スポーツも五輪も所詮は「国の支配」。池田教授が繙く運動の歴史

いよいよ迫ってきた東京五輪。準備が進むとともに、少しずつ盛り上がりを見せ始めています。私たち日本人は「健全な精神は健全な肉体に宿る」との考えから、とにかくスポーツを頑張ることで精神面での充実が得られる、と捉えがちです。しかし、フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」のコメンテーターとしてお馴染みの池田教授は自身のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の中で、国旗を背負っての競技スポーツのあり方を根底から探った結果、必ずしも手放しで喜べない旨を指摘しています。

スポーツは危険・取扱注意ということについて

子供のころからチームプレイが必要なスポーツは苦手だった。野球やサッカーやバスケットボールやバレーボールは苦手というより嫌いだった。友達とこういったスポーツに興じた経験はほとんどない。体育の授業で無理やりさせられることはあったけれど、やる気がないこと甚だしく、当然のことながら、体育の教師からは睨まれてばかりいた。

しかし、どんなスポーツでも嫌いと言うわけではなく、徒競走や、相撲や柔道といった格闘技は、結構楽しかった覚えがある。小学校の時は学年で二番目に足が速く、6年生の時は、学校対抗リレーの選手で、秋の運動会シーズンになると、近隣の小学校に走りに行き、優勝カップをいくつももらってきた。現在の私よりも3倍くらい速かったのではないかしら。

授業時間外で、友達と一番よく遊んだスポーツは相撲である。相撲は相当強かったと思う。左差しで右からの上手投げが得意だった。徒競走も相撲もチームプレイではないところが私の性に合ったのだろう。長じてはスキーに凝ったのも、同じ理由からであると思う。

それではなぜ、チームプレイが嫌いだったのか。チームの中に断トツに下手くそなやつがいると、後のチームメイトがそこそこ上手でも勝てないことが多く、一人の失敗の責任を全員で負わざるを得ないというあり方が、どうにも嫌だったのである。「連帯責任」「みんなで頑張る」「失敗した仲間を庇う」といったチームプレイにつきものの心性がいたたまれなかったのだ。バレーボールなどで、誰かが失敗して周りの仲間が発する「ドンマイ」という言葉を聞くと、虫唾が走ったのである(今でもそう)。それに対して、個人競技は勝っても負けても自分だけの責任であり、他人の失敗を忖度する必要もない。

「海水がおいしい」と感じたら間近にあるのは死だと知った体験談

日常生活において不思議に思ったり、ちょっと気になったあれこれについて考察するメルマガ『8人ばなし』。著者の山崎勝義さんは今回、中学生の時に先生から聞かされた海での事故の体験談を紹介。その話から、死が間近に迫っていると知るべき状況を理解し、さらには生きていくことについて、ひとつの真理を見出しています。

先生が語ってくれた話

中学の時、社会科の先生から聞いた話である。その先生からは知識よりも寧ろゲンコツの方を多くもらったくらいだから実のところあまり良い記憶はないのだが、そういった良し悪しの問題を遙かに越えて、その話は今も猶はっきりと心の内に残っているのである。

その先生は釣りが好きであった。その日も予てよりの約束もあって、いつもの釣り仲間3人で出かけたのである。その日は冬であった。釣りを始めてしばらくすると、どういう訳か急に天気が悪くなり海は荒れ模様となった。「これではさすがに」と帰り支度を始めた途端に仲間の一人が海に落ちた。それを助けるべくその先生は海に飛び込んだ。もう一人の仲間も続いて飛び込んだ。結果、その先生だけがクーラーボックスか何かに引っ掛かって助かり、他の2人は死亡した。

死亡者まで出たということもありこの事故は地元ではそれなりに大きく取り上げられ、結果学校関係者は勿論のこと、その地域一帯で知らぬ者はいないほどであった。ただ生存者が1名いるということもあり大っぴらにあれこれ言う者はいなかったように思う。確かこの事故が起こったのは私が中学に入る数年前のことだった。

海水がおいしい?

その先生がある日の授業中、何を思ってかぼそぼそとその時のことを語り始めたのである。
「…助けようと飛び込んだはいいが忽ち自分の身体がいうことをきかなくなった。まるで他人の身体のようである。正直どっちが上でどっちが下かも分からぬ状態であった。それでも泳がなければ仲間も自分も助からない。必死に泳ごうとはするが波に呑まれるたびに大量の海水が鼻や口から流れ込んでくる。これが恐ろしくつらい。鼻は痛く、息は苦しい。この海水に抵抗するだけでも相当しんどかった…」

ここで先生の声が少し変わった。その声はいつもより落ち着いた感じに聞こえた。
「…ところがどういう訳か、ある瞬間から飲まないようにするからつらいのであって、いっそ飲んでしまえばいいのではないか、と思えて来た。そこで意を決して一口ごくりと飲んでみるとこれがやたらとおいしい。こんなにおいしいなら今まで抵抗して損をしたとばかりにその後ごくごくと飲み込んだ。これ以後は憶えていない…」

「海水がおいしい」。普段レトリックを使ったりしない先生だったので余計に生々しく感じた。正直海水がうまい筈がない。この時、現実に起こったことをただただ生理的に分析すれば、低体温と低酸素から脳内モルヒネを始めとする多幸に関連したモノアミンが大量に出された結果、突然不快が快となった訳で、世に言う臨死体験談の類とそう変わりはない。

けれどもこの話を聞いて以来「海水をおいしいと感じたら、つまり自分にとっての不快が突然快になったら、死がこの身に間近に迫っていると知れ」というのが自分の死を感じる上での大事な指標となったことは確かである。

逆に、生きようと思えば、海水を飲んではいけない。吐き出し続けなければならない。絶え絶えの息の中で息をし続け、もがき、抵抗し続けなければならないということである。

私は今も苦しい。幸か不幸か相変わらずに苦しい。依然として海水もまずい。ちっともいい気持ちにもなれない。これが、これこそが「確かに生きている」ということなのだとしたら、人間が生きるということに対して大いに同情的にならざるを得ない。今まさに生きている当事者としてこう思うのである。

image by:Shutterstock

河井案里氏は悪党か。仁義なき菅vs岸田、広島代理戦争の深い闇

先日掲載の「会社員だったら即刻クビ。議員続行の河井案里氏に国民は怒りの声」でもお伝えした通り、公選法違反の疑いで男性秘書が事情聴取を受けている河井参院議員については各所から厳しい声が上がっていますが、この案件、さまざまな「事情」が絡み合っているようです。米国在住の作家・冷泉彰彦さんが自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、その複雑な「背景」の読み解きを試みています。

広島の選挙スキャンダルとポスト安倍問題

簡単に言えば、本来は1日1万5,000円しか払ってはいけない「ウグイス嬢のギャラ」について、倍額の「3万円」を払ったということで、自民党の河井案里参院議員はスキャンダルの渦中にいるわけです。

1月20日には、議員事務所が公職選挙法違反容疑で広島地検の家宅捜索を受けたことが報じられました。この間に議員活動を行わずに雲隠れしていたり、適応障害という診断で入院していたなどということも含めて、改めてネットの世界は「税金泥棒」だとか、「どうして議員辞職しない」といった批判が集中しています。

ちなみに、河井議員は記者団の取材に応じ、「政治不信を招いていることを深くおわび申し上げたい。捜査の進展を見ながら、区切りがついたところでしっかり説明をさせてほしい」と強調したそうです。

もう一つ大きなエピソードとしては、この問題はダンナの河井克行衆議院議員にも飛び火しています。克行議員の方は、2019年9月の内閣改造で法務大臣になっていますが、この妻のスキャンダルのために2ヶ月でクビになっています。

この克行議員の方も、妻と一緒に雲隠れするなど報道陣を避けていましたが、20日には、国会に登院し、記者団の質問に答えています。と言ってもそんなに内容のあるコメントを出したわけではなく「刑事事件という性質上、捜査に支障を来してはならない。(説明は)控えたい」とか、「しっかりと国会議員としての責務を果たしていきたい」と述べています。こうした一連の行動について克行議員に対しても批判が強まっています。

この問題、詳しく見てゆくと2つの点が浮かび上がって来ます。

まず大前提としては、「悪人である案里候補が、悪い選挙違反をやった」ので、「その夫の克行議員も含めて悪い」だから、この2人を抹殺すればいいという話では「ない」ということです。

1点目は政治的な背景です。問題は、2019年7月の参院選に戻ります。

この参院選で案里議員は初当選したのですが、その選挙の構図がよく分かる記事が、まだ残っています。例えば、公示前の2019年5月12日の産経新聞(電子版)には次のような解説が出ています。

夏の参院選の広島選挙区(定数4=改選数2)をめぐり、自民党内で亀裂が深まっている。現職の溝手顕正氏(76)と新人の河井案里氏(45)の2人による票の奪い合いとなるためだ。広島は溝手氏を含め岸田文雄政調会長率いる岸田派(宏池会)国会議員6人(当時)を抱える「宏池会王国」。河井氏は菅義偉官房長官らとの近さを演出し、岸田、菅両氏の代理戦争の様相も呈している。

というのです。同じ記事では、この「代理戦争」について

「一票たりとも回すな」。溝手氏は周囲にこう訴え、陣営の引き締めを図っている。

とか、

岸田氏は、2人目の擁立は受け入れたものの、周囲には「おれは宏池会会長だ」と語り、河井氏の支援には消極的だ。

「溝手陣営にいじめられている」。河井陣営はこう強調し、独自の人脈を使って活路を見いだす構えだ。

などという刺激的な描写がされています。もっと恐ろしいのは、同じ記事ですが、

党広島県連HPに溝手氏のHPを表示するバナーはあるが河井氏はない。

県連は3月に支援を溝手氏に一本化することを決めた。

河井氏が県内の団体を訪れても門前払いされるケースがあるという。

などということが書いてあります。ところで、選挙のウグイス嬢というのは(それ自体が、選挙制度のバカバカしさとセクシズムの感じられるイヤなカルチャーですが)特殊技能であって、素人には難しいのだそうです。

なぜ大半の投資家は、今までテスラ株を買おうともしなかったのか

イーロン・マスク率いるテスラの株価が急騰し、その時価総額はついにフォードとGMの合計を抜いたと報じられました。同社の躍進を予見していたうちの一人が、世界的エンジニアとして知られる中島聡さん。今回、中島さんはメルマガ『週刊 Life is beautiful』で、自身がテスラに注目した理由を明らかにするとともに、今後大きな変化が起こると思われる業界と伸びることが明らかな企業名を記しています

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2020年1月21日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

第3の投資戦略

テスラという会社の特殊性に関しては、このメルマガでも何度も触れて来ましたが、ようやく市場も気が付いたようで、株価が急騰しています(参照:「Tesla surges past $500 on back of analyst upgrade, China momentum」)。

自動車業界にとってのテスラ車が、ちょうど携帯電話業界にとってのiPhoneのような存在であることは、携帯電話業界と自動車業界の両方でビジネスをしていた私から見れば自明だったし、それを指摘していたのは私だけではありません。

にも関わらず、大半の投資家たちがテスラにこれまで投資できずにいたのは何故なのでしょう?

私は、投資家たちが採用している投資戦略に何かが欠けているからだと思います。

投資戦略としてよく知られているのは、ファンダメンタルズ分析とテクニカル分析、という二つの手法です。

ファンダメンタルズとは、企業が利益を生み出す本質的な力のことで、一株利益や成長率を指標として「適切な株価」を弾き出して、それよりも安ければ買い、高くなれば売るという手法です。PER(price to earnings ratio)は、株価を一株利益で割って求めますが、その数字が同じ業界の似たような成長率の企業と比べて低ければ「(株価が)割安」、高ければ「割高」と考えて投資をするのが一般的です。

テクニカル分析とは、過去の株価の動きだけを見て、売買のタイミングを決める手法で、株価が投資家たちの心理状態を反映したものであることを利用して、タイミングを見計らって利ざやを稼ごうという手法です。よく知られた手法としては、買いシグナルとしての「ゴールデンクロス」があります。ゴールデンクロスとは、二つの移動平均線(例えば、25日移動平均線と5日移動平均線)を引き、短期の移動平均線が長期の移動平均線を超えた時点を「株を買うべきシグナル」として利用するものです(参照:「ゴールデンクロスとは?|代表的な買いシグナルの3条件」)。

ファンダメンタルズ分析の方は、十分に成熟した市場で投資先を決めるには優れた手法ですが、この手法では、テスラのように赤字を垂れ流しながら急成長している企業には投資できません。

テクニカル分析の方は、純粋に株価の動きを見ているため、投機的な(=ギャンブルのような)利ざや稼ぎには適していますが、企業の競争力や収益力を見ているわけではないので、業界全体の大きな変化を掴むことは出来ません。つまり、どちらもテスラのような株を見つけ出すのには適していないのです。

私がテスラに感じている魅力を一言で説明すると、テスラが「一つの業界を大きく変化させる原動力になっているから」です。

自動車業界は、電気自動車や自動運転により引き起こされる大きな転換点にあります。流行りの言葉で言えば、デジタル・トランスフォーメーション(DX)が業界全体に起こっているのです。そんな時には、必ずと言って良いほど「主役の交代」が起こります。既存の顧客、販売ルート、労働組合、縦割り組織などの様々なしがらみを持った既存のプレーヤーたちが、新しい技術をどう活用して良いか悩んでいる隙に、何も失うものを持たない新規参入の企業が、迷いのない戦略で市場に新しい価値を提供して、主役の座を既存の企業から奪ってしまうのです。

全く同じようなことが他の業界でも起こりました。パソコンの誕生に大きく関わったIntelとMicrosoft、携帯電話業界を大きく変化させたApple、放送業界を大きく変えたNetflix、小売業界を大きく変化させたAmazonなどが良い例です。

尖閣諸島を「安保条約の適用範囲」と米に言わせて喜ぶ日本の怠慢

今年で60周年の節目を迎えた日米安保条約。1月17日には両国による「今後も同盟を強化する」との共同発表が行なわれましたが、これを高く評価するのは情報戦略アナリストの山岡鉄秀さんです。山岡さんは今回、無料メルマガ『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』にその理由を記すとともに、60周年という節目を期に「日本人が真剣に考えるべきこと」を提示しています。

安保条約60周年日米共同発表で日本人が真剣に考えるべきこと

全世界のアメ通読者の皆様、山岡鉄秀です。

1月19日で日米安全保障条約が署名されてから60年が経ったそうです。1月17日には、茂木敏充外相、河野太郎防衛相、米国のポンぺオ国務長官、エスパー国防長官の4人の名前で、「日米安全保障条約の署名60周年に際する共同発表」が行われました。

内容を要約すると、「安保条約を結んだ先人たちの英知と勇気と先見の明に敬意を表し、今後も日米同盟を強化し、日米両国が共有する価値と諸原則を堅持するとのゆるぎない決意を改めて表明する」というものです。

総理がどんなに支持層から反対されても習近平を国賓で招くと宣言する一方で、このような宣言が出される。政権内でも親中派と親米派のせめぎあいがあることがわかります。

また、「日米同盟は自由で開かれたインド太平洋という両国が共有するビジョンを実現」というくだりがあるのは、明らかに強烈な対中牽制です。

もちろん、日本が自由民主主義国家であり続けることを望むならば、今はこの宣言どおりに日米同盟を一層強化するしか道がありません。

しかし、この機会に日本国民は胸に手を当ててよく考えるべきです。

まず、当たり前ではありますが、日米安保条約は集団的自衛権の行使に他なりません。このことは新旧安保条約の両方に明記してあります。

日本が戦後独立を果たしたサンフランシスコ講和条約に書かれているとおり、独立を認めるということは自衛権を回復させることであり、自衛権は個別的自衛権も集団的自衛権も含みます。

そこで、日本は独立を果たすと同時に日米安保条約に署名することで、日本の安全保障のためにさっそく集団的自衛権を行使したのです。

たとえ憲法9条があっても、日本中に世界最強の米軍が展開すれば、攻めてくる国はまずありません。自分自身の軍備は補完的なものにとどめて、経済活動に邁進して復興に努める。

その戦略は一応成功しましたが、時代は変わります。ごまかしが通用する時代ではなくなりました。

ごまかしとは何でしょうか?

日本政府は、自らの安全保障政策の根幹が集団的自衛権に依拠しているくせに、「個別的自衛権は合憲だが集団的自衛権の行使は違憲」という意味不明の見解を表明してきました。

それが平成27年になってやっと平和安全法制で自衛隊法の一部を改正して、日本国の存立が危ぶまれる事態に瀕した際は限定的に集団的自衛権を行使できる、という解釈に変更しました。

日本政府は長いこと、集団的自衛権の名のもとに、日本と直接関係ない米国の戦争に巻き込まれたらたまらない、という本能的恐怖感に基づいて、「集団的自衛権」が存在しないかのようなふりをしてきました。

その気持ちはもちろんよくわかります。しかし、それがごまかしだと言っているのです。

国際法上、集団的自衛権の保有と行使が認められていて、日米安保条約はまさに集団的自衛権の行使なのですから、集団的自衛権が違憲だという議論は全く意味を成しません。

違憲だというならさっさと日米安保条約を解消すべきです。

実際には日米安保にべったりと依存し、民主党政権でさえ、尖閣諸島が安保条約の適用範囲だというヒラリー国務長官の発言に手をたたいて喜ぶ有様です。

これ、恥ずかしくないですか?

議論すべきは違憲か合憲かではなく、合憲を前提として、集団的自衛権をどのような局面でどこまで適用するか、です。

平和安全法制はそういうことを考えざるを得なかったからやったわけですが、「国家存立事態」では曖昧過ぎます。タブーを恐れず、もっと個別具体的に考え、議論し続けなければなりません。

今や集団的自衛権の適用範囲は宇宙空間にまで広がろうとしているのです。

野党の「戦争法案」というレッテル貼りは、日本を侵略したい国の工作だと見なされても仕方ありません。

結果しか見ぬ指導者に育てられた部下や子が場当たり人間になる訳

仕事や勉強、そしてスポーツなどでも、「必死に頑張ったけれども結果が伴わない」ということは多々あります。逆に「大して努力もしないのにうまくいく」という幸運に恵まれることも。そんな時、育成・指導する側としては、どう評価すれば良いのでしょうか。今回の無料メルマガ『起業教育のススメ~子供たちに起業スピリッツを!』では著者の石丸智信さんが、「結果だけでなくそこに至るプロセス、本人の成長も重視しよう」と提唱しています。

継続的に結果・成果を生みようにする育成する側の考え方

私たちには、一人ひとり「持ち味」と言える個の力があります。その持ち味を見つけて発揮するためには、「結果」だけに視点を当てて重視するのではなく、その結果へと導いた「過程・プロセス」に視点を当てることも大切だと言えるでしょう。

本号では、人財育成において、部下や子どもたちなど育成される側が、継続的に結果・成果を生み出すようにする育成する側の考え方について考察していきたいと思います。

部下や子どもたちが、何らかの物事に挑戦していたら、上司や親御さんなどの育成する側としては、やはり、「部下自身、子どもたち自身が、思っているような結果を出して欲しい」と思いますね。

たしかに、育成する側としては、相手が「どのような結果を出したか」という視点で、評価することもあろうかと思いますし、相手自身が想定していた結果が出たら、育成する側としても嬉しいですね。

しかし、望ましい結果を相手が継続的に生み出せるようにするという視点で見ると、相手が挑戦したことで生み出した結果を見る前に、その相手が挑戦する前と比べて、「どれぐらい成長することができたか」という視点で見ることが大切ではないでしょうか。

加えて、出した結果だけを振り返るのではなく、ここまでの過程・プロセスに目を向けることも大切だと言えるでしょうね。

育成される側一人ひとりが、どれだけ成長することができたかという「成長の度合い」を、評価する時のものさしのひとつにすることも大切です。部下や子どもたちが出した結果を認めるとともに、どれだけ成長したかを見ることも大切だと言えます。

たしかに、良い結果や成果、成績を出すことが大切という見方もあります。しかし、相手自身が、これからも良い結果を継続して出せるようにしていくためには、育成する側としては、部下や子どもたちが成長している、という視点を持つことも重要ではないでしょうか。

例えば、今まで努力してきた過程・プロセスを認められて、ちょっとした褒め言葉や激励の言葉などをかけられて、「もっと、頑張っちゃおう!」などと、やる気、意欲が増した経験はありませんか。

育成する側としては、結果だけを見て褒めたり、認めたりするのではなく、育成される側が、ここまでに努力してきたプロセスを見て、認めてあげることは大切ですね。

結果や成果というものは、数字に換算しやすいなど、定量的に評価しやすいですね。反対に、プロセス・過程は、数字に表すことが容易ではなく、その人自身の言動などをじっくりと観察していないと、評価しづらい側面があります。

育成する側が、過程・プロセスに焦点を当てて、見てあげることで、部下や子どもたちが、過程・プロセスの中で工夫したことや改善したことなど、様々なことが見えてくるでしょう。

育成する側が、育成される側に対して、自らが工夫したことや改善したことなどを見つけ、伝えて、認めてあげることで、育成される側としては、「しっかりと見てくれているんだ!」と実感することができます。「しっかりと見てくれている」いう実感を持つによって、これからも継続的にやる気、意欲を出すことができるのではないでしょうか。

過程・プロセスの中で、工夫したり、改善したりしないで、偶然に良い結果が出てしまった場合、「自分は、ちゃんとプロセスを踏まなくても、良い結果が出るんだ」と、なんとなく勘違いしてしまうと、継続して自らが望む結果を生み出すことは難しくなるではないでしょうか。

もちろん実社会では、成果主義や能力主義などと言われ、結果・成果を求められます。しかし、結果だけを評価され、プロセス・過程を認められた経験がなければ、「目先の結果が良くすればいいんだ」「どんなことをしても良い結果だけを出せばいいんだ」などといった、過程・プロセスを軽視し、場当たり的な結果が追い求めてしまうようになってしまうのではないでしょうか。

image by: Shutterstock.com

北海道ではセブンも敵わぬ。「セイコーマート」のチラシ活用術

日本全国どこへ行っても大手系列のコンビニばかりと思っていたら、意外と地元勢が頑張ってるところもある…、そんな話を聞くとなんだかエールを送りたくなるものです。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、北海道を拠点とする地場コンビニ・セイコーマートが取り組む「ブランド価値を上げるための知恵と工夫」が紹介されいます。

ブランド価値をいかに高めるか?

日本の地方都市を取り巻く環境が年々厳しさを増す中で、大手や競合とは一線を画した商品・サービスを提供することで、発展し続けている企業があります。

北海道でコンビニチェーンを展開するセコマの丸谷智保社長と、沖縄県で百貨店・スーパー・コンビニ事業を手掛けるリウボウホールディングスの糸数剛一会長。

経営のヒント満載の対談の一部をご紹介します。


糸数 「丸谷さんがシティバンクからセイコーマートに移られたのはどういうご縁だったのですか?」

丸谷 「銀行時代の先輩がセイコーマートに勤めていまして、後継候補として以前から誘われていたんですよ。50歳を過ぎたら地元に戻ろうと思っていたこともあり、創業者の赤尾昭彦と会ったんですけど、彼の考え方に非常に感銘を受けて入社を決めました」

糸数 「どんなところに感銘を受けましたか?」

丸谷 「たくさんありますが、何よりも小売の発想じゃなかったということですね。ある時、面白いことを言いましたよ。『丸谷さん、クロネコヤマトって小売業だよね』と。『いや、あれは物流業じゃないですか』と返すと、『いや、そうなんだけど、よくよく考えると、代引きっていうのは物を渡してお金をもらうよね。これは小売業じゃないか』と」

糸数 「鋭い洞察力ですね」

丸谷 「それで私は、小売業の根幹はいかに物流させるかだと思ったんです。特に我われは60坪くらいの小さいお店で、しかも物流距離が長いですからね。店舗配送ルートの中で、店舗間の物流距離が一番長い場所は何と37キロ。その間、一店舗もないわけです。だから、効率的に届けることが売ることに直結する。モノを売ることはモノを届けることに等しい。これはすごく肚に落ちました。

入社から2年後の2009年、55歳の時に社長を継ぎましてね。ベースは創業者がつくり上げてきたものを受け継いでいったわけですけど、綻びもありました。それは何かというと、我われのやっていることが地域や顧客に十分伝わっていない。企業のブランド価値を高められていない。これはもったいないと思いました。

糸数 「社長就任後、まず着手したことは何ですか?」

丸谷 「すぐにやったのは広告宣伝費を2倍にし、テレビCMの出稿を増やすことでした。また、我われは毎週約200万部の折り込みチラシを撒いている珍しいコンビニなんですよ。そもそもなぜチラシを撒くのか、このチラシは誰が見るのかと。それを社員に聞くと、水曜日の朝に『きょうの特売はこれですよ』とお客さんに知らせるためにやっていると答えます。確かにそうなんですが、よくよく考えてみると、そのチラシは前の週の木曜日の夜にお店に入るわけです。で、それを見た店のオーナーや担当者が『これはチラシに載るから売れるんだな』と思って発注する。つまり、チラシはお客さんの購買意欲を高めるものである前に、オーナーや担当者のモチベーションを上げる企画書みたいなものなんです」

糸数 「チラシを通じてお客さんはもちろんのこと、まず店のスタッフに対してメッセージを発する。これはブランド価値を高める上で大事な視点ですね」

image by: TY Lim / Shutterstock.com

公衆電話はどこだ。災害時に備え知っておくべき設置場所と使い方

最近めっきり減ってしまった公衆電話ですが、それでもいざという時には威力を発揮してくれます。今回の無料メルマガ『1日1粒!『幸せのタネ』』では著者の須田将昭さんが、激甚災害に備えて公衆電話の場所を把握しておくべきとし、小さなお子さんがいる家庭はその使い方を教えておくのも重要、と記しています。

公衆電話、使えますか?

災害時、家族に無事を知らせたい、あるいは確かめたい、ということで一斉に多くの方が電話を使ってしまうことがあります。その時、NTTでは緊急時の優先電話として、警察や消防、公的機関の回線の確保を優先し、一般の家庭電話や携帯電話の通話を制限することがあります。阪神・淡路大震災の時には携帯電話があまり普及していない時期のことだったので、その時には携帯が一番よくつながったと記憶していますが、今は制限されてしまいます。

さて、その時に有効となるのが公衆電話です。災害時には先ほど書いたような「通信規制」が行われますが、公衆電話は対象外です。また電話回線を通じて電力が供給されているので、停電時でも使えるのです。

しかし、携帯電話の普及にともない、利用する方が激減し、一時期に比べて設置台数は随分と減りました。みなさんは、自分の家の周り、学校や職場の近辺、あるいは通勤・通学経路などのどこに公衆電話があるか、すぐに思い浮かびますか?

以前は駅に行けばあちこちにありました。今はメインの改札の近くに数台あるかないか。改札が複数あるような駅の場合、ある改札の近くでは公衆電話がない、ということもありえます。公的な施設でも「ああ、かつてここには公衆電話が設置されていたんだろうなあ」という「台」が残っているのをよく見かけます。5台分はあるのに公衆電話は2台しかない、というような設置の仕方もみかけます。

それでもあれば使えます。災害時には長蛇の列になるかもしれませんが、あるところはチェックしておきましょう。

また世代によっては公衆電話を使ったことがない、という人もいるそうです(特に今の子供たちのほとんどがそうだとも聞きます)。

できれば、小さなお子さんがいるご家庭では、一度、みんなで使う練習をしてみるのもいいでしょう(電話代も少しかかってしまいますが)。

たとえば緊急時の掛け方なども練習しておくといいでしょう。何かトラブルに巻き込まれた時に、公衆電話を使って警察や消防にかけられる、助けを求めることができる、ということは知っておくに越したことはありません(これは練習するわけにはいきませんが)。

いずれにしろ、一度公衆電話の場所は確認しておきましょう。できれば数カ所。ある施設の中にあるのを知っていても、もしそこが被害を受けていたら、使えませんからね。屋外にあるところ、複数台あるところなどなど、頭に入れておくのと同時に、メモを避難袋に入れておくのもいいかもしれませんね。

image by: Shutterstock.com

【書評】戦争論専門家が本場所中に女子高生の日を提案する理由

今の若い人たちは知らないかもしれない単語、「トンチンカン」。辻褄が合わない、間抜けといった意味の言葉ですが、現代日本のトンチンカンたちを容赦なくぶった斬る書籍を紹介しているのは、無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長、柴田忠男さん。プロローグからスロットル全開、「直言、辛言、暴言」飛び交う一冊です。

偏屈BOOK案内:北岡俊明『日本トンチンカン悪者列伝』

71WAIbnKulL日本トンチンカン悪者列伝
北岡俊明 著/ワック

トンチンカンとは久しぶりに聞く言葉だ。辻褄が合わない、ちぐはぐ、間抜けといった意味で、若い頃に仲間内で用いていた記憶がある。プロローグの日本相撲協会への提案「女子高生の日」が笑える。土俵の砂かぶりは異常に値段が高く、年寄りや金持ちのずばり特権階級の専用席だ。もともと相撲協会は内向き志向、金持ち志向、利権・特権志向の、未来を考える頭脳が弱い組織だ。

土俵の周りを花も恥じらう女子高生が、十重二十重にかこんだらどうなるか!すなわち、本場所中に「女子高生の日」を設けて、土俵の周囲を女子高生であふれさせるのだ。力士たちは猛ハッスルして、どの取組もガチンコの大熱戦になる。テレビ桟敷だって、砂かぶり席は中高年より女子高生を見るほうが嬉しい。結果として、相撲人気が大いに盛り上がる。素晴らしい珍アイデア。

観戦する女子高生は全国からの応募、抽選で決める。砂かぶり席を中心に升席も解放する。年に一回くらいは国技館全体を女子高生オンリーにする。この日、力士と親方、行司ら土俵周り以外は男子禁制である。さらに、女子高生はセーラー服に限る。さらに、女子大生の日、看護婦さんの日、宝塚歌劇団の日などを設けてマーケットを拡大する。たまには昔の娘「ばあさんの日」も設ける。

女子高生の日はケインズ経済学でいうところの相乗効果を生み、彼女らを見に男が集まる。若い男が集まると若い女も集まる。そうするとカップルが誕生し結婚し子供が生まれ少子化がストップし人口が増え有効需要が増えGDPが増大し経済が成長しめでたしめでたし……ンなわけないだろう。つかみがウマイ。

著者は「戦争論・戦略論」「ディベート論」の専門家。そんな学者さんなのに悪口好きで、前作は『日本アホバカ勘違い列伝』だった。白鵬よ、早く辞めろと厳しく書く。これほどトンチンカンな男は空前絶後だ。横綱は長く務めることが良いのではない。後進に道を譲ることが宿命であり使命なのだ。少しでも横綱にふさわしくない相撲を取った時、即、引退するのが横綱なのである。

白鵬は42回も優勝しているのに、全く尊敬されていない。優勝すればするほど嫌われる。人徳がないからだ。力士が備えるべき徳目は、忠節、礼儀、信義、寡黙、武勇(勇気)、清貧であるが、これらが決定的に欠落しているばかりか、傲慢無礼、下品、出しゃばり、饒舌である。著者は白鵬の問題行動をあげつらう。伝統破りのモンゴル会の親分であり、日馬富士の暴行事件の黒幕だった。

取組が終わったあと、勝負に文句をつけて退場しなかった。張り手とかち上げを多用するが、横綱が絶対にやってはならない手である。横綱土俵入りはあまりに醜く不格好だ。観客に三本締めを促した。優勝インタビューの締めくくりで万歳三唱を行い厳重注意を受けた。白鵬は完全に日本の相撲文化を舐めている。だれか白鵬に晩節を汚すなと引導を渡すべきである。不甲斐ない相撲界。

陸上競技などで、人差し指を突き上げて勝利を主張するバカが醜い。他のチームや選手に対するリスペクトに欠け、スポーツマンシップとはほど遠い。日本には世界に誇るオンリーワンの文化、武士道精神がある。プロ野球も、学生野球も、ほかのすべてのスポーツで前面に出してもらいたい。この本は殆ど首肯できる内容だが、ガンコで偏った年寄りぶりは読者を選ぶでしょう。

編集長 柴田忠男

image by: Irene M M / Shutterstock.com

あなたは何問正解できる?今の世界に関する『真実』のクイズ

社会を取り巻く悲惨な状況や、悲観的な未来予測を伝える報道に触れるたび、私たちの住む世界の劣化はもはや食い止めることは不可能、と思ってしまいがちですが、世界はむしろ「良くなって」いるのが事実のようです。今回の無料メルマガ『売れる営業マンの常識は売れない営業マンの非常識!』では著者で営業実務のコンサルタントの島田基延さんが、とある書籍の、まさに「目からウロコ」的内容を紹介しています。

ファクトフルネス

島田です。読みました?『ファクトフルネス』。たまたま、電車に乗っていたら、「ベストセラー」「ビル・ゲイツ」という文字が目に入り、アマゾンで速攻で買った本です。年末年始にマッサージチェアに座って読みました!「エッ?」って感じました。あなたも、下記問題をやってみませんか?

1)現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう?

A:20%
B:40%
C:60%

2)世界で最も多くの人が住んでいるのはどこでしょう?

A:低所得国
B:中所得国
C:高所得国

3)世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう?

A:約2倍になった
B:あまり変わってない
C:半分になった

4)世界の平均寿命は現在およそ何歳でしょう?

A:50歳
B:60歳
C:70歳

5)15歳未満の子供は、現在世界に約20億人います。国連の予測によると、2100年に子供の数は約何人になるでしょう?

A:40億人
B:30億人
C:20億人

6)国連の予測によると、2100年にはいまより人口が40億人増えるとされています。人口が増える最も大きな理由は何でしょう?

A:子供(15歳未満)が増えるから
B:大人(15歳から74歳)が増えるから
C:後期高齢者(75歳以上)が増えるから

7)自然災害で毎年亡くなる人の数は、過去100年でどう変化したでしょう?

A:2倍以上になった
B:あまり変わっていない
C:半分以下になった

8)世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう?

A:20%
B:50%
C:80%

9)世界中の30歳男性は、平均10年間の学校教育を受けています。同じ年の女性は何年間学校教育を受けているでしょう?

A:9年
B:6年
C:3年

10)1996年には、トラとジャイアントパンダとクロサイはいずれも絶滅危惧種として指定されていました。この3つのうち、当時よりも絶滅の危機に瀕している動物はいくつでしょう?

A:2つ
B:ひとつ
C:ゼロ

11)いくらかでも電気が使える人は、世界にどのくらいいるでしょう?

A:20%
B:50%
C:80%

本当は、あと1問人口分布図がありますが、図を書けないので、省きました。さて、あなたは何問正解できるでしょう?