【映像】東京・新橋のビルで爆発、ケガ人も。SNSに動画…現場は騒然

3日午後3時15分頃、東京・港区新橋のビルで爆発音と共に煙があがっていると通行人から通報があったと、NHKやテレビ朝日などマスコミ各社が一斉に速報で報じた。SNSには爆発後の火災と煙があがっている様子、心配そうに見守る人の映像などが投稿されており、いかに爆発の勢いが凄まじいものであったかを物語っている。現場周辺にはガラスなどの破片が散乱し、騒然となっているようだ。東京消防庁が消火活動にあたっており、すくなくとも4人の軽傷者が出ているという。

爆発現場はJR新橋駅の西側

報道やSNSなどによると、爆発があったのは港区新橋3丁目2-2付近で、烏森通り沿いの飲食店などが入る雑居ビル。下記のストリートビューに映るビルの2階で爆発が起きた模様だ。

SNSには、現場付近にいたネットユーザーによる動画の投稿が相次いでおり、爆発の様子をうかがい知ることができる。時事通信の報道によれば、少なくとも男女4人のケガ人が出ているという。

新橋爆発、SNS上に動画が多数投稿される







image by : Carbonium, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

裏切り者は許すまじ。プーチンが開始するプリコジンへの復讐と攻撃

「モスクワ決戦」というプーチン大統領にとって最悪の事態にまで発展するかと思われるも、あっけない結末を迎えた「プリゴジンの乱」。その蜂起の理由については謎が深まるばかりですが、真相はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、その背景を独自ルートで入手したさまざまな情報を総合し推測。考えうる複数の「シナリオ」を上げ、各々について詳しく解説しています。

壮大な「プーチン劇場」の一幕か。プリゴジンの乱の先に起こりうる、とてつもない事態

「ワグネルが離反し、ロシア軍の戦闘ヘリを撃墜し、そして南部の要衝ロストフナドヌーのロシア軍基地を占拠した」

「ワグネルはモスクワを目指し、瞬く間にモスクワまで200キロメートルのところまで進軍した」

ワグネルによるロシアへの“反逆”の一報が入ってきたとき、「一体何が起きているのだ?」と混乱し、「もしかしたら意外なところから綻びが生まれて、一気にロシア・ウクライナ戦争が終わるかもしれない」と感じるほどの驚きでした。

「このまま様子を見守るしかないが、意外と早くモスクワが堕ちるかもしれない」と思っていた矢先、僅か30時間ほどのワグネルによる反逆(平和の行進)は意外な結末を迎えることとなりました。

それはワグネルがモスクワまで200キロメートルほどのところまで迫った後、急に反転して、元来た道を戻り、ロストフナドヌーに向けて引き返したことです。

この引き返しが起きるまでの間、ロシア政府内ではワグネル追撃および国家反逆罪での逮捕・拘留、ワグネルのプリコジン氏に対するFSBの捜査の開始といったように、プーチン大統領サイドも徹底的に対応する動きを取っていました。

ワグネルによる反逆の一報がもたらされるとすぐにプーチン大統領は演説を行い、裏切り者を徹底的に処罰すると宣言し、非常に興奮した状態であったように見えます。

実はこの時、モスクワへの進軍を止めるべく、1万人からなるロシア軍の精鋭部隊(首都防衛隊)がモスクワ郊外に展開しており、ワグネルがモスクワに入ろうとした場合には壊滅する命令をプーチン大統領から受けていたようです。

そのような状況をつぶさにプーチン大統領から知らされていたベラルーシのルカシェンコ大統領は、20年来の付き合いを活かして、プリコジン氏に7回から8回にわたって電話で説得を行い、24日の反転に繋がったというのが表向きのお話です。

その際、ルカシェンコ大統領曰く「このままモスクワに進軍したら、待ち構えている首都防衛隊の精鋭部隊に虫けらのように潰される」「プリコジン氏とワグネルの戦闘員をベラルーシに受け入れる用意があり、身の安全は保障する」「ベラルーシ国内の使用していない基地をワグネルに提供する用意がある」などとプリコジン氏に伝え、モスクワ決戦という最悪のシナリオを回避させたそうです。

またプーチン大統領に対しては「今は国内で戦争をしている場合ではない。いろいろと思うところはあるだろうが、bad peaceを選択すべき時だ」と自制を促し、それに対してプーチン大統領は「約束は遵守する。ワグネルの戦闘員はこれまで英雄的な戦いをしてきた。もしロシア軍との契約を望むなら受け入れるし、ベラルーシ行きを選ぶならそれも尊重する」と回答したことで、24日の“内戦回避”に至ったというお話です。

実際にはどうだったでしょうか?

結果的に、ロストフナドヌーに戻り、軍に拠点を返還した後のプリコジン氏とワグネルの動きは消息不明とされていましたが、ベラルーシに入国したようです。とはいえ、その姿はまだ捉えられていないため、注意が必要だと考えます。

この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ

地方の「お土産地ビール」の可能性は?人気コンサルが厳しい見解

都市部では国内や海外から取り寄せて、毎日10種類以上のクラフトビールを樽から提供するタップバーが当たり前の存在となっています。また、地元の小さな醸造所がつくったビールを料理とともに提供する直営店も増えています。こうしたクラフトビールビジネスを地方で成功させるには何が必要なのでしょうか。『永江一石の「何でも質問&何でも回答」メルマガ』著者で人気コンサルの永江さんは、ただラベルを変えただけのお土産物的な「地ビール」に芽はないとズバリ。地元の特徴を生かした「本当に美味しいもの」を提供できて初めて可能性が生まれると伝えています。

地方のクラフトビールビジネスについて

Question

shitumon

現在都内在住で、地元でのクラフトビールビジネスを検討しています。永江さんからのご意見をお願いします。

<ロケーションについて>

  • 場所は地方温泉地
  • 近くには温泉宿泊施設は勿論、足湯等の施設があり、観光客が多い。
  • 有名なInstagram等の撮影スポットが近くにあり、それ目的に訪れる人も多い。
  • 近隣にはUターンや移住で、カフェやマフィン専門店などが増えてきており、過疎化が進む地域の中では活性化の兆しがある。
  • ミニマムな地域であり、近隣の他の温泉からも、地域を跨いで旅行者は訪問している。
  • インバウンド客はまだ少なく、近隣の政令指定都市等からの観光客が多い。

<販売商品(クラフトビール)について>

  • 温泉地なので、温泉水は勿論、湧水等が有名なので、それらを使用した商品をラインナップ。地元食材を使用した季節商品も検討。
  • 路面ブルワリーについては、販売は勿論だが、基本的にはお客様とのタッチポイントとしての役割。
    (路面販売商品を海辺に持っていって頂き、夕日と併せたSNS投稿を期待できるのでは?)
  • 現状、空港や道の駅での土産販売で地元焼酎等の取り扱いはあるが、ビールは無い。
  • クラフトビールの単価等を考えて、地元民が日常に飲むビールでは無いと思われる。(手土産等は可能性あり)

<その他補足>

  • 都内在住ですが、私自身がここ数年、その地元で町おこしイベント等を手掛けていることもあり、協力者も多く、人材は確保できる見込み。
  • S級の有名観光地ではないが、県内にブルワリーも無く、道の駅や空港等での卸販売がメインで成立するのではないか?

永江さんからの回答

今は、地ビールは全国に何百種類もあるので、よほど美味しいものを作れない限りはあまり儲かるものではないのでおすすめしませんね。もしやるなら、その地方特有の果物や食材を使ったお酒を造るとか、名産品とセットで楽しめるビールを提供する方が良いと思います。

この記事の著者・永江一石さんのメルマガ

Google日本元社長が憂慮。国民に回って来る岸田首相を野放しにした“ツケ”

たびたび取り沙汰される、バイデン大統領の奇行や失態。つい先日は日本の防衛費の大幅増額を自分の手柄とするような「失言」が物議を醸しました。なぜ一国の大統領たる人間が、そのような不用意極まりない発言をするに至ったのでしょうか。今回のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』では『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作でも知られる辻野晃一郎さんが、一連のバイデン発言の意味するところを解説。さらに対米追従一辺倒の岸田首相を野放しにする日本国民に対して強い警告を発しています。

危機を煽り「防衛費増」強要。米の言いなりで最前線に立たされる日本

6月16日、米コネティカット州で開催された銃規制法案関連の会合で演説したバイデン米大統領は、突然「God save the queen, man!(女王陛下万歳!)」と言って演説を締めくくり、波紋を呼びました。

最後のmanというのは特に意味はないのですが、boyなどと同じく、相手に呼びかける時や驚いた時などに若者や黒人がよく使う表現です。大統領がスピーチで使うのはあまり品がいいとは言えないのですが、バイデンは好んで使い、トランプに向けた「Will You Shut Up Man?」というTシャツやパーカーを作っているほどです。

この時の映像はこちらをご覧ください。

聴衆が拍手の瞬間、場違いな締めくくりの言葉に少し戸惑っている雰囲気が感じ取れます。またこの後、ステージのどこから降壇していいのかわからなくなり、SPか側近が慌てて駆け寄ってエスコートしている様子もわかります。

他にも、先週、インドのモディ首相が訪米したときのセレモニーで、モディ首相の手を握ったまま離さなくなってしまい、咄嗟に夫人のジルが歩み寄ってサポートする映像なども出回っていました。こちらをご覧ください。

バイデン大統領は、もともと不規則発言が多いことで知られていますが、加えて、最近は上記のような奇行も目立つようになり、認知症の進行がまことしやかに噂されています。さらには、最新の話題として、息子のハンター・バイデンの問題で、IRS(米国の国税庁)から内部告発者が現れ、バイデン大統領と司法長官を弾劾する動きも出てきているようです。

日本人としては到底看過できないバイデンのトンデモ発言

そのバイデン大統領が、やはり先週20日、カリフォルニア州での支持者を集めた集会で、日本人としてはとても看過できないトンデモ発言をしました。以下のような主旨のものです。

「日本は防衛予算を長い間増やしていなかったが、私は広島を含め3回日本の指導者と会って説得した。彼自身が何か違うことをしなければと思うに至り、日本は防衛費を飛躍的に増やした」

日本の防衛費の大幅増額について、自らが直接岸田首相に繰り返し働きかけた成果だったとアピールしたのです。日本とNATOとの関連についても、

「日本も巻き込むことができると思っていた。日本が欧州での戦争に関心を持ったのはいつ以来だろうか」

などと述べて、ウクライナ支援に対する日本の積極姿勢も自分が引き出したものだとアピールしました。

ちなみに、この発言の中でも、バイデン大統領は岸田首相のことを「議長」や「大統領」などと何度も言い間違えた上で、結局首相(Prime Minister)という言葉が出て来ずに、単に「日本の指導者」と呼んでいました。広島のG7サミットでも「大統領」と言い間違えていたようですが、進行が噂される認知症の影響なのか、それとも日本や岸田さんの事をまるで下に見ていて無関心なのか、いずれにしても失態が目立ちます。

【関連】防衛費“大増税”で日本国民を殺す、岸田文雄「バイデン発言に抗議するフリ」の姑息

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大事なことはファミレスで学べる。なぜ飲食業のバイト経験が人生の役に立つのか?

多くの方が人生のどこかのタイミングで経験するアルバイト。マレーシアに11年以上滞在する文筆家で編集者ののもときょうこさんは、数多ある業種の中でも飲食業やサービス業でのアルバイトを強くお奨めするといいます。その理由はどこにあるのでしょうか。のもとさんはメルマガ『東南アジアここだけのお話【まぐまぐ版】』で今回、自身とお子さんの体験から導き出された「飲食業のアルバイトを推奨する訳」を紹介。その上で、「皆が一度は経験すべき」と綴っています。

私が飲食店でのアルバイトをお奨めする理由

長男がファミレスでアルバイトを始めてしばらく経ちます。

私は全員が一度は飲食業界(またはサービス業)を経験した方がいいと思っています。

生きていくための方法を増やす

長男が選んだファミレスは、夫が学生時代にバイトしてたのと同じ店でした。

しかし、意外にもコンプライアンスもちゃんとしていて、服取りに行った日にも時給を出してくれるし、無理なシフトは入れないし、割と働きやすいみたいです。

今回、いいなと思った理由は4つあります。

1つには、これまで海外で過ごしてきた人にとって、日本社会を経験できるよさがあると思います。

2つ目は、仕事の引き出しが増えることです。レストラン業界で働いている大人たちをみておくこと、すごく重要ではないかと思ったのです。

3つ目は、サービス業の基本がわかることです。レストランの仕事は同時進行しなければいけないことが山ほどあって大変です。

4つ目は、今の時代、「生きていく方法が増える」ことはいいことだと思ったからです。知的労働が激動する中、「安心な仕事」なんて多分ありません。

「なんとか生きていける方法」を1つでも多く見つけておくと、後の人生で「あーもうやだな」と思ったときに助けになります。

私が会社を辞められたのは、なんだかんだ言って、「飲食業で雇って貰えば、最低でも1日一食のご飯は食べられる」と思っているから。

あとは、他の仕事と組み合わせればいいだけです。例えば、ライター一本で食べていけない人も、飲食店と組み合わせたらやっていけると思うのです。

今のところ、割と居心地が良いようで、「俺、ずっとこの仕事でもいいな」と言い出しました。シンプルに誰かのためになっている実感が持てる、と。私もまったく同じことを学生時代に思っていました。

飲食業のスピード感を知ることができる

私も大学生時代、4年間、飲食店で働きました。

ファミレスではじめ、後半は掛け持ちでファミレス、そして市ヶ谷にあるコーヒーショップの3つです。

「4年生大学で、うちで4年間続ける人は少ないよ」とファミレスの店長に言われましたが、多分性に合ったのだと思います。

というか、楽しかったのです。それに当時はお金がなかったので、ご飯をいただけるので助かっていたのです。

初日には、ただ先輩について動きを観察するのですが、まずそのスピード感と手際の良さに圧倒されました。

意外だったのは、肉体労働でありながら同時に思考が必要なことです。

私はホールでしたが、混雑時にレジと新規来店と料理と3つ同時に重なったら、急いで帰りたいお客さんのことを考えてレジを優先。次に料理を出して、新規来店を案内する、と教わりまして、「なるほどなぁ」と思いました。当時はメニューの値段を暗記しなくてはならず、数字に弱い私は大変でした。

ランチやディナーの時間帯は走り回っていたことをよく覚えています。肉体労働なので、くたくたになりますが、ボーッとしている時間がなく、あっという間に仕事が終わります。終わったら、ぐちぐちその日のことを考えることもなく、スッキリです。

飲食業の良さは、お客さんと近く、さらには人に喜んでもらえる、シンプルな業態であることです。従業員なら、出かけて行って、働いて、帰って、寝る。そんな感じです(オーナーや、マネージャーや店長になると、数字が出てくると思いますが!)。

最後に働いたコーヒーショップだけは、だいぶのんびりしていて、オーナーとおしゃべりしたりする余裕がありましたが、ここはすぐに閉店してしまいました。最後の日は閉店が悲しくて泣きました。

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嫉妬心まで激減。結果が出る「最強モデリング法」4つのステップ

成功者の真似をするだけで成長が見込める「モデリング」という手法。その効果についてはさまざまなシーンで語られていますが、より高い結果が得られる方法が存在するのならば、是非知っておきたいものですよね。今回のメルマガ『菊原智明の【稼げる人、売れる人に変わる知恵】』では経営コンサルタントで関東学園大学で教鞭を執る菊原さんが、自身が実践して効力を実感した「最強モデリング」を紹介。その具体的な4つのステップをレクチャーしています。

間違いなく結果が出る“最強モデリング”

以前、ビジネス書で“モデリング”という概念を学んだことがある。

モデリングとは、「何かしらの対象物を見本(モデル)に、そのものの動作や行動を見て同じような動作や行動をする」ということ。

簡単に言えば“結果を出している人の真似をする”といったこと。シンプルだけど非常に効果的な方法だ。

どんなに凄い人でも「すべて1から自分でやった」という人はいない。

身近で結果を出した人、もしくは本などから“誰かをモデリング”してきたはず。結果を出すために欠かせないノウハウだ。

私が以前からやっているモデリングがある。これをやってもらえればグッと成長する。もちろん結果も出る。

さらに結果が出るだけでなく“嫉妬心が激減する”といったメリットもある。その方法についてご紹介させて欲しい。

まずは“尊敬している人をリストアップする”ということ。

目安は3人。必ず3人というわけではなく4人、5人でもいい。最低3人はリストアップして頂きたい。

営業職であれば、身近な「営業において参考になる」という人を探して欲しい。

その他にも

  • 仕事や時間術に長けている人
  • パフォーマンス、運動関係
  • コミュニケーション力に優れている人

などなど。いろいろな分野から上げていく。

そしてその方たちの“特徴や結果が出ている理由”を自分なりに考える。

考えるだけでなく“実際に書き出す”といった作業が重要。

  • 判断するスピードが早い
  • 人を巻き込む話術がある
  • 堂々とした態度で人と接している

などなど。正解とか不正解はない。自分が思ったことが正解なのだ。

さらには“これはすぐにできそうだ”ということを書き出す。

  • 出来るだけ1分以内で判断するようにする
  • 間を取ってゆっくり話すように心がける
  • 歩くときは背筋を伸ばす

などなど。こうした具体的な行動まで落とし込むといい。これだけでも十分な結果を感じられる。

これが出来たら次のステップへ。先ほどのリストの人について友人や家族に「Aさんという人がいてね。Aさんのすごいところは…」と話をするということ。

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市川猿之助は入院先で「死にたい!」と錯乱も…残る“証拠隠滅”の謎

6月27日、歌舞伎役者の市川猿之助(本名、喜熨斗孝彦=きのし・たかひこ)容疑者(47)が、母親への自殺ほう助の疑いで逮捕されました。事件の謎はいまだに多く、父・市川段四郎さんの死亡に関して、何かしらの容疑で再逮捕の可能性を報じるメディアもあります。芸能記者歴30年のベテランジャーナリスト・芋澤貞雄さんは、“憑依型”の役者だった猿之助容疑者の才能を惜しみつつ、今後、警察がどこまで真実に迫る事ができるのかを注視しています。

週刊誌が“再逮捕”の可能性を報じる

ドラマファン…特に“役者・市川猿之助”ファンにとっては何とも悲しいニュースが飛び込んできました。

実母に対する自殺ほう助容疑で逮捕された市川猿之助こと喜熨斗孝彦容疑者が出演した『鎌倉殿の13人』他8作品を、『NHKオンデマンド』が7月1日23時59分で終了すると発表したのです。

どんな理由があれ、実母を手に掛けるという行為は許されるものではないでしょう。

そんな犯罪者の顔は見たくない…という気持ちも十分理解できますが、個人的に私は何とも複雑な心境です。

『鎌倉殿~』の、行動力はあるものの乱暴者で無学な謎の怪僧・文覚ともう永久的に会えないのか…と思うと、胸の中から何か甘酸っぱいものが込み上げてきます。

毎週欠かさず観ていた名作が、記憶からフェードアウトしてしまうのは本当に残念でなりません。

もしかしたらNHKも、ファンミーティングであんなに盛り上がった作品ですから、続編とかSPとかの構想も考えていたのかもしれません…皮肉にも配信停止を予想して注文が殺到していたといわれるDVD・Blu-rayも、今は再入荷の見込みが立っていないといいます。

『劇場版 緊急取調室 THE FINAL』(テレビ朝日/東宝)には総理大臣役で出演していた猿之助ですが、こちらは代役で撮り直すことが決まっているものの、“猿之助の代役”に役者が決まらず、総理大臣を女性にしたり、脚本自体を書き直して取り直すプランも出ているそうです。

しかし取り直すとすれば、主演の天海祐希他のスケジュールも押さえなければいけなくなるわけですから、ほぼほぼお蔵入りゾーンに突入しているような状態でしょうね。

他にも『テレビ東京』は出演部分をカットした『カンブリア宮殿』を『テレ東BIZ』で配信する事にしたり、『TBS』では『半沢直樹』の配信を停止か継続か検討中だといいます。

“作品に罪はない”とか“有料配信なら観たいと思う人が観るだけ。それを提供する側が停止してしまうのは違うと思う”等の意見も多々聞かれますが、いずれにせよ猿之助出演作品に関わった全ての関係者は今、てんてこ舞い状態でしょう。

さて、喜熨斗容疑者の逮捕を受けて『女性セブン』と『FRIDAY』は立て続けに“再逮捕”の可能性を報じています。

 

取り調べで、両親の死因に繋がる薬物やビニール袋、コップまでを秘密裏に処分していたことが判明した喜熨斗容疑者。

家族会議で自分が後始末をすることになったと話しているそうですが、何故自宅ではなく“自宅近くのごみ集積所”に持って行く必要があったのか…。

御両親が亡くなってしまった今、御両親が遺した文章や映像が見つからない限り“死人に口なし”です。

そこまでして何かを隠したいのかはわかりませんが、猿之助が一流の歌舞伎役者であり、一流の演者だったことは紛れもない事実です。

“憑依型”の役者であることは前出した、観ている側に鳥肌さえ立たすような芝居を見れば一目瞭然ですし、もしかしたら取調室にいる“役者・市川猿之助”を、“喜熨斗孝彦容疑者”がどこからか傍観しているような感覚さえ持っているかもしれません。

“殺人容疑をかけられている良家の子息”を演じている猿之助を楽しんで見ている喜熨斗容疑者が…。

 

サッカーでボールコントロールの巧みさよりも必要な才能は何か?

足でボールを扱うため「ミスのスポーツ」とも言われるサッカー。それだけにトラップ、ドリブル、リフティングなどのボールコントロールが上手い選手は才能があると称賛されます。しかし、その才能だけでサッカー選手として成功するとは限らないと考えるのは、サッカーの悩みを改善する動画(谷田部真之助.net)で活躍するサッカー家庭教師の谷田部さんです。今回のメルマガ『サッカー家庭教師:谷田部のブログでは書けない話』では、客観視や継続など、輝く才能を身に付け磨くための前提となる「才能」の大切さを伝えています。

サッカーで「才能が無い」とはどういうことなのか?

谷田部です。サッカーの才能が無い。いうのは簡単ですが、果たしてサッカーの才能とはどういったものなのか。才能あふれる。天才少年。という言葉もSNSなどやテレビというメディア内でも数多く見ます。

はたして、そうした才能の見極めはできるのか?否か。今日はそうした「才能」について書いていこうと思います。

ボールタッチが上手い。は才能か?

サッカーにおいて、才能というのはボールタッチが上手い。リフティングが上手い。ドリブルが上手い。という子に賞賛として浴びせられているように思います。特に低学年や小さいうちは、このような基準が顕著に見られます。とは言っても結局は素人的な判断が非常に多いのですが…。

確かにボールコントロールというのも才能の一つです。それでもそれだけでサッカーの才能がある。とは言えないのが難しいところです。下手すればボールコントロールやリフティングが上手い。を極めるとフリースタイルというリフティングの芸を披露するパフォーマンス集団的な方が向いていることもあるからです。

そしてはっきり言います。ゴールデンエイジとかガン無視でOKです。大人になってもボールタッチはいくらでも上手くなりますw

客観的に自分を見ることができる

サッカーを続ける限り、上記したボールタッチ系もそうですが、バランス感覚。ということが必須です。客観的にサッカーという競技と自分自身を見て何が秀でていて何が足りないのか?客観的に見た上で分析し、戦略を練っていく。このような能力も才能の一つだと思います。

これは習慣化とテクニックで補えるものと考えられます。ただ、当たり前に上手。と言われる子はこうしたことを自然と行なっています。

正しく自分の限界を超えていく

これも客観的に見た上での一つになると思いますが、正しく、自分の限界を越える。要するにきついことも受け入れて乗り越えていくこと。

ちょうど良い、居心地の良い環境に甘んじない。ということ。これを自分自身に課す。というのは大人でも難しいことです。日々を修行の一環と置き換えて自分自身の限界を薄皮一枚超えていくこと。これを継続していけること。習慣化を作り上げること。これも才能の一つと言えます。

とにかく継続

とにかく、しぶとく諦めることなく、繰り返し繰り返し正しく反復すること。これもできない時にはとても辛い時間が続きます。人間、自分ができない時を直視することほどつらいことはありません。

しかし、これを我慢強く続けることができるか。続ける習慣を上手に作る。環境を作る。正しく努力を継続できることも必要な才能。だと思います。

谷田部の考える「サッカーの才能がある」について

上記した才能の部分はいわばあるのは前提でのお話ですが──
(『サッカー家庭教師:谷田部のブログでは書けない話』2023年6月14日号より一部抜粋。続きはご登録の上、2023年6月のバックナンバーをお求めください)

この記事の著者・谷田部真之助さんのメルマガ

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美しいビブラフォンの調べに酔いしれて。あなたは幻の作曲家・平岡精二を知っているか?

貴方は、作曲家・平岡精二(ひらおか・せいじ)の名前をご存知だろうか?聞いたことがない人でも、彼の作曲した音楽を聴けばピンとくるに違いない。なぜなら、彼が遺した音楽は今も多くの人の記憶に刻まれているものばかりだからだ。まずは、この曲をお聴きいただこう。

2017年に亡くなった、あの「ドレミの歌」の作詞ならびに歌唱者でおなじみの歌手・ペギー葉山による「学生時代」である。今もCMなどに使用されているので、ご存じの方も多いはずだ。この曲の作詞・作曲を担当したのが、作曲家でビブラフォン奏者の平岡精二(1931-1990)である。

一方、ジャズのビブラフォン奏者としての平岡は、こちらの動画を聴けば理解できるのではないだろうか。

しかし、私たちは「平岡精二」という名前を今までほとんど目にしたことがない。そんな平岡の作品を2枚組のCDにまとめた初の作品集が今年春に発売された。今までベールに包まれていた天才作曲家の偉業が、初めて一つのCDパッケージにまとめられたことになる。

では、今まであまり語られることのなかった作曲家・平岡精二とは一体どんな人物だったのだろうか? その謎を解くには、まず彼の生い立ちを紐解かねばならない。それは、山あり谷ありの人生を送った音楽家の「波乱万丈」の物語であった。

 天才作曲家の波乱万丈人生

ここで平岡の生い立ちをご紹介しよう。平岡精二は1931年8月13日、東京・麻布生まれ。徳川家の家臣に遡ると言われる名家に生まれた彼は、幼いときから父にピアノの手ほどきを受け、世界的な木琴奏者の叔父・平岡養一には木琴を、和声学を池内友次郎に師事している。13歳でNHKからクラシック木琴独奏者としてデビュー。しかし、叔父からクラシックよりもジャズの才能があると見込まれて背中を押され、方向転換する。

戦後、青山学院高等部在学中に浜口庫之助、犬丸一郎、益田貞信らとハワイアン・バンド「村上一徳とサーフライダース(のちのスウィング・サーフライダース)」に参加し、プロ入りを果たした。大学卒業後、1956年には自己のカルテットを結成。のちに宮川泰らとともにクインテットに改編し人気を得た。

1960年には東芝と専属契約を結び、メンバーを入れ替えて、帝国ホテルのディナー・ルームに腰を落ち着けて、洗練された純度の高いディナー・ミュージックに打ち込むようになる。

その後もメンバーの変動を繰り返し、規模の拡大・縮小を重ねながらジャズ・ヴィブラフォンの第一人者として人気を博すようになる。また、歌謡曲の作詩・作曲にも才能を発揮し、旗照夫「あいつ」、ペギー葉山「学生時代」「爪」などのヒット曲を発表。母校である青山学院大学校歌も手掛けている。1965年5月からはフジテレビの朝のワイド番組「小川宏ショー」の専属バンドとしてお茶の間に登場し、5年間のレギュラーを果たした。

しかし1970年の秋に突然バンドを解散、自身の会社「平岡プロダクション」も閉鎖して単身ハワイへと渡った。現地のホテルでバンドに加わり演奏を続けていたが、体の不調により、翌年4月には帰国。このとき平岡は、不眠解消のために酒量が増え、アルコール依存症で手が震えるほどの状態だったという。その彼を支えたのが、ハワイで再会した幼馴染の女性であり、帰国後に2人は結婚。しかし1年後に離婚し、その頃から平岡は不安神経症という奇病に罹って「再起不能」とまで言われ、完全に表舞台から姿を消した。

ところが1976年、銀座ヤマハホールで開催されたリサイタル「平岡精二リサイタル’76/まだやってます41才!」で奇蹟のカムバックを果たし、以降、創作・演奏活動に復帰。1981年には自作自演アルバム『平岡精二より愛をこめて』を制作・発表した(演奏:平岡精二クインテットとフレッシュ・ノーブル)。

1990年3月22日に永眠、享年58歳。音楽に生き、しかし音楽を辞め、そして再び音楽に返り咲く、「還暦」にも届かなかった太くて短い波乱万丈の人生だった。 (参考文献:ビクター・トレジャー・アーカイヴス『平岡精二ビクター・イヤーズ』ライナーノーツより)

在宅看護のプロフェッショナルが伝えたい「自主逝」のすすめ

日本で初めて訪問看護専門の組織を作った看護師・村松静子さん。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、そんな村松さんインタビュー記事の一部を紹介しています。彼女の言葉から学ぶ幸せな最期を迎えるヒントとは?

一人ひとりが自分自身で人生を選択する時代へ ~「自主逝」のすすめ~

日本で初めて看護師として「独立開業」を果たし、在宅看護という道なき道を切り開いてきた村松静子さん(在宅看護研究センターLLP代表)。

これまで数千人に上る依頼者の生と死に向き合い続ける中で、2011年にフローレンス・ナイチンゲール記章を受章されました。村松さんのお話に、幸せな最期を迎えるヒントを学びます。

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2011年には、よりよい在宅看護を求めて認定協会を立ち上げ、「メッセンジャーナース」の取り組みも始めました。

自分の意思が周囲にうまく伝わらない患者さんの代わりに、医師やケアマネジャー、在宅医などと連携し、ご本人の希望を叶えるために動くのがメッセンジャーナースです。

この活動は、いまでは36都道府県に広がり、約130名のメッセンジャーナースが患者さんと医療関係者の懸け橋となっています。

そして、これまでの在宅看護の体験から浮かんできたのが「自主逝(じしゅせい)」という言葉です。

これは私の造語ですが、誰かの指示ではなく自分の意思で死と向き合い、最期まで自分で行動しながら逝くことを意味しています。

人は皆「死」というものに直面した時、それまで経験したことのないやり切れなさや孤独感を味わい、感情のコントロールができなくなります。

しかし最期に辿り着く答えは共通しています。「せめて最期は私らしく逝きたい」ということです。

ただ、自分の希望を叶えて逝くことができる人は、ほんの僅かなのがいまの日本の現実です。

確かに医学は進歩しましたが、命を引き延ばすだけで、かえって本人や家族の苦しみを募らせてしまうことがあります。

「最期は家で」と願っていたのに、治療効果を期待してその時期を逃してしまうこともあります。それを当たり前として受け入れてしまっては、決して自分らしい逝き方はできません。

この21世紀は、誰かに従ったり、管理されて生きるのではなく、一人ひとりが自分自身で人生を選択し、楽しみ、努力し、死とも向き合い、最期まで自分らしく生きていく時代なのではないでしょうか。

ですから、最期を迎える時に自分はどのような場所で逝きたいのか、誰に傍にいてほしいのか、元気なうちからイメージし、家族ともしっかり話し合っていてほしいのです。

人生の最期まで自分らしく生きられるかどうかは、病気の種類や程度ではなく、その人の意思次第なのです。

※ 本記事は『致知』2019年12月号 特集「精進する」より一部を抜粋・編集したものです

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