財政支出の増加は確実にGDPを増やすが、乗数効果は低くなっている
政府は、効果を生んでいない異次元緩和を続けながら、今度は財政出動に舵を切ります。
金融緩和とは違い、政府需要を増やす財政出動は、拡大の分、名目GDPを増加させます。10兆円の財政出動で名目GDP(500兆円)は10兆円増え+2%分が増えます。
(注)政府需要(消費+投資)を請け負う企業の売上が10兆円増えるのです
問題はもともとの財政が赤字であり、財政支出を増やす分、国債の必要発行額が増えて政府債務が増加していくことです。
乗数効果が大きい場合
政府が公共事業を行うと、数年で、その公共事業額の何倍かのGDPの増加が生じるとされていました。ケインズが『一般理論』で言った「乗数効果」です。
例えば政府が1兆円の公共事業(公共投資)を行ったとします。土木・建設業には、1兆円の売上が生じます。この時点で1兆円の名目GDPの増加になります。この1兆円は、まずその土木・建設業の売上になりますが、それは、下請けや従業員の所得の増加でもあります。
その増加所得のうち、いくらが消費になるかを「限界消費性向」と言います。これを80%とします。
人々や企業は、増えた所得(1兆円)のうち80%(8000万円)を消費に使い、2000万円を貯蓄に回すということです。80%が消費に使われると、GDPは8000万円増えます。
その8000万円の消費は、企業の売上になります。そこから、また80%(1兆円×0.8の2乗=6400万円)が消費に回って、6400万円のGDPが増えます。これが無限に続きます。
「増えるGDP=1兆円+1兆円×0.8の2乗+1兆円×0.8の3乗+1兆円×0.58の4乗……(無限等比級数の和)……=1÷(1-限界消費性向0.8)=5兆円」になるのです。
このように、限界消費性向が高く、乗数効果が3倍や5倍と大きく働く場合、政府債務の国債発行を財源とした財政支出を続けても、「政府債務÷名目GDP=政府債務比率」は増えません。
つまり、
- 政府の公共事投資が他の投資を減らすことがなく
- 乗数効果が大きい場合
は、政府が借金で公共投資を行っても、逆に、政府債務比率が低下していきます。
乗数効果が小さいとき
ところが日本経済の場合、GDPに対する政府債務の比率は、とりわけ1990年代からは大きくなる一方でした。
【小さくなっていた乗数効果】
国債が財源になった公共事業の乗数効果が小さくなっていて、GDPを少ししか増やさなかったからです。
(注)政府の総債務比率=政府の総債務÷名目GDP
政府の総債務比率 | |
---|---|
1990年 | 67% |
1995年 | 95% |
2000年 | 143% |
2005年 | 186% |
2010年 | 215% |
2015年 | 248% |
2016年 | 249%(16年はIMF予想) |
この政府債務比率の増え方という事実は、1990年代以降の国債を財源とした財政出動の「乗数効果」が1~1.4倍程度と小さかったことを示します。乗数効果が大きく下がった理由は、2つです。
- 政府の公共事業の増加が、他の投資を減らすことになったこと
- 公共事業を請け負った企業(土木・建設業)の限界消費性向が低かった。公共事業によって増えた売上で、過剰だった借金の返済(経済的には貯蓄)を行ったこと
(注)もともとケインズの公共事業と投資による乗数効果論は誤りだったという説もあります
今後の2つの政策の帰結
安倍政権が、クルーグマンの宗旨替えした勧めに乗って実行する2つの政策、
- 消費税増税の延期
- 果敢な(機動的な)財政支出
は、当年度のGDPは増やしても、乗数効果は低く、帰結は「政府債務比率を一層大きくすること」に終わります。増加公共事業の実行年度には名目GDPを上げても、その翌年には下がるからです。
Next: 「アベノミクス」は科学か?イデオロギーか?