彼女できたウェーイ⇒実はアムウェイでした…恋活アプリでマルチ商法被害が急増、女の武器を利用した勧誘の手口とは

かつては「遊び目的のツール」「モテない男女が頼るもの」という認識だったマッチングアプリ。しかし、ここ数年でマッチングアプリは男女が交際するきっかけとして市民権を得つつある。しかし、そこはやはり見ず知らずの男女が出会う場。多くのリスクを抱えていることも否定できない。そんな中、増えているというのが、マッチングアプリを使ったマルチ勧誘。特に女性が色仕掛けで商品や情報商材購入の誘いを仕掛けてくるパターンが目立っている。消費者庁は2022年10月13日、マルチの代名詞とも言うべき「日本アムウェイ」を、23年4月13日までの6か月間も勧誘や契約締結などの取引を停止するよう命じたばかりだが、この問題に歯止めがかかることはあるのだろうか?(2022/10/14更新)

マッチングアプリが「マルチ勧誘」の温床に

かつては怪しさ満点だった出会い系サイト。純粋な出会いを求めるというよりは、男女がお互いの欲望を満たすものというイメージが強く、いわゆるサクラなどの業者が介入することも多かった。

それがいつしかマッチングアプリというやわらかい名称に変身。身分証の提示が必要であることから、ユーザーが安心して使用できるというのが大きな違いだ。

今では上場企業がマッチングアプリの運営をしていたり、テレビCMが流れたりと、出会い系サイトのような怪しいイメージは一切なくなった。

とはいえ、やはり男女が集まるようになればトラブルが増えるもの。特に勧誘系の被害が多く報告されている。その代表的なのが、商品や情報商材の購入を迫る勧誘だ。

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最近では「ネットワークビジネス」という、ITっぽい聞こえの良い名がついているが、昔から存在するマルチ商法。

ちなみに、マルチ商法は「実体のある商品の受け渡しが目的」となるため、法律上は合法である。似たようなものとしてねずみ講というものがあるが、こちらは「実体のない金品の受け渡しが目的」であるため違法となる。

そんなマルチ商法がマッチングアプリを通して続発。多くの被害者が出ているのだ。中には、商品を販売するために勧誘側の女性が男性に対して性的関係を結ぶケースもある。

マルチ勧誘パターン「性的関係を迫る」

マッチングアプリ利用歴約1年という、千葉県に住む会社員のTさん(32歳)。これまで成功したことはなかったが、今年の夏初めて女性と会えることになった。

「何度かメッセージのやり取りはしましたが、会おうとなるまでは意外とスムーズでした。プロフィールではかわいかったのですが、実際に来た少しぽっちゃりした女性。あれ、おかしいなとは思いましたが、マッチングアプリなんてこんなものかと(笑)」

最初は居酒屋で軽くお酒を飲んでいたが、しばらくすると女性がシクシク泣きだした。聞けば、何やら困っていることがあると話し始めた。

「今、思えば典型的なパターンだと思いますが、体を近付けられて相談されてしまったら、その気になっちゃいますよね。しばらく話を聞いた後、何か紙を見せられて1万円と書いてありました。運気が上がるとかいうブレスレッドみたいなやつです。契約してくれたらホテルに行っても良いというので…1万円ならと思い、サインをしてしまいました」(前出・Tさん)

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そのままホテルで女性と関係を持ったというTさん。その後は女性と一切連絡が取れなくなり、「やっぱりただの勧誘だったのか」と改めて思い知らされた。被害額が1万円なら勉強代として仕方がないと諦めたが、悲劇はこれで終わらない。

「後日、商品の請求書が送られてきました。1万円のはずが10万円でした。私があの夜に見た紙には、確かに1万円と書かれていたはずなんですけど。文句を言いたいところですが、女性と関係を持ってしまいましたし…だまされましたね」(前出・Tさん)

マルチ商法の契約を取るため、男性に性的関係を迫ってきた女性。マッチングアプリにはこうした“肉食系”のマルチ勧誘も存在している。

日本全国でマスクが消えた日を忘れるな。中国「マスク外交」の大迷惑

2020年は全世界が新型コロナウイルスに翻弄された1年となりましたが、中には「人為的」に引き起こされたとも言える混乱もあったようです。今回の無料メルマガ『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』では株式会社オンザボード代表の和田憲治さんが、世界を襲った「マスク不足」とその後中国が展開した「マスク外交」の真相を暴露しています。

習近平の中国が展開した「マスク外交」を忘れるな

和田です。

日々凄い勢いで流れる情報の中で皆さん既に忘れてしまっているかも知れませんが、まさに顰蹙ものの話題がありました。

2019年、11月から中国武漢から始まった新型コロナウィルスの流行は、2020年になると数ヶ月で世界中に広がりました。未知のウィルスに世界はパニックになり、医療物資や医療崩壊を招き、物に溢れた先進国が一夜にして、マスクや防護服や消毒液などすら購入できない状況に変貌していったのでした。

その原因が中国共産党統一戦線工作部です。

北京の動きは速く、2020年1月には習近平は即座に湖北省武漢市をロックダウン。そして、世界各地でマスクやPPE(個人防護器具)などを買い集め中国に送るよう号令をかけ、世界五大陸、数十カ所に散らばる中国人組織が動きました。

米下院情報特別委員会での昨年の証言によれば、動員可能な団体は米国だけでも250を超えています。

中国のメッセージングアプリ「微信(WeChat)」を活用したキャンペーンの規模、スピード、効果は並大抵でなく、災害支援活動を超え、これは事実上の工作活動でした。

名古屋では3日間でボランティアがマスク52万枚を薬局で買い上げ、カナダのトロントにある中国商業会議所のトップは北京から戻り会員に協力を求め、100人近くをPEEの買い占めに動員しました。

アルゼンチンにある中国在外団体は、要請を受けて1週間以内に約2万5,000枚のマスク中国を送りました。

中国政府の統計によれば、2月末までにはマスク20億枚を含む25億品、82億元(約1,300億円)相当が統一戦線主導のキャンペーンにより中国本土に送り込まれていたのです。

これらの事実は、中国国営の新華社通信が報じていることですが、これは数千の組織やソーシャルメディアグループを動員できるということを誇示する中国の公式発表です。

このような行動こそが、世界各国からどれだけ顰蹙を買うか、そういうことすらもはや理解できない…。

これはまさしく、世界的戦略家である、エドワード・ルトワックが言うところのいわゆる「大国の自閉症」ということなのです。

昨年の2月、3月といえば、日本国内には、花粉症対策のためのマスクが大量にあったはずなのに、あっという間にマスク不足になりました。

あの時、中国人グループが薬局の開店にならび組織的に買い占め、中国の親戚に送っている、もしくは、国内転売しているという日本メディアでの報道も確かにありました。

彼ら在外中国人グループは、親戚や身内などではなく、北京のためにマスクやPEEを買い占め送っていたのです。それだけでなく、個人的にも、組織的にも、メルカリやヤフオク、アマゾンでも大量に転売して荒稼ぎもしていました。

中国人グループの暗躍によって、スーパーや薬局からはマスクが消え、国民のみならず、医療用マスクまで不足し、医療現場が深刻な事態になっている中、香川県は、県と市町の備蓄物質から「加油(がんばれ)陝西!」とダンボールに書いて人道的支援という美名の元、あたかも役人だけが自己満足をするかの如くマスク約2万7,000枚を中国陝西省に送っています。さらに、兵庫県も2月10日、マスク約100万枚を友好提携している広東省と海南省に寄贈しました。

このように、地方自治体の公務員達によるポリシーなき安直・安易な友好は、マスク不足にあえぐ日本国民を地獄に落としました。

ゲームは子供をダメにする?「松本亨の株式必勝学」制作者が神回答

もうすぐクリスマス、サンタさんへのプレゼントにゲーム機をお願いする子は多いのではないでしょうか。しかし、親の悩みは「ゲームを与えると勉強しなくなるのでは」という心配。元ゲームデザイナーで、ファミコン「松本亨の株式必勝学」というソフトの企画制作に関わっていたというメルマガ『久米信行ゼミ「オトナのための学び道楽」 』の著者・久米信行さんは、ゲームの仕事に携わった経験をもとに、ゲームと併用した方が良いものなど、自身の家庭での実践方法などについて詳しくアドバイスしています。

オトナの放課後相談室「子供にゲーム問題」

Question

shitumon

息子にテレビゲームを買い与えるかで、妻と私で意見が割れています。

私は、ファミコン世代のど真ん中で青春はゲームと共にあったといってもいいくらいなので、購入に賛成派。

一方の妻はそれほど世代は変わりませんが、両親の教育方針でゲームにあまり触れる機会がなく、「ゲームにはまり、やるべきことをしなくなるからダメ」という考えの持ち主。確かにその指摘については、自分も心当たりがあり、中学、高校とテスト期間中にゲームにハマってしまい、ひどい点を取り、後悔したことは数知れず。

ただ、今にして思うと、その後悔は大人になって自分を律する上での大きな教訓になっていますし、ゲームで物事を継続させることで得られる成果を実感した経験が地味な作業を厭わない気質にもなっています。

この話を妻にすると「屁理屈」と一笑に付されますが、ゲームから学ぶことは少なくないと思うので、自分としては妻の理解を得た上で、クリスマスにニンテンドースイッチを息子に買ってあげたいと思っています。何かよきアドバイスでも、反対意見でも構いませんのでよろしくお願いいたします。(東京都・43歳、男性)

久米さんからの回答

元ゲームデザイナーの私は、愚息にゲームを与えましたが、カラダを動かす「おけいこ」とセットで。

結論から申し上げますと、 ゲーム以外に何か「おけいこ」にも励み、時間制限を付ける という条件付きで、 ゲームを与えれば良いと思います。それから、 ゲーム以上に毒にも薬にもなるので、どうやって与えるか考えるべき難問は、 スマートフォンだと思います。

はじめに 私のゲーム歴 をお話しますと、 幼少期は、自宅で超原始的なテレビゲーム 「テニス」 とか 「ブロック崩し」 を家族で楽しんだ世代です。 スペースインベーダー全盛でしたが、 上手ではありませんでしたし、 学生時代はほとんどゲームをしませんでした。

ところが、なぜか大学卒業後、 イマジニアというゲーム開発ベンチャーに入社しました。ちょうど ドラクエやファイナルファンタジーが生まれたころでしたが、入社前に販売されたゲームがクソゲーだったため経営危機に見舞われました。

そこで昼に飛込営業をしていた私は 、夜に「松本亨の株式必勝学」というゲームを企画する4人のチームに抜擢されました。その時ゲーム作りにはまったのですが、 ゲームデザイナーをして業界を裏側から見たせいか、 趣味としてゲームに夢中になることはありません

【第12回】SNSの追悼コメントで自己アピールする人ってどう思う? 春日武彦✕穂村弘対談

いずれ誰にでもやってくる「死」。普通に生活をしていれば自分の死は先かもしれませんが、「他人の死」は意外と身近かもしれません。そんな他人の死に遭遇した時、人は何を感じ、どう思うのでしょうか?精神科医の春日武彦さんと歌人の穂村弘さんが「他人の死」をテーマに語り合っていきます。

春日武彦✕穂村弘「俺たちはどう死ぬのか? 」

第9回:俺の人生ってなんだったんだ…偉人たちも悩む「自己嫌悪な半生」 春日武彦✕穂村弘対談
第10回:死後の世界って言うけど、全然違う人間として死ぬんじゃないかな。春日武彦✕穂村弘対談
第11回:なんでいつもこうなるんだ…人はなぜ、負けパターンに縛られるのか?春日武彦✕穂村弘対談

過去の連載一覧はこちら↓

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追悼文は月並みな方がいい?

穂村 僕は、実際に亡くなった人を目の前にした経験って、あんまりないんだけど、お葬式とかでそういう場面に立ち会うことになると、静かなパニック状態に陥ってしまうんだよね。なんというか、「ここにはいられない!」みたいな気持ちというか。もちろん、実際にその場を逃げ出すとかではないんだけど、頭が一種の空白状態になってしまう。

春日 分かる気はするよ。空白を感じる時もあるし、その場の空気が威圧感の塊みたいに感じられる時もあるもんね。

穂村 うん。空白に威圧されているみたいな感じかな。その時、その場で自分が成すべきことが分からないし、仮に分かったとしても、とてもできそうに思えない。「底知れぬ謎に対ひてあるごとし/死児のひたひに/またも手をやる」って、石川啄木が子どもを亡くした時の短歌なんだけど、これを見て、ああ、自分だけじゃないんだ、と思った。

春日 で、無力感に打ちひしがれる、と。

穂村 そうなの。例えば、亡くなったのが友だちの場合だったりすると、やっぱり故人に対する言葉を何か言った方が良いんだろうな、ということは分かる。でも、棺に入った姿を目の当たりにしてしまうと無力感に囚われてしまって……。

「さようなら」とか「ありがとう」とか、「もうちょっと僕はこっちで頑張ります」とか、そういう言葉を発することができず、自分が「無」の状態になってしまう。でも不思議なんだけど、後日その時のことを文章にすることとかはできるの。

春日 それって、何が違うの?

穂村 それは結局、読者に向けて書かれている文章なんだろうね。だから書ける。でも、故人当人に向かっては言葉が出てこない。「ありがとう」とか言ってみても、なんかふわふわと感じられて。

春日 俺は故人について、想定読者なしで書いたことがあるよ。

穂村 弔辞として?

春日 いや、単にエッセイみたいな形で。どこからも依頼なんかされてないけど、依頼原稿と同じように。

穂村 語りかけるような感じで書いた?

春日 ううん。あの人はこういうことを言って、こういう風な人物で、こんな「いかにも」な出来事があった、みたいなことを淡々と。

穂村 でも、そういう時でも「透明な読者」みたいな形での、想定読者っていない?

春日 いるといえばいる、のかな。自分で1人2役を演じてね。読者役の俺は書いている俺よりももうちょっと素直で常識をわきまえている、って設定だね。しかしさ、追悼文がやたら上手いヤツっているよね。普段は別にそうでもないのに、故人を偲ぶとなると急に「お、やるじゃん」ってなる(笑)。

と、ちょっと小バカにするような言い方をしたけど、そういうことをサラッと出来ちゃう人って、生活者としてすごくグレードが高いなと思ってしまうんだよね。葬式とかで、挨拶を見事にして見せるタイプとかさ。

穂村 先生にとって、いい追悼文ってどんなもの?

春日 没個性的な方がいいな。あえて月並みを書ける方が、大人として練られているという感じがする。変に気の利いた追悼文を読むと、そこで個性出してどうすんだよ、とか思っちゃう(笑)。

際どい追悼文は、敬愛の裏返し

春日 穂村さんは交流関係も、関わるジャンルも幅広いから、追悼文の依頼はけっこうあるでしょ?

穂村 でも、書けないことも多いよ。先日亡くなった歌人の岡井隆さん(1928~2020年)の時もそうだし、先生との共通の友人だった漫画家の吉野朔実さん(1959~2016年)の時も、どちらも最初に依頼が来たものは断ってしまった。追悼文の特徴として、さっき死去の報せを受けたばかりなのに、締切が明日とか明後日みたいな感じになるんだよね。

それで無理と思っちゃったんだ。あと、新聞とかだと、どうしても業績紹介みたいな感じにならざるを得ないじゃない。みんなそうだろうけど、それもその時の自分の気持ちからはズレるんだよね。

春日 即時性が高い媒体だと難しい、ってことね。じゃあ、少し時間をおけば書けるということ?

穂村 吉野さんの時は、ちょっと遅れて、自分の連載の中で、「追悼」みたいな冠なしで書いたよ。ごく私的な感じでね。ただ、それが許される関係性と、許されない関係性がある。自分が、その人の業績をきちんと説明しなくてはならない立場である場合とかさ。

岡井さんの場合は、その役割はお弟子さんたちが担うことになる。僕はそういう関係性じゃなかったから、時間が経ってからでも、私的な内容でも良かった。先生は、『本の雑誌』の吉野さん追悼号(2016年8月号)に文章を寄せてたよね。

春日 うん、だけど他の人たちが書くであろう内容とのバランスがいまひとつ取りづらくてさ。だから『猫と偶然』(作品社)って本を昨年出した時に、書き下ろしのエッセイみたいな形で俺の心情を少しばかり書いたの。Yさん、って表記にしたけど。ま、それはそれとして、結局、岡井さんの追悼文は書いたの?

穂村 うん。やはり個人的な思い出を書く形でね。岡井さんの最後の言葉は「無念」だったと聞いた。92歳まで生きて、倒れる直前まで仕事をし続けた。つまり、一般的に見れば大往生なわけだけど、それでも「無念」というところが岡井さんらしいなと思った。

春日 穂村さんは、普段追悼文を書く時、どういうふうに書くの? その人がいなくなってしまったことに焦点を当てるとか、生前の仕事振りとか人柄にフォーカスするとか、いろいろあると思うんだけど。

穂村 追悼文って、その故人との関係性で決まるから、型みたいなものはないよね。自分との関係をなるべく純化して書くしかないような気がする。ただ、同じ追悼文でも、媒体の違いでタイミングや内容が変わらざるを得ないから、無理だと思ったら依頼の段階で断るしかないんだよね。

春日 これを書くと失礼になっちゃうかも? みたいなことは悩まない? どこまでぶっちゃけていいのか、みたいな。これはちょっと不謹慎かも? って躊躇したりさ。

穂村 自分の中にある感情が、どの程度敬愛の想いに裏付けられているかによるかな。それさえあれば、エピソードそのものが不謹慎だったとしても、ある程度はOKな気がする。逆に言うと、そこまでの感情がない場合、書いていいか迷うようなエピソードをわざわざ入れようとは思わないもんね。際どい話を書きたいと思う背後には、それだけの思い入れが相手に対してあるからに他ならないだろうし。

でも、不謹慎かどうかと言えば、岡井さんが亡くなった後、一番最初に僕が言及したのはラジオだったんだよね。業績に触れつつ、歌を何首か引いて話したんだけど、その中のユーモラスな歌を解説しながら、思わず笑っちゃったんだよ。

でも、それがどのくらいいけないことなのか、よく分からなくて、後から思い返した時に、「そういえば僕は亡くなったばかりの大先輩の歌の話をしながら、笑ってたぞ」って。でも、それは或る意味、歌の力を示すことでもあって、いいと思えたんだけど。

au解約殺到のKDDI、新料金プラン発表で起死回生なるか?広がる期待と不安

今月9日にAmazonなどとの提携プラン発表したものの、「ドコモと比べて酷い」と大炎上したau。ユーザーたちの反応が想定外だったのか、KDDIの高橋誠社長が携帯電話の新しい料金プランについて、「1月には正式に発表したい」と述べたことをNHKなどが報じた。批判を受け、慌てて料金プランに言及した形となり、auユーザーからは呆れる声が上がっている。

KDDIが来年1月に新料金プランを発表

高橋社長は15日、JR東日本と共催した「空間自在プロジェクト」の発表会で、携帯電話の料金プランについて問われ、1月には発表する見通しであることを明らかにした。

さらに、「お客さまに選んでいただける競争力のある料金プランをお届けしたい」と語り、現行の携帯電話料金を大きく見直す考えを示した。

先日行われた新サービス発表会で大批判を浴びただけに、「今回は期待できるかも」「auはもう後がないんだから、次は失敗しないように料金を下げてくるのでは」という期待を寄せる声も聞こえてくる。

しかし、こうしたユーザーは少数派。すでにauから気持ちが離れてしまった人たちの方が多いようだ。

携帯電話の料金をめぐっては、NTTドコモが20ギガバイトで月額2980円という破格の新料金プランを発表。「ahamo(アハモ)」と名付けられた新サービスは、4Gと5Gに対応し、5分以内の通話掛け放題もついている。

【関連】次はドコモがギガホで炎上? auを笑えぬ注釈だらけの料金プランどう改定

これに対し、auはAmazonなどとの提携プラン発表したものの、料金プランについての言及はなかったため、ユーザーから不満の声が上がっていた。

すでにau解約を決めたユーザーも多く、来年1月に発表されるという新料金プランに興味を示していない。auは今、窮地に立たされている。

※本記事内のツイートにつきましては、Twitterのツイート埋め込み機能を利用して掲載させていただいております。

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2040年頃か。ステーキの本場アメリカから「本物の肉」が消える日

あと20年も経てば、ステーキの本場・アメリカの食卓から「本物の肉」が消え始めるかもしれません。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で「Windows 95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんが、シンガポールで細胞培養の鶏肉販売が許可されたという記事を取り上げるとともに、アメリカでも利用が始まっている代替肉の食味を紹介。さらに、2040年ごろには「殺戮した家畜の肉」を食べることを野蛮だと考える人が、米国の人口の半数を超えても不思議ではないと記しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

私の目に止まった記事美味すぎる人工培養肉が「家畜の肉」を駆逐する?

Singapore issues first regulatory approval for lab-grown meat to Eat Just

シンガポール政府が、細胞の培養によって作られた鶏肉の販売を許可した、という報道です。

米国では、チキン・ポーク・ビーフなどの肉を食べないベジタリアンの数が急激に増えていますが(ミレニアム世代の25%がベジタリアンと言われています)、当初の「動物を殺傷すべきではないから」「肉は健康に良くない」というものから、最近は「環境に良くないから」というものに大きくシフトしています。

特にビーフは、餌の穀物を育てるために膨大な土地と水が必要な上に、牛がゲップやオナラの形で大量のメタンガスを発生し、それが二酸化炭素と並ぶ地球温暖化の主たる原因にもなっています。

また、成長を促すためのホルモン投与が、人間の健康に影響を与える可能性も否定出来ません。病気の予防のための抗生物質の投与は、抗生物質に耐性を持つ菌を生み出す結果となり、それが人への感染能力を持った場合の被害の大きさは、COVID-19以上のものになる可能性すらあります。

培養タンクの中で幹細胞に適切な刺激と栄養素を与えることにより筋肉を培養する技術は、その問題の解決策の一つとして、10年以上前から盛んに研究が行われています。

数年前まではコストが高すぎて全く現実的ではありませんでしたが、順調にコストが下がっているようで、ようやく試験的な販売が始まるようです。

今回、シンガポール政府から、培養肉の販売の許可をもらったのは、JUSTという会社です。これまでは、主にプラント・ベースの代替品を製造販売してきており、「JUST Egg」という卵の代替品は、近所のスーパーで購入することが可能です。

失敗はガースー発言ぐらい。あの知事よりマシな菅首相のコロナ対策

GoToトラベルの突然の一時停止が発表されるなど、混乱を来しているようにも感じられる我が国の新型コロナ対策。事実、政府の対応を批判する声が各所から上がっていますが、菅政権の対応は誤っているのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、日本のコロナ対策については「2つの根本的な誤解がある」として、それぞれについて詳しく解説しています。

日本のコロナ政策、2つの誤った理解

アメリカの場合は、トランプ政権のコロナ政策は迷走していますし、また具体的な政策は各州に丸投げとなっています。その上で、国民の多くがその政策にも従っていないわけですから、何のお手本にもなりません。見るべき点は、せいぜいが、認可されたワクチンに対して社会が緊急接種へ向けて努力していることぐらいですが、そのアメリカでも「ワクサー」という「反ワクチン派」はいますし、接種率の確保はそうは簡単ではないと思われます。

それよりも何よりも、現時点で、アメリカという一つの国だけで、

  • 陽性者の累計:16,293,597
  • 累計の死者 :  299,455

という数字となっているのは、恥ずかしいとしか言いようがありません。それでも、感謝祭やクリスマスなどで大家族が一同に会するとか、若者がスポーツバーで騒いだり、スポーツジムに通うのは「やめられない」とか、知事のロックダウン命令に対しては「個人の自由」から反発して殺害予告をしたり、暴力的なデモをしたり、とにかく情けない限りです。

一方で、日本の場合はとにかく感染を抑え込んでいるのは間違いありません。ですから、今でも堂々と胸を張っていいと思います。ですが、政治や社会、経済まで見た全体像として、日本は「コロナ禍との対決」がしっかりできているのかというと、そこには2つの根本的な誤解がある、そう指摘せざるを得ないのです。

GoToアクセルと外出自粛ブレーキを同時に踏んだ菅首相の愚かさ

新型コロナの「第3波」による感染拡大が止まらず、国民の間からも「一時停止やむなし」の声があがる中、それでも菅政権が「経済優先」を掲げて強行し続けていた「Go Toトラベル」事業。14日にはようやく「全国で一時停止」が発表されましたが、菅首相の支持率は急落の一途を辿っています。メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さんは、Go Toをめぐる混乱を振り返りながら、コロナ対策の「分科会」の対応が自動車のブレーキとアクセルが一体化した「ブレクセル」とでも呼ぶべき「いびつ」さを持っていると指摘。踏んでも、止まるのか進むのかさえ分からない政権と分科会の舵取りを痛烈に批判しています。

「ブレクセル(アクセル&ブレーキ)」のこと

行き先が分かっているなら先回りに待ち伏せ、罠だって仕掛けられる。先手を取るとはこういうことである。一方、後手を踏むとは虚を突かれた時の言である。虚を突かれた訳でもなく、行き先が分からなかった訳でもない。にもかかわらず後手に回る破目になるのはひとえに愚かだからである。

巷間では、もうひと月も前から「Go To一時停止もやむなし」といった意見が優勢になっていた。「Go To」の一番の受益者であろう観光業・飲食業従事者であってさえも積極的にインタビューに応えたり、SNSで意見の発信をしたりしている人の中には「経営にとっては確かに苦しいけれども現時点においてはやはり『Go To一時停止はやむなし』」というような覚悟の言辞も多く見受けられた。

結局いつまでもぐずぐずしていたのは政権担当者だけであった。国民の大多数が「やむなし」と思っていたにもかかわらず、そしてそう思わざるを得ないほどに感染状況が日々に悪化していたにもかかわらず、すぐに決断できなかったという事実はおよそ看過できるものではない。

国家の舵取りを担う者が小型ボートか何かを操っているつもりでは困る。その取り回しの大変さは巨大タンカーどころではない。なればこそ認知、判断、操作の迅速さなくしてどうして安全な航行を担保できようか。

もちろん非常時におけるこの種の施策には常に功過二側面が伴うものである。それを正しく評価するために専門家が雇われているのである。評価と言ってもその原則は単純明快で、功から過を減じて値がなお正であればその施策は続ける価値があり、値が負となればすぐにもやめるべきである、というものである。この判断が迅速にできていないのは雇われている専門家の集団、即ち分科会がいびつであるからである。

上記の原則も、功を過大に評価し、過を過少に評価すれば、数式上は正の値が出続ける。

「Go To」をこれほどまでに引っ張った(あるいは引っ張ることができた)のは分科会内においては経済優先の意見の方が優勢であったということを推測させるに十分だが、しかしその一方で同じ会議内において医学や医療の専門家がそれを黙認したとは到底思えないということもまた推測できる。とすれば結果としてどこかの段階で黙殺されたということになる。アクセルがブレーキを無視したのである。

【書評】惑星はなぜ「惑」星と書くの? 今さら聞けない「理科の謎」

小学校、中学校で誰もが習ったはずの「理科」。しかし、しばらく離れてしまっていると「なんでこうなるの?」という子供からの疑問にも答えられなくなっているものですよね。そこで、今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』では編集長の柴田忠男さんが、文系の人でもすっきり納得できるという「理科の謎」を解き明かしてくれる一冊をご紹介しています。

偏屈BOOK案内:左巻健男『理科の謎、きちんと説明できますか?』

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理科の謎、きちんと説明できますか?

左巻健男 監修/PHP研究所

「文系もすっきり納得の20話」とサブタイトル。この本で取り上げられた話題は、みな小学校・中学校で学んだことである。子供の頃はまあまあお利口さんのほうだったし、高校では「生物部」の部長だったから、理数科系は得意のはずだが、数学と物理では追試を連続のトンデモ劣等生だった。……変な自慢。

それでも科学やSFが大好きで、けっこうまじめな読書少年ではあった。そして、わかったつもりになっていた。ただ専門用語を知っただけで、意味を正しく理解していない。クイズで正解を得られても、説明はできない。この本を見つけて、わたしは文系だがたぶん子供時代に学んだことだから、ひさしぶりに復習してみようかなと、お気楽にページを開いたら……、難解ホークスだった!

といってもわかんないダシャレか。南海ホークスとは、福岡ソフトバンクホークスの前々身球団である。第1章は自然現象の謎、第2章はテクノロジーの謎、第3章は生き物の謎、第4章は宇宙の謎、計20話。きちんと説明できますかどころか、どれひとつわからない。直流と交流の違いがよくわからない。「フレミングの左手の法則」って、昔は知っていたが今やなんのことか忘れている。

酸性とアルカリ性の違い、テコの原理、なぜ鉄が磁石にくっつくのか、金属に電気が流れてなぜゴムには流れないのか、月の満ち欠けと潮の満ち引きの関係性、高気圧=晴れの図式など、分るようで分らない、重さや角度を変えても振り子の往復時間は変わらない理由も忘れた。昔は納得していた、理解していた、はずである。いまや手も足も出ないとは、わたしどれだけ退化したんだ。

理屈優先で役立たず。軍事アナリストが呆れた日本のミサイル防衛案

防衛省は、配備を断念した「イージス・アショア」の代替策として、新型のイージス艦2隻を建造する案をまとめ、今週中にも閣議で了承される見込みと伝えられています。イージス艦完成は2025年以降になるとのことで「切迫感に欠ける」と呆れるのは、メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんです。小川さんは、5年もの空白期間への対策が示されないままでは「いまそこにある危機」から国を守ることはできないと、米軍からイージス艦を借り受ける案を運用案も含めて示しています。

切迫感に欠け、無責任なイージス艦建造の議論

読者の皆さんに伺いたいことがあります。皆さんが自衛隊の立場で敵と向き合っていると考えてください。敵は強力な武器を備え、いつ自衛隊に襲いかかるかわからない状況です。しかし、敵の攻撃を防ぐための兵器の到着が遅れていて、なすすべがありません。

近くにいる米軍は、敵の攻撃に対処できるだけの兵器もあり、少し余裕もあるようです。そんなとき、友軍である米軍に兵器の提供を求めることは、別におかしなことではありません。立場が逆なら、米軍は自衛隊に同じことを要請してくるでしょう。これが、「いまそこにある危機」と向き合っているときの基本姿勢です。

翻って、いま日本で行われている議論はなんと切迫感に欠け、無責任なことでしょうか。北朝鮮、中国などの弾道ミサイルを撃破するための地上配備型イージス・アショアが白紙撤回されたあと、延々と議論をして「イージス・システム搭載艦」2隻の建造を決めました。これは2025年以降に実戦配備される予定だそうです。しかし、何か欠けていはしませんか。

北朝鮮や中国が日本に本格的な侵攻を図ることは、その能力から見て可能性はゼロに近いのですが、特に北朝鮮の弾道ミサイルは場合によっては発射される可能性がある「いまそこにある危機」なのです。誤って発射される場合もあるでしょう。それは今日かも知れないし、明日かも知れません。ミサイル防衛能力を整備するのに、新造するイージス艦2隻が実戦配備されるのをノンビリと待っているわけにはいかないのです。

ここに「戦っている国」の常識を当てはめると、友軍である米軍に救援を求めるのは当然でしょう。恥ずかしいことでも何でもありません。具体的には、米軍が89隻備えているイージス艦のうち弾道ミサイル防衛能力を備えた39隻から2隻を借り、秋田県と山口県の沖合に配備するのです。もちろん、財政的には日本が負担しますし、周辺の警備は海上自衛隊の大湊、舞鶴、佐世保の各地方隊から護衛艦を出して行います。

米軍であっても人員面の余裕は限られますから、これについては米国政府と協議のうえ、イージス艦勤務経験者を集めたPMC(民間軍事会社)を米国内に設立して日本側が財政面を負担し、艦長など一部の幹部を除いてはPMCの人間を2隻のイージス艦に配置するのです。同僚の西恭之静岡県立大学特任准教授によれば、米海軍では補助艦艇を民間人で運用している例もあるそうですから、不可能なことではありません。

これで新型のイージス艦が就役するまで、日本はミサイル防衛能力を一定の水準で維持できることになります。北朝鮮や中国、ロシアに弾道ミサイルを発射しても無駄だと思わせる、つまり日本が抑止力を備えるためには、「いまそこにある危機」と向き合ううえで「戦っている国」に発想を転換する必要があるのです。

政府や自民党国防族の議論は、まったく実戦を意識していない「畳の上の水練」で、危機感や切迫感を欠いています。政治家や官僚としてメシを食っている友人・知人の顔を思い浮かべながら、これだけはあえて言っておきたいと思います。都合のよい議論に持っていきたい政治家や官僚から、またまた「小川を排除しろ」と言われるのはわかっているのですが、国難を見過ごすことはできません。(小川和久)

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