オリジナルサプリメント製造販売は個人で可能?プロに聞いてみた

メルマガ『届け!ボディメイクのプロ「桑原塾」からの熱きメッセージ』の著者、桑原さんの元に、「オリジナルのサプリメントを作ってみたい」という読者から相談が寄せられました。サプリメント事業を手がけるプロが、そのノウハウと注意すべき点について、経験談も含めて具体的にアドバイスしてくれています。

自分のサプリメントを作りたい!

Q. サプリメントの開発はどのようにしてするのですか。最近は個人でやっているような感じの人もサプリメントを販売していますが、誰でも出来るものなのでしょうか。また大手でなければ安全でないなどの問題はありますか。

将来パーソナルトレーナーとして独立を考えていますが、自分自身のサプリメントを作ることにも関心があります。(29歳、男性)

桑原塾長からの回答

開発の手法はひとつではありませんが、いずれの手法にしてもお客さんのニーズを汲み取るという点が最大のポイントにはなります。

つまり、お客さんが何を欲しているのかという点です。これは既に顕在化しているものもあれば、お客さん自身もまだ気が付いていないものもあります。

特にサプリメントなどの場合は、新たな価値をこちらで創り出して、それをお客さんに気付いてもらうというケースも少なくありません。

私が経験した例で言えば、エキストラ・アミノアシッドは疲労回復というニーズに対応したものですが、そのためには寝入りばなに出る大量の成長ホルモンをいかに増やすかという点に着目をしました。ですから就寝前の摂取をお勧めしています。

また、CCDドリンクは、ハードなトレーニング中に胃部の不快感を感じずにエネルギーを摂取したいというニーズに対応したものです。これは私のやり方でありますが、自分自身がお客さんど真ん中になると、こういったニーズは比較的キャッチしやすいかと思います。

もちろん、様々な調査を行って、そういったニーズを探索するという方法もあります。サプリメントは食品なので、製造するにあたっての規制は少ないと言えます。

ただし、個人が家で何かを作って販売するというのは極端であって、

製造場所の届け出や食品の安全性や表示に関しても細かい規則があります。

個人に近い場合には工場をもつこともないでしょうから、実際はOEMといって、色々なプライベートブランドを製造してくれる会社(工場)がありますので、そこと打ち合わせをして商品規格を確定して作ってもらうというのが一般的でしょう。

最近は、プロテインを中心に、安価な商品が通販で氾濫している印象をもちます。以前は、個人の場合は大手から商品そのものを卸値で仕入れて販売するという方法がほとんどだったかと思いますが、今ではOEMを使って個人が自分自身の商品を作ってしまい、それをネット通販で販売するという方法も珍しくなくなっています。

プロテインの場合は比較的そういった方法がスムースに行きます。

それは原料に汎用性があるからでしょう。つまり大元で大量に原料を購入しても、それを使いたいという人(製造者)が沢山いるからです。

軍事アナリストが疑問視。沖縄県の諮問会議に並ぶ残念な顔ぶれ

沖縄の基地問題に関してさまざまな提言を行なっている軍事アナリストの小川和久さんが、玉城デニー知事の「諮問会議」創設のニュースについて「アリバイづくりでは?」と、メルマガ『NEWSを疑え!』で疑問の声を上げました。小川さんがそう直感した理由はどこにあり、「アリバイ」とは何を意味するものなのでしょうか?

沖縄県の諮問会議はアリバイづくり?

米海兵隊普天間基地の移設問題が膠着状態を続けているなか、沖縄県の玉城デニー知事が新しい方針を打ち出すようです。3月27日の朝日新聞は次のように伝えています。

「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、沖縄県の玉城デニー知事は、新年度から辺野古移設に代わる案の検討を始める。県政課題に関する諮問会議の中で、政府OBら専門家に協議してもらう。『代替案は政府が考えるもの』としていた前県政の方針を転換する。

2月の県民投票で辺野古の埋め立て反対が7割を超えたが、安倍政権は辺野古移設に固執し、工事を進め続けている。県幹部は『政府と交渉するための意見をまとめたい』と話す。

玉城知事が4月に立ち上げる諮問会議は『万国津梁(ばんこくしんりょう)会議』。基地問題もテーマで、辺野古移設問題も議論する。県幹部によると、協議内容は米海兵隊の運用や移転先などを想定。議論を進める中で、辺野古移設の代替案を検討する考えだ。

メンバーには、これまで移設問題について意見を聴いてきたジョージ・ワシントン大のマイク・モチヅキ氏のほか、防衛省OBで元内閣官房副長官補の柳沢協二氏、元外務省国際局長の孫崎享氏らを起用する方向で調整。すでに一部からは了承を得たという。

普天間飛行場の移設先について、玉城知事は県外の立場で、知事就任前の昨年9月には『ぶれたことはない』と述べている。(山下龍一)」(3月27日付 朝日新聞)

この記事を読んで、普天間基地返還合意から関わってきた私としては、直感的に「アリバイづくり」という言葉を思い浮かべずにはいられなかったのです。なんの「アリバイ」なのでしょうか。

それは、諮問会議が「日米の有識者を集めて検討を重ね、なんとか辺野古移設を阻止しようとしたが、政府の強硬姿勢の前に力及ばなかった」と、沖縄県民に言い訳をするための「仕掛け」にしか見えないからです。

新聞が伝える「有識者」の顔ぶれを見てください。日米両政府を説得したり、論破する能力を備えた人は皆無ですし、ほとんど無視されている人ばかりなのです。

柳澤氏にしても、孫崎氏にしても、もとは政府の要職にありましたが、いつの間にか政府と対立する姿勢に転じ、いまでは相手にさえされていません。

Twitterで「11日に会見」投稿後に「ゴーン氏を4回目逮捕へ」報道

特別背任などの罪で起訴され、3月6日に保釈された日産自動車の前会長、カルロス・ゴーン氏が3日午後、オマーンの友人側に日産資金を不正に支出したなどとして、東京地検特捜部が会社法違反(特別背任)容疑で再逮捕する方針を固めたと、産経新聞などが速報で報じた。

ゴーン被告は、3日午後に公式のTwitterアカウントを開設し「11日に記者会見をします」と投稿して話題となっていたばかり。

Twitterのアカウント名は、Carlos Ghosn カルロス・ゴーン(@carlosghosn)。現在、2つのつぶやきが投稿されている。

承認済みアカウントのマークが付けられていることから、なりすまし等の偽アカウントではないと思われる。

先日も、代理人として弘中弁護士が会見をおこなったばかりで、11日には本人が出席し、自身の口で「真実」を語るとされていた。

報道によると、最高検と協議して再逮捕を最終決定するという。資金の一部はゴーン被告側に流れているといい、特捜部はゴーン被告が私的流用した疑いがあるとみて解明を進めるという。

関係者の証言として、産経は日産子会社「中東日産」(アラブ首長国連邦)を通じて、オマーンの販売代理店に、自身が直轄する「CEOリザーブ」という予備費から毎年数億円づつ、約35億円を支出していたとしている。オマーンの販売代理店オーナーはゴーン被告の友人だという。(随時更新)

※本記事内のツイートにつきましては、Twitterのツイート埋め込み機能を利用して掲載させていただいております。

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日本を「時代遅れ」にしている、入学式や入社式という悪習慣

4月に入り入学式や入社式のニュースが頻繁に流れるようになりましたが、それらはかならず「おめでたい」というニュアンスで伝えられます。そんな流れに異を唱えるのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、入学式をおめでたいとすることが「僭越を通り越して間抜け」としその理由を記すとともに、「入学式や入社式は徹底的に見直すべき」とバッサリ斬っています。

ここが変だよ、入学式・入社式

4月になり、新年度ということになりました。そもそもこの「年度の切り替えが4月というのも変な話です。国際的には12月が本決算で、3、6、9に四半期決算というのが主流なのですが、いつまでも3月決算を続けるのも時代遅れな感じがします。

学年の切り替えも、9月スタートに合わせようという声がありながら、守旧派にかき消されて今でもダラダラ4月入学をやっているこれもオワコンではないかと思います。

それはともかく、この4月になると入社式や入学式という意味不明な行事が行われます。ところで、この「4月に入社式があって、多くの若者が人生のスタートを切る」という言い方も、よく考えるとおかしいのではないでしょうか。というのは、現在は残念ながら多くの職種が非正規雇用の時代です。そして、非正規の場合は4月の一括入社もないわけです。

そんな中で、いつまでも「新社会人」とか「入社式」などが「春の風物詩」として話題になるというのも、おかしな話だと思います。

さて、そんな中でまず「入学式」ですが、色々と疑問があります。

まず、その位置付けですが、例えば小学校にしても中学校にしても「より若い世代が入って来て、新一年生になるのはめでたい」という前提で行われるわけです。つまり、幼稚園であったり小学生であることはめでたくない」のであって、そこを脱して上級の学校に入ることがめでたい」という思想が背景にあります。

別にいいじゃないかという考え方も可能は可能ですが、よく考えると、この考えの裏には「この学校の姿勢は不動のものであり、その学校に入ったことはそれだけでめでたい」という極めて尊大で守旧派的な思想があるのではないでしょうか?さらに言えば「この上級の学校には入っただけで『めでたい』のだから、全てここのルールに従えという押し付けも感じます。

全く違うのではないでしょうか?

時代は刻々と変化します。新しい世代が入ってくるということは、彼らの発想や彼らの感覚、彼らの経て来た上の世代とは違う経験が、その学校に持ち込まれるということです。学校は、それを受け止め、新入生によって伝統が乱されつつ前進することに期待するのが自然であって、そうでなくては学校というものはドンドン時代に取り残されていってしまいます。

大学生の4人に1人が「平均」の意味を判っていない亡国ニッポン

大学生の1/4が「平均」の意味をきちんと理解していないという記事が話題となっています。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、著者で世界的エンジニアの中島聡さんがそんな記事を取り上げつつ、「数字に弱い人」を食いものにするかのような商品を堂々と売る日本の銀行や証券会社に対して、批判的な視線を向けています。

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年4月2日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール中島聡なかじまさとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

私の目に止まった記事

大人の皆さん、「平均」の意味ちゃんと分かってますか? 大学生の4人に1人が間違えた“小6レベルの算数問題”

平均の意味がちゃんと分かっていない大学生が4人に1人いる、という話です。

日本の大学のレベルはピンからキリまであり、ピンの大学でも米国の大学と比べたら卒業するのは非常に簡単なのは私が実体験として知っています。そして、キリの大学となると、「何でこんな生徒が高校を卒業できたのか?」と思えるような生徒を集めているため、最初は高校卒業レベルに達するまでの補習から始まるそうで、そんな生徒も含めたらばこの数字も納得できます。

実際、社会に出ても、平均値と中間値の違いが分かっていない人に出会うことはしばしばあるし、定義は知っていても、ちゃんとした使い分けが出来ない人は50%以上いるのではないでしょうか?

政府の統計や雑誌の記事で、社会人の平均収入を取り上げたものをよくみます。収入のように激しい偏りがあるものの場合、平均ではなく中間値を使うべきなのですが、これこそが、平均値と中間値の使い分け方をちゃんと理解できていない人が大勢いる証拠です。

特にここ数年は、貧富の差が広がるばかりなので、年収の平均値にはそれほど変化はないものの、中間値は下がる、ということが起こっています。

さらに、年収の平均値や中間値の変化を何年かに渡ってとらえる場合、単純に金額だけを比べるのか(名目賃金)、購買力を考慮して比べるのか(実質賃金)という選択肢もあり、問題を複雑にしています。そこまでちゃんと理解している人となると、たぶん4人に1人とかになってしまうでしょう。

そんな風に「数字に弱い人」たちがたくさんいるからこそ、銀行とか証券会社は、やたらと手数料の高い金融商品を消費者に売りつけて儲けることが可能なのです。

外貨預金をする際に、資料に明示された為替手数料(1%程度)の他にも、円の売値と買値の差という形の隠れた手数料(往復で2%程度)があることを見抜くことは、私のように数字に強い人間も難しいので、普通の人は平気で騙されてしまいます

先日も、日本の大手銀行で「米ドル3ヶ月もの、金利が年5%」という広告を見ましたが、年利5%で3ヶ月預けると、もらえる利息は1.25%ですが、手数料が全部で3%程度かかるので、為替に変化がない場合で1.75%ほど損をすることになります。本当に顧客のことを考えているならば、そんな金融商品はそもそも扱うべきではないのです。しかし、「年利5%」という数字に騙されてしまう消費者が多いので、手数料稼ぎのためにそんな金融商品を堂々と扱っているのが日本の銀行なのです。

ブラック企業、虐待、未婚化、少子化…平成を「苦しめた」原因

4月1日に発表された新元号「令和」。平成もあと1か月足らずで終わりを迎えるわけですが、あえてこの時期に苦しかった平成の元凶をあぶり出し、新時代には新しい価値観を登場させるべきであるとするのは、国際関係ジャーナリストの北野幸伯さん。北野さんは自身の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で、その新価値観の具体例を記しています。

平成は、どんな時代だった?

新元号が発表されましたね。それで、平成が終わるのは1か月後だそうです。いよいよ、平成の終わりが近づいてきました。皆さんにとって、平成はどんな時代でしたか?

私は、平成時代、ほとんど日本にいませんでした。1990年、つまり平成2年、モスクワに留学した。大学を卒業し、そのままモスクワに住みつづけていた。そして、2018年、つまり平成30年11月、日本に戻りました。つまり、平成時代、私が日本にいたのは、平成元年と平成最後の年である31年だけということになります。

私がモスクワに留学した1990(平成2)年は、バブルが崩壊した年でもあります。それでも、当時日本は、まさに「黄金の国ジパング」と思われていました。ロシアの教授にも、時々いわれました。「共産主義の理想万人平等で皆豊かはソ連では実現できなかったが日本で実現された!」と。そう、当時は90%以上の人が、「私は中産階級だ」と思っていたのですね。GDPも、一人当たりGDPも世界2位でした。

ところが、バブル崩壊の影響は、思ったよりも長引いた。「暗黒の10年」になり、「暗黒の20年」になり…。小泉さんの時代、安倍さんの時代は、比較的景気がよかったといわれています(安倍さんの時代は、まだつづいていますが)。しかし、一人当たりGDPは、下がりつづけ、今ではなんと世界25位になっています。アジアでもトップではなく、シンガポール、香港より下になっている。これ、悲しいことではあります。

しかし、「日本は、1950~1990年まで成長期だった。1990(平成2)年からは成熟期に入ったのだから、仕方ない」ともいえます。

なぜ男は「動く物」が好きか?でも行き着く先は動かない「石」だ

男の子はロボットで遊び、女の子はお人形で遊ぶ。幼児期の遊び方に大差はなくても、徐々に大きな違いが出てくると、メルマガ『8人ばなし』の著者・山崎勝義さん。その違いを生む理由として、男は動く物が好きだという考えに思い至ったようです。そして、そういう男子の好む対象物が、自身の活力に比例するように、より速く、複雑で高価な物へ上り詰め、やがて衰えに比例して収束していくということを発見しています。

動く物のこと

男は動く物が好きである」。偏見はないが独断に基づいた私見である。ただ、これを男性の一生に当てはめてみると、意外な符合を見出すことができるのである。

生まれてから物心がつくまでは、男女の差に関係なく動く物なら何にでも興味を示す。ということで、上がお兄ちゃんでもお姉ちゃんでも、おさがりで十分という訳である。

好みが分かれ始めるのは、自分は男の子あるいは女の子なんだ、という自覚が芽生えてからである。この頃、男の子はロボットで、女の子は人形で遊び始める。物としては一見随分違うようだが遊び方にはそう大差はない。ロボットにしろ人形にしろ、手足を動かして遊ぶということには変わりがないからだ。

このロボット・人形遊びが二次的段階になるとその遊び方にも違いが出て来る。ロボットには合体や武器などの、人形には着せ替えやアクセサリーなどといった新要素が加わるのである。この違いは、単に取り合わせの違いとも取れるが、よく観察してみるとやはり遊び方そのものが違って来ているようなのである。

例えば、男の子の場合「ガシーン!」「ドカーン!」といった具合に、動きそのものを擬音化して遊ぶ。これに対し女の子は「お着替えしましょうね」というふうに相手との関係性を意識した言葉を口にしながら遊ぶ。同じ「ごっこ」つまりは「ロールプレイング」でもこの違いは大きいのではないか。ここで何となく見えて来る。男は動く物が好きなのである。

小学生くらいになると、ベイブレード・ミニ四駆・ラジコン、といった具合に女子との差は幾分決定的となる。動きの方もより速く、激しくなっているのがよく分かる。

中学生にもなると、自分の身体も一緒に動く物、例えばスケボーとか自転車(マウンテンバイク等)で遊ぶ男子も出て来る。遊びにおける危険度が急激に増すのもこの段階である。勿論、女子も同じような物で遊んだりもするだろうが、危険なことやバカなことをするところまで行くのはおそらくほとんどが男子であろう。

青年期になると、それが車やバイクになり、危険度も掛かる金も一気に上がる。これが一つの極相である。実際、経済的な余裕さえあれば、値の張るスーパーカーやスーパーバイクが欲しいという男性は結構いるのではないだろうか。さらに陸上だけで満足できない人は、船舶や航空機のライセンスを取得するところまで行くのである。

日本人なら知っておきたい、「緑茶」と「煎茶」の違いって何?

葬儀司会者として、故人を偲ぶナレーション原稿を日々執筆している瑠璃さんが、自身のメルマガ『瑠璃の葬送日記&葬儀ナレーション例文』の中で展開している「似ているけど、微妙に違う言葉」を紹介するコーナー「ことばのちがい」。今回は、一緒くたにしてしまいがちな「緑茶」と「煎茶」の違いをわかりやすく解説しています。さらに、「煎茶」と「深蒸し煎茶」の違いについても教えてくれました。

ことばのちがい:「緑茶」と「煎茶」

日常生活やお手紙、司会業で、ひょっとしたら遭遇するかもしれない、特に我々の場合、ナレーション作成の際に遭遇しそうな「意味や字画、響きが似ているんだけど、微妙に違う」そんな言葉をご紹介するコーナーです。

今回は「緑茶」と「煎茶」。お茶にはいくつかの分類の仕方があり、大きくは緑色の「緑茶」、赤色・褐色の「紅茶」、茶色・黄色の「烏龍(ウーロン)茶」の三つに分けることができます。この分類は製造方法によるもので、お茶の生葉に含まれる「酵素」をどれだけ働かせるかによって決まります。

まず「緑茶」ですが、日本の緑茶の多くは、生葉を蒸すことで加熱し、酵素の働きを止めることから「蒸し製緑茶」と呼ばれます。日本の蒸し製緑茶は種類が豊富です。主なものとしては煎茶、玉露、かぶせ茶、番茶、ほうじ茶、てん茶(抹茶の原料)、玄米茶、茎茶などがあります。

中国の緑茶は、主に釜で炒って加熱し、酵素の働きを止めるため、「釜炒り製緑茶」と呼ばれています。緑茶は日本や中国以外でも、インドやアフリカ諸国で生産されていますが、釜炒り製法のお茶がほとんどです。日本で古くから作られてきた「蒸し製緑茶」は、実は世界的に見てとても個性的な緑茶なのです。

そして「煎茶」。煎茶は、緑茶という大きなカテゴリーの中の一つです。日本で最も多く生産され、長年に渡って親しまれているお茶です。主にお茶の葉の部分でつくられ、甘味・旨味・苦味・渋味のバランスがとれた風味が特徴です。

煎茶は新茶の収穫時期である4、5月に摘まれた「一番茶」を中心に生産されますが、スーパーやドラッグストアなどでは「二番茶」を使った煎茶が、お手頃価格で売れられています。