子どもの“不自然死”には「性別と近隣の貧困要素が影響する」という研究結果

子ども時代の自殺や他殺、事故死などの不自然死に関して、性別や近隣の影響が大きい可能性があるそうです。今回のもりさわメンタルクリニックの無料メルマガ『精神医学論文マガジン』で、都市部に居住する子どもを対象にした研究結果を紹介しています。

不自然死に関連する子ども時代の要素

◎要約:『都市部に居住する子どもの、長期的不自然死に関連する要素として男性であること、近隣の貧困状態があげられるかもしれない』

自殺や他殺、事故死等の不自然死に関して、死亡当時の様々な精神疾患や行動に関する特徴等が背景として考えられます。

今回は、中年期までの不自然死に関連する子ども時代の要素を調べた研究をご紹介します。

Childhood Factors Associated With Unnatural Death Through Midadulthood

中年期までの不自然死に関連する子ども時代の要素

都市部に居住する2,180人の子ども(平均6.3歳、女性50.0%)が対象となり、その後のデータが分析されました。

結果として、以下の内容が示されました。

・41歳までに、111人(10.2%)の男性と29人(2.7%)の女性が亡くなりました。

・上記のうち96人(全死亡の86.5%)の男性と14人(全死亡の48.3%)の女性が不自然死でした。

・女性であることは不自然死のリスクを低下させ、居住地域の近隣が福祉援助世帯であることがリスクを上昇させていました。

個人的あるいは、家族に固有の要素よりは、近隣地域の環境的要素の影響が大きい点が興味深い内容でした。

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Webコンテンツも「紙の本」で残すべき。「ほぼ日」編集者・奥野武範さんが単行本『バンド論』を作ったワケ

紙の本、つまり書籍の「衰退」が叫ばれて久しい昨今ですが、もともと紙の本の編集者だった私は、出版社や編集者の苦悩はとてもよくわかります。それでも、Webで読むべき記事と、紙の本で繰り返し読むべき文章というものがあるはずで、それぞれ両立・共存すべきだと私は思います。そんななか、「ほぼ日手帳」でおなじみ糸井重里さんの老舗Webサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で編集者として活躍する奥野武範さんが、『バンド論』や『常設展へ行こう!』など、とても興味深い本をいくつも編集されています。しかも、本の元ネタはどれも「ほぼ日」のネットコンテンツなのです。そんな奥野さんに、Webで連載していた記事を今あえて「紙の本」にした理由、そしてWebコンテンツを紙にすることの意味などについていろいろお話を伺いました。(まぐまぐニュース!編集部 gyouza)

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構成・文 奥野武範『バンド論』(青幻舎刊)

単行本『バンド論』(青幻舎)を作った『ほぼ日刊イトイ新聞』編集者・奥野武範さんインタビュー

──本日はお忙しいなかお時間をいただきありがとうございます。知り合いの方から「バンド論についてバンドマンにインタビューした面白い本があるんだよ」と紹介されて、奥野さんが構成・文を担当された『バンド論』(青幻舎)を読ませていただきましたが、とても面白い本でした。有名な5つのバンドのフロントマンにそれぞれ「バンドとは何か?」ということについてインタビューした、というシンプルな構成ですが、それにしても豪華な方々にお話を聞いていますね。サカナクションの山口一郎さん、bonbosの蔡忠浩さん、くるりの岸田繁さん、サニーデイ・サービスの曽我部恵一さん、ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトさんの5人という。

もともとは、Webサイト「ほぼ日」で組まれた特集というか、プロジェクトだったんですよね?

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ほぼ日刊イトイ新聞 特集 バンド論。

奥野武範(以下、奥野):はい、2021年の初頭に連載していた特集で、多くの人に読んでいただきました。お話を聞いた方々は、必ずしも「バンドとはこうである」という「定義」や「結論」を明確に持っていたわけじゃないと思うんです。でも、インタビューの場で、あらためて「バンドって何だろう」と立ち止まって考えたり、それを表現する言葉を探ったりしてくださった。その思考のプロセスを垣間見れたのが、おもしろかったです。ぼくにとってのヒーローばかりなので、緊張しましたけど(笑)。

──また、本の造りが良いですよね。ブックデザインを手がけた祖父江慎さんのこだわりが随所に出ています。本の中に入っている写真は、まるで本物のポラロイド写真が挟まっているように見えますね。

奥野:本の上か下かどちらかに合わせて写真を入れるのであれば、製本の機械でできたらしいんです。でも、祖父江さんが指定してきたのが、この絶妙な位置だったので、すべて職人さんの手作業で貼り込んでいただきました(笑)。

──ええっ、そんなに手間がかかっている本なんですね。装丁も中身も、こだわりのある本だということは、それだけでも伝わりました。

奥野:この本は明確に出版時期を決めてつくりはじめたわけじゃなかったので、祖父江さんの手が空いたときにデザインしていただいたんです。それで完成まで1年10カ月くらいかかってしまったんですが、それだけ時間も手間もかけてつくったこともあって、なんか、とてもいい本になったと思います。本屋で見かけると輝いてます。自分の本なので、当たり前なんですが(笑)。

──この本のデザインは、どんなコンセプトだったんですか?

奥野:最初の打ち合わせで、祖父江さんが「みすず書房の本みたいな感じ?」みたいなことをおっしゃっていたんですね。あ、いいなあと思いました。その1年10ヶ月後、こうして、どこか学術的な匂いを感じる本ができました。デザインの芯のようなものが、最初の時点で確立していたんでしょうね。祖父江さんのすごさを、あらためて感じました。

──バンドの本とは思えないほどカッチリしているけれど、螺鈿のような箔押しや曲線のイラストなども入っていて、固いような固くないような、とても絶妙で素敵なデザインですね。同じ記事でも、ネットで見るのと紙に印刷されるのとでは、まったく違う印象だと思いました。

奥野:やっぱり、紙に定着させるということがあるから見えてくるものがありますね。ネットにはネットの良さがあるけれど、本という形にしてよかったと思います。

──ネットでこの連載記事を読んだことのある方は、本になったものを見て、また特別な印象を持たれたでしょうね。

奥野:「ほぼ日」の連載を読んでいて、この本を手にとってくれた方もたくさんいらっしゃいます。「ネットは半永久的に残る」ってよく言われますけど、ぼくは本の方が「残る」と思うんです。実際、何百年も前の「新古今和歌集」とかが博物館に残ってますし。ネットの海は広大すぎるから、残ってはいても「海の底」じゃないですか。その存在を知らなければ、たどり着くのも難しい。その点、本というかたちになっていれば、誰かが見つけて読んでくれることもあるだろうし、「この本いいよ。読んでみて」なんて誰かに手渡すこともできるので。

──そうですね、ネットにはない伝え方ができるという意味で、本の存在意義はあると私も思います。

奥野:この本で言うと、みなさんの「バンド論」って、これからも変わっていくと思うんです。というか、プロのバンドマンであれば「バンドとは何か」って、一生をかけて問い続けていくような大きな質問だと思うんですね。画家の方にとっての「絵画とは何か?」みたいに。その意味では「途中経過」なのかもしれない。でも、そのぶん「バンドって何ですか?」という問いに、そのときの気持ちで答えてくださったような気がします。

「答えがない」のがいい

──そのとき時点での彼らの「バンド論」を切り取って読むことができる、という意味では貴重な記録ですよね。これを本に残すことには意味があると思います。

奥野:僕の仕事の9割は誰かにインタビューすることなんですが、そのときにその人が考えていたことをそのまま残す、自分はそういうことがしたかったんだなと最近気づきました。だから、揺るぎない「解答」ではないこともあるんですが、「考え中の答え」には、そこにしかないおもしろさがあるなあと思います。もしかしたら「バンドとはこうである!」と一言で結論付けられるよりも、読み手が考えを広げられる「余白」とか「ヒント」がある気もしますし。

──そうですね、読み手が勝手にヒントを見つけてくれるという(笑)。

奥野:SNSの反応を見ていると、ビジネスマンの方がこの本を「組織を作るときの参考になった」「リーダーシップ論として読んだ」みたいなことを投稿していたんです。必ずしもバンドをやっている人だけに刺さる本ではないんだな、と。もちろん、ご本人たちにはそんな意図はなく、ただただ「大好きなバンドというもの」について話しているだけなんだと思うんですが。

──そういう意味では『バンド論』というタイトルは言い得て妙といいますか、読んだ人たちが後から解釈するという意味にもとらえられますよね。バンドやってる人も、やっていない人も、みんなそれぞれが思う「バンド論って何?」という。その答えは書いていないけど、みんなが考えるきっかけになる本ですよね。

奥野:そうですね、自分なりの答えを見つけてもらえるような、読み手に遊んでもらえる本なのかなと思います。

奥野さん、なぜ「ほぼ日」に?

──話は変わりますけど、奥野さんはどういった経緯で「ほぼ日」に入られたんですか?

奥野:僕は「VOW」シリーズが大好きで宝島社に入社したんですが、配属は『Smart』というファッション雑誌の編集部でした。ファッション企画の他には書評欄を担当していたんですが、あるとき当時「ほぼ日」が出していた『オトナ語の謎。』という本を取り上げたんです。めちゃくちゃおもしろくて。それから「ほぼ日」を意識するようになったんですが、あるとき、たまたま「企画コンテンツをつくる人募集」って出ていたんです。あ、おもしろそうだなと思って応募したら入らせてもらって。それがもう18年くらい前の話です。

──けっこう「ほぼ日」歴が長いんですね(笑)。

奥野:正直、こんなに長くいることになるとは思いませんでした。居心地が良かったんだと思います(笑)。

──でもすごいですよね、ネットだけでなく本も手がけられているという。

奥野:逆に言うと、僕は何かの専門家ではないんです。強いて言えば「インタビュアー」なのかもしれませんが、それだって「ただの容れ物」ですよね。具体的な中身は、インタビュー相手によるので。当然、音楽についても、好きなだけの「ド素人」です。だから『バンド論』についても、音楽に詳しい人にとっては物足りないかもしれないけど、普通の人が普通に抱くような質問をしているというところが、わりとおもしろがられたのかなとは思いますね。

──専門的な話をされても、知らない人にとっては何を話しているのかよくわからないですもんね。

奥野:今回はバンドというテーマでしたが、「ほぼ日」では、そのときどきで興味のあるテーマで特集をつくっています。最近ラジオに出演したときに「バンドについて語ってください」と言われたんですが、『バンド論』の話はできるけど、「バンドの話」は全然できない(笑)。専門的な話は無理なんですが、それでもよければと言ってお受けしているんです。

──普通の人が聞きたいことが載っているという意味で、この本はこれでよかったんでしょうね。

実は、まだある「紙の本」になった特集

奥野:そのあとに「色物さん。」という特集をやりました。寄席に出ている「落語家と講談師以外の芸人さんたち」だけに出ていただいたもの。漫才コンビや紙切り、太神楽やマジックなどをやるみなさんは、寄席では「色物さん」と呼ばれているんです。

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ほぼ日刊イトイ新聞 特集 色物さん。

──これまた、いい感じの特集ですね。

奥野:これこそ僕は演芸の専門家でも何でもなくて、ただ寄席が好きで、たまに行くだけなんです。でも、通ううちに、落語家の師匠や講談師の先生の本ってたくさんあるけど、色物さんに特化した特集って、そんなにないんじゃないかなと思って。色物のみなさんって「寄席では、トリを務める落語家の師匠や講談師の先生を引き立てる役です」とおっしゃるんです。その潔さが、カッコいいなあと思っていたので、特集をやろうと。きっと、色物さんならではの職業哲学やプライドのような気持ちもあるだろう、それを感じに行きたいと思って企画しました。これも本になったらいいなと思っています。

──私も寄席が好きなので、本になるのが楽しみです。奥野さんは、単行本にもなった「編集とは何か。」も手がけてらっしゃいますよね。

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ほぼ日刊イトイ新聞 特集 編集とは何か。

奥野:自分は雑誌の編集者からはじまって、もう20年以上編集者をやっていますが、いまだに「編集者に憧れている」ようなところがあるんです。すごい本や特集をつくる編集者が、世界でいちばんカッコいいと思っている。そこで、尊敬する17人の編集者に「編集とは何でしょう、教えてください」といってインタビューしてまわりました。このときも「編集とは何か。」に対する「唯一絶対の答え」はなくて、「それぞれの編集者の、そのときの考えの集成」となりました。700ページ以上あるんですが(笑)。

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構成・文 奥野武範『編集とは何か。』(星海社新書)

──いま、奥野さんが新たに注目しているものは何ですか?

奥野:これも最近本になったんですが、多くの美術館には「常設展」ってあるじゃないですか。その美術館の所蔵作品を展示しているやつです。企画展にはたくさんの人が並ぶけど、常設展って意外とガラガラだったりするんですよね。でも、行けば「ピカソ」とか「マティス」とか「ウォーホル」とかを見ることができる。世界に7枚あるゴッホの《ひまわり》のうちの1枚も、新宿のSOMPO美術館に常設されている。つまり、行けばいつでも見れるんです。自分自身、そういうことを知らなかったんですが、あるときに「常設展って、宝の山じゃないか!」と思い知り、日本の12の美術館に「あなたの館のコレクションを『自慢』してください!」といってはじめた特集を、左右社さんが本にしてくれたんです。

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ほぼ日刊イトイ新聞 常設展へ行こう!

──これは面白いですね。私も上野の国立西洋美術館の常設展が子どものころから大好きだったので、この良さはとてもよくわかります。

奥野:取材をはじめたのがコロナのときなんですが、海外に行けなくなってしまったという残念感のなか、飛行機に乗らなくても電車で「世界的名画」を見に行けるんだよなあと思ったこともあります。最初は国立東京博物館、東京都現代美術館からはじめて、倉敷の大原美術館や富山、青森など日本各地で取材しました。

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構成・文 奥野武範『常設展へ行こう!』(左右社)

──奥野さんは、「ほぼ日」さんのコンテンツを本にしたものをいくつも手がけていらっしゃいますけど、「ほぼ日」さん的にはオッケーなのですか?

奥野:はい、あの、まず印税はすべて会社に入れていただいているので、ぼく個人に「もうけ」はないです(笑)。リソースっていうんですか、会社のお金を使って、会社の仲間の助けでつくっているので当然ですし、そこは正直どうでもいいんですが、じゃあなぜ、こういうことをやっているのかというと、「ほぼ日」のコンテンツをウェブ以外の場所に「残したい」なと思っているんです。冒頭で話も出ましたが、本にした場合には物体として残るし、「ほぼ日」を知らない、まったく新しい読者へ届く可能性もある。その場合、自分たちで本にするより、書籍づくりのプロである出版社の編集者にお願いしたほうが、よりよいものができるだろう。そう思って、やっています。

──なるほど。コンテンツをアーカイブとして残したい、それって重要ですよね。ネットは消えるのも一瞬ですが、本は形に残りますもんね。

奥野:さらに、基本がインタビュー集なので、出ていただいた方々で印税をわけて、残りを「ほぼ日」でいただくかたちなので、まあ‥‥会社からしてみれば、それほど「もうかる仕事」ではない。僕個人の「支出エネルギー」と「金銭的収入」として考えれば、完全に「趣味」です。後者がゼロなので。でも、仕事と同じくらい、ある場合には仕事以上に「真剣に取り組んでいる趣味」です。あらゆる趣味ってそういうものかも知れませんが。

──もうけよりも、コンテンツを「紙の本」として形に残すことが重要だ、ということですよね。本日は貴重なお話をありがとうございました。


【取材を終えて】

「ネットのコンテンツをアーカイブとして残したい」との思いから、紙の本という形にこだわって編集を続けている「ほぼ日」の奥野さん。そろそろ、わがMAG2 NEWSも「紙の本」を出す時期に来ているかもしれないな、なんて思いました。大好評の『バンド論』は、Web、書店でお買い求めいただけます。ぜひ、お手にとって「バンドとは何か?」という永遠のテーマにご自身の手で触れて見てください。(MAG2 NEWS編集部gyouza) 

協力:濱田髙志

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構成・文 奥野武範『バンド論』(青幻舎刊)

バンドって、ふしぎだ。

ふだんは会ったりしないのに、もっと言えば、それほど仲が良さそうでもないのに、彼らが音を出し合えば、心がふるえて止まらなかったりする。

昨日ギターを買ったばかりの中学生が、「バンドを組んだ」というだけで、どこか、なぜだか、誇らしげな顔をする。

絶頂なのに、何かの理由であっさり解散して伝説になったりする。

ある瞬間にはダイヤモンドより硬く結合する反面、床に落とした消しゴムほどの衝撃で分解してしまいそうな脆さを孕んだ、人間の集合体。

「バンド」のその魅力、そのふしぎさとはいったい何なのか、という問いの答えを知るために、5つのバンドのフロントマンに尋ねたインタビューが1 冊の本になりました。

書籍版の特別コンテンツとして、本書のために「バンド」をテーマに書き下ろされた、燃え殻さんによるエッセイと今日マチ子さんによる短編マンガを巻頭と巻末に収録しました。

「バンド」経験のあるなしにかかわらず、少し体が熱くなるような、ピュアでストレートな音楽賛歌です。

出版社 ‏ : ‎ 青幻舎
発売日 ‏ : ‎ 2023/3/3
単行本 ‏ : ‎ 256ページ
定価:2,200円(税込)

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image by: MAG2 NEWS編集部

自民党の茂木幹事長が「公費でドスケベパーティー」を叱責できぬワケ。裏金・会食・接待文化、パリピ自民の本性あらわ

自民党和歌山青年局の“過激パーティー”が大炎上中。自民党本部は、下着のような際どい衣装を身につけた女性ダンサーを懇親会に呼ぶにあたり、公費は使われなかったと説明していますが、これまたどうやら大ウソのようです。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんは、「税金のかからない政治資金=公費でダンサーたちを呼び、享楽にふけった」と分析。懇親会を企画した県議の離党という「トカゲのしっぽ切り」で幕引きを図る自民党全体の自浄能力のなさと、裏金・会食・接待に溺れる悪しき文化を厳しく批判しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:自民党を蝕む裏金作りと会食・接待文化

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自民党青年局の破廉恥パーティーは「誰のために」企画されたのか

自民党和歌山県連の青年局長だった45歳の県議、川畑哲哉氏は党青年局近畿ブロック会議を昨年11月18日、和歌山市内のホテルで開くにあたり、会議と懇親会の企画を担当した。

近畿2府4県の府県連が持ち回りで毎年開催するこの会議には党青年局所属の国会議員や近畿の若手地方議員ら約50人が参加するとあって、川畑氏はみんなに喜んでもらえる内容にしたいと意気込んだに違いない。

川畑氏は充実した懇親会だったと確信したのだろう。懇親会翌日、「X」に以下のような投稿をしている。

(前半省略)夜遅くまで語り合った同志の皆様、各地各所で大切な役割を担って下さった青年部・青年局及びご関係の皆様、本当にありがとうございました。

それから何ごともなく112日が経過した3月8日、川畑氏に驚天動地の事態が襲いかかる。

産経新聞(電子版)に、懇親会風景の写真とともに青年局近畿ブロック会議に関するスクープ記事が掲載されたのだ。

下着と見まがうような露出の多い衣装をまとった複数の女性ダンサーを会場に招いていたことが8日、関係者への取材で分かった。産経新聞が入手した動画には、ダンサーに口移しでチップを渡す参加者の姿も。

少なくとも5人が音楽に合わせてステージや宴席のテーブル周辺で踊り、参加者にボディータッチなどをしていた。紙幣のようなものを口にくわえ、ダンサーに口移しで渡す参加者や、ダンサーの衣装に紙を挟み込んで尻を触る参加者の姿もあった。

夜遅くまで同志で語り合ったというのは、こういうことだったのか。つめかけた記者たちに、川畑県議は次のように釈明した。

多様性という会議のテーマの表現として出演を依頼した」「海外でもダンスをされていると聞いている」。

「多様性」と、セクシーなパフォーマンス、参加者のハレンチ行為が、どのように関係するのかはさっぱりわからない。いかにも苦しい言い訳に聞こえた。

川畑県議一人だけの責任であるはずがない

もちろん、彼だけのせいではあるまい。会場は大いに盛り上がったようだ。彼だけが突飛な企画者だったとも思えない。会議の幹事役のお鉢が回ってきたら、過去の懇親会を参考にするだろう。

川畑氏は安倍派の裏金問題の鍵を握る政治家の一人、世耕弘成前参院幹事長の元秘書である。産経新聞への動画流出に、二階俊博県連会長(自民党元幹事長)と世耕氏との政治的対立を関連づけようとする向きもあるが、たいして根拠はなさそうだ。

女性に触ったかどうかは「言えない」藤原崇衆議院議員

懇親会に参加した自民党本部の藤原崇青年局長と、中曽根康隆局長代理は早々に役職を辞任した。「本来止めるなどの対応を行うべきだった」というような理由だ。藤原氏は党政治刷新本部のメンバーでもある。女性ダンサーに触っていたら議員を辞職するかと記者に問われて、こう答えた。

「それについては私の口からは今の時点では言えない。いまの認識では触っていないという認識です。議員辞職は非常に重い話であり、記憶違いが万が一あった時にはすべてを無にするので、そこまでは言えません」

動画の存在が怖いのだろうが、触っていないことに確信が持てないというのは、よほど酩酊していたか、興奮していたのだろう。

「公費(=国民の血税)で女遊び」は自民党の伝統文化

さて、肝心な問題はここからだ。開催費は参加者から徴収したほか和歌山県連が一部を負担したと川畑氏は説明しているという。参加者は国会議員や地方議員たちであり、会費は政治活動費として出しているはずである。そして、県連の財政は自民党本部からの支部交付金で成り立っている。

要するに、参加者たちは税金のかからない政治資金でダンサーたちを呼び、享楽にふけったということになる。

自民党本部は「公費は出ていない」と強弁するが、自民党の収入は、国民の税負担で賄われる政党交付金が70%近くを占め、あとは企業・団体献金の受け皿である国民政治協会や所属議員からの寄附などによるものだ。

お金に色はついておらず、そこから支出されるのはすべて政治を目的とする公費といっていい。私的なお楽しみに使えるおカネは1銭たりともないはずだ。

始まる前に崩壊中?習近平肝入りの「理想未来都市」スマートシティで閑古鳥が鳴いている

日本よりもはるかに貧富の差が激しい中国。鄧小平時代の「先富論」から「共同富裕」への政策転換は絵に描いた餅にすぎず、都市部と地方の所得格差は広がるばかりです。折しも習近平は北京近郊に、巨額予算を注ぎ込んだ「理想都市」を開発中ですが、最新技術を駆使したスマートシティという触れ込みとは裏腹に早くもゴーストタウン化の兆しが。メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』は、この“閑古鳥状態”の大きな原因として、「貧困層のほうが多いという自国の現実がまったく見えていない」点を指摘しています。

中国が威信を賭けて開発「理想都市」の危うい実態

3月5日に開幕した全国人民代表大会で、李強首相が政府活動報告で触れた「雄安新区」についてのプロジェクト。これは何かというと、「有明海に匹敵する広大な田園地帯を、ハイテクを駆使した『理想都市』に変貌させる計画」のこと。

中国、13兆円投資の「理想都市」閑散 習氏主導も企業や大学の移転進まず

習近平も何度も現地視察に訪れたという、政府の肝入りの国家プロジェクトです。もう少しこの計画についての説明を、以下、報道を引用してご紹介しましょう。

『北京から車で高速道路を2時間ほど走ると、農地の中に突然、高層ビル群が現れた。雄安新区は北京の南西約120キロにある河北省3県にまたがり、総面積約1700万平方メートルに及ぶ。』
『昨年末時点で主要事業に6570億元(約13兆4500億円)の予算が投じられたという。」
「地元メディアによると、2023年時点で雄安新区には86の企業などが新規進出しているが、国内の大手IT企業や先端産業、研究機関が中心。進出企業を限定している点が改革・開放路線の下、起業家や海外からの投資を引きつけて発展した深センと大きく異なる。地価高騰を防ぐため、不動産取引にも制限がある』

莫大な国家予算をつぎ込んで始まった国家プロジェクトは2020年に始まり、2035年に完成予定となっています。未来都市としての理念は、「創進智能(イノベーション&インテリジェントシティ)」、「緑色生態(グリーンエコ)」、「幸福宜居(幸福で住みやすい街)」の3つ。医療、教育、介護など、社会機能の全てを包括し、それらの全てを最新技術で連携させたスマートシティを創り上げるという、壮大な構想です。

その舞台として選ばれたのは河北省の雄安新区でした。なぜここなのかというと、北京から120キロほどと近く、北京の人口密集を緩和させる狙いもあり、この場所が選ばれました。

そして、未来都市は着々と建設され続け、コロナ禍でさえも可能な限り工事を続け、4年ほどで田園地帯に新たな街が出現しました。

“閑古鳥”が鳴く未来都市の行く末は…

しかし、今、報道されているのは、その未来都市の行く末を心配するものばかりです。例えば、以下、報道を引用します。

習氏の理想都市は空っぽ、権力の限界露呈-北京に近い「雄安新区」

中国の改革・開放政策を主導したトウ小平氏が1979年、中国南部の地図上に円を描き資本主義を実験する経済特区を広東省深センに設けると決めたという逸話がある。それから40年近くたち、中国共産党の習近平総書記(国家主席)は時代を象徴する都市建設の野心を、首都北京に近い「雄安新区」で体現すると発表。北京の人口密集を解消するハイテク都市になるという雄安は、「人類発展の歴史におけるモデル都市」とうたわれた。
以来、共産党は世界最大の水力発電所である三峡ダムの倍以上となる約6100億元(約12兆3000億円)を雄安に費やしてきた。かつてトウモロコシ畑だった場所には現在、鉄道駅やオフィスビル、集合住宅、5つ星ホテル、学校、病院が立ち並んでいる。
唯一足りないのは住民だ。ブルームバーグの記者が今月の平日に訪れた際、雄安に向かう高速道路にはほとんど車が走っていなかった。雄安中心部の通りで開いている店やレストランもほとんどない。
首都からの移転を迫られている研究所の職員は、子どもたちの教育の質が心配だと打ち明けた。2022年に移転計画を発表した北京を拠点とする大学4校は今、代わりに第二キャンパスの設置を目指している

追い詰められた統一教会。有田芳生氏と紀藤弁護士へ仕掛けたスラップ訴訟に「連敗」、日本に求められる「セクト規制法」制定

22年、テレビ番組での発言で名誉を毀損されたとして、ジャーナリストの有田芳生氏と紀藤正樹弁護士を相次いで訴えた旧統一教会。東京地裁は先日、この2つの訴えを棄却する判決を言い渡しました。今年1月、弊サイトに掲載した記事で教団側の「敗訴ラッシュ」を予想していたのは、かつて旧統一教会の信者だったジャーナリストの多田文明さん。多田さんはメルマガ『詐欺・悪質商法ジャーナリスト・多田文明が見てきた、口外禁止の「騙し、騙されの世界」』で今回、これらの判決が意味することを解説するとともに、今後の旧統一教会の動きを見据えた議論の必要性を訴えています。

【関連】統一教会の「敗訴ラッシュ」が続くのか?元信者が読む“逆ギレ裁判”の行方

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:3月12日、13日とも旧統一教会の訴えは却下 教団の関連団体が行う能登半島ボランティア活動についての弁護士の見解

今年に入って、統一教会側の敗訴「3連打」が意味すること

今月に入っても、推薦状に盛山正仁文科大臣がサインをした写真が出されるなど旧統一教会の問題は盛んに報じられています。しかも、これは教団の関連団体の信者側からのリークで、教団側が旧統一教会の問題の火を消すまいと必死になっている姿にさえみえてきます。

さらに、3月12日、13日に東京地裁で、旧統一教会がジャーナリストや弁護士を訴えた裁判の判決もありました。連日、訴えは却下となり、教団側は自分に降りかかった火を消そうとして、その火がより燃え広がっている結果となったように感じています。

1.「日本テレビと有田芳生氏」を訴えた教団側の訴えは棄却

2022年8月19日のテレビ番組「スッキリ」で有田芳生さんが発言した「やはりもう、霊感商法をやってきた反社会的集団ってのは、警察庁ももう認めているわけですから、そういう団体とは今回の問題をきっかけに、一切関係を持たないと、そういうことをスッキリ言わなければだめだと思うんですけどね」について、旧統一教会は名誉棄損されたとして日本テレビと有田芳生氏さんを2,200万円の損賠賠償請求と謝罪広告で訴えました。その判決が3月12日にありました。

原告の請求は棄却です。

判決後に行われた司法記者クラブの会見で澤藤大河弁護士は「全面的な棄却判決となり、名誉毀損ではないという判断が明快に示された」と話します。

光前幸一弁護団長も「裁判所がこの判断を下すということは、有田さんの発言には真実性があることを踏まえた上で、統一教会の主張に対しては門前払いの判決になっている」としています。

有田さんは勝訴判決を受けて「そもそも名誉毀損に当たらないという門前払いだということに大きな意味があると思っております。これからひるむことなく、統一教会の反社会性について発言をしていきたい」と力強く話します。

2.文科省による統一教会への解散命令請求の前哨戦になるとの見解

有田芳生さんの弁護団は「この訴訟は単なる名誉棄損事件ではなく、被告側の有田さんから原告の統一教会の反社会性の立証を積み上げてきたものである」として文科省による統一教会への解散命令請求の前哨戦になるとしています。

阿部克臣弁護士は「2022年の10月27日の提訴時の会見で、これは確実に勝てる訴訟だ、かなり絞り込んでいるんだと自信を見せていたんですね。ところが、今日の判決では、そもそも名誉毀損に当たらないということになりました」と話します。また

「もう一つ補足しておくと、現在の東京地裁で別の裁判官が審理している解散命令請求事件と今日の判決が関わってきます。

解散に値する教団かどうかの要件として、組織性、悪質性、継続性というのが言われています。

まさにこういうスラップ訴訟(不都合な言論を封じることを目的にした訴訟)をどんどん起こしてくるということ自体が、悪質性を裏付けるものになるわけです。統一教会のこういう反社会的な属性を示しています。まさにそこを裏付けたという意味で、解散命令請求にも影響を与える判決だと思います」

とも述べます。

この記事の著者・多田文明さんのメルマガ

大谷翔平が「WBCの試合前に残した言葉」には“多くの思い”が詰まっていた

日本を代表する小説家・五木寛之氏が数々の名言を紹介する連載がスタートした月刊誌『致知』。今回のメルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、その一部として紹介された大谷翔平選手の名言を紹介しています。

大谷翔平選手の名言の背景にあるもの

本年1月に行われた弊社主催の新春特別講演会に登壇され、素晴らしいご講演をいただいた作家の五木寛之氏。

五木氏による新連載「千年の名言──今を生きる言葉」が最新号の『致知』4月号よりスタートいたしました。

その一部をご紹介いたします。

………………………………………………

「千年の名言」という言葉に、人はどのようなイメージを思い浮かべるのだろうか。

一般には、はるか過去の古典のなかで語られた言葉が、現代まで生き残って、私たちの胸に強く響くことを指すと考えるのが普通だろう。

しかし、偏屈者の私は千年の昔から人口に膾炙して、今なお輝きを失わない古典の言葉だけを〈名言〉とは考えない。

いま、私たちの日常生活のなかで、日々、泡のように生まれ、消費され、消え去る言葉のなかにも、明日の千年を生きる名言があるのではないかと思うのだ。

古式床しき過去の名言も貴重であり、同時に未来千年の明日に生き残る名言も大事だろう。

いま、まさに時の人である大谷翔平選手がWBCでの試合前に残した言葉なども、その一つではあるまいか。

「きょう一日は、彼ら(アメリカの名選手たち)を憧れるのはやめよう」

と、大谷翔平選手は言った。

その言葉の背景には、東北で異国の野球に魅入られた少年たちの過去の憧憬と、思いが深く影をおとしている。

その決断があったからこそ、決勝戦でアメリカ・チームに勝つことができたのだ。

たぶん、彼のその日の言葉は、千年のちまで名言として語りつがれるのではあるまいか。

「千年の名言」とは、古いから名言なのではない。名言だからこそ生き続けたのだ。

私たちの周囲には、日常の会話や、メディアをとおして、そのような言葉が無数にあふれている。その中から時代の変化に耐えて、後世に語りつがれる名言が誕生する。

この欄では、過去と現在とを問わず、時空を超えて今後も生き続けるような言葉、今を生きる名言をピックアップしていくつもりだ。

(『致知出版社の人間力メルマガ』2024年3月13日号より)

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平安貴族の頂点に君臨した男・藤原道長が恋をしたのは、あの紫式部だった?

平安の世を謳歌した御堂関白こと、藤原道長。平安貴族の頂点に君臨した彼は実際どのような生活を送っていたのでしょうか? 今回のメルマガ『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ」』では時代小説の名手として知られる作家の早見俊さんが、藤原道長とあの紫式部との関係についても語っています。

藤原道長と紫式部

「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思えば」

という有名な和歌を詠んだように平安の世を謳歌した御堂関白こと、藤原道長。華麗なる平安貴族の頂点に君臨し、栄耀栄華を極めました。かのモテ男、光源氏のモデルとも言われ、御堂関白と称されました。

ところが、彼は摂政や左大臣、太政大臣には就いていますが関白には就任していません。関白以上の権力者であったがゆえに、公家社会の頂に立つ関白だとみなされていたのでしょう。そんな絶対権力者だった道長は女性に恵まれました。女性というのは娘たちです。四人の娘が四人の天皇の皇后となり、三人の孫が天皇になったお陰で、道長は絶大な権勢を得ることができたのです。

当然、女性関係にも不自由することはなかったのですが、後の世の関白豊臣秀吉と比べるとぐっと控え目です。側室は置きましたが、秀吉のように目に留まった女は見境なくということはありませんでした。

もっとも、清廉潔癖ではなく才女、紫式部にちょっかいをかけようとしたそうです。紫式部の寝間の戸を一晩中叩き続けたのですが、式部は戸を開けず、朝までじっとしていて、戸を開けていたらと思うとぞっとすると日記にしたためました。してみると、紫式部には振られ、式部は道長を嫌っていた、ということは光源氏のモデルではないのかもしれません。一晩中、好きな女の寝間の前で佇む権力者、いと哀しですね。

宮中では控え目だったせいか、宮中外となると男の欲望を爆発させました。神社、仏閣に詣でたり、別荘に行った折には遊女を呼んで派手に遊んだのです。一条天皇の皇子、敦康親王を宇治の別荘に招いた際には、四十人もの遊女を呼びました。

遊女らと歌を詠み、音曲に興じ、もちろんセックスも大いに楽しみ、自らの衣の他、絹百匹、米百石を与えたそうです。この時、敦親王は十四歳の若さ、童貞でした。道長は親王の筆下ろしの段取りをしたのです。遊女に童貞を捧げたことを知った一条天皇は激怒したとか。藤原道長、女性には外弁慶だったのかもしれません。

道長を振った才女紫式部について記します。

紫式部には地獄に堕ちたという伝説があります。「源氏物語」などという嘘話を書いた罪によって地獄に堕ちたとされたのです。紫式部地獄堕ちに関わるのが小野篁です。小野篁は平安時代初期の歌人、政治家ですがそれは昼間の顔、夜は冥界で閻魔大王の裁判の陪審員を務めていました。自邸の井戸が冥界への通り道であったとか。

紫式部の墓は小野篁の墓の隣に建てられており、これは式部が小野篁に地獄から出してくれるよう頼んでいるからだと言い伝えられました。(『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ』2024年3月12日号より一部抜粋)

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例年通りの「金太郎飴」状態。重要テーマに触れぬ日本メディア「中国報道」の怠慢

3月11日、中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が閉幕しました。日本のメディアは、経済成長の目標値への疑問や軍拡の懸念など、毎年ほとんど変わらない内容を伝えるだけで、今年の全人代の重要テーマ「新たな質の高い生産力」にはほとんど触れなかったようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』で、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学の富坂聰教授は、世界経済の行方を占うことにもなる重要テーマに踏み込むことをしないメディアの姿勢を疑問視。日本人読者の理解不足は、メディアの怠慢が原因と批判しています。

中国全人代を伝えた日本メディア。その報道が陥ってる「毎年同じ金太郎飴」という惨状

読まなくても結論が分かる──。残念だが、日本で接する中国関連ニュースにはそんな特徴がつきまとう。3月上旬、出そろった全国人民代表大会(全人代)の報道を眺めてみても、それが確認できる。

まず李強首相の政府活動報告から経済成長の目標値(今年は5%前後)を取り出し、その実現の可能性に疑問符を投げかけ、次に国防費の増加率(前年比7.2%増)に対して「軍拡に懸念」と書く。そして台湾問題で中国が力の行使を「しそうだ」と匂わせる(今年は「『平和統一』の文字が消えた」ことをクローズアップしている)ようにまとめれば大まかな流れは出来上がる。これに中国の人権問題や非民主的な要素をとらえて批判を散りばめればほぼ例年通りの報道が完成する。

今年は、閉会日の首相の内外記者との会見が取り消されたので、習近平政権の閉鎖性がやり玉に挙がった。首相会見は1988年、当時の李鵬首相の時に始まった。これを止めることが果たして「閉鎖性」に当たるのか否かは後述する。

その前にまず、今回の全人代で習近平政権が最も打ち出したかった重要テーマとは何だったのか、という基本的な問いを投げかけてみたい。おそらくほとんどの読者は理解していないだろうが、それはメディアの怠慢だ。

キーワードは、「新たな質の高い生産力」であるが、「新たな質の高い生産力」という関連ワードを日本でネット検索しても、あまり引っかかってこない。目立つのは外国メディアの日本語発信と中国系のメディアだ。

また記事を読んでも「新たな質の高い生産力」が何なのか、今一つ漠然としていてわかりにくい。だからこそ母国語で伝えてくれるメディアの役割が重要なのだが、日本にあるのは「日本の失われた30年に向かう」と、「ピークアウトした」を匂わせる手垢の付いた未来予測ばかりだ。だが数字から見れば中国はいまだ世界の経済成長の約30%を担う存在だ。

王毅外相が会見で述べた「中国の次は中国」も決して的外れではない。米ブルームバーグも「中国市場は代替不能、資産運用事業に縮小計画なし‐JPモルガンAM」(2024年3月8日)と報じている。

その中国が従来の発展に限界を感じ、今後の発展のために新たなモデルを必死に模索している。そんななか開催された全人代で打ち出されたのが「新たな質の高い生産力」であれば、その中身を精査し理解することは世界経済の行方を占うことにも直結する。それをなぜしないのだろうか。

国民年金の「免除期間が多い人」はどのくらい年金が少なくなるのか?

国民年金には「免除制度」というものが存在します。今回の人気メルマガ『年金アドバイザーが教える!楽しく学ぶ公的年金講座』では、著者で年金アドバイザーのhirokiさんが、この免除制度について詳しく解説するとともに、免除期間が多い人はどのくらい年金を貰えるのかについても、例を挙げながら詳しく紹介しています。

主に国民年金保険料に存在する免除制度と、免除期間が多い事による老齢の年金額の低下。

1.国民年金保険料は所得に関係なくみんな同じ保険料。

日本国民の中には会社に雇用されて働いてるサラリーマンや公務員、そして自分で事業をやってる自営業や農業その他の人がいます。

前者は原則として厚生年金に加入して、支払われる給料(標準報酬月額)から一定率の保険料が徴収されています。

厚生年金保険料率は18.3%ですが会社がその半分を負担しなければならないので、9.15%の率の保険料を社員が負担します。

健康保険も半分負担しており、雇用保険はやや多めに会社が負担し、労災保険は会社が全額負担しています。

サラリーマンや公務員として働いてる人は社会保険料の負担の面で非常に恵まれています。

また厚生年金は厚生年金だけに加入しているわけではなく、国民年金にも同時に加入しているので、将来は給与に比例した厚生年金(老齢厚生年金)だけでなく国民年金から加入期間に応じた老齢基礎年金が受給できます。

この2つが基本として受給できるので、手厚い給付を受ける事ができます。

逆に自営業などの人は国民年金のみに加入しているので、将来は国民年金のみである老齢基礎年金だけを受給する事になります。

なので国民年金以外に何か老後のための給付を用意しておく必要があります。

ちなみに国民年金のみの人は厚生年金のように一定率の保険料ではなく、全ての国民年金のみの人が定額の保険料を納める義務があります。

その額は令和6年度は16,980円、令和7年度は17,510円となっています。

もちろん会社が半分負担というものはないです。

よって、どんなに所得が低かろうが高かろうがこの保険料を納めてもらう必要があります。

国民年金保険料は最近の物価や賃金の伸びが大きいので、保険料も上昇しています。

国民年金保険料は物価や賃金の伸びに影響するのです。

約17000円というのは結構高い保険料ですよね。

厚生年金のように給与に一定率の保険料率を掛けて徴収してくれれば良いのですが、所得があろうがなかろうが平等に定額の保険料を支払う必要があります。

習近平の大誤算。バブル崩壊の危機を「戦狼外交」で乗り切れると勘違いした“裸の皇帝”率いる中国の末路

建国以来の好景気に沸いた日々も今は昔、不動産バルブが崩壊し窮地に追い込まれつつある中国経済。しかし中国企業と取引経験のあるファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、「もっと巨大な中国投資バブル崩壊の一つの現象に過ぎないのでは」とします。なぜこのように見立てるのでしょうか。坂口さんが自身のメルマガ『j-fashion journal』でその理由を詳しく解説しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:国家バブルの崩壊

不動産バブルだけじゃない。中国「国家バブル」の崩壊

1.バブルは借金が問題

バブル経済とは、土地・株式・貴金属などの資産価格が、実体を伴わないまま異常に上昇を続ける経済の状態を指す。しかし、バブルが保たれていれば問題はない。問題はバブル崩壊だ。

バブル崩壊は、異常に上昇した資産が暴落すること。それでも、手持ちの資金で購入していれば大きな問題はない。所有者が損をするだけだ。

例えば、不動産価格が上昇し続ける不動産バブル経済下では、銀行から資金を借り入れて不動産を購入する。購入した物件を直ぐに売却しても利益が出るのだから、借金して購入するのが賢い選択となる。

バブル経済の問題点は、価格が上がることではなく、借金が増えることである。銀行も担保価値が上がるので、更に資金を貸し付ける。銀行は貸金が増え、借り手は借金が増える。その裏付けは担保価値であり、担保価値が下がれば、借り手は借金が返済不能、銀行は回収不能となる。最悪の場合、銀行も借り手も破産する。

2.中国投資バブルの崩壊

中国の不動産バブルは弾けた。不動産バブル崩壊は事実だが、それはもっと巨大な中国投資バブル崩壊の一つの現象に過ぎないのではないか。

中国は改革開放政策によって、世界経済の舞台にデビューした。中国は経済成長する意欲があり、無限の可能性を秘めていた。米国金融資本は、中国に資金を与え、経済政策を指導し、技術を供与した。WTO加盟を推進し、米国株式市場への上場を促した。製造業を中国に集中し、「世界の工場」と呼ばれるまでに成長させた。投資すればするほど、多くのリターンが返ってくる。正に、中国投資バブルだった。

中国投資バブルは、中国の経済バブルを引き起こした。このま成長を続ければ、やがて米国経済を追い越すのではないか、という観測も生れた。

そんなムードの中で、中国の製造業は供給過剰に陥った。また、地方政府の財政を支えていた不動産開発ビジネスも供給過剰に陥った。実体経済以上の投資が行われた結果だ。

中国経済の足元が崩れても、習近平は自信を持っていた。中国は大国、強国になった。強気の戦狼外交を続ければ、世界各国は中国の実力を認めるに違いない。中国は世界の工場であり、先進国は中国に依存している。中国経済は揺るがないと考えたのだ。

習近平の米国敵対政策によって、米国は中国を投資対象から、安全保障上の脅威の対象へと変えた。そして、デカップリング、経済制裁が強化された。

そんな状況で、中国はゼロコロナ政策を3年間続けた。輸出は減少し、若者の失業率は上がった。内需は低迷し、外国人観光客も来なくなった。外資企業は次々と中国から撤退し、中国の資本は海外に逃げ出した。

不動産開発企業は倒産し、金融機関も事実上破綻した。地方政府の公務員の給料も支払われず、銀行預金も降ろせない。中国政府に対する抗議活動が中国全土で起きている。

中国にお金が入らなくなった。そして、中国投資バブルは崩壊した。

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