現役教師が語る「多様性を認めよう」という言葉の矛盾と負の側面

日々、メディアやSNSで語られる「多様性を認めよう」という言葉。すでに耳馴染んだ感はありますが、「多様性を認める」は多くの矛盾や不都合をはらんだ言葉になっています。そんな問題に言及するのは、無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』の著者で現役小学校教諭の松尾英明さん。負の面を考えたうえで言葉のイメージに振り回されないようにする考え方を明かしています。

多様性の尊重の自己矛盾問題をどうするか

今回は哲学編。多様性の尊重について。

「多様性を認めよう」という声は、もはや世間に浸透しきり、当たり前、常識と化してきた。ただしそれが実際に当たり前に行われているということとはまた別である。「いじめをなくそう」「差別はいけない」といったスローガンが浸透しているのと同じである。ただ世の中で賛成する声が多い考えになったというのがポイントである。

以前にも書いたが、これがどうしても矛盾を生む。

「多様性を認めよう」を全てに適用する場合、「多様性なぞ認めない」というような人の「多様な」意見も認めるしかない。しかし、それを認めれば「多様性を認めよう」という正義に反する。必ず自己矛盾に陥るのである。

全ての「○○しよう」は、正義の主張である。つまり、○○に反する△△は、排除の対象となる。△△派からすれば、○○も正義に反する意見である。正義の主張は、必ず対立を生むという構造上の宿命を背負っているといえる。

「多様性を認めよう」は、一つの正義の主張である。即ち、確実に対立を生む。

教える内容がある程度決まっている学校教育においては、特にこれが難しい。

多様性を認めるとは、例えば使用言語もバラバラでいいということだろうか。これでは、会話自体が成立せず、カリキュラムが決まっている内容の教育は、ほぼ不可能である。

多様性を認めるとは、学校に来なくても、あるいは勉強をしなくてもいいということだろうか。教師の言うことを全く聞かないことすらも「多様性の尊重」になる。それでは、一切の教育が成り立たない。

多様性を認めるとは、何をしてもいいということだろうか。それは、ルールを一切守らないことすらも認めざるを得なくなる。そうなれば、社会としての崩壊状態である。

つまり「多様性を認める」は、全ての思想や行動を認めるという意味で受け取ると、不都合だらけになる。

ミシュラン三つ星を「最速」で獲得した料理人の逆境と努力の数々

世界最速でミシュランの三つ星を獲得した日本の料理人がいます。なぜ、彼はミシュランで三つ星を獲ることができたのか?今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、 シェフのインタビューで明らかになった三つ星をとれる人ととれない人の差について紹介しています。

「三つ星」を取れる人と取れない人の差 米田 肇(HAJIMEオーナーシェフ)

世界最短でミシュラン3つ星を獲得した料理人の米田肇さん。

一見、順風満帆に見える道のりにも、度重なる逆境と並々ならぬ努力があったといいます。

本日はそんな米田さんが取材の中で語られた「三つ星」を取れる人と取れない人の差、というお話をご紹介します。

─────────────────

三つ星を取れる人とそうでない人の差は、皆が頂点を目指して頑張っている中で、細部にまでとことんこだわれるかが分かれ目だと思います。

よくスタッフが「ちょっと火を通し過ぎたと思うんですが、どうですか?」って聞きに来るんですけど、味見をすると全然ちょっとじゃないんです。

病院の先生でも、体温がたった0.02度上がっただけでおおごとだと捉える方がいますが、そうした微差を追求できる人が特出できるのだと思います。

料理の世界ではその差が品質管理にものすごく影響します。

よく器用なほうがいいですか?という質問を受けますが、器用であったほうがいいですけど、それ以上に日々の努力を積み重ねられる人のほうが成長します。

そのためには小さなミスにも真摯に向き合う姿勢が大事ですね。

146国中125位にまで転落。G7ダントツ最下位ニッポンの「格差指数」が中韓にも抜かれたワケ

かねてから「男女格差が大きい国」として認識されてきた日本ですが、先日発表された男女平等度ランキングでは146カ国中125位と、中韓をも下回る過去最低を記録しました。なぜ日本のジェンダーギャップは縮まらないのでしょうか。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、その理由を具体的な数字を上げつつ解説。さらに先週末に栃木県で開催されたG7男女共同参画会議で見られた、日本の現状を表すかのような「異常な光景」を紹介しています。

G7どころか中国韓国にも遠く及ばず。拡大する一方、日本の男女格差

スイス・ジュネーブに本部を置く国際機関「世界経済フォーラム」は6月21日、世界各国の男女格差の現状を複数のデータから評価した「グローバル・ジェンダー・ギャップ・レポート(世界男女格差報告書)」の2023年版を発表しました。日本のジェンダーギャップ指数は、調査した146カ国中125位で、昨年の116位から9ランク下落し、調査を始めた2006年以降、最低を記録しました。

ちなみに、G7各国を見てみると、ドイツは6位、英国は15位、カナダは30位、フランスは40位、米国は43位、イタリアは79位ですから、日本の125位はG7の中でダントツの最下位です。それどころか、G20でもOECD38カ国でも最低レベルなのです。そして、アジア各国を見ても、フィリピンは16位、シンガポールは49位、ベトナムは72位、タイは74位、韓国は105位、中国は107位で、やはり日本は最下位なのです。

今年で17年目となる「グローバル・ジェンダー・ギャップ・レポート」は、「経済」、「教育」、「医療へのアクセス」、「政治参加」という4つの分野で各国の男女格差を調査し、その平均値を数値化したものです。日本の場合は、「教育」と「医療へのアクセス」の2分野は、ほぼ男女平等で合格点です。しかし、「経済」と「政治参加」が極めて酷い状態なのです。特に「政治参加」の男女格差が146カ国中138位と世界最低レベルのため、平均値を大きく引き下げてしまっているのです。

2006年の第1回の調査では、日本のジェンダーギャップ指数は世界80位でした。それが、昨年は116位となり、今年はとうとう125位にまで下がってしまったのです。そう言われると、日本がどんどん劣化しているように感じてしまいますが、実は、そうではないのです。

ジェンダーギャップ指数は、「100%」を男女格差のまったくない状態として数値化しています。14年連続で世界1位のアイスランドの今回のスコアは「91.2%」、つまり、数多くの男女格差のうち9割以上を解消しているということになります。そこで、今回の日本のスコアを見てみると「64.7%」なのです。じゃあ、日本が80位だった2006年はと言うと、なんと「64.5%」なのです。今と変わらないと言うか、正確に言えば今より「0.2%」ほど悪かったのです。

これまで17年間の各国のジェンダーギャップ指数の推移を見てみると、多くの国々が自国のマイナス点を改善し、昨年よりは今年、今年よりは翌年と、少しずつ男女格差を解消し、順位を上げて来たことが分かります。しかし、この日本だけは、何の対策も取らず、昔ながらの女性差別を続けて来たのです。ようするに、日本の男女格差が悪化したのではなく、日本以外の国々の男女格差が改善されたことで、日本は様々な国に追い越され、とうとう世界125位にまで沈んでしまったのです。

たとえば、2006年の日本の女性の国会議員の割合は「9.9%」でしたが、現在は「10.0%」、ほとんど変わっていません。しかし、2006年に日本と同じように女性の国会議員の割合が低かった国々の多くは、この17年を掛けて少しずつ改善し、どんどんランキングを上げ、日本を追い抜いて行ったのです。

この記事の著者・きっこさんのメルマガ

『鬼滅の刃』の“鬼”と同じ。統一教会が献金被害者たちに向ける「攻撃性の刃」

東京都下に約2,000の土地を購入したことが大きく報じられ、またも注目を集めている旧統一教会。そんな教団に対して進んでいると見られる解散命令請求の動きですが、現在の宗教法人法には「致命的な不備」があるようです。今回のメルマガ『詐欺・悪質商法ジャーナリスト・多田文明が見てきた、口外禁止の「騙し、騙されの世界」』では、かつて旧統一教会の信者だったジャーナリストの多田文明さんが、同法に財産保全の規定がないため、特別措置法の成立に向けての議論が必要と指摘。さらに旧統一教会と対峙する者として、『鬼滅の刃』を見るたび引き込まれる理由を記しています。

『鬼滅の刃』の鬼そのもの。統一教会が被害者に向ける苛烈な誹謗中傷

統一教会はかならず資産を隠す。宗教法人法の不備

文化庁による旧統一教会への解散命令請求は着々と進んでいると見ていますが、実際に裁判が行われて解散命令が確定するまでには、かなりの時間がかかります。過去に解散命令を受けた「明覚寺」の事例をみても、最終的に最高裁で特別抗告が棄却されるまで約3年を要しています。

教団はこの裁判に対して徹底的に戦うでしょうから、最高裁までもつれるものと考えています。弁護士によると、高裁(高等裁判所)の判決が出た時点で、解散命令の効力が発せられるということです。

次の問題はその時に、教団内に財産が残っているかどうかです。

全国霊感商法対策弁護士連合会は「旧統一教会には国内外に、多数の関連組織や個人が存在しており、その財産を移動・隠匿させることは容易であり、一度散逸させてしまえば、その十全な回復は困難」と指摘するように、教団は様々な形で資産を隠すことが考えられているにもかかわらず、現在の宗教法人法には、他の法律にあるはずの財産保全の規定がないといいます。

「会社法などでは、法人を解散させる規定のある法律には、財産保全の規定があります。宗教法人法にはその規定がない」「これは立法上の不備といえます」と、先日行われた国対ヒアリングにて、阿部正臣弁護士が述べており、今、特別措置法の成立に向けての議論が必要な時を迎えています。

詐欺や悪徳商法業者の常套手段を行いかねない統一教会

これまで詐欺や悪質商法をみてきてわかるのは、知能犯らは、だましとったお金の行方を、いかにしてわからなくさせるかを同時に考えるということです。それは被害事実が発覚しても、そのお金を容易に取り戻せないようにするためです。

ご存じのように振り込め詐欺では、詐欺グループの指示役の指示を受けて、高齢者宅に赴いた「受け子」がだまし取ったお金を、トイレなどで対面せずに、別な運搬役に渡して、さらにその人物も別な運搬役に渡します。末端の人物らにお金を手渡しさせながら、お金をたどれないようにします。

こうした財産隠しや散逸は、詐欺だけでなく悪質業者の常とう手段でもあります。

お金を不法に手にして、それが取られそうになると、いかに隠して自分たちのものにするかを最優先で考えるわけですが、それを公益法人である宗教団体がしたとしたら、大変な問題になります。

しかし旧統一教会においては、これまでの経緯から、信者の資産として隠す、海外に送金する、教団の関連会社に財産を移すなどを行ってくる可能性は、充分にありえますので、それを防ぐためにも「特定宗教法人の財産保全に関する特別措置法」の成立が求められます。

すでに1件でも不法行為で集めたと疑われるお金の流れをわからなくさせる行為をしていたら、もはや公益性のある宗教法人として存在してはならないとも考えています。

この記事の著者・多田文明さんのメルマガ

“自ら望む”理不尽。KADOKAWAの五輪汚職に見る「日本的マゾヒズム」

6月26日付の朝日新聞に掲載された、「できなかった 内部通報」と題された記事。KADOKAWAの五輪汚職の調査報告書を報じたものでしたが、そこには「我が国特有」と言わざるを得ない社員の心の内が記されていました。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では、健康社会学者の河合薫さんが記事の内容を紹介するとともに、パワハラでも同じ構図が起きていると指摘。その上で、なぜ日本でこのような状況がまかり通るのかについて考察しています。

プロフィール河合薫かわいかおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

出版大手KADOKAWA五輪汚職に見る、報復を恐れて傍観者になる「日本の病理」

今回は6月26日付の朝日新聞が取り上げた、出版大手KADOKAWAの五輪汚職に関する調査報告書の内容から、あれこれ考えてみたいと思います。

記事は、同社元会長の金銭授受が知財法務部から賄賂にあたる可能性を指摘され共有されていたのに、「なぜ、法律で保護されている内部通報を活用できなかったのか?」についてまとめたものです(以下、記事より抜粋し要約)。

調査委員会が行ったヒアリングに対し、「止めましょうと言えなかった」「関わりたくない、と申し出て関わらなかった」「必ず(誰が内部通報したか)バレる。報復人事を恐れないわけがない」「左遷されるなり人事上の不利益を被るだけ」などの意見が相次ぎ、中には内部通報制度を知らない社員も少なくなったとか。

読んでいるだけで暗澹たる気分になりました。いったい何のための内部通報なのでしょうか?とはいえ、これって内部通報だけじゃないな、と。同様の構図はパワハラでも起きているのですよね。

ハラスメントを通報する社内のコンプライアンス委員会はあるのに、報復人事が怖くて通報できない。勇気を出して通報しても、コンプライアンス委員が忖度する。仮に通報したところで、「当該行為は確認できなかった」「本人にヒアリングをしたがパワハラとは断定できない」などと言われるがオチ。これは私が実際に「ハラスメントされた人」「身近なハラスメントを相談された人」から繰り返し聞いてきたフレーズです。

相談窓口~と、通報窓口~、というものを国も企業も、問題が発覚→なんとかしなけりゃ!となるたびに好んで作りますが、つまるところ、組織で生き残る最善策は「長いものに巻かれろ」であり、「さわらぬ神にたたりなし」とばかりに傍観者に徹する精神が、日本人に、日本の会社員に、とことん刷り込まれてしまっているのです。

だからこそ「罰則規定」が必要なのに、それも機能しない。“大きなモノ”を守るために、政治家は罰則を法律に入れたがりません。

内部通報した社員を守るために2006年に施行された「公益通報者保護法」には
「通報を理由に解雇や降格、減給などの不利益な扱いを禁止する」と書かれて
いますが、罰則規定はなし。「パワハラ禁止法」では、職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主に義務付けられていますが、パワハラそのものを禁止するという文言は最後まで盛り込まれませんでした。

法律はいったい誰のためにあるのか?法律がなぜ、必要なのか?

その原点がないがしろにされた、穴だらけの法整備しかやらない、やりたがらないのが、日本という社会の病巣なのかもしれません。

この記事の著者・河合薫さんのメルマガ

年金の受給開始が75歳に?勘違いする人続出の「繰り下げ制度」を詳しく解説

昨年4月から75歳まで引き上げが可能となった年金受給開始年齢。しかしこれを「一律75歳開始」と勘違いする方が続出し、一部で混乱が引き起こる事態となってしまいました。そんな制度を分かりやすく解説しているのは、過去に配信した記事を2023年4月以降の法律に併せ内容を改訂した増補版を読者にお届けする、メルマガ『事例と仕組みから学ぶ公的年金講座【過去記事改訂版】』を新創刊した年金アドバイザーのhirokiさん。hirokiさんは今回、年金受給開始年齢の引き上げはあくまで任意であり、希望すればこれまで通り65歳から受給可能と明記するとともに、繰り下げ受給した際の「損益分岐点」を紹介しています。なお、新創刊メルマガは6月末まで初月無料で読めますので、この機会にぜひご登録ください。

支給開始年齢が75歳になるという誤解と実際

1.年金受給が65歳から75歳へ引き上がるのではない

令和4年4月1日の改正により、年金受給を65歳から75歳までの間で受給の選択ができるようになりました。

65歳から75歳までの間で自分の意思で受給を選択するだけなのですが…これからは75歳にならないと年金が貰えなくなるというおかしなウワサが広まっていました。

恐らく今も、そのように勘違いをされてる人も居らっしゃるかもしれませんね。

あれは65歳から貰う年金を「受給者本人の意思で75歳から年金支給を選択できるようにもしたいなぁ」ってだけの話です。

今現代は高齢者雇用で働く人がひと昔前とは比べようもない程に増加したので、「働いてるからまだ年金貰わないと生活できないわけじゃないから、年金は後で受給するか…」という選択がしやすくなったという事です。

なので、私は75歳まで働かないと年金もらえないのか…と絶望する必要はありません(笑)

しかしながら単に遅らせるだけではなく、遅らせると65歳時の年金が毎月0.7%ずつ増えていくという、なんとも実りある制度でもあります。本来は65歳から貰う老齢の年金(老齢基礎年金や老齢厚生年金)を75歳まで遅らせて受給できますよっていう制度を年金の繰下げと言います。

ちなみに絶対に75歳まで待て!というわけではなく、1ヶ月単位で自分で貰う時を選べるので65歳以降で例えば67歳4ヶ月で貰いたいなあという人は、そこで28ヶ月遅らせた年金を貰えばいいだけです。

28ヶ月遅らせたら28ヵ月×0.7%=19.6%増という事になるので、65歳時の年金が100万円だった人は67歳4ヶ月の翌月分から年額1,196,000円で貰えるようになるという事ですね。

まだ働いてるとか、資産に困ってないとか他に収入があるという人であれば、このように公的年金を65歳以降貰うのを遅らせて増加させるのを待つのは老後の生活をさらに豊かにする事に繋がります。

もし75歳まで待てるなら、120ヶ月遅らせられるので0.7%を掛けると84%増という事になり、65歳時の年金が100万円であれば75歳時に184万円になるという事です。

65歳以降1ヶ月遅らせるごとに0.7%ずつ年金が増えていくという他の金融商品にはありえないほどの利率が付いていく非常におトクな制度です。

——
注意

年金を貰うのを遅らせたい人は、65歳誕生月に届くハガキタイプの年金請求書に繰下げの意思を表示して提出します。

65歳からは老齢厚生年金と老齢基礎年金を受給しますが、どちらの年金を遅らせるかを記入します。

両方遅らせる場合は請求書は提出しません。

なお、年金を遅らせて増加した年金を受け取る場合は、少なくとも66歳誕生日の前日までは最低でも待つ必要があります。

この記事の著者・hirokiさんのメルマガ

市川猿之助が入院していた『自衛隊中央病院』で蘇る人気カップル“結婚の幻”

27日、歌舞伎役者・俳優の市川猿之助(本名、喜熨斗孝彦=きのし・たかひこ)容疑者(47)が、母親への自殺ほう助の疑いで警視庁に逮捕されました。当日、猿之助容疑者が世田谷区にある入院先の病院から警視庁目黒署に移送されたという報道を見た芸能記者歴30年のベテランジャーナリスト・芋澤貞雄さんは、今年1月に結婚した人気女優への取材を思い出したと振り返ります。

カメラマンたちの間で“難攻不落”とされる病院

市川猿之助こと喜熨斗孝彦容疑者が実母の自殺ほう助容疑で逮捕されました。

事件発覚から約1ヶ月半、捜査本部の通常以上の慎重な姿勢が伺い知ることができます。

入院中だった東京・世田谷区池尻にある『自衛隊中央病院』から車で15分程度の、東京・目黒区中目黒にある目黒署まで移送された報道を見て、私の頭の中には様々な思いが錯綜していました。

診療は30科目、総病床は500床という病院は、週刊誌のカメラマンたちの間で“難攻不落”病院にひとつとされています。

入院中の芸能人の病室内での近影を隠し撮りするのは、週刊誌の定番取材方法のひとつとして有名です。タレントが大きければ大きい程、記者やカメラマンはあの手この手で何とか潜入しようと試行錯誤を繰り返すものです。

しかしこの病院は、院内に入り込むまでのハードルが非常に高いことで知られています。さすがに“有事に際して負傷者を優先的に収容する”病院です。

カメラマンや記者がその移送を撮ろうと集まっている様子を見ながら、私は道1本隔てた隣にある『世田谷公園』の美しい外観を思い出していました。

追跡取材、張り込み取材を得意とする記者及びカメラマンなら、この公園のトイレに何度となく…数え切れない程御世話になったことがあるものでしょう。

三軒茶屋、三宿、池尻大橋、渋谷、目黒…この辺りは有名芸能人の出没、居住スポットです。

“ネタが無くなれば品川の新幹線乗降口に行け!”と言われるように、この『世田谷公園』でも数日あればペットを散歩させる芸能人の誰かしらにかなりの高い確率で遭遇することが出来ます。

敷地の広さから、やみくもに居ても無理ですが、張り込むポイントと散歩に出かける芸能人の変装カムフラージュのポイントさえ事前に把握していればほとんど何かしらの写真は撮れます。

もし運悪く何も撮れなければ、ご近所の三茶、三宿の有名出没スポットを巡る事も出来る場所です。

研究で明らか。禁煙して太っても「病気のリスク」は喫煙者の半分

タバコによってさまざまな病気のリスクが高くなるのは、多くの研究によって明らかにされていますが、禁煙して太ってしまうと、心筋梗塞や脳卒中などの「心血管イベント」と言われる病気のリスクが高くなってしまうと心配する人がいるようです。今回のメルマガ『糖尿病・ダイエットに!ドクター江部の糖質オフ!健康ライフ』では、著者の江部康二医師が、まずは「タバコの害」を解説した文献を紹介。さらには禁煙によって太ったとしても、喫煙を続けるよりは遥かに病気のリスクが低くなる研究データも紹介しています。

禁煙して体重が増加しても、心血管イベントリスクは約半分に減少

今回はタバコのお話です。私はお酒には比較的優しいですが、タバコにはとても厳しいです。私は酒は飲むけれどタバコは吸わないので、一定のバイアスがかかっているのは否めないですが、タバコの害には、エビデンスがあります。

まずは、タバコの害です。以下は、国立循環器病研究センターサイトから一部抜粋です。

喫煙はどんな害があるの?

 

たばこの煙には4000種類以上の化学物質が含まれていることが判明しています。そのうち有害と分かっているものだけで200種類以上もあります。またこれらの中には40~60種類の発ガン物質が含まれています。

 

たばこを吸うと一酸化炭素も体内に取り込まれます。一酸化炭素は酸素に比べ240倍も赤血球にあるヘモグロビンと結合しやすく、体内組織の酸素欠乏により動脈硬化が進み、脳卒中・急性心筋梗塞(こうそく)・大動脈解離などの循環器疾患を発症する危険度が高くなります。

 

のように、1日25本~49本吸っている人は、心筋梗塞で死亡する危険度が吸ってない人に比べ2.1倍になります。本数が増えるほど死亡の危険度が上がるのです。脳卒中発症と喫煙との関係をまとめたのがです。若年者の方がその危険度が大きく、喫煙本数が増えるほど脳卒中発症の危険度が高まります。

 

さらに、呼吸器疾患の肺気腫(しゅ)・慢性気管支炎・気管支ぜんそくや、がん、低出生体重児など、さまざまな疾患の発症に影響しています。肺がんのうち、たばこが原因と考えられる(もし吸わなかったら、かからなかったと考えられる)肺がんの割合は70%に及びます。

 

は、吸わない人と比較したたばこを吸う人の死亡率です。たばこの煙の通り道である咽頭(いんとう)がんや喉頭(こうとう)がん、あるいは唾液(だえき)と一緒にたばこのヤニが飲みこまれることにより、発がん性物質の影響で、食道がん・胃がん・肝臓がん・膀胱(ぼうこう)がんが起こりやすくなります。たばこを吸う人の肺と吸わない人の肺を比べてみると、吸う人の肺は黒いススでおおわれています。 (知っておきたい循環器病あれこれ まだたばこを吸っているあなたへ(国立循環器病研究センター)より引用)

喫煙のリスクが周知され、たばこ税が増税されて、日本の喫煙者の割合は減ってきています。たばこ産業の「2018年全国たばこ喫煙者率調査」によると、成人男性の平均喫煙率は27.8%でした。これは、昭和40年以降のピーク時(昭和41年)の83.7%と比較すると、約50年間で56ポイント減少したことになります。

この記事の著者・江部康二さんのメルマガ

阪神・岡田監督に萎縮する選手。虎の躍進と転落の裏にあるもの

一時は首位を独走していた今季の阪神タイガース。しかし、「今年こそ優勝できるかも」というファンの期待も虚しく、交流戦で負け越し、リーグ再開後の試合で3連敗と嫌なスタートを切ってしまいました。27日の中日戦では11得点を挙げ勝利、連敗を5で止め首位を奪還しましたが、2位のDeNAとは0.5差と、いつひっくり返されてもおかしくない状況です。開幕直後の勢いがなくなっている現在の阪神について、スポーツジャーナリストの氏原英明さんは、15年ぶりに監督に就任した岡田彰布監督(65)と選手たちの間にある“緊張感”を指摘します。

緩すぎた矢野前監督

交流戦前まで快調に首位を走っていた阪神が交流戦で負け越すと、リーグ再開後のDeNA戦で3連敗を喫して首位から転落した。

それまでファンを楽しませていたドンデン節も一気にトーンダウン。記者の囲み取材をしなくなってしまった。いい時だけメディアにでて、負けが混むと黙り始める。いかにも古いタイプの指揮官のやりそうなことだ。

しかし、こんな岡田彰布監督の振る舞いは想定の範囲内だ。そもそも、今の時代に来て60歳を超えた指揮官の就任はそうした古き良き時代への回帰もある。

若い選手が多い今の阪神にあって、厳しい指揮官の1人に数えれれる岡田彰布監督は今の時代にそぐわない指揮官とも言えるかもしれない。しかし、希望を見出すとしたら、こういう厳しさが瞬間風速的に生きることもあるのだ。

実は筆者が岡田阪神に期待したのはそこだ。実は今季開幕前の順位予想において、阪神を優勝に挙げている。

ただ、一つ注釈がついている。

優勝するとしたら「今年」というものだ。

なぜか。そもそも、昨季までの阪神は緩かった。

前監督の矢野燿大さんがそういうスタイルで、選手たちを下の名前で呼んだり、ベンチではしゃいだり、ホームランの際にはメダルをかけたり。ゆるっとした雰囲気が昨季までの持ち味の一つだった。

しかし、ただ緩いだけでは勝てないということがわかったのも事実だった。

そこで岡田彰布の就任である。

岡田監督は選手を殴ったり、恫喝したりするわけではない。起用法に関して厳しく、結果が出ない選手をスタメンから外したり、メディアの前で酷評したり容赦がない。

ただ、それは野球が大好きで、阪神が大好きで、純粋に野球を見るというスタンスが基本にあって思ったことを口にしてしまうだけなのだ。

岡田監督に他意はない。阪神が負けたことが悔しくて仕方なく言動に表出ているだけなのだが、彼は指揮官であるため、ある一定の緊張感が充満するのだ。

昨年まで緩かった阪神にとってはそれは必要な緊張感だったかもしれない。

それが開幕からの順調なスタートに現れていた。

のびのびしすぎていた選手たちが引き締まった。そのことによってプレーに責任が生まれ、個々が能力を発揮し始めたのだ。勝っていたから好循環を生み出していた。

ところが、交流戦を境に転げ落ちていく。

今までの好循環が転じていくと指揮官の厳しさはダイレクトに選手たちに伝わった。そもそも、彼の言動は難しすぎる側面がある。テレビのインタビュー聞いていても時折感じるが、言葉の意味を解読できない。

説明が雑で『わかるやん』でまとめる。

記事などでは記者も意味がわかっていないのは明らかで、おそらく選手たちも指揮官が本当に伝えようとしていることの意味が理解できていないのだ。

SEKAI NO OWARI「銀河街の悪夢」から精神疾患に悩む人たちの“孤独”を考える

人気バンド・SEKAI NO OWARIの「銀河街の悪夢」の動画を観て勇気を貰っていると話すのは、メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者で要支援者への学びの場を提供する「みんなの大学校」学長の引地達也さん。同時に、「銀河街の悪夢」から精神疾患に悩む人たちに思いを巡らせるともいいます。

SEKAI NO OWARI「銀河街の悪夢」から考えること

障がい者への就労支援をする支援員を育成するためのプログラムを作成する中で、ふと迷いが生じてしまい、自分を勇気づけてきた動画を久しぶりに開いてみた。

それはSEKAI NO OWARIの「銀河街の悪夢」である。

ユーチューブ動画では、2014年5月24日、旧国立競技場の最後の音楽イベントとして行われた「SAYONARA国立競技場 FINAL WEEK JAPAN NIGHT」でのライブパフォーマンスが有名かもしれい。

精神疾患に悩む若者がふとんから出られず、やりたくてもやれもどかしさ、が展開するアニメーションを背景にした演奏だ。

ボーカルのFUKASEが注意欠如・多動症(ADHD)、パニック障害で悩まされ、隔離病棟での入院経験もあるその彼が作った歌は当事者の心境を表現したものとして、いつも心に突き刺さる。

今回もまた、支援者を作る以前に自分の支援を見つめ直すことにった。

この動画を見た直後、私のラインにいくつかのメッセージと画像が飛び込んできた。

精神疾患の病状が悪く辛い状況にある人からの、今起こっているトラブルに関する情報だ。

即座に電話するが、今の段階で何か自分に具体的に出来ることはく、今の気持ちを聞く、自分の今できることを考え言葉にし、今後の見通しを無理のい範囲で話してみる、しかできい。

いくら聞いても、言葉を選んでみても、当事者の今、置かれている状況は変わらず、週内に病院の予約が取れていることだけが希望だった。

電話を切った後、私とつがらい時間、この人はどん思いをしているのだろうか、と思いを巡らす。

「銀河街の悪夢」のように、ふとんの中で眠られず、体を強張らせて苦しい思いが逡巡していいだろうか、そして希死念慮が増幅していいだろうか。

心配を募らせがら、自分のするべき仕事が次から次へと舞い込んでくる。

(メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』2023年6月28日号より一部抜粋。続きはご登録の上、お楽しみください。初月無料です)

 

この記事の著者・引地達也さんのメルマガ

image by: Shutterstock.com