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世界市場は金融緩和頼みだが、天災は忘れられたるころに…まだ誰も暴落を忘れていない=山崎和邦

潜在的に厳存する持ち合い解消の売り

企業が保有する取引先などとの政策保有株を通常「持ち合い株」と言っている。本メルマガもこれに倣ってこの言葉を使ってきた。

2003年春、「タンス株券の売り」「年金返上の売り」と重なって「持ち合い解消の売り」がバブル後の大底を2003年春に付けることに大いに影響した。

それが外部要因から来た09年のリーマンショック後の7,000円とは別に、銀行の不良債権山積みで資本主義経済の血流が支障来たしたと言う国内事情だけで下げた日本経済の大底だった。3万8,915円から7,600円まで平均株価は5分の1以下になったこの頃である。

今、日本株全体の約5%に当たる分が保合に当たるものでこれが約30兆円弱あるとされる。金融庁などの統治指針で持ち合い解消が促され、しかもその開示が強化される。売却の動きが本格化すれば10兆円や15兆円は売り要因となって出てくる可能性は大いにある。

2003年春の持ち合い解消の頃、筆者は三井の企業の常務取締役をしていて、取締役会で持ち合い解消の売りが審議されてこれを売ることになった。その時のことを筆者は鮮明に覚えている。「第何回取締役会において審議の結果、持ち合いを解消する方向に決まった。

当社が持っている○○会社の株と○○会社の株は売却することに決定した」と簡単な議事録が来て、財務担当の取締役(筆者ではなかった)が財務担当の部長か課長辺りに「持ち合い解消の売りが取締役会で決まったから○○株と◎◎株は売ろう」という、そうするとそれを受けた部課長は幹事証券である野村證券に直ちに売ってくれという、証券会社は客注による売りである、故に一挙に売れないほどの株数ならばハメ先を用意した上でクロスするのだが、それほどの量でないものは一挙に成り行きで売る。

売られた株は当初の売りで安値を付ける。2週間ほどを経て「これこれの値段」で「これこれの株」を売ったという結果報告が出る。誰もそんなものに関心はないが筆者は良く見ていると、当社の売った持ち合い株は自らの売りで自ら最安値を付けているのだ。

「持ち合い解消の売り」とはこんなものだ。ヒトのカネだから売れと言われたら下がらないうちに叩き売る。自ら安値を付ける。これが2003年春に「失われた13年(★註)」の最安値を付けた三つの市場内要因のうちの一つである。一挙には出ないであろうが、金融庁の持ち合い解消を促しているし、開示も強化されるから各社は売却の方向であろう。

持ち合い関係というのはだいたい取引先との合理的な関係で持ち合う場合も多いが、村上ファンドなどに追及されれば明確な理由を答えられない場合も極めて多い。そして持ち合いのその保有効果も明確に定量的な判断ができるものではない。保有効果の定量判断は実務上困難で、相手先との関係を考慮して開示を差し控える、となれば金融庁は黙って見逃すわけにもいかない。

(★註)「失われた13年」:筆者が時々本稿でこの言葉を使うのは朝日新聞が流行らせたと思う「失われた20年」の中の一部を明確に区分しているのだ。1990年の年末の3万8915円から2003年春の7,600円台まで5分の1の株価になった。それが、リーマンショックやBREXITショックや米中貿易戦争などのような外部要因によらず国内だけの理由で平均株価が5分の1にまで下がった、日本経済の本当の意味のバブル後の大底であったと筆者は思う。

その後そこから小泉政権で2倍半になり、また安値を更新して7,000円を付けた。これはリーマンショックという外部要因によるものである。この「失われた13年」と筆者が特別に13年間を切り取って言うのは、バブル全盛時代に各銀行が競争で金を貸しまくった時に債券価値を査定もせずに極端に言えば無価値に近いものを担保とした。こういうものは全部が不良債権となった。

また、都心の地価が10分の1になり、株価が3分の1、4分の1となっていくわけだから、担保として預かっていた不動産も株も担保価値を喪失し不良債権が山積みとなった。銀行はそれで動きがとれなくなった。この資本主義体制の血流が止まった状態で日本経済は13年間下がり続けた。

これを筆者は「失われた13年」として「不良債権山積みの長期不況」ということで「失われた20年」という漠然とした言い方から区別して1990年~2003年という「13年間」を切り取っている。

Next: 銀行業が弱体化した今後、考えられる3つのポイント

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