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「悔しさ」を感じない戦後日本=施光恒・九州大学准教授

ところで、昨日、報道がありましたが、ウグイスや虫の鳴き声の声帯模写で知られる演芸家の四代目・江戸屋猫八さんが亡くなりました。私より若い世代には、テレビゲーム番組の司会者としても知られていたそうですが、私は、このかたと、このかたのお父上である先代の江戸屋猫八氏(三代目、1921~2001年)がテレビの演芸番組でよく共演し、見事な、ウグイスや鈴虫の鳴き声の物まね芸を披露していたのを思い出します。

以前、私は、三代目のほうの江戸屋猫八氏の自伝『キノコ雲からはい出した猫』(中央公論社、1995年)を読んだことがあります。

三代目の猫八氏は、戦時中、陸軍にいたそうです。原爆が広島に投下された当時、爆心地から三キロ離れた宇品に駐屯しており、投下直後に広島入りし、救援活動に従事しました。

猫八氏の自伝によれば、原爆で負傷した人々が、軍服を着た猫八氏に息も絶え絶えにかけた言葉はだいたい次の二つだったそうです。一つは「水を下さい」、もう一つは、「仇をとってください」でした。

「水を下さい」のほうは、原爆にまつわる現在の語りのなかでよく聞きますが、後者の「仇をとってください」は、ほとんど耳にしません。

米国に原爆を落とされ、自分自身や家族を傷つけられた人々が、軍装の猫八氏に向かって、こんな目にあわされて悔しい、私や家族の仇をうってください、と言ったというのは、考えてみれば、生々しくも自然な感情でしょう。

しかし、戦時中の記憶についての現在の語りでは、「悔しさ」にはほとんど焦点が当てられません。

どうも戦後日本は、対・米国をはじめとする国際関係の場において、「悔しさ」という感情を過度に抑圧し、なるべく意識しないようにしているようです。

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