タワマン水没で露呈した、武蔵小杉と二子玉川の「致命的な弱点」

各地に甚大な被害をもたらした台風19号ですが、中でも「セレブタウン」と称される武蔵小杉や二子玉川のタワーマンションを襲った「水害」がセンセーショナルに報道されました。一方、立地については両地と共通点が多い埼玉県川口市のタワマンからは、さしたる水の被害の報告はありません。その差はどこから生じたのでしょうか。前回の記事「洪水を阻止せよ。暴れ川の氾濫防いだ日産スタジアム異次元の備え」で、鶴見川の治水対策を紹介したフリー・エディター&ライターでジャーナリストの長浜淳之介さんが、何が武蔵小杉・二子玉川と川口の明暗を分けたのか、現地取材を敢行し詳細に分析・考察しています。

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。

武蔵小杉・二子玉川と川口「タワマン大水害」の明暗が分かれた原因

今年の台風19号は、過去最強クラスと言われ、各地で水害をもたらしたが、首都圏では多摩川水系に被害が集中したのが1つの特徴だ。特に、武蔵小杉と二子玉川は平成になって発展した、庶民が憧れるセレブタウンで、「失われた20年」と言われる日本の停滞期に資産形成した勝ち組が集住する、タワーマンションが立ち並ぶことで知られているが、思わぬ水害に見舞われて脆弱性が露呈している。

一方で、埼玉県の川口もまたタワマンの多さでは引けを取らないが、たびたび洪水を起こしてきた荒川に面し、かつての工業地帯で土地も全般に低くて雨水が溜まりやすい地形であるにもかかわらず、下水道や遊水地の整備が進んで、被災を逃れている。どうして明暗が分かれてしまったのだろうか。

武蔵小杉には11棟のタワマンが林立するが、そのうち2棟で停電が発生し、電動のポンプも使えなくなって水道までもが止まった

武蔵小杉は東急東横線・目黒線とJR南武線が交差する交通の要地で、川崎市中原区の中心地。ショッピングセンターのららテラス、東急スクエア、ダイエー系スーパーのフーディアムなど、市内でも川崎駅周辺部に次ぐ商業集積を持っている。中原区役所、市立中原図書館も駅前にある。

2010年には横須賀線の駅が開業し、現在は湘南新宿ラインに加えて、相鉄線と埼京線への直通電車も停車する。電車で、渋谷、品川、横浜にそれぞれ15分程度と、利便性が非常に高い

元々は多摩川の水利を活かした工場街で、現在は地方や海外に移転した企業も多いが、今も日本電気(NEC)の工場から転用したオフィスビルや研究所などがある。工場ができる前は、下沼部という地名が示すように、多摩川の旧流路であり、水が溜まりやすい低地の湿原だった。

撤退した工場の跡地が、タワマン街となった。ここ10年ほどで急速に発展し、計6,700戸ほどが入居しており、今も建設中、計画中のタワマンも数棟ある人気タウンとなっている。一方で、保育園の数や駅の設備増強が追い付かず、保育園に落ちたとか通勤時の改札口の混雑が半端ないといった、住民の悲鳴が聞こえるようになった。

川崎市上下水道局によれば、武蔵小杉駅周辺部で起こった冠水は、多摩川の堤防が決壊したり、水位が上がって堤防を越水したりしたものではなく、多摩川の水が下水道を通って逆流してきたものだ。なぜなら、冠水した地域には大量の土砂が入ってきており、多摩川から来たと考えられるからだ。

水道局の職員が、10月12日の夜、地域の下水を集めて多摩川に放出する山王排水樋管を閉める前に、中原消防署前と横須賀線口(新南口)バスターミナル入口、2ヶ所の交差点付近のマンホールから、下水が逆流して噴出するのを確認している。武蔵小杉一帯では、最大で1.4mの浸水があった。深刻な災害をよそに、ハイテンションになっている住民もいたようで、海水パンツ姿で浮輪を浮かべて水遊びをする猛者も出現した。

この地域のタワマンはかつての工場街の下水道インフラの上に、建てられている。台所、トイレ、風呂などの生活排水も雨水も一緒に、下水処理場に送られる旧型の合流式下水道を採用。大雨が降って下水処理場の能力を超える場合は、その分の生活排水と雨水が多摩川に放流される仕組みだ。

今回は放流しようとした下水が、多摩川の水位が想定以上に上昇したため、川の水と共に逆流し、内水氾濫を起こした。従って、武蔵小杉を覆った泥水は、多摩川の水に、希釈化された生活排水が混じった混合物ということになる。

ただし、14日夕刻に武蔵小杉を訪れたところ、泥に塗れた道でも、異臭が立ち込めた場所は確認できなかった。台風通過直後にはあったのかもしれないが、速やかに処理されていたということだろう。

勉強しても報われない。日本の若者の大学院進学率が低下した理由

このまま行けば、日本の国際競争力低下に歯止めをかけることはますます困難になるかもしれません。東大教授らの調査により、日本の修士・博士号取得者数が減少していることが明らかになりました。なぜ我が国では、世界的な流れに逆行するこのような状況が進みつつあるのでしょうか。健康社会学者の河合薫さんは今回、メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、その原因を世界の常識とは乖離した日本企業が続ける「超ガラパゴス採用」にあるとしています。

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年12月11日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

「低学歴化」が止まらまい日本の闇

日本の「低学歴化」が止まりません。

世界の先進国では過去10年間「修士・博士号」の取得者数が加速しているのに、日本は1割以上減少していることがわかりました(東京大学渡辺安虎教授らの分析による)。

特に米国と中国では博士号取得者が2割超増加し、修士号でも同様の傾向があるなど、進学意欲が高まっています。一方、日本では16%も減少。東大の修士課程では留学生が半数以上を占めるなど、日本人の「大学院進学意欲が乏しいこともわかりました。「大学進学率」は一貫して増えているにも、関わらずです。

その背景にあるのが、企業が求める人材の質の違い」です。世界は専門性を活かした高学歴社会に突入し、博士号や修士号を持っていないと入社できない企業が増えています。ところが、日本では専門性よりコミュニケーション能力大学の成績より人柄を重視。おまけに、入社後の給料の差が極めて小さいのです。

例えば米国では、修士の平均年収は学部卒の1.4倍、博士では1.68倍であるの対し、日本では修士・博士共に学部卒の1.25倍です。学部卒の平均年収は418万円なので、博士号を取得していても525万円しか稼げないかっこうです(日経新聞「博士」生かせぬ日本企業より)。

就活でも評価されない、入社しても大して評価されない、大学に残ってもポスドクになるか非正規しかない。そんな状況でわざわざ高い授業料払ってまで日本の大学院に行くわけないですよね。

こんなことをやっていたらますます世界から取り残されて行くのに…。残念です。

そして、このような問題が報じられると決まって「だから年功賃金が悪い!」「だから終身雇用が悪い!」と言い出す人たちいますが、そもそもの問題はそこなのでしょうか?

いいえ、違います。

学問の府である大学が就職予備校化しているのが問題であり、もっと言ってしまえば、自分たちが使いやすい人材=優秀な人材と勘違いしている企業の問題です。

経団連が加盟各社に毎年実施している「新卒採用調査」を見ると、2001年時点では、「誠実性」「協調性」「主体性」「チャンレジ精神」「コミュニケーション能力」はほぼ同じ程度、採用時に重視されていました。

ところが2005年以降は、「チャレンジ精神」が低下傾向に転じ、一方で「コミュニケーション能力がダントツトップに躍り出ました。

その引き金になったのが、経済産業省が2006年2月に「社会人基礎力に関する研究会」の中間とりまとめの中で提唱した「社会人基礎力」にあると、私は考えています。

この研究会では、社会に出るまでに身につけておいて欲しい能力を議論。かつては、職場や地域社会で活躍するために必要な能力は、大人になる過程で自然に身につくものと考えられていました。しかし、家族の形が変わり、地域の結びつきが弱まり、日本社会の中でこうした能力を身につけることが難しくなり、「社会人基礎力」を定義することで大学のキャリア教育に生かそうとしたのです。

「おやすみ」の前に親がわが子にかけるべき「3つの言葉」について

感謝の言葉「ありがとう」。素直に口に出せていますか?目上の人こそ目下に、保護者・監督者こそ被保護者・被監督者に「ありがとう」の言葉をかけるべきと語るのは、メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さんです。山崎さんは、もっとも当てはまるのが親子関係であり、親こそ子に毎日「ありがとう」、続けて「えらい!」「だいじょうぶ!」と声をかけるべきと論じます。そして、叱ったあとにでも、これらの言葉は言えると具体例も教えてくれました。

『おやすみ』前のこと

「ありがとう!」
「えらい!」
「だいじょうぶ!」

「おやすみ」の前に大切な人に言っておきたい言葉だ。ただの一言ですら照れくさいものを二言、三言と続けるのはなかなかに厳しい気もするが、逆に一言でも言ってしまえば二言目、三言目はそれほどでもないのではないか。

これらは保護者・監督者から被保護者・被監督者に向けての言葉である。分かり易い例は親子関係である。親は子の保護者であり監督者である。そして子は親の保護・監督を受ける立場である。つまり上記三つの言葉は一日の最後に親が子にかけるべき言葉という訳である。

本来「ありがとう」も「えらい」も「だいじょうぶ」も言語コミュニケーションにおいてさほど意味深という訳ではない。寧ろ飾り気のない言葉の部類に入る。それなのにあまり使われてはいない。「ありがとう」に関してはよく聞いているような気もするが、そのほとんどは「ありがとうございます」という形に待遇変換され、下から上へと向かう敬意と謝意を同時に表すものとなっている。敬意(待遇)の分だけ純粋な「ありがとう」とはやはり違う。

ここで改めて三つの言葉の使用環境について考えてみる。「ありがとう」は言うまでもなく感謝の気持ちを表す。ただ感謝すべき状況は上下の関係に関わらず生ずるものである。そこで前述の「ありがとうございます」のような下から上的表現ともなる訳であるが、それなら同時に上から下的表現としての「ありがとう」がほぼ同じ頻度で現れてもいい筈である。然るに実際は上から下への感謝は「すまん」や「わるい」などに置換され、その分だけ「ありがとう」の頻度は削られてしまっている。

おそらくは「ありがとう」という言葉の素直さと、社会的上下関係というシステムの厳めしさが何とも不釣り合いに思えてどうにも言いづらいのではないだろうか。とすれば逆に、システムというものとは絶縁されている家庭内においては上から下に向かっていくらでも言える筈の言葉なのである。

言うまでもなく「えらい」は人格を称賛する言葉である。人物評価である以上、上から下にしか向かわない。そして「だいじょうぶ」は安心を附与する言葉である。これは上からしか与えられない。

このように「ありがとう」も「えらい」も「だいじょうぶ」も上から下に向けられてこそ、最初の言い方に従うなら保護者から被保護者に、あるいは監督者から被監督者に向けられてこそ、格別の意義を持ち得る言葉なのである。故に、親は子に対してもっと「ありがとう」「えらい」「だいじょうぶ」と言うべきなのである。

考えてみれば、子供にしても1日を何とかやり過ごすのはそれなりの苦役であるに違いない。よくよく見れば「ありがとう!」と感謝すべきところも、「えらい!」と褒めてあげるべきところも、「だいじょうぶ!」と不安を取り除いてあげるべきところも、きっとあるに違いない。

たとえ散々に叱りつけた後でも
「話をちゃんと聞いてくれて『ありがとう!』」
「そうやってしっかり反省できるお前は『えらい!』」
「だからね、きっとお前は『大丈夫!』」
くらいには言える

大人になって自分がそんなふうに言われることがなくなっても(あるいは今まで一度も言われたことがなかったとしても)、子供たちに対して自分が言うのをためらうことはない

だから「おやすみ」の前には言うべきである。その愛を伝えるために言うべきである。
「ありがとう!」
「えらい!」
「だいじょうぶ!」
と。

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社員の声に耳を「傾けすぎる」と会社はどうなってしまうのか?

企業が現場の声に耳を傾け問題を解決することは、社員のモチベーション向上や組織の体質改善に繋がることは間違いありません。しかし、その声にどこまで対応すべきなのかという判断は難しいところです。今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが、セクハラを受けたという社員が会社を訴えた裁判を取り上げ、的確な判断の必要性を説いています。

「セクハラ加害者を解雇して欲しい」に会社はどこまで対応すべき

社員の不満や不安を「聞く」ことは大切ですが、「聞きすぎると対応が難しくなる場合があります。

例えば、社内アンケート。社員の状況や気持ちを確認するためには重要なツールではあります。ただ、場合によっては「言うほどではなかったけどアンケートがあるなら書いておこう」と不満や不安が大量に出てきてしまうこともあります。

もちろん、どのような形であれ不満や不安があるのであれば、それを聞き出して解決することは良いことではあります。ただ、あまりに理不尽なことまで対応していたらきりがないですし、どこまで対応するかはその判断が難しい場合も多いでしょう。

では、法律的にはどう判断すべきなのか。

それについて裁判があります。ある会社で事務を担当していた社員が別の社員からセクハラを受けたとして会社を訴えました。その社員は、セクハラを受けたことによって医者からは抗うつ状態と診断され自殺未遂も行っていたのです。具体的には、その社員は次の点を会社の対応不足と主張しました。

  • セクハラについて全社員からも聴取すべきであったのにしなかった
  • セクハラをした社員の懲戒処分を行っていない
  • 配置転換等の適切な対応をしていない

確かに、もしこれらを会社がしていないのであれば会社は訴えられてもしょうがないと言えるかも知れません。では実際にどうだったか。実は、本当にしていませんでした。全社員からセクハラについての聴取もせずセクハラをした社員の懲戒も行わず配置転換もしていませんでした。

ではこの裁判はどうなったか。

会社が勝ちました。「会社の対応は問題無し」と裁判所は判断したのです。どういうことか。具体的には次のように裁判所は判断をしました。

  • 会社は(セクハラを受けた社員の)相談を受けてすぐにセクハラをした社員から事情を聞きセクハラと思われるメールの全文を確認している。よって、プライバシーに関わるこの問題に対し、あらためて全社員に確認を行うことが必須とは言えない
  • (セクハラをした社員の)行為は一度、食事に誘って一緒に行ったこと、恋愛感情を持っているようなメールを送ったこと、にとどまりそれほど悪質とは言えない上に、会社からの指導によりそれらの行為を止めており、それ以降にメールを送った証拠もない。会社が厳重注意にとどめて厳しい懲戒処分を行わなかったことは不合理とは言えない
  • 会社には事業所が1ヶ所しかなく配置転換は困難だった。また、(セクハラをした社員とされた社員の)仕事上の接点は伝票の受け渡し程度でそれほど大きいものではなく、それでも会社は受け渡し方法の変更や担当者の交替などを認めておりそれ以上の対策を取らなかったからといって不合理とは言えない

つまり、「(セクハラを受けた社員の要望通りではなかったが)会社は充分に対応した」と、判断されたということです。

いかがでしょうか。これは実務上もとても大切なポイントです。このセクハラを受けた社員の主張が完全に間違っていると言うつもりはありませんし、気持ちもわかります。ただ、「どの程度対応するかには慎重な判断が必要です。例えば、「あの社員からセクハラをされたので解雇にしてください!」で、安易に解雇にしてしまったら今度は逆にその社員から「不当解雇だ!」と訴えられかねません。

今回の裁判例のように、セクハラ事案であれば当然ながら被害者側の社員の気持ちは最大限に受け止めるべきです。ただ、どのように対応するかは的確な判断が必要なのです。

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【書評】なぜ、この医師は大晦日と元旦に「棺桶」へ入るのか?

すべての人間に平等に訪れる「死」ですが、「死に方」は平等とは言えないというのが現実。ならば「理想の死に方」でこの世を去りたいと思うのも人情です。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが紹介しているのは、週刊文春が編集した14人の著名人の「理想の死に方」をまとめた一冊。そんな中で柴田さんが共感したのは、ベストセラー作家でもある医師・中村仁一氏の考え方でした。

偏屈BOOK案内:週刊文春 編『私の大往生』

61l-HZRMrfL私の大往生
週刊文春 編/文藝春秋

「大往生」を〈「広辞苑」で引くと〉なんて、文藝春秋が言ってる。まあいいか、慣用句みたいなもんだから。でも、「大往生」って「十分に寿命を全うしたので、満足に思います」という意味で、身内だけが使えるセリフだろ。他人が遺族に対して使うのは失礼である。ましてや、本人が「私の大往生」なんて言うわけがないだろう。恥ずかしい。……意地悪で難癖つけてみました。

週刊文春が、人生を達観した先達たちに「理想の死に方」を尋ねる連続インタビューを行い、それをまとめたもの。中村仁一、渡邉恒雄、外山滋比古、佐藤愛子、酒井雄哉、やなせたかし、小野田寛郎、内海桂子、金子兜太、橋田壽賀子、出口治郎、高田明、大林宣彦、柳田邦男の14人。インタビューは、それぞれの死生観をうまく引き出す。その後の「大往生アンケート」6問は愚問。

中村仁一(医師)の「理想は孤独死野垂れ死に』」に激しく共感する。大ベストセラー『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の著者。穏やかで安らかに死にたい、というのが多くの人にとって理想だ。それが自然死(実態は餓死)で、不安もなければ寂しくもない。いい気持ちのまどろみの中で死んでいける。放っておくと全部穏やかに死ねるように、自然の仕組みはできているのだ。

今の医学はすべて自然死に逆行している。例えば「胃ろう」で、患者の身体は気持ちよく死のうとしているのに、あえて苦行を強いて生かしている。医療は老いには無力だ。治せないにもかかわらず治そうとする。結果的に本人に苦痛と負担を与えている。しかも、1分1秒でも長く生かすのが医療の使命になってしまっている。病院では「自然死」というのはありえない。

いっぽう介護職でも、食べさせるというのが使命で、患者がいやだというのに長時間かけて、高カロリーの脂っこいものを無理やり押し込む。拷問である。患者は物凄く苦痛であろう。さらに家族は、患者を支えているかと思いきや、自然死の大きな障害になる。いま人間の死に方は、本人ではなく殆どが家族の意向で決まる。病院で診てもらうことで納得して、安心したいだけなのだ。

「長期間にわたって強制人工栄養を注入していると、関節が拘縮して、最後はこれが人間か、という姿になってしまうんです」。そこでようやく家族が気付く。どんな形でも生きていてほしい、というのは家族の都合であって、本人の意向ではない。死ぬよりもつらいことを強いて、本人を苦しめている。これは恐怖である。わたしは家族に、事前にしっかりと伝える。楽に死なせてくれ。

死を見つめるとか、向き合うとかは絶対に無理デス。きれいごとの言葉で何となく分かったような気がするだけだ。一年の計は棺桶にあり、という中村は段ボール製の棺桶を入手、大晦日と元日に入って、自分の過去を振り返る。どれだけ周りに支えられて生きてきたかがわかる。今年はどう生きるかを確認する。一年の計は棺桶にあり。閉所恐怖症気味なわたしなど、絶対パニクるな。

中村はがんを「非常に良い病気」と言う。経験上、放置されたがんは痛みがないという。比較的最後まで意識があるので、身辺整理ができる。親しい人にお礼とお別れがいえる。下手に治療すると、早期発見だったとしても再発に怯えながら生きなければならない。老人なら手遅れの方が幸せだ。知らない間は明るく普通の生活をし、最後は消えるように逝ける。あ、これに決めた。

編集長 柴田忠男

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そんな会社は見切りをつけろ。給与明細を出さないのは当然違法

年末や退職時に会社から交付してもらう源泉徴収票。この記事を読まれている方にとっては、「交付されるのが当たり前だろう」と思われるでしょうが、世の中には交付してくれない会社もあるんだそうです。また源泉徴収票だけでなく、給与明細すら出してくれない会社も存在すると言いますから驚きです。普通に働いている人にとってはレアケースだとは思いますが、万が一そのような会社に勤めてしまった場合どうしたら良いのか?現役の社労士で、無料メルマガ『採用から退社まで! 正しい労務管理で、運命の出会いを引き寄せろ』の著者・飯田弘和さんがその違法性を指摘し、対策を紹介しています。

給料明細書の不交付について

一般の人からすると信じられないかもしれませんが、私が労働者から受ける相談の中には、「会社が給与明細書を出してくれない」というものがあります。そんな会社あるの!?と耳を疑いたくなりますが、けっこう、このような相談を受けます。きっと、このような会社は、相当やましいことをしているのでしょうね。

給与明細書を出さないのは、所得税法違反です。所得税法231条で、会社には給与明細書を交付する義務が定められています。しかも、所得税法242条第7項で、「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」と罰則まで定められています。

また、年末や退職時には、会社から源泉徴収票を交付してもらうと思いますが、この源泉徴収票を出してくれないというのもよく聞く話です。面倒くさいのか、交付できないやましい事情があるのか、はたまた労働者への嫌がらせか、理由は分かりません。しかし、源泉徴収票を出さないことは違法です。所得税法226条で、会社には交付義務が課されています。

では、会社が給与明細書や源泉徴収票を出してくれないとき、労働者はどこに相談すればよいでしょう?これらの相談先は税務署になります。所得税法違反なのだから、税務署が対応すべき問題です。

時々、税務署に相談に行ったけれど、門前払いされたという相談も受けます。それは、税務署職員の対応が間違っています(面倒くさいのか法令等を知らないのか分かりませんが…)。業務委託などではなく、雇用契約により働いている労働者であれば、税務署が相談対応してくれます。

そして、税務署から会社への指導を求めるには、「給与支払明細書不交付の届出」「源泉徴収票不交付の届出」を管轄の税務署長宛てに提出します。この届出を受けると、税務署は会社に対して指導を行います。ただし、行政指導というのは、何ら強制力のあるものではありません。行政指導に従うかどうかまでは保証できません。しかし、税務署からの行政指導であれば、かなり効果が期待できます。

ちなみに、「給与支払明細書不交付の届出」や「源泉徴収票不交付の届出」の手続きについては、国税庁のHPに載っています。届出用紙は、そこからダウンロードできます。

給与支払明細書不交付の届出手続

源泉徴収票不交付の届出手続

もし、給与明細書や源泉徴収票を出してもらえず困っている労働者の方がいましたら、管轄の税務署で「給与支払明細書不交付の届出手続」や「源泉徴収票不交付の届出手続」を行ってみては如何でしょう。また、余計なお世話かもしれませんが、個人的には、そのような会社にはとっとと見切りをつけて、転職先を探すことも必要かと思います。

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ホンマでっか池田教授も虜になった、害虫の生態とその生命力

フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」のコメンテーターとしてお馴染みの池田教授。早稲田大学でも教鞭を取る著名な池田教授は、大の昆虫採集マニアとしての一面も持っています。そんな池田教授が、家庭菜園をするうちに害虫との付き合い方やそれぞれの虫の特徴を発見するようになり、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の中で紹介しています。もともと駆除対象だった害虫のユニークな生態に心奪われ、生き物の種を越えて感動したり同情したり、と夫婦で害虫の魅力を楽しむ瞬間も増えているそうで、そこには池田教授ならではの視点を垣間見ることができます。

家庭菜園に来る害虫たち

定年前から自宅の庭で野菜を栽培していたが、定年を機に庭の一角を耕して野菜畑にした。楽しみのためにやっているので、いろいろあったほうが面白かろうと思って、キュウリ、ナス、トマト、オクラ、シソ、ツルナシインゲン、キンジソウなどを手当たり次第に植えた。無農薬としゃれこんだのはいいが、とにかく害虫がやってくることこの上ない。

まずキュウリ。去年は 「夏すずみ」 という品種を植えた。支柱を立ててネットを張って、結構手間をかけて育て、黄色い花が咲くとワクワクした。雄花は咲いて次の日には散ってしまうが、雌花は花の下にすでに小さなキュウリがついていて可愛い。これが、あっという間に大きくなる。初物を収穫して生のまま味噌をつけて食べる。買ったものとは一味違う (ような気がする)。それから暫くは次々と実がなって、実に楽しいが、だんだん葉っぱが黄色くなってくるとキュウリが曲がり始めて、この頃からウリハムシがどっと増える。

朝起きてみると、キュウリの葉っぱに数十頭の黄色い集団がたかっていて、キュウリの葉は穴だらけである。捕虫網を振って採れるだけ採るが、何匹かは逃げられてしまう。これで明日は少しは減るだろうと思いきや、次の日の朝も同じくらいのウリハムシがたかっていて、いったいどうなっているのだろうと思う。こうなると、元気がなくなってきて、キュウリを作るのはやめたくなる。

それで、今年はミニキュウリにした。背が高くならないので棚を作る必要もなく、手間がかからず、10cmくらいの長さで収穫できる品種で、どんどん実がつくが、ウリハムシが増える前にあっという間に老化して終わってしまう。収量は多くないが、こっちの方が私向きなので、来年もミニキュウリを植えよう。 

葉が穴だらけになることで最も壮観なのは、シソである。食べるのはオンブバッタ大きなメスの上に小さなオスがチョンと乗っている姿は可愛いけれど、シソが大好物のようで、あっという間にシソの葉がレースのようになってしまう太い葉脈ばかりでなく細い葉脈も残して、柔らかい葉の部分だけ食べるので、人間には絶対に作れないような見事なレースができる。保存できないのが残念である。オンブバッタは他にもマリーゴールドが好きで、アブラムシ除けになると言われて植えておいたのに、オンブバッタのエサを植えたみたいだ。マリーゴールドが本当にアブラムシ除けになるかどうかは知らない。他にもナスやキンジソウの葉も食べるが、不思議とトマトはあまり食害されないようだ。

オスのオンブバッタがメスの背中に四六時中しがみついているのは、他のオスにメスを盗られないためだという。交尾をした後、用済みだとばかりに離れてしまうと、他のオスがやってきて、メスの体内の精子を掻き出した後で交尾をして、精子を入れ替えてしまうらしいのだ。オンブバッタの人生(虫生)も大変なのである。しかし、当方にとっては野菜を食い荒らすにっくき敵なので、見つけ次第容赦なく捻りつぶしてしまう。掴まえて左手に胴体、右手に頭をもって引き裂くのだが、頭のない胴体はそれでも撥ねて逃げてゆくところが敵ながらあっぱれである。しかし、素手でやると手が黒い体液で汚れることが多いので、今年になってから、手で掴まえずに小さなハサミを近づけていって、電光石火で胴体をちょん切るという、捕殺法を実行したら、これがなかなか上手くいくので、結構悦に入っている。江戸時代には不義密通をした男女は重ね切りになっても仕方がなかったと言われるが、不義密通をしているわけでもないのに、重ね切りされるオンブバッタは可哀そうな気がしないでもない(私がやっているんだけれどね)。

去年はナスが余り上手く収穫できなかったので、今年こそはと思い 「とげなし千両2号」 と「たくさん中長ナス」 と 「秋ナス」 をそれぞれ2株ずつ植えておいた。 「とげなし千両2」 は最初の7、8個の実はとても上手く育ったのだが、そのうちアブラムシの攻撃を受けうどん粉病が発生し、惨憺たる有様になった。新芽や花芽にアリがいっぱいたかっているな、と気づいた時はすでにアブラムシが何十匹も付いている。手のひらを差し出してアリがたかっている場所をポンポンと軽くたたくと、アリが10匹近く落ちてくる。すかさず、両手のひらをすり合わせてアリを潰して殺す。アリはオンブバッタと違って潰しても体液がほとんど出ず、手が汚れないのが有難い。その後でアブラムシの方は指ですりつぶすのだが、これは指が汚れて有難くない

そうこうしているうちにナスの花がばったり咲かなくなってお仕舞となる。それでも「とげなし千両2号」はまだ収穫できただけましである。「たくさん中長ナス」と「秋ナス」は花が数個咲いただけで、実を収穫するまでには至らなかった。何が「たくさん中長ナス」だ、と腹を立てても、当方の育て方が悪かったのだろうと諦めるしかないな。ナスとは相性が悪いようだ。

相性がいいのはキンジソウトマトである。キンジソウは知り合いから数年前に頂いたものだが、味噌汁に入れたりおひたしにしたり天ぷらにしたりして食べると結構いける。ホウレンソウのネオニコチノイド (ハチの神経経路を破壊する農薬、渡り鳥や人間の神経にも影響を与えるという報告もある)の残留基準が大幅に緩和されて以来、ホウレンソウは買ったことがなく、代わりにもっぱら自宅の庭で栽培したキンジソウを食べている

キンジソウの茎を適当なところで切って葉を取った後の茎を、地面に挿しておくと、芽がいっぱい出てきていくらでも増える。オンブバッタに食われるくらいで、アブラムシも付かないしうどん粉病も出ない。完全無農薬で、お金も手間もかからない素晴らしい野菜だ

次はトマトである。数年前に初めてミニトマトを作った時は、オオタバコガが発生して往生した。この蛾の幼虫はまだ青いトマトの実に穴をあけて中に入り込んで食害する。食い物の中に住んでいるようなもので、鳥には見つからず、実に賢い。しかしなぜか今年はオオタバコガが発生しなかったので、ミニトマトと中玉トマトは良く穫れた。10月の中旬になってもまだ花が咲いて小さい実ができてくるが、そろそろお仕舞である。

大玉トマトもいいかなと思って 「桃太郎ファイト」 というのを植えたけれど、これは失敗だった。最初に咲いた数個の花の実は見事に大きくなって、うっすらと色づいてきて、あと数日で食べごろだなと思った次の日の朝、トマトは何者かに食われて、残骸が庭に転がっている。昔、カキの実が熟れる寸前に何者かに全部食われることがあって、タヌキかハクビシンかと思っていたら、ある日庭を悠々とニホンアナグマが歩いていてびっくりしたことがある。その後も大きなトマトは色づくと食われてしまい、 「お前の食べ物を作っている訳じゃないよ」 と独りごちていたが、庭で撮ったニホンアナグマの写真が可愛かったので、まあしょうがないかと思ったのだった。でも来年は大玉トマトは作らないからね。

トマトとナスの害虫で一番びっくりしたのはクロメンガタスズメの幼虫だ。この蛾の成虫の背面には顔の模様があり、そう呼ばれるのだが、人の顔よりも猿の顔に似ていて、良く見るとちょっと滑稽である。この蛾は南方系の蛾で、かつては九州より南に分布していたが、最近北上して関東地方でもナス科 (ナスやトマト) の害虫として嫌われるようになった。ナスの葉が重たそうに垂れていたので、不思議に思って裏を見ると体長8cmにもなろうかという芋虫が付いていたのだ。見たこともない幼虫だ。調べてみたらクロメンガタスズメの幼虫だったというわけだ。まさか高尾に分布しているとは思わなかったので大いに驚いた。

女房に見せたら可愛いというので、大きい飼育箱で飼うことにした。大きなナスの葉を3枚くらい花瓶に挿して入れておくのだが、次の日にはすっかり食われている。顔を持ち上げてシャクシャクシャクとすごい勢いで葉を食べる姿が可愛いと女房は言うのだが、よく分からん感性である。ムチムチ、プクプクしたところが赤ん坊に似ているのかしらね。暫くして色違いの幼虫がトマトにも付いているのを発見して、これも別の飼育箱で飼うことにした。不思議なことに最初ナスについていた幼虫はトマトの葉よりもナスの葉を好み、トマトについていた奴はトマトの葉を好む。最初に食べた植物を好むような刷り込みがなされるのかもしれない。

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信用して良いの?「9割保証」「24時間対応」のペット保険

今や3人に1人が何かしらのペットを飼っている、空前のペットブーム。犬と猫に限って言えば、人間の15歳未満の人口を優に超えるほど増加していると言います。その一方で叫ばれているのがペットの高齢化。長寿になればなるほど病気もつきもので、今や様々なペット保険が誕生しています。一体どんな種類の保険があるのが探してみると、なんと米国には9割もカバーするうえに24時間対応可能なペット保険があることが分かりました。本当にそんな手厚い保障があるのでしょうか? メルマガ『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』の著者で米国在住の医学博士・しんコロさんに、米国のペット保険の評判を聞きました。

「9割保証24時間対応」のペット保険のリアル

Q. ペット保険等ないものか、インターネットで検索したら、米国にある9割保証24時間対応がうたい文句の犬猫ちゃんの医療保険を見つけました。(中略)このようなアメリカのペット医療保険はどんな感じなのでしょうか?もしご存知であれば教えて下さい。因みに、私が住んでいるタイでは、膵炎になった時の入院費は1日約2,500円で、検査・治療・手厚い看護等を含めても2万円程度でした。アメリカと比べると桁が違いすぎて驚きです。

しんコロさんの回答

僕はペット保険を買ったことがないのでなんとも言えませんが、NY時代にMSKCCのペットオーナー達から話を聞いたところ、くて割に合わない」 ということでした。「9割保証」といっても、「保険会社が払うのをOKと判断したら医療費の9割保証」 ということなので、払わないと判断されたらゼロです。アメリカの保険会社は 「助けてくれる」 存在ではなくて ぼったくろう」 とする集団だと思ってかかるくらいが丁度です。なにかにつけて支払いをしない理由をみつけてくるので、支払いをしてもらうために戦わなければならない場合もあるでしょう。

日本に住んでいると信用や善意で物事を判断してしまいますが、アメリカに住んでいると何事も疑ってかからないとぼったくられます。基本的に保険は既往症がある場合は購入さえできませんが、ペット保険の場合は症状とは無関係な怪我でも既往症と見なされたなど、信用できない話をいくつも聞いたことがあります。

ということで、少なくとも大手のある程度信頼のおける保険会社がペット保険のプランを扱っているのならば考えますが、そうでない場合はうかつに手を出すと危険だと感じています。

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子どもたちと一緒に調べ準備する年の瀬。「正月事始め」って何?

ハロウィーンもクリスマスもいいですが、日本に生まれ暮らす人にとっては、大晦日、お正月など年末年始の行事も特別なもので大切にしたいもの。メルマガ『子どもを伸ばす 親力アップの家庭教育』では今回、「お歳暮」、「正月飾り」、「門松」の意味やいつまでに準備するかなどを解説。年中行事を親子で調べ、楽しみながら経験していくことの大切さを伝えています。

12/13の正月事始めって何?

1.お歳暮ってそもそも…

お歳暮を12月に贈るのは、そもそも正月用のお供えものだったことの名残りです。字を見てもわかるように「年の暮れ」という時期を表します。昔の日本では、この時期に、歳神様をお迎えするためのお正月用のお供え物を準備しました。

そのため、すす払いや松飾りの準備を終えて、歳神様を迎える態勢が整う頃に、お正月のお供え物の準備としてお歳暮を贈りました。基本的には12/13~12/20をめどに贈りますが、最近では、前倒しになる傾向がありますね。

2.正月飾りはいつ飾る?

28日までに飾りましょう。そもそも正月飾りは、1年の幸せをもたらして下さるという歳神様を歓迎するためのものです。直前の31日に飾るのは「一夜飾り」と言われ嫌われています。というのも、葬式の「一夜飾り」に通じるため良くないからです。

また昔は、新年行事の始まりを日没としていたので、大晦日には歳神様が来訪するとも考えられていました。ですから30日もまた「一夜飾り」にあたります。29日は、「二重苦」「苦に通じる」という語呂合わせから嫌われます。このような理由から28日までに飾りましょう。

そして、歳神様がいるのは「松の内」なので、お正月飾りは、1/7まで飾ります。ただし、地域によっては松の内の期間も違うので飾っておく期間も地域によって変わってきます。

3.門松の意味

門松は、歳神様が迷わないようにする目印です。平安時代の宮廷儀礼の「小松引き」が起源と考えられています。その後、すくすくと節を伸ばす竹が縁起物として添えられるようになったのは室町時代とされています。

松は、神様を「まつる」、神様を「まつ」という言葉に繋がり、千年の齢とされ長寿の木として縁起がよいことから、門松には様々な意味が込められています。

長さの違う竹の並び方にも意味があります。二番目に長い竹が、二対の門松の外側に配置されているものを「出飾り」、反対に二番目に長い竹が、内側に配置されているものを「迎え飾り」と言います。

出飾りは「子どもが独り立ちする」「門出」を祝う、と言う意味があり、病院なら「患者が退院できることを願う」などの意味があります。迎え飾りは「福を招く」「子どもを授かる」、デパートなどでは「来客が増えて商売繁盛」などの意味があります。

門松の大きさは、関係ないそうですから、マンションなどで飾る小さな置物でも歳神様は来て下さるそうですよ。

家庭教育アドバイス…「一緒に準備を楽しみましょう」

年末年始。慌ただしく過ぎてしまいがちですが、せっかく子どもたちも冬休みですから、一緒にあれこれ調べて準備する時間をとることをお勧めします。子どもが親と一緒に何かをするという時間は、成長すればするほど少なくなります。できるうちにできることを!

我が家の子どもたちは既に成人してしまいました。年末年始に一緒に大掃除をしたことや、おせち料理の買い出しにでかけたこと、玄関飾りを作ったことなど、懐かしい思い出です。

子どもに文化や伝統、風習を伝えたい、と思っても一朝一夕にはできません。毎年毎年、同じことを同じように繰り返すことで身につきます。

そうしている内に、いつのまにか子どもは成人し気がつくと「あぁ、もっと一緒の時間を持てば良かった」と思うときが来てしまいます。「今、この瞬間」を大切に、たくさんの思い出をお子さまと一緒にお作り下さい。

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体温を保つために鍼灸師が勧める運動「ダイナミックフラミンゴ」

いよいよ冬らしい気温の日が増えてきましたが、この時期は、必要な体温を維持する工夫が大切になるとメルマガ『鍼灸師・のぶ先生の「カラダ暦♪」』の著者、のぶ先生は訴えます。体温維持に効果的なのはたっぷりの睡眠とほどよい運動で、のぶ先生が最近オススメしている「ダイナミックフラミンゴ」という運動を紹介しています。そして、必要な体温を保てているか「顔色と表情」で判別する方法も教えてくれます。

カラダは温かいのが基本

【必要な体温を維持する】

日本人は欧米人よりも体温が低いと言われています。食習慣や生活習慣が変われば、必要な体温や血圧などが違っていてもいいんじゃないかなぁと思います。

東洋医学では、民族ばかりか、各家庭で個人差があって当たり前と考えます。肉体労働をする人と頭脳労働する人、子供と老人、男女の差でカラダに必要な働きは人それぞれ。必要な体温が保てていることが、そもそも大切、ということです。

【必要な体温の目安】

人それぞれの体温ですが、身体機能や精神状態が楽に働ける体温はいつも維持しておきたいですね。わかりやすい目安が「顔色と表情」です。

「顔色」…健康的な肌色から少しピンクがかっているくらいの顔色が、健康的な体調を維持できている「血流」の目安です。もし、白みがかっていたり暗かったりすると、血流量が不足していることを意味します。

「表情」…目に力強さを感じるくらいまぶたがパッチリ開いて、口元の角がキュッと上がっているくらいの明るい表情でいるのが、心身ともにリラックスしているよい体調を保っている目安です。

もし、表情が曇っていたり、まぶたや口角が下がって見えるようなら、心身の働きが不活発な証拠。運動不足やストレスや内臓機能低下も関係あるかもしれません。

【カラダは温まることで活性化する】

体内の深部体温が、内臓機能をゆとりを持って支えられるくらいを維持するためには、たっぷり睡眠と、ほどよい運動を心がける必要があります。特に冬場は体温が下がりがち。「顔色」や「表情」もよい状態を維持し続けるのは難しいですね。

日頃から運動習慣のある人はよいのですが、寒いとついつい運動不足でカラダが不活発になり体調不良や精神的落ち込みをひきおこしやすくなります。必要なのは、まず体温を下げないこと。

上がり過ぎた体温は汗をかけばすぐに本来の体温まで冷却が可能です。でも、一度下がってしまった体温を高めるには、一苦労。冷えが極まるとカラダは勝手に発熱して、風邪のような症状をひきおこすこともあります。

毎日のたっぷり睡眠で体温を朝から高めて、カラダのこわばりを感じるところはしっかり保温して、可能ならチョビット運動を心がけながら過ごせるといいですね。

太ももを刺激する運動は代謝を高めて、内臓機能や免疫系統を活発にしてくれます。片膝を高くあげて片足立ちで1分過ごす「ダイナミックフラミンゴ」は、ここのところ患者さんにもオススメしている運動です。

手軽に体幹部まで刺激して、良い姿勢にリセットできる運動として効果的です。ちなみにぼくは、毎日の歯磨きの時にやっています。

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