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テレビが伝えぬ「小池劇場」本当のみどころと安倍総理最大の不安=近藤駿介

民進党との「合流」というミスリード

次に、連日メディアで繰り返される「小池劇場」で気になるのは、「合流」という言葉が使われ続けていることである。実質的に解党に追い込まれた民進党の所属議員の多くが「希望の党」からの出馬を目指していることもあり、メディアでは「合流」という言葉が繰り返し使われている。

しかし、「合流」というのは民進党側から見た「希望」に過ぎず、「希望の党」側は早くから若狭議員も小池代表も「合流という考えはない」と「合流」を否定している。それにも関わらずメディアが「合流」という言葉を使い続けることにはある種の悪意を感じてしまう。

「選挙のために集まって看板を替えた政党に、日本の安全、未来を任せるわけにはいかない」

衆議院解散直後の自民党の会合で、安倍総理はこのように発言し、暗に「希望の党」が「選挙のために集まって看板をかけ替えた政党」であると批判した。

しかし、「希望の党」は民進党が看板を替えるために立ち上げた政党ではなく、総理の衆議院解散表明を受けて誕生した政党である。

総理のこうした必ずしも事実にそぐわないような発言が何の抵抗感もなくニュース番組で流されていくのを見ていると、メディアが「希望の党」は民主党と「合流」してできた政党であるという印象を与えるという意図を持っているのではないかと勘繰ってしまう。

また出た、安倍総理の悪癖

安倍総理が「人柄が信用できない」という評価を受けるようになった1つの要因になっているのは、このように事実を自分に都合よく脚色するところである。こうした総理の特徴は、解散直後の28日夕方に渋谷で行った事前告知なしサプライズ街頭演説にも表れている。

解散表明会見を行った25日には「希望の党」について「希望というのはいい響きだ。選挙で各党が政策を前面に打ち出しながら建設的な議論をして国民の期待にこたえていきたい。選挙戦はフェアに戦いたい」と大人の対応を見せていた安倍首相だが、28日夕方に行ったサプライズ街頭演説では、「希望の党」を念頭に、「野党の皆さんは新しい党をつくろうとしているが、90年代の新党ブームの結果、日本は長い経済の低迷に突入した」「ブームからは希望は生まれないんです」と感情を剥き出しにして強い対抗心を見せた。

この感情をむき出しにした演説は、総理の特徴を如実に表したものである。

安倍総理が例に出した「90年代の新党ブーム」が、国民の期待に応えられず、短期間で終焉したのは事実である。しかし、安倍総理の「新党ブームの結果、日本は長い経済の低迷に突入した」という指摘は事実に反した脚色である。

そもそも、90年代に新党ブームが起きたのは、「55年体制」といわれる自民党長期政権に対する国民の不満が形になって表れた現象である。

ここで忘れてならない事実は、新党ブームによって自民党が政権を失ったのは細川内閣が誕生した1993年8月、1990年のバブル崩壊から3年半以上も後のことだったことである。その時には、1989年末に3万8915円という史上最高値を記録した日経平均株価は、2万円前後とすでに最高値から半分の水準まで下落していた。

つまり、新党ブームが起きる前の自民党政権時代には、すでに「日本は長い経済の低迷に突入」していたのである。

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