上白石萌音、キュンとくる語感!?「夏休み、取った?」
女優の上白石萌音が27日、オフィシャルブログを更新。 「会いたい人に会えて活字を暴食して最高だったなあ」と夏を振り返った。 「秋めく頃に」と題して更新したブログは、「夏休みって素敵な言葉です。「夏、休み取った?」よりも「…
Details女優の上白石萌音が27日、オフィシャルブログを更新。 「会いたい人に会えて活字を暴食して最高だったなあ」と夏を振り返った。 「秋めく頃に」と題して更新したブログは、「夏休みって素敵な言葉です。「夏、休み取った?」よりも「…
Details普段使い慣れてなれている「比喩表現」を、言葉通りの意味に受け取るような人は滅多にいません。「洗濯機を回す」と言えば、洗濯機の中の洗濯物が回っているのだと、大抵の人は理解できますよね。とはいえ、なぜ私たちは比喩の表現から正しい意味を汲み取れるのでしょうか。今回の無料メルマガ『1日1粒!『幸せのタネ』』で、著者の須田將昭さんが考察しています。
先日、Twitterで知人が
洗濯機を回す?洗濯物を回す?あれれ?
と戸惑ってしまったということを呟いていました。私たちは日常生活の中で、特に何も気にせずに
洗濯機を回す
という表現を使います。これで十分に伝わります。でも冷静に考えてみると、あの大きくて重い機械を回すっておかしくない?と思ってしまいますね。
これは比喩の一つで「換喩(かんゆ)・メトニミー」と呼ばれるものです。ある概念の隣接性・近接性に基づいて、語句の意味を拡張して表現する方法です。「洗濯機を回す」と言っても、回っているのは中の洗濯物ではあるのですが、洗濯機の中に洗濯物が入っているという「隣接性」で、私たちは同一視して理解しています。
冬はやっぱり鍋がいいよね。
と言っても、鍋そのものをどうこう言っているわけではなく、中に入っている「鍋料理」を指しているのは明らかですね。
では、頭の柔軟体操の続きで、一つ、仲間外れを見つけてみてください。
さあ,どうでしょうか?4.の「一升瓶」は、さっきの「鍋」と同じタイプですね。一升瓶そのものを飲み干す人がいたら大変です。5.の扇風機は、最初の洗濯機の例と同じタイプ。1.の白バイは、バイクそのものに捕まったわけではなく、白バイに乗った警察官に捕まったのです。つまり、これも「隣接性」ということで同じグループ。2.の「漱石」は「漱石の作品」という意味で、これも慣用的な表現ですが同じグループです。他に「ベートベンが好きです」という言い方もそうです。
残るは3.の「書類の山」です。これは「隠喩(いんゆ・メタファー)」と呼ばれるタイプです。書類が積まれた様子が「山」と同じく「盛り上がった形」の「類似性」に着目した比喩です。ということで、正解は3.が仲間外れです。
私たちは、冷静に考えると突拍子もない表現を使っていることがありますが、ちゃんと理解できています。これが言葉と認知の面白いところです。
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フランスでのG7サミットは、史上初めて首脳宣言が見送られ、目立った成果なく終わりました。しかし、G7の“外”で大きな成果があったかもしれないと分析するのは、数々の国際舞台で活躍する島田久仁彦さんです。島田さんは、自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、アメリカとイランの直接対話実現の可能性が高まり緊張緩和が期待できると解説。しかし同時に、まだまだ一触即発の危険はあると、武力衝突の要因となる2つの火種について言及しています。
フランス・ビアリッツでのG7サミットは、正直、成果が見いだせない会議で、おそらく失敗の部類に入るかと思われますが、そのような中で、議長国フランスのマクロン大統領は、G7の“外”で『大きな成果』を挙げたかもしれません。
それは、26日にイランのザリフ外相をビアリッツに招いたことです。狙っていたトランプ大統領との会談は実現しませんでしたが、このサプライズともいえるフランス・マクロン大統領の“仲介”を得て、トランプ大統領もロウハニ大統領も、そう遠くないうちに(条件が整えば)直接会談する可能性について発言するに至りました。
G7サミットは、フランスとしては最も進展を望んでいた気候変動問題をあきらめさせられるという“屈辱”をフランスに与えたかもしれませんが、その当事者で来年のG7議長国アメリカのトランプ大統領との共同会見の場で、イランとの直接対話を促し、トランプ大統領からとてもポジティブな発言を引き出すことに成功するという大ホームランを打ちました。
「今回は機が熟していないから(ザリフ外相に)会わなかったが、時期が来れば、近々イランと直接的な対話に臨む準備がある」そうトランプ大統領に言わせました。それに応えるかのように、イランのロウハニ大統領からも会談についての前向きな発言を引き出しました。この『ロウハニ大統領の発言』は実は非常に重要なポイントなのです。
ロウハニ師はイランの大統領でありますが、外交・安全保障問題については、最高指導者であるハーマネイ師の“許可”なく発言することはできず、これまで「アメリカとの直接対話は毒である」と大変ネガティブだったハーマネイ師の意向が、「直接対話の可能性を許可する」という内容に変わったのではないかと考えられるからです。
安倍総理と日本政府が果たす米イラン間の“仲介”という非常に大きな役割に加え、ここでフランスとマクロン大統領というもう一つの仲介トラックが生まれ、イランをめぐる緊張緩和が加速する期待が生まれてきました。
9月26日に予定されている国連総会の場を借りた安倍総理とロウハニ大統領との会談に加え、もしかしたら同じニューヨークでアメリカとイランの直接対話が開催されるかもしれません。そうなると、緊張が危険水域まで高まってきたアメリカとイランとの衝突は、沈静化の方向へと向かうかもしれません。
真夏の暑さは去っていったようですが、残暑は続き、夏からの疲労の蓄積は終わらないようです。特に足のむくみを感じる人は、疲労を十分な睡眠で取り除く必要があると語るのは、メルマガ『鍼灸師・のぶ先生の「カラダ暦♪」』の著者、のぶ先生です。先生は、疲れにより熟睡できない場合には、睡眠時間を補うという意味とは違う昼寝をオススメしています。
猛烈な暑さがちょっと和らいだように感じるここ数日。一見涼しくなったように感じますが、フツーにカラダのキャパを超えた暑さは続いています。
35℃とか40℃といった猛暑日が減ったり、27℃超えの異常な連日の熱帯夜から解放されました。それでも、高めの湿度は呼吸に負担をかけますし、30℃以下でもひと夏の間に体力を消耗したカラダには、引き続き暑さの負荷をかけ続けます。
呼吸が浅くなってカラダが慢性的にこわばると、血流が悪くなり手の指先がむくみやすくなります。ものを握っていて、ウッカリ落としてしまったり、指先の動きがはばったく感じるようなら、浅い呼吸と血行不良が原因です。ジッとしていると症状は改善しませんから、こまめにカラダを動かして深呼吸する機会を設けましょう。
夏バテして体力が消耗していると、足首やふくらはぎがむくみやすくなります。夜中に足がつったり、日中歩いていて足が上がらずつまづいたりするのは、こうした疲労の蓄積による夏バテが原因です。
ちょっと気温が下がったからといって、油断していませんか。一見過ごしやすく感じるここ数日の穏やかな残暑の日差し。でも、疲れをすでにため込んだカラダでは、残暑の暑さでも疲労をため込みます。
歩いていてふらついたり、めまいをおこしたり、カラダに力が入らないなんて訴える人も多い残暑。たまった疲れを解消するには、十分な睡眠が必要です。疲れて萎縮したカラダは、意外とストレスに弱いもの。日中頑張り続けるカラダは、ますます萎縮して就寝時にはカラダが緊張しすぎて、熟睡を妨げることがあります。
寝つけない、寝入ってもたびたび目を覚ましてしまう、寝起きに疲労感が残るというひとは、ぜひ、昼寝の習慣を持ちましょう。昼寝は疲労を回復することが目的ではなく、日中の緊張を抜くためにおこないます。
そのため、カラダがリラックスできる感覚をとりもどせるだけでも十分。昼寝に罪悪感のある人は「昼寝じゃないんだ、瞑想なんだ」と思って取り組んでもらえたらと思います。
リラックスできる演出として、香りや音楽を用いてもよいでしょうし、肌触りのよいクッションや携帯できる簡易枕などあるとよいかもしれません。
15分から30分程度、カラダの力や力みを抜く時間を日中に過ごすだけで、夜の睡眠の質は高まります。ひと夏頑張った自分へのご褒美時間として、昼寝の機会を持ってみてください。
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日常生活において不思議に思ったり、ちょっと気になったあれこれについて考察するメルマガ『8人ばなし』。著者の山崎勝義さんが今回取り上げ論じるのは、気持ちを伝えることに長けた「日本語」という言語について。山崎さんは日本人が「ノー」と言えないのは、そもそも日本語の運用において相手の提案などを直接否定するような機能がないと説明。日本人が入念に物を包む習性と、日本語表現の共通点を示しています。
日本語は伝達の言語である。分かり易く言えば「私が、あなたに、今、ここで」といった話者の気持ちを豊かに伝えられる言語ということである。一方、英語に代表される印欧語は認識の言語と言っていい。これらは心情よりも概念を伝えるのに適した言語である。
日本語が伝達の言語である以上、そのネイティブスピーカーたる日本人は常に話者として、聞き手である相手のことを意識しているということになる。そういった意識が態度として顕現したものの一つが、日本人の礼儀正しさ(慇懃無礼も含む)である。
よく日本人は「ノー」と言えないなどと言われて来たが、そもそも日本語の運用形式の中に相手の提案などを直接的(頭ごなしに)に否定あるいは拒否するという機能はないのである。無論、理論上はあり得るが、どうだろう「No, it isn’t.」的な否定の認識のみを以て回答することは実際にはないと言っても差し支えないのではないだろうか。
それは「ノー」という否定の内容よりも「私が(思うに)、あなたに(分かってほしいのは)、今(だから)、ここで(はこうなんです)」といったような気持ちを伝えることにどうしても寄り添ってしまいがちな日本語の言語特性からである。日本人自身が言うと実に言い訳がましいが、決して相手を煙に巻こうという魂胆などからではない。
しかし、一方で内容が分かりにくいというのもまた事実である。中味を直接的に見ることができないからだ。そういったあからさまな表見を避けるのは言語においてだけではない。というより言語だけである筈がなく、それを育む日本人の精神風土そのものであり、例えば「慎む」(古語では「つつむ」)という動詞からも分かる通り、ある種の礼節として我々の美徳の根幹をなしている。
思えば、日本人ほど入念に物を包む民族はいない。例えば、現金を包む際にも紙幣の表裏を確認し、
といった具合である。
3年に及ぶ改修工事も、いよいよ大詰めを迎える清水寺。あまりにも有名なこのお寺ですが、創建のいわれや建築様式の凄さなどは意外と知られていないのではないでしょうか。今回の無料メルマガ『おもしろい京都案内』では著者で京都通の英学(はなぶさ がく)さんが、知っていればちょっと自慢できそうな「清水寺のうんちく」を紹介しています。
平成の大改修工事も終盤に差し掛かかりました。数年ぶりに綺麗になった清水寺が来年お目見えする前に今一度清水寺の魅力をお伝えしたいと思います。
清水寺は京都府の観光ランキング第1位で、圧倒的な人気スポットです。常に上位にランクする金閣寺や銀閣寺を抑えて堂々の第1位です。京都を訪れる人の実に5人に1人は清水寺を参拝するとも言われていて、世界的にも有名な観光スポットです。
ちなみに日本全国で外国人観光客に人気がある観光地は清水寺を抑えて伏見稲荷大社がトップです。世界的には清水寺より伏見稲荷大社の方が人気があるようです。
さて、清水寺に話を戻しましょう。現在平成の大改修をしています。本堂である清水の舞台は、清水寺が創建された当時の建物ではありません。何度も焼失で失われたら、改修工事を繰り返しています。現在の清水寺の本堂は1633年に再建されています。清水寺の本堂はどんな歴史を歩んできたのか、なぜ崖にせり出しているのか?色々な疑問を解き明かしながらちょっと自慢したくなるようなそんな見所をご案内します。
平成の大改修の一環で、現在本堂の屋根は葺き替え中です。2017年から始まった工事は来年、2020年3月に終わる予定です。新しい檜皮葺の屋根がお目見えする頃には花見のシーズンを迎えます。4年越しの清水寺の桜を待ち望んでいる人にとってはたまらない瞬間でしょう。
清水寺は北法相宗(きたほっそうしゅう)の大本山で、778年に延鎮(えんちん)を開基として創建されました。本尊は十一面千手観世音菩薩で33年に一度御開帳されます(前回は2000年)。
延鎮に殺生を戒められ坂上田村麻呂が仏殿を寄進したと伝えられています。現在の清水寺は1633年江戸幕府3代将軍徳川家光により再建されたものです。1994年世界文化遺産に認定され、西国三十三箇所観音霊場十六番札所でもあります。
有名な「清水の舞台」は国宝で、下から舞台を支える柱は約13mのケヤキの木が使われています。釘を一本も使わずに山の斜面に張り付くように建てられているのが特徴です。この特徴的な建築様式を懸造り(かけづくり)と言います。音羽山から湧き出る音羽の三筋の滝は観光名所として有名で清水寺の山号の由来になっています(音羽山清水寺)。入口を入ってすぐの境内には重さ90キロもある「弁慶の錫杖(しゃくじょう)と高下駄(12キロ)」があります。
清水寺の塔頭(たっちゅう)・成就院(じょうじゅいん)には「月の庭」があり京都の三名園・「雪の庭」「月の庭」「花の庭(松永貞徳作)」の一つです(通常非公開)。
本堂のすぐ後ろにある縁結びの神様・地主神社は特に女性の人気スポットとなっています。
794年、中国の風水に従って都が平安京に遷された時、桓武天皇は鬼門にあたる北東の方角を鬼門封じとして、魔除けの猿を配備しました。今でも御所の北東の角「猿が辻」、御所から見て北東方向に位置する比叡山延暦寺、赤山禅院、幸神社(さいのかみのやしろ)に猿の木彫りの置物が安置され京の都を守護しています。
しかし、もっと大きな視野で鬼門を封じようとしたのが、初代征夷大将軍・坂上田村麻呂による東北遠征でした。征夷大将軍の征夷は東北地方の先住民である蝦夷(えみし)を征服するという意味です。江戸時代まで続く武家政権の幕府の将軍職の本来の役目は鬼門封じだったということです。田村麻呂は東北遠征から戻ると、戦場で亡くなった死者の鎮魂のために清水寺を開いたとも伝わります。
清水の名は音羽の滝と呼ばれる三筋の清水で、開山の延鎮(えんちん)の滝行の伝統を今に伝えています。1994年には平安遷都1,200年を記念して田村麻呂と戦った蝦夷の首長、副首長だったアテルイ・モレ碑が建立されています。
清水寺の開山堂は田村堂とも呼ばれ、坂上田村麻呂夫妻と開山の延鎮を祀っています。謡曲「田村」にも謡われる建物ですが、この謡曲に出てくる地主神社の桜、御車(みくるま)返しの桜は4月第3日曜日の桜祭の時に今でも御所へ届けられています。都の鬼門封じのために涙を飲んで死んでいった罪のない蝦夷たちの鎮魂の献花となっているのです。清水寺は都の鬼門封じのために犠牲となった蝦夷たちへの鎮魂の寺として建立され、今もなおその祈りは続いています。
普段あまり気に留めていない手の動きですが、実は期せずして人間の心理を表してしまうことが多いのだそうです。接客の際に販売員の「不安や自信のなさ」がお客様に伝わるようでは、売れるものも売れなくなってしまいますよね。今回の無料メルマガ『販売力向上講座メールマガジン』では、著者で接客販売コンサルタント&トレーナーの坂本りゅういちさんが、そんな状況に陥らないために気にかけるべきことを記しています。
人の心理というのは、手に出やすいと聞きます。まぁ手だけではなくて、視線とか、顔とか、足の動きとか、いろんな部分に出るのですが、やはり手は特に目立つような気がしています。というのは、販売員が考えていることがまさに手に取るように見えるからです。
例えば、接客を受けていて、クロージングに入っているんだろうなと感じることがあります。自信のある販売員は、特に手が妙な動きをすることもなく、落ち着いたまま接客が続いていきます。だから、言葉だけでなく、所作にも説得力があり、「この人が言うことなら信用できるな」と購入を決断することがあります。
一方で、自信がないであろう販売員は、どうしてもすぐにわかってしまいます。そこで気になるのが手なんです。クロージング中に、商品をやたらと触っていたり、手がやたらと動いていたりして、落ち着きがないのですね(「手まぜ」と呼んでいたのですが、調べたら九州の方言でした)。
つい先日もある雑貨店で接客を受けていると、私が悩んでいる最中に、販売員の方の手がやたらと動いていましたが、少し深い話をすると、案の定言葉が止まってしまって、聞きたいことが聞けなくなってしまったということがありました。
嬉しいことや楽しいことといったポジティブな部分も、反対に、不安や心配といったネガティブな部分も、人は知らず知らずのうちに身体に出してしまいます。これは、どんな人でも同じことですが、個人的には、意識できるようになれば、コントロールできるものでもあると思っています。不安な時に、手を動かしてしまうのならば、「手を動かさない」と意識をしておくだけでも、余計な動きを減らすことはできるからです。
だからこそ、今の自分の接客を見ておくというのはすごく大事なことです。手を動かしているかどうかなんて、自分自身で気づくのは非常に難しい話。だったら、誰かにお願いして、練習で動画を撮るとか、写真に収めてもらうとかして、確認する必要があります。「接客を見て、動いているようなら教えてください」とお願いしても良いでしょう。
確認をして、余計な動きはなくす。手の動きにも注意を払ってみてください。
今日の質問です。
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平成30年度には、児相の相談対応件数が過去最高を記録した児童虐待。そんな報道に触れ、「自分は関係ない、良い親たらんと努力している」と思っている方も、もしかしたら注意が必要かもしれません。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では現役教師の松尾英明さんが、昨今よく耳にする「教育虐待」の実態に迫ったルポルタージュを紹介しています。
次の本を読んだ。
●『ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』
おおたとしまさ 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン
本のタイトルからして強烈である。著者は、家庭教育や受験に興味のある親であれば、聞いたことがある人も多いかもしれない。現場の教員には絶対に書けない刺激的なタイトルである。
ちなみに帯には次の言葉が書いてある。
「あなたのため」は呪いの言葉
何が「過度に教育熱心な親」を駆り立てるのか?
刺激的である。
さて、内容だが、タイトルの刺激以上に、実に丁寧なルポルタージュである。教育虐待を受けた子どもだけでなく、その兄弟や親までを公正な視点で追っている。また「子育てベストセラー本」や一般的に良いとされている教育手法への疑問も呈しており、一読の価値がある。
全体を通しての自分なりの気付きがあった。それは
「大人のコンプレックスが全ての虐待を生む」
ということである。
大人の側にある種の見栄があるとする。よく見られたい。他人より優位に立ちたい。そのための自己実現の道具として、子どもが利用される。それが、教育虐待の始まりである。
「しつけ」と称する暴力行為もこれに当てはまる。自分の思い通りに相手を変えたいから、暴力をふるう。あるいは、周りから自分のしつけが悪いからと思われるのが嫌だから、子どもに暴力をふるったり圧力をかける。特に専業主婦の場合、夫がうるさい、姑がうるさい等、周囲の雑音が大きいほど、こうなりやすい傾向があるらしい。
すべて、根本は大人の見栄とコンプレックスである。
私は基本的に、教育に関心が高い親の方がよいと思っている。子どもを「授かりもの」として、ある種「自分とは別の個人」として捉え、本当の意味で「子どものため」を考えているなら素晴らしい。
しかし、この関心の高さが、見栄や私心によるものだと、激しくマイナスである。かけ算でマイナスをかけると、絶対値が大きい分だけマイナスが大きくなるということと同じである。それなら、関心が低い方がマシである(これはそのまま、教員にも当てはまる)。
自分は、毒親、毒教師になっていないか。自分のやってきたことにある程度の自信がある人ほど、一読をおすすめしたい本である。
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選挙期間中は泡沫政党として受け取られていた「NHKから国民を守る党」。しかし「NHKをぶっ壊す!」とのキャッチが有権者の共感を呼び、議席獲得を果たす快挙を成し遂げました。今回の無料メルマガ『おやじのための自炊講座』では著者のジミヘンさんが、今や司法によって受信料徴収権の正当性まで認められるようになった、NHKという公共放送のあるべき姿について論じています。
皆さん、お元気ですか。ジミヘンです。
先の参院選で「NHKから国民を守る党」が議席を獲得し、国民がこの問題に関心を持っていることを示した。調べてみると、立花党首は元NHKの職員であり、2005年にNHKの不正経理を内部告発したことにより懲戒処分を受け、依願退職した人物である。つまり、 NHKの裏事情を知っている人らしい。
やはり元NHKで社会部記者をしていた評論家が、ラジオでこんなことを語った。
「NHKは立花さんが国会に出て、議論の俎上に上ることに脅威を感じているはずだ」
氏によれば、NHKは年間7,000億円に上る受信料収入を費消せんがため、多くの子会社を作り、(1万8,000人の内)6,000人ほどを出向させた。自社で製作すれば安くできるものを、子会社に高額な製作料を支払っているとか。
また氏は、英国BBCにインタビューしたとき、印象的だったのは、「BBCは英国政府を批判できる」という発言だったという。一方のNHKはどうか?報道の中立性を保っておらず、政府の言いなりになっているのが現状ではないか?「政府広報」と化したNHKのニュースを小生は見なくなった。
肥大化した日本の公共放送をどうするべきかは非常に難しい問題だ。そもそも見たくない人からも受信料を徴収する公共放送が必要なのか?災害報道と(偏向しない)ニュース番組だけでもよいのではないか?もしくは、民営化してもよいのではないか?
公共放送が必要だとした場合、受信料の徴収方法はどうあるべきか?国営放送に切り替えて税金を注ぎ込むか、立花氏が主張するように、見たい人だけが見られるようにスクランブル化するのが良いのか、それともテレビ受像機の出荷時に徴収するのが良いのか…。
インターネットの急速な普及により、若者のテレビ離れが言われている。テレビを長時間見ているのは中高年世代であり、特にNHKはシニア層が観る傾向が強く、若者に支持されていない。それでも尚、(昭和25年に成立した「放送法」に規定された)現在の仕組みを固守しようとしている。
先の評論家はこう言った。
「NHKはどんどんと肥大化してきたが、自らダイエットすることを拒絶している。受信契約拒否について裁判で争うようになったことにより、強制力を持つ権力になった。NHKは、国民が(NHKの在り方について)議論することを一番恐れている」
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日米安保条約がある限り、アメリカは日本を何があっても守ってくれる…、というのは大きな誤解のようです。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが取り上げているのは、親密になった元米軍将校からの言葉に衝撃を受けたという著者が、「知りたくない」と叫ぶほどの現実を綴った一冊。そこには表立って語られないアメリカの「本音」が綴られています。
『知りたくないではすまされない ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』
江崎道朗 著/KADOKAWA
2016年、米国大統領選挙投票日の1か月前、世界中のマスコミがクリントン当選を予測する中、著者はトランプ当選の可能性を指摘する本を出版し、冷笑、揶揄されたが、当選が決まるや「トランプの台頭を正確に分析した数少ない言論人の一人」として知られるようになり、とくに経済人からの講演依頼が多くなった。おかげで、著者は評論家として仕事ができるようになったという。
著者は学者でも、ジャーナリストでも、ビジネスパーソンでもない、特異な経験を踏まえて、マスコミではほとんど報じられることのない「現実」を論ずる。その「現実」は日本人にとって、きわめて耳障りなものである。現に米軍では「国益のためなら同盟国を見捨てることがある」と教えている。「聞いてないよォ」「知りたくないよォ」と叫びたくなる、衝撃の事実が次々と暴露される。
親密になった米軍の元情報将校が「原爆のことをどう思っているか」と聞く。著者は「あんなひどい戦争犯罪は許せない。同胞をむごたらしく殺されたのだから、いつか復讐したいと思っているが、いまは(アメリカは)同盟国なので我慢している」と、若さゆえ、一対一の会話ゆえ、本音で回答した。そのとき元将校が口にした言葉は意表を衝くものだった。笑顔で「ああ、よかった」。
当然反発されると思ったが、彼は嬉しそうにそう言った。「じつは日本に来て30年になるが、同じ質問を何十人もの日本人にしてきた。ところがみな『過去のことだから忘れよう』とか『そもそも日本が悪かったし、戦争中なのだから仕方がない』などと言う。わたしが日本人だったら、民間人をあのように殺されたら黙ってはいない。そんな日本人たちが、気持ち悪くて仕方がなかった。その後、日本人と付き合いを深めていくうちに『ああ、日本人は、アメリカ人には本音をいわないのだな』と思うようになった。我々米軍の者は、いざというとき、日本のために命をかけることを義務づけられている。だが、日本人は、我々を真の仲間だとは思っていないのだ、と」。そして、彼はこう述べた。「日本人の本音を直接聞いて安心した。今後は友人として付き合おう」
アメリカ人は「友人」になると、社会的地位に関係なく、ずっと突っこんだ関係を保ってくれる。元情報将校には遠慮なく話を聞けるようになった。ベトナム戦争の教訓から、アメリカは「自助努力をしない同盟国を守ることはできない」と考えるようになったという。著者は「日米安保条約には、アメリカはいざというとき、日本を守ると書いてあるじゃないですか」と反論してみた。
すると「たとえ同盟国であってもその国が自分の国を自分で守ろうとしなければ助けに行ってもムダだし、見捨てるしかない」「条約というものは、それが国益に適うときには、守るべきだ」と米軍は軍幹部に教育していたと断言し、著者にとてつもないショックを与えた。「無条件にアメリカが日本を守ってくれると思っているとしたら、それはそう考えている日本側が幼稚なのだ。同盟はギブ・アンド・テイクであり、アメリカにとって利益になるから続くのであって、アメリカの国益につながらないかぎり、日本を守るわけがない。日米関係は、親子のような無償の愛で結ばれているのではなく、冷徹な国益の計算に基づいているのだから」。日本が何の努力もせずに、アメリカが日本を守ってくれるなんて、虫のいい話は通用しない。アメリカは同盟国を見捨てることもある。それが歴史的事実であり、彼らの認識なのだ。知りたくないではすまされない。うわ、面白いぞこの本。初めて聞くことばかり。
編集長 柴田忠男
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