蚊に刺されなくなる新常識。足裏アルコール消毒が蚊を遠ざける

「蚊に刺されたほどにも感じない」という表現もあるにはありますが、実際に刺されようものならうっとうしいだけでなく、時には深刻な病気の媒介もする蚊。どうにか刺されずに済む方法はないものでしょうか。今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では著者の真井花さんが、ある高校生の研究に裏づけされた、効果バツグンの「蚊に刺されない方法」を紹介しています。

人類史上最悪の強敵

さて、本日は夏になるとやって来るアイツのお話

最近のニュースで気になったものはなんでしょうか。どうしても悲惨なニュースに目が行きますよね。クルマの暴走による交通事故や児童虐待、自殺などなど。こうした人の生き死にに関するニュースを見ない日はありませんよね。

ところが、最悪の殺人者が今日もあなたのすぐ近くにいるんです。最悪というのは、誇張ではありません。その殺人者によって

  • 全世界で年間75万人

もの人が死んでいると言われています。そう、その殺人者とは

  • 蚊 ~_’^.・~……“~;

です。蚊は、たくさんの病気を媒介しますからね。蚊に刺されただけだなんてカルく考えていると大変なことになっちゃうんです。

でね( ̄∇ ̄) 私は、とても残念なことに、一家族に一人はいる

  • 蚊に刺されやすい人(;_\)

なんです。そりゃ、もう、子供の頃から刺されまくりました。しかも追い打ちをかけるかのように、周囲の人たちから

  • 血液型が●型でしょ
  • 汗臭いんじゃないの
  • 体温が高いからだよ

などから始まって、果ては

  • 血が汚れているんだよ(▼_▼)

などという、言われなき非難まで浴びてきました。ヒドいわ。

なので、夏の外出時には虫除けスプレーは忘れず、常に網戸を閉め蚊取り線香を焚いて……

  • それでも刺されちゃう

んですけどね( ̄∇ ̄) きっとみなさんの周りにも、私のような悲しい運命を背負いかゆみに耐えている人がきっといるはずなんです。

ところが!私は、そんな悲しい運命とオサラバしたのですよ!!!!蚊に刺されなくなったんです!!!

なぜかというと、とあるコーコーセーの研究結果を実践したから。

 ● 蚊に刺されない方法を高校生が研究したワケ

面白いので、見て下さいね。

ま、研究結果をかいつまんでいうと

  • 足裏をアルコール消毒すればヨイ

ということです。コーコーセーによると、蚊に刺されやすい人は足裏の菌の種類が他の人より多いそうです。このため、この菌の中に蚊を誘引するものがあるのではないかと推測。なので、足裏をアルコールで除菌したところ刺されにくくなった!ということなんです。スゴいよね。このコーコーセー。ちなみに彼は、コロンビア大に特待生として進学したそうです。末は博士ですねえ。

「大ぼら」吹けば会社が儲かる。なぜ有能な経営者ほど吹くのか?

有能高名な経営者の共通点は、これまでもあらゆるところで語られてきています。そんな中のひとつに「大ぼらをふく」という面もあるとするのは、無料メルマガ『戦略経営の「よもやま話」』著者の浅井良一さん。浅井さんは今回、日本を代表する経営者が口にしてきた様々な「大ぼら」を紹介すると共に、その効用を解説しています。

「大ぼら」をふく

日本電産の永守さん、ユニクロの柳井さん、そしてソフトバンクの孫さんの3人は「大ぼら3兄弟」なのだそうです。そのなか、最も「小ボラ」なのが永守さんだと本人が言っています。

永守重信さんは、仲間3人とゼロから創業し、今や世界一のモーターメーカーにまで成長させたのですが、その「社名」からして壮大で、「松下電器産業をも超えるような日本一の会社を目指す」として「日本電産」と名付けたと言われています。そして、最初に手がけたのは、なんと基本方針作りだったそうなのです。

その基本方針たるや「非同族企業」「いかなる企業のカサの中にも入らない」「インターナショナルな企業」の経営3原則であって、何故そこから始めたのかについて「永守イズムを記した冊子『挑戦への道』のなかに『始めにめざす目的、志をしっかりと掲げなければ、何事も成就出来ない』」とその意思を述べられています。

これも「ほら」なのか、上質なマネジメントの基本セオリーなのか。ところで、永守さんが目標にした「松下電器産業」の松下幸之助さんも、少し趣が異なるものの「大ぼら」のようなものがあります。“水道哲学”で「真の使命は、物資を水道の水のごとく安価無尽蔵に供給して、この世に『楽土を建設する』ことである」というものです。

日本電産もパナソニックも卓越したエクセレント・カンパニーであり、この両社の「大ぼら」と「卓越性」には、何か相関があるのでしょうか。

またドラッカーに言葉を手がかりに考えてゆきたいのですが、

「成果をあげる人とあげない人の差は才能ではない。いくつの『習慣的な姿勢』と『基本的な方法』を身につけているかどうかの問題である」

「卓越性」を実現させる経営者の「習慣的な姿勢」には、「経営の節目」ごとに時宜に適った「大ぼら」を宣言することもあり、宣言したらなら、それを有効に「卓越性」に導かなければなりません。また「大ぼらこそが卓越を適えるための道具」でもあります。

そうしたら「大ぼら」を実現するための「基本的な方法」とは何か。

「自らの強みを知り、得意とする仕事の仕方を知り、自らにとって価値のあるものを知ればよい。これに加えて、成果をあげるための原則を知ればよい。何に貢献すれるべきかを明らかにし、何に集中すべきかを定め『目線を上げればよい』」

が解答で、その含蓄をご理解ください。

日本美術会をリードし続ける画家が、心の中に「置いて」いるもの

芸術家として生きていくというのは大変なことで、才能があるにもかかわらず、将来に不安を覚えその道をあきらめるという人も多いのではないでしょうか。東京芸術大学の名誉教授で洋画家の絹谷幸二さんも、若いころには葛藤した一人。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、そんな絹谷さんと筑波大学名誉教授の村上和雄さんの対談を通して、強い気持ちを持つことの大切さを紹介しています。

安定の道を捨てた先に掴んだもの

力強い色彩をもって圧倒的な迫力で迫ってくる作品群で多くのファンを魅了する画家・絹谷幸二さん。画家として40年以上にわたって日本の美術界をリードしてこられましたが、若い頃は画家の道に進むべきかで煩悶の日々を繰り返したといいます。

絹谷さんは、どんな決意をもって画家の道に身を投ぜられたのでしょうか?

生命のメッセージ 絹谷幸二(画家)×村上和雄(筑波大学名誉教授)

絹谷 「画家として順風満帆だったかというと、必ずしもそうでもなくて、自分は画家としてやっていけるだろうかという悩みは常にありましたね。

例えばイタリア留学中のことですが、文化庁からの依頼で高松塚古墳の壁画保存対策委員に就任することが決まり、ローマ国立中央修復研究所で技術を学ぶことになりました。実際に修復技術を学んでみると、まるで探偵小説を読むかのようで、科学的な世界が広がっていて非常に面白いんです。

ところが修復の世界と新しいものを創造する画家の世界っていうのは相反するんですよ。しかし、絵の世界は描いても描いてもなかなか売れない。非常に不安定です。一方、修復の仕事は食っていける

村上 「そこで迷われたわけだ」

絹谷 「ええ。クリエイティブな世界に行くんだという意志は、そこで揺らぎましたね(笑)。他にもイタリアの陶器を日本に持ち込めば、当時は小さいものでもよく売れたんですよ。だからそれを商売にすれば生活が成り立つ。とにかくそういう落とし穴はいっぱいありました)。でもそれにはまらないようにするには、貧乏するしかありません。日本にいる時も、絵描きなんかやっていたら食べていけないよ、生活に困るよ、とどれだけ言われたことか」

村上 「それでも絹谷先生は自分の意志を曲げなかった

絹谷 「それはね、いまは強いけど昔の弱い阪神タイガースが好きだったとか、どこか偏屈なところがあったからでしょうね(笑)。ただ、それだけではなくて、当時はまだ若かったでしょう。命に対する不安っていうものがまだないから、どうなろうと生きていけるという自信はあったんですよ。

時にはあまりに絵に熱中し過ぎて、心臓がね、ガーンと痛くなるようなこともありましたけど、常に心の中に無常観というものがあってそれをバネにして画家として一道を歩んできたというのはありますね」

村上 「そういった葛藤の中で、画家として見事に大成されたわけですね」

絹谷 「いやいや、無鉄砲なところはずっと変わらなくて、最近では積水ハウスさんに協力していただいて、大阪の梅田スカイビルに常設美術館をつくりましてね。『絹谷幸二 天空美術館』という名称なのですが、その一角には私の絵が3Dの大画面で展示されているんですよ。こうした取り組みは初めてのようですが、やはり芸術家というのは進取の気性を発揮して、時代の切っ先に身を置いて行かなきゃいけないと思うんです。もちろん、これまで継承されてきたものを大切にするのも大事ですが、その反対のことも同時に行う。穏やかに穏やかにという中に不動明王の如く強い気持ちで前進していかなければいけません」

■『致知のキーワード

  • 無常観をバネにして画家として一道を歩んできた
  • 穏やかに穏やかにという中に、不動明王の如く強い気持ちで前進

image by: Koji Kinutani 絹谷幸二 - Home | Facebook

JFKが尊敬した日本人とNYで注目の実店舗経営者に共通「利他の心」

メルマガ「ニューヨークの遊び方」』の著者でNY在住のりばてぃさんが、NYで注目される小売店を紹介する中で、「また行きたくなるお店」の共通点に気づいたときに想起したのは、『無欲万両』という上杉鷹山の名言なのだそうです。現代の小売業にも通じる商売の極意とはどんなものなのでしょうか?なお、上杉鷹山は、米国で有名な日本に関する3冊の書籍のうちの1冊『代表的日本人』で紹介され、あのジョン・F・ケネディが尊敬する人物として名前を上げる江戸時代の米沢藩主です。

想いと無欲

5月のメルマガでご紹介した、『ニューヨーク生まれの女性の味方、 ブルティン』や、つい昨日、ブログの方でご紹介した『世界初のジェンダー・フリーのお店「フルイッド・プロジェクト」The Phluid Project』。この2つのお店は消費者と商品を作る生産者の両方のニーズをうま~く捉えていると思う。

そしてそれだけでなく、経営者の想いがあると感じる店になっていて、どちらもまた行きたくなるお店だ。

ご参考:
NYで「実店舗」復活ムードを牽引する「ブルティン」成功の秘密 – まぐまぐニュース!
世界初のジェンダー・フリーのお店「フルイッド・プロジェクト」The Phluid Project

他にもニューヨークには、何かしらコミュニティに還元したいとか、店を続けることで社会に貢献している実感を得られるといった理由で何年も続いているお店が多い。

そういえば、2号店を出したドーナツ屋さんもそういった理由から本業がありながらも長年続いている。

ご参考:NYの老舗ドーナツ屋さん「ドーナツ・パブ」(The Donut Pub)が、突如、2号店

ちなみに競争の激しいニューヨークで実店舗を運営していくのは、想像できないほど大変で、営利企業である以上、ちゃんと利益に繋がる工夫もしていて、例えば、フルイッド・プロジェクトはケーブルTVのHBOとコラボして3つのポップアップ店を出す予定となっている。

ご参考:HBO’s ‘Euphoria,’ The Phluid Project to Launch Gender-Free Pop-up Shops

想いと運営のバランスを取っているのだ。客としては、経営者の想いを感じるから店に行きたくなるし、実際に行ってみると何か買わずにはいられない気持ちになる。

Eコマースが普及したからこそ、改めて実店舗でのインパルス購買(衝動的な買い物意欲)に注目が集まっている。このあたりは、改めてまとめようと思うので、何かご質問あればぜひ。

城を攻め、城を築いて天下を取った日本史上最強の「城武将」秀吉

日常生活において不思議に思ったり、ちょっと気になったあれこれについて考察するメルマガ『8人ばなし』。著者の山崎勝義さんが今回取り上げ論じるのは、「秀吉の城攻め」です。山崎さんは、秀吉による中国毛利の支城攻略について「面白い」と好奇心をかき立てられているようで、鳥取城の兵糧攻め時に用いた戦術について詳しく紹介しています。

秀吉の城攻めのこと

信長は奇襲で名を挙げ、家康は野戦を得意とした。そして秀吉は何と言っても城攻めである。特に主君信長の訃報で終わることとなる、備中高松城水攻めまでの中国毛利の支城攻略は実に面白い。

秀吉の城攻めは、極力正面突破を避けるというところに真骨頂がある。鬼上司信長の下で働く以上は、なるべく早く、できるだけ多くの成果を上げなければならない。そのためには将兵は失いたくないし、城もできるなら無傷で手に入れたい。一番リスクが少ないのは直感的に包囲戦である。しかし、包囲籠城となれば長期化というリスクがどうやっても生じてしまう。となれば、このリスクを如何に抑えるかが包囲戦の鍵となる。

一方、籠城側からしてみれば勝利の方法は二通りである。包囲側の兵糧が尽きての撤退か、後詰めの援軍と城内からの挟撃による撃退である。故に包囲側はこの二つの問題をまずクリアしなければならない。このため補給路の確保と背後の防衛戦の構築が重要となるのである。秀吉の軍団はまずこれが抜群に上手い

一般的に包囲戦は兵糧攻めと同義になる場合が多い。つまり、包囲側は籠城側の兵糧を如何に早く消費させるかが第一の戦略ということになる。

中世以来、定石としてはまず周囲の村々から包囲網を小さくして行く。村を追われた領民は城内に避難する。これで籠城側の兵糧消費率が上昇する。次に包囲を厳とし、降伏して来る者があれば、これを城内に追い返す。こうすることで忠誠心の高い者だけに食糧が行き渡らないようにするのである。最初の内から降伏する者は言うまでもなく忠誠心は低い。彼らにできるだけ兵糧を消費してもらおうという考えである。そうして士気が下がり切ったところで降伏交渉に入るというシナリオである。

夜の散歩でも肉球やけどの可能性。怪我や事故から愛犬を守る方法

夏は、暑さを避けて愛犬の散歩を夜にしている飼い主さんが多くいますが、夜だからといって暑さや熱さへの注意を忘れてはいけないようです。メルマガ『佐藤貴紀のわんにゃんアドバイス』の著者で獣医師の佐藤貴紀先生が、夜の散歩でも欠かせない「水」や、地面の熱さと周囲の暗さなど、注意すべき点を指摘。予期せぬ怪我や事故に遭わないための予防法を教えてくれます。

夜のお散歩に欠かせない「お水」について

夜のお散歩の時にも「お水」は欠かせません。脱水症状を起こす事もありますので「お水」は必ず持参してくださいね。また、その「お水」も自販機で売られている「硬水」は飲ませないでください。

マグネシウムやカルシウムが多く含まれている為に「尿路結石」になる子もいます。水道水か軟水をあげてください。

「夜のお散歩」2つの危険性と防ぐ知恵

1)地面の温度が高ければ高いほど、怪我をする可能性

今年の夜は「スーパー熱帯夜」と言ってもいいほどの暑さです。地面が「コンクリート」ならなおさらです。熱いハズです。愛犬を歩かせる前に、必ず手で暑さを確認してください。30秒くらい手を地面に当ててみて下さい。熱い時には、夜のお散歩はやめるという決断も必要です。

犬の肉球が、火傷し、赤く腫れてしまい歩けなくなってしまう事もあります。お散歩には、ならないですが、抱っこして少し外の空気を感じさせてあげるだけでも、犬にとっては、家にいるよりもストレス発散になります。

2)暗いと「愛犬」の様子がわからず事故に遭う危険性

人間が見えないところでは、犬も見えるわけはありません。前が見えにくいために、様々な危険が起こります。自転車とぶつかってしまった。車にひかれそうになった。という事も、よく耳にします。

特に、黒い毛の犬は、暗いと普通の子よりも人間の肉眼で認識しにくいとも言われているので、特に神経を使って欲しいです。また、リードを昼間よりも、短く持つなどの気も使って頂きたいですね。

3)「ここに犬がいますよ」と知らせる方法

夜道では「ここに犬がいます」という存在をアピールすることが一番大切です。1つ方法としては、懐中電灯や、リードに夜でも光るものをつけてあげる事です。飼い主さんも、周りの方も「犬のお散歩だ」と認識されるので注意してくださる目印になります。

家庭で簡単にできるのは「蛍光塗料シール」を首輪や、お洋服を着ている子でしたらお洋服に貼ってあげたり、リードにつけてお散歩してあげるとすぐにわかります。

100円ショップで「白色 LED ライト」の小さいのも売られていますのでそれもリードにつけてあげると見やすいと思います。もちろん、ペット用のも売られていますので、そちらを使われるのも良いと思います。

まとめ

最後に、今年の夏は本当に暑いです。夜お散歩に行って、怪我をしたら意味がありません。また、飼い主さんも夜、歩いていると不審者にあってしまったり愛犬とは別の危険も伴う事もあります。十分に気つけて、楽しい「お散歩タイム」を過ごしてほしいです。

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ジャニー喜多川氏、くも膜下出血で入院。「嵐」と事務所が公表

ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(87)が、解離性脳動脈瘤破裂による「くも膜下出血」で救急搬送され、今も入院していると、同事務所が公表した。NHKニュース日刊スポーツ朝日新聞などが速報で報じた。



日刊スポーツによると、東京・ソニーミュージック六本木ミュージアムで行われた同事務所のアイドルグループ「嵐」初展覧会の会見場で、ジャニーズ事務所が報道陣に発表したという。それによると、ジャニー氏は、6月18日に体調の異変を訴えて救急搬送されて入院し、解離性脳動脈瘤破裂による「くも膜下出血」と診断されて治療に専念しているとしている。さらに朝日新聞によると、嵐のメンバーの1人である松本潤(35)が、メンバーを代表して、ジャニー氏について報告があるとして、会見場で以下のように語ったという。

「このエキシビションの会見の前に、僕たちからご報告させていただきたいことがあるので、少々お時間をいただきました。先月、6月18日に弊社の社長ジャニー喜多川が病院に緊急搬送されました。その報告を受けて、僕たちは翌日19日にジャニーさんのもとにお見舞いに行きました。その後も、それぞれ時間のあるときに、なるべくジャニーさんの病室に通っているのが現状です。今は一日も早くジャニーさんが元気に回復してくれることを祈っています。また、皆様には今は静かに温かく見守っていただければと思っていますので、なにとぞよろしくお願いいたします」

ジャニー氏は1962年に「ジャニーズ事務所」を設立。人気アイドルグループを次々とデビューさせて、音楽プロデューサーや舞台演出家としても活躍を続けている。今回の嵐の展覧会はファンクラブの会員限定のイベント。1日から11月30日まで東京都内で開かれるほか、その後、大阪や福岡、宮城などを巡回する予定だという。

ネット上では、ジャニー氏の搬送や入院について当初から様々な憶測が流れていた。そのため、同事務所がその疑問に答える形で今回の公表となったようだ。ジャニー氏の入院や病状の公表について、SNS上には多くの励ましの声などが投稿されている。

Twitter上の反応







※本記事内のツイートにつきましては、Twitterのツイート埋め込み機能を利用して掲載させていただいております。

source:NHKニュース日刊スポーツ朝日新聞

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目をそらすな。日本が直視すべき老朽マンションの最期を看取る覚悟

長い年月をかけてローンを支払い続けた分譲マンションや団地などの集合住宅、その「最後」について考えたことはありますか?  そんなことを考えたら買うこともできないし考えたくもない、というのが本音ではないでしょうか。無料メルマガ『まんしょんオタクのマンションこぼれ話』の著者で現役マンション管理士の廣田信子さんは「タブー視せずに向かい合わなければならない問題だ」として、現在の高経年マンションを取り巻く多くの問題を紹介し、議論を促しています。

気になるけど話題にできない「マンションの最後」の話

こんにちは!廣田信子です。

私の頭に思い浮かぶある理事さんとの会話があります。その理事さんの住まいは、築50年近い郊外型団地。がんばって長寿命化を目指している団地です。最初は、理事会活動の話でしたが、だんだん、一住民としての本音の話をしてくれるように…。私が一番聞きたかったことです。

高経年団地ですから、配偶者が亡くなって一人暮らしになった高齢者の方も多いといいます。

「女性は、一人になっても元気だし友達がいるからいいけど、男性が一人になるとちょっと厄介だよね。理事会や自治会の活動をしていない人は、様子がよくわからない。孤独死のことは気になるが、親族が定期的に連絡を取っているのか、親族と疎遠なのかはわからない。まわりには、なかなか事情を話さないし…。高齢のため施設に入居して、空室になっている住戸もあるが、届け出がないものも多いので、正確には把握できない。届け出がないと、総会の議案書は住戸の郵便受けに届けているが、読んでもらえていないだろう…」

と。ということは、当然、委任状や議決権行使書も提出されない訳です。

いつの間にか施設に入り、亡くなっても、身内で葬儀を済ませて、管理組合にも、マンションの知り合いにも連絡がないケースが増えているといいます。亡くなった後も、管理費等が口座から引き落とされているので、2年間、管理組合は亡くなったことを知らなかったというケースもあったといいます。

あるケースでは、滞納が始まって死亡を知って、相続人を調べたが、登記は死亡した組合員のままで、誰が相続したのかわからなかったところ、いきなり、不動産業者が区分所有者変更の届け出を出してきた…と。その不動産業者は、かなり安い価格で、その団地の部屋を積極的に買って、賃貸物件にしているといいます。

日本にいたら生涯気づかなかった「ナンパ」を語る女性への偏見

海外に行くと、日本人女性はやたら声をかけられるという話をよく耳にしますが、ニューヨークでもよく見られ、「迷惑話」としてよく聞くようです。メルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』を発行する米国の邦字紙『NEW YORK ビズ!』CEOの高橋さんはかつて、「ナンパ体験」を自慢したいのでは?と自分自身が日本人女性に偏見をもっていたと告白。その後考えを180度改めることになった街角での仰天の体験について赤裸々に綴っています。

ニューヨークで日本人女性はモテるのか

ニューヨークで生活していると、日本人女性はのきなみ声をかけられます。 街を歩いていると、男性から「Hi!」とか「Hello!」とか「Pssssst!」とか、そんな声が飛んできます。最後の「Pssssst!(プスーッ)」というのは、口笛を吹く要領で空気を出しつつ同時に音を出す感じ。なかなか日本人には難しい発音です。「ねぇ、ねぇ」とか、日本風に言うなら「ちょっと、ちょっと、今、いい?」みたいな感じでしょうか。どちらにしろナンパの時に使う単語で、もともとは子猫(pussy cat)を呼ぶ際の「こっちおいで」みたいな感じで使う言葉なので、ちょっと小馬鹿にされたと感じる女性も少なくないそうです。

ここまでなら、日本でもたまには目にする光景かもしれません。でも、ニューヨーカーはもっと露骨です。 目的が本当に「この子とちょっとお茶でも行きたい」というナンパそのものであれば、逆に、その目的は絶対に達成し得ないんじゃないか、な言葉をかけているのもよく耳にします。通りすがりの女性にいきなり「Wow!いい脚してるね」とか「ナイスなおっぱい!」とか、中には、目をつむって唇を突き出して「んんんんっぱ!」と破裂音入りのエアーキスをしているおじさんも何度か見ました。 厳密に言えばセクハラ、なその行為の対象は、もちろん日本人女性に限りませんが、アジア系の女性が多い気はします。声をかけてる側の人種は問いません。白人、黒人、アジア人。特にヒスパニック系は、どこかで「声をかけなければ失礼」という思いもあるのか、よく目にします。

で、これらの行為に、自分がモテていると勘違いする女性もいるようで、その場で話し込んでいる場面もたまに見ることはあります。でも、それらは稀で、これらのナンパとまでいかない声がけに、ほとんどのニューヨーカーは鼻で笑ってスタスタと通り過ぎて行きます。もちろん男性側もしつこく追いかけたりはしない。「鼻で笑ってスタスタ」も予想範囲以内で、それ込みで声をかけているようです。

男「(特に気にとめることもなく)Psssst!」→女「(特に気にとめることもなく)鼻で笑ってスタスタ」→男(特に気にとめることもなく)ケータイに目を戻したり、そのまま歩いたり。の、お約束の一連の動作。日本人の僕から見ると、まるで伝統様式。つまりは、リアルなナンパではないのかもしれません。

「獺祭」誕生秘話に学ぶ、大ピンチを飛躍のきっかけにする方法

安倍総理がオバマ前大統領に贈ったことでも話題となった、「獺祭」。この人気の日本酒を造っているのが、山口県にある旭酒造です。今では輝かしい業績を誇る旭酒造ですが、実は倒産寸前にまで追い込まれた過去もあることをご存じでしょうか。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、旭酒造3代目社長の桜井博志さんが、経営が傾いた酒蔵をいかにして立て直したかが紹介されています。

圧倒的人気を誇る「獺祭」が生まれた理由

入手困難なほどの人気を誇る日本酒獺祭」。しかし「獺祭」を手掛ける旭酒造は、かつて潰れる寸前でした。

小さな酒蔵を立て直し世界20か国に展開するまでに育てあげた3代目社長の桜井博志さんに経営の軌跡をお話いただきました。


──「獺祭」で手応えを感じ始めたのはいつ頃ですか

桜井 「「獺祭」は平成に入ってすぐから始めていますが、そこから6、7年経った頃でしょうか。「獺祭」は初めから東京の市場に出ていきました。うちのような小さな蔵は、「人口10万人の岩国市で何%押さえる」というような小さな市場でシェア競争をしたら絶対に勝てません。それは経験から分かっていました。それならもっと大きな市場に出ていくしかない。東京進出も、追い込まれたからこそ生まれた苦肉の策でした。

そこから少しずつ軌道に乗り始めましたが、平成10年頃、一度踊り場に陥るんですね。当時は東京の卸業者を使っていましたが、納入しようとすると「そんなに売れていないから要らない」と言う。一方、卸先である酒屋さんからは「最近獺祭を入荷してくれない」という声が聞こえてきました。おかしいでしょう?」

──なぜだったのですか?

桜井 「結局、業者が止めていたんです。卸業者は1つの商品だけを突出して売るより、仕入れたものを万遍なく売りたいわけです。また、中抜き商売だから蔵元と酒屋が密接に結びつくことを好まない。そうすると情報も入ってきませんから、いろいろな判断から卸業者との取り引きをやめて直取引を始めました

当時当社の売り上げが2億円のところその1社で7,000万円の取り引きがありましたから、大きな決断ではありました。また、業界紙などには「売れない時は卸屋に頼んでおきながら、売れるようになったら切った」という書き方をされて、がっくりきちゃいましたけど、結果的にはそこから売り上げが大きく伸びたんです」

──大きな転機となったのですね。

桜井 「転機という意味では、ちょうど同じ頃、地ビールづくりに挑戦しました。それというのも、近年は蔵人の高齢化や人手不足もあって、当社では製造担当の社員を雇い始めていました。しかし、酒は冬に仕込みますから夏場は彼らに仕事がない。そこで、夏にピークを迎えるビールを手掛けてはどうかと思ったのです」

──同じ酒類ですからね。

桜井 「はい。しかし、これは大失敗に終わりました。ビールづくりの認可を得る時にレストランも経営するように条件づけられたんですね。2億4,000万円を投資して、レストランとビール製造の設備を整えましたが、数か月で資金繰りに苦しむようになり、撤退に追い込まれました。手元に残ったのは2億円の負債です。東京の大学に通う息子に教科書代すら振り込めませんでした。この時は人知れず泣きましたねぇ。

そして「旭酒造は潰れる」という噂を聞いた杜氏と蔵人たちは別の蔵に移ってその冬の仕込みには帰ってきませんでした

──え、戻ってこなかった? 酒づくりはどうされたのですか。