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「戦争と株価」3つの法則~第一次・第二次大戦からテロとの戦いまで=東条雅彦

日本の株式市場はどうだった?

米国は第一次世界大戦と第二次世界大戦の2度とも戦勝国になったので、株価の動きに顕著な変化がなかった可能性があります。そこで、日本の株式市場が第二次世界大戦中にどのように動いたかを見てみましょう。

<日経平均株価 1934年から1950年までの株価チャート>

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第二次世界大戦中(1939年~1945年)の期間を黄色で網かけしました。意外にも戦争中の株価は概ね横ばいで推移しています。開戦前は35円前後でウロウロしていました。戦争中は35円から45円の範囲で動いています。それほど、大きな差はありません。おそらく黄色の網掛けをなくして、年数を隠して、純粋にグラフだけを見た場合、戦争中かどうかを判断するのは相当、困難だと思われます。

ところで、第二次世界大戦が終了した1945年以降、日経平均株価はS&P500にはなかった特異な動きを示しています。1946年の後半には30円を割っていた株価が、1947年には40円を突破し、1948年には60円を超えて、グラフの表示範囲上部に突き抜けてします。

なんとなく想像できた人もいるかもしれませんが、これは戦後のハイパーインフレ(急激にインフレが進むこと)の影響です。さらに詳しく見てきましょう。
※本稿でのハイパーインフレの定義は、国際会計基準(3年間で累積100%(年率約26%)の物価上昇)に基づきます。

日本の敗戦後に株価が「暴騰」したのはなぜ?

日経平均株価は第二次世界大戦が終わった1945年から10年後の1955年まで、次のように推移しています。

<日経平均株価の推移 1945年~1955年>

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<日経平均株価(年足終値)の推移 1945年~1955年>

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10年後には日経平均株価が10倍以上(40.53円→425.69円)に増えています。

戦争で社会インフラと生産設備が破壊されたので、需給バランスが大きく締まりました(=需要に対して供給が不足する→価格が上昇する)。

さらに追い打ちをかけるように1946年、国債の返済が不可能になった日本政府は「新円切り替え」「預金封鎖」「財産税による資産没収」を実施しました。日本政府は通貨「円」の価値を大幅に毀損することによって、実質的な債務をチャラにしたのです。

日経平均株価の暴騰は間違いなく、インフレの影響です。インフレとは「通貨価値が下がる減少」です。当時、相対的に通貨以外の全ての商品・サービスの値段が上昇していきました。これは敗戦国であるドイツでも同じ状況に陥っています。

Next: 当時、日本株を保有していた場合、資産防衛は可能だったのか?

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