イギリス国民投票の結果をうけ、世界を駆け巡ったブレグジット・ショックは、これが「バブル崩壊」や金融引き締めなど、経済の歪みや政策ショックとは異なるものだけに、「見えない怖さ」をもたらしました。
ここには「独立」「離脱」の波及が、政治の不安定増幅を通して経済を蝕む面とは別に、もう1つ、「想定外」の政治ショックが金融に大きな波紋を投げかける怖さがあります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
ただの政治ショックに留まらないブレグジット、もう1つの怖さ
金融株の大幅下落が意味するもの
今回の市場混乱のなかで、注目される現象の1つが金融株の大幅下落です。
フランス、イタリアの銀行株が大幅な下落を見せたほか、英国やドイツ、スイスの大手銀行から米国の銀行証券、そして日本でも大手金融機関の株価が大きく下げています。これは一体何を物語っているのでしょうか。
これには長短少なくとも2つの問題が考えられます。
1つは、1998年のロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)やタイガー・ファンドの破たんと共通する問題です。つまり、ノーベル経済学賞をとるような専門家を抱えるファンドが、ロシアにおいて市場経済では想定できない強権的制度変更により、巨額の損失を被りました。損失はこれに投資した金融機関にも波及します。
今回、事前には英国がEUに残留するとの「読み」が広がり、ポンド高、株高が進みました。そこへ「想定外」のブレグジットとなったために、ポンドは急落し、南欧諸国の株価や日本の株価は1日で8%前後の急落を見せました。
問題はこの「価格急落」が、デリバティブス市場で大きな「ショック」をもたらした可能性があることです。
デリバティブ取引でヘッジファンドが大損失の可能性
1998年には、大手ヘッジファンド、ロングターム・キャピタルの経営破たんが、ここに投資している金融機関にも及ぶとして、グリーンスパンFRB議長(当時)は、秋に立て続けに金利を下げ、緊急の流動性追加を行いました。
このため、大手銀行への破たん連鎖は回避されましたが収益悪化はいかんともしがたく、ヘッジファンド自体の破たんは避けられませんでした。
今回、世界の中央銀行は緊急のドルスワップで資金供給を行っていますが、目先の流動性危機は回避できても、もしデリバで巨額の損失を出しているところがあれば、それ自体は救出できず、クレジットの悪化は避けられません。
まさかの事態で価格が急変すると、デリバの世界には天国と地獄が同時に発生し、破たん業者が出ると、システミック・リスク(編注:特定金融機関の決済不能が次々と広がり、市場全体に波及するリスク)も発生します。
今回は事前にポンドを狙う投機的な動きも見られ、それだけポンドの変動が大きくなっています。このポンドを利用したデリバ商品が「事故」を起こしている懸念があり、同様に急激に動いた市場でも、このデリバで損失が増幅されている可能性があります。その疑いの目が金融市場の流れをより悪化させます。
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