【書評】炎上や「いいね」欲しさに言葉を選ぶのが辛い人に贈る本

SNSで発信する言葉によって炎上したり、逆に多くの高評価を得たりできるこのご時世、一昔前までは考えつかなかったほど言葉の選び方に敏感になっている人が増えているようです。そんな向きには「教科書」として使える一冊を、無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんがレビューしています。

偏屈BOOK案内:齋藤孝『100年後まで残したい 日本人のすごい名言』

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100年後まで残したい 日本人のすごい名言
齋藤孝 著/アスコム

はっきり言って、イージーな企画である。編集チームが「名言」集めをして、それを著者に渡す。そういう分野は楽勝の人だから「100年後まで残したい日本人の名言」というコンセプトで30個選んでサクサク解説、というコース、だと思う。そんな平凡な企画が通るのは、誰でもネットで言葉を発する機会が増えそれが常に評価にさらされている時代への傾向と対策」なのだろうか。

「いいね!」の数、リツイートの数、相手からの好評価の数、みんな欲しいから、とにかく評価を前提に発信するため言葉を選ぶようになる。「こう言ったほうが、いいね!を押してもらえる」「逆に、炎上して注目してもらえる」なんて考える人も多いらしい。わたしなんぞ、無警戒に危ない発言(じゃないな、発信か)をして、痛い目にあったような記憶があるが、おそらく気のせいであろう。

でもたぶん、ネットで高評価を狙って発言するには、あるいは用心深く言葉を選んで発言するには、かなりエネルギーを消耗するだろう。そんなとき名言を利用すれば楽チンである。名言を日常生活の中で使っていく。引用したり、価値基準としながら行動すれば、自然に身について、心を支えるものになる。というわけで、著者は「100年後まで残したい日本人の名言」を30個提示する。

日本人ならこの30個は暗唱できるようになってほしい、後世に語り継いでほしいという言葉たちである。「名言は心の砦になります。雪崩のように心が崩壊するのを食い止め、漏電のように常にエネルギーが消耗されていくのを防ぎます」っていうくらい凄いパワーらしい。暗唱せよ後世に語り継げ、という。

本文中の重要なところはゴシック、というこのごろ実用書定番の安易な手法は正直うっとうしい。本文組版として美しくないし、ゴシック拾い読みでも大まかな内容が分かってしまうのは、読書といえるのだろうか。言葉のプロ中のプロが、叙述に軽重をつけるため書体を区別するなんて、情けないではないか。

心が折れそうなとき、背中を押してほしいとき、成長したいと願ったとき、人付き合いに悩んだとき、道に迷ったとき、と5分類しほぼ等分に名言を配する。各名言に「名言年齢」を記す。古い言葉、新しい言葉、それぞれの良さを味わってほしいからだという。その言葉の普遍性や実用性の証として、どれくらいの年月、歴史を超えて受け継がれてきたのか一目でわかる。好配慮だと思う。

いいと思った言葉に出会ったら、「声に出して読む」。その次は「暗唱する」。そこまではその通りだが、その場の文脈に合わせて取りだし、雑談の中でどんどん使えば「教養のある人になれる」という。そうかなあ。このご時世、かなりリスキーな行動だろう。残念ながら。そんなストレートなやり方は嫌われる

先生の選んだ30の名言。わたしも共感したのをいくつか。赤塚不二夫『天才バカボン』のパパの決めゼリフ「これでいいのだ」。金子みすゞ「みんなちがって、みんないい」。藤子・F・不二雄「いじわるされるたびにしんせつにしてやったらどうだろう」。これだけかい。ほかはけっこう辛気くさい(使う気にならない)名言揃いだが、さすがに齋藤先生の解説はウマすぎるわ。

編集長 柴田忠男

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なぜ超有名フレンチのシェフは自分の店を「7合目」と語るのか

様々な分野で強い「志」を持ち活躍するゲストを迎え、その人生観等をパーソナリティの嶌信彦さんが引き出すラジオ番組『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』。今回嶌さんは自身の無料メルマガ『ジャーナリスト嶌信彦「時代を読む」』で、伝説のフレンチシェフ・井上旭を迎えた際の放送内容を要約という形で紹介してくださっています。

TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』 井上旭氏

TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(日曜21:30~)は様々な分野で志を持って取り組まれている方々をゲストにお招きし、どうして今の道を選んだのか、過去の挫折、失敗、転機、覚悟。再起にかけた情熱、人生観などを、嶌が独自の切り口で伺う番組です。2002年10月に開始した『嶌信彦のエネルギッシュトーク』を含めると間もなく17年を迎える長寿番組です。

これまで放送の告知のみを行なってまいりましたが、各界の素晴らしい方々の言葉を残したいと思い、今後放送内容の要約を本ブログに記してまいります。

11日は老舗フランス料理店シェ・イノのオーナーシェフ井上旭氏をお迎えした通算881回目の放送でした。以下放送内容の抜粋をお届けします。

■日本でのフランス料理の広まり

日本でフランス料理が浸透したのは吉田茂首相や白洲次郎氏などヨーロッパに渡られた方々がご贔屓にされていたクレッセントハウス(現:レストランクレッセント)や料理人の志度藤雄氏(※1)の存在が果たされた役割が大きい。その後、東京オリンピック(1964年)を機に日本に広まった。

※1 日本のフレンチの草分け的存在。吉田茂首相の官邸料理人

■料理人を志すきっかけ

当時、家督は長男で次男は外に働きに行かなくてはならなかった。出身が鳥取県で京都や大阪に集団就職する人が多く、京都の染物会社に就職。当時の初任給は3,800円くらいだった。この仕事にむいていないと思い、京都駅前の「駅前ステーションホテル」に入ってから料理の道を志した。

その後、料理の道を究めるにはヨーロッパに行かないといけないと感じ、英語のできる同僚に履歴書を書いてもらい応募。兄が畑4反を売って28万円ほど作ってくれたお金を借り、アンカレッジ経由で21歳の時に渡欧

■看板メニューの誕生

スイス、ドイツ、ベルギーを経て、フランスへ。トロワグロのアシスタント、71年~72年マキシム・ド・パリで働く。帰国後「レカン」の料理長時代に生み出したのが今だに人気のある「マリアカラス」という料理。羊の油をとると臭みはなくなり、フォアグラ、トリュフを入れてパイ包みにしたもの。これは、今なお看板メニューとして人気を博している。

■華やかなパリのフランス料理店

マキシム・ド・パリは貴族も集い、品格が漂う店だった。貴族の集いでは、チップがはずまれていた。

また、トロワグロ兄弟が作る料理はおいしく、人柄がにじみ出る料理だった。一流のお店には一流のお客様が来店し男女とも品格が問われ会話の内容も上等でさまざまなことをトロワグロで学んだ。金曜日、オペラの終演後にドレスアップした姿でお店に来られていた姿はみんなかっこよかった。

生きづらさを抱えた人の不安や心配と向き合う人が意識すべきこと

ソーシャルメディアが発達した現代のコミュニケーションは、気軽さというメリットはあるものの、期待が大きくなりすぎてストレスを抱えることもあります。さまざまな福祉活動に関わるジャーナリストの引地達也さんは、生きづらさを抱えた人からの相談には、不安や心配を確実に共有できる対面での対応が最も有効で効率的だと話します。そして、自身のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』も、「小さな」サイズ感を意識し、保っていきたいと、発行300号にあたり思いを新たにしています。

コミュニケーションの「サイズ」を知り、考えるその責任

本欄は本号で300号となった。創刊以来、週刊のペースを守り続けて約6年、自分の身の回りのことも、自分から遠いことも、心に宿したテーマをやさしい未来に向けてのアプローチを模索しながら書き続けてきた。記事によっては、発信はされたものの、静かに置いておかれるものもあれば、何かの拍子でネット上に引用され、拡散し、知らないうちに非難や賛美の対象になったこともあった。

発信段階では、小さなコミュニティを意識しているこれの記事は小さなサイズで静かにコツコツ読まれていくことをイメージしているが、時に拡散によりマス化することがあっても、やはり「小さな」というサイズ感は保ち続けようと思う。それは、私にとって当事者性を重要視したいとの意思でもあり、この欄の存在価値でもあると考えている。

コミュニケーションの基本は対面のダイアローグだと考える時、1対1のコミュニケーションからすべてが始まる、との強い意思を維持するには、今の時代、相当な強さが必要だ。1対多数のマスコミュニケーションや対面方式を取らないインターネットのソーシャルメディアのコミュニケーションとは対極にあるダイアローグは、面倒くさいし非効率である。

しかし、生きづらさを抱えた人からの相談でよい方向に向かうには、対面が最も有効で効率的だ。夜中にラインで不満や不安を書き連なってきても、対面で話をすれば「すっきりした」と言う人も少なくない。これは、その人が表層的ではなく深層的に求めるサイズに合致したコミュニケーションをした結果であり、このサイズとは当事者性を受け止め、そして持っている不安や心配を確実に共有できるものである、といえる。

ソーシャルメディアのサイズは実は分かっているようで、不確定要素を含み、それが不安を付きまとわせる。発したものを本当に読んでくれるのか、真意が伝わっているかのやりとり、時には一方通行になり、時には「無視」しようという行為に、コミュニケーション当事者の双方がストレスを抱えることになる。

分かり合える、という期待感の中で話を展開する傾向があるから、分からない場合には、高圧的な態度にもなり、排除する行為にもなってしまう。この気軽さの中で展開されるソーシャルメディアコミュニケーションには、私もトラブルシューティングに随分と関わってきたから、社会的な問題であることを認識しつつ、メディアリテラシーとして教育現場での対応が十分でない現実を感じている。

今回、「サイズ」という概念でコミュニケーションを考えることが、1つの手がかりになってほしいと思う。私が続けるこの欄は、この小さなコミュニティというサイズで自分の責任を果たそうと考えている。それは、自分の責任範囲であり、読者の感想にも対応できる範囲である。

実際に読者の感想などもいただくが、これはうれしい生の反応として、その読者の当事者性を肉感しながら、また私の書くことに豊かな見識を与えてくれる。「やさしさ」を追求している本欄において、やさしくあろうとする時、このコミュニケーションがマス化することはないであろう。

マス化する、拡大化することが、何らかの解決には至らないことは最近の私たちの社会が学習したことである。このサイズを保ちつつ、良質なコミュニケーション世界を確立するために、探求を続けたい。

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目的達成のため「協働する組織」で求められる個々人の資質とは

仕事やミッションに取り組む際、個人ではなくチームであたることが増えてきました。当然、個人で動くのとは仕事の進め方も異なり、リーダー、メンバーともに組織人としての役割が求められます。今回の無料メルマガ『起業教育のススメ~子供たちに起業スピリッツを!』では、著者の石丸智信さんが聴講されたセミナーで得られた知見から、「協働」という概念について考察しています。

協働するチームとは

以前、企業の管理者をはじめ、職場のリーダーを対象とした研修を聴講しました。その研修では、リーダーシップやコーチング、コミュニケーションなどのテーマが取り上げられていました。

その中でとりわけ印象に残ったのは、チームとして大切なテーマである「協働」でした。普段、あまり耳慣れない言葉ですが、辞書で調べてみると、同じ目的のために対等の立場で協力して共に働くこと、とありました。

興味深いテーマでしたので、本号では、研修の中で取り上げられていた「協働」について考察していきたいと思います。

協働とは、複数の主体が、何らかの目標を共有し、ともに力を合わせて活動することであり、コラボレーションパートナーシップとも言われています。そして、「協働の概念を構成する要素として5つ挙げられていて、下記の通りです。

  1. 各主体が共有できる目標の設定
  2. お互いに自主性・自律性を確保し、他の主体から支配されない
  3. 目標が効率・効果的に達成されるように各主体は能力や資源を互いに補完し、相乗効果によるより大きな、そして新たな成果を生み出す
  4. 複数主体の協働による目標達成活動であることから、関わる主体は成果に対してもそれ相応の責任を有する
  5. 協働する主体は能力、資源、ノウハウ、規模、特技などにおいてそれぞれであり、考え方や取り組み方も異なるが、その異なる点をお互いが尊重していけば共有目標の達成も効率的・効果的になる

協働するチームが持っている要素を組み合わせることによって、特徴を持つ4つの集団・チームができます。

  1. 個々のメンバーが自律的・主体的/メンバー同士の繋がりが弱い――「一匹狼の集まり」
  2. 個々のメンバーが自律的・主体的/メンバー同士の繋がりが強い――「協働するチーム」
  3. 個々のメンバーが依存的・従属的/メンバー同士の繋がりが弱い――「烏合の衆」
  4. 個々のメンバーが依存的・従属的/メンバー同士の繋がりが強い――「なれ合いの集団」

協働するチームを創るためのリーダーとしての役割としては、3つ挙げられていました。

  1. メンバーの自立性・主体性を引き出す
  2. メンバー全員の目指す方向をそろえる
  3. メンバーとメンバーをつなげる

ここまで、聴講した研修の中で取り上げられたテーマである「協働」について考察しました。これからは、組織チームの中でメンバー一人ひとりが協働するだけではなく組織同士チーム同士が協働することも重要だと感じます。

そして、お互いの利害関係のみで協働しようとするのではなく、やはり、協働することによってどこを目指すのかという理念目的などといったものを明確にするとともにしっかりと共有することが、協働することによる効果をより大きくするためにも必要ではないでしょうか。

まさに、これからの組織・チームは、一匹狼の集団でも、烏合の衆でも、なれ合いの集団でもなく、協働する組織チームとなることが求められてくるのでしょうね。そのためにも、一人ひとりが自立自律型人財へと成長していくことが大切になってきますね。

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「人民あっての権力者」の発想がない金正恩がミサイルで守るもの

7月25日から8月16日までの3週間余りで6回もミサイルを発射した北朝鮮。困窮する人民を顧みることなくミサイル発射を繰り返す金正恩の意図はどこにあるのか、メルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』の著者で、北朝鮮研究の第一人者、宮塚利雄さんが解説します。宮塚さんは、米韓を舐めきってのミサイル連発ではあるものの、トランプ大統領の狙いにハマっている部分もあるという見方を示しています。

金王朝の護持と我が身の保身のため黄金を使う金正恩

「そこのけ、そこのけ、金様のお通りだ」と言わんばかり、北朝鮮の金様(朝鮮労働党委員長)の威勢がいい。「そこ」とは「韓国の文在寅大統領と安倍晋三首相」である。

それにしても狂気か威嚇か、それとも「イタチの最後っ屁」か、日本海側に向けてミサイルをよく飛ばすものである。3週間余りで6回もの発射である。ミサイルを飛ばす金があったら、人民に食べさす食糧をいくらでも輸入できるではないか、という話はこの国の金様には通じない。

北海道の山奥の小さな中学校に通っていたとき、私を可愛がってくれた国語の先生が、ある日「宮塚、君はこのような話を知っているかね?」と言って、「日本昔話」に出てくる一説を話した。それは「長者の宝競べ」という話で、「あるとき、2人の長者が“宝物くらべ”をした。1人は、自分の住むところから3里という長い道のりに“黄金の飛び石”を敷き、それを踏んで歩いてきた。もう1人の長者は、何も物を持たない代わりに24人という大勢のわが子とともにやってきた。大量の黄金を誇った前者は、その子どもたちを見て、“羨ましい”と言った」というのである。

聞いたときは、なかなか理解できなかったが、今にして思えば、いつも「貧しい、希望のない生活を送っている私に、人間の価値とは何か、ということを教えてくれたもの」と思っているが、北朝鮮の金様は「24人の子どもを連れてきた長者」とは異なり、たった1つ「2000万人近くの人民ではなく、金王朝の護持と我が身の保身」のために、なけなしの黄金をミサイル発射に使っているのである(なけなしの黄金、と言ったが、これには以下の説明が必要だが、ここでは“なけなし”とだけ言っておく)。

さらに、後年になって、この「長者の宝競べ」にさらに「銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに 勝れる宝 子に及(し)かめやも」(山上憶良)という歌を知ったが、「子」=「人民」があっての権力者であるが、北朝鮮の長者の金様にはそのような発想はまったくない。それどころか、日・米・韓の放任をいいことに、まさにやりたい、言いたい放題である。

その名はモンマルシェ。1缶5,400円のツナ缶が飛ぶように売れる訳

 スーパーでは100円前後で売られているツナ缶ですが、いま、1缶5,000円を超える高級品が話題となっています。その差、実に50倍。一体何が異なるのでしょうか。今回の無料メルマガ『MBAが教える企業分析』では著者でMBAホルダーの青山烈士さんが、「 贈り物にツナ缶を」という新しい発想を生み出した企業の戦略・戦術を分析しています。

大衆品の高級化

今号は、人気の高級ツナ缶を販売している企業を分析します。

モンマルシェ(贅沢ツナ缶・さば缶専門店)

戦略ショートストーリー

ツナが好きな方をターゲットに「ツナへの想いとこだわり」に支えられた「上品で上質な味わいが楽しめる」、「贈り物として喜ばれる」等の強みで差別化しています。

素材や漬け込み油などに徹底的にこだわった高級なツナ缶という新たなポジションを開拓することで、本物の味わいを提供し、顧客からの支持を得ています。

■分析のポイント

静岡県はマグロ類缶詰生産量が99.9%のシェアをとっていることをご存知でしょうか。すごい数字だと思いますが、私は「モンマルシェ」のHPを見て初めて知りました。

静岡の名品と言えば、「お茶」というイメージが強いですし、静岡のお土産の定番と言えば、「うなぎパイ」という印象です。恐らく、静岡とツナ缶がイメージとして結びつく県外の方は少数派だと思われます。そういった中で、ツナ缶の高級ブランド化の取り組みは面白いと思います。

ツナ缶は、スーパーなどで、1缶100円前後で販売されている大衆品です。どこでも買える100円前後で売られているものはご当地のお土産にはならないでしょうし、ギフトにもなりえないでしょう。

そこで、モンマルシェは「オーシャンプリンセス」というブランドを立ち上げ、ツナ缶を贅沢品として扱い高級化することで、ギフト化につなげています。そして、販路をリアル店舗は静岡県内に限定することで、お土産化にもつなげています。

このような打ち手により、もともとツナ缶をギフトとして贈るという発想のなかった消費者に高級なツナ缶の存在を知らしめていったわけです。さらに、1缶5,400円の極上ツナ缶で注目を集めましたが、これも高級ツナ缶ブランドとしての地位を確立するために有効な打ち手と言えるでしょう。

モンマルシェのツナ缶と同様に最近、高級化している大衆品があることを思い出しました。それは、食パンです。食パンも一斤100円前後で販売されている大衆品ですが、その食パンを約1,000円で販売する「1,000円食パン」が人気になっています。こちらも高級化することで食パンをお土産やプレゼントとして購入する方を増やしているようです。

「高級ツナ缶」も「高級食パン」も高級化に成功している事例です。どちらもプレゼントされて嬉しいと思う存在になっていることがポイントと言えるでしょう。

今後の「モンマルシェ」の動きに注目していきたいです。

あおり運転の被害者にならないために。路上で身を守る5つの方法

茨城県の高速道路で起き容疑者逮捕に至った「事件」をはじめ、各地で続々とあおり運転による被害が明らかになっています。死の危険すらあるこのような行為の被害に遭わないため、もしくは加害者とならないためにはどのようなことに気を配るべきなのでしょうか。健康社会学者の河合薫さんが自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、米国の交通安全財団が提唱する「身を守る方法」を紹介しています。

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年8月21日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

路上の激昂の恐怖

茨城県の常磐道であおり運転をしたうえ、男性を殴ったとされる男(43)が18日傷害の疑いで逮捕され、交際相手の女(51)も容疑者をかくまった疑いで送検されました。

あおり運転は2017年6月に起きた東名高速夫婦死亡事故の影響から問題視され厳罰化が進められてきました。しかしながら、2018年7月には大阪府堺市で、40歳の男があおり運転の末にバイクに乗っていた大学生(22歳)に追突し、死亡させるな事件がおこるなどし、今回逮捕された男は静岡と愛知でも、あおり運転や前方への割り込み後に急ブレーキをかけるなどしていたこともわかっています。

私も高速道路で、後ろからぴったりと車をつけられたり、車線変更しようとするとわざと前に出られた経験があります。ちょっとでもハンドル操作を間違えると大事故になりかねない高速でのあおり運転ははんぱなく怖い。警察にはマジで厳しく取り締まって欲しいです。

「あおり運転」は欧米では「ロード・レイジ」(路上の激怒)と呼ばれ、半世紀も前から頻発。アメリカ自動車協会が1920年に設立した交通安全財団(AAA Foundation for Traffic Safety)の10年以上の調査では、アメリアでは少なくともロード・レイジにより218人が殺され12,610人が怪我を負わされたとされています。

相手を死にいたらせるほど激昂する心理は、さまざまな角度から研究されていますが、些細なことでボタンのかけ違いが起こることが多く一方的にどちらかが悪いのではなく「カーコミュニケーション道路での意思疎通)」不足から説明されるケースがほとんどです。

怒りのトリガーとなりやすいのがパッシングとクラクションです。やった方に深い意図がなくとも、相手に「あおられた」と受け止められてしまうと危険です。また、渋滞中や急いでいるときにピッタリとくっつけられると苛立ちが高まり攻撃的になりやすいこともわかりました。

とりわけ運転中は相手の顔が見えづらいため攻撃性が増すと指摘する研究者もいます。

一方で、カー・コミュニケーションと関係なくロード・レイジが起こることもしばしば。ただただあおり運転をされた人の反応を見るのが楽しい愉快犯なるものやストレスを発散したい、同乗者に自分の強さを誇示したい、他人に舐められたくないといった歪んだ心理など、悪質きわまりない。

メンツか経済か。香港デモ対応で天安門事件を挙げた米国の真意

逃亡犯条例改正への反対運動をきっかけに始まった香港のデモは18日、170万人という過去2番目の規模になりました。この日を前に、中国武装警察の動きを大きく報道していた日本のメディアの視点に対し、別角度の見方への留意を訴えるのは、メルマガ『NEWSを疑え!』の著者で軍事アナリストの小川和久さんです。小川さんは、現在の中国が最も重要視するのは経済面の影響だと指摘。その部分を正しく衝いた米ボルトン大統領補佐官の発言の真意を解説しています。

香港情勢で天安門事件を挙げた米国の警告

香港情勢が緊迫しています。マスコミは、いまにも中国の武装警察が香港に投入されそうなトーンで報道しています。

「中国深圳の香港との境界に近い競技場では15日、中国人民武装警察(武警)が演習を実施しているのが確認された。香港で続いている抗議活動に対するけん制とみられる。

深圳の競技場からは、迷彩服姿の男性らが声を挙げたり、警笛の音が聞こえた。競技場の駐車場は100台以上の武警関係車両で埋め尽くされ、ホールローダーが少なくとも3台、放水砲を搭載した車が2台あった。」(8月15日付朝日新聞)

しかし、少し違う角度からの報道にも注意を払っておいたほうがよいでしょう。

「ボルトン氏(国家安全保障担当大統領補佐官)は『中国政府は自分たちの取るべき手段を極めて注意深く考えるべきだ。なぜならば米国人は89年の中国政府による弾圧を覚えているからだ』と強調。中国への外国投資の60%が香港経由である点を挙げ、『英国をモデルとした司法が信頼されているためだ』と指摘。『もし中国政府による誤った判断で香港が評判を落とせば、中国は深刻な経済上の結果を被ることになるだろう』と警告した」(8月15日付朝日新聞)

どこがポイントかと言えば、中国共産党が最も気にしている点を衝いたコメントだからです。

特に日本では、中国の海洋進出をはじめ軍事的動向など強面の面ばかりが強調される傾向にありますが、中国が最も気にしており、大事にしたいと考えているのは経済の面なのです。それも、天安門事件の教訓として共産党指導部の胸に刻み込まれているのです。ボルトン氏が言う「89年の中国政府による弾圧」とは天安門事件のことです。

1989年6月4日に天安門事件が起きたとき、私は上海の復旦大学に教えに行っていましたが、共産党側も、そして敵対する民主化運動の側も、ともに天を仰いで「これで中国の未来はなくなった」と嘆いていた光景を目にしました。