「トヨタが日本政府と結託」と言いがかり。EVに“有毒物質使用”がバレた中国の逆ギレ

中国の自動車製造業トップのBYDが日本で販売するEVの部品に、毒性を有する六価クロムが使用されていたことが判明し、全国に騒動が広がっています。この騒ぎは中国でどのように報じられているのでしょうか。今回、日刊で中国の自動車業界情報を届けてくださるメルマガ『CHINA CASE』では、非を認めず日本批判に走る中国メディアの反応を紹介。彼らの主張は論理的に無理があるものの、日本に対して抱いている感情を知る上では参考に値する、と冷静に受け止めています。

BYD六価クロム問題、中国で「姑息な日本の政治問題化」主張も

中国民間OEM最大手のBYD、その日本法人であるBYDジャパンは2023年2月23日、日本で販売するBYD製のEVバスの部品に六価クロムを使用していると発表した。

運行中などに人体や環境への影響はないとしている。2023年末に新たに発売するEVバスには六価クロムを使わずに車両を製造するとした。

BYDによる六価クロムの使用をめぐり、日野自動車は3月までに発売予定だった小型EVバス「ポンチョ Z EV」の発売を取りやめていた、

これに対して、中国でも注目が集まっており、「典型的なビジネス問題の政治問題化」として批判する記事などもアップされている。

トヨタが政府と結託?

バイドゥ上で自動車情報を配信している「汽車科学島」は2023年2月23日、本件を取り扱い、日本の法律では禁止されておらず、日本の法律は中国はもとより欧米と同基準で六価クロムの使用を許可している、と指摘。

ただただ日本自動車工業会(JAMA)の自主規制に過ぎない、と指摘。

それによれば、JAMAの現会長はトヨタ自動車の豊田章男社長であり、日野自動車はトヨタの傘下、JAMAと豊田氏はそもそも日本政府に近い、としている。

それらに基づき、「典型的なビジネス問題の政治問題化であり、姑息なBYD叩きだ」とした。

BYDのEVバスについては、米国でも排除される傾向にあり、政府からの補助金を受け取れないなど迫害を受けている、と指摘。背景にはファーウェイなどを先駆けに、欧米による中国嫌いは当然、日本にも受け継がれていると考えているものと思われる。

トヨタがBYDに危機感?

「トヨタはBYDに危機感を持っており、最低でも日本市場から排除したい考えだ」とした上で、「一方でトヨタはBYDと合弁を展開、その方法は“BYD inside/Toyota outside”であり、つまりBYDの技術に依存するもの」と指摘、「トヨタはBYDに対してそこまで追い込まれている」としている。

一汽トヨタが発売開始する予定のセダンEV「bZ3」は確かにこの形を取っている。

「汽車科学島」は、「これが日本だ」と今回のやり方を徹底批判。

日本政府が日本の法律の範疇外の存在であり、悪の権化であって、そこにトヨタとの癒着がある、というような見方で、論理的に無理があると思われるが、中国の一般的な感情としてこうした考えがある、というのは参考に値する。

出典:商业问题政治化问题显现:六价铬成为日本打压比亚迪的荒唐借口

この記事の著者・CHINA CASEさんのメルマガ

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会津藩の教え「ならぬものはならぬ」を知って悟った“生きる術”とは?

仕事を始めてみると、自分が納得できない理由で強制されたり、否定されることがあります。職場の誰もが生き生きとして楽しく仕事をしていても、突然その仕事がなくなってしまうことも。今回のメルマガ『公認心理師永藤かおるの「勇気の処方箋」―それってアドラー的にどうなのよ―』では、公認心理師の永藤さんが、最初の転職で出会った雑誌編集の仕事が親会社の意向で消滅した体験を振り返り、「ならぬものはならぬ」という会津藩の教えで悟った処世術を紹介しています。

人生、「ならぬものは、ならぬ」と「なせばなる」の見極めが必要

20代の真ん中くらいの頃、とある業界の月刊誌の編集者をしていました。その前、新卒で入った会社は、知名度は抜群の、何万人も社員がいる会社だったのだけれど、「この仕事がどうしてもやりたい!」と思って入社したわけではなくて。

今思えばその会社にも申し訳ないし、自分にも腹が立つのだけれど、「学校出るから(ほぼ自動的に)就職でもするか」「これといって特にやりたいこともないし、とりあえず名前の通ってる会社でOLでもやるか」という、本当に世間を舐めた未熟者でした。でも入ってみると、やっぱり合わない。それなりに楽しいこともあったけれど、日々苦痛。

で、初めて転職した先が、月刊誌の編集部で。書店販売ではない、直販の業界誌で、編集者も4人プラス外部の編集プロダクション2名の小ぢんまりした所帯。よくもまぁ、まったく未経験の、何者でもない私を雇ってくれたなぁと思うのですが、なんとなくそこに潜り込み、紙媒体のイロハのイから教えていただいたのでした。

すべてが覚えることだらけ。でも自分で取材して原稿を書いたり、外部の方にいただいた原稿を手直ししたり、編集作業の一から十まで携わることができて、本当にうれしかった。

朝9時から、忙しい時は終電ギリギリまで、そしてゴールデンウィークやら年末年始やらお盆の前やらは、印刷工場が休みに入ってしまうので、進行がキツキツになって、休日出勤があたりまえだったりもしたけれど、それでも嬉々として毎日仕事をしていたなぁ。馬車馬のように、機械がガシャンガシャン音を立てるかのように働いていたと思います。

体力的にも精神的にもホントにしんどかったけど、でも月に1回、印刷所から新しい号が納品されると、「よし!」という、確かな手ごたえがあったのです。

が。ある日突然、雑誌の廃刊が決まり、会社がなくなることが告げられて。その雑誌社の親会社の意向ひとつで、不採算子会社だった私の居場所が、ピッと、爪で弾くように、消滅してしまったのでした。

「なんで?」「どうして?」。そんなことは訊いても無駄。景気が悪くなり、業界そのものが坂を下るように縮小傾向になり、そこの「業界誌」の行く末なんて真っ暗以外の何色でもなかったのでしょう。

いい雑誌だったんだけどな。特集も、その他の企画も、現場の声を反映していたし、業界内のどこに取材に行っても「いつも読んでますよ」って言われていたし。

でも、どんなに私たち編集部がいい仕事をしていようと、そんなものは全く関係なかったのです。「この仕事を、このメンバーで続けたい!」どんなに強くそう願っても、それは叶うことはありませんでした。

ダメなものはダメ。無理なものは無理。それを嫌というほど思い知らされたのが、1994年のこの時でした。

この記事の著者・永藤かおるさんのメルマガ

いつの間に統一教会“擁護”へ転向?『月刊Hanada』花田紀凱氏のいい加減さ

雑誌をあげて統一教会擁護を展開した飛鳥新社発行の『月刊Hanada』。自身の名を冠した雑誌を編む花田紀凱編集長を「趣味が悪い」と評すのは、辛口評論家として知られる佐高信さん。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、花田氏が週刊文春の編集長時代に統一教会側から「偏向報道」として非難されていた過去を紹介。いい加減な両者だからこその“手打ち”と、“売れればなんでもいい”花田氏の姿勢に呆れています。

【関連】かつては統一教会叩きを煽動していた『月刊Hanada』花田紀凱編集長の見事な“改宗”ぶり

統一教会と花田紀凱の蜜月まで

いまは『月刊Hanada』を出している元『週刊文春』編集長の花田紀凱がいかにいい加減な男であるかは明らかになりつつあるが、かつて、次のように統一教会から非難されていたことは知らなかった。現在は「統一教会批判は魔女狩りだ!」として擁護に回っているからである。

統一教会が出した「『週刊文春』偏向報道追及」というビラがあり、その第2弾では、

『週刊文春』(平成23年9月8日号)に掲載された「統一教会 日本から『4900億円送金リスト』を独占入手!」と題する石井謙一郎記者の記事は、伝聞と憶測に基づく偏向した記述が多数みられ、当法人及び記事に登場する関係者の名誉を著しく毀損し、また統一教会信者の心情を踏みにじるものである

と始まり、

1993年3月の「山崎さん失踪事件」の際、『週刊文春』は販売部数を飛躍的に伸ばした(花田紀凱著『花田式噂の収集術』124ページ)。山崎浩子さん失踪事件を契機として、統一教会信者に対する強制的脱会説得事件は急増し、今もなお続いている

と弾劾している。

また、第3弾には

花田紀凱元編集長は「週刊誌にとっては、宗教問題は重要かつ売れ筋のテーマ」(『花田式噂の収集術』125ページ)と述べているが、まさに売れればいいという体質が、今回の当法人に対する歪曲報道になったと言える

とある。

ここまで批判していた花田と「当法人」はいつ手打ちをしたのか。統一教会もいい加減なら花田もいい加減だから、こんなことになったのだろうが、ともかく呆れるばかりだ。皮肉を言えば、統一教会記事で売れなくなったら、花田はまた簡単に統一教会を捨てるのだろう。

有田芳生が嫌がらせを受けながらも、統一教会の批判記事を『週刊文春』に載せていた時の編集長が花田だった。有田によれば、デスクを通して有田が「新体操の山崎浩子が統一教会に入って合同結婚式に出るらしい」というネタを出したら、有田がまだ山崎に取材もしていないのに、花田は「山崎浩子、統一教会で合同結婚式」という電車の中刷り広告をつくっていたという。

花田はしつこく『朝日新聞』叩きをやっている。しかし、その花田が1996年に『朝日』が出した女性誌『uno!』の編集長を引き受けたことは案外忘れられている。

そんなに嫌いなら、朝日の禄を食わなければよかったではないか。繰り返し攻撃する朝日になぜ入ったか。花田は説明する必要があるだろう。そういう体質だと知らなかったと言うなら、自分の不明を恥じて黙っていればいい。騒ぎ立てれば騒ぎ立てるほど、花田のアホさが浮かび上がる。

その趣味の悪さというか、ダサさは雑誌に自分の名前をつけるところにも表れている。かつての過ちを悔い改めて統一教会を擁護するというなら、雑誌も『月刊統一』と名称変更したらいいのではないか。

この記事の著者・佐高信さんのメルマガ

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なぜ、具合が悪い人がいても順番通りに呼ぶ病院で誰も文句を言わないのか?

「平等は大切」とよく言われますが、そもそも平等とは何なのでしょうか? 私たちは、みんな平等に扱わないと「贔屓している」と思われることを恐れているのかもしれません。メルマガ『喜多川泰のメルマガ「Leader’s Village」』の著者で自己改革小説の第一人者・喜多川泰さんは今回、「 贔屓」と「平等」というものについて語っています。

贔屓(ひいき)の呪縛から解放される指導理念

平等の大切さを教えるのはとても大切なことだと言われます。ところが「平等は大切ですよ」とは教えられるけれども「平等って何か」については誰も教えてくれません。

実は、何が平等かなんて誰にもわからない。

みんなが受け入れているものも決して平等ではない。

累進課税が平等なのであれば、消費税は不平等だし消費税が平等なのであれば、累進課税は不平等でしょ。

みんな、平等かどうかは別として「多くの人が納得できる」という落とし所で社会は成り立っている。要は「その価値観に納得できる」かどうか。

学校が「贔屓は極悪!」という環境ならば、社会に出るまでの訓練を学校でして「贔屓されてこそ幸せになれる」という社会で成功しようとしても、その切り替えがうまくいく子のほうが少ないのは当たり前でしょう。

「では喜多川さんは、学校でも贔屓しろと?」

と言われそうですが、贔屓しろともするなとも思っていません。だって、そもそも「平等」がわからないんだから、贔屓のしようがないわけですよ。もしくは、これまでだって「平等に」を意識しつつ贔屓ばかりしてきたかもしれないということでもありますよね。

実際に多くの贔屓は、「平等に」を意識しすぎた結果に起こっています。

授業の説明を聞いてわからなかった子がいる。

「ここまでで何か質問ある?」と先生が尋ねて、あまり聞いていなかった一人の生徒が「全部わからない」と言ったとする。

そうすると、先生はその一人の生徒のために、一から全部説明をし直したりする。

それは、贔屓じゃないの?

もし、しっかり聞いていた一人の生徒が「全部わかるんですけど、じゃあこの問題は?」とさらに難しい未習内容の質問をしたら、その一人の生徒のために、一から全部説明をして、他の生徒をみんな待たせる?

自分は日々贔屓をしているのかもしれない。ということを感じてもらえるでしょうか。

なのに「贔屓だ!」と言われないのは何故か。それが平等だからじゃない。多くの生徒が「わからない子がいたらわかるまでみんなで待ってあげる」という価値観に納得しているからですね。

だから、逆の価値観でほとんどの生徒が納得している環境においては、前者のような場合でも「聞いてないほうが悪い」の一言で質問した本人を納得させて、他の全員のために授業を進めることだってあるだろう。

この記事の著者・喜多川泰さんのメルマガ

 

ひとつのことに「1万時間」を費やせば、大抵のことは何とかなる

一流になる人達が、ひとつのことにつぎ込む時間は「1万時間」以上だと言われています。今回のメルマガ『菊原智明の【稼げる人、売れる人に変わる知恵】』では、菊原さん自身が、センスがまったくなかったという文章力が、書籍を発行するにまで至るという成果を出した「1万時間理論」について、実体験をふまえながら紹介しています。

“未来の自分の進化”のための時間の比率を高めていく「1万時間理論」について

今回の話はハードコア。骨太の内容になっている。このメルマガならではというテーマ。

今回紹介するは“1万時間理論”というもの。

一流になった人は一つのことに“1万時間以上の時間をつぎ込んでいる”という理論がある。1万時間というとちょっとピンと来ないかもしれない。

例えば、1日3時間ならば約10年間。10年間1つのことを続ければかなりのものになる。

どんな人でも“つぎ込んだ時間に比例”して上達するものだ。

営業で結果を出す人はやはり“営業する気を上げる”といったことについて時間をつぎ込んでいる。だからこそ他の人と差をつけダントツの成績を叩き出せるのだ。

ということは、“何に時間を使っているか”は非常に大切になってくる。

そしてこれは確実に結果へとつながる。私自身、これを実感している。

私が時間をつぎ込んできたものは“何かを書く”ということ。

はじめはリアルの日記だった。しかし誰も見てくれないと続かない。すぐに飽きてしまった。

その時ちょうどブログが流行っていた。そこで“住宅営業マン日記”というものをスタートした。

スタートしたのは2004年。原動力は何かいいことを情報発信したいというものではなく“鬱積したものを吐き出す”というもの。あまりポジティブではない。

当時は“トップ営業になったが会社からは認められない”といったストレスを抱えていた。

あの時代はまだまだ訪問・テレアポ全盛期。上司から「一軒でも多く訪問しろ!」と言われていたもの。

そこで訪問せずに事務所で1日ゆっくりしている。当時このスタイルはあまり受け入れられなかった。

営業部長からしてみれば「菊原は結果を出すけど目障りだ」と思うのも当然。細かい嫌がらせを受けていたもの。

それをブログにぶつけていた。それがいいガス抜きになる。毎朝の楽しみとして続けていた。

この記事の著者・菊原智明さんのメルマガ

離婚するとなったら、年金は「半分」に分けなきゃいけないのか?

離婚協議後の年金の分割については一般的には「半分に分ける」とよく言われますが、一体どのような方法で行われるのでしょうか。今回のメルマガ『事例と仕組みから学ぶ公的年金講座』では、著者で年金アドバイザーのhirokiさんが、離婚分割について詳しく解説しています。

妻と別れて厚生年金記録を分割してもらったが、再婚後の遺族厚生年金にはどう影響するのか

1.昭和時代の長かった女性の年金は低めの人が多い

昭和61年3月31日までの年金制度というのは女子、特に専業主婦としての役割が多かった人というのは将来の年金額が非常に少ない、もしくはそもそも無年金というのが普通でした。

無年金者がいる事は社会問題だ!って現代では言われますが、昔は専業主婦の人が無年金になってもいいよねっていうそういう時代でした。

ところが、離婚した場合の女性が貧困になる危険性があったため、昭和61年4月以降は専業主婦であろうと必ず国民年金に加入させて、将来は妻の名義で年金を貰う事にする事が出来るようになりました。みんな将来は年金が貰えるようにしましょうと。

ただし、貰えるようになったのは老齢基礎年金のみであり、金額としては多くても月額65,000円程度となっています。

国民年金って低いなあ…と感じているのは、僕の読者様であれば強くうなずくところではないでしょうか。

また、国民年金というのは20歳から60歳まで強制加入させて約年額78万円を貰うというのが本来のやり方なんですが、サラリーマンや公務員の専業主婦というのは強制加入させていませんでした。

そのため、昭和61年3月までは国民年金の記録が無くて、昭和g月から強制加入させても加入期間が短すぎてロクな金額の老齢基礎年金にしかならないというケースも多く存在します。

女性の年金記録を見る時、想像を超えるような金額の低さというのはよく目の当たりにしたものでした。

特に昭和41年4月1日以前生まれの人は、国民年金強制加入となる昭和61年4月1日前に20歳になってしまうので、どうしても加入していなかった期間というのが発生してしまいます。

昭和41年4月2日以降は昭和61年4月1日以降の強制加入時にgになれるから、しっかり加入して保険料を納める事が出来ますね。

しかしながら、昭和61年3月までの強制加入じゃなかった時代も、自ら進んで任意加入していた人も昭和50年代あたりは700万から800万人程居たので結構将来のために保険料を納めていた人も多かったですけどね(任意加入できる人の8割ほどが加入していました)。

さて、とはいっても加入するのは国民年金なので、将来貰言える年金は老齢基礎年金だけとなるため、老後を迎えた女性にとっては心もとない金額です。

もちろん女子も昭和時代に厚生年金加入していた人は普通にいたので、将来は厚生年金と一緒に年金が貰えるのですが、昭和時代は厚生年金保険料を返して将来の年金にしないという制度があり(脱退手当金という)、なかなか人気があったので、それで今の高齢女性の厚生年金が無いとか低いという要因の一つとなっています(昭和61年4月1日以降は厚生年金保険料を原則返せなくなりました。制度廃止)。

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タモリ「最近の日本語」騒動に、大手新聞の元校閲センター長はどう反応したか?

18日に放送されたラジオ番組、ニッポン放送「オールナイトニッポン」の特別番組で、タレントのタモリが、昨今の日本語について疑問を呈したことが大きな話題となりました。さまざまな意見がネット上に出ましたが、今回のタモリ発言を「言葉のプロは」どう見ているのでしょうか? メルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』の著者で朝日新聞の校閲センター長を長く務めた前田さんは、タモリの意見に理解を示しながら、「とか」や「なります」という言葉に対する違和感の正体について解き明かしています。

こちら「とか弁」とかになります。タモリの主張に「わかる~」と思う訳

2月18日のラジオ「オールナイトニッポン」に、タレントのタモリさんが出演するというので、楽しみに聴いていました。

そこで、最近よく使われる「とか」「~になります」という言い方が、気になると話していました。それに対して、ネットでいろいろと話題になっていました。

少し前に「徹子の部屋」というテレビ番組で、最近の状況を「新しい戦前」と称した発言も相まって、話題になったのだと思います。

40年続いた深夜バラエティー番組の「タモリ倶楽部」も、3月で終了になるといいます。放送が始まった1982年は、僕が社会人になった年でもあります。イグアナのモノマネや4カ国語麻雀といった芸をしていた時代から見ていたファンの一人としては、一時代が終わったような寂寞の感を禁じ得ません。

ということで、今回は「とか」「~になります」について、考えていこうと思います。

ああ、それわかる~

ラジオのなかで、タモリさんは「ご飯とか食べに行かない?」という言い方はどうも釈然としないと話しています。「とかは、他にもあるっていうこと。関連させることを言わないと」いけない。「ご飯とか食べた」というなら、「ご飯の他に何があるのか」を言うべきだというのです。

僕は「わかる~」と思う人間の一人です。

さらに「~になります」についても、「こちらカツ丼になります」と言って運んでくるのはおかしい。すでに「カツ丼になっている」ものを運んでいるんだから、と言います。

もし「カツ丼になります」というなら「油、豚肉、パン粉、卵、衣。ご飯」を持ってきて言うべきだ。そこから「ほら、カツ丼になったあ」という具合に見せるなら「これがほんとの、なります」だというのです。

ことばから見える様々な視点

番組の冒頭、最近怒ることがなくなってきたと話していたことを受けて「おれ、怒ってるわ」と言っているのです。これは、半分シャレのようなものだとは思うのですが、かなりことばについても考えているのだな、という印象を持ちました。

番組が進むと校正者・大西寿男さんを取り上げたテレビ番組にも触れて「校正の仕事って、誤字脱字を直すだけじゃないんだ。小説家の文章を削ったりもするんだ」と言う発言があったり、「辛」と「幸」の字源の違いを挙げて「幸せって、前の上を見て願うもんじゃなくて、後ろの下を見て感じるもんだ」というようなことを話していたりしたからです。

ことばを通して、いろいろな見方や考え方ができるという視点に共感を覚えたのです。

コミュニティー方言としての「とか弁」

「ご飯とか行かない?」という聞き方には、「ご飯じゃなくてもいいし、お茶だけでもいいんだけど」という含みもあるように思います。また「別に断るなら断ってもいいよ」と、相手に断られたときのショックを和らげるクッションをそこに抱えているように思います。つまり、相手への忖度を含んだ薄い衣をかぶせた守りの表現なのです。

「カツ丼になります」も、「注文したカツ丼に間違いないでしょうか」という確認を含んだ独り言のような感じがします。ここにも、相手や自分を傷つけないという心理的な要因があるのでしょうね。

周囲への忖度や自己防衛ではないか、という後付けの分析はできます。しかし、このことばを使っている人たちが、必ずしもこうしたことを意識しているわけではないと思います。

周囲が使っていることばを自分も使っているだけのことです。つまり、一種の仲間うちで使われるコミュニティー方言とでもいうべきことばなのです。その証拠に、正式な文章や上司に対しては、まず使われることがないからです。

【関連】タモリが激怒した今どきの日本語「とか」「なります」はアリかナシか?

この記事の著者・前田安正さんのメルマガ

プーチンより恐ろしい。ウクライナ利権の独占を目論む中国「習近平の訪露」という切り札

国際社会のさまざまな働きかけも実を結ぶことなく、2月24日に開戦から1年が経過してしまったウクライナ戦争。しかしここに来て、ついにその力を発揮すべく大きな行動に出た中国に注目が集まっています。果たして中国は、世界を破滅から救うことができるのでしょうか。そのカギとして「習近平国家主席のモスクワ訪問」を挙げるのは、元国連紛争調停官の島田久仁彦さん。島田さんはメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で今回、交渉のプロとしてそう判断する理由を解説。その上で、今年のG7議長国である日本が取るべき動きを探っています。

欧米に一泡吹かせる。習近平のロシア訪問で戦争終結という中国の「好ましい」シナリオ

「中国政府はついにユーラシア大陸を本気で取りに行こうとしているのか?」

王毅政治委員(外交トップ)がミュンヘンでの安全保障会議(MSC)に出席した後、モスクワを訪問してプーチン大統領をはじめとするロシア政府の中心的人物と会談をしたという情報を得た際そう感じました。

ミュンヘン安全保障会議中には、同じく出席していたクレバ外相(ウクライナ)に対して“中国版の調停案”を詳細に説明し、クレバ外相も真剣な面持ちで「真剣に検討する」と述べたのは印象的でした。

そしてその足で王毅政治委員はモスクワに飛び、“中国版調停案”をロシア政府に説明したとのことですが、今のところ、ロシア側の反応については明らかになっていません。

ただ、プーチン大統領が王毅政治委員に対して「できるだけ早く習近平国家主席と会って話がしたい」というメッセージを託したという情報も数筋から来ており、中ロ首脳が近々顔を合わせた時、どのような展開になるのかとても関心があります。

そこで1つ気になるのが【プーチン大統領は習近平国家主席の訪ロを要請していたにも関わらず、中国政府がモスクワに送ってきたのは外交トップの王毅政治委員だった】というアレンジメントです。

重要なのはプーチンの訪中ではなく習近平の訪露

これが意味することについて中国情勢の専門家(調停グループ内の)に尋ねてみたところ、次のような答えが返ってきました。

「断言はもちろんできないが、習近平国家主席が直に出てくるとすれば、ロシア・ウクライナ双方が中国版調停案を停戦協議のベースとして受け入れ、中国に調停・仲介を要請する場合のみだろう。今回、フランスやドイツ、そしてアメリカからオファーされた場合とは違い、クレバ外相が提案を一蹴せずに“真剣に検討したい”と神妙な面持ちで持ち帰ったのは、ウクライナの復興にあたり中国が果たす役割を理解し、期待しているからだと思われる。ロシアによるウクライナ侵攻前から、中国はウクライナに投資しており、中国資本も本格的に進出していることに鑑み、戦後の迅速なウクライナへの復帰をオファーされたのではないか。問題はその提案をロシアも交渉のベースと考えるかどうか。そのためにはワンプッシュが必要となるだろう」

その“ワンプッシュ”とは何なのでしょうか?

調停チーム内のロシア専門家によると、それは【習近平国家主席のモスクワ訪問】です。

「大事なのはプーチン大統領の北京訪問ではなく、習近平国家主席のモスクワ訪問だ。どちらの場合でも話す内容は変わらないだろうが、プーチン大統領が上げた拳を下げるきっかけを与えられるのは、習近平国家主席があえてモスクワに会いに来てくれるという体裁を取ることでプーチン大統領の面子を保つことによってのみだろう。中国はなかなか習近平国家主席カードを切ってはこないと思うが、もし習近平国家主席が仲介をする形でプーチン大統領とゼレンスキー大統領の直接会談が実現したら、これは中国にとってとてもおいしい展開になると同時に、バイデン大統領をはじめとする欧米の(反中国の)リーダーたちに一泡吹かせることに繋がり、それは習近平国家主席にとっても、プーチン大統領にとっても望ましい帰結となるかもしれない」

この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ

もはや手遅れの日本。中国に「政治介入され放題」でも暴かれぬ不可解

カナダやアメリカをはじめ、各国で次々と明るみに出る中国の政治介入。しかしなぜか我が国ではそうした問題が取り沙汰されることがありません。その裏にはどのような「力」が働いているのでしょうか。今回のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』では台湾出身の評論家・黄文雄さんが、もはや中国共産党の政治工作は世界の常識になっているとして、彼らの手口を改めて紹介。その上で、日本の政治家に対して抱かざるを得ない「疑惑」の存在を指摘しています。

※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2023年2月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。

中国に取り込まれ済みか。日本で中共の政治介入工作が表面化しない怪異

機密文件掲中國干預2021年大選 加拿大國會要査(カナダの選挙に中国が関与したという機密文書、カナダの国会が調査)

カナダ安全保障情報局(CSIS)は、2019年と2021年のカナダにおける総選挙に中国政府が介入したことを確認しました。2021年の選挙では、ジャスティン・トルドー首相率いるカナダの与党・自由党が引き続き少数政権であり続けるように、中国が何人かの保守党候補を落選させる工作を行ったことを明らかにしました。カナダ下院の委員会は、これに関する調査を開始する意向だといいます。

グローブ・アンド・メール紙によると、2021年9月の総選挙ではトルドー首相の再選が不安視されていたため、保守党の明確な勝利を恐れた中国が高度な戦略を用いて選挙に干渉したことを示すCSISの機密文書を入手したとのこと。

中国政府は駐カナダの中国外交官と共謀し、政治献金の提供や偽情報の拡散によって保守党議員を落選に追い込む一方、自由党を少数与党にとどまらせ、カナダの政治を膠着状態に陥らせようとしているとのこと。

また、同文書では、中国が選挙に影響を与える戦略として、特定の候補者に現金を寄付したり、企業経営者に中国人留学生を雇わせて選挙ボランティアに参加させたりするほか、ソーシャルメディアを通じて保守党が反中国政党であることを広めることも挙げてます。

トルドー首相に直接苦言。盗人猛々しいにも程がある習近平

同文書では、一つの党が多数与党になると中国に不利な政策を実施しやすくなるため、北京は少数与党を望んでいると記述しています。また、同文書は2021年、バンクーバーの中国総領事だったトン・シャオリンが保守党の議員2人を倒したと主張したことを紹介しているそうです。

トルドー首相は、2月17日の国会で保守党のピエール・ポワリエーブル党首の質問に答え、外国の干渉によって2019年と2021年の選挙結果が変わったわけではないが、連邦政府はこの脅威を深刻に受け止めていると強調しました。

このカナダの総選挙への中国の介入は、これまでも噂されていたことです。昨年11月には、インドネシア・バリ島で開催されたG20サミットで、中国とカナダの非公式首脳会談が行われ、トルドー首相がカナダの選挙への中国の干渉疑惑について「深刻な懸念」を示しました。

このことがカナダのメディアに伝わったことで、習近平主席がトルドー首相に「新聞にリークされるのは適切ではない」と直接不満を述べるシーンが話題ともなりました。

習氏、カナダ首相に苦言「新聞にリークされた」

この記事の著者・黄文雄さんのメルマガ

かんぽ生命「実績の3倍」ノルマに感じる、不正発覚前と同じ“危険なニオイ”

2019年に保険料の二重取りなどの不正販売が発覚し、世間から大きな批判を浴びたかんぽ生命。朝日新聞に掲載された「今年度実績の3倍のノルマを設定」との報道に「目を疑った」と驚くのは、メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』著者で健康社会学者の河合薫さん。4年前の不正販売の根本原因が、厳しいノルマと社内のパワハラ体質にあったと振り返り、社長は辞任したものの現場だけが責任を負わされたことで経営の体質は変わらなかったと指摘。独自の聞き取りで、いまもパワハラがあるとの声を紹介し、同じことの繰り返しとなる危険性を伝えています。

プロフィール河合薫かわい・かおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

かんぽ実績の3倍のノルマに「高すぎ」の声。過剰な目標が過去の不正につながった

「え?大丈夫なの??」と目を疑う記事が、昨日(21日)朝日新聞に掲載されました。ーかんぽ「契約目標90万件」今年度実績の3倍 現場は「高すぎ」ーとの見出しです。

内容はかんぽ生命が不正が発覚して以来、3年ぶりとなる「ノルマ」を復活させた昨年度と同程度ではあるものの、22年4月~12月期決算の新規契約数は目標の3割強に留まっているため、実績に対して3倍の数値目標を掲げていることを書いたものです。

過剰なノルマが不正につながった過去があるだけに、現場からは「高すぎる目標の根拠がわからない」「数字ありきの営業目標だ」との声が上がっていると報じました。

4年前の出来事なので、忘れてしまった方もいるかもしれませんが、高齢客らに保険を乗り換えさせて不利益を与えるなどの不正問題に関する経営陣の対応は、誠実とはかけ離れたものでした。

そもそもの始まりは、2019年6月14日。ゆうちょ銀行の「多数の店舗・社員において、投信の販売時に社内ルール等に即しない取り扱いや営業行為が認められた」というメッセージを、6月上旬に池田憲人社長が社員に送り、2018年度の社内表彰式を中止したという「隠された事実」を、一部新聞紙が報じたことでした。

その第一報から10日経った6月24日。かんぽ生命は、2018年11月分の契約を調査した結果、同時期の約2万1000件の契約乗り換えのうち、約5800件で契約者の負担が増えていたと公表します。しかし一方で、「不適切な営業とは認識していない」と説明しました。

さらにその3日後の27日には、24日の公表後に顧客から苦情が殺到し、過去5年分の契約を調査したところ、不利益を受けた事例が約2万4000件にのぼっていると発表します。

既にこの時点で後手後手なのですが、西日本新聞のスクープで問題はさらに拡大。7月7日、西日本新聞が「半年以上、新旧の保険料を二重払いさせたケースが2016年4月~18年12月で約2万2000件に上る。意図的に不適切な販売を行っていた可能性が高い」とする記事を公開したのです。

で、翌日。かんぽ生命保険は、契約者が新旧の契約を重複して保険料を半年以上、二重払いしていた事例が約2万2000件あると発表し、「営業社員が手当を満額受け取るため故意にやった可能性がある」「再発防止のため、社内での指導や必要な処分を進めている」と、「あくまでも現場の問題なんだよね~」と豪語したのです。

そして、さまざまな報道がされる中、かんぽ生命の植平光彦社長と、販売委託先の日本郵便の横山邦男社長が、7月10日、2時間超の記者会見を行います。

しかしながら、内容は「保身」に満ちたもので、記者からの質問に答える表情には「おまえら何言ってんだよ」といった“圧”をかけるあり様で。前代未聞の不正問題をおかしたトップとは思えない、不誠実で、傲慢な、答弁を繰り返したのです。

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