映画「君の名は。」北米公開。NYで観た日本人社長の感想は?

公開されるや否や記録的な大ヒットとなった、長編アニメーション映画「君の名は」。皆さんの中には劇場まで直接足を運んだという方も少なくないのではないでしょうか? そんな「君の名は」が、ついに米国でも公開されたようです。メルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』の著者で、米国の邦字紙「WEEKLY Biz」CEO 兼発行人の高橋さんは、その公開初日にNYタイムズスクエアで視聴してきたとのこと。気になる米国での評価はどうだったのでしょうか?

君の名は。 —北米公開—

「君の名は。 」(「Your Name.」) 北米公開初日。 夜の回に招待されたので行ってきました。

もちろん母国で歴史的なメガヒットになったことは知ったうえで(弊紙「ニューヨークBiz!」でも、北米上映決定の際、表紙で取り上げさせて頂きました)。 じゃないと、多分、招待だとしても、行かなかったと思います。 日本のアニメがすべて同じ絵面に見える中年の僕としては。

ただ、あれだけヒットしたということは絶対に何かあると思い、そしてある種、イベント的な意味合いでも劇場に足を運びたかったのかもしれません。

映画館はタイムズスクエアにある東海岸で一番大きなシネマコンプレックス。

ただ、その中でも一番小さな50人収容の劇場での上映でした。

いちばん後ろの席にいた僕は指で全員を数えることができました。 自分を入れて34人。

映画館数が異常に多い街なので、特に珍しい光景ではありませんが、公開初日の金曜の夜にこのくらいの集客だと「大ヒット」とはほど遠い(日本のメディアがどう報道したとしても)。

ただ、「外国に極端に興味のない国民だらけ」のこの国で、日本映画で、アニメで、しかもリミテッド(期間限定)じゃなく、普通にロードショー館にかかるだけで、とてつもなくスゴいことなんだけれど。

「忖度できる部下」は可愛がられるのか。元役人に聞いてみた

森友学園問題で日本中に広まった「忖度」という言葉。しかし、これは昔から日本社会で伝統的に行われている「悪しき習慣」のようなものでもあります。無料メルマガ『まんしょんオタクのマンションこぼれ話』の著者で、役所のOBたちと飲みに行く機会があったという廣田信子さんによれば、彼らのほとんどが「忖度できる部下」を可愛がっていたそう。これに対し、廣田さんは日本人の変えるべき「意識」について持論を展開しています。

「政治家を使う」「役人を動かす」って何のこと?

こんにちは! 廣田信子です。

政治家を使う」「役人を動かす」。私がきらいな言葉ですが、何かの集まりがあると、ごく普通の市民の口から必ずと言っていいほど出る言葉です。権力を利用するということは、そんなに魅力的なことなのでしょうか。

何らかの団体の関係の中では、「天下りの役人を入れて、国からお金を引っ張って財政が安定した団体を目指すべき」なんていう主張が堂々と語られ、私は瞬間、暗い気持ちになります。なんたる時代錯誤!

また、国会議員や首長の選挙があると、自分の仕事や団体にプラスか、すなわち、仕事を受注しやすいか事業に便宜を図ってもらえるか、で、誰を応援するかを決めるということがごく当たり前に語られています。

私たち国民の側、市民の側も、かなりの多数の人が、政治や行政は公平ではないということを当たり前だと思い、うまく政治家を使ったり役人や首長を動かすことが賢いことだと思っているということです。

確かに、私から見ても、そういう「ひいきはいたるところで見られます。国の補助事業は、公募となっていても、募集する前から、役人がある団体に補助金を出すことを約束している、で、募集要項は、その団体に明らかに有利な内容となっている…。

自治体が事業者を公募するのに、実質的に、特定の業者しか応募できない条件が付いていたり、事前に準備していないと、とても応募できないほど、締切までがあまりに短かい…。

そんなことは多々あり、多くの人が「おかしい」と感じても、飲み会の席で文句を言うぐらいで、現実はそんなものだと受け入れているように感じています。

相手がみるみる焦りだす。口下手な人が交渉を有利に進める方法

いわゆる「口下手な人」はマシンガントークでぐいぐい押すようなタイプに比べて交渉が苦手―。そんなイメージを持たれている方も多いかと思います。ところが…、今回の無料メルマガ『弁護士谷原誠の【仕事の流儀】』では、著者で現役の弁護士でもあり、ご自身も「口下手なほうだ」と感じているという谷原誠さんが、「口下手のまま交渉の達人になれるコツ」を紹介しています。

口べたの交渉術

こんにちは。

弁護士の谷原誠です。

「自分は交渉が苦手だ」と考えている人は、得意だと考えている人より多いのではないかと思いますが、その理由として「私は口下手だから…」というのをよく聞きます。たしかに「交渉がうまい人」と聞くと、立て板に水のようにぺらぺら話し、相手を圧倒してしまう人というイメージがあります。

口下手な人は、セールスマンにマシンガントークで押し切られたり、交渉の席でほとんど何も話せず、相手の要求を飲んでしまった、などといった苦い思い出から、交渉が向いていないと自己認識している場合も多いでしょう。

しかし、「口下手と、交渉下手は違います

私の周りの弁護士も、どちらかというと口下手でも交渉でよい結果を残す方がたくさんいますし、私自身も、それほど自分が口がうまいと思ったことはありません。

口下手な人の多くは、交渉で相手ばかり話していると「押されている、負けている」と思い、慌ててしまいます。そして、こちらも何か言わなければ、と不用意な発言をして自分で納得しない合意をしてしまう場合が多いようです。

交渉において、このような「勝ち負け思考は禁物です。交渉は双方が納得できる形で合意するものであり、そこに勝ち負けはありません。何らかの合意に達しなければ、いくらしゃべりまくっても意味はありません。

口下手な人は、押されているように感じられても、その状況に慌てることなく、自分が主張したいところで、すべき主張をすればよいのです。何を言ってよいかわからないのならば、無理に話さず、黙っていてもよいのです。

しゃべりまくっても自分の思う結果が得られない場合、今度は相手が慌ててきます。だんだん話すこと、自分が切ることのできるカードがなくなってくるからです。

相手の目を見て話すのが怖い…それって「正視恐怖」かも?

正視恐怖は「相手の目を見ることができない」という悩みです。

小さい頃から「話すときは相手の目を見なさい」と教わったり、「アイコンタクト」はグローバルなコミュニケーションの基本だとか、わかっているはずなのにできないというのが、この悩みでしょう。

不安障害の症状ともいえる「正視恐怖」、あなたは思い当たりますか?

正視恐怖とは?:対人恐怖のひとつ

対人場面で、相手の目を見て話せなかったり、目のやり場に困ってしまうといった状態に陥るのが「正視恐怖」です。

本人は「自分の視線を相手が変に思うのではないか」と過度に緊張してしまっている場合も少なくありません。

そもそも、相手の目を見るとか、目と目を合わせて交流することは、緊張や勇気をともなう対人行為です。

「まなざし」と呼ばれる相手や自分に直接向けられる視線は、私や相手の核心に入っていこうとする営みでもあるからです。

ですから、じっと目を見て話していたら、自分に好意があるのではないかと相手から誤解されたり、やくざにまなざしを向けると「ガンをつけた」といちゃもんをつけられたりもします。

それでも、自分をわかってもらうため、相手を本当に知りたいからと緊張と勇気を振り絞って、相手にまなざしを届けていくことによって、コミュニケーションや相互理解が起こってくるわけですが、中にはそうした営みに過剰に緊張し、怖くなって、どうしてもできなかったり、あるいは、そんなことをしなければならない対人関係や社会生活に背を向けてしまう人たちもいないではありません。

こうした傾向は、従来から「対人恐怖」と呼ばれてきました。

正視恐怖は対人恐怖のひとつのパタンとみなすことができるでしょう。

また、そうした傾向が重症で、日常生活が成り立たなくなってしまうと、病的な症状として、正視恐怖症と呼べるかもしれません。

ただし、今のところ精神医学では正式な用語ではありません。

正視恐怖と視線恐怖:どうちがうの?

最新のアメリカ精神医学会発行『DSM-5;精神疾患の分類と診断の手引き』では、スピーチなど対人場面で、不安や恐怖を多大に感じ、震え、動悸、赤面、発汗など身体症状をきたしたり、緊張感や不安感が強くなってしまって、対人場面を避けるようになってしまう傾向を、「社交不安障害(SAD)」と名づけています。

その中によくある症状として、人に見られたり、人前で何かをするといった、他人から注目を浴びるような状況で自分のことを低く評価されるのではないかと、不安が強まる症状が挙げられています。

その典型的な例として、「相手に見られることを怖れる」という「視線恐怖症」があります。

最近増えているという専門家の指摘もあります。

こうした「社交不安障害」の概念は、さまざまな対人交渉の結果、自分が恥をかくことを怖れる、というところに焦点が当たっています。

ですから、視線恐怖症は、相手から見られることで自分の評価が下がることを怖れるあまり、「見られたくない」という悩みがこうじていくことになります。

これに対して、「対人恐怖(症)」という概念は、以上の社交不安障害の概念も含みながら、自分が相手を不快にさせたり、迷惑をかけたりといった、他者への影響を怖れることも含んでいます。

これを「確信型対人恐怖症」と呼んでいます。

正視恐怖は、自分が相手の目を見るのが怖いという状態(症状)なので、まさに、確信型対人恐怖(症)の一つのパタンとみなすことができるでしょう。

「察する」文化から生じた?正視恐怖

古来、日本文化の美徳とされる「やさしさ」は、相手のことを思いやり、配慮して、人と接していくことでした。

これは現代でも、世界中から好意をもって日本文化の伝統と見られている面でしょう。

しかしクールにいえば、「思いやる」「察する」という経験は、相手のことを「推測」するという経験です。

「もしこんな風にしてあげたら、かれは喜ぶだろう、だから、先回りしてやってあげよう」とか、「こんな言われ方をしたら傷つくだろうから、いわないでおく」といったように、「察する」文化は、先んじて推測を行為に変換してくことといえるでしょう。

ですから、実際に相手を見て、実際に相手に聞いて、相手が望む対応をしているわけではないともいえます。

もしかしたら、日本人は昔から相手を見ることの代わりに、察してきたのかもしれません。

自分に正視恐怖の傾向があると疑われるなら、相手を見る練習が必要かもしれません。

まずは、信頼できる家族や友人を「見る」ところから始めて、だんだんと初対面の人でも見ることができるようにしていくと、段階を踏んで見ることに慣れていく手もあるでしょう。

 
【参考】
・アメリカ精神医学会『DSM-5:精神疾患の分類と診断の手引き』、医学書院
・落合滋之監修『精神神経疾患ビジュアルブック』学研
・樋口輝彦他編集『今日の精神疾患 治療方針』医学書院

 

執筆:山本 恵一(メンタルヘルスライター)
医療監修:株式会社とらうべ

 

<執筆者プロフィール>
山本 恵一(やまもと・よしかず)
メンタルヘルスライター。立教大学大学院卒、元東京国際大学心理学教授。保健・衛生コンサルタントや妊娠・育児コンサルタント、企業・医療機関向けヘルスケアサービスなどを提供する株式会社とらうべ副社長

<監修者プロフィール>
株式会社 とらうべ
医師・助産師・保健師・看護師・管理栄養士・心理学者・精神保健福祉士など専門家により、医療・健康に関連する情報について、信頼性の確認・検証サービスを提供

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【関連リンク】

家畜たちは安堵? 現実味を増してきた「人工肉」の低コスト化

2013年にイギリスで牛の幹細胞を培養した「人工肉バーガー」が発表されたことをご存知でしょうか。当時は人工肉のパティを作るのに32万5千ドルという莫大な金額がかかり、実用化は不可能とされていましたが、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』によると、現在は11ドルにまで下がってきているのだとか。著者で早稲田大学教授・生物学者の池田先生は、これが2ドルくらいにまで下がれば実用化されると見ており、そうなれば「人間の食」や「法律」も変わっていくと予見しています。

人工肉は家畜を救う

人類が肉をかなり沢山食べるようになったのは、華奢型のアウストラロピテクス属(アウストラロピテクス属は華奢型と頑丈型に分けられ、後者はパラントロプスという別属にされることも多い)からホモ属に進化したころだと言われている。人類が約700万年前にチンパンジーの系統から分かれて独自の進化を始めてから450万年の間、脳容量が500mlを超えることはなかった。然るに、ホモ属になると脳容量は急激に大きくなった

現在知られるもっとも古いホモ属はホモ・ハビリス(240万年前~140万年前)で、脳容量は約650ml、それより新しいホモ・エレクトス(200万年前~10万年前)の脳容量は1000ml前後である。現生人類(ホモ・サピエンス)は平均1350ml、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)はそれより大きく平均1450mlである。脳容量の増大と肉食は相関しているが、肉を食べるようになったので、脳が大きくなったのか、脳が大きくなったので、肉を食べる必要が生じたのか。ニワトリが先か、タマゴが先かという話だが、脳が大きくなるためには肉食が不可欠だったことは確かで、時間的には肉食が脳容量の増大に先行したのだろう。もちろんこれは因果関係を示しているわけではない。

脳は組織の50~60%が脂質で形成され、さらにそのうちの30%強が、多価不飽和脂肪酸、特にアラキドン酸とドコサヘキサエン酸で、前者は肉や魚に、後者は魚に多く含まれ、植物にはあまり含まれていないので、大きな脳を維持するためには肉食が不可欠なのである。肉食になって、脳を作る材料を豊富に供給できるという条件の下で、脳を大きくする遺伝的な変化が起きて、脳の巨大化が起こったのであろう。華奢型のアウストラロピテクスであるアウストラロピテクス・ガルヒ(250万年前)は肉食をしていたと考えられているが脳容量は450mlしかないので、肉食が脳の巨大化に先行しただろうことは恐らく間違いない

(中略)

1万年以上前の狩猟採集生活の時代世界人口は500万人から1000万人くらいだったと言われている。人口のキャーリング・キャパシティは調達可能な食物の量によって決まるので、それだけの人口を養える野生動物がいたということだ。狩猟技術が進歩すれば、捕獲できる野生動物の数も多くなるので、野生動物は徐々に狩り尽くされていったろう。マンモスもオオナマケモノも1万年前までには人間に狩り尽くされて絶滅した。人類は肉不足に直面したと思われる。

【書評】川崎フロンターレがバナナを売って算数ドリルを作るワケ

駅や商店街などが水色の「フロンターレ色」で埋め尽くされていると言っても過言ではない、神奈川県川崎市。「川崎フロンターレ」はいかにして街の人々の信頼を勝ち取り、ここまで地域に浸透することができたのでしょうか。今回の無料メルマガ『ビジネス発想源』に、同チームのプロモーション担当者による、ある意味革命的なPRの軌跡が描かれた1冊が紹介されています。

無償という貢献

最近読んだ本の内容からの話。

1992年からワシントン州立大学でスポーツマネジメントを学んだ天野春果氏は、1996年に帰国した。富士通川崎フットボールクラブはJリーグ参入を目指して「川崎フロンターレ」と名称を変更したが、その時に天野氏は初の生え抜き社員として入社し、地域密着を目指すホームタウン推進室に配属された。

しかし、川崎市はNECや東芝などの街でもあり、「どうして富士通のサッカー部を応援しないといけないんだ?」と、なかなか良い印象を持たれなかった。そして、等々力陸上競技場に行くと、「富士通社員用受付」というテントが設置され、富士通の社員証を提示するだけでチケットと小旗やメガホンまで無料でもらって入場し、イベントも全て広告代理店任せである様子を見て、「これは間違いだ。おかしい」と天野氏は考えた。

また、かつてスーパースターを集めてJリーグ草創期に最強と言われたヴェルディ川崎が、全国区の有名クラブということでホームタウンである川崎にはほとんど目を向けず、「あの頃のヴェルディは許せない」という川崎市民の声が大きかったことを強く感じた。

それならば、フロンターレはその真逆をやろう、徹底して川崎に目を向けるクラブにしよう、と天野氏は考え、地域密着の戦略を次々に打ち、川崎市民と地道につながっていった。

川崎市内にある商工会議所、美容組合、青年会議所、川崎浴場組合などの団体で会合や慰安旅行があればどんどん参加してメンバーと酒を酌み交わしながら仲良くなった。

クラブも地元にお金を落とす必要があるから、新年会、忘年会、印刷物の依頼などは必ず川崎市内の業者にお願いする。川崎市内で買い物をする時には必ず領収書をもらう。宛名を聞かれた時に「川崎フロンターレです」と答えるのが目的だ。

すると、次に同じお店を訪ねた時には、「ポスター、貼ろうか?」とわざわざ声をかけてくれる人もいた。そういう、最初は小さなつながりが、積み重ねていくことで確実にプロモーション企画を実現していくための大切なネットワークの拡大・強化へとつながっていった。

まわりと打ち解けられない我が子に教えたい、会話を紡ぐコツ

4月といえば出会いの季節ですが、その「新しい出会い」が苦手なお子さんも多いですよね。親として、何かできることはないのでしょうか。今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では著者の真井花さんが、そんな「人見知りの子でもスムーズに初対面の挨拶から会話を成り立たせられるコツ」を紹介してくださっています。

どきどき初対面

さて、本日はどきどきの初対面のお話。

4月になると、新しい出逢いがありますよね。オトナになればなるほど、そんな新鮮な出逢いも少なくなるものですが、学齢期のお子さんにとっては本当にまっさらな出逢いがたくさんある季節です。ちょっと人見知りのお子さんの場合には、「だって、話しかけてきてくれないし…(>_<)」な状態です。なら、話しかければいいじゃないかと思うのは初対面でも百対面でもカンケーない人のイイグサですよ(^Д^)。こんなことにつまづいて学校になじめなくなるコもいるんですから。

こういうコには、なにを話のキッカケにしたらいいのか解らないんです。なので、いつも何を仲の良い友達と話しているかを考えさせましょう。まずはフツー、自分の話ですよね。なんてったって自分のことですから。そりゃ話せます(笑)。自己紹介っぽく、なおかつそのときに相手も自己紹介しやすいように話を振るわけです。

  • 数学が苦手なの
  • 音楽はこの曲が好き
  • 最近テニスに興味がある
  • あの映画はまだ見ていない

なんでもいいんですよね。で、さらに、ちょこっとオマケをくっつけるのが次の手です。ハイとイイエだけで答えていては、話に発展性がなさ過ぎです。そりゃ文法的には正しいかもしんないけど(苦笑)。なので、話を振るときにはハイとイイエで答えるのではなく言葉で返さなくてはならないようなカタチにするといいんです。

ポテトチップスに容量減らしの前科。イモ不足で再び便乗値上げか?

原料のジャガイモ不足により、店頭から次々と姿を消しているポテトチップス。一部商品がオークションで高値をつけられていることも話題となっています。無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』の著者で店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんは、カルビーや湖池屋などのポテトチップスを主力とする企業が今後どのような手を打ってくるのか、プロの目線で分析しています。

消え行くカルビーのポテチ。再販時の値上げの布石?

佐藤昌司です。「ポテチショック」が広がっています。原料のジャガイモの出荷不足によりポテトチップスの製造が追いつかず、販売店から続々と姿を消しています。オークションサイトやフリマアプリでは高額での出品が相次ぐ事態となっています。

カルビーは4月10日、「ポテトチップス」や「ピザポテト」、「堅あげポテト」の販売を一時休売または販売終了すると発表しました。「ピザポテト」に関して同社は12日、一連の発表で同製品への需要が急増したことにより、休売日を4月22日から12日に前倒しすると発表しました。影響が想定を超えて広がっているようです。

ジャガイモが不足した背景には、昨年の8月から9月にかけて主要原産地の北海道に4つの台風が接近・上陸したことで調達が間に合わなくなったことがあります。国内調達の約8割が北海道産のため、大きな影響が発生しました。

ポテトチップス市場のシェアはカルビーが他を圧倒しています。近年の国内市場シェアは70%程度で推移しています。2011年3月期のシェアは62.5%なので、拡大傾向にあることがわかります。ポテトチップスは同社の売上高の3割以上を稼ぐ主力製品群となっています。

湖池屋もポテトチップスの販売を休止・終了しています。2017年4月10日付産経新聞は「湖池屋は3月25日の出荷分で、『頑固あげポテト のり塩』など7商品の販売を終了した。また、『55グラム ガーリック』など9商品も休止した」と報じています。

習近平が10秒間も絶句。米中会談後わずか10日間で世界は変わった

シリアへの軍事攻撃実施を、米中首脳会談夕食時に習近平国家主席に伝えたというトランプ大統領。その会談終了後わずか10日の間に、米国による朝鮮半島周辺への原子力空母派遣や為替相場の混乱など、世界は大きく様相を異にしました。メルマガ『高城未来研究所「Future Report」』の著者・高城剛さんは「これらすべてはトランプの中国包囲網だ」との見方を示しています。

米中首脳会談後わずか10日間で様相を異にした世界

今週は、先日行われました米中首脳会談と、その後に起きました世界的な異変の数々につきまして、私見たっぷりにお話ししたいと思います。

4月6日と7日、米国トランプ大統領は、フロリダ州パームビーチの高級別荘「マールアラーゴ」で中国の習近平国家主席との初会談に臨みました。

トランプは海外要人を迎えるマウンティングするのにこの地が最もふさわしいと考えている様子で、2月には日本の安倍晋三首相はここに招かれ喜んでいたそうですが、中国は、表向きには「海に面したスパニッシュ様式の別荘では米政府の象徴性を欠く」と反対の意を表明し、公式にホワイトハウスでの会談を望んでいました。

ですが、トランプ当選以降、険悪だった米中関係を考え、最終的には中国が折れることになりました。

すべては、ここからはじまっています。

その4月6日歓迎の意味もある米中首脳会談夕食時、トランプ大統領はこの会食終了間際に、習近平主席に「まるでデザートのように」シリアに対して軍事攻撃を実施したことを伝達しました。

その時の様子をトランプ大統領は、今週放送されたFOXビジネス・ネットワークのインタビューで、「習氏は10秒間沈黙した後、通訳を介して『もう一回言ってほしい』と聞き返した」と語っています。

この米中首脳会談の最中に、習中国国家主席は、米国を強く非難することはできませんでした

欧米化で消えた。あの清く貧しく美しい日本は何処に行ったのか?

礼節の国と言われた日本。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』で、著者の伊勢雅臣さんが日本を訪れた外国人の著書を引きながら紹介している昔の日本人は、裕福ではないけれど自給自足で何不自由ない生活を送り、正直で礼儀正しく幸せそうだったことがわかります。しかし、日本に魅せられた外国人のひとりで作家のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、日本が欧米化で悪い方向へ向かってしまうことを予言していました。

美しい国だった日本

ドイツの考古学者ハインリッヒ・シュリーマンは、1871(明治4)年にギリシャ神話上のトロイアの遺跡の発掘に成功して世界的に有名になるが、その6年前、1865(慶応元)年に日本を訪れている

日本で最初の、小さな岩ばかりの島が見える地点に到達した。私は心躍る思いでこの島に挨拶した。これまで方々の国でいろいろな旅行者に出会ったが、彼らはみな感激した面持ちで日本について語ってくれた。私はかねてから、この国を訪れたいという思いに身を焦がしていたのである。
(『世界の偉人たちが贈る 日本賛辞の至言33撰』波田野毅 著/ごま書房)

シュリーマンの期待は裏切られなかった。入国の際、税関で荷物を解くのが面倒なので、金を渡して免除して貰おうとしたら、断られた。「日本男児たるもの心づけにつられて義務をないがしろにするのは尊厳にもとる、というのである」と、その役人の高潔さをシュリーマンは讃えた。

また、当時は過激志士が外国人を襲う危険があったので、警護の武士がついてくれたが、「役人たちが欲得づくでこのげんなりするまでの警備に励んでいるのではないことは承知している。だからなおさらのこと、その精勤ぶりに驚かされるのだ。彼らに対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持ちからでも、現金を贈ることであり、また彼らのほうも現金を受け取るくらいなら切腹を選ぶのである」と感心する。

「英国夫人が一人旅をしても絶対大丈夫だろう」

シュリーマンからやや遅れて明治11(1878)年に来日したイギリスの女性旅行家イザベラ・バード。女性の身でありながら、アメリカ、カナダ、ハワイ、日本、マレー半島、チベット、ペルシャ、朝鮮、中国、モロッコと、通算30年に渡って世界中を旅した。その体験をまとめて『日本奥地紀行』『ロッキー山脈踏破行』『朝鮮奥地紀行』『中国奥地紀行』などの著作を残している。

これだけ広く世界を旅して、詳細な旅行記を残しているという点で、当時の日本を客観的に語って貰うには、好適な旅行者である。

バード女史から東北・北海道への旅行計画を聞いた英国代理領事は、その時、「英国夫人が一人旅をしても絶対大丈夫だろう」と太鼓判を押している。それは正しかった。

奥地や北海道を1,200マイルにわたって旅をしたが、まったく安全で、しかも心配もなかった。世界中で日本ほど、婦人が危険にも不作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている。
(同上)

ヨーロッパの多くの国や、わがイギリスでも地方によっては、外国の服装をした女性の一人旅は、実際の危害を受けるまではいかなくとも、無礼や侮辱の仕打ちにあったり、お金をゆすりとられるのであるが、ここでは私は、一度も失礼な目にあったこともなければ、真に過当な料金をとられた例もない。群集にとり囲まれても、失礼なことをされることはない。
(同上)

「それは美しいものであった」

バード女史は、実際の旅での見聞をこんな風に語っている。

私達は三等車で旅行した。「平民」のふるまいをぜひ見てみたかったからである。客車の仕切りは肩の高さしかなくて、たちまち最も貧しい日本人で一杯になった。

 

三時間の旅であったが、他人や私達に対する人びとの礼儀正しい態度、そしてすべてのふるまいに私はただただ感心するばかりだった。それは美しいものであった。とても礼儀正しくてしかも親切。イギリスの大きな港町で多分目にするふるまいと較べて何という違いだろう。

 

さらに日本人は、アメリカ人と同様、自分やまわりの人への気配りから清潔で見苦しくない服装で旅行している。老人や盲人に対する日本人の気配りもこの旅で見聞した。私達の最も良いマナーも日本人のマナーの気品、親切さには及ばない。
(同上)

ものを紛失した時に、馬子は一里も戻って探してくれ、バード女史が骨折り賃として何銭かあげようとしたが、「旅の終わりまで無事届けるのが当然の責任だ」と言って、どうしてもお金を受け取らなかった

「どこでも警察は人々に対して非常に親切である」し、かならず助力してくれるので、「困ったときはいつも警官に頼む」。

こうした日本人の振る舞いに触れて、バード女史はこう述べている。

この国民と比較しても常に英国民が劣らぬように――残念ながら実際にはそうではない!――