体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。
雨の日に婦人靴を雇うとする顧客にとって障害となり得るのは、一つには先にあげた泥はね。ただし、それは本人の歩き方に大きく左右されるといいます。日経の記事は次のように指摘しています。
「泥がはねて足に付くのは歩幅やつま先の向きが影響しているはず」。つま先を真っすぐにして歩くのと内またや外また歩きでは泥のはね方が違うという。
「あとは靴のフィッティングの善しあしも関係がある」と大高さんが続けた。靴が足にしっかりフィットしていないと、地面をけった際に靴が揺れ動くので、泥がはねやすいらしい。
いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、顧客は「雨のに日に急いで駅に向かっても、泥はねでズボンが汚れることがない」という、ある意味ですぐれた体験ができるようになるでしょう。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。
社内プロセスの統合という意味で同社グループの課題となるは、ハード面でいえば防水性にすぐれ顧客の足にフィットする婦人靴を開発すること、ソフト面でいえば顧客の歩き方のクセをつかみ泥はねしない歩き方をアドバイスすることです。
では、同社グループがこうした婦人靴を開発しようとするのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。
ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要
な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、同社グループはリトル・ハイア──顧客が新しく開発した婦人靴を履いた回数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。なお、これは定期的に顧客アンケート等を実施すればある程度は確認することはできるでしょう。
【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・泥はねしない靴と歩き方は?
ttps://style.nikkei.com/article/DGXDZO09459690Y0A610C1W08101
・有価証券届出書(新規公開時)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2020年1月8日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『イノベーションの理論でみる業界の変化』(2020年1月8日号)より一部抜粋
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。