子どもに冷たい人の共通点
子連れ家族や子どもに冷たくあたる人には、いくつかの共通項があるようです。
それは(あくまで私の印象ですが)以下などです。
・男性
・独身
・子どもが手を離れている年齢になっているか、すでに巣立っている
特に「ほとんど男性」というのは顕著で、やはり10か月もお腹の中で育んだわけでもないし、痛みに耐えて産んだわけではないし、母乳もあげていないなど、「生まれてくる新しい命」という実感を体感として経験していない分、感情移入(守りたい、愛おしい)がしにくいのだと思います。
ただ、それは世界中の男性すべてに当てはまることです。
日本に蔓延する「他人への無関心」
では、日本人のどういう特質が反映されているのでしょうか。
ひとつの要因として「赤の他人に対する壮絶な無関心さ」が挙げられると思います。
自分のコミュニティの人には思いやりや親切心を持てる一方、自分とは関係ないまったくの他人には、非情なまでの「どうでもいい感」を持つ。電車の中での化粧や飲食という行為も、周囲は人間の形をした風景にしから映らないからでしょう。
半径3メートルの人間関係しか大事にしない・できないようになっているのではないでしょうか。
たとえば、私が幼少の頃、地方の田舎では地域全体で子育てをする環境でした。他人の子も、自分たちのコミュニティを構成する一員という一体感がありました。
異年齢の子どもたちが一緒に遊ぶ光景も普通で、小さい子は近所のお兄ちゃんやお姉ちゃんから学ぶ、自分より小さな子どもたちに教えるというのも当たり前でした。
だからという理由だけではありませんが、多種多様な人との交流によって「他人への許容」「自分とは違う人への尊重」もまだ受け入れる土壌があった。
しかし現代、異年齢が交わるのは会社ぐらいで、個々人のコミュニティは非常に狭く限定的になっているような印象があります。
若者は仲間内だけのLINEグループ、高齢者は地元自治会の中だけで人間関係が完結し、そこから出ないし、新参者も受け入れない。
世代は完全に断絶していて、交わる・受け入れるという発想がないがゆえに、特に大声を上げて走り回ったり騒いだりする子どもは「自分とは違う異星人」「人間ではない何かの環境騒音」「ただ迷惑をかける存在」のような感じでイライラさせられるのでしょう。
ベビーカーも彼らからすれば自分たちの生活環境にはない異質の存在ですから、何でこんなものを電車内に持ち込むのか理解できないのでしょう。
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