米中対立を和らげることが可能な国は日本だけ。軽視できぬ“中国”からのメッセージ

依然として緊張状態が続いている米中対立の舞台となっている「台湾海峡」周辺ですが、中国側は日本に「間に入ってほしい」という主旨のメッセージを送っているようです。今回のメルマガ『在米14年&起業家兼大学教授・大澤裕の『なぜか日本で報道されない海外の怖い報道』ポイント解説』では著者の大澤先生が、香港の英字紙のオンライン版が配信した、中国・北京大学の国際戦略研究所の所長からの論文を紹介した記事を翻訳しながら、その裏に隠された中国政府側からの「メッセージ」を読み解いています。大澤先生が軽視すべきではないと指摘した、中国側の「本音」とは?

【関連】米国が“放送事故”?あろうことか台湾のプレゼンを「カット」の大失態

 

中国からのメッセージ

台湾海峡等をめぐって中国と米国、西側諸国の緊張が高まっています。

日本も岸田総理大臣が6日、オーストラリアのモリソン首相と自衛隊とオーストラリア軍が円滑に活動を行うための「日・豪円滑化協定」の署名をしました。

続いて7日は日米の外務・防衛の閣僚会合「2+2」で共同声明を発表。中国の新疆ウイグル自治区と香港における人権問題について「深刻な」懸念を示して、また台湾海峡の平和と安定の重要性を強調しました。

これに対して 中国外務省は日本とアメリカについて「中国の内政に干渉し中国の顔に泥を塗った」と非難しました。

中国と西側諸国の対立は先鋭化していて、どちらも引く気配はありません。

しかし、そんな中で中国は別なメッセージも出しています。以下、香港サウスチャイナモーニングポスト1月8日オンライン記事です

【中国、日本との関係改善と米国との3者会談の模索を要望】

 

北京大学国際戦略研究所のチャン・トゥーシェン所長は12月下旬に国際関係専門誌「中国国際戦略論壇」に論文を発表した。

 

人民解放軍陸軍士官学校の元教官でもある同氏は、「戦争はもはや紛争を解決する手段とは見なされない。しかし危機管理の失敗は本格的な紛争につながる。対話が唯一の道である」と発表した。

 

続いて「中国と日本は、適切な時期に中日米3カ国の安全保障対話を共同で推進すべきだ。多くの安全保障問題を議論することも検討すべきだ」と、チャン氏は述べている。

 

同氏は、中国が日本との関係を修復する方法を模索し、東京とワシントンを含む3者間安全保障協議を推進するよう求めている。

解説

北京大学の国際戦略研究所の所長からの論文ですが、こういったメッセージ、軽視すべきではないと思います。

現在、中国と米国は真正面から対立しています。

両国政府は、国民の目もあり相手に簡単に妥協できる雰囲気にありません。妥協すると弱腰とみなされて、国内の政治基盤を失う可能性があるからです。

しかし、そんな中でも第三者(日本)が入ることで、その先鋭化した対立をやわらげた交渉ができることがありえます。

この論文は中国共産党トップにも了解をえたメッセージである可能性が十分にあります。 日本が入ることで交渉の余地が生まれえるのです。

現在、日本は米国および西側諸国と歩調を合わせています。それについては、私も同意するものです。しかし、こういった中国からのメッセージは、適切なレベルで受け取って対応しておくべきです。

かつて「ピンポン外交」という言葉がありました。1971年に日本の愛知県で行われた世界卓球選手権に、中国が6年ぶりに出場して、大会終了後に中国がアメリカ合衆国など欧米の卓球選手を自国に招待したことをきっかけにして、米中関係が緩和したのです。リチャード・ニクソン大統領の訪中から日中国交正常化にもつながりました。

正面切っての対立解消が難しい場合でも、ちょっとした事(この場合は卓球)をきっかけにして、糸口が見つかる事があるのです。

もちろん、対立すべきところでは対立すべきですが、その一方でピンポン外交のようなチャンネルも多くもつべきです。

そのようなチャンネルは作ろうとしてもなかなか作れるものではありません。この論文は日本を名指ししているのですから、この機会を利用したチャンネルを作っておくべきです。

日本の政府機関、大学、研究所や企業でもよいです。北京大学国際戦略研究所のチャン・トゥーシェン所長に手紙を書いて「論文を読みました。ぜひ一度、意見交換したいです」と言えばよいのです。

返信があるかもしれませんし、ないかもしれません。しかしそんなところからも世界は変わっていくと思います。必要なら私もお手伝いします(笑)。(この記事はメルマガ『在米14年&起業家兼大学教授・大澤裕の『なぜか日本で報道されない海外の怖い報道』ポイント解説』1月9日号の一部抜粋です。この続きをお読みになりたい方はご登録ください。初月無料です)

社会の分断化を推し進める「バランスを欠いた報道」を見極めるために

メルマガ『在米14年&起業家兼大学教授・大澤裕の『なぜか日本で報道されない海外の怖い報道』ポイント解説』 では、在米14年の経験と起業家としての視線、そして大学教授という立場から、世界で起きているさまざまなニュースを多角的な視点で分析。そして各種マスコミによる「印象操作」に惑わされないためのポイントを解説しています。12月中であれば、12月配信分のメルマガ全てが「初月無料」でお読みいただけます。この機会にぜひご登録ください。

月額:¥330(税込)/月
発行日:毎週 日曜日(年末年始を除く)
形式:PC・携帯向け/テキスト・HTML形式

 

image by: ShutterStock.com

沖縄の感染再拡大はなぜ起きたか?筑波大客員教授「引き金は米軍基地」の重大な指摘

米軍基地内でのクラスターが発端と見られる沖縄県での感染再拡大。基地内での感染を容易に周辺へと広げてしまった原因はどこにあるのでしょうか。メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』著者で沖縄県在住の現役医師、筑波大学客員教授の徳田安春先生は、昨夏の感染拡大時に、国立感染症研究所が米軍基地からの感染発端説を真っ先に否定した影響を指摘します。加えて、米国及び米軍の沖縄軽視があり、韓国やオーストラリアでは徹底されている米本国から移動してきた兵士への検査と隔離が、日本では実施されていなかったことを問題視。米側はもちろん、日本政府と感染研の検査方法と倫理への監視と検証の必要性を訴えています。

 

沖縄の感染源としてノーマークだった米軍基地

2020年8月のゲノム解析は妥当だったのか?

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが始まって約2年が経過した。日本を含む東アジアと東南アジアでは、欧米諸国と比べて感染者数と死亡者数は比較的少なかった。しかし、そのアジアの中で日本の感染状況は厳しく、なかでも沖縄は人口当たりの感染者数が国内でも突出して多い感染者数を出している。

まず、2020年7月の米軍基地内での感染爆発が起きた時期を追って、沖縄県内での流行が起こり始めたことから、当初米軍基地から基地外への感染リークが疑われていた。しかし、2020年8月に国立感染症研究所(以下、感染研)の所長は、記者会見で「沖縄県での感染状況を分析したところ、東京由来のものだったと説明し、7月に感染者が相次いで報告された米軍基地から拡大した訳ではないとの見解を示した」。

沖縄のコロナ拡大は「東京由来」 国立感染研所長、“米軍発”説を否定(THE PAGE) – Yahoo!ニュース

2020年8月の感染研所長発言は公開データが無いので、いまだにエビデンスレベルが不明である。アウトブレイク発生当初の感染陽性者総数からウイルスゲノム解析するケースの対象規準と人数などの詳細な情報提供がないからだ。感染経路不明者は原則全員ゲノム検査を実施しなければ「米軍株は無い」と断言できない。感染研ゲノム解析は科学的に不十分であった。米軍基地からの感染リーク説は否定され、そのためこの1年半の間、米軍基地内は感染源として注視されてこなかった。つまり、ノーマークになってしまったのだ。

再度の米軍基地内感染爆発と沖縄の感染拡大

しかし、2021年12月に感染状況は急展開した。在日米軍基地内で同時期に多発する感染爆発が起き、沖縄県民である基地従業員やその家族にも感染が拡大した。オミクロン株とデルタ株の二重拡大だ。2022年元日は、1日で235人もの感染者が米軍関係者から出た。

当時の米国では1日数十万人もの感染者が出ていた状況にもかかわらず、そこから移動してくる兵隊に対して、沖縄入り前後のPCR検査や厳重な隔離を行なっていなかったことが発表された。韓国やオーストラリアの米軍基地では、検査と隔離を継続実施していたことから、明らかに日本や沖縄軽視といえる。

今回の感染急拡大で引き金になったのは、明らかに米軍基地だ。米軍はワクチン接種を機に対策を緩和していたが、現行ワクチンの2回接種のみではオミクロン株の重症化を防ぐ効果があっても感染予防には弱い。若くて体力のある軍人は感染しても軽症のことが多く、感染が広がりやすい。

 

認知症の兆候にどう気付く?親が発する“衰えのグラデーション”を見逃すな

親御さんが遠くに住んでいるという方にとっては、年に数回しか会えない状況で親の病気や認知症の兆候を見つけることは難しいですよね。そこで今回は、無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』の著者である真井花さんが、認知症の兆候を見つけるコツを紹介。ご自身の体験をもとに、一般的に言われる変化の兆しを掘り下げてお話しています。

親の不調を察知する

さて、本日は観察と察知のお話。

お正月には帰省されたでしょうか。私は12月中にタッチアンドゴーで行ってきました。それじゃ年始の挨拶にならないけど( ̄∇ ̄)

遠くに住む両親に会うチャンスは、年間通してそれほどありませんよね。新型コロナの感染が収まらない状況では尚更です。

そうした状況で親の病気や認知症の兆候を察知するのは難しいですが、一般に

・今まで出来ていたことが出来なくなる

と言われています。

うん、ここまでなら私も知っていたのよね。問題は、この「出来なくなる」「しなくなる」がどういうものなのかなんですよ。

「できなくなる」とは、10出来ていたものがゼロになるのではなく10出来ていたものが、

・(下がったことを認識できるくらい)7か8に下がる

ことです。よく

・料理をちゃんとする人だったのに、しなくなった

などと例を挙げられると、「まったくしなくなった」ところを思い浮かべてしまいますが、そうではなく

・品数が激減した
・レンチンものが増えた
・お弁当を頻繁に買ってくる
・外食が増えた

などで十分「しなくなった」なんです。要するに、意欲が落ちて徐々に出来なく、しなくなるんです。いきなりゼロになるわけじゃないんです。だから、ここに挙げたものも

・程度問題だ

ということです。1回くらいレンチンものが増えたところで誤差の範囲内です。ここの

・ヘンだ。前と違う
・大したことないな

は、おそらくハッキリした数値では表せないでしょう。近くにいる人たちが「感づく」ものなんだと思います。

商品は普通。コスパも悪い。なのに“客足が途切れない”パン屋の秘密

使っている材料や商品はごく普通、しかもコスパもそこまで良いわけではないのに、次々と客が来店するパン屋さん。いったいなぜなのでしょう?今回の無料メルマガ『繁盛戦略企画塾・『心のマーケティング』講座』では、繁盛戦略コンサルタントの佐藤きよあきさんが、 その秘密を解き明かします。

「手土産」に重宝される、深夜営業のパン屋さん

大阪市中央区東心斎橋。

2021年10月。とあるパン屋さんがオープンしました。

北海道産小麦粉と自家製酵母を使った無添加の生地を、小麦本来の味わいと旨みを引き出すための低温長時間発酵させて作る、こだわりのパン。高級感のある外装・内装で、周辺地域に合ったお洒落なお店です。

ライ麦バゲットや明太フランス、ミルクフランスなどのハード系を中心に、メロンパン、カレーパン、クロワッサン、あんバターサンド、塩パン、ピロシキなど、幅広い種類のパンを揃えています。

しかし、国産小麦や自家製酵母、発酵方法などは、特に珍しいわけでもなく、いまどきはごく普通のこと。つまり、際立った特徴はないのです。また、価格的には若干高いので、「コスパが悪い」という口コミがネットに流れているぐらいです。

ところが、このお店は大繁盛しています。営業時間中は、次々にお客さまが来店し、大量にパンを買い込んでいくのです。両手に袋を持たなければならない量を買うお客さまもいます。

それほど売れる秘密は、このお店の出店場所と営業時間、客層にあります。

この場所は、「大阪ミナミ」と呼ばれる飲み屋街。バーやクラブがたくさん並んでいます。

営業時間は、午後5時~午前3時。つまり、深夜営業をしているのです。お客さまは、クラブのママや従業員、飲みに来た人。すなわち、この街が活動する時間帯に開店しているパン屋さんなのです。

夜営業するパン屋さんは極めて少ないので、夜の街に“必要”なお店となっているのです。

仕事前にスタッフと食べるパンを買いに来る、クラブのママ。お客さまに差し上げるために買うことも。馴染みのお店に手土産として買っていく、常連さん。飲んだ帰りに翌朝用として買う人。飲み会の終わりに、仲間たちへのお土産として手渡す人。

夜の街で、さまざまな“需要”が生まれているのです。

普通の繁華街や住宅地で、普通のパン屋さんをオープンしても、売れるかどうかはわかりません。しかし、この真夜中のパン屋さんは、深夜営業のパン屋さんが少ないことに目をつけ、飲み屋街に出店し、手土産需要を掘り起こして、成功しているのです。

普通のパン屋さんで、多少コスパが悪くても、戦略次第で繁盛店になれることを証明しています。

良いアイデアです。

image by: Shutterstock.com

東京以外には大迷惑。長時間報道される首都圏降雪情報に潜んだ2つの問題

年も明け、仕事をスタートさせた人も多かったなかでの首都圏の大雪。首都圏に降雪があると、全国放送のニュースでも時間をかけて情報を報じていますが、これにはさまざまな議論があるようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、首都圏降雪報道に潜む問題を取り上げ論じています。

 

首都圏降雪報道はキー局の横暴か?

毎度のことではありますが、首都圏の大雪情報に長時間を割いて報じる全国放送のニュースを巡ってはさまざまな議論が出ています。「キー局のおごり」という批判が多い一方で、「雪国マウントうざい」といった反応もあります。「関西の大雪だとこんなに大きくは扱わない」という意見も、確かにそうだと思わせるものがあります。

私なんぞは、気象災害といえば、12月末にフォリピンに上陸した台風2号の甚大な被害については、アメリカでも日本でもほとんど報じられていないのが不自然と思いますが、それはともかく、「首都圏降雪報道」についいてはどう考えたらいいのでしょうか。

これは2つの問題を含んでいると思います。

1つは、報道機関において「東京というローカル」と「全国」の問題が混同されるという点です。TV局の体制がいい例で、Eテレなど専門局以外のキー局は全国と東京ローカルを兼ねてしまっています。つまり、東京という地元という概念がハッキリ認識されて、全国レベルの問題と切り分けて語られるという習慣がないのです。

TVの場合が顕著で、民放のキー局は地方局に対して絶大な権力を行使して君臨している一方で、東京ローカルと全国の問題をしっかり切り分けて報じる体制にはなっていません。もっといえば、広域放送をしていた名残で、関東圏の東京以外では新聞は頑張っていましたが、TVなどではローカル報道の体制は脆弱です。

これからTV界は「キー局再編」「ローカル大再編」を通じて、ローカルな報道は時間をかけてネットに移行していくと思われますが、そこで改めて地方の地元に根ざした報道の質を上げていく改革がされていくのだと思います。

 

猫とフェレットが織りなす微笑ましい愛情。「かわいすぎる」人間の子どもみたいにお昼寝する様子に胸キュン

かわいすぎる猫のお昼寝に「癒される」声が殺到

Twitterに人間の子どもみたいにお昼寝する猫ちゃんの姿が投稿され、「尊い」「あまりにもかわいい」と話題になっています。投稿主は短足マンチカン ひな子 (ねこ)(@hinako_munchkin)さん。

とっても手触りの良さそうな毛布にくるまれ、気持ちよさそうにお昼寝しているのはマンチカンの女の子「ひな子」ちゃん(通称:ひなちゃん)。毛布に包まれたその姿も、安心して眠るその表情も、まるで人間の子どもや赤ちゃんのようでとってもかわいいです。

ohiruneneko_1

飼い主さんによると、ひなちゃんはマンチカンらしい短い足とまんまるでクリクリの目がかわいいのはもちろん、とっても甘えん坊でかわいい性格なんだとか。ぎゅうっと毛布に抱きつくその姿を見ていると、甘えん坊な性格であることが伝わってくるような気がします。

ohiruneneko_2

見ているだけで癒されるひなちゃんの寝顔には「天使が……天使がいる……!!」「添い寝したいです!」「可愛いしかない」といった、たくさんのコメントが寄せられています。

ohiruneneko_3

ohiruneneko_4

ひなちゃんは多くの“兄弟”がいる大家族の末っ子

実はひなちゃんが暮らす飼い主さん宅は、ひなちゃんを含む6匹の猫ちゃんと2匹のフェレットさん、そして1匹のワンコが暮らす大家族。末っ子のひなちゃんは飼い主さんをはじめ、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちに甘えながら日々を楽しく過ごしているようです。

ohiruneneko_7

ohiruneneko_8

とても気持ち良さそうに寝ているひなちゃん。フェレットさんとは一緒にどんな夢を見ているのでしょうか?

習近平「終身支配」に黄信号。政府と中国人民の間に吹き始めた“隙間風”

2021年にかつてないほどの高まりを見せた対中包囲網ですが、米中対立は2022年も激化の一途を辿ってしまうようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、国際情勢を知り尽くしたプロとしての目線で、米中それぞれが一歩も引けない理由を解説。そこには両国が抱えている、抜き差しならない国内事情が深く関連していました。

 

国際情勢の裏側【2022年の見通しと懸念】

【コロナに翻弄され続ける世界】

今年に入ってもコロナウイルスの感染拡大に歯止めがききません。デルタ株の感染拡大が収まってきたかと思ったら、今度は南アフリカ共和国起源のオミクロン株が猛威を振るっています。

しかし、WHOによると、まだ科学的に断言はできないと前置きしつつも、オミクロン株は感染力がデルタ株の8倍ほど強いということですが、重症化する可能性は低いとのこと。

それをどう理解するかは人次第かと思いますが、アメリカでは1月4日現在で1日100万人超の新規感染者が報告され、欧州でも倍々ペースで感染者数が増加しています。

ごく一部の例外を除きロックダウン(都市閉鎖)を行う国や自治体は少ないものの、日々増え続ける桁違いの新規感染者数が私たちに与える心理的影響は計り知れないのではないでしょうか。

心理が私たちの経済行動を左右することが分かっていますが、実際の重症度とは別に、感染拡大が引き起こす心理・懸念が世界経済の回復に水を差す可能性もあります。

日本の経済界は挙って2022年の景気回復に前向きな見通しを出していますが、それも沈みかねない心理を浮上させるのに十分かは分かりません(そう切に祈ります)。

ここに株価が好調なアメリカ経済が、FRBの金融緩和終了の動きを受けてどのような反応と影響を国際政治経済に与えるのか、じっくりと見ていく必要があるでしょう。

国際経済が成長を遂げることができたなら、私たちは“本当にコロナと共存する(With Corona)の術”を見つけたと言えるのかもしれません。

 

創業者は所持金83円で韓国から日本へ。お口の恋人「ロッテ」とパチンコの意外な関係

「お口の恋人」のキャッチフレーズで知られるロッテ。今や日本を代表する菓子メーカーの1つとして知られる同社ですが、創業者は戦前、僅かな所持金を手に日本本土へと渡ってきた朝鮮半島出身の青年でした。今回のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では北朝鮮研究の第一人者である宮塚利雄さんが、そんなロッテの黎明期から創業社長が祖国に一流ホテルを建設するまでの歩みを、自身との「因縁」を交えながら紹介しています。

【関連】ロッテ創業者死す。ひたむきな努力と幸運が奏でた華麗なるマーチ

※本記事は有料メルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』2022年1月5日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:宮塚利雄みやつか・としお
宮塚コリア研究所代表。韓国・慶熙大学校碩士課程、檀国大学校博士課程修了。山梨学院大学教授(1992~2015年)。主な著書に『北朝鮮・驚愕の教科書』(宮塚寿美子と共著)、『北朝鮮観光』「がんばるぞ!北朝鮮』『アリランの誕生』『日本焼肉物語』『パチンコ学講座』、そのほか翻訳本多数あり。

 

ロッテ財閥研究(1) 私とロッテとの因縁

パチンコ店の景品としてのロッテの商品

私はこれまでパチンコ産業論を講義し、「間組百年史」編纂に携わり、さらには北朝鮮問題研究家として活動してきたが、なぜか「ロッテ」との関りがあることに気づいた。

まずは、パチンコ産業論でのロッテとの出会いである。株式会社ロッテの創業者重光武雄(韓国名 辛格浩)は、パチンコ機製造やパチンコ店経営には、直接かかわっていないが、パチンコ店における景品としてのチューインガムやチョコレート、菓子類などを提供し、「パチンコ店におけるロッテ商品の景品」は、揺るぎないものとして存在していた。

なぜ、ロッテの商品がパチンコ店の景品にと思われるかもしれない。重光武雄は1941年に関釜連絡船に乗って所持金わずか83円で日本本土に渡り、文学徒を夢見ていたので、文学を専攻するつもりであった。しかし、徴兵を避けるためには、工学の専攻が必要ということになり、化学工業を専攻した。

重光は、新聞・牛乳配達をしながら1944年に早稲田実業学校を卒業し、知人らと杉並区荻窪で「ひかり特殊化学研究所」を設立し、せっけんやポマードなどの製造販売に手がけて利益を得ていた。

終戦とともに日本にいた朝鮮人のほとんどが朝鮮半島へ帰国したが、重光は、帰国せず日本に残り、進駐軍が持ち込んだチューインガムが、人気を博しているのを見て、1947(昭和22)年にガム製造に乗り出した(私はこの年の生まれ)。

翌1948年にひかり特殊化学研究所を株式会社ロッテに改称し、代表取締役社長に就任した。社名のロッテは、重光の愛読書だったゲーテの『若きウェルテルの悩み』の主人公シャルロッテより名前をとったものである。

重光は、当時輸入規制の対象であった天然チクルの輸入解禁を国に働きかけ、チクルを使用したチューインガムの製造販売を始めた。社長自らリヤカーにガムを積んで移動販売し、スペアミントガムと続いて販売したグリーンガムを大量に販売し、ロッテのガムは人気を博した。

私は1997年に『パチンコ学講座』(講談社)を出版した。この時は、パチンコ店における景品について、戦前のパチンコ店での景品の説明と、パチンコ店とたばこについては詳しく書いた。しかし、ロッテの景品については、言及していなかった。

戦後のパチンコブームと相まってパチンコ店での景品も種類が豊富になってきたが、特にロッテの商品は、景品類では抜群の存在で、妬んだ他の業者からは、「パチンコ屋のロッテのガムはしけっている」「チョコレートもまずい」などとの陰口を叩かれた。

当時、それだけパチンコ店での売り上げが大きかったということであるが、事実、ロッテがいち早く自社の商品をパチンコ店の景品として納入できたからである。

一部には、パチンコ屋もロッテも在日朝鮮人だから、ロッテがパチンコ店の景品として自社の商品を納入できたからだ、という説もある。しかし、“パチンコ業界を低く見ている人”にとっては、「パチンコ屋に自社商品を景品として納入することは、はばかれる」という観念があったようだ。

パチンコ産業が「30兆円産業」などと言われるようになると、景品類も高価なものが供されるようになったが、一般景品の主流は、たばこであるのには変わりはない。日本たばこ産業の売上高の20%前後は、パチンコ店での景品の売上高とも言われている。

 

なぜ古今亭志ん生は関東大震災の最中に酒屋へ走ったのか?

伝説の「昭和の名人」落語家五代目古今亭志ん生。大河ドラマでは最近ビートたけしが演じて話題となりました。今回のメルマガ『歴史時代作家 早見俊の「地震が変えた日本史」』では時代小説作家の早見俊さんが、関東大震災や太平洋戦争の真っ只中で志ん生が起こした「酒にまつわるエピソード」を紹介しています。

 

二人のごとうが創った関東大震災後の東京「関東大震災の時代背景」

先週は凄惨な事実、事件ばかりを綴りましたので、不謹慎かもしれませんが、今週は古今亭志ん生に関する微笑ましいエピソードを記します。

落語家五代目古今亭志ん生、落語ファンにはお馴染み、昭和の名人です。2019年の大河ドラマ、『いだてん』でビートたけしが演じ、ドラマの語り役でしたので、落語ファンでなくてもご存じの方は多いと思います。

その志ん生は大の酒好きでした。関東大震災が起きた時、志ん生は、「東京中の酒が地べたに吸い込まれてしまう」という強烈な危機感に襲われます。居ても立ってもいられなくなり、「かかあ、貸せ!」と身重の奥さんから財布をふんだくり、近所の酒屋に飛び込みました。酒屋の主人に酒を売ってくれと頼みますが、酒屋は大混乱、とても商売などできる状態ではありません。主人は、「欲しけりゃ、勝手に飲め」と相手にしてくれませんでした。

志ん生は、「ありがてえ」と酒樽の前に腰を据え、桝に注いでぐびぐびと飲み始めます。すっかりいい気分になり、帰ろうとすると割れていない一升瓶が転がっていました。「こりゃいいや」と志ん生は一升瓶を提げ帰宅しました。道々、身体が揺れます。酔っているせいなのか余震のためなのかわからなくなって、「さのよいよい」と鼻歌を口ずさみながら帰宅しました。

家では身重の奥さんが柱にしがみついていました。貧乏暮らしにも、志ん生の破天荒さにも不満を言わなかった奥さんも、さすがに呆れて志ん生に平手打ちを食らわせたそうです。

 

サントリー「天然水」を清涼飲料No.1ブランドに押し上げた“外様社長”の意識改革

ローソンを再生した手腕を買われ、創業家出身以外の人間として初めてサントリーの未来を託された新浪剛史氏。そんな新浪氏が大切にしたのは、同社を創業した鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」という言葉でした。今回の「テレビ東京『カンブリア宮殿』(mine)」では、「やってみなはれ精神」でサントリーを進歩させ続ける新浪氏の手腕と、その期待に呼応し続ける日米の社員たちの仕事に対する真摯な姿勢を紹介しています。

新浪流「やってみなはれ」の神髄/サントリー 飲料ブランドNo1「天然水」~家飲み狙った新戦略?

東京・品川区の青稜中学校・高等学校では、新型コロナウィルスの感染対策で、去年から冷水機の使用を禁止した。すると「子供たちが職員室に『浄水器の水を水筒に入れたい』と集まってきた。水が欲しいという訴えが強く、きれいで清らかでおいしいイメージがある水を使いたい」(青田泰明校長)と、水だけの自販機を導入した。

選んだのはサントリーの「天然水」。清涼飲料ブランドの販売量では長年「ジョージア」が1位だったが、3年前に「天然水」が抜きトップに立った。今や日本で最も飲まれている飲料ブランドだ。

ちなみに「天然水」の産地は南アルプスだけではない。九州の阿蘇や鳥取の大山、北アルプスにも水源があり、それぞれのエリアで販売している。

さらにサントリーは全国21カ所の森を管理し水を育んでいる。そこで取れた良質な水はミネラルウォーターだけでなく、世界に認められたジャパニーズウイスキー「山崎」「白州」の原料となり、ビールにも使用される。サントリーにとって天然水は生命線なのだ。

3年前、業界で初めてサントリーが売り出した「こだわり酒場のレモンサワーの素」がコロナ禍の今、売れに売れている。東京・立川市のMEGAドン・キホーテ立川店では、炭酸水で割って飲むこの商品の隣に炭酸水「THE STRONG天然水スパークリング」がずらりと並ぶ。合わせ買いを狙ったサントリーの戦略だ。効果はてきめんで、去年、炭酸水の販売量は一気に伸びた。このヒットを受けて他のメーカーも同じスタイルの商品を続々と投入した。

サントリーの創業は1899年。初代・鳥井信治郎が起こした小さな商店「鳥井商店」から始まった。戦後は国産ウイスキーを普及させ、「オールド」は「一家に一本」の定番に。CMも印象的だった。

ウイスキー一本足打法からの脱却を図ったのが創業者の次男で2代目の佐治敬三。創業者の掲げた「やってみなはれ」の精神で業界最後発ながらビールに挑戦。しかし、この事業は赤字が続いた。

3代目、鳥井信一郎の代になってもビールは赤字続きだったが、バブル崩壊後の1994年、ライバルに先駆けて発泡酒を発売。不景気の時代に安い酒で大ヒットを呼び込んだ。

4代目を継いだのは佐治信忠。2003年に「プレミアムモルツ」を世に出すと、爆発的に売れた。そして2008年、長年の悲願だったビール事業の黒字化を実に46年越しで成し遂げた。

それぞれの時代の経営者が「やってみなはれ」の精神を発揮してきたが、いずれもトップは創業家出身だった。だが2014年、バトンは創業家ではないサントリーホールディングス社長・新浪剛史に託された。

cam20220107-2

新浪は三菱商事出身。2002年には売り上げの落ちていた「ローソン」の立て直しを託され43歳の若さで社長に就任した。2007年にはカンブリア宮殿にも登場。「正直言って、私は東京にずっといたので、コンビニといえば『セブン-イレブン』だと思っていました。お弁当はまずいし、おにぎりはまずいし、これではダメだ。『セブン-イレブン』に店舗の質では勝てないけど数では勝つというようなことはやめよう、と。質を追わないと、結局、加盟店が疲弊して、社員も疲弊してしまう」と語っていた。

新浪はこだわりの素材でおにぎりの味を劇的に向上させ、100円の生鮮食品が並ぶ「ローソンストア100」を立ち上げるなど、さまざまな改革を断行。11年連続で営業増益という結果を出したのだ。

cam20220107-3

254147232_316012703694602_8823022577465445200_n