残業代が削減できる『変形労働時間制』に隠れた大きなデメリット

残業代の削減ができるため、採用する企業が増加している「変形労働時間制」。果たしてこの制度、会社にとってはメリットばかりなのでしょうか。今回の無料メルマガ『採用から退社まで! 正しい労務管理で、運命の出会いを引き寄せろ』では著者で現役社労士の飯田弘和さんが、「正しく使えていない社が多すぎる」として、その落とし穴と適切な運用方法を紹介しています。

御社では、正しく変形労働時間制を導入していますか?

労基法では、基本、1日8時間あるいは1週40時間を超えて労働させることはできません。この時間を超えて働かせるためには、36協定の締結・届出と残業代の支払いが必要です。

ところで、みなさんは変形労働時間制というのを聞いたことがありますか?変形労働時間制とは、ある日に8時間を超えある週に40時間を超える労働を行っても違法にならず、残業代の支払いも不要となる制度です。

ところが、この変形労働時間制を正しく使えていない会社が非常に多い!正しく使えなければ、単なる違法な働かせ方でしかありません。制度を導入するのであれば正しく運用すべきですし、正しく運用できないなら導入すべきではありません。そこで今回は、1年単位の変形労働時間制についてお話ししていきます。

1年単位の変形労働時間制とは、1ヶ月を超え1年以内の一定期間を平均し1週間の労働時間を40時間以下の範囲にすることで特定の日や週に法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。上手に活用すれば、残業代の削減につながります。

今回は、説明を簡略化するため、「対象期間を1年間」とします。また、「1日の所定労働時間は8.5時間」で、1年間を通じて一定とします。

まずは、1年間の所定労働時間を平均したときに、1週当たり40時間以下にする必要があります。

  • 365日÷7日×40時間≒2085.71時間
  • 366日÷7日×40時間≒2091.42時間(うるう年)

これが、1年間の所定労働時間の上限という事になります。この上限時間に納まるように各月の労働日数と総労働時間を決めていきます。すると、

  • 2085.71時間÷8.5時間≒245.37日

したがって、1年間の労働日数のMAXは245日となります。1日8.5時間・年間労働日数245日・年間休日120日で、1年間のカレンダーを作っていきます。基本は、1年間の労働日と休日を明確にした年間カレンダーを、制度導入前に作成することになります。このとき、連続労働日数は6日が上限となるように年間カレンダーを作成してください。

ここで1つ注意したいのが、週48時間を超える所定労働時間を設定するのは、連続3週以内でなければならないという事。したがって、週6日勤務の週は連続3週までという事になります。さらに、この1年間を3か月ごとに区切った各期間に週48時間を超える所定労働時間を設定した週が3回以内でなければなりません。
ですから、3か月ごとに区切った期間の中に、週6日勤務の週が4回以上あってはいけません。このような制約の中で、1年間のカレンダーを制度導入前に作成します。そして、制度導入後は、変形期間の途中で内容を変更することは許されません

本日はここまでとしますが、本日挙げた例は、1年単位の変形労働時間制をできる限りシンプルにした例です。しかし、この例であっても、かなり分かりずらかった・ややこしかったのではないでしょうか?

この制度を導入する際には、残業代削減等のメリットと労務管理等が煩雑になるデメリットを考え、御社で導入すべきか慎重に検討すべきです。少しの残業代削減のために、労務管理コストが大幅に上昇することがある上、実際の仕事の繁閑に対応できないこともあり得るので、くれぐれも注意してください。

変形労働時間制の導入に適している会社と不適切な会社があります。社労士等からの、「変形労働時間制を導入すれば残業代が削減できる」等の勧誘には注意してください。間違った運用を行えば、御社が法違反を問われることになります。

以上を踏まえて、改めてお聞きします。

「御社では、正しく変形労働時間制を導入していますか?」

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のび太の特技「早撃ち、あやとり、昼寝」が示す青天井の潜在能力

国民的な漫画・アニメの1つ『ドラえもん』。ドラえもんは、ダメ人間であるのび太を一人前にするため、人並みの大人にするために未来からやってきたというのが定説ですが、メルマガ『8人ばなし』の著者の山崎勝義さんは、少し違った見方を示します。山崎さんが注目したのは、未来から持ってきた物が「おもちゃ」である点、そして、のび太の超人的な3つの特技でした。

『ドラえもん』のこと

私はあまり漫画を読まない。これは同世代(ことに男性)にあっては珍しいことのような気がする。別に漫画が嫌いという訳ではないから、おそらく幼少期にたまたま周囲に漫画がなかったためにそれを読む習慣が醸成されることなくそのまま成長してしまっただけのことであろう。

そんな自分が子供時代に唯一例外的に触れた作品が『ドラえもん』である。もちろん例外には事情がある。私は小学1年の時に大怪我をして半年以上学校を休むことになった。しかもそのうちの3ヵ月は入院である。これではあまりに可哀相だ、というのを名目にして弟が自身で読みたい『ドラえもん』を親に買ってもらっては病室に持って来てくれたのである。故に新品が届けられたことは一度もなく、どの本も散々に読み込まれた後のお古ばかりであった。

この弟チョイスは結果としては正しかった。漫画初心者の自分にはショートエピソード式の『ドラえもん』は大変読み易かったのである。私は暇に飽かして初めての漫画を読み込んだ。

今回はこの『ドラえもん』についての話である。『ドラえもん』にはのび太という所謂ダメ人間が出て来る。その性質は、

  • 注意力が足りない
  • すぐに飽きる
  • 重要なことを先延ばしにする
  • 同じ失敗を繰り返す
  • 基本やる気がない

といった始末である。

仮にこの辺のところを症状としてそのまま現代の小児精神医療的観点から再評価したなら、ほとんどの医師がADD(注意欠陥障害)と診断するのではないだろうか。その場合、第一選択薬は中枢神経刺激剤である。

ただドラえもんは未来の治療薬を持っては来なかった。その代わりに多くの「楽しい道具」を持って来たのである。「楽しい」と付したのはこれらの道具が全ておもちゃの類と言えるものだからである。現代のテクノロジーレベルからすれば極めて実用性の高い物でも敢えておもちゃと断じるにはもちろんそれなりの作品論的根拠がある。

あるエピソードにこういう場面があった。それは、

ドラえもんが大の苦手とするネズミに襲われた際にそのあまりの恐怖から正気を失い、四次元ポケットから地球破壊爆弾を取り出し起爆させようとしたところをのび太がすんでのところで制止する

というものである。

個人レベルで地球破壊爆弾を持っているということは未来の世界においては既にそれがおもちゃ程度の物であり兵器としての価値は全くないということでなければ世界の存続は危うい。地球破壊爆弾でさえそうなのだから他はまずもっておもちゃである。ドラえもんはこれらのおもちゃを持って何をしに来たのだろうか。

ドラゴン桜の指南役が伝授。勉強が苦手な子にもOK、最強の勉強法

ペン習字の練習ではよく「なぞり書き」をします。薄く印字されたお手本をなぞりながら、文字の美しいバランスを目と手で習得するのですが、実はこのなぞり書き、勉強の苦手な子どもに対しても有効なのだそうです。今回の無料メルマガ『親力で決まる子供の将来』では、著者で漫画『ドラゴン桜』の指南役としても知られる親野智可等さんが、「なぞり書き勉強」の実践法とその効用を詳しく解説しています。

「教科書をコピーしてなぞり書き」が最強のテスト勉強

勉強が苦手。どうやって勉強すればいいかわからない。こういう子はけっこうたくさんいます。こういう子にお薦めしたいのが「なぞり書き」勉強法です。

やり方は、教科書参考書の大切なところや問題集の解説などをコピーしてそれを鉛筆でなぞらせるだけです。必要に応じてグラフや表などもなぞります。

文字が小さいとなぞりにくいので拡大コピーします。教科書などの判型にもよりますが、A3の紙にコピーする場合、175パーセントくらいに拡大することができます。

また、コピーした文字が濃いとなぞった感じが出ないので、できるだけ薄くなるようにコピーします。そのためには、コピー機を文字モードでなく写真モードにして、さらに一番薄くなるように設定します。なぞるときの鉛筆の濃さも大事で、薄い鉛筆だとなぞった感じが出ません。2Bくらいの濃さは必要です。

拡大コピーした紙に直接書くのではなく、トレーシングペーパーをかぶせて書く方法もあります。その場合、ずれないように数カ所をダブルクリップで止めます。なぞり書きしたときの仕上がりがきれいになるので、こちらの方を好む子もいます。

なぞり書きの効果はたくさんあります。

  1. やることが明確で取りかかりのハードルが低い
  2. 書いたものがたまるので、「勉強した」という達成感がある
  3. 勉強の一つの型を覚えるので勉強の習慣化につながる
  4. 書いている間に今まで気づかなかったことに気づく
  5. 書くことで記憶に残り勉強内容が定着する
  6. 促音や拗音の書き方、句読点や括弧の使い方、改行の仕方など、表記能力が上がる
  7. 指の筋肉が鍛えられて書字能力が上がる

ただし、「とにかく書くことが苦手という子には向きませんので、ご注意ください。

小・中学校でおこなうテストは、すべて教科書をもとに作られています。つまり、教科書はあらかじめテストの答が書いてある虎の巻なのです。ですから、教科書を徹底的にマスターすれば、学校のテストでよい点数を取ることができます。

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「人は何かの犠牲なしには何も得ることはできない」は本当だった

多忙なビジネスパーソンが一念発起して新しく何か始めようと思っても、継続して成果を出すことは容易ではありません。今回の無料メルマガ『弁護士谷原誠の【仕事の流儀】』では著者で現役弁護士の谷原誠さんが、仕事や勉強などの「やりたいこと」で成果を出すためには、なぜ何かを「犠牲」にしなければならないのかについて、具体例を交えながらわかりやすく解説しています。

痛みを得る勇気

こんにちは。弁護士の谷原誠です。

勉強でも仕事でも、成果を出そうとしたら、「頑張る」ことが必要です。たとえば、資格試験に合格しようと思い立ったら、参考書を買い込んで、「よし!頑張るぞ~!」と決意します。そして、当日あるいは翌日から勉強を始めるわけです。仕事でも同様でしょう。

しかし、多くの人は、途中で挫折し、成果を出すことができません。実際に「頑張ろう!」と決意し、頑張っています。でも、結果が出ません。

その一つの要因は、「頑張ろう!」という前向きな気持ちは持っていても、「犠牲にするという痛みを伴う覚悟が足りないことです。

たとえば、TOEIC900点を目指そう、という決意を持って勉強を始めようとします。計画を立てる際には、「1日3時間」とか、勉強時間を決めることでしょう。睡眠時間を削るのは非効率なので、今まで他のことに使っていた3時間を、英語の勉強にあてる、ということを意味します。

私たちは多くの場合、ここで、「何を犠牲にするかを考えません。必ず3時間を確保するためには、同僚からの飲み会を断って、「付き合いの悪い奴だ」と言われるかもしれません。飲み会に付き合っていたら、その日、3時間を確保できないこととなります。ネットサーフィンで情報収集するのが日課だったら、それを辞めることになるかもしれません。

これらが犠牲というものです必ず痛みを伴います

このような場合に、私たちは、往々にして、「そんなことは言っても、同僚や友人との付き合いも大切だ。円滑な仕事に支障が出てしまうではないか」「常に情報収集していないと、特に営業職の自分では雑談の際に支障が出てしまう」などと、犠牲を払わない自分を正当化してしまいます。そして、その結果、途中で挫折して、成果を出せなくなってしまう、ということです。

前向きな気持ちの時には、なかなか痛みを伴う覚悟は持ちにくいものです。成果を出す、頑張る、ということは、自分の時間と情熱をそこに集中させていく、ということです。ということは、その反面で、必ず何かを犠牲にしている、ということでもあります。

犠牲にする勇気を忘れないようにしたいものです。

今日は、ここまで。

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思春期の子どもを持つ親が身につけたい「聴く姿勢」4つのポイント

親と子の会話が、あるときギクシャクし始め、親のほうが子どもの顔色を伺うようになってしまう。思春期の子を持つ親御さんにはそんな悩みを抱える人も多いようです。メルマガ『子どもを伸ばす 親力アップの家庭教育』の著者で家庭教育のプロの柳川由紀さんが、「自分はもう大人」と自覚し始めた年頃の子どもとの会話のコツと、気をつけたい「言行不一致」についてアドバイスしています。

どう聴く?思春期の子どもの話

Question

shitumon

娘との会話では、最後には必ず娘がキレます。「お母さんに聞いてもらっても結局、最後はお説教になるからイラつく」と言われてしまいます。私はそんなつもりはなく穏やかに話しています。

娘と会話することに、最近は構えてしまってご機嫌取りのようになってしまいます。上手くコミュニケーションを取るにはどうするのが一番良いのでしょう?(高1女子のお母様より)

柳川さんからの回答

思春期の子どもは子どもの面を持ちつつも、「自分はもう大人」という自覚も移行期です。親からの干渉や、子ども扱いに抵抗します。そんな時期の子どもとの会話のコツをお伝えします。

1.子どもはただ聴いてほしい

反抗期の子どもでも、本心は親に話を聴いてもらいたいと思っています。ですからまずは、否定せずにとことん聴くことです。自分の考えを持つようになった子供の話を「うん、うん」「そうなの」「そう思ったのね」「あなたなりの考えがあるのね」と受け止め、聞き役に徹することです。何かを伝えたいのであれば、子どもが「私の話をしっかり聴いてもらえた」と思えてからにしましょう。

2.基本は「傾聴」

傾聴というと難しそうですが、「相手の良いところを知る」ための聴き方とも言えます。「聴くためのスキル」でもありますが、その先にあるのは相手を知ることです。聴く姿勢のポイントとしては次の4つがあります。

  1. ペーシング(相手のペースにあわせる)
  2. ミラーリング(鏡のように同じことをする)
  3. バックトラック(おうむ返し)
  4. 要約(タイミングに応じて要約する)

おうむ返しの例として、東京巣鴨にあるマックは、日本で一番リピート率の高い店として有名だそうです。その理由は、傾聴のスキル、ペーシングとバックトラックを使っているからとも言われています。

例えば「ジャガイモ揚げたやつ1つ」と言われると、相手に合わせて「ジャガイモの揚げたやつ、1つですね?」と答え、決して「ポテトフライ1つですね?」とは言わないのだとか。これが、相手の話を聴いているということなのでしょうね。

3.大人と話すつもりで

親は我が子に遠慮がないですから、ついついきつい口調や、ぞんざいな口調になりがちです。思春期の子どもたちは、「自分はもう大人」と自覚を持っていますし、尊重して欲しいと思っています。ですから、子どもを近所の大人だと思って話をしてみましょう。そうすると、親もぞんざいな口調ではなく、踏み込みすぎずに会話をできるはずです。

「とんちの一休さん」から程遠い、禅僧一休の破天荒「風狂」人生

テレビアニメ「一休さん」のモデルと言われる禅僧一休宗純は、頭の良い子であったことは間違いないようですが、その生涯は、僧侶のイメージからするとかなり破天荒だったようです。メルマガ『8人ばなし』の著者の山崎勝義さんは、残した書と重ね、一休という人物の生き様を論じています。ぜひ、一休書「諸悪莫作、衆善奉行」を画像検索の上お読みください。

一休のこと

室町時代の禅僧一休は自らを「狂雲子」と号した。この狂雲という言葉は禅宗における境涯の一つである「風狂」から来ている。さて、この風狂という漢語であるが読む時には少しばかり注意が必要である。現代では「風狂」の「風」の字が「風流」の「風」と結び付けられ「風流狂い」即ち風流人の意で使われることが多い。

しかし「風」の字には「風邪」の例からも分かる通り、元々病気という意味もある。中でも「風漢」「風疾」「風癲」など心の病気を指すことが多い。

逆説的な物言いになってしまうが、自分のことを「狂」という者は間違いなく「狂」ではない。人(特に知識人)が自分で自分のことを「狂」と言う時、それは寧ろ「理性の化物」という意味に近い。一休もそうである。例えば、僧籍にありながら青年期に自殺未遂を起こしたというエピソード一つをとっても、この中世人にはどこか近現代人の哲学的懊悩に通底するものがあるような気さえする。

こういった「理性の化物」の言行に触れる時、どうしてもそこに裏や腹を感じない訳にはいかないから、結果どうにもこうにも捉えどころのない人物となってしまう。しかし、その手から直接生み出された作物に当たると、いくらかはその人物像が見えて来るような気がするのである。というのも、芸術作品に触れて感じる印象はそれがどんなに主観的なものであっても、そこに存在するある種の直観的普遍性を否定できないからだ。

一休は能書家であったから、それには書が最適であろう。

諸悪莫作(しょあくまくさ) 衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう)

これは、一休の書の中でも特に有名なものである。まずは画像検索などで観ていただきたい。意味は「悪いことはするな」「善いことをしろ」である。一応訓読しておくと、

諸悪、作す莫れ(しょあく、なすなかれ) 衆善、奉り行へ(しゅうぜん、たてまつりおこなえ)

という感じであろうか。

この書を観てまず感じるのはその躍動感である。「諸悪」と力強く、そしてしっかりと書き出され、「莫作」はアクロバティックな動きを見せる。「衆善奉行」に至っては「衆」のみがズンと書かれ「善」の字を助走にこれまたアクロバティックな「奉行」と続く。それにしても後半部分の字の崩し方は凄まじい。ここに一休という人間の生き様を重ねると猶凄くなる。

まさかのがんリスク。飲んではいけないドリンクとは?

果物をよく食べている人ではがんのリスクが減るという医学的エビデンスは多数あるのに、100%フルーツジュースにはがんのリスクがあるそうです。最近の医学研究が明かす衝撃の事実を伝えるのは、メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者で現役医師の徳田先生です。徳田医師は、砂糖入り飲料やフルーツジュースがなぜ身体に良くないのかを解説。人工甘味料入り飲料に関する最近の研究についても言及しています。

カラダに良い清涼飲料水はあるのか?

清涼飲料水とは容器に入った飲み物です。ただし、乳製品とアルコール飲料を除きます。ミネラルウォーター、炭酸飲料、果実飲料、スポーツ飲料、野菜飲料、栄養ドリンク、コーヒー紅茶飲料、豆乳、茶系飲料などがあります。自販機が普及し、コンビニが発達している日本では、清涼飲料水の消費が増加しており、1人当たり年間で約180リットルを消費しています。

消費が増えている理由は、手軽さ、美味しさ、製造元からのコマーシャリズムに加えて、地球温暖化による気温上昇の影響もあると思います。清涼飲料水のうち最も人気があるのが炭酸飲料、それに続くのがミネラルウォーターです。私は、主にサンピン茶や無糖無添加アイスコーヒーを愛飲しています。一方で、砂糖入り飲料や果実飲料は飲まないようにしています。

私が砂糖入り飲料や果実飲料を飲まない理由は、単純に「身体によくない」からです。無糖コーヒー飲料、豆乳、茶系飲料などは健康に良いのですが、砂糖入り、果糖入りの飲料は身体によくありません。ブラックコーヒーだとヘルシーなコーヒーでも、加糖になると不健康な飲み物になるのです。また、果物をそのまま食べると健康によいのですが、果実飲料として飲むと果糖が急速に吸収されます。果糖も砂糖の一種なので、果糖を液状で飲むと健康に良くないのです。

砂糖入り飲料と病気のリスク

砂糖入り飲料(果実飲料も含む)はカラダに悪いにもかかわらず、世界的なコマーシャリズムの影響で世界でも消費が増えています。結果として、世界の人々を不健康にしているのです。世界中では、20万人以上の人々が、砂糖入り飲料の飲み過ぎで死亡しているという試算もあります。

普段から砂糖入り飲料を飲んでいると、体重増加、肥満、糖尿病、虫歯、そして高血圧や心血管疾患のリスクが高まります。砂糖入りのコーラ、ソーダ、コーヒー、紅茶、スポーツドリンク、そしてフルーツジュースなどの習慣的な飲用は避けてほしいです。

それでは、ダイエットコーラなどの人工甘味料入りの清涼飲料水はどうでしょうか。最近の研究によると、人工砂糖の飲み物でもやはり健康に良くないことが判明してきています。体重増加、肥満、糖尿病、高血圧のリスクが高くなります。また、ある種の人工甘味料は腸内細菌叢を乱し、耐糖能が悪化して、糖尿病になりやすくなることがわかっています。

客の「体験したい」欲をくすぐるのは、いつだって自由な発想だ

多くのお店が「おもてなし」の気持ちを表す演出に趣向を凝らしている昨今ですが、接客販売コンサルタント&トレーナーの坂本りゅういちさんが衝撃を受けたというのが、とある居酒屋さんの試み。一体どのようなものだったのでしょうか。坂本さんが自身の無料メルマガ『販売力向上講座メールマガジン』で紹介しています。

店中がキャンバス

少し前に、ある居酒屋に行ったら、こんなことがありました。取引先の方が予約してくれていたお店で、店に着くと、テーブルに小さなイーゼルがあり、そこに、「〇〇様今日は楽しんで行ってください!」みたいな言葉が書かれていたのです。

居酒屋なんかだとよく見る演出ですが、「お客様を楽しませようとしているんだな」程度に見ていました。とはいえ、こういう演出をしているお店は決して少なくはありません。

しばらく、美味しい食事と飲み物をいただいて、帰ろうとしていたら、スタッフの方が、同じような言葉を書いているところに遭遇しました。しかし、その書いているものは、私たちと同じような紙ではなく、テーブルの横にある窓ガラスだったのです。あとで拭き取れるペンを使って、窓ガラスいっぱいに、「〇〇様、本日は…」みたいな言葉を書いていたのですね。

たったそれだけのことなのですが、個人的にはちょっとした衝撃を受けました。というのも、恥ずかしながら、店全体をキャンバスにするという自由な発想が、私にはできなかったからです。

最近は、お店でしか得られない体験をしてもらうためにと、いろんな演出をしているお店が増えています。店の中に坂道を作ったという自転車屋などは、一時期話題になったりもしました。画家を呼んで個展を開き、商品とリンクさせて、楽しんでもらおうという店もあります。そういった特殊なイベントや演出だけでなく、ちょっとしたPOPを改良して、楽しませようとするお店もあります。

どれもこれも、実際に行ってみたい、体験して見たいと思わせてくれるようなものばかりなのですが、そこには、普段の感覚とは違う発想が必要です。

冒頭の「〇〇様」と書かれた紙1つ取っても、ありきたりな紙に書いてあるだけの店もあれば、店をキャンバスに見立てて、窓ガラスに書くということもできます。それも、発想の1つですし、ひと味違った演出になってきます。

「店は汚してはいけない」「これだけしか使ってはいけない」という制約はあるかもしれません。でももしかすると、その制約は勝手な思い込みで制約になっているだけで、本当はそういった制約を外せば、できることは一気に増えるかもしれません。これからの店づくりには、そういう考えができる発想が必要なのだと思います。

窓ガラスに書くなんていうのも、他でもやっていることではありますが、そこに至る発想ができるかどうか。そんな観点で店をもう一度見直して見ると、できることの幅が広がるかもしれません。

今日の質問です。

  • 今、店でやっている演出にはどんなものがありますか?
  • その演出の制約を外すとしたら、どんな楽しい演出ができそうですか?

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「なぜ、学校で金髪はダメ?」現役教師からの回答が目からウロコ

日本の教育現場や職場でまかり通る「金髪=悪」の法則は、多人種混合の世界的視野からは、奇妙に映ると言えるかもしれません。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では現役教師の松尾英明さんが、「なぜ金髪はダメなのか?」といった問いに論理的な回答を用意することもできていない教育現場の矛盾が、そのまま日本社会の「謎ルール」として引き継がれていることを指摘しています。

「金髪に染めてはいけない」をどう考えるか

教員採用試験対策として、一部の学生の相談も受けている。その中で「金髪に染めた子の親から頭髪も個人の自由ではないのか」と問われたらどうするか、というのがあった。

これはなかなか面白い。採用試験の答えとしては、最終的にきちんと親に理解してもらい金髪をやめてもらうという方向になるだろう。当然である。そのまま認めてしまうといった無対応や、無理矢理染めさせるというような体罰的回答では落選確定である。

しかし、本当の現場を想定すると、ここはなかなか考えるべきところである。根本的なところまで深堀りして考えてみる。

金髪自体が悪この説は当然成り立たない。世の中から相当な批判を食らうことになる。人体の特定の色が正しいとか正しくないとかいうことは、人種差別問題でもある

次に出るのが「それが遺伝による自然な色ならいい」という考え。つまり、不自然だからダメということである。見るからに「金髪の人種」の人であれば問題ないということである。

この説で問題になるのが、生来色素が薄い子どもたちである。髪の毛の生来の色が、かなり明るい茶色なのである。しかし顔は日本人。「染めた」「染めてない」で揉めることになる。これは主に中学での黒染め強要事件」として枚挙に暇がない。ちなみにこの考えに沿うと、白髪染めは悪、かつらも植毛も悪、パーマもカットも悪である。「ファッション」「装飾」という概念自体への否定である。

それを出すと、ここに続けて出るのが「大人はいいが子どもはダメという考え
これはよく例に出す、中学校の「一年生は白い靴下ワンポイント以外ダメ」みたいな謎ルールの仲間でもある。

この説が最も広い支持を得ている。この説には、理屈があるだけで、明確な理由はない。「頭皮への影響」「学校にそぐわない」等の理由付けはできるが、どれも今一つ歯切れが悪い。なぜかというと、かなりの部分が大人にも当てはまってしまうからである。

ちなみにここまで書いておいて、私も多分実際には、髪色を戻す方向に家庭を促す。
なぜかというと、日本の学校社会において多くの人の支持を得ているのが、先の「大人はよくても子どもはダメだからである。これは「きちんとした接客業では金髪はダメ」というのと同じで「不快に思う人が多いから」である。特に、中年から高齢者の層には嫌悪感が根強い。そういう常識の中で生きてきたのだから、当然である。その集合無意識を今更変えることなど到底できない。

国際社会としての常識はどうか。頭髪を含めたファッションは「場に合うもの」というのがセオリーである。場がオープンであるほど、自由度は増す。フォーマルなパーティーにおいての服装と、ホームパーティーのファッションが違うのは当然である。
また様々な人種と文化が混じるオープンな国においてその自由度が増すのも当然である。

日本の学校社会というのは、オープンな場ではないということである。かなり閉鎖的である。よって、小学生段階で金髪に染めていて、後々に周囲に拒否されることは十分に予測可能なことである(子どもたち同士の間では特に抵抗がないかもしれない)。だから、「指導」対象となる。

場の常識が変わらない限りこの流れは変わらない。金髪でもピアスでもいいじゃないかというのは簡単だが、場の常識がそれを認めない。もしここに異論があるなら、場の常識を変える必要がある。

学校の常識、日本社会の常識。これを見つめ直すにおいても、この「金髪染め問題」は考えるべき題材である。

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