なぜ少女はついていったのか? 探偵が見た「悪徳AVスカウト」の生現場

探偵の目線から子どもの「いじめ」の実態に迫るメルマガ『伝説の探偵』。今回は、社会問題になりつつある「悪徳スカウト詐欺」の実態を、メルマガ著者のT.I.U.総合探偵社代表の阿部泰尚さんが暴きます。夏は「出逢いの季節」でもありますが、その開放的な気分になったところを狙った、AVスカウトや詐欺、ナンパのトラブルが後を絶ちません。子どもたちを守るために親が知っておくべきこととは…?

この夏の危険地帯と違法な組織

夏休み真っ只中のトラブルといえば、繁華街にいる「キャッチの問題」と「海水浴場などでの出会いから発展する問題」である。

特に少女が狙われている。

私は時折、繁華街を自主的なパトロールをしている。

忙しく働いていると、頭がフリーズしてしまうことがある。

こうした時、私はよく散歩をする。歩きながら、ブツブツと考えていると、次第に頭が整理されてくるのだ。

だから、頭を整理するための散歩に出るついでにランチをしたり、文房具や工具、物を作る道具を見たり買ったりする。こうなれば、意外と効率的に動くことができる。

つまり、パトロールはついでと言ってもいい。

というより、普段から観察力と周辺認識力が仕事道具となっている私は、普通に歩いているだけでも周辺の異変に気が付きやすい。

特に夏はトラブルが多い時期でもあるので、ランチのついでにブラブラとキャッチなどが出没しやすい通りを歩いてみるのだ。

また、現場の警察官にも知り合いが多いので、警察として関わりが難しいことであったりすると、私が紹介されているということもあるし、なぜかネットの検索で連絡が入ることもある。

キャッチが良く出没する場所は下記の通りだ。

新宿歌舞伎町

渋谷区道玄坂、宮益坂、文化村通り

渋谷区原宿駅前、竹下通り入り口、表参道までの通り

キャッチは複数のグループに「AV系」、「風俗系」、「詐欺系」と分かれている。悪質なのは、AV系のキャッチである。

掛け持ちのキャッチもいるが、3つの系統を全て足したようなキャッチもいるから、これが最もタチが悪いと言えるであろう。

天皇陛下の「生前退位」リークが、国民への暖かな配慮だった可能性

8月8日に天皇陛下の「お気持ち」が公表され、「生前譲位」の意思が強くにじむものになりました。「万世一系、男系男子」にこだわり、元首天皇制への改正を求めている安倍政権としては「面白くない」状況が続いています。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、そもそもなぜこの情報は”リーク”という形で発表されたのかを考察。そして、「生前譲位」は陛下の次世代に対する「極めて人間的な配慮」だったとの持論を展開しています。

「生前譲位」問題はなぜリークされたのか

内閣の周辺には憲法の「政治への非関与」条項を厳密に適用するのであれば、「中の方」の個人的な意見から皇室典範の改定に進むというのは、違憲だという考えもあるようです。ですが、これを反対に見れば、自身の譲位という最大の「国事行為」について、内閣の「助言と承認」を求めても得られないので、リークという異例な形で話が進むという流れになっている、そのように受け止めることも可能です。

どうして、そんな面倒なことになるのでしょうか?

その背景には、皇室典範の改定論議を進めると、どうしても女帝や女系の問題が絡んでしまい、左右対立が激しくなって「何も決まらない」状況になるという懸念があるのだと思います。首相周辺がどう考えているかという問題とは別に、とにかく、この対立は激しい問題になるので、「取り扱い注意」ということなのでしょう。

そうなると、内廷、宮内庁、内閣の三者の共通の理解として、落とし所としては、こうしたリークで話を進めるしかなかった、現時点ではそう理解するのが自然です。

ところで、問題の男系・女系論争ですが、仮に現在の内廷皇族に加えて現在の宮家も含めて、男系が絶えたとすると、伏見宮家の男系に戻すという案があるわけです。ですが、これでは今上天皇から考えても40親等という大変な距離があるわけで、これでは新王朝と言ってもおかしくありません。

40親等というのは実はオーバーで、今言うところの「旧宮家」の源流である伏見宮家には、江戸時代の桃園天皇の貞行親王が養子に入っているので、そこから数えることになりますが、現在の皇統は東山天皇から別れた閑院宮家の流れということを考えると、決して近くはありません。

中国の前例で言えば、前漢滅亡後に劉秀が立って後漢ができたわけですが、劉秀は前漢景帝の6世の孫ということを考えると、この「伏見宮家」というのは、やはり相当に遠いということになります。

それでも「男系がいい」というグループがあるわけですが、どうも直感的に理解し難い感覚があります。復古主義と言うのですが、そもそも天皇家は明治までは仏教徒で、泉涌寺さんという立派な菩提寺もあるのですが、そうした神仏習合という日本的な伝統への「復古」は余り関心がなく、あくまで平田学みたいな(これはこれで極めて江戸的な)イデオロギーに立脚しているのも良く分からないのです。

いずれにしても、そうした話になってしまうと、結論が出ない堂々巡りに陥ってしまうので、生前譲位という問題に限って進めたい、その限りにおいては内廷、宮内庁、内閣ともにこのような提案方法しかなかったのだと思います。

ちなみに、これに加えて「中の方」には、先代の「人間宣言」の継承、そして次代も「象徴天皇として即位させる」という意図もあるのかもしれません。現在の「国のかたち」を誰よりも守りぬく決意が、何となくそこには感じられます。

韓国人の日本旅行ブームは本物か? その背景には中国との関係悪化

日本を訪れる韓国人観光客の数がうなぎのぼりに増加しています。これをいわゆる「反日感情」の弱まりと見て取っていいのでしょうか。メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』の著者で評論家の黄文雄さんは、その真相は中国との関係悪化に退路を断たれた韓国が日本に擦り寄ってきているに過ぎず、彼の国を全面的に信頼するのは愚の骨頂と断言しています。

【韓国】韓国人の訪日ブームは本物か

大の日本嫌いも「転向」か? 韓国で訪日ブーム「百聞は一見にしかず…」

常に日本を貶めようとし、嫌日感情をむき出しにしてくる韓国ですが、最近は少し事情が違ってきたと報じられています。

昨年1年間に訪日した韓国人は400万人で、それまで過去最高だった2014年よりも45.3%も増え、中国の499万人に次いで2番目に多い訪日外国人数だったそうです。

この数字を韓国の人口で割れば、韓国民の8%が日本を訪れた計算になり、いかに韓国で訪日ブームが起きているかがわかります。

韓国は金大中時代から「倭色文明に対抗するために韓流を国策として世界に進出しました。日本に「冬ソナ現象」とヨン様ブームが到来したのが2004年、以来、韓流は日本でほぼ定着して今に至ります。現在では日本の歌番組やCMなどでも、韓国のアイドルなどがよく登場します。

 

逆に韓国への日本文化の輸出は、韓国側が定めた日本文化流入制限のためになかなか進まず、一方通行の状況が長年続いていました。2000年前後から映画、流行歌、漫画などの日本文化の受け入れを少しずつ開始したとはいえ、まだまだ全面解除には至らず、2011年8月にようやく自民党が正式に韓国の地上波での日本の番組の解禁を働きかけた経緯があります。

そんなこともあり、一方的に日本の韓国ファンが増加するだけで、韓国の日本ファンはこれまであまり増えませんでした。それが最近は変わってきているというのです。

実際、日本を観光に訪れる韓国人は増加しており、リピーター率も高いといいます。訪日を果たした韓国人の多くは、韓国内で抱いていた日本のイメージと実際に自分で見てきた日本とは全く違うという経験をしています。

日中韓の間には複雑に歪曲された歴史が横たわっており、それがこれまで相互理解の邪魔をしていたのです。今でも歪曲された歴史の溝は、両国間に大きく横たわっていますが、詳しい歴史については拙著『韓国人に教えたい日本と韓国の本当の歴史』(徳間書店刊)をご参照下さい。

日本撤退。オールドネイビーはなぜ、日本市場から逃げ出したのか?

米国ビジネスモデルコンサルタント・清水ひろゆきさんのメルマガ『顧客を喜ばせる世界の成功企業最新戦略紹介』。今回は、アメリカを代表する人気ブランド「オールドネイビー」の日本撤退の原因を探ります。流行のファッションを低価格で楽しめることから米国では絶大な支持を集める同ブランドが、日本で受け入れられなかった原因は一体どこにあったのでしょうか。

オールドネイビーが日本撤退に追い込まれた本当の理由とは!?

スーパーの什器にTシャツがラップされ、レトロな冷蔵庫にサングラスが陳列。アップビートなBGMにのってヘッドセットと共に陳列を手直しし、接客するスタッフ。

オールドネイビーは、価格のお得感と楽しさを売場で演出し日本では10代を中心にファミリーの支持を集めてきました。

オールドネイビーの誕生は、ファッションブランドギャップが展開する約300坪の店舗を450坪サイズのスーパーマーケット仕様へと売場を大型化することで、来店客にファッションの買い物を、お得で楽しいスーパーでのセルフサービスショッピングに変えたことが始まりです。

オールドネイビー独特の販売スタイル(スーパーを店舗に見立てた)は、94年アメリカサンフランシスコ郊外に3都市にオープンしたのを皮切りに、数年でアメリカ国内に500店舗にまで展開、当時のギャップ社の売上げの36%約4,000億円をも稼ぎ出すまでになったのでした。

オールドネイビーが成功した要因は2つ。

1つは、ヒップ(かっこいい)なファッションを、性別年齢に関係なく子供も赤ちゃんも含めた顧客層に対して低価格で提供し売場をコンセプトことした。こと

もう1つは、ファッション専門店が展開しにくい(消費者は日常の服には流行を追わない)、日常(小さい人口を対象とする)のショッピングモールで経営できる(利益を生み出せる)店舗形態(スーパーマーケット仕様を生み出し店舗数を爆発的に増やせた。ことです。

ではなぜ米国でここまで成功したオールドネイビーが日本ではうまくいかず撤退することになったのでしょうか?

「なぜ日本人は過労死するほど働くのか」 海外には異質に映る残業文化

日本で「過労死」という言葉はすでにあまりにも一般的になりすぎ、私たち日本人がこの言葉を聞いても、ふと考えを巡らすことはなくなってしまった。しかし労働者の権利が法律でしっかり守られている欧米諸国では、日本のこの状況に驚きを隠せないようだ。

ワーク・ライフ・バランスがなく過労死があるニッポン

米大手新聞のワシントン・ポスト紙(WP)は7月31日、「日本人は本当に死ぬほど働いているのか?答えはイエスのケースも」という見出しで記事を掲載した。

記事は、マンション管理を行う企業に勤務し、昨年7月に自殺した34歳の男性について取り上げている。スーパーバイザーとして働いていた男性は、激務に耐えかね辞表を出したが受け入れられなかった。部下に負担がかかることを懸念した男性は激務を続け、自殺する1週間の勤務時間は90時間となっていた。死後1年ほど経った今年6月、過労死として認定された。

自殺前の男性の様子がまったくの他人事に思えない人も少なくないだろう。厚生労働省が6月明らかにした数字によると、2015年度の過労死労災請求件数は2310件に上った。とくに仕事による強いストレスなどが原因の精神障害に対する労災は請求件数が1515件となり、過去最多だった2014年度から59件の増加となった。

WPは記事の中で、アメリカでは家族と一緒に過ごす時間を作るために生産的に働くことが重要視されているが、「日本語にはワーク・ライフ・バランスという言葉は存在しない。しかし働き過ぎて死ぬKaroshiという言葉は存在する」と指摘し、アメリカとの違いを強調した。WPのみならず、英語メディアが日本の過労死について報じるとき、英語には「過労死」に匹敵する言葉が存在しないためかKaroshiと書いた後に「働き過ぎで死ぬこと」との説明を加えているケースが目立つ。それほど、欧米で過労死は珍しく、日本の「働きすぎ文化」が異質に映るのだ。

ヨーロッパでは暇すぎで会社を提訴も

欧州連合(EU)では、EU労働時間指令が存在するため、週48時間(時間外労働含む)以上働くことは法律で禁じられている。フランスの場合、法定労働時間は週35時間で、これ以上は時間外労働となる。

そのフランスで5月、香水メーカーに勤務していた男性(44歳)が「仕事があまりにも暇すぎて自分は職業人として殺され、プロのゾンビと化してしまった」として、補償金や慰謝料36万ユーロ(約4,000万円)を求め、元雇用主を提訴した。インデペンデント紙によるとこの男性は管理職だったが、職務とは無関係の退屈な仕事を振られるようになり、「燃え尽き症候群(burnout)」の逆といえる「暇すぎ症候群(bore-out)」になりうつ病を発症したと主張している。7月28日に労働審判で決定が下される予定だったが、新たな審理の日程を設けることになり、本件はまだ結審していない。

一方でBBCの記事では、職場での心理学を専門とするサンディ・マン博士が、人は「暇すぎて死ぬ」ことはないだろうが、退屈な職場は多くの人にとってストレスの元になっており、ますます大きな問題となっていると指摘。どうやらヨーロッパではむしろ、過労よりも仕事が暇な方が問題になっているようだ。

過労死をなくすには意識の変革から

お笑い芸人でありながらIT企業の役員もこなす厚切りジェイソン氏はこれまで、日本の労務環境を批判するツイートを何度かしている。例えば2015年5月は、「仕事を効率良くし、毎日ノー残業デイにすべき。残業前提の仕事はバカバカしい」(原文ママ)とツイート。さらに今年2月には、「日本はスタート時間に厳しいのにエンド時間にルース」(原文ママ)とツイートし、どちらも多くのリツイートや「いいね」を得ている。

関西大学の森岡孝二名誉教授は前述のWP記事の中で、「残業文化を変え、家族や趣味にかける時間を作らなければ。長時間労働は、日本にはびこる諸悪の根源だ。文句を言う時間さえもないほどみんな忙しい」といい、過労死をなくすには日本の労働文化そのものを変えないといけないだろうと指摘する。

もちろん、従業員ひとりが変えようとしても難しいだろう。会社全体、そして社会全体が意識を持って取り組む必要がある、根の深い問題だ。しかし個々人が意識を変えるよう努めるところから始めないと社会も変わっていかないというのもまた事実だろう。

(松丸さとみ)

 

 

記事提供:ニュースフィア

イチローの3000本安打「ボールが落ちた場所」を全て示した画像がスゴい

大リーグ史上通算30人目の3000本安打を達成した、マーリンズのイチロー選手。

MLB(メジャーリーグベースボール)のインスタグラム(mlb)に、イチロー選手の3000本安打全てのボールが落ちた場所を示した図が話題となっている。

その画像がコチラ。
 


 

MLB ⚾さん(@mlb)が投稿した写真

 

青がシングルヒット、黄色が二塁打、黒が三塁打、赤はホームランを示している。

星は、記念すべき3000本目の安打だ。

こうやって見ると、イチロー選手がライト・レフト万遍なくヒットを打っているのが凄い!

改めて、3000本安打の偉業に感服する。

 

画像出典:マイアミ・マーリンズオフィシャルサイト

※本記事内のInstagram画像につきましては、Instagramの埋め込み機能を利用して掲載させていただいております。

記事提供:ViRATES

 

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渡る世間は鬼ばかり? 社員にゃ分からぬ、経営者たちの終わらない苦悩

人気コンサルの永江一石さんが、さまざまな質問に答えてくれる人気メルマガ『永江一石の「何でも質問&何でも回答」メルマガ』。今回は「経営者の大変さ」について。社長のことを「何もしないで威張ってる人」なんて思っているんだとしたら、とんでもありません。従業員にきちんとお給料を払うために「毎月借金取りに追われているような気持ち」でがんばっているんですよ!

経営者が一番苦心していることとは

Question

shitumon

永江さんこんにちは!私自身、会社の一従業員でして、経営者という立場の人間はどのように考えてどのような境遇で行動しているのか気になって質問させていただきます。

永江さんは会社を設立、運営するにあたって、様々な法律知識が必要ですし、文書届出等、煩雑な作業が色々とあると思います。会社を運営されていますが、そのような知識というものは実際にやりながら身につけていくものなのでしょうか?

弁護士さん、人脈の知り合いの方等にその時その時で教えてもらったりしながらなんとかやっていかれてるという感じなんでしょうか?すべてのことを100%分かって、なおかつ自分一人でやっている人というのはありえないと思いますので、実際のところどのような感じなのでしょうか?

暑い休日こそ「山歩き」を愉しむぞ。野鳥にも出逢えるオススメの場所

登山経験の少ない人にも山の楽しさを存分に伝えてくださる無料メルマガ 『楽しい登山(初心者から子供・女性まで楽しめる登山を)』。今回は、山で出会うことの出来る野鳥や野生動物の魅力、さらにはテントや山小屋から見える星空の素晴らしさなどが紹介されています。

山は自然の宝庫

山で出会う動物や野鳥について紹介します。

日本各地にある国立公園や国定公園には、ビジターセンターが設置されています。このビジターセンターでは、その地域の自然や動植物などの情報が公開されており、山歩きがより身近で興味深いものになりますので、山歩きの際にはぜひお立ち寄りください。

日本の高い山では、それぞれの地帯によって異なる植物を順に確認することができます。山では、気温や積雪、風などの影響で高木が生育できなくなる「森林限界」というものがあり、日本アルプスでは標高2,500メートル前後、東北では2,000メートル前後といった具合に、地域により森林限界が異なります。

山といえば野鳥の鳴き声も楽しみのひとつです。ただ鳴き声を聞くだけではなく、その声や姿などでどの野鳥か種類がわかるようになれば、野鳥の観察もさらに面白くなります。

坂本龍一さんインタビュー「ゴールは『賞』ではない」

ミュージシャン、作曲家、編曲家、ピアニスト、とさまざまな肩書を持つ音楽家、坂本龍一さん。1990年に活動の拠点をニューヨークに移して以来、日米で活躍している。この度、音楽を手掛けた、日本の映画界の巨匠、山田洋次監督と、女優、吉永小百合さんがタッグを組んだ作品「母と暮せば」が昨月、映画祭「第10回JAPAN CUTS !~ジャパン・カッツ!」(ジャパン・ソサエティー開催)で上映された。病より復帰明け、最初の仕事、米国での活動などお話を伺った。 (聞き手・高橋克明)

音楽手掛けた「母と暮せば」がNY上映

久しぶりに日本映画の音楽を担当されました。制作に至るまでの経緯を教えてください。

坂本 2年前に山田(洋次)監督と吉永小百合さんが、二人で訪ねてきてくださって。で、その場で単刀直入に、次回作の音楽をやってくれないか、と。まぁ、あのお二人に頼まれてイヤとは言えないというか。(笑)

あの二人に「NO」って言える日本人はいないですよね。(笑)

坂本 もちろん、それは冗談で(笑)。ぜひ、やらせていただきたい、と。吉永さんとは一緒にお仕事をさせていただいてもいますし、山田監督は日本を代表する映画監督ですから。「寅さんシリーズ」や「たそがれ清兵衛」など、いろいろ観ていましたが、僕が今までやってきたような映画(音楽)とは随分、傾向が違いますし、むしろ心配だったくらいなんですけれど。

監督の作品はアットホームでウオーミングで…。

坂本龍一坂本 そう。誰が観ても楽しめるというかね。子供からおじいさんおばあさんまで、幅広い世代に愛される、まさに全国区な国民的映画を作られてきた方だから。僕のはもう「せいぜい渋谷区」くらいの作品ですから…。(笑)

「世界のサカモト」です。(笑)

坂本 いやいや、とんでもない。アンダーグラウンドの世界(観)でやってきたわけですから、とてもじゃないけど、僕のようなものでいいのかな、と。ですから、聞きましたよ「僕なんかでいいんですか」って(笑)。最後まで山田監督の映画に合うような音楽を自分が作れるかどうかは心配でした。

心掛けた点はなんでしょう。

坂本 日本全国の人に愛される作品ですから、分かりにくい曲を作るわけにはいかないです、やはり。誰が聞いてもスーッと入っていけるような…。逆にそれは僕にとっては一番難しい(笑)。そういうのは作ったことないんですよ、今まで。これまでは他にないものを作ろうと一生懸命努力してきたわけです。普通じゃない方向、普通じゃない方向、に気付いたら行ってしまう(自分がいる)わけですよね。なので「万人がすぐ理解できるものを」と思ったら、それってどういうものだろう、と逆に悩んでしまいましたね。

なるほど。

坂本 ですから、自分にとっては、割と「初挑戦」という感じでした…。うん。この歳にして。

出来上がった作品をご覧になって、ご自身の音楽を…。

坂本 (さえぎって)いやぁーー…。あのね、これはいつもなんだけど、やっぱり作ってる方からすると「あぁすれば良かった」「こうすれば良かった」って出てきます。それは、いつも、いつまでも、残る。ただ…監督が「イイ」と言えば、いいので(笑)。やっぱり映画は監督のものですから。それに、その疑問を残したまま終わってしまっても、時間が経てば、なじんでくる場合もあるんですよ。

あらためて観てみると。

坂本龍一坂本 そう。何年か経って。「あぁ、やっぱり監督の言う通りで良かったんだなぁ」って。そうやって納得することは今でもあります。それは…10年後や20年後の場合もあります。見直してみると、監督が言ってたことの方が正しかったんだと思うことが、ままあります。

日本映画の音楽を担当されることも、久しぶりでした。

坂本 実は僕、日本映画、特に昔の作品も含めて日本映画の歴史そのものが好きなんです。小津安二郎も、黒澤明も非常にリスペクトしています。かつての日本映画の黄金期、ゴールデンエラというのかな。とても好きだし、今でもよく観ます。山田監督は、そういう時代の、たぶん最後の監督ですから。良き時代の日本映画の匂いがするっていうのかな。大リスペクトしてるわけなんですね、僕としては。ですから、お声掛けいただいた時はこれ以上ないほど光栄でした。

なるほど。引き受けられた理由の一つには、作品自体が「脱・原爆」をテーマにしているから、と想像していたのですが。

坂本 もちろん、それもあります。(作品が)長崎の原爆で犠牲になった家族の話ですから。核兵器や戦争がイヤだという気持ちは強いですし……。戦争って、やったりやられたり、まぁ「ケンカ」ですよね。両方悪いんです。「原爆落としたおまえがヒドい」「いや、その前におまえも攻めたじゃないか」。そうやって言い争っても、白黒がつかない問題ですよ。だから戦争って絶対、やってはいけないことなんです。

観客のニューヨーカーにもそのあたりを感じてほしい、と。

坂本 ただ、僕は山田監督が「原爆を落とされた日本は被害者だ」とか「広島・長崎ではこんなに酷い悲劇が起こったんだ」と言いたくてこの作品を作ったのではないと思ってるんですね。そうじゃなくて、これは長崎の話だけれども、こうやって話してる今でも、シリアでも、ニースでも、どこでも起こっている問題、毎日起こってる悲劇なんじゃないかと思っています。

はい。

坂本 暴力や闘いでは何も解決しない、そういうことを監督は言いたかったんだと思うし、観ていただく人にはそのあたりを感じてほしいですね。そう理解してくれたら、うれしいな、と。

今回の作品は坂本さんご自身、病から復帰最初のお仕事でした。しかも同時期に、あのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督からも依頼されています。さすがの坂本さんでも1発目で、その二つはさすがにプレッシャーがあったのではないかと。

坂本 そうですね。30代の一番元気な時ですら二つの映画音楽をほぼ同時期にやったことはなかったので。確かに肉体的にも精神的にもそうとうつらかったです。体力的にも今が仮に100だとしたら、当時は60ぐらいだったかなぁ…。

その上で、ゴールデングローブ音楽賞にノミネートされました。

坂本 いやいや。依頼の連絡があった時イニャリトゥに「まだ療養中なんだけど」って言ったんですけど「そういう時はね、仕事バンバンやったほうがいいんだよ!」って言われちゃって(笑)。そんなもんかなぁーって(苦笑)。

病から復帰後、お仕事に対する心境の変化はありましたか。

坂本龍一坂本 ……うーん、あんまりチャラチャラしてられないなっていう(笑)。いや、僕はね、あっちこっちに興味がたくさん散らばってしまう傾向がある人間でして。いろんなことやってしまうのね。興味・好奇心が旺盛だっていうことは良いことだとは思いますけれど。でも…自分の仕事が何かって言われたら、やっぱり音楽ですから。これからは焦点を絞って一つのことを、深くやっていきたいと。そういう意味では、ちょっと変わったのかもしれません。

世界的な賞も名声も手に入れて、今後の坂本さんのゴールはどこになるのでしょう。

坂本 まぁ、ありがたいことに賞はいろいろ頂きましたけど、そもそもそれはゴールではないので。それを目指してやったことは一度もないんです。賞は…なんていうのかな、突然のご褒美みたいなもんですね。だいたい、ああいうものは、あとから遅れてやってきますし。その仕事は終わって、次の仕事に取りかかって、何カ月も経ってから頂くので。「あぁ、そんなことやったなぁ」って感じですね。(笑)

忘れたころに。(笑)

坂本 ホント、そうです(笑)。それに忙しいので、日々、目の前のことに一生懸命やっていますしね。映画音楽でしたら、監督と毎日やりあって、どうやったら監督を満足させるか、「うん」と言わせるか。レコーディングだったら、どうやって演奏者から最高の表現を引き出せるか、良い音をとれるか、そういうことに集中してるので、賞のことは全く考えてないですね。…っていうとちょっとカッコよすぎるかもしれませんが。(笑)

いえ、でもカッコいいです。

坂本 でも実際のところ、そうなんです。だから、ゴールは……自分で納得できる、自分で「いいな」と思える音楽が作れれば。それだけですね。

ニューヨークを拠点に音楽活動されてらっしゃいますが、東京とはやはり違いますでしょうか。

坂本 26年前になるかな、ニューヨークに来たのは。「機能的」だから、って理由が一番大きかったんです。スタジオ、機材、ミュージシャン、と(制作するにあたって)世界イチ便利なんですよ。ですから、別に「刺激を求めてきた!」とか、そういうわけではなくて。

そうなんですね。

坂本 僕が来たのは、90年ですから。一番刺激的で、熟れておいしかった80年代のニューヨークはもう終わってましたし、一番いい時期のニューヨークが終わってから来たので、みんなから「なんで来たの?」って言われたくらい(笑)。それは、もう、仕事のためですよ。日本はやっぱり(世界から)遠いんですね。ヨーロッパとアメリカ(西海岸)のちょうど真ん中くらいっていうと、やっぱりニューヨークかなって。世界の真ん中だから、どこにでも一番行きやすい。ロマンチックな理由で来てるわけじゃないんです。(笑)

世界を舞台にしている方のリアルなセリフの気がします。では、好きか嫌いかというとどちらですか。

坂本 好きは好きですよ、もちろん。住めば都って言葉もあるしね。でもね…世界のどこにも100%良いところなんてないですよ。好きなところと、嫌いなところが絶対にありますよね。ニューヨークにも東京にも、こういうところは好きだけど、こういうところは嫌い、その両方がありますよね。

最後に在米の日本人にメッセージをお願いします。

坂本 うーーーーんん…なんだろ…。アメリカのいいところはね、「自分らしく」ないと評価されないところ。逆に日本は「自分らしく」いたら、社会に抑えられるというか…学校でも会社でも何か目立っちゃったら、叩かれるというか…。そのあたりは真逆かなって思います。アメリカは、何をしても、みんな放っておきますよね(笑)。基本的には誰もあなたに関心がない。

はい。

坂本 「何かをする」まではね。で、何か面白いことをしたり、発見したり、人のできないことをすると、途端に、みんなワッと集まりますね。

何かをしちゃダメな日本と、何かをしなきゃいけないアメリカというか。

坂本 そのへんは、本当に真逆で面白いなぁって思います。ですから、ここにいる限り、自分しかできない、自分だけの、他にはない、かけがえのない一人になってほしいなって思います。

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坂本龍一(さかもと りゅういち) 職業:ミュージシャン・作曲家・編曲家・ピアニスト
1952年東京都生まれ。78年にソロ・デビュー、同年YMO結成に参加、散開後、88年には映画『ラストエンペラー』で米アカデミー賞作曲賞、その他を受賞。常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ている。2006年には新たな音楽コミュニティー「commmons」を設立。07年一般社団法人「more trees」を設立し森林保全と植林活動を行なうなど90年代後半より環境問題などへ積極的に関わる。東日本大震災後、さまざまな被災者支援プロジェクトに関わるとともに、脱原発・非核を訴える活動も行う。また、音楽とアートを横断する柔軟な視点と、歴史・思想・哲学まで包含する幅広い知識に対してアートの分野からも信頼が厚い。1990年より米国、ニューヨーク州在住。

〈作品紹介〉
映画『母と暮せば』
故・井上ひさしが『父と暮せば』の対となる作品として構想していた作品。戦後、助産婦として長崎で暮らす伸子(吉永小百合)の元に、原爆で亡くなったはずの息子の浩二(二宮和也)が現れるというファンタジー。監督は山田洋次で、坂本龍一さんが音楽を担当している。(公開:2015年12月)

〈CD紹介〉
オリジナル・サウンドトラック、9月23日に米国でリリース
Milan Recordsより『母と暮せば』(英題:Nagasaki: Memories of My Son)のサウンドトラックが米国でリリースされる。「原爆の犠牲者を含めた戦争の犠牲者への鎮魂の思いを込めた演奏を」という山田監督の願いを汲み、坂本龍一+東京フィルが奏した音楽の数々。全28トラック収録。

 

記事提供:ニューヨークビズ 

 

NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』 

著者/高橋克明
全米No.1邦字紙「WEEKLY Biz」「ニューヨーク ビズ」CEO 兼発行人。同時にプロインタビュアーとしてハリウッドスターをはじめ400人のインタビュー記事「ガチ!」を世に出す。メルマガでは毎週エキサイティングなNY生活やインタビューのウラ話などほかでは記事にできないイシューを届けてくれる
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小児病棟で活躍する「ピエロ」臨床道化師の真の役割を知っていますか

ピエロの出で立ちで、小児科病棟の子供たちとふれあう「臨床道化師」ですが、そのコミカルな外見からは想像もつかないほど大切な役割を担っているといいます。無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、臨床道化師として活動を続けている塚原成幸さんのインタビューが紹介されています。

今日の注目の人

病院の子供たちに笑顔を取り戻そうと活動を続ける臨床道化師の塚原成幸さん。その具体的活動に迫ります!

やっぱりお母さん

多くの方は病院イコールしんどい場所で、病院では笑顔になれないから、子供たちを笑顔にするために道化師が必要だと思われているんですけど、実は違います

僕たちはもっと違う角度で子供の現実を見ていて、笑えるまでの助走期間を担うのが臨床現場に入る道化師の役目なんです。

笑わせるところを僕たちが取ってしまったら、それは横取りなんですよ。

それよりも子供たちが笑って関わってほしいのは、日々お世話をしてくれている看護師や主治医の先生、そして病気を抱える子供中心の生活にならざるを得ない親御さんたちなんです。

特に入院している子供がどこまで本心を親に伝えられているか、または親が子供に伝えられているかということになると、お互いかなり無理をしているところがあると思います。

なので、そういう途切れそうな人間関係を再構築させることも、僕らの大切な役割です。