記録的豪雨に流された森林
2018年7月、西日本を中心に日本は記録的豪雨に見舞われた。ダムを守るために放水された水は民家を押し流し、愛媛県の肘川や岡山県の高梁川などで大きな被害をもたらした。今回もまた、流れ落ちてくる流木は水害を拡大させた。
なぜ、これほどの流木が流れ落ちてくるのか。そこに戦後行われたスギ・ヒノキによる拡大造林計画の失敗の影を見ることができる。大規模に植林した後、手入れもされずに放置された植林木が十分に根付かずに雨と共に流され、倒れるときに周囲の土砂を掘り起こして流れた結果であるとの見方があるのだ。
「拡大造林計画」では、それ以前のような広葉樹中心の森林が針葉樹に変えられ、植えられた植林木が「挿し木」中心であったため、天然林のような真下に根を張る「直根」が広がらず、山を抑える力が弱くなっていたこともある。そして、植林以前の広葉樹の根が枯れ、そこが水を含んだ空間に変えられてしまうのに30年以上かかるため、伐採した直後ではなく半世紀以上も経った後に山崩れを起こした。「拡大造林計画」によって、水害に弱い山地を人為的に作ってしまっていたというのだ。
林業では生活できなくなっている…
そうして考えてみると、「戦後の拡大造林計画」はそれまでの広葉樹中心の山を針葉樹中心に勝手に塗り替えてしまったのだ。いくら何でも国内の森林の半分近くを、突然人工林に変更してしまうのはやりすぎだった。
当時は山林所有者の力が強く、木材の価格は山林側の言い値の通りになる状態だったが、それを安く供給させるために、1960年頃から木材の輸入に対する関税をほとんどなくしてしまった。木材価格はそれをきっかけにして暴落し、今でも当時の木材価格と変わらない。物価上昇率を加味すると、当時の木材価格の八分の一程度まで下がってしまっている。
山に手が入らない最大の理由は、木材価格が安すぎて、関係者は生活できないレベルになっているためだ。先を見ないその場しのぎの林業行政が、これほどまでにダメにしたようなものだ。それが再び三度、同じ林業行政によって繰り返される。
こうしたその場しのぎの林業政策が森をダメにしてきたのであって、改善したのではない。今回の「森林経営管理法」も、その流れに乗った森林経営を悪化させる仕組みになるのは間違いないだろう。
「林道」が日本の山を破壊する
現在の時点で山という現場を壊しているのは、「高性能林業機械化による過大な林道建設」によるものだと思う。ところが「森林経営管理法」もまた、高性能林業機械の活用を推進している。
山が壊れるのは、圧倒的に林道崩壊をきっかけにすることが多い。その林道は、効率良く伐採した木材を搬出するために推進されるのだが、日本の急峻な山に適した林道となっていない。さらに効率重視の高性能林業機械を入れたがるが、その重さは日本の急峻な山に耐えうる重さではないのだ。
30トンもあるような高性能林業機械を走らせるには、高速道路レベルの道路網を整備しなければならない。しかし急峻な山岳地帯に、そんな道路を造れるほどの余裕などない。その結果、山を削り、沢を埋め立てて林道が造られるが、その林道そのものが山を崩れさせる原因となっていった。
たとえばバブルの時期に全国で進められた「スーパー林道」と呼ばれる高規格道路を見てみるといい。各地に建設されたが、その後はスーパー林道の法面から続々と崩壊し、使えないものばかりになってしまった。
山にとって最も破壊的なことは、「道路建設」だと思う。確かに平地なら機械で伐採し、余分な枝や木の皮を剥ぎ取り、玉切りして大型トラックに積んで運び出す作業までできる高性能林業機械は魅力的だが、日本の急峻な斜面ばかりの山では、そんな簡単に使えるようにならないのだ。