結局エコって何だ?「人間保護」を忘れた環境保護論者がはまる罠

台風災害などもあり、日本でも地球温暖化に関する話題が増えています。その時、必ず出てくるのが「地球に優しく」というフレーズ。しかし、どの程度まで地球に優しくすれば人間の生活は守られるのでしょうか?今回のメルマガ『j-fashion journal』では、著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、あえて「地球に対する優しさ」を疑問視する形で検証し、地球保護論の根底にあるものは何なのか、自論を展開しています。

地球に優しいは、人間に優しいのか?

1. 地球を傷つける仕事

地球に優しい仕事を考える前に、地球を傷つける仕事について考えてみよう。大量生産大量販売、大量廃棄は資源を枯渇させ、環境を破壊する。必要な量を作り、消費する。最小限の資源で賄う。人の欲望を肥大させることも避けなければならない。欲望を肥大させるのではなく、むしろ欲望を鎮めること。自分の内面を磨き、成長させること。モノに価値を置くのではなく、心や精神に価値を置くことだ。

これまでの資本主義、市場主義的な思想は欲望を煽り、必要以上の資源を使い、環境を破壊し、格差を引き起こす。これを本気で否定するならば、世界各国は社会主義的な政策にシフトしていかなければならない。そして、企業や個人も格差を解消する方向に進まなければならない。その基盤となるのは、宗教や芸術、文化を中心にしたライフスタイルである。

2. 地球に負担をかけない生活

地球から搾取するのではなく、地球と共に育てたモノを消費する。農業も必要以上の農薬や肥料は使わないこと。大型農業よりも、自給自足のような試みが求められるのではないか。動物性タンパク質の摂取も、生態系ピラミッドの上位の哺乳類だけではなく、下位の昆虫やプランクトン、小魚、木の実、きのこ、山菜など、幅広く行うべきだし、それらを美味しく調理する技術も求められている。

住居も必要以上に広い家ではなく、最低限の家と、菜園などにも使える庭を組み合わせた、自給自足生活を支援するような住宅が望まれる。芸術、アートの分野は、重要な職業になる。経済的な満足だけではなく、最低限の資源で付加価値の高い作品を創造することは、最も高貴な職業と認識されるべきである。

3. 欲望が希薄で支配されやすい人間

地球に優しい生活を徹底するには、資本主義体制では実現困難だろう。人間の欲望をコントロールすることは、支配する側には好都合だ。欲望が希薄で従順な人々、家畜のような人間は支配しやすい。

そもそも「地球に優しい」という表現は矛盾している。地球そのものは二酸化炭素が増えても、温暖化が進んでも困らない。人間という種が滅びても、それは自然のリズムに過ぎない。困るのは、地球ではなくて、人間である。人間が地球を汚し過ぎて、人間そのものが危機に瀕しているのだ。

環境に優しい人間が、支配されやすい人間になったのでは、それは人間に優しい社会とは言えない。共産主義国家は、一部のリッチな支配階級と、大多数の貧しい民衆を生み出してきたことを我々は知っている。確かに、大多数が貧しい生活になれば、環境に優しくなるかもしれない。そう考えると、過度な環境志向は、過度な共産主義を礼賛することにつながるだろう。

4. 温暖化か、寒冷化か?

さて、人間の欲望を認め、競争によって経済を活性化する民主的な社会を望むのか。それとも、社会主義的、共産主義的な全体主義を望むのか。環境に優しい、地球に優しいというスローガンは、限りなく美しい。しかし、正義そのものであるからこそ、一抹の不安を感じるのである。

いずれにしても、我々は現在の経済体制、国家体制を維持しながら、資本主義の矛盾を抱えながら、社会主義的な思想に魅了されていくのではないか。地球に優しいというキーワードは、全ての経済活動を制限する怖さも併せ持っている。

地球温暖化も、本当に二酸化炭素の増加だけに起因しているのか、を検証しなければならない。別の学説では、地球は寒冷化に向かっているともいう。いずれにしても、地球環境を意識することが、ビジネスの条件になることは間違いないだろう。

編集後記「締めの都々逸」

「地球に優しく 人にも優し それを狙うは怖い人」

地球に優しいというのは、人間に優しい地球を維持するという意味。「人間に優しい」という基本を忘れると、人間に辛い社会が到来しそうで怖くなります。これを利用しようという人もいるでしょうね。

少し猥雑で、少し不潔で、少し不純。そんな余裕のある社会が良いのかもしれません。そんなことをいうと炎上するのかな。そういうのも怖いですね。(坂口昌章)

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筋量UPだけじゃなかった。プロが示した筋トレの意外な効果

健康志向が高まる中、運動をする人たちが増加しています。スポーツジムやフィットネスクラブの市場規模は4000億円ほどといいますから、筋トレなどに励んでいる人も多いのではないでしょうか?
ウエイトトレーニングをストイックに続けて得た肉体美は男女共に素敵なものですが、トレーニングで得る効果は筋量アップにとどまらないといいます。そこで今回、メルマガ『届け!ボディメイクのプロ「桑原塾」からの熱きメッセージ』の著者・桑原弘樹さんが詳しく解説。筋トレには肉体面のみならず精神面においても絶大な効果があるという話を、複数の例を挙げながら教えてくれます。

ウエイトトレーニングの効用

Q. ウエイトトレーニングの効用を生徒や父兄に説明をするのですが、なかなかうまく説明が出来ません。すぐに競技に反映出来れば説得力もあるのですが、効果が出るまでには時間もかかるため、どうしても手っ取り早い方法に流れてしまいがちです。高校で野球を教えています。(34歳、男性)

桑原塾長からの回答

肉体同士がダイレクトにぶつかりあうラグビーですら、筋肉の重要性を謳うメディアは少ない気がしますから、まだまだ誤解も多いかと思います。しかし、当然の事ながら現場では筋量を増やすトレーニングは必須の事であり、その重要性は間違いなく認知されています。

よく筋肉をつけると怪我をしやすくなると言う人がいますが、アメリカなどでトレーニングの授業を受けると、筋肉をつける目的のひとつに「Prevension of injury(怪我の防止)」と言われますから、怪我をしたくなければ筋肉をつけろ!といったところでしょう。そして何よりも筋肉の無い所からは力は生まれませんから、これこそがスポーツのパフォーマンスを上げる事を目的とした場合にウエイトトレーニングを行う理由です。

一般にパワーは力とスピードの要素で構成されています。スピードとは反復によって向上していく要素なので、必ずしも重い重量を扱う必要はなく、むしろ、より速いスピードを反復によって覚え込ませる作業です。このスピードの要素は比較的早く効果を発揮してくれるので、どうしてもこちらを重視しがちになりますが、スピードは0秒以下がありませんから頭打ちも早くきてしまいます。

一方で、力の要素は筋肉ですが、こちらはすぐに効果は現れにくいものの年齢に関わらず進化をし続けてくれます。どちらが大切かという事ではなく、双方の要素の掛け算があって初めて本当のパワーが身に付くのです。

筋肉はよく車のエンジンに例えられます。ドライビングテクニックを磨く事は重要でありますが、ある程度のテクニックが身に付けば排気量の大きな車の方が有利である事は間違いありません。どれだけ技術を磨いても車のキャパを超えたスピードは出せませんから、やはりどこかで排気量をあげていく必要が生まれるのです。

どういった筋肉に仕上げていくのかはその先の話ですから、まずはウエイトトレーニングで筋肉をつける、筋量を増やすという作業からのスタートとなります。

だから着物は健康的。紐を使った服は体に優しい理由とは

訪日観光客の増加に伴い、着物や浴衣の体験着付けを楽しむ外国人を多く見かけるようになりました。そんなきっかけもあって、ここ数年見直され始めてきた和服文化。しかし、洋服に比べて、和服は多くの紐で布の位置を固定するため窮屈であるとのイメージが拭えません。ですが、メルマガ『j-fashion journal』の著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、「紐を使った服は体に優しいからこそ古代から定着している」と唱え、実際に紐を使ったトレーニングを体験しながら紐と健康の相関性を立証しています。さらに「健康」をキーワードに、和服が世界展開に繋がる可能性も探っています。

紐と帯と人体

1.ヒモトレの不思議

ヒモトレ」という運動法がある。バランストレーナー小関勲氏が考案した紐を使った身体調整法である。紐を体に巻き、軽く体を動かすだけで、体のバランスが整い、凝りや痛み、だるさが解消できる。例えば、輪にした紐を両手首にかけ、軽く張りを持たせながら腕を上げていくと、頭の後ろまでスムーズに手が進んでいく。紐を使わないと、少し苦しくなる。違いは明白だ。

就寝時におへその高さに紐を巻いて眠ると、睡眠中に体のバランスが整い、目覚めが爽快になる。きつく巻くのではなく、ゆるく巻くのがコツだ。小関氏によると、日本人は古くから、ヒモトレを利用しており、その代表が「たすき」であり、「はちまき」だという。

たすきがけをすると、自然に背すじが伸びて動きやすくなり、はちまきをすると、前傾しがちな頭部の位置がリセットされ、首や肩の凝りが軽くなる。これは、実践してみないと感覚が分からない。なぜかは分からないけど、ヒモトレを試してみると、確かに身体が動きやすくなるのだ。

2.古代エジプトのシェンティと帯

世界最古の服は、古代エジプトのシェンティだという。身分の高い人のシェンティは、プリーツの入ったふんどし状のものだが、身分の低い奴隷のシェンティは全裸の腰に結ばれた細い帯に過ぎない。「奴隷を見分けるために着用していた」という説もあるが、私はウェイトリフティングベルトのように、重いものを持ち上げる時に、腰を安定させるためにしていたのではないか、と思う。

帯の始まりは「未開人が狩猟の道具を腰にはさむため」という説もあるが、私はまず「身体の安定のために帯をして、その後で道具を挟んだのではないか」と思う。日本刀も帯に差すが、日本刀を差すために帯をしているのではない。帯をしているから日本刀を挟んだのだろう。

古代の太刀は帯から吊り下げられていた。日本刀を差さない場合でも帯をするし、柔道や空手のような体術でも帯を締める。帯を締めることによって、体が安定するのだ。

仮想敵でっち上げ政治に米識者も辟易。約30年前から続く内部紛争

アメリカや日本の報道を見ると、幾つかの国や宗教を特定し「危険だ」「攻撃に備えよ」との表現見ることがあります。しかし、その報道を鵜呑みにして良いのでしょうか?そもそも彼らに攻撃の意図があるのでしょうか?それに対し、深い検証がなされたことはあるのでしょうか?ジャーナリストの高野孟さんは今回、自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、北大西洋条約機構(NATO)と日米安全保障条約を例に、アメリカの歴代の政治姿勢を鋭く分析しています。

欧州は米国と決別する?──ウルマン『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』を読む

北大西洋条約機構(NATO)は12月3~4日、ロンドンで創設70周年の首脳会議を開いた。が、その大きな節目を加盟29カ国のトップが祝い合うという雰囲気からはほど遠く、むしろ逆に、この組織が今後生き残ることが出来るのかどうか、生き残るとすれば何のためなのかを深刻に問い直すための会合にしなければならないのではないか。

11月初めに「NATOはすでに脳死状態」と指摘して物議を醸したフランスのマクロン大統領(本誌No.1020 参照)は、11月28日の記者会見では、その発言がNATOの真の目的を考えることを最優先すべきだという意味で「目覚ましを鳴らした」のだと説明し、そのことを抜きにして拠出金の額だとかその他の技術的な議論をするだけでは無責任だ」と指摘した。またトランプ米大統領が米露間の中距離核戦力(INF )全廃条約を失効させたことを受けて、欧州諸国が加わった新たな核軍縮条約を作るべきだとも主張した。

これを、米英アングロサクソン連合からの自立を追い求めたド・ゴールの真似事と冗談半分に捉える向きもあるが、そんなことではなくて、欧州はここで、米国との関係、及び欧州から離脱しようとしている英国との関係、ということは翻ってロシアとの関係、及びそれとの絆を深めているトルコとの関係──などの多次元方程式をどう再設定するのか、根本まで遡った議論を求められていて、マクロン発言はその真っ当なきっかけを作ったのではないか。

そもそも現在のNATOの存在意義は?

そもそも、冷戦が終わったのになぜNATOは存続したのかが問題である。ゴルバチョフはさっさとワルシャワ条約機構を解消した。それに対応して西欧もNATOを解消するのが当たり前という意見が、仏独を中心に高まったが、米国はそれに強く反対して存続を主張した。そのホンネは、米国が引き続き西側の盟主として欧州への支配を維持するためのテコとして、このツールを何としても手放したくなかったということにある。

しかし、まさかそうあからさまに言うわけにいかないので、「NATOの域外化」──確かに欧州で東西両陣営が正面からぶつかり合う大規模戦闘の可能性は消え去ったが、域外にはイスラム世界がありそこでは“文明の衝突”的な紛争の火種が絶えないので、NATOとして結束して共同対処していく必要があるという屁理屈が編み出された。

それが屁理屈であったのは、確かに中東には昔も当時も今も、数々の火種があるけれども、それに軍事力で対処すべきケースはどれなのか、ましてや米欧が総力を結集して対応すべき事態があるとすればどのような場合なのか、といった戦略論的な検討が行われた形跡が皆無であるところにある。そうやって、何とはなしに「域外化」という屁理屈を立てると、やらなくてもいい作戦でも試してみたくなるというのが軍事の持つ倒錯的な魔力で、その最初が1999年のNATOによるコソボ空爆である。

もう1つの屁理屈が「NATOの東方拡大」で、99年以降2017年までに旧東欧のポーランド、ハンガリー、チェコを手始めに旧ソ連邦のバルト3国を含む13カ国が新たに加盟し、事実上の「ロシア包囲網」を作り上げてきた。その、プーチンから見れば“NATOの魔手”がロシアと直接国境を接するグルジアとウクライナにまで到達してきた時に、彼は容赦ない軍事作戦を発動してそれを食い止めた。西側メディアはそれを「ロシアの侵略性の現れ」と非難するが、それは本末転倒で、NATOがロシア国境まで攻め上がらなければそれへのプーチンの反撃は起こらなかっただろう。

楽天家すぎ?基地局不足で険しい道が続く楽天モバイルの行く末

紆余曲折を経ながら、第4のキャリアとして本格参入を果たした楽天モバイル。そのサービス開始には様々な声が聞かれますが、楽天・三木谷社長の発言は相変わらず強気です。去る11月7日の会見でも、楽天モバイルの基地局数やプラチナバンドについて楽観的に語り、専門家は疑問を投げかけています。ケータイ/スマートフォンジャーナリストの石川温さんは、メルマガ『石川温の「スマホ業界新聞」』の中で楽天の甘い見通しを厳しい目で見る一方で、Adobeが発表した写真整形を見破る新技術にも注目。「フェイクニュースの終焉に繋がる」と語るなど、IT業界の明暗を端的に解説しています。

楽天モバイル基地局6500局を確保へ━━三木谷社長「ほぼ繋がるようになる」と自信アリ

11月7日に楽天が決算会見を開催した。残念ながら、7日はAdobe MAX取材からの帰国日であったために取材に行けず。しかし、ウェブ上に公開されている決算資料や関係者からの報告によって詳細はなんとなく把握することができた。

楽天モバイル、やはり注目は基地局数だろう。先日、三木谷浩史社長が基地局の前で撮影した画像をツイートしていたが、10月末の実績として、約3300局が契約を締結済み。そのうち、約2300局で電波を吹いているという。用地の確保数は5000局を超えている。

さらに12月末での見込み数では3000局で電波を吹き、契約締結済みは4500局、確保数としては6500局になるという。総務省に計画書として提出している2020年3月末までの3432局は達成できる見込みだ。楽天は2026年3月末までに全国に2万7397局を設置する計画となっている。

ただ、先日、Twitterに大手キャリアの基地局数一覧が流れてきた。総務省が作成した昨年のデータとなるが、例えばNTTドコモであれば全国にLTEで20万2400局、KDDIもLTEで11万9100局、ソフトバンクもLTEで12万6500局といった具合だ。KDDIとソフトバンクはそれぞれUQコミュニケーションズ(6万3500局)ワイヤレスシティプランニング(6万3000局)も加味しなくてはいけない。つまり、3キャリアともLTEにおいては全国で18~20万局の基地局でネットワークを構築していることになる。

また、プラチナバンドだけを見てみると、NTTドコモは800MHz帯対応の基地局を6万8000局、KDDIは5万6500局、ソフトバンクは900MHz帯で4万8400局も所有している。一方の楽天モバイルは1.7GHzしか持っていないのだ。

決算会見で三木谷浩史社長は「路面上でいうと、ほぼ繋がるようになってきている。(中略)普通に使っていただいても、不自由のないようにできると思う」と語ったとされる(ケータイWatchより引用)。

やっぱり、第4のキャリアとして参入した楽天モバイルに関しては「不安」を感じてしまうし、この計画を認めた総務省もどうかしていると思う。

優秀な子は「読み方」が違う。東大タレントが教える読書法3選

皆さんは最近、何か本を読みましたか?ここ数年、出版不況が叫ばれて久しいですが、実は毎年、平均7万5000点以上もの新書が出版されていて、毎年わずかながら増えているんです。その反面、発売部数は減少しているといいますから、やはり出版不況と言わざるを得ませんね。たくさん本を読む人、全く本を読まない人、様々なタイプの人がいると思いますが、メルマガ『木村美紀が明かす家庭教育の秘策』の著者で東大タレント・木村美紀さんは、冊数よりも「読み方」が重要であると分析。特に子供時代に3つの点で工夫して読む癖をつけておけば将来有能な大人になる可能性が高い、と結論づけています。

読書の際にクセづけるべきポイント3点

さて、今回のメルマガでは「読書をするときに意識して習慣づけたい3つのポイント」をテーマにお送りしたいと思います。小さい頃に、どんな本を、どれだけの数、どのように読んだか?は、大きくなってからの学習法に大きな影響を及ぼします。読書の習慣が、ゆくゆくは学習の習慣へつながってくるのです。

読書をすると一言でいっても、そのやり方は人それぞれ。どんな読書の仕方をしていたら良いか意識しながら読むことが大事ではないでしょうか。私が考える「読書をするときの3つのポイント」を書いてみます。

(1)読む本の数を増やすより、今の自分にとって最適な本を絞って読む

本を1日1冊読むとか、本を1年で300冊読むとか、そういった冊数の具体的な目標があるのは素晴らしいことです。本が大好きで気付いたら1年で200冊を超えていた、みたいな人は読書が大好きなんだろうなと尊敬します。ただ、冊数だけにとらわれて、ひたすら数を稼ごうとして自分に合っていない本をただただ読み漁ろうとするのは、ちょっと違うかなとも思う訳です。

もちろん理想なのは、読む本の数も増やして、かつ、自分に最適な本を読むというように、量も質も、どちらも重視する読書習慣です。ただ、時間も限られているのでどちらかを選ばないといけないとしたら、読書においては、量より質を選ぶのが良いのではないかと私は考えています。

ここでいう「読書の質」とは、今の自分にとって最適なレベルか、自分の興味に合った内容か、ということ。1年前の自分にとっては必要な内容でも今の自分にとっては必要でないこともあるし、1年後の自分にちょうどいいレベルの難しさでも今の自分にはまだ早くて難しすぎる場合もあります。

世の中が「この本は素晴らしい良質な本だ」と認めていても、特に小さい頃は、年齢や自分の読解力によって自分にとっては簡単すぎたり難しすぎたりすることもあるので、今の自分にとって最適かどうかは、また別問題であったりします。読書感想文の対象本や、学校の推薦図書など、学年によってオススメの本が決まっているように、小さい頃に読む本はレベルがそれぞれ違うので、自分のレベルに合った本を探し出すことが大事だと思います。

さらに、自分が本当に興味のある内容かどうかも重要です。世間でどんなに売れている本でも、世の中でどんなに有名な本でも、自分の興味がなければスイスイ読み進めることができません。途中で飽きて放り投げてしまうかもしれません。

逆に、自分の興味にぴったりストライクという本をみつければ、自分の中にあった知的好奇心がどんどん満たされていくのが分かって、興奮して、読むのを止められなくなることもあるでしょう。読書の興奮の波が押し寄せてきたときは、きっと快感が味わえて読書の虜になります。そういった経験を重ねることで、より読書にはまっていきます。

障がい者を起業家に。名古屋発、ダイバーシティ化を目指す斬新策

「ダイバーシティ(多様性)」との言葉が広く使われていますが、一方的な目線からこの言葉を発するケースもあります。例えば、企業側の意図する多様性に就労者側が寄り添うことを求められる場合は「既成様式への強要」とも言え、多様性とは逆かもしれません。メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、名古屋の支援施設を見学し、本来の「多様性」のあり方を再認識したといいます。

雇用センターのフォーラム開催で見えてきた「強要への警鐘」

本欄でも紹介した、障がい者雇用を推進するために雇用を積極的に進める企業や支援者、そして当事者を結ぶコミュニティである「障がい者雇用推進センター」は、11月27日に初めてのイベントとして東京都千代田区で「障がい者雇用推進フォーラム」を行った。

特別講演として山本登志哉・発達支援研究所長が、発達障がい者とのコミュニケーションについて「ディスコミュニケーションから考える」視点から、発達障がい者のコミュニケーション特性を示し重要なポイントを指摘した。それは企業の就労現場で、または事業所の支援現場で真剣に当事者と向き合おうとする方々には力強い言葉だったらしく、支援の活動を整理し共有することは、やはり大切なことなのだろう。山本所長も同様に発言への反応などについて同研究所のブログで紹介しているので、そちらも参考していただきたい。

私としては、山本先生を講演にお誘いした立場から、その反応に嬉しく感じると同時に、次に目指すものも静かに示されたことに気が引き締まる。それは、参加した当事者の発言である。

当日は山本所長の講演に続き、雇用の現場からの報告として「先進的に」取り組んでいる企業団体からの報告を行った。その「先進性」は担当者の思いが必須でもあり、その感情を形にすることのやり方も効果的であることが求められる。このバランスの中で報告企業の各社は「先進的」であり、心から敬意を表したい。

それらの企業が発表の後に、そのような寛容な姿勢の企業だからこそ出た意見だと思うが、ある名古屋のフリースクールの関わる発達障がい当事者の男性から「やはり企業は、障がい者に対し自分たち企業に合わせろという話なんですよね」と問題提起がされた。その当事者にとってはそれぞれの努力も企業側の一方的な話で、当事者への視点ではない、との評価である。

確かに、「障害者雇用」に関するコミュニティは企業の頑張りが強調されがちで、当事者が置き去りにされることもある。2日後、私は名古屋にあるフリースクールを訪問し、彼の活動に触れた。

その現場であるフリースクールはその日、高校卒業認定試験の直後で学生は休みとのことで、教室は誰もいなかった。フリースクールを立ち上げた塾長は、自分が関わってきた子供の当事者が社会で挫折している姿や支援活動が有効に機能していない実態を目にして、その解決に向けた取組みとしてフリースクールを立ち上げたという。

高校卒業認定を獲得させることも重要なミッションではあるが、基本的な姿勢として「そもそも企業で就職すること自体向いていない人も多いから、個人が向かえる未来を考えたい」というのがある。

自分で道を切り開くために、必要であれば起業支援も視野に置く。具体的には資金調達のための融資申請の支援も行う。そんな説明を受けながら、私は「やはり」とひとり合点し、今の制度の枠組みではできない支援に挑戦し、そして苦労している姿を自分と重ね合わせた。このフリースクールとは今後もつながり、新しい支援の道筋を考えていきましょうとの話になった。

社会の多様性は、幸せにむけてのトラックの多さでもある。社会で生きづらさを感じている人は敏感にその狭められたトラック、もしくは選択肢の少なさ、就社が「幸せ」という道筋への強要に近い圧力等に「普通に」反応しているに過ぎない。そして冒頭の障がい者雇用推進フォーラムについても、道を間違えば、就社が幸福という思想を強化することにも成りかねないから、注意したい。

この就社は幸せだと思える人にはより幸せとなってほしいし、就労がつらい人が少しでもそのつらさが緩和できれば良いとも思っているが、それは基本的に自由選択の1つに過ぎず、そこに優劣はない。就労という形を企業外でも考えられるように、その道を考えていくのも、同時に活発化しなければいけない。名古屋での新しい出会いはその道を示してくれたような気がする。

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「25年ぶりに週末銃事件ゼロ」でニューヨークは治安向上?

著書『武器は走りながら拾え!』も大好評。11月でNY在住20年となった米国の邦字紙『NEW YORK ビズ!』CEOの高橋克明さん。ところが、20年という歳月が高橋さんの「安全に対する尺度」を大きく変えてしまったようです。果たして、それはどういうことなのでしょうか? 自身のメルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』で、日本に住む旧友との会話を通じて分かったニューヨーカーの治安に対する価値観を明かしてくれています。

超安全シティー・NY

僕の中学校時代の同級生がNYに遊びに来るというので楽しみに待っていたところ、土壇場で「やっぱり、やめようかな」と連絡が入りました。
は?どうして!? こっちとしては、彼の日程に合わせて、当初予定されていた国内出張も延期し、スケジュールを空けて待っていたのに。 彼も、すでに飛行機とホテルも予約していたはず。

「急に怖くなっちゃってさ…」
意味が分からないまま彼の説明を聞くと、今まで海外旅行なんてハワイとソウルくらいしかない。 ニューヨークなんて、毎日銃撃戦をやってる所に観光にのこのこ出かけて死ぬのは嫌だ、とのこと。

どこが毎日銃撃戦やってる所だ?このやろう。
観光名所しか行かない中4日間の滞在で死ぬとしたら、18年間滞在してるオレは命が単純計算で1500個必要になるだろう!と説明しても、
「それは、おまえはもうニューヨーカーだから。 こっちは観光客丸出しのジャップじゃないか」と1ミリも理解できない理由を言ってきます。

世界一、観光客が多い街で、どうしてお前だけが来れない!?
その後、彼に、いかに今のニューヨークが安全であることかを延々とLINE電話で説明する羽目になりました。セプテンバーイレブン以降、機動隊も警官も街のいたるところに配置されている、ということ。彼らはもれなく、映画でしか見たことないような大型のライフルを掲げているということ。殺人暴行事件は年間で8,000件もいかないということ。これは北米50州の中でもベスト5に入るけど1位ではないということ。強盗事件数は全米2位で年間30,000件もあるけれど、婦女暴行に関しては8位で、3,000件を切ってる、下手したら10位以下も夢じゃなくなるということ、などなど…

黙って聞いてた彼は、「…なぁ。 おまえは、オレを説得しようとしてるのか?断念させようとしてるのか?」と一言。なんで!? 安全だということを説明してるのに!

「その説明を聞いて、岡山県の郊外に住んでるオレが安全だと思うか?本物のライフルなんて死ぬまで見たくねえよ」と涙声。いや、それが連中(機動隊)思ってるより、フレンドリーでさ。 一緒に写真撮ってくれたりするんだよ♪ しかもふざけちゃって、撮る瞬間、ピストルの銃口をこっちの眉間に向けたりして(事実。15年前本当にありました。 さすがに今はもうないと思うけど)。

「…もう、いい…。切る。」
いや、ちょっと待て!そうだ、先週(2018年10月)、この街が安全になってるってニュースを見たよ! ちょっと今、パソコンが目の前にあるから読みあげるね!えっと…CNNによると、「先週25年ぶりに、週末のニューヨーク市で銃撃事件がなかった」んだって! NYPD(ニューヨーク市警察)が、四半世紀ぶりに誰もこの街で撃たれなかったって発表したよ。 まぁ、それがニュースになるのもどうかと思うけど。でも、つまり、平和だってことだよ。だって誰も撃たれなかったんだよ?それにしても…それが25年ぶりってすごいな。この四半世紀、毎週末誰かが撃たれてたってことか。いや、でもそれだけ安全になったってことだよ。ただ、週末だけだよね、これ。どうせ次の日、月曜日には誰か撃たれてんだろうなぁ…でも、ほら、先週末は撃たれた人ゼロだから。な、な、な、岡山と同じだろ?

「…」
で、市長がこの記録を「並外れた実績!」と褒め称えたんだってさ。やったぜNYPD!市長にお褒めの言葉、頂いちゃった!…ただ、週末3日間銃で人が撃たれないことが「並外れた実績!」…てことは、どんだけ撃たれてたんだよ?今まで。それに、これ銃撃事件のみ対象だよね。てことは、ナイフやパイプで強盗や強姦は入ってない数字だろ?それを「並外れた」ってなぁ…で、でも、まぁ、な?記録はいいことだし…少なくとも頑張ってるんだよ、ケーサツ…あ、続きもあるよ。なになに、「ニューヨーク市の犯罪件数は全般的に減少傾向にある。2017年に起きた殺人事件は同市史上最も少なかった」だってさ。 な!減ってるんだよ!ほら!安全!…あとは…「しかし月曜の15日午後にはブロンクス地区で銃撃事件が発生し、週末の皆無の記録は続かなかった」…だっ、て、さ…。

もしもーし、もし!もし!もし、もーし…。

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獣医師がそっと教える。愛犬の介護をラクにする3つの家庭用品

人間と同じく、愛犬もいつかは老後を迎えるもの。足腰が弱くなったり、寝ている時間が増えたり…とケアの方法に悩む飼い主もいることでしょう。事実、犬猫ともに20年前は平均寿命が10歳でしたが、今は15歳と高齢化。生活習慣病のペットも増えているといいます。今回ピックアップするメルマガ『佐藤貴紀のわんにゃんアドバイス』では、著者で獣医師・循環器学会認定医の佐藤貴紀さんが、介護グッズとして家庭用品を利用する3つの方法をご紹介。「飼い主も愛犬もストレス無く使える」との視点から教えてくれます。

老後も愛犬と快適に生活するために ~家庭で簡単にできる介護グッズ~

人間同様、愛犬も老後のお世話が必要になる事があります。介護グッズは高いですよね。でも、家庭にあるもので代用できる事もあります。今回はそんなお話をしたいと思います。

家庭のもので簡単に代用できる介護用品

1) バスタオル

寝たきりの状態になった時に便利なのがタオルです。床ずれの防止のためにタオルを活用できます。ポイントは、同じところが下にならないように、タオルを折ったり重ねて使うことができる点です。バスタオルは汚れたらすぐに取り換えられるので便利です。

2) 前足や後ろ足がうまく使えない時に、ゴム風船を利用

歩きたくても、前足や後ろ足がうまく使えなくなり、足を守るために足カバーを使ったものの、やはり引きずってしまう、ということありませんか?そんな時には「ゴムの風船」が便利です。サイズは、小型犬や中型犬の子ならば11号くらいが使いやすいと思います。風船の根元を切って使うと引きずらず、ピッタリです。便利ですよ。また、汚れたら捨てられる点も便利です。

3) 徘徊対策に子供用ビニールプール

夜、徘徊するようになった時、とても困りますよね。そんな時には子供用のビニールプールが便利です。ビニールプールを膨らませて、ペットシーツを敷き詰めます。ここなら、おしっこをしても安心です。さらに、プールの高さが30センチもあれば、小型犬の高齢犬だと足も弱く飛び越せませんので、円に沿って気が済むまで歩いています。高い介護グッズを買わなくても、簡単に代用できます。

◎まとめ

かけがえのない家族。最後まで面倒をみてあげて欲しいものです。こうした工夫が飼い主さんの負担軽減に繋がりますし、十分な介護を続けやすくします。

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また韓国の失敗。脱北希望漁師を北に戻す冷徹政治に非難殺到

今年11月、北朝鮮の漁船員2名が亡命を希望したものの韓国政府が認めず、北朝鮮に戻したという事件がありました。昔から故郷の秋田県で北朝鮮の漂流船を見てきたという、北朝鮮研究の第一人者、宮塚利雄さんは、自身のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』の中で、今回の韓国政府の対応を人道的観点から批判しています。

北朝鮮漁船員の追放は政治決定。文在寅が隠す3つの謎

私の故郷の秋田県の県紙『秋田魁新報』に、「木造船、漂着やまず」「本県海岸11月から急増」の記事が出ていた。さらに「本県沖合ハタハタ漁漁獲枠積み増し」「群れいるなら取りたい」の記事もあった。

故郷の由利本荘市は、昔から北朝鮮や中国などの外国の船が漂着する所となっているが、11月20日号には「今月17日、由利本荘市と秋田市の海岸に木造船3隻が漂着しているのが見つかった。このうち、由利本荘市松ヶ崎の砂浜で見つかった木造船は幅約3メートル、高さ約2.5メートル。甲板から船底に下りられる穴が複数開いた簡素な造りで、これまでに漂着した北朝鮮籍と見られる漁船と形状が似ている」と報じ、松ヶ崎に漂着した木造船のカラー写真も掲載された。が、見るからに「こんな船がなんで秋田県沖に漂着するのか」と思われてしまうほどの“ぼろ船”だった。

海上保安庁も「冬場の日本海は大しけが多く、漁に出た船が遭難して日本にたどり着くケースが多い」と推測。大陸側から吹き付ける季節風も日本への漂着の一因とみている、とも報じている。

今年1月号の『朝鮮画報』に、金正恩委員長大量のハタハタが水揚げされている様子に「大変満足している」とのコメントが入った写真数枚が掲載されているが、ハタハタは「海が荒れる時に獲れる魚」であり、ハタハタは「波多波多」とも書き、「鰰」や「?」の漢字も用いられる魚である。金正恩がハタハタをどんどん獲れ、と号令すればするほど漁に出かけざるを得ない漁師の負担(犠牲)は増すのである。

そんなおり、韓国の文在寅政権は「脱北を希望した北朝鮮漁船員2人を強制送還」という事態を招いた。私が韓国で資料調査をした結果では、この事件について文在寅政権がしでかしたことは「韓国が行った初の北韓人権侵害事例」と言われる事態であった。この事件は日本ではあまり話題にならなかったものの、韓国では追放した北朝鮮漁船員に対する処分決定は、「法治的」ではなく「政治決定」だったと言われている

今回の追放は、大韓民国憲法はもちろん、「北韓離脱住民保護及び定着支援に関する法律(北韓離脱住民法)」、最高裁判所の判例などのすべての法制度に反する違法行為だ(韓国の法律は、彼らの送還を認めるいかなる規定もない)との声が高まっている。

もっとも、肝心の文在寅政権は国連の対北人権決議共同提案国への参加を11年ぶりに見送るなど、北朝鮮の人権問題には目をつぶっており、「人権派弁護士出身の文在寅」に対する評価についての韓国民の評価も相反している。この2人の漁船員(軍人ではないかとの指摘もあるが)追放劇については様々な疑問が持ち上がっている。

第1に、漁民2人の南下を事前に軍が掌握していたという説である。鄭景斗国防長官は11月7日の国会で、犯罪被疑者らが漁船に乗って南下することを知っていたという趣旨の発言をし、2人の南下に備えて海上警備を強化したというが、どのように情報を収集し、そして収集した情報はどのような内容だったのか、ということ。

さらに、北朝鮮の漁船に対して2日間の追撃船があったという軍の主張も理解できない。最新鋭の韓国海軍の艦艇が、日本海岸に漂着するような古びた進行速度の遅い北朝鮮の木造船を追いかけ回したというようなこと自体が理解できないのである。最近の日韓関係が悪化する一因となった韓国側によるレーザー発射事件も、発端は韓国軍による北朝鮮漁船の捕獲騒動にあった。

第2に、大韓民国への亡命の意思を示した漁民2人への審議であった。統一部長官は国会で、北朝鮮漁民2人が合同尋問の過程で「死んでも北朝鮮に帰ると語った」、と証言した。要するに「韓国に亡命する意思はなかった」ということにしたのだが、この2人の漁民が北朝鮮に送還されたら彼らを待っている運命がどのようなものであるかを、韓国政府は知っているはずだが。

第3に、この漁民2人は本当に殺人者だったのかということである。「小さな漁船の中で3人(北朝鮮の金策港で逮捕された者を含む)が16人を殺害することが果たして可能だったのか」ということである。まったく謎めいた話であるが、2人の漁民の尋問映像と採証記録を公開すれば謎は解明されるのだが、自らの失策には頑として応じない(認めない)韓国のやり方は日本人にはよく分かっていることだが。(宮塚コリア研究所代表 宮塚利雄)

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