エネルギー省の研究所とアメリカの無反応
そしてこの報告書は、研究員と専門家の引き抜きにあった研究所の多くは、エネルギー省が管轄している機関だとしている。
こうした機関では最先端のテクノロジーにかかわる先端的な研究が行われているが、中国にリクルートされた研究者によっては、自分がこれらの機関で開発したテクノロジーの特許を中国の会社名で登録したケースもあるとしている。これは米国民の税金の支出で可能になった研究の特許が、中国に奪われてしまうというとんでもないケースだ。
また、中国に帰国する前に在籍していた米研究機関から3万個のファイルをダウンロードして持ち帰った研究者もいる。
一方報告書では、このようなことが2008年以来10年以上も続いているにもかかわらず、人材を引き抜かれた研究機関はこうした事態に対して反応が非常に鈍く、特別な対策はないとしている。
これは大学や研究機関だけではなく、研究資金を提供元である「全米科学財団」や「国立衛生研究所」、エネルギー省も同様だ。
それというのも、研究機関が引き抜きの事実とそれがアメリカにもたらす危険性について意識し始めたのは、2018年10月になってからだった。
こうした状況なので、これからは中国の人材引き抜きと知的財産権の侵害に対しては、FBIを中心とした情報機関が対応するとしている。
FBIはこの状況をアメリカの国益を損なうばかりではなく、国家安全保障上の脅威として理解し、全力でブロックしなければならないとしている。
報告書にはこれを実施するための具体的な提案が列挙してある。
5Gと同じ状況、もうどうにもならない
この報告書を読むと、FBIの危機感がとてもよく分かる。
中国の、アメリカを凌駕しつつある最先端分野のテクノロジーの発展をいま抑止しないと、将来アメリカのテクノロジーは中国に圧倒され、それが国家の安全保障上の危機となるという認識だ。
しかしながら、一読して筆者は違和感を覚えないわけにはいかなかった。中国による研究者と専門家の帰国ラッシュと引き抜きは、もう何十年も前から行われていることであり、いまの時点でFBIがこれを国家の安全保障上の問題だとしても、あまりに遅きに失しており、いまさらどうにもならないのではないかと思ったからだ。
まだ中国の科学技術が発展の初期段階にあれば、このような人材の引き抜きに対する警告も意味があっただろう。だがいまの中国は、アメリカを凌駕する水準の独自の科学技術を開発することのできる強固な基盤を確立してしまっている。
この点から見ると、前回の記事で解説した5Gと同じことになっている。いまから対策をしてもどうにもならないのではないか?
ましてや今回のFBIの報告書が対象としているのは、国立研究所や大学の研究機関に在籍していた研究員の中国引き抜きである。
「グーグル」や「アップル」などの民間の先端的IT企業での引き抜きは対象にはなっていない。むしろ民間からの中国帰国組がもたらす技術のほうが大きいのではないだろうか?