思考実験──片づけるべき用事とは
『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。
1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。
2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。
3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。
4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。
5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。
出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)
用事の特定
イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。
今回は、同社グループの経営方針の一つである「顧客満足度の向上」を取り上げます。同社グループはそれを次のように認識しています。
お客様の一つひとつの声と向き合い、「不満」「不安」「不快」といった「不」の解消に努め、改善を図っていきます。また、ハード面に加えて、接遇面の教育を強化しソフト面の向上を図ります。
ここで着目したいのは「不快」の解消。『医療マーケティングの革新』は次のように指摘しています。
(前略)コンタミネーション知覚とは、他者の製品使用後の痕跡に対する感覚知覚である((Argo et al.,2006)。医療機関では通常の施設よりも、患者が接触に対して神経質になっていると考えられる。
実際に、待合室の入り口においてあるスリッパに、われわれは何となく抵抗感を感じる。前の患者が使った直後の生温かいスリッパを直接履かずとも、外側のカバーに触れただけでも、不安を感じてしまう。あるいは、他の患者が座った温もりの残るソファーに座ることにも少なからず抵抗を感じる。温もりを通してその患者の何かを受け取ってしまいそうな気がしてしまうからである。
スリッパやソファなどにみられるこのような現象はコンタミネーションの一種であり、他者が対象に接触することで付着する何かを消費者がネガティブに知覚する。
これと同じことは、ホテルの待合室にあるソファーについてもいえます。こういった状況で待合室にあるソファーを雇うとする顧客がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「腰をかける」ということ。感情的側面として「リラックスする」、社会的側面として上記のような「コンタミネーション知覚」を重視するでしょう。
なお、同社グループは、新規参入者を含めた競争について次のように認識しています。
既存の競合他社に加え、民泊という新業態の参入のほか、昨今は異業種からの業界参入もあり、競争激化により集客が低下し、当社グループが展開するホテルの稼働率が低下する可能性があります。