌年にはすでにこうした発行済みの外国債への利払いが停止することとなり、今で言うデフォルト(債務不履行)に陥っています。

そして、この状態は1952年サンフランシスコ平和条約が締結されるまで継続することになるのです。

戦時中の国債発行は当然のことながら国内債に限られていたわけですが、敗戦が確定する時点ではそのほとんどが極めて低金利に設定された内国債で構成され、しかもそれを日本銀行と政府の預金部が引き受けるという、いわゆる財政ファイナンスをこの時すでに行っていたわけです(どうもこのあたりはどこかで聞いたことのある仕組みを彷彿とさせますが…)。

ということで、敗戦時に国民になんとか残されていたのは現預金のみという、きわめて厳しい状況から戦後復興を迎えなくてはならなくなったのです。

Next: 当時の大蔵省が実施したのが、突然の「預金封鎖」と「新札切り替え」

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