「自分はコレができない」と認められる人が絶対に成長していくワケ

自分ができること、できないことを客観視することはビジネスマンにとって非常に重要です。しかし、それが難しいこともまた事実。無料メルマガ『販売力向上講座メールマガジン』の著者で接客販売コンサルタント&トレーナーの坂本りゅういちさんは、できないことを認める難しさを知ったうえで、それでも認められるようになるべきだとしています。

できないことを認められないと

先日、とある飲食店で数人で食事をしていたら、とても印象良くハキハキした店員さんがテーブルについてくれました。

物腰も柔らかいし雰囲気的にも「できる人」という感じで、テーブルについていた僕たちは安心してオーダーをしていました。

その後もその店員さんは非常にハキハキとオーダーを受け付けてくれましたし、料理やドリンクを持ってきてくれる時もとても良い感じの対応をしてくれました。

しかし、途中から僕らはあることに気づくことになります。

オーダーがおかしいのです。

注文した料理は間違っているし、ドリンクも何回言っても一向にやってこない。

別にクレームを言うようなこともせずただ普通に、「これは頼んでないですよ」「こっちを頼みましたよ」「だいぶ前にドリンク頼んだのってどうなってますか?」みたいに声をかけていました。

ですが店員さんは、「え?この〇〇ですよね?」「はい、今やってますので」と同じテンションで答えていました。

いやいや…う~ん…

すごく嫌な言い方をしてしまうと、その方は雰囲気はめちゃくちゃあるけどあまりデキるタイプの方ではなかったようです。

ただ僕が言いたいのはそこではありません。

デキるかどうかは経験の差もあるでしょうし、たまたま忙しいという時だってあります。

それは状況に応じて仕方のないことだと個人的にはとらえています。

それより気になるのは、『認めるかどうか』の点です。

自分に非があることを認めるかどうかではなく、自分がどういうタイプなのかを自分自身で認められるかどうかですね。

今の自分の力量を客観的に見ることは実は結構大切です。

もし自分がまだまだなのであれば、それを自分で認められていないと周囲は割を食うことになります。

経産省渾身の「パワポ芸」は日本をどこに導くか?絶望的にダメなスライドを分析してみえた製造業の敗因と「逆転への道」

経済産業省が作成した「製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性」なるパワポ資料が「めちゃめちゃ面白い」「いや絶望的にわかりにくい」と喧々囂々の議論を呼んでいる。全141ページにおよぶスライドの中で、我が国の製造業の弱点と課題はどのように整理・分析されているのだろうか。米国在住作家の冷泉彰彦氏によれば主な論点は5つ。それぞれに、ものづくり日本を誤った道に導きかねない問題点がある。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:敗北を認めて製造業の改革を

“経済産業省のパワポ”が示す、ものづくり日本の危機

経産省が作成したスライド、具体的には「第16回 産業構造審議会 製造産業分科会」で配布された「資料4 製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性」が話題になっているようです。
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/016_04_00.pdf

そもそも、現状・課題・政策の方向性などという抽象的な議論を先へ進めるために、141ページのパワポ(9MBものPDFファイル)を作るというところに、ダメな理由が現れているわけです。

つまり簡潔な本質論を提示して合意形成し、後は演繹的に徹底的に実行してゆくということができないのです。現状認識についても、課題についても、まして政策の方向性などということでは、百家争鳴といえば聞こえは良いものの、簡潔な本質論ではたぶん合意ができないのでしょう。

そこには、世界観の相違、過去の成功体験の束縛の深さ、リスクが取れないという権限のなさ、英語が通用しないというコミュニケーションの問題などが横たわっています。

その結果として、俗に「ポンチ絵」と言われる巨大なパワポで「見える化」しないと、話が進まないのだと思います。まず、この点が絶望的にダメだということに気づかなくては先へは進めません。

経産省のスライドは何を訴えているのか?論点は5つ

そこで、本稿では、このパワポの前提になっているらしい、問題提起のほうを最初に取り上げて議論したいと思います。「資料3 御議論いただきたい論点(PDF形式:782KB)」です。
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/016_03_00.pdf

この資料にあるリストが今回の議論の内容というわけです。そのタイトルだけを並べてみますと、

  1. グローバル競争力強化に向けた組織・コーポレートの機能の在り方
  2. 製造DX
  3. Hard-to-abate産業におけるGXの方向性
  4. 経済安全保障を巡る国際情勢と政策の方向性
  5. 航空・宇宙

となっています。

一般の世論を「煙に巻く」ためか、あるいは内輪の言葉に閉じこもるためなのかわかりませんが、すでに翻訳が必要です。一つ一つ見ていくことにしましょう。

トヨタなど「日本発の多国籍企業」に関する経産省の致命的な勘違い

まず、「(1)グローバル競争力強化に向けた組織・コーポレートの機能の在り方」ですが、経産省の問題意識はわかりやすく言うと「製造業の海外比率が高まっているのに、米欧と比較するとその利益率は低いようだ。どうしたら利益率の向上ができるのか?」という話と、「今は6割の従業員が海外現地採用になっており、これに対応できるような経営組織はどうあるべきか」ということのようです。

この問題ですが、前提条件が不明確です。

まずもって、日本企業とは何かという問題があります。日経新聞の読者と同じように、また経団連のお歴々がそうであるように、経産省も「日本発の多国籍企業は日本企業であるし、その収益の合計は日本経済である」という前提で話をしています。

これは一般の世論もそうで、例えばトヨタが世界における自動車販売台数で1位になると、何となく祝賀ムードになります。また欧州のある国の高速鉄道や、アメリカのある大都市の地下鉄車両を日本の企業が受注すると、やはり良いニュースになるようです。

ですが、実際は違います。トヨタの場合、売上における海外比率は、この経産省のスライド(141ページある方)の10ページのチャート(力作ですが、若手官僚が何時間かけたんでしょうか?)にあるように、76%ぐらいあります。

鉄道車両の場合は、特に先進国では雇用確保が重要ですので、公共性が強いこの種の事業の場合は現地生産が前提になります。

さらに言えば、株主も多くの場合は外国人比率が高くなっています。トヨタをはじめ多くの企業はNYの株式市場にADR方式などで上場しており、実際の企業の所有者である株主も多国籍化しています。もっといえば、各国の現地法人は多くの場合トップも役員も現地の人材になってきています。

とにかく、日本が発祥の地であり、日本ぽい名前がついていても、多くの国際化した企業は実際は多国籍企業となっているのです。ですから、こうした議論を日本の経産省が主導するということ自体が、非常に奇妙です。

経産省というのは、日本政府の役所です。その役所は憲法に基づいて国民が選挙権を行使して選んだ多数党の組閣によって成立する行政府の一部門に過ぎません。日本発の多国籍企業の「秘密サロン」の応援団である根拠はそもそも希薄なのです。(1)に関しては、まずはこの点が非常におかしいのです。

もちろん、日本発の企業が多国籍化して世界で存在感が高まれば、誇らしいというのはわかります。また、多少はロイヤリティの収入はあるでしょう。ですが、実際の投資(キャッシュの動き)で見てみれば、人口減によって市場が縮小する日本ではなく、儲けたカネは海外に再投資されるわけです。

つまり、日本発の多国籍企業が海外でどんどん市場を拡大しても、こうした企業活動が日本のGDPに貢献することは、極わずかなのです。

どうして、豊かであったはずの日本国内で貧困が蔓延しているのか、非正規雇用が増えているのか、そして通貨がここまで安く叩かれているのか、その背景にはこの問題があります。

ですから、経産省の問題提起そのものがおかしいわけです。

もちろん、日本がトランプのように保護貿易に傾斜してもロクなことはありません。ですが、様々な判断のタイミングにおいて、「その判断は日本のGDPに寄与するのか?」あるいは「キャッシュフローとして国内に還流するのか?」という観点でもう少しバランス感覚を持っていれば、ここまで国内が貧しくなることはなかったと思います。

AI時代に一人勝ち。NVIDIAの「CUDA」がIntelやAppleを蹴散らし業界の“実質的なスタンダード”になった背景を中島聡が徹底解説

空前のAIブームの中にあって、その開発の現場で「一人勝ち」とも言うべき圧倒的なシェアを誇っているNvidia(エヌビディア)のGPU向け開発環境「CUDA」。IntelやAppleといったライバルたちを尻目に、いかにしてCUDAはトップに登り詰めたのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では世界的エンジニアとして知られる中島聡さんが、CUDA誕生の経緯から業界の「事実上の標準」となるまでを詳しく解説。さらにMicrosoftが5月20日に発表した「Copilot+PC」に関して、中島さんが注目したポイントを記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:NvidiaのCUDAが今の地位を築いた経緯

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

AI研究者たちに与えた大きなインパクト。NVIDIAのCUDA誕生の経緯と一人勝ちの背景

現在進行形の「AIブーム」の中で、そのメリットを最も享受しているのは、Nvidiaであることは、今や、誰もが知るところです。AIの基盤となるニューラルネットは、そのパラメータ数に応じて能力が上昇するため、学習・推論のいずれのプロセスにおいても莫大な計算が必要で、現時点では、NvidiaのGPUが圧倒的なシェアを持っているためです。

GPUを提供しているのはNvidiaだけではなく、Intel、AMD、Apple、Qualcommなどライバルも複数存在しますが、そこでライバルを排除する強力な武器となっているのが、CUDAと呼ばれる開発環境です。

GPUは、CPUとは異なり、大量の計算を同時に並列して行うことが得意ですが、その能力を引き出すためには、GPU向けの開発環境が必要なのです。CUDAはそんな「GPU向けの開発環境の一つ」ですが、ニューラルネットの研究者たちの間で、CUDAがデファクト・スタンダード(実質的なスタンダード)になってしまったため、その上にライブラリも数多く作られ、今や、少なくとも学習プロセスに関して言えば、「CUDAを使う以外の選択肢はほぼない」状況になっているのです。

CUDAは、Nvidiaが自社製のGPUの上に作った開発環境であるため、結果として「ニューロンの学習プロセスにおいては、NVIDIAを使う」ことがスタンダードになってしまったのです。GPT4などのLLM(大規模言語モデル)が証明しているように、人工知能の性能を上げるには、ニューラルネットの規模(パラメータ数)を大きくし、かつ、大量の教育データを与える必要があるため、ここに「AI特需」が発生し、一つ数百万円するNvidiaのGPUが、1年先まで予約が入ってしまっているほど「バカ売れ」しているのです。

今日は、このCUDAがどんな経緯の元に生まれ、どうやって業界のデファクト・スタンダードの地位に登り詰めたのかについて、解説したいと思います。

GPU向けの開発環境として、最初に普及したのは、OpenGLでした。シリコン・グラフィックスというグラフィックス・ワークステーション(画像や映像処理を行うための専用のコンピュータ)を作っていた会社が、1992年に自社製のワークステーション向けに提供していたIRIS GLというAPIをオープン化する、という形でスタートしました。OpenGLの以前には、シリコン・グラフィックスのライバルたち(Sun Microsystems、Hewlett-Packard、IBM)が作ったPHIGSという業界標準がありましたが、技術的に優れていたという理由で、OpenGLがワークステーションの業界では、標準になりました。

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この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

蓮舫氏を「雨にも濡れず演説」とバカにした維新・馬場代表が逆炎上…「おまえも傘差してたやろ」暴露され松本区議とネット史に名を刻む

東京都知事選で有権者の支持を集める立憲民主党の蓮舫氏をなんとか炎上させたいという焦りから、日本維新の会・馬場伸幸代表が4日午前2時半にSNSを更新。だが、丑三つ時に呪いの藁人形のような投稿をした結果、翌朝さっそく“逆炎上”する事態に。さすがに難癖がすぎたようだ。

【関連】馬場維新代表が三度目の「大阪都構想」で大炎上。「認知症かな?」「詐欺師よりタチ悪いで」あの重大疑惑を自ら広め大ピンチ

蓮舫氏に“難癖”つけた馬場維新代表、堂々炎上す

立憲民主党の蓮舫氏(56)が2日、東京都知事選(7月7日投開票)に出馬表明してから初となる街頭演説をJR有楽町駅前で行った。

この日の東京はあいにくの雨だったが、悪天候にもかかわらず多くの有権者が立ち止まって蓮舫氏のことばに耳を傾けるなど大盛況に。

現地を訪れたジャーナリストの有田芳生氏によれば、双子の子どもを持つ母親が、蓮舫氏を一目見ようと探す姿も見られたという。

だが、そんな蓮舫氏と有権者たちの“熱気”が、野党なのに裏金問題の追及に難色を示し、第2自民党と後ろ指を指されている維新のお歴々には気に入らなかったようだ。

日本維新の会所属の品川区議会議員、松本常広(ときひろ)氏(42)は3日、Xを更新し、

これは私の中では衝撃的な写真で、蓮舫議員含めた政治家は、屋根のある場所で演説、直立し、聴衆は大雨の中で傘やカッパなんですよね。 そこに違和感を抱けないところに、今の政治の危機的状況が表れているように私には思えます。

と、蓮舫氏の街頭演説を斜め上から批判。

さらに、日本維新の会代表の馬場伸幸氏(59)も、4日午前2時28分Xを更新して、

自分達は濡れないところで演説をやる、というところがこの方々の普段の政治姿勢に現れていると感じるのは小生だけでしょうか?

と、無理筋な“蓮舫叩き”に追随する姿勢をみせた。

【関連】「蓮舫叩き」が早速スタート。利権どっぷり小池百合子都知事に「忖度」を続ける大マスコミの腰抜けぶり

維新にまともな議員なし?馬場代表&品川区議がまとめて炎上の怪

ところがこの“維新ムーブ”、SNSでの評判はすこぶる悪いという。ネットメディア編集デスクが説明する。

「松本さんに関しては、しょせん“小物”の品川区議という共通認識のせいか、当初そこまで炎上はしていませんでした。弁護士でもあるため、『とりあえず武蔵小山法律事務所を使うのはやめておこう…』といった会話が隣駅・西小山の居酒屋で囁かれるていどだったんです。

ただ、その動きに遅れて追随した“大物”の維新代表、馬場さんの“蓮舫叩き”が致命的でした。多くの有権者が翌日の仕事にそなえ寝ている異常な時間帯に、食べログや価格.comの掲示板で忌み嫌われている『小生』という一人称を使って“無理攻め”を決行してしまったこともあり、翌朝さっそく大炎上してしまいました」(ネットメディア編集デスク)

かくしてSNSは「そういうのを難癖って言うんだよ」「このおっさんマジで何を言ってるのかわからん…」「雨に濡れるの気にせずに蓮舫の演説を聞いてる聴衆がそんなに怖いんか?」「雨が嫌なら有権者は家に帰る自由があるんだぞw」「まあ蓮舫バッシングが維新の大事な仕事だからな」など、馬場維新代表への批判が巻き起こる異常事態となった。

中国の経済崩壊と深く関係。なぜ日本に「ガチ中華」店がゴリゴリに増えてきたのか?

昨今メディアなどでもたびたび取り上げられるようになった「ガチ中華」なる飲食店。高級中国料理店や町中華と異なり本場の味のみを提供するガチ中華は、なぜ今日本で急激に増えているのでしょうか。今回のメルマガ『j-fashion journal』ではファッションビジネスコンサルタントでコロナ禍以前は頻繁に中国を訪れていたという坂口昌章さんが、その背景を解説。中国の経済崩壊との深い関わりを指摘しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:私をガチ中華に連れてって

私をガチ中華に連れてって

1.愉しい食事とガチ中華

ガチ中華とはガチンコ中華の略で、日本人に忖度せずに本場と同じ味の料理を出す中華料理店、あるいはその料理を指します。中には、店内は中国人だけで日本語が通じない店もあります。

私はコロナ以前は定期的に中国に出張に行っていました。最初の頃は、高級な店に連れて行かれましたが、次第に現地の人達が美味しいという店に行くようになりました。中国はとにかく食事が重要です。出張でも、何回食事ができるか、どんな料理を食べるか、どんな人に会えるか、を考えます。食事の間に仕事をするという感じですね。

中国側の人達も食事を大切に考えています。食事をしながら、仕事の核心に迫ることも珍しくありません。仕事は仕事、食事は食事という態度は信用されません。

中国の食事が好きでしたが、政治的な様々な問題、人権問題等が生じ、最早、中国とは仕事ができなくなりました。

私は中国が嫌いなわけではありせん。むしろ、中国も中国人も好きです。嫌いなのは、現政権の政治です。

よく、他人に迷惑を掛ける中国人が取り上げられますが、中国人全体が他人に迷惑を掛けるわけではありません。私は個人の問題だと思っています。人種の問題ではありません。

中国には行けませんが、中国の食事は楽しみたい。そんなことを考えている時に、ガチ中華の店が増えているという話を聞きました。

2.ガチ中華が増えた背景

日本も中国も、コロナ禍の営業制限により、多くの飲食店が倒産しました。

私は最初から飲食店の営業制限には意味がないと思っていました。そもそも日本では感染症による死亡者も一部専門家の予測ほど多くはありません。超過死亡の減少がその証拠です。

最初は未知のウイルスということで不安でしたが、次第にデータが揃ってきました。それでも、マスコミは科学的な分析より恐怖を煽る予測を優先していました。政治家も国民の生活を安定させることより、自らの権力をアピールすることを優先しました。飲食店は強制的に営業を制限され、多くの店が閉鎖され、空き店舗が増えたのです。

一方、中国でも多くの飲食店が倒産しました。仕事がなくなり、腕のよい料理人も余ってきました。こうしてガチ中華が成立する環境が整いました。居抜きで店舗を借りて、中国から料理人を呼べばいいのです。

中国の経済破綻は、富裕層、中間層の海外脱出を加速しました。日本にも中国人の移住者が増えています。中国人が高級マンションを購入しているという話も聞きます。中国人人口が増えるにつれ、故郷の味を楽しみたいというニーズも高まります。需要も供給も条件が揃ったのです。

ガチ中華は、中国人による中国人のための店でした。最初から日本人の顧客を呼び込もうとか、日本人の舌に合わせようという気持ちはありせん。

それを中国マニアの日本人が見つけ、通い始めました。日中友好の時代があり、中国生産依存の時代があり、多くの日本人は中国に通っていました。大多数は日本人向け、観光客向けの高級レストランに行っていましたが、中には現地の人と一緒に現地の料理を食べていました。

そんな日本人にとって、懐かしの味がガチ中華です。

【関連】中国は大崩壊へ。世界から孤立し輸出産業が打撃を受けた世界第2位の経済大国はどこで道を誤ったのか?

この記事の著者・坂口昌章さんのメルマガ

渋沢栄一も高く評価。「日本最初の民主的な憲法構想」を徳川慶喜たちに提出するも斬殺された人物の名

今まで私たち日本人がこれといった疑問も持たずに信じ込んできた、さまざまな歴史認識。しかしそれは「勝者」によって作られた史観に左右される場合も多々あるようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では著者でジャーナリストの高野孟さんが、「頑迷な徳川政権を薩長が武力で打倒する以外に日本の近代は始まりようがなかった」という捉え方が正しいのか否かを、とある書籍の内容を軸として考察。司馬遼太郎氏らが溺れた「過ち」についても記事中で触れています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:江戸時代に既に育まれていた憲法構想/遠山茂樹や丸山真男はなぜこれほどまでに間違ってしまったのか?《その1》

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

江戸時代に既に育まれていた憲法構想/遠山茂樹や丸山真男はなぜこれほどまでに間違ってしまったのか?《その1》

本シリーズの第7回は23年10月23日号=No1228(植木枝盛)、第8回は24年1月22日号=No.1241(中江兆民)で、それからだいぶ間が開いてしまった。それは、植木や兆民に代表される明治早々からの鮮烈な民権思想が、無から有が生じるかのようにいきなり噴出することなどあるはずがないとすれば、江戸時代のいかなる思想風土の内にそのような民権思想が胎まれたのかを知りたいと思ったのだけれども、そのヒントになりそうな本や資料に出会うことがなかったからである。

【関連】福沢諭吉とは正反対。中江兆民が生涯を通して貫いた「下から目線」

本シリーズの第3回(No.1218)では上田藩出身の赤松小三郎の「日本最初の民主的な憲法構想」を取り上げ、また第4回(No.1220)では米沢藩士=宇加地新八の「私擬憲法案」を紹介したが、それらも突出的・先駆的な秀才による仕業という感じで、どのような歴史的文脈の中に位置づければいいのかは分からないままだった。が、去る3月、私の問題関心にピッタリすぎるほど嵌る本がついに出現した。関良基=拓殖大学教授の最新作『江戸の憲法構想/日本近代史の“イフ”』(作品社)がそれである。

【関連】安倍政治を招いたクーデター「明治維新」が、日本にもたらした“不幸”
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実は上述の第3回の記述は、関良基『赤松小三郎ともう一つの明治維新/テロに葬られた立憲主義の夢』(作品社、16年刊)に依っていて、同教授の明治維新観には共感するところ大だったので、先日たまたま立ち寄った日比谷の丸善ジュンク堂書店の棚の隅に差してあった一冊の背に目敏くその名前を見つけることができた。そして書名を見れば、まさに私の求めていたテーマそのものでないか。さらに棚から抜き出して帯を見ると、田中優子=前法政大学総長が写真入りで「日本を、江戸時代からやり直したくなる。いや、やり直さなければならない。強くそう思わせる、驚くべき著書だ」という推薦の言葉が載っている。「これだ!」と思わず声に出して喜んだのだった。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

既存の知的権威をあざ笑い論破する。“アカデミック”の理念とは異なるスタイルのひろゆき氏はなぜ人気者なのか?

「一億総幼稚化」とも言うべき状況が進行し、「知的」という言葉がすっかり死語と化した感のある現代日本。しかし文筆家の倉下忠憲さんは、「日本人の知的なものへの関心はなくなっていない」と感じていると言います。今回、倉下さんはメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』で、さまざまな仮説を立てつつ「日本人と知的なもの」との複雑な関係性を考察・解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:知的な営みへのアンビバレントな思い

知的な営みへのアンビバレントな思い

2024年の今現在、「知的生活」という言葉はどんな風に響くのでしょうか。

渡部昇一さんの『知的生活の方法』が出版されたのが1976年。1970年ごろに急激に衰退しつつあった昭和教養主義のなごりがまだ市井に漂っていた時代でしょう。知的なものへの憧れは弱まりつつありながらも維持されていたのです。

また、高度経済成長期がピークに達し、オイルショックや工業化による環境破壊の実態が明らかになったことで、「このままずっと良くなっていく」という展望が抱きにくくなっていた時代でもあります。

物質的にはたしかに豊かになった。しかし、このまま物質的豊かさを求めることには危うさがある。だとすれば、物質的ではない豊かさこそが必要ではないか。そのような機運が高まってもおかしくありません。

そう考えると、「知的生活」というフレーズはその時代の人々に求められる要素を備えていたのだと見えてきます。教養主義へのノスタルジーと、精神的充足感のある生活。今、そこにないものを求める姿勢。

その内実はどうであれ、今とは違う──そしてより好ましいであろう──生活のスタイルと価値観が提示されていたわけです。

では、現代はどうでしょうか。

■知的なものの弱まり

最近のニュースを見るたびに、日本において「知的なもの」の力が弱まっている印象を受けます。

大学や博物館の予算がない。司書が軽く扱われている。書店が閉店し続けている。フェイクニュース、コピペ記事、中身を確認しない安易な拡散行為……。数え上げればきりがありません。「知的なもの」は、この社会において衰退しつつあるように思います。

もちろん、『知的生活の方法』がヒットした時代でも、同様に「知的なもの」が力を失いつつあったのでしょう。むしろ、失われつつあったからこそ「こういうものが大切だよ」という主張が注目を集めたのです。すべての人が当たり前のようにやっていることをアピールしても「そりゃ、そうでしょ」で終わってしまいます。

今そこにないからこそ、提案することに意味がある。

その意味で、1976年頃も現代も「今はない」という点では共通しているのですが、前者の時代では、その直前までたしかに教養主義が生きていました。どういう形であれ「知的なもの」の力を信じ、そこに憧れを持つ人が社会の中に残っていたのです。

しかし、現代は違います。バブルの熱狂という「泡」が膜となり、教養時代の空気は現代までほとんど届いていません。むしろある種の歪みがあり、そうした価値観の提示は「老害」として処理されることが増えているかもしれません。どちらにせよ、「知的なもの」への憧れという系脈が大きなルートとしては現代まで引き継がれていないのです。

だから「知的生活」という言葉には、ノスタルジーも憧れもきっと生まれないのでしょう。

この記事の著者・倉下忠憲さんのメルマガ

宮崎カーフェリーに予約が殺到。なぜ、船の旅はここまで人気が出たのか?

あなたはカーフェリーに乗ったことがありますか? 今回の無料メルマガ『繁盛戦略企画塾・『心のマーケティング』講座』で、繁盛戦略コンサルタントの佐藤きよあきさんが、以前の「雑魚寝」で「うるさく」「食べるものも粗末」な船の旅とは大違いな、現在のカーフェリーの魅力について語っています。

劇的進化!「カーフェリーの旅」が再注目されている理由。

船の旅と言えば、どんな時間を想像するでしょうか。

のんびり、ゆったり、エンターテインメントあり、食事はオールインクルーシブ、洗練された客室……。

豪華客船でのクルージングを思い浮かべた方は、船の旅は快適なものだと認識されています。

しかし、カーフェリーを思い出し、安いけれど時間が掛かる、退屈だ、食べるものも粗末、我慢するしかない。

そんな印象が浮かんだ人は、好んで船の旅を選ぶことはありません。

安さだけで利用する人の多くは、船底に近い、機械音のうるさい大広間のような客室を選びます。

知らない人がすぐ横にいて、“雑魚寝”をするのが当然です。

ぐっすり眠ることは、諦めていました。

ところが、その認識はいまや間違いであり、時代遅れだと言われてしまいます。

いま、カーフェリーは大きな変貌を遂げています。

利用客の低下を改善すべく、お客さま目線のサービスを探求し、より快適な旅の提供を目指すようになりました。

数年前からは新造船も増え、まるで豪華客船のような空間となっています。

雑魚寝をする客室は無くなり、個室が増え、バイキングレストランを備えていたりします。

こうした努力により、利用客は増え、カーフェリー復活と言えるようになりました。

アポロ計画成功の立役者フォン・ブラウンの「波乱」に満ちた人生

世界初のロケットV2号、有名なこの飛行物体はナチス政権下のドイツで開発されました。今回の『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ」』では時代小説の名手として知られる作家の早見俊さんが、このロケットの開発に携わったヴェルナー・フォン・ブラウンの波乱万丈の人生について詳しく紹介しています。

ロケットの父 フォン・ブラウン

1960年代、宇宙で交わされる言語は何語という質問に対し、ドイツ語だという答えが交わされました。

第二次世界大戦後、米ソは核兵器開発と共に宇宙ロケット開発も凌ぎを削ったのですが、ロケット開発に携わったのは米ソ共にナチス・ドイツの科学者たちだったからです。

特に有名な人物がヴェルナー・フォン・ブラウンです。人類史上初のロケット、V2号、人類を初めて月に送り込んだアポロ計画、ブラウンなくしては実現できたかどうか疑わしい彼の功績でした。

彼の生涯を振り返る前に世界初のロケットV2号について記します。ご存じの読者も多いと思いますが、V2号は第二次世界大戦の最中、ナチス・ドイツで開発されました。1939年のポーランド侵略を皮切りに、瞬く間にヨーロッパを制圧、ソビエトロシア奥深くに侵攻し、世界最強誇ったヒトラーの軍隊ドイツ国防軍でしたが、1943年一月、スターリングラード攻防戦に敗れて以来、劣勢に立たされます。ヒトラーは戦局を打開しようと秘密兵器の開発に躍起になりました。様々な兵器が設計され開発されたのです。

ドーバー海峡を超える高射砲、ジェットエンジン搭載の戦闘機、超巨大列車砲、超大型戦車、中でもヒトラーが特に興味を抱いたのがV1号と2号でした。V1号は空軍がV2号は陸軍が開発しました。どちらも、無人でドーバー海峡を超えてゆく兵器でした。

V1号はロケットではなく無人の小型飛行機で、スピードと航続距離はV2号に比べて劣りました。ロンドンに向け発射されたのですが、戦闘機や対空砲火で撃墜されたり、戦闘機がV1号と並行して飛び、尾翼に機体を乗せて弾道を変えて海に墜落させることが可能でした。

対してV2号はロケットです。1944年9月、V2ロケットはオランダのアントワープとロンドンに向け発射されました。飛行速度はマッハ4(音速の四倍)、撃墜は不可能です。連合軍はV2号の発射基地、輸送ルートを叩きました。

北朝鮮が飛ばす約600個の「汚物風船」がもたらした被害はどの程度だったのか?

北朝鮮から韓国に向けて飛ばされた「汚物風船」による被害が明らかになってきました。無料メルマガ『キムチパワー』の著者で韓国在住歴30年を超え教育関係の仕事に従事している日本人著者が現在の韓国の状況を詳しく語っています。

北朝鮮の汚物風船、落ちて爆発することも

北朝鮮が1、2次にわたって吹き飛ばし、全国各地で発見されている「汚物風船」から化学物質などは出なかったが、自動車のガラスを破損するなど実質的な被害を生んでいる。

特に住宅街や市場など住民の往来が多いところでも重さ5キロを超える積載物が爆発しないまま発見され不安を募らせている。

6月2日午前8時30分ごろ、京畿道富川市梧亭区大庄洞(キョンギド・プチョンシ・オジョング・デジャンドン)に汚物風船2個が落ちた。このうち1つがトラックの前輪の近くに落ちて爆発したため、タイヤと車両の運転席の外部が燃えて煙が上がり煤が生じた。このため風船や積載物に爆発や火災の危険がある火薬などの引火物質が含まれているのではないかという分析もでている。警察関係者は「風船の中にあったタイマーが燃え、トラックの車輪を焼いたもので、大きな火災にまで広がることはなかった」と話した。

また同日午前10時22分ごろには安山檀園区(アンサン・ダンウォング)に立つビラの駐車場にも汚物風船が落ちた。風船は駐車場に駐車されていた乗用車に落ちフロントガラスが粉々になった。

当時乗用車には誰も乗っておらず、周辺に通行人もいなかったため人命被害は発生しなかったものの一つ間違えば大きな人命事故につながることは目に見えている。破れていない袋の中にはプラスチック瓶をはじめとするゴミや土などが入っていたと伝えられた。

ソウル陽川区新亭2洞でも同日午前5時40分ごろ、道路に駐車していたSUV車両の上に風船が落ち、助手席のガラスが割れた。風船にぶら下がっていたビラや汚物などを入れたビニール袋が破れずそのまま落下し被害が大きかったものと思われる。ビニール袋の重さは約5キロと推定された。

また同日午前、安養市万安区のある市場の路地にも汚物風船の推定物体が落ち、中にあった内容物が街を覆った。幸い休日だったのでほとんどの商店が閉店していたため通行人が多くなく怪我をした人はいなかった。

慶尚北道浦項市(キョンサンブクド・ポハンシ)では、花津(ファジン)海水浴場近くの砂場で、汚物風船の推定物体が発見された。

避暑シーズンを控えて人出が集まる海水浴場などに汚物風船が落ちる場合、ややもすれば大きな被害につながりかねないという不安も提起されている。汚物風船にはタバコの吸殻、古紙、ビニールなど汚物・ゴミが含まれていることが把握された。