解散総選挙は“確実”に勝てるとき。マスコミの無責任な報道を利用した「岸田政権」の思惑

近々、解散総選挙があるのではないか?と思っている人は多いかもしれませんが、今そのような空気になっているのはなぜでしょう。今回、メルマガ『宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話』の著者でジャーナリスト・作家として活躍中の宇田川敬介さんが、今吹いている「解散風」の正体を考察しています。マスコミの報道を鵜呑みにするのではなく、「本当にそうなのか?」を自らの頭で考えてみる必要がありそうです。

今吹いている「解散風」の正体

さすがに今回、「解散総選挙とは何か」ということを解説はしませんので、皆さんでお調べください。

さて、小学校の頃、「解散は、日本の三権分立の一つのチェック機能であり、内閣不振に難などが出た場合に、行政府(内閣)が、衆議院を解散して総選挙を行う」というように倣ったのではないでしょうか。

要するに「行政が行っていることを、国民の民意を再度聞く必要があるときに行う」政治手段であって、趣味や何でもないときに行うものではないということになります。

それにもかかわらず、現在のマスコミは事あるごとに「解散があるのではないか」というような報道をします。そしてその報道で惑わされて、解散に向けて右往左往する人が少なくないということになります。

さて、ここで問題にしなければならないのは、「だれが解散があるといったのか」ということです。これ等の「解散風報道」の特徴は「主語がない」ということになります。つまり、誰が言ったか全くわからないで、「永田町では言われている」などというような「噂話」や「創作」を言っているだけであるということになるのです。

これを「首相」または「首相官邸」や「与党幹事長」がそのことを言ったのであれば、信憑性が高いのですが、単純にマスコミが言っているだけの時は、解散はないと判断する方が良いのではないでしょうか。

何しろ、政治家は発言に関して責任を負わなければなりませんが、マスコミは、「解散と報道したのに解散がなかった場合」という「間違った情報を流した」ということにも関わらず、全く報道関係者が責任を負わないということになっています。要するに「報道の無責任」な状態ですから、好きかって言っているということになるのです。これでは正確な情報が出てくるはずがありません。

実際に、政党関係者が「解散も一つの手段だけどね」と言っただけで「解散がある」と報道してしまうのです。某A新聞社などは「政治は新聞社が民意を動かせば動くのだから、新聞社が解散と書けば、政治家は解散せざるを得なくなる」などと、訳の分からないことを言っています。

このような「マスコミの無責任」と「マスコミの勘違い」がこのような解散風報道の大きな特徴なのではないでしょうか。

では、一般論として解散風報道はなぜ起きるのでしょうか。

マスコミ側の事情で見てみることにしましょう。まず第一に「マスコミが注目を浴びるためには、過激な報道をせざるを得ない」ということになります。

単純に「解散」というのは、これから選挙になるということを意味しているので、最も注目されるところです。何しろ選挙というのは、有権者がすべて参加するということを意味しているのですから、日本国民全員に関心があるということになります。その為に、「解散」を書くと一時的には購読者(視聴者・閲覧者)が増えるということになるのです。

小売業において「チラシを配布すると、一時的に売り上げが伸びる」というのと同じで、マスコミにとっては麻薬のようなものです。しかし、実際に「解散がない」ということになれば、「嘘をつかれた」と思う多くの読者が購読を辞めてしまいます。そのような意味で、「一時的な購読者の増加を狙っている」ということになります。

では、なぜそのように購読者を増やさなければならないのでしょうか。それは第二の理由になるのですが、「取材力が低下して、読まれる記事を書くことができない」ということになります。

新聞社の政治部の多くは、10年以上前から「ネタ合わせ」なるものを、衆議院議員食堂などで集まって行っています。つまり「特ダネが出ないように、ネタの談合を行っている」ということになるのです。これでは「おもしろい記事」が出るわけはありません。

政治部の先輩記者のような人が、他者の政治部の記者を集めて、ネタを合わせ、論調まで同じようなことを書くということになるのです。ですから、ほとんどの報道が同じ内容、同じ方向性の報道になってしまうのです。

現在の政治的な課題、例えば中国報道やウクライナ情勢、LGBT法案、岸田首相の息子の件など、全てが同じような論調でしか報道されないのは、このようなネタ合わせの弊害です。そして一面の記事がほとんど同じになってしまうということになるのです。

そのうえ、それで結論が異なっている場合などは、「マスコミ全体がおかしい」となり、全体の新聞購読者や、テレビ視聴者が減少する、若者のマスコミ離れを誘発することになるのです。ネットのせいばかりではないのです。まさにこのことが、マスコミの報道をマイナス方向に持って行っているのです。

このほかにも理由がありますが、結局は、「根拠が希薄な、そして解散の権利を唯一持っている首相の発言もなく、解散があるかもしれないという報道をする」身勝手な情動が始まっているのです。そして、「解散があるかもしれないのは、事実なのだから責任を負う必要はない」というようなことになっているのです。

この記事の著者・宇田川敬介さんのメルマガ

「自分なんか」と思ってしまう人に伝えたい魔法の6つの言葉

世の中には「自信満々な人」がいる一方で「自分に自信がない人」もいます。むしろ、後者が圧倒的に多いかもしれません。メルマガ『『ゼロ秒思考』赤羽雄二の「成長を加速する人生相談」』著者で、世界的なコンサルティング会社マッキンゼーで14年間もの勤務経験を持つ、ブレークスルーパートナーズ株式会社マネージングディレクターの赤羽雄二さんにお悩み相談をしてきた男性もその一人。「自分なんか」と思ってしまう人々に、赤羽さんが贈りたい魔法の6つの言葉とは? 

どうしても自分なんか、と思ってしまい、仕事のチャンスがあっても受けることができません。上司にはもったいないと言われるのですが

Question

shitumon

大学卒業後、地元の中堅食品メーカー勤務13年です。3人きょうだいの長男で、下は弟2人になります。大学時代もそうですが、特に社会人になってからずっと自信がなく、どうしても自分なんかと思ってしまいます。仕事のチャンスがあっても受けることができません。少しは心が動きますが、「やります」「やらせてください」といった言い方は上司にはできません。上司には比較的評価されていていつももったいないと言われますが、私は到底そんな気持ちになれません。

 

 

赤羽さんからの回答

ご相談どうもありがとうございます。お気持ち、本当によくわかります。

上司がチャンスをくれようとしたり、昇格試験に推薦してくれたりするのは、相談者さんにそれだけの能力があると判断しているからです。お世辞でとか、気分でということはありません。

間違った人選をしたり、上司の思い込みで昇格試験に推薦して落ちたりしたら、上司自身の人を見る目のなさが問題になります。自分のキャリアまで賭けて一人の部下の背中を押してくれることはほぼないので、ご自身への掛け値のない評価の結果だと思います。

そう言われても、ということだと思いますので、もう少し自信が湧いてくる、あるいは自信という言葉が気にならなくなる魔法の言葉を6つお伝えしましょう。

1.自信があるとかないとか、どうでもいいと考える
2.やってうまく行かなくても、誰も気にしないと考える
3.自分にできるとかできないとか、そういうことを考えずにまずはやってみる
4.上司に言われたら、騙されたと思ってやってみる
5.上司に言われたら、一度だけと思ってやってみる
6.みな、自信があるふりをしているだけで、内心は不安を抱えていると考える

要は、今までチャンスを断ってきたのは、自信がないと思いこんでいた、あるいは自意識過剰で勝手にそのように決めていた、ということではないでしょうか。

いったん手放してみませんか。別の視点から見てみると結構変わってきます。

さらに、重要な点として、そこまで評価されているにも関わらず引っ込み思案なのは、親からの抑圧の結果が大きいと思います。

何度かご紹介していますが、「親への手紙」をワードで母親、父親それぞれに3,000~5,000字で書いてみてください。

親に対して今まで思っても言えなかったこと、我慢してきたことをまず全部ぶちまけます。人によっては1万字書いた方もおられます。

そうすると、自分が何を我慢してきたのか、いつから意見を言えなくなったのか、いつから目立つ仕事を避けるようになったのか、自分がどう辛かったのか、見えてきます。

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契約は守るべきもの。ただし、「破る自由」も実は存在している

契約は守るべきものです。しかし、様々な事情でどうしても守りきれない場面が出てくることもあります。そんな時はどうすれば良いのでしょう?メルマガ『倒産危機は自力で乗り越えられる!』 by 吉田猫次郎』の著者で事業再生コンサルタント、作家、CTP認定事業再生士の顔を持つ吉田猫次郎さんは、契約を守る重要性に触れながらも、「契約を破る自由」について語っています。

契約を破る自由

一見すると不謹慎そうな見出しですが、私たち日本人は、今一度、契約を破る自由について、真面目に考えてみる必要があると常々思っています。

私は確か2008年か2009年ごろに初めて「契約を破る自由」という言葉を聞きました。誰が教えてくれたか忘れましたが、「アメリカの大学では、法学部の学生に、入学早々、契約を破る自由についてディスカッションさせる」と聞いたのです。私は衝撃を受けました。なんて進んでるんだろう、と。

その後、講演会やブログなどで、ちょくちょくこの話に触れたものです。ツイッターをやり始めた2010年からも、よくこの話題をツイートしていました。

以下、私なりの解釈ですが(法律家ではないので法律解釈的には至らぬ部分があるかもしれませんが、筋としてはおかしなことは言っていないと思います)、わかりやすく解説します。

【契約は守るもの。だが…】

契約は守るべきものです。そんなことは子供でも知っています。しかし、大人の世界では、守りたくても守れない場面があると思います。もし頑なにその契約を守ろとしたら、他の誰かに迷惑をかけてしまうとか。

一例をあげましょう。

不測の事態が起きて、今月の売上はゼロだった。しかし、支払いは待ったなしだ。従業員への給料(労働契約)を30万円払わなければならない。家賃(賃貸借契約)も10万円払わなければならない。借金返済(金銭消費貸借契約)も20万円払わなければならない。商売の仕入れ代金(売買契約)も30万円ある。

どうしよう。預金残高は残り35万円しかない。全員には払えない。かくなるうえは、従業員の給料(労働契約)30万円だけを最優先して払おう。残りの分(賃貸借契約、金銭消費貸借契約、売買契約)は約束通りに払えないから(契約不履行)、待ってもらうしかない。

これが「契約を破る自由」の一例です。

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上司の「権力」はこのためにある。慕われる上司は何をしているのか?

「嫌われる上司」「好かれる上司」。この違いはどこにあるのでしょう?今回の無料メルマガ『サラリーマンで年収1000万円を目指せ。』の著者・佐藤しょうおんさんは、  尊敬され、慕われる上司像について語っています。

問題が起こった時の上司の取るべき態度とは

問題が起こった時に、部下に

 ● ○○したら良いよ、そうしたら解決する(良くなる)から

と言えれば、、その人はたいしたマネージャですよ。

何か問題や障害が起こったということは、それは即断即決が必要だということで、その時に素早く抽斗を開けられる、つまり「どうすべきなのか」という解を導くことができるということが、あなたが部下から慕われる、尊敬されるためにどうしても必要なことなんです。

そもそもその部下が、その状況に対してこれを問題だと感じたということは、自分では解決できそうもないと考えたということですよ。自力で解決できることが分かっているのなら、その部下は必ず、

 ● あとこれくらいの時間をもらえたら解決させられますが、それで大丈夫ですか?

つまり、その時間軸で問題無いですか?と尋ねてくるはずです。それを言えないということは、即ち自分ではどの程度の時間軸で解決するかが分からないような問題だということです。そういう時に上司がやるべき仕事は、

 ▼ 上司が解を導いてあげる か

自分で解を導けないのであれば、

 ▼ 顧客や他部署と調整して、問題解決までの時間を稼ぐ

のどちらかなんです。

もちろん前者の方がカッコ良いのですが、上司だってなんだって知っている、経験しているとは限りませんからね。

大ヒット商品の名付け親が語る、「育つ」ネーミングの作り方

思わず手にとってしまう、欲しいと思わせる、共感されるようなネーミングの商品ってありますよね。今回、無料メルマガ『毎日3分読書革命!土井英司のビジネスブックマラソン』で土井英司さんが紹介するのは、大ヒット商品のネーミングを手掛ける著者の一冊。「なまえは育てるもの」という考えを持った著者の仕事術は必読です。

プロが教えるネーミングの秘密⇒『なまえデザイン』

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なまえデザイン

小薬元・著 宣伝会議

こんにちは、土井英司です。

マーケティングの最小単位は「名前」だと考えています。

われわれ人間は、「名前」が付くことで、「それ以外とは違う価値を持つ」という認識を持つからです。

ビジネスブックマラソンでもこれまで、数多くのネーミング本を紹介してきましたが、本日ご紹介する一冊は、その中でもベスト5に入る一冊です。

著者は、元博報堂のクリエイティブディレクター/コピーライターで、これまでにネーミングやブランディングで数多くの実績をお持ちの小薬元(こぐすり・げん)さんです(「薬」は本来難しい方の字ですが、文字化けを避けるため、こちらで統一します)。

「まるでこたつソックス」
「パルコヤ」
「ジェリコ」
「小豆小町」
「からだにユーグレナ」
「SAKE HUNDRED」

などは、おそらく多くの読者が聞いたことがある名前ではないでしょうか。

著者は、「はじめに」で本書のことをこう語っています。

この本は、本屋の同じ棚に並んでいるかもしれない「ネーミングスキルを伝える趣旨の本」ではありません

理由は、2つあって、1つは「なまえは育てるもの」という考えを著者が持っていること。もう1つは、右脳と左脳をいったりきたり、くっつけたりして「なまえ」を生んでいるため、「売れるネーミングの作り方は3つ」みたいなビジネス書風の表現が軽薄に感じられるからなんだそうです。

この「はじめに」を読んだだけで、期待値が大きく跳ね上がったわけですが、読んでみて、それが確信に変わりました。

真にブランドとして「育つ」ネーミングを知りたい方、受け手に共感される言葉の法則を知りたい方は、ぜひ読むことをおすすめします。

問題は「プーチンが犯人か否か」じゃない。ダム決壊を政治利用する“バカども”に覚える吐き気を催すほどの怒り

6月6日に決壊した、ウクライナ南部ヘルソン州の巨大ダム。多くの市民が避難を余儀なくされるなど、その被害は甚大なものとなっています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、このダム決壊を巡るウクライナ・ロシア両国の姿勢に「吐き気を催すほどの怒りを覚える」としてその理由を詳述。さらにトルコのエルドアン大統領が提案した、決壊の原因究明のための調査委員会設置の動きを紹介するとともに、おそらくその輪に加わることがないであろう日本政府に対して失望感を露わにしています。

ダム決壊を政治利用か。激化するウクライナ戦争で見捨てられる市民

「果たして戦争に勝者はいるだろうか?」

今週、調停グループの会合を行っている際、何度も尋ねられた質問です。

「核戦争には決して勝者はおらず、存在するのは敗者のみ」という表現がリーダーの間で流行っていますが、それは通常兵器を用いた戦争でも同じことが言えると思います。

そして戦争がプロの戦闘員、つまり軍隊の間でのみ戦われている場合は、まだ被害やコストはある程度の枠内でコントロール可能だそうですが、実際の戦争は、2023年も半ばに差し掛かった現在でも、多くの一般市民を巻き込み、多くの無抵抗の人たちの生命と生活を奪い、地球環境にも、築き上げてきた文化や文明も、生きるための作物もすべて奪い去っています。

とても精巧な誘導ミサイルや兵器でターゲットを確実に破壊できる技術も能力も備わっている最新鋭の軍をもってしても、この現実からは逃れられません。

もちろん、対人地雷や大量破壊兵器、Dirty Bombsのように意図的に人命を奪い、無差別に被害を与えることを目的とする輩も多数存在し、人々に恐怖心を植え付けて適切な思考能力を奪っていくという戦い方を行う集団もいます。

今週6月6日に発覚したウクライナ南部へルソン州にあるカホウカ(カホフカ)水力発電所の巨大ダムの決壊もその例外ではありません。

今、世間は「Who did this?(誰がやったか?)」の追求で応酬していますが、個人的には、その答えは対して大事だとは考えません。

ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシアによるテロ行為であり、戦争犯罪だ」と糾弾していますが、それに呼応してくれるNATOの“仲間たち”はあまり存在していません。

起こったことに対する懸念の表明は、遅ればせながら到着し、6月8日にはブリュッセルで緊急支援国会合をNATOが開催するそうですが、その内容が本当に“緊急支援”にフォーカスしたものなのか、それともすでに始まっている“ポスト・ウクライナ戦争”の復興における主導権争いの一環として扱われるのかは、わかりません。

ロシアについては、直接的にプーチン大統領の発言は聞いていませんが、ぺスコフ報道官が「ウクライナの反転攻勢がうまく行っておらず、その結果、ロシアが編入した地を水浸しにして、一般人を巻き込むことにした非常に卑劣な行為」とウクライナによるテロ行為であることを示唆しています。

この“ウクライナによる仕業”という説については、否定はしませんが、恐らくウクライナに与していると言われている反プーチンの武装勢力による何らかの関与はあるのかもしれません。

ぺスコフ氏が“ウクライナの勢力”と呼ぶ際は、この反プーチンのロシア人武装勢力をも含めた呼称であることに注意しなくてはならないでしょう。

この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ

過激な発言を連発。稼ぎ頭のディズニーを敵視する“ミニ・トランプ”の異常

5月24日、アメリカ大統領選への立候補を正式に表明したフロリダ州のロン・デサンティス知事。同じ共和党にはトランプ元大統領という強力なライバルの存在がありますが、彼を意識するがあまり、デサンティス氏の発言は過激さを増す一方とも報じられています。今回のメルマガ『浜田かずゆきの『ぶっちゃけ話はここだけで』』では国際政治経済学者の浜田和幸さんが、「ミニ・トランプ」の異名を取るデサンティス氏の「ディズニー敵視姿勢」を紹介。その地元経済を破壊しかねない言動に苦言を呈しています。

ディズニー・ワールドがメキシコに移転?米大統領候補が繰り返す異常発言

ぶっちゃけ、アメリカの大統領選挙は意外な衝撃をディズニー・ワールドに及ぼし始めています。

共和党から立候補を表明したのがフロリダ州のデサンティス知事です。

「ミニ・トランプ」とも呼ばれていますが、若さを売り物に、トランプ前大統領を追う形で支持を伸ばそうと動いています。

外交経験が乏しいとの懸念が出てきたため、日本に夫人同伴で飛来し、岸田首相とも面談の上、日本企業のフロリダ州への誘致を働きかけたものです。

とはいえ、岸田首相は美人のデサンティス夫人にすっかり魅了されたようで、将来のファーストレディになるかも知れないと感じたのか、彼女との握手には異様に長い時間をかけていましたが、知事からの提案には上の空といった様子でした。

現時点では、共和党の候補としてはトランプ氏が他を圧倒しています。

しかし、相次ぐ裁判沙汰に見舞われ、さすがのトランプ旋風もいつ逆風に変わるか分からない状態です。

そのため、デサンティス候補の発言が過激さを増すようになってきました。

その典型的な例が「アンチ・ディズニー・ワールド」発言でしょう。

同知事は「ディズニーは左翼思想の塊だ。同性愛者や人種的マイノリティを優遇し過ぎている。これではアメリカの文化は破壊されかねない。自分が大統領になった暁には、アメリカからディズニーを追い出す」とまで発言をエスカレートさせています。

確かに、このところディズニーの作品はかつてなく「LGBTQ2プラス」へ傾くばかり。

デサンティス知事は「ディズニー・ワールドの隣に犯罪者の収容施設を建設する。ディズニー・ワールドで働く反米思想の持ち主をぶち込む」と、異常としか思えないような言葉を口にするようになりました。

とても将来の大統領を目指す政治家の発言とは思えません。

この記事の著者・浜田和幸さんのメルマガ

「グローバル教育」はポーズ。IT化は絶望的、日本の大学の呆れた現状

少子化によって生き残り競争が激しくなる日本の大学。「グローバル教育」や「国際化」を打ち出す大学も増えてきましたが、実態は“ポーズ”だけと言わざるを得ないレベルのようです。今回のメルマガ『東南アジアここだけのお話【まぐまぐ版】』では、米国の大学院で教育学を学びマレーシアに11年以上滞在する文筆家で編集者の、のもときょうこさんが、IT化の遅れや留学生との壁など、日本の大学と大学生の問題点を複数指摘。学費や生活費の安さや卒業し易さに加えて、グローバルとは真逆の「独特な文化」の方が強みになると提言しています。

日本で「グローバル教育」「国際化教育」は難しいと思った件

「日本の教育は悪くない」とよく言われます。「悪くない」はその通りだと思います。しかし、今回帰国し、大学生にヒアリングしてみたところ、教育そのものはわかりませんが、少なくとも日本でグローバルに対応する力をつけるのはやっぱり厳しそうだなと思ったので書いてみます。

大学のIT化が絶望的だった……

今回、ヒアリングしていて衝撃だったのは、大学のIT化が絶望的にされていないことです。入試は今や世界的に大学にアプライするのはウエブベースが主流。長男は今の所、オランダ、イギリス、カナダ、オーストラリアの大学に申し込みましたが、面接から合格通知まで全てオンラインで完結し、紙を送った件数はゼロ。

それが当然の時代なのですが、日本では私立大学を含めて、いまだに郵送ベース、紙ベースが多いです。もっともグローバル化が進んでいると思われる世界的に評価が高い大学でも、情報の多くが紙で配布されていると聞いて驚きました。

それから学生のスタートが違いすぎることです。例えば入学してからGoogle Driveやタイピングの練習をすると聞きました。一流大学で、パソコンがほぼ使えない学生がいると聞いたのも驚きました。今まで調べ物はどうやってきたのでしょうか?

私が見てきた多くのマレーシアの高校では、Google DriveやPowerPointが使えないと、グループワークができませんでした。私のいる(誰でも入れる)アメリカの大学でも同様です。入学してからエクセルやワードの使い方を覚えるのでは、大学の勉強自体に支障が出るのでは?

この記事の著者・のもときょうこさんのメルマガ

人が喜ぶことを考え実行。デキる人が共通して持つ「想像力」の高め方

会社の中で、ある程度仕事の経験を積むと、受け身の仕事だけでなく主体的に動くことを求められるもの。営業においては、顧客に提案して喜ばれるような人が「デキる人」と評価されます。どうしたらそんなふうに動けるようになるのでしょうか?『永江一石の「何でも質問&何でも回答」メルマガ』著者で人気コンサルの永江さんは、相手がどう思うか、何があったら嬉しいか「顧客視点」を持って想像することが大切と説き、日頃の生活で想像力を高める方法をアドバイスしています。

主体的に動くために意識すべきこと

Question

shitumon

いつも楽しく拝見しております。30代後半で管理職が目の前くらいなのですが、あがるためには、クライアントに対して待ちではなく改善ポイントを見つけて提案することと言われています(主体的に動くということを言われている)。

どういう点を普段から意識して行動していけば、無意識にでも主体的に動くことができるようになると思いますか??

永江さんからの回答

これはとても大事なことなのでぜひ読者の皆様には習慣化していただきたいのですが、主体的に動くには「顧客視点を持つ」ことです。

クライアントへの改善点を能動的に見つけて提起するためには、クライアントから見てどう見えるか、どう思いどう考えるか、クライアントならどうしたいか、何があったら嬉しいかを想像することが必要です。仕事ができる人の共通項の一番がこれで(学歴も何も一切関係なく)、要は相手がどう思うかを想像して動く力です。

例えば、クライアントが中小企業のオーナー社長であれば、どうやったらもっと利益が上がるのか・改善の余地がないか、お客さんは満足してくれているのか、取りこぼしているニーズはないか、もっとうまくやっている同業者はいないのか、今払っているお金は本当に必要な投資なのか・もっと良いお金の使い方はないのか、リスクはないか・逸失していることはないかなどがいつでも心配で気になっています。

そこに「日頃お取引頂く中で見えてきたのですが、御社の○○を△△すればもっと収益が上げられると思うんです…」「うちのサービスを利用頂くなら○○のように活用した方が御社の利益が上がります。ご投資額は変わらないのでそうさせて頂けませんか?」なんて言ってくれる取引先の担当者がいたら、泣いて喜びますよね。

自社のことをそこまで考えて改善してくれる事業者なら取引も拡大していきたいと思うのが必然ですし、質問者さんの会社が管理職に求めるのもそうした価値を提供していくことでしょう。

このような動きができるようになるためには、日頃から常に「この人は何を考えているだろうか、何に関心があるか、何があったら役に立つか・嬉しいか」を考えて、想像力を高めることが肝要です。仕事をしているときはもちろん、家族と過ごす時、知人と交流する時、お店で買い物や食事をする時も、相手が何をしたら喜ぶかを考えて実行する習慣を持つことが有効だと思います。

この記事の著者・永江一石さんのメルマガ

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嫁姑問題の原因は「姑の社会常識のなさ」が原因と考えるワケ

昔からある、いわゆる「嫁姑問題」がどうして起きるか、考えたことはありますか?。今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』の著者である真井花さんは、「姑の社会常識のなさ」に原因があるのではないかと持論を展開しています。

他人のカマの飯を食ったかどうか

さて、本日は他人のカマの飯のお話。

みなさんは

・お茶のお点前は出来ますか?

ワタクシ、出来ません( ̄∇ ̄) 

お手前が必要な場面もそうそうあるもんじゃないし、あったとしても、その時は見よう見真似でなんとかして、周囲も大目に見てくれますしね。

習ったことのある方は出来ると思いますが、そうでなきゃできませんよ。うん。

でね。コレとよく似たことが家庭内でも起こっているんですよ。

・やったことがないので出来ない

ってヤツ。

昔から言われるヨメと姑の諍い。同居か別居かはカンケーないみたいですよね。

原因はそりゃいろいろあるんでしょうが、姑側の要因は

・姑の社会常識のなさ

なんじゃないかと思っています。なんかキツい言い方だけど、まとめるとこうなるんだもん。

姑側が極端にイジワルな場合や人格が端的な場合は除きますよ。そうすると、結構な割合の人が

・自分の常識を疑わない

という感じなんです。自分が生きてきた

・社会的な背景
・経済状況
・生活文化

を絶対視している…というか他のものがあること自体がミジンもアタマに浮かばないらしい。高度経済成長時代やそのころの企業戦士と専業主婦的な生活文化が

・そういうときもあった

という程度のものだということが分からない。

どうしてこんなことになるのでしょうか。社会常識って身に付いていそうなモンですが、長く生きていても

・やったことがなきゃ出来ない

んですよ。社会常識は社会と接することで培われるのですが彼女たちは

・社会と接する機会がない

んですね。もっとハッキリ言えば、

・仕事をしたことがない

から。とりわけ重要なのは、会社勤務経験の有無。いや、家族やご近所さんは社会というには狭すぎるんですよ。

全く知らない人たちに囲まれた、

・完全なアウェー状態で

仕事という、成果が計測可能な業務をしたことがあるか

です。ここでは

・アレ/コレ/ソレじゃ話が通じない
・手順やルールを無視したら叱られる
・年齢層が幅広いところで自分の立ち位置を見つける
・締め切り厳守
・合理的なことばかりが通るわけじゃない

ですよね。ここで、いろいろ揉まれると

・自分とは違う考えや価値観があるんだ

と身に沁みて理解できるようになるんだと思うんです。

ま、そりゃそうですよね。顧客はフツー血縁者や知り合いじゃないし、同僚も上司も会社で出会った人でしょう。その環境では、自分の考えはいちいち説明しなきゃ分かってもらえないし、事情も方法もひとつのやり方で絶対じゃナイ。

そういう風に相対化できるんだと思います。