すべては人間社会のため。輪廻転生はあると広めたほうがいい理由

いわゆる「輪廻転生」の物語は、インド哲学やヒンズー教、仏教などアジアを中心に各地で伝承されています。今回の無料メルマガ『サラリーマンで年収1000万円を目指せ。』では、著者で学歴やコネが無くても年収1000万円になれるスキルをセミナー等で多くの人に伝えている佐藤しょ~おんさんが、「輪廻転生はあると考えるべし」とし、生き方に与える影響からその理由を解説しています。

生まれ変わりは存在するか?

私は怪しい系と自分で名付けている、現代科学が未だ到達出来ていない領域の現象や、知識体系を研究、開発、実践することに、人生の情熱を傾けているのですが、そうすると頻繁に訊かれることがあるんです。それが、

 ● 輪廻転生ってあるんでしょうか?

という質問です。

これには答えにくいんですよね。私なりの考えはありまして、それはあるセミナーでかなり詳細に解説しているんですが、それはここでは措いておきましょう。

なぜならば、これは「あるかないかという問いを立てる前の生き方の哲学が問われているからなんです。

ちなみに輪廻転生とは、Wikiによると

死んであの世に還った霊魂(魂)が、この世に何度も生まれ変わってくることを言う。

だそうです。

これ、そもそも死んだらあの世に還るのか、という問いもありますし、そのひとつ手前の問いとして、あの世が存在するのかという問いもあるわけですよ。というか根源的には霊魂はあるのか、からスタートするわけですね。

輪廻転生を論じるのであれば、霊魂はあると考えた上で、あの世はあると考えなきゃなりませんし、さらに自分が死んだら自分の霊魂なる存在が、そんなあの世に還るのだと考えている必要があるわけです。この3つの要素全てにイエスと言えた上で

 ● そんな霊魂がこの世に何度も生まれ変わってくるのですか?

と考えた人が発する問いなんです。ところがほとんどの人はそこまで深く考えていないでしょ。ですからこの問いに対する議論はなかなか正確には出来ないんですよね。

ところが、この問いを立てる人に指摘すべきことがあるんですよ。それは、

 ● 輪廻転生があるかないかであなたの生き様は変化するのですか?

という問いです。これが生き方の哲学です。

私は公教育とか、モラルとか、秩序とか、道徳のためにも、輪廻転生は存在すると伝えるべき」だと考えます。実際にあるかどうかは措いておいてね。

輪廻転生もない、死んだら焼かれて灰になるだけで、天国も地獄も無いとなったら、今生の人生は非常に刹那的且つ独善的になりますよね。人間は良い行いをして死んだら天国に行ける、悪いことをしたら地獄に落ちると言われるから、そしてその考えが一定の支持を得ているから、出来るだけ悪いことはしないようにしようという気持ちになるんですよね。

天国も地獄も無いのよ、死んだら何も無くてそこでお終い!となったら、欲望の赴くまま後先考えずに生きる人が特に前科者の中には増えるはずですし、それは社会の治安を悪化させると思うんですよね。

天国と地獄という概念は誰が作ったのか、どの宗教が言い出したのか分かりませんが、これを考えた人は永世ノーベル平和賞ものの貢献だと思いますよ。

権力的な立場に甘え子供を叱りすぎる親は、一生かけて復讐される

一昔前の子育て論は「人さまに恥ずかしくない子に厳しく育てる」べきとされ、「暖かい親子関係を育む」という観点は蔑ろにされてきました。今回の無料メルマガ『親力で決まる子供の将来』では著者で漫画『ドラゴン桜』の指南役としても知られる親野智可等さんが、子供のためにと厳しくし続けると親子関係がどういう事態になるか実例を挙げた上で、子育てとはどうあるべきかについて考察しています。

最高の親子関係と他人以上に冷え切った親子関係

これはある60代の男性の話です。その人は自分の息子を育てるに当たって、「世間に後ろ指を指されないきちんとした人間にしたい。大人になって本人が恥ずかしい思いをしないようにしっかりしつけたい」という気持ちが強くあったそうです。それで、息子が小さいときから「また○○してない。なんで○○しないんだ。○○しなきゃダメだ」と毎日叱って育てました

あるとき、「使った物を片づけてなかったら捨てるぞ」と宣言しました。そして、子どもが作りかけのプラモデルや遊び途中のボードゲームを庭に捨てました。食べ物の好き嫌いを直そうと、子どもが嫌いな物を毎日食卓に出したり、無理矢理食べさせたりしました。正直な人間に育てたいと考えたので、子どもがちょっとでもウソをつくと徹底的に追究して叱りました

一事が万事この調子でした。その結果、息子は何かにつけ自信がないおどおどした感じの青年になりました。当然ながら父親のことが大嫌いで一緒の空気を吸うのも嫌だそうです。父親から離れたい一心で遠くの大学に進学し、そのままそちらで就職しました。

今は結婚して子どももいます。父親に会いたくないので結婚式は夫婦2人だけで済ませました。そして、年に一度だけ母親に会いにきます。父親がいない日を母親に教えてもらい一人で来ます。そして、母親に会ったらすぐ帰ります。

父親とはもう何年も会っていません。一生会うつもりはないそうです。自分の住所は両親共に知らせてありません。

父親は、自分のおこないを振り返って「叱りすぎたもう一度息子が0歳の時からやり直せたら」と嘆いています。

本当は、親子だったら最高によい人間関係になれたはずです。ところが、他人以上に冷え切った関係になってしまいました。

この親子だけでなく、世間には他人以上に冷え切った親子関係はけっこうあります。その原因の第一歩はやはり親にあると言わざるを得ません。

親という権力的な立場に甘えて、「この子のためだ。しつけのためだ。ひどい言葉も親なら許される自分の子どもに何の遠慮がいるのか?」とやりたい放題。その結果は自分で刈り取らなければならないのです。

今現在このような道を進みつつある人はいませんか?今すぐ方向転換してください。

初出『聖教新聞』(2012年3月23日から連載)

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受けの美学にお約束。現役教諭がプロレスを生観戦して判ったこと

一時期は完全に低迷していたものの、今や完全復活を果たしたプロレス。試合会場には女性ファンの姿も珍しくありません。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では著者で現役教師でもある松尾英明さんが、自らプロレスを観戦し、肌で実感したそのエンタテイメント性について紹介しています。

プロレスから「受けの美学」の学び

1月4日に東京ドームで行われたプロレスを観戦してきた。初プロレス観戦である。ご存知の方も多いと思うが、私はエンターテインメント関係にはさっぱり興味がない。以前にもお伝えした通り、誘われたからである。チケットまで全て手配してくれて、有難いことである。

結論からいうと何もかもが大変勉強になった。やはり、誘いに従って行ってよかった。

まず、あれだけの人を熱狂させる魅力があるということ。4万人近くの来場者があったらしい。セミナーを開催しますといって50人集めるのも大変なのに、桁違いの恐るべき集客力である。

次に、エンターテインメント性。観客を喜ばせるというのがどういうことなのか。そこにお約束の重要性がある。

関連して、主役と同等の悪役の存在価値の高さ対戦相手への信頼感とリスペクト。相手を後ろから殴り飛ばして足で蹴っ飛ばして踏みつけて挑発ポーズをとっているけど、リスペクトなのである(この辺りはかなり一般的に理解しづらいが、そういうものなのである)。

特にあの、コーナーポストからジャンプしてのボディプレス等を「敢えて避けない理由がよくわかった。避けると、相手が大ケガするからである。大ケガをして欠場になるということは即ち、次以降の大切な対戦相手を一人失うことになる。特に場外へのダイビングは大変危険なので確実に受ける必要がある。敵である対戦相手も、大きな視点でいうと仲間だといえる。

また、エルボーや張り手も避けない敢えて受ける。受けて受けて受けて受けて我慢してからやっとやり返す。一緒にいたプロレスファンの方々の言葉だと「受けの美学」なのだという(翌日の話になるが、ここに関連して講師の俵原先生の教えが印象的であった。教師は子どもからの攻撃を「敢えて受ける」というこの「受けの美学」が足りない。避けすぎずに、敢えて受けまくる必要があるという。これは、カウンセリングマインドの考えにもつながる。なかなかに深淵である)。

プロレス自体で考えずに、多くの人が観る、映画に例えるとわかりやすいかもしれない。映画で悪役が倒されるシーンで、悪役が演技そっちのけで本気で戦って主人公を倒してしまったら、映画が成り立たない(というか、普通に撮り直しである)。そこで悪役がやっつけられる演技を見てやらせだとかいう人はいない。観る側は何となく主人公が勝つことはわかっているけれど、完全には確信できない。たまに悪役が勝つという展開が、エンターテインメント的にあり得るからである。

【書評】恐怖に引きずり込まれる。埼玉の怪奇スポット16か所調査

これまでも多くの怪談系書籍をレビューしてきた無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さん。今回は、図書館で偶然発見したという「埼玉で起きた不気味な現象」をまとめた一冊を紹介しています。

偏屈BOOK案内:桜井伸也『埼玉の怖い話』

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埼玉の怖い話
桜井伸也 著・TOブックス

戸田市内の図書館で郷土関係の書棚を眺めていたら、こんなタイトルの真っ黒い本があった。「埼玉の」というと、わたし自身「どうせ埼玉」という地元民の歪んだ感情もほのかにあり、舐めていたのは本音である。「山怪」のヒットで、創作ではない怖い話を集めた本はたくさん出てきて、殆ど読んでいる。

真っ黒い不吉な装幀、見返しも扉も版面の周囲も真っ黒。前書き、後書きなし。16か所の怖いスポットがレポートされている。中でも浦山ダムの怪八丁湖の怪畑トンネルの怪などは2話、痴漢山の怪が3話。著者はゲーム開発者、イラストレーター、怪談家。幼少からの怪体験を経て、心霊現象に興味を持ち、怪談・心霊写真の蒐集を始めて25年以上、怪談DVDの企画制作に携わっている。

舐めていてすいません。じわっとくるいやな気分、では片付けられない本当に怖い話不気味な話がある。著者はこの道のベテランだから、怪異に出会っても取り乱したりしない。きちんと観察できるし、映像記録も撮れる。他人の話コレクションではないからリアルだ。でも、文章はいまいちの出来である。

全部読んでから、さてどれが一番怖かったか、もう一度読み直した。若い女の子を怪異スポットに連れて行き、何かに怯えるオイシイ映像を撮るのが仕事だから、怪異に慣れた著者による観察は確かで、それはそれで読み応えがあり、うわーこりゃ女の子泣くよなと思う。だが、著者自身の恐怖体験を読みたい。

「私は年金を貰えない」と思っている人も実は貰える場合がある

老齢年金の受給資格期間が、それまでの25年以上から10年に引き下げられたのが平成29年8月ですが、この事実を知らない方が年金を請求し忘れているという、あまりにももったいないケースが多いといいます。今回の無料メルマガ『年金アドバイザーが教える!楽しく学ぶ公的年金講座』では著者で年金アドバイザーのhirokiさんが、「貰えない」という思い込みで損をしないよう見直しを呼びかけています。

年金貰えないと思って未請求の無年金だったのに本当はとうの昔に貰う資格あった場合

平成29年8月以降の老齢の年金受給資格期間がそれまで25年以上必要だったのが10年で良くなりました。まあ、これはもう僕の読者様ならそんなん知ってるわ!っていう話ですね^^;。

無年金者を救済するためでもあり、よって大抵の人が年金受給者になれたんですが、今回の記事のような事情で請求自体をしてない人もいる場合があります。25年必要だった時代に、年金貰えませんよってなってそれからもう年金を自分は貰えないんだって諦めてしまった事ですっかり年金の事を忘れてしまったと。だから、無年金のまま来てる人とかですね。

あと、ちょくちょくあるのは「自分は年金貰ってるよ!」っていう人が、実は障害年金とか遺族年金の事で、老齢の年金は請求し忘れてるとかですね。

しかし、長年時が経ってからもともと年金を貰う権利があった事を知った場合一体どうするのか。考えていきましょう。

1.昭和11年7月18日生まれの夫(今は82歳)

何年生まれ→何歳かを瞬時に判断する方法!(平成31年版)

現在貰ってる年金は、老齢厚生年金130万円、厚生年金基金報酬比例代行部分60万円、老齢基礎年金76万円。年金総額は236万円。ところが、平成30年10月に死亡。

2.昭和14年5月7日生まれの妻(今は79歳)

高校卒業の翌月である昭和33年4月から国家公務員共済組合で働き始めた。しかし、昭和36年4月7日に退職。まだこの時期は共済組合や厚生年金は20年以上無いと年金が貰えない時代だったから、共済組合は退職一時金としてこの働いた期間36ヶ月分を支給した。


※注意

昭和36年4月からの国民年金制度の始まりにより、共済組合期間、厚生年金期間を繋ぎ合わせて25年以上あれば年金が貰える通算年金制度が始まったから単独で20年以上満たさなくても年金が貰えるようにはなった。なお、共済組合と厚生年金合わせて20年以上あればそれでも年金が貰えるようになった。


昭和36年4月から昭和48年2月までの143ヶ月の国民年金強制加入期間は未納にした。昭和48年3月にサラリーマンの夫と婚姻して専業主婦となり、昭和61年3月までの157ヶ月は国民年金には強制加入ではなくなった(年金受給資格期間に含むカラ期間となる)。

昭和61年4月から国民共通の基礎年金制度が始まって、国民全員がどんな職種であれ国民年金に加入する事になった。サラリーマンの専業主婦は国民年金第三号被保険者となって、夫がサラリーマンを定年退職する60歳前月となる平成8年6月までの123ヶ月間は国民年金保険料納付済み期間。

「とりあえず残業」が裏目に。自分のキャリアをもダメにする理由

一見同じ「残業」でも、「キリ良いところまで仕上げたい」という自発的なものと「周囲が残っているからなんとなく」という場合では、精神衛生上の作用は真逆。負担が蓄積しすぎてしまう場合もあり得ます。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では著者で現役教師でもある松尾英明さんが、自己のタイプを見極め、意に反した残業を避ける「自分軸の作り方」を紹介しています。

残業したい人としたくない人

残業の是非について。1.5セミナーで少し話した内容をやや詳しく。

遊びとプライベートを分けるか」ということに関心が結構集まった。結論、どちらでもよいが、自分のタイプを見極めること、と伝えた。完全に分けた方が心地よい人間と、一緒の方が心地よい人間がいる(私は後者である)。幸せや価値観において他人軸で生きないことが肝要である。

残業の考え方についても、同じことが言える。結論、残業しようがしまいがどちらでもいい。正義はそれぞれの自分の中にしかない。究極、全ての残業は、仕事を優先したいからするのである(「上司が遅くて帰れない」という理由も、広義に見れば仕事に関する人間関係等を優先している)。

今の私自身を言えば、基本的にルールに則って動く方が心地いいと思っているので、しないのである。自閉症スペクトラムの子どもが、急に時間割を変更したり時間を延長したりすると、当然パニックになることの延長である(残業は、原則からするとルール違反である。試合終了のホイッスルが鳴っているのにプレーし続けている状態である。「蛍の光」が流れ終わったのにまだ買い物を続けている状態である。それが気持ち悪いと感じる人間がいる、といえば、そんなに変なことではないだろう)。

自分の哲学に則って残業している人がいる。自分の哲学、美学に従って、仕事を完璧に仕上げたいのである。思う存分するのがよい。それが、エネルギーになる。

周りとの調和を気にして残業している人がいる。自分だけ先に帰ると、和を乱すから、後々自分が困るという。思う存分するのがよい。それが、自分の精神衛生状態と立場を守ることになる。

問題は、そういった自覚症状のない残業である。

例えばあなたの上司が、完璧主義で残業肯定タイプだったとする。品質向上のためには、どんなに時間と予算を投資しても構わないというタイプである。一方で、あなたが私と同じ、決められた範囲内できっちり仕上げることを喜びとするタイプだとする。

これは、ニーズが食い違うので苦しい。必然、部下であるあなたが相手に合わせる形となる。裏で愚痴る羽目になる。

どうするか。

どうした、無印良品。不振の一因に「お値段以上」ニトリの訴求力

無印良品が発表した「2019年2月期の業績見通しの下方修正」が話題となっています。店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんは今回、自身の無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』で、同社の最主力商品である生活雑貨の売上高が前年を下回った点を「看過できない出来事」と指摘。さらに競合するニトリやユニクロと互角に勝負するため無印良品が確立すべきコンセプトを提案しています。

無印良品、家具不振で業績下方修正。ニトリが一因か

「無印良品」を展開する良品計画は1月9日、2019年2月期の業績見通しの下方修正を発表した。売上高にあたる営業収益は従来より3.5%少ない4,093億円(前期比7.8%増)とした。営業利益は従来より6.0%少ない470億円(同3.8%増)を見込む。海外は中国を中心に堅調だが、国内は冬物衣料が振るわなかったほか生活雑貨が伸び悩んだため下方修正に至った。

冬物衣料の不振は暖冬が影響した。衣料品の既存店売上高は、10月が前年同月比0.4%増、11月が5.9%増とそれぞれプラスだったが、3~8月が9.9%増だったことを考えると伸び悩んだといえる。衣料品に関して、10月と11月は客数は伸びたものの、客単価が大きく落ち込んだ。高単価になりやすい冬物衣料の販売が鈍かったことがこのことからも伺える。

もっとも、10月と11月に衣料品が振るわなかったのは無印良品だけではない。例えば「ユニクロ」は、9月こそ気温が低く推移したため6.0%増と好調だったものの、10月は10.0%減、11月は4.3%減とそれぞれ大きく落ち込んだが、その理由として「暖冬による冬物衣料の不振」を挙げている。「ファッションセンターしまむら」も同様で、10月は7.1%減、11月は12.3%減とそれぞれ大幅減となった。

冬物衣料の落ち込みは暖冬という外部要因が理由のため致し方ない面がある。一方、生活雑貨の不振は内部要因が主な理由となるため問題があるといえる。3~11月の商品別の既存店売上高は、衣料品が8.2%増、食品が14.0%増とそれぞれ大きく伸びた一方、生活雑貨は0.3%減とわずかではあるが前年を下回った。生活雑貨は無印良品の最主力商品であり、その動向は業績に大きな影響を及ぼす。そのため最近の不振は看過できない出来事といえる。

良品計画.001

生活雑貨のカテゴリー別の売り上げ動向(全店ベース)を見てみると、カテゴリーによって好不調がはっきりしていることがわかる。化粧品やトイレタリーが堅調だった一方、家具やインテリアが伸び悩みファブリックス(クッションなど布製品)が落ち込んだ

日本軽視がアダに。韓国が大国から相手にされなくなる危ない未来

「慰安婦和解・癒し財団」の解散に始まり、「徴用工問題」で相次ぐ賠償命令確定判決と、国家間での約束を反故にする韓国の動きに、日韓両国の関係はかつてなく悪化しています。『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者、島田久仁彦さんは、ペンタゴンなど独自のルートからの情報で、韓国は米中ロからも相手にされなくなってなっていると指摘し、この状況が東アジアに及ぼす悪影響を憂慮しています。

Point of No Return?! 日韓を覆う暗い未来

北朝鮮問題に絡み、韓国の文大統領政権は“米朝の橋渡し役”を果たし、平和実現への使者とでも言わんばかりの動きを内外にアピールしていますが、日本との関係については、融和や友愛という精神とは正反対の対応を取り続けています(どちらかというと、完全に「日本軽視」です)。

それが顕在化したのは、「慰安婦和解・癒し財団」の解散を日本に対して一方的に通知したことに始まり、すでに2国間で解決済みと合意していた徴用工問題での訴訟の連発です。加えて3つ目が「海上自衛隊の旭日旗問題」です。これまでにも慰安婦少女像の在韓国日本大使館前の設置やサンフランシスコやドイツでの設置という行動に出ていましたが、日本政府は外交上、公式に抗議は行ってきましたが、報復行動に出ることはしてきませんでした。竹島問題もしかりです。

しかし、最近の3つの“挑発”とも言える行為は、政府はもちろん、これまで経済的な関係から“韓国の度重なる反日行動”をスルーしてきた産業界をも激怒させることになり、恐らく戦後最も日韓間での緊張度が高まっている時期でしょう。

そのような緊張関係が高まる中、韓国の文政権は特段、その緊張を和らげる対策を取ろうとしておらず、日本側では、官民挙げて、「韓国を切り捨ててはどうか」というオプションまで考えらえている状況です。北朝鮮に対する包囲網の維持という観点からも、東アジアの経済の安定性の確保という観点からも、日韓関係がこれ以上ギクシャクするのは決して望ましくありませんが、今後、どのような方向に進むのでしょうか?日韓の二国間関係、アメリカや中国、北朝鮮なども交えた東アジア情勢の観点から見てみたいと思います。

まず2国間関係ですが、今のところ、改善のきっかけが見つからないというのが現状かと考えます。通常、内政で躓きがあり、韓国政府に国民の非難の矢が飛び始めると、竹島問題や慰安婦問題をクローズアップし、批判の矛先を日本に向ける“日本カード”が切られますが、今回はちょっとやり過ぎたようで、日本を完全に激怒させる結果となっています。徴用工をめぐる裁判の連続と、慰安婦癒し財団の解散通告です。

大統領府および韓国外務省は、これらの問題について「困惑している」といったコメントをしていますが、ここまで日本を怒らせることになったのは、完全に文政権の読み間違えでしょう。徴用工問題については、すでに2国間で解決済みとされ、それは韓国政府も合意事項と認めていますが、今になって、三菱重工などを相手取り、多くの賠償請求をめぐる裁判が行われ、続々と「賠償を命ずる判決」が出ています。

池田教授が一刀両断。いまさら国際捕鯨委員会を脱退する日本の愚

昨年12月26日、日本政府が国際捕鯨委員会からの脱退を表明しましたが、「いまさら過ぎて愚か」だと解説するのは、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみ、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の著者で生物学者の池田清彦先生です。情緒的な国際世論はすでに覆せないだけでなく、IWCを非科学的とする一方で、国内では同様に非科学的な法律を野放しにする政府のダブルスタンダードについて厳しく指摘しています。

IWCは非科学的とする日本の主張はもっともだが…

2018年の暮れも押し迫った頃、日本がIWCを脱退するとのニュースが飛び込んできた。IWC(国際捕鯨委員会)は1946年12月、ワシントンで国際捕鯨取締条約が採択され、48年に発効したのに伴い設立された国際機関である。1949年に第1回の会合を開いたのを皮切りに、委員会の本会議は毎年開かれ(2012年からは隔年開催)、国際捕鯨取締条約に基づき、鯨資源の保存と捕鯨産業の秩序ある発展のために、加盟国に様々な勧告をすることができる。日本は1951年に加盟した。

しかし、設立後しばらくしてから、捕鯨から撤退する加盟国が出はじめ、IWCは捕鯨産業の秩序ある発展という当初の目的から徐々に逸脱して、最近では国際捕鯨禁止委員会と名付けた方がいいような機関になってきた。20世紀中葉までには、アメリカ、オーストラリア、イギリス、オランダなどが相次いで捕鯨からの撤退を表明して、反捕鯨国に宗旨替えをし、それに呼応して反捕鯨を標榜する加盟国が増加したのが大きな理由である。

アメリカ、オーストラリアなどが捕鯨から撤退した表向きの理由、鯨資源の保全あるいは希少種の保護といったものであったろうが、実際は、捕鯨の採算が取れなくなったからだ。これらの国は鯨肉を食べるためではなく、油を採るために捕鯨をしていたわけで、鯨資源の減少に加え、化石由来の油が安価で供給されるようになり、捕鯨は儲かる商売ではなくなったのである。日本では1950年代から70年代にかけて、鯨肉は重要なタンパク源であったため、捕鯨は採算が取れる産業であり、捕獲規制をしようとする反捕鯨国とIWCの会議で抗争することになった。

しかし、IWCに加盟する反捕鯨国は増え続け、1982年に「商業捕鯨モラトリアム=商業捕鯨一時停止」が採択された(一時停止とは名ばかりで実質的にはほぼ永久停止である)。日本は「科学的正当性」を審議するIWC科学委員会の審理を経ていないとして、この採択は無効であると頑張ったが、紆余曲折を経て、このモラトリアムを受け入れる代わりの「調査捕鯨」を行うことで妥協をして、1988年に商業捕鯨から撤退した。

地に堕ちた「日本製」ブランドの信頼。日本人なら怒る権利がある

スバル、日産と続いた燃費データの偽装、神戸製鋼の鋼材品質偽装、そして東洋ゴムの免震偽装発覚から数年経ってのYKBと川金によるオイルダンパーの試験データ偽装と、日本企業による「偽装」が次々に発覚しています。メルマガ『8人ばなし』の著者・山崎勝義さんは、「わざとことを大きくして発表していないか?」と、穿って見るのも仕方ない事態に陥っていると訴えます。堕ちてしまった日本企業の信頼を取り戻すために必要なものは何なのでしょうか?

日本企業による偽装のこと

昔、国産、即ちmade in Japanと言えば、信頼を証するものであった。だから、多少値が張ったとしても、電気や機械系の物は国産メーカー品を購入していた。この信頼が国外にも広がって行き、技術立国日本が生まれた

しかしここ数年、その信頼を裏切るような行為が多発している。重要産業においては、まず自動車メーカーが燃費データを偽装した。続いて鋼材、そして今度は免震装置である。

本来こういった卑怯な嘘がつかれる事情としては、その分野における二流企業がとにかく自社のシェアを伸張するためとか、あるいは三流企業が倒産を免れるためなどであった。言ってみれば、苦し紛れである。

ところが最近の事件はこういったものとは質が違う。どれもその分野における一流企業が起こしているのである。勿論、御家が大きくなればなるほど醜聞は隠したくなるものではあるだろう。しかし仮にも上場企業である以上は、社会に対して責任というものがある。責任は全うせず、権利は主張する。これを悪質と呼ばずして何と呼ぶか。

さらに穿った見方をすれば(こうも偽装事件が続くと、こういった見方も仕方なかろう)、わざとことを大きくして発表しているような気さえするのだ。

説明するとこうである。不正が長期間、広範囲に及ぶと、関係者があまりに多くなり過ぎて責任の所在が分からなくなる。いつ、誰が、どのように始めたのか特定できなくなるのである。よってその罪は少数に重く集中せず、多数に軽く分散する。どうせ無責任の誹りを受けるのならどこまでもといった開き直りである。

また、今さらどうにもならないというレベルにまで問題が大きくなると、今すぐにどうこうできるものではないということが誰の目からも分かるから糾弾の鋭さは結果鈍くならざるを得なくなる。諦めという心理の狡猾なる利用である。