中国の領海侵犯は本当か? 海保も認める「暗黙のルール」を徹底検証

これまでも「中国と『一触即発』のウソ。実は関係改善で、日中首脳会談の可能性も」、「『中国脅威論』はこうして作られた。新聞報道の巧妙な世論誘導」といった記事で、まことしやかに語られる「中国の脅威」について様々な証拠を元にその過ちを暴いてきたメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』。今回は、先日の世界友愛フォーラムでメルマガ著者の高野さんが行った講演の内容を紙面で紹介しながら、改めて「中国脅威論」の嘘を白日のもとに晒しています。

徹底検証!「中国脅威論」の嘘──世界友愛フォーラムでの講演録(上)

3月29日に都内で開かれた世界友愛フォーラムの例会で標題のような講演を行った。それぞれの内容・論点の多くは、本誌でこの1~2年間に述べてきたことではあるが、このようにまとめて通覧するとまたひと味違うと思うので、大筋を数回に分けて再録する。また使用したパワーポイントのごく一部も添付する。

講演録 中国脅威論の嘘

安倍「一強」政治が続いてきた大きな要因の1つは、マスコミを通じて「中国が怖いという恐怖心を煽り、国民を怯えさせるのに成功してきたことにある。

冷戦時代には「脅威」と言えば専ら旧ソ連で、レーガン政権はソ連を「悪魔の帝国」とまで呼んだ。日本でも、今でも覚えているが、『週刊現代』が「ある日突然、札幌のあなたの庭先にソ連の戦車が!?」といった特集をバンバン打っていた。当時、青森の女性が稚内の青年に嫁ぐことになっていたが、親が「稚内はソ連に近いから危ない」と反対して破談になったという笑えない話さえあった。

脅威の横滑り

冷戦が終わってソ連の脅威はなくなったのに、今度は「北朝鮮が危ない」「中国も怖いぞ」という話になってきて、私はそれを「脅威の横滑り」と呼んできた。北朝鮮や中国も脅威でないとは言わないが、旧ソ連の脅威とは量・質ともに違うし、起こりうる危機の様態も当然異なるはずなのに、そういう真面目な検討を抜きに安易に北や中国に脅威の対象を移し替えていくという心理操作」が罷り通ってきた。

旧ソ連の場合は、極東に強力な機甲化師団が2つあってそれが大挙して北海道に渡洋上陸作戦を敢行してくる可能性があり、その場合に陸上自衛隊は1,000両の戦車を並べて北海道の原野で戦車戦を展開して取り敢えずは持ち堪え、その間に、航空自衛隊のみならず三沢の米空軍が出動して戦術核兵器の使用可能性を含めて対地爆撃で支援し、さらに数日中には沖縄から米海兵隊が駆けつけて反撃を開始する……というのが日本有事の中心シナリオだった。

とはいえ、そんなことが本当に差し迫っていたのかと言えば、そうではなくて、私が当時、陸自北部方面隊の幹部に「週刊誌はあんなことを書き立てているが、どうなんですか」と尋ねると、「あのですね、いまソ連の極東の港に輸送船がいないんです。戦車は空を飛びませんから、いかに強力な機甲化師団が存在していようと、それは『潜在的脅威に留まっているということです。輸送船が欧州方面から回送されるなどして集結が始まったとなれば、それは『現実的脅威に転化したと判断して、我々は戦闘準備に入ります」と。なるほど軍人さんは冷静なのだ。「だったら、週刊誌があんな風に無責任に煽るのを放置しておくのですか」と訊くと、「あれはあれで、どんどんやって頂いた方が我々も予算が取りやすくなるんで……」というまことに率直なお話だった。

そういう旧ソ連を相手にした危機シナリオと、北朝鮮や中国は違っていて、まず少なくとも、この両国から師団単位の大規模上陸侵攻を受ける可能性は、誰が考えてもゼロである。そうすると、冷戦が終わって我が国は一体どういう危機に直面しうるのかという、軍人さんの用語では「脅威の見積もり」をやり直して、そのそれぞれに関して、何が潜在的脅威で、それがどうなったら現実的脅威と判断するのか、きちんと戦略的な判断基準を立てなければならない。ところが日本はそれを怠って、単に「北が危ない」「中国も怖い」という感情論を煽って冷戦時代のままの自衛隊の装備・配置や米軍基地のあり方を維持しようとする知的な怠惰に陥ってきた。

そのような安易な脅威の横滑りで始まった「中国脅威論」を、「価値観外交」とか「自由の弧戦略」とか言って、日本の外交の基本戦略にまで祭り上げてしまったのが安倍政権である。

現金の落し物、過去最高「36億円」から見える日本の深刻な格差社会

昨年、都内に落し物として届けられた現金は約36億7,000万円で、バブル期の最高記録35億円を抜きました。これは都内だけで1日に約1,000万円の現金が「落とされている」計算になるそうです。この数字は何を意味するのでしょうか。無料メルマガ『ジャーナリスト嶌信彦「時代を読む」』の著者・嶌さんが様々な観点から分析しています。

落とす現金1日1,000万円

2016年に都内で落し物として届けられた現金は、何と約36億7,000万円あったという。これはバブル期の1990年の35億円を超え過去最高で、7年連続の増加記録1日に約1,000万円が落とされている計算だ。

落し物は3カ月間保管されるが、持ち主が現われなければ拾った人のものになり、16年は35億円のうち27億円が持ち主に返された。現金も含めた落とし物の件数は383万件で9年連続最多。クレジットカードや運転免許証など証明書類が約62万点、IC乗車券など有価証券類が約48万1,000点(以上2月18日付毎日新聞)もあった。毎日約1,000万円の現金が都内で落ちているのはやはり驚きだ。

静かになった米中外交、トランプ側近が明かした「3つの未来」を検証

トランプ大統領の誕生で、これまでとは大きく流れが変わったアメリカ。しかし、中国の強力な工作により、トランプ大統領の「反中」の姿勢が揺らぎ始めているとも言われています。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者の北野幸伯さんが、トランプ大統領の側近のひとり、「国家通商会議」の委員長ピーター・ナヴァロ氏の著書を引きながら、アメリカが日米中関係をどう見ているかを詳細に分析しつつ、日本外交の現状と今後について考察しています。

トランプのブレーンは、日米中関係をどう見ているか?

「トランプは、どこに行くのだろう?」

これは、今も世界の関心事です。トランプ自身は、「ロシアと和解して、中国に勝つ」という構想を抱いている。ところが、アメリカ国内の反発と中国の工作により、現状は、「ロシアと和解できない中国と対立できない状態になっている。それでも、トランプの真意」を知っておくことは大事です。

どうすれば知ることができるのでしょうか? 「人事」を見ることで、ある程度知ることができます。たとえば、ティラーソン国務長官は、「プーチンの親友」と呼ばれる男。「国家通商会議」の委員長ピーター・ナヴァロさんは対中強硬派。ナヴァロさんは、日本でもベストセラーになっている。『米中もし戦わば 戦争の地政学』の著者です(カリフォルニア大学教授)。

この本は、「トランプの側近」が書いた。つまり、トランプの政策に大きな影響を与える可能性が高いということです。今回は、ナヴァロさんが「日米中関係をどう見ているか?」を知っておきましょう。

米中戦争が起きる確率

この本は、「米中戦争が起きる可能性は?」という質問から始まります。米中の現在の関係は、

  • 既存の超大国アメリカ
  • 新興勢力中国

です。ナヴァロさんによると、1500年以降、このような組み合わせは15例あった。そのうち11例は戦争になった。

世界史を概観すると、1500年以降、中国のような新興勢力がアメリカのような既存の大国に対峙した15例のうち11例において(すなわち70%以上の確率で)戦争が起きている。
(『米中もし戦わば』

こまごまとした分析については、本を読んでいただきたいと思いますが、ナヴァロさんは、アメリカと中国が戦争する可能性は、「非常に高い」と結論付けています。そうは言っても、「強硬派」というわけでもなく、非常に冷静です。「安全保障」についての本ですから、「最悪を想定する」のは当然ですね。

日本の古き良き物を世界へ。視点を変えて蘇らせた2人の女社長

試行錯誤の末に編み出した「美味しい塩麹」を世に送り出し、今も続く「麹ブーム」に火をつけた大分県の麹店の女将。そして、東大を卒業後、ブータンの首相フェローとして働いていたブータンの地を飛び出し、震災で多大な被害を受けた気仙沼市で手編みニットの会社を立ち上げた才女。「テレビ東京『カンブリア宮殿』(mine)では、放送内容を読むだけで分かるようにテキスト化して配信。二人の女社長が見つめる「日本の未来」とは?

うまい! 体にいい! 知られざる麹の底力

都心のスーパーマーケット、「東急ストア中目黒本店」では最近、力を入れている売り場があるという。売れ行き好調なのが「飲む点滴」と呼ばれる甘酒麹を使ったノンアルコールタイプが注目されブームとなっている。

麹は、タンパク質や脂質を分解する酵素をたっぷり含んでいる。だから消化や吸収を助けてくれるのだ。また、ビタミンやミネラルなども作り出す。

今やスーパーなどに様々な麹の商品が並んでいる。しかしこんな風に麹が身近になったのはまだ最近のこと。きっかけは2011年に始まった塩麹ブームにある。塩麹とは塩と麹で作る発酵調味料。塩代わりに使うと、食材を柔らかくしたり、旨味を引き出してくれる。塩麹は突然世に出て60億円規模の市場を生み出した

塩麹ブームは大分県佐伯市から始まった

いかにも年季の入った店構えの糀屋本店。創業1689年。この地で江戸・元禄の時代から続くという麹の店だ。この店の小さな一瓶から全国的な塩麹ブームは始まったのだ。

その店内で、客に「持ってけ、持ってけ」とお土産を押し付ける女性が、塩糀ブームの生みの親、糀屋本店の浅利妙峰だ。

浅利家は先祖代々、この地で麹の製造販売を家業としてきた。300年以上に渡って麹を作ってきた麹室が今もある。

そもそも麹とは、米や麦、大豆などを蒸して麹菌と呼ばれるカビを繁殖させたもの。醤油や味噌など、日本の伝統調味料は古来より麹の力で発酵させて作ってきた。

糀屋本店の麹作りは昔ながらの手作業。「種麹」と呼ばれる麹菌を蒸した米に合わせ、温度や湿度を徹底管理しながら混ぜていく。これで4日後には米に麹菌が繁殖し、麹が出来上がる。

麹は手仕事の文化だと思います。手をかけ、目をかけ、心をかけていい麹を作る。まさに子育てと麹育ては一緒だと思います」(浅利)

麹ブームの生みの親~危機から大復活の物語

1952年、長女として生まれてきた浅利。当時は多くの家庭で味噌や甘酒を作っていて、どの町にも普通に麹屋があった。しかし時代とともに味噌が買うものに変わると麹は売れなくなり、家計は左前に。苦しかった時代、「お金がなかった頃の食事はずっと茄子だった」と、次男の良得さんは笑う。

浅利はヒントを求めて書物を集め、どこかに復活の糸口はないか、読み漁った。そしてある日、一冊の江戸時代の文献に出会う。『本朝食鑑』。そこに記されていた鰯の料理法には「粕漬や塩麹漬もある」とあった。

「麹の限界は十分すぎるほど感じていました。味噌と甘酒はすでにあるので、そうではないものを探していた。そこに『麹』の文字が入っていた。そして塩は必ず料理に使う。これこそ私が求めていたものだと感じました」(浅利)

塩麹とは、塩と麹を混ぜ水を加えて発酵させたものらしい。さっそく作ってみたが、実際にやってみると塩と麹の配分が難しい。試行錯誤は半年に及んだ

そんなある日、できた塩麹を生のイカに和えてみると、何日も漬け込んだような深い味わいになった。この時の配分が、麹3、塩1、水4。やっと見つけた黄金比率だった。

2007年、糀屋本店はこれを商品化。かつてない麹が主役の調味料が誕生した。

塩麹の発売と同時に浅利は店先で講習会を開きレシピなどを紹介。人気は静かに広がり、4年後には様々なメディアが取り上げるようになった。塩麹は「魔法の調味料」と呼ばれ、麹は見事復活を遂げたのだ。開店休業状態だった糀屋本店もかつての活気を取り戻した。

塩麹が人気になると、「商標登録して独占販売した方がいい」と勧める人もいた。しかし浅利は独占するどころか、苦労して見つけた塩麹の黄金比率や使い方まで惜しげもなく公開した。

「私はたまたま見つけただけで、塩麹は私のものではない。それを『私のもの』と独占するのはみみっちい」(浅利)

その後、大手を含むメーカー各社がこぞって塩麹を発売。全国的なブームが生まれた。味噌のトップメーカー、マルコメもその一つ。塩麹を売りだし、新しいヒットシリーズとなった。マルコメの須田信広さんは「浅利さんの熱意には感服するだけです。麹の事業という柱ができ、大変ありがたい話だと思います」と語る。

地方の小さな糀屋の女将の執念が日本の食卓を変えたのだ。

浅利は麹を広めるために独自のレシピを考案し、これまで7冊の本を出してきた。レシピのために毎日続けていることがある。それが従業員のまかない作り。美味しい麹レシピはそんな積み重ねから生まれる。

塩麹ブームを作った浅利は、さらに麹を広めようと、次の一手を考えていた。

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心温まる感動ニット~200人待ち、気仙沼の奇跡

宮城県気仙沼市2011年の東日本大震災では大きな被害を受けた。あれから6年。復興はいまだ道半ばだが、町は平穏を取り戻しつつある。今、急ピッチで行われているのは地盤のかさ上げ工事。新たな町づくりが進む。地域の主産業である漁業は、魚の水揚げは震災前の7割まで回復。水産加工の会社は9割が再開にこぎつけた。

そんな気仙沼に新たな名所が現れた。丘の上に立つ青い小屋。中を覗いてみると、若者たちが詰めかけていた。彼らが熱心に見ていたのは手編みのニット。全国からわざわざ気仙沼までやってきた客たちだ。

タグには編んだ人の似顔絵が描かれている。実際に編んでいる人も奥にいた。実はこの店のニットはこうした地元のお母さんたちが何十時間もかけて編んでいる

ちなみにエチュード(セーター)は7万5600円。だが客の若者は特別裕福というわけではない。「1年間、よく考えて買おうと思います」「大量生産のものしか着ていないので、1着2着は誰が作ったか分かるものがいいなと」と、口々に語る。

存在感のあるオーダーメイドのカーディガンMM01は看板商品。値段は15万1200円。それがなんと200人待ちの人気を集めている。

この手編みニットの会社は気仙沼ニッティング。2012年6月創業。従業員は二人だけ。ニットを編む地域のお母さんは現在60人という規模だ。

サイズ通りに編めているかを確かめる作業が始まった。もし寸法があっていなければ編み直しとなる。編み手のお母さんたちの真ん中にいたのが社長の御手洗瑞子だった。

経歴は異色だ。東京大学、外資系コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、民主化直後のブータンへ。首相フェローとして国の発展に貢献すべく働いていた。しかし東日本大震災で彼女の進む道は変わる。

今は日本人として日本に帰って東北の復興のために仕事をすべき時ではないかなと」

御手洗はブータンを後にし、被災地へ向かった。そこでは多くの人が仕事を失くし、支援を受けて暮らしていた。自立できず、精神的にも疲れ果てている人達を見て、御手洗は「この人たちが、誇りを持てる仕事を作りたい」と思ったという。

「一時的に支援をするということではなく、中長期的に自らの力で生活していけるようサポートする。そのための種をまいて丁寧に育てる、そういう仕事が必要じゃないかと思いました」(御手洗)

そんな時に御手洗に声をかけたのが、ブータンにいた頃からの知り合い、コピーライターの糸井重里さん。被災地支援に編み物の会社を思いつき、御手洗に社長をやらないかと打診してきた。その糸井さんは「実際に気仙沼に住まないとできないこと。それを含めて、経営や、無理難題が山積みしているときに何とかしていく人が必要だった。そのとき、あのブータンの状況でやってこられたのだから大丈夫だろうな、と。逃げ出さないだろうと思った。そこが一番重要でした」と語る。

そして5年前、御手洗は気仙沼に乗り込み、ゼロから会社を立ち上げた。気仙沼ニッティングは初年度から黒字。気仙沼市に納税も果たしている。

15万円のカーディガン~編み手と客が紡ぐ物語

御手洗は今も、気仙沼の斉藤さん一家のお宅に下宿している。気仙沼に来た当時は、アパートなどほとんどない状態。でも大家族が暖かく迎えてくれた。この家族に気仙沼の風土、そしてそこに暮らす人々の気質を教わり、御手洗は見知らぬ土地に馴染んできたのだ。

最初は編み手探しから始まった。まず手袋の編み物教室を開催し、やる気のある編み物好きのお母さんたちを探し出した。編み手のひとり、小野寺加代子さんは…

震災で何もなくなってしまって針だけで参加できる編み物がいいなと感じました。何もしないわけにはいかないし、夢中になれるものがあったらいいなと思って」(小野寺さん)

ニットのデザインは人気編み物作家の三國万里子さんに頼んだ。お手本にしたのは、しっかりした編み柄のアランセーター。アイルランド・アラン諸島の名産品だ。同じ漁業の町から生まれた世界的セーターを目指したのだ。

編み柄が特徴なだけに、糸にもこだわった。編みあがった柄が立体的な表情になる。そんな毛糸を求め、羊毛の専門家とともにオリジナルの糸を開発した。

「柄が浮き立つようにしながら、重くならず、チクチクしない。肌触りと軽さの両立ですね」(御手洗)

価格は先に15万円と決めた。編み手にしっかり報酬を払い、会社を維持していくために逆算して出した価格。それに見合う価値にすると決めて動き出したのだ。

お母さんたちは普段自宅で編んでいるが、週に一回は事務所に集まり、編み方の指導や商品チェックを受ける。まだ商品は無理というレベルの人も参加。こうして編み手の裾野を広げているのだ。

上級者であるオーダーニットの編み手は10人しかいない。妹の村上秀子さんと姉の松本節子さんの姉妹もそうだ。この日、節子さんはカーディガンの仕上げを急いでいた。4日後に東京からお客が来ることになっていたのだ。

オーダーが入ったのは2年前。節子さんは、注文してきたお客さんと手紙のやり取りまでしてきた。そのカーディガンがようやく編みあがった。早速、御手洗がチェック。寸法が違えば編み直しだが、何度測っても着丈が1センチ短い。4日後には間に合わないのか。

すると御手洗が「わかった! 綴じがきついんだ」。肩と脇の綴じ方がきつかったため、着丈に影響が出ていた。編み直しは必要なく、綴じ直せば大丈夫だった。

そして約束の日、東京からお客がやってきた。お客はカップル。菅原優衣さんは妹の秀子さんが編んだニットをすでに購入、今回見せようと着てきた。「自分が編んだものを実際に着て来ていただくのは初めてなんですよ。うれしい」と、秀子さん。

そして岡田海都さんが試着。手紙のやり取りまでして2年間心待ちにしてきた。「ピッタリだと思います」という岡田さんは語る。

お客さんのために労力も時間もかけてくれる。『そうしなければ』ではなく、『そうしたいからやっている』と聞いて、そんなニットを着させてもらえることがうれしかった」

「こんなに喜んでもらえるとは……」と、節子さん。これが心を込めて編んだニットの価値。東北・気仙沼で編み手とお客、それぞれの物語が日々、紡がれている。

地方の“資源”を再発見~奇跡を起こす女性たち

巨大なミッフィーが着ているのは気仙沼ニッティングの手編みニット。ミッフィー誕生60周年の展覧会のために制作されたもの。真っ赤なミッフィーは全国を回り、大きな反響を呼んだ。

一方、大分の糀屋本店では、浅利が今度は英会話を特訓していた。麹を世界に発信しようと動画を作ったのだ。動画の中で、「愛と麹で世界を良くしましょう」と英語で語りかける浅利。

地方の小さな会社が世界とつながる。スタジオでは、村上龍が2人に将来のビジョンについて尋ねた。

麹の力で世界中の人のおなかを元気にして幸せにしたいという気持ちがあります。戦争など争いで世界が平和になることはないけど、食べ物が美味しくてみんなが笑顔になれば、きっと争いも消えていく。ノーベル平和賞いただけそうでしょ(笑)」(浅利)

「私はお客さんと働く人を同時に幸せにする会社をつくりたいです。そういう会社が少しでも増えていったらいいと思います。お客さんの幸せを考えて働く人にしわ寄せがいくとか、働く人のことを考えてお客さんにしわ寄せがいくとか、それではトータルで見たらその会社は人の幸せを増やしていない。会社は人の幸せの総量を上げていくことができると思います」(御手洗)

~村上龍の編集後記~

「糀」も「編み物」も、昔からあった。古来から必要とされ、親しまれてきたものだ。

浅利さんも、御手洗さんも、それらを活かし、地方で成功し、地域再生にも貢献している。

だが、資源の再発見と活用は簡単ではない。知識と体験を総動員する必要があり、創り出そうとしている商品には需要があるはずだという予測がなければならない。

だが、予測は、確信とは違う。最終的には自らの直感を信じるしかない。

お二人は危機感を失わず考え抜き協力者との信頼を築くことで自身の直感の正しさを証明した

挑戦する女性は美しい

<出演者略歴>

浅利妙峰(あさり・みょうほう)1952年、大分県生まれ。糀屋本店の長女として育つ。2012年から9代目社長。2013年度内閣府男女共同参画局「女性のチャレンジ賞」受賞。

 

御手洗瑞子(みたらい・たまこ)1985年、東京都生まれ。2008年、東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ブータン首相フェローを経て、2012年、気仙沼ニッティングの設立に参画。2013年から代表取締役。

source:テレビ東京「カンブリア宮殿」

 

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【閲覧注意】アメやチョコをフライパンで加熱実験するスゴイ動画

フライパンの上に、甘いお菓子を置いて加熱する様子をを撮影した、1本の動画が最近海外で話題になっている。

 

題材自体は結構子供じみているのだが、にも関わらず多くの人にとって話題となったのには、それなりの理由がある。

まず第一の理由は、とにかく映像がオシャレなことだろう。

固定カメラを使い、BGMとしてクラシックを採用したことで、火遊び同然だった検証は高尚な科学の探求へと大変身。

それに加えて、時折、逆再生シーンが差し込まれるのもメリハリ作りとして素晴らしい。

また、これは我々にはちょっと微妙なところだが、日ごろ身近に売られているお菓子類をこのような風に使うというのも、外国の人にとっては興味をそそられる部分だったのだろう。

 

(※↓詳しくはコチラへ)
参照・画像出典:YouTube(Erwin Trummer)

記事提供:ViRATES

長野県民の心をひとつにする「信濃の国」が止めた「南北戦争」

長野県民なら歌えぬ者はいない、とまで言われる「信濃の国」。テレビなどでもこの曲を巡るエピソードが取り上げられることも多く、一地方県の県歌としては珍しくその名が知られている「信濃の国」について、無料メルマガ『安曇野(あづみの)通信』の著者で県下松本市出身のUNCLE TELLさんが更に詳しく紹介してくださっています。

長野県歌「信濃の国」物語

連なる国は十州に…」、知る人ぞ知る、長野県民にはおなじみ100年余の歴史がある「信濃の国」の歌にまつわる物語をお届けする。

よその県、たとえば聞くところによれば、静岡県は富士市にも長野県人会があって、集会の最後には必ずや例の県歌「信濃の国の大合唱があるというのである。この歌は異郷の地にあってこそ、その真価を発揮するというか、思いが込められるようである。甲子園でも歌うようだし…。長野県人というのは、すぐ県人会なるものを作りたがる種族のようで、移民先の南米やアメリカにもあるという。

ところで、県人会を作るからといって、結束が堅いかというとどうも疑問符が付く。まあ、異郷の地では結束するかもしれないが。

他の県にもあるかもしれないが、長野県では明治の初めから、筑摩県の分割、長野県への合併以来、東北信(長野以北・上田・小諸・佐久地区)と中南信(松本・大町・木曽・諏訪・伊那・飯田地区)の仲が悪く、血が流れた分県あるいは県庁を移せという騒動も何回か起きている。

つい戦後の1948年(昭和23年)にも県庁を松本に移せという大騒動があり、この時は県会の議決まで行っている。数的には中南信側がわずか有利だったのにかかわらず、結局は北信側の巧みな戦術に負けそうはならなかった事実がある。しかし、私も松本出身でその気分のようなものはわかるのだが、その怨念みたいなものは、現在まで有形無形に引きずってきている。

その県会のただならぬ空気の中で、北信の一議員が歌い出した「信濃の国」が議会全体の大合唱になり、中南信提出の県都移転案は腰砕けになったと、伝説のような話しも残っている。

あなたの思う「どうせ」という言葉が、子どもの躾の邪魔をする

年明けに「今年の目標」を立てたのはいいけれど、今のところ達成の目処が立たない、もしくは目標自体を設定していない…。そんな方、今からでも遅くありません、今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』で著者の真井花さんが紹介している「簡単な目標達成術」を試してみてはいかがでしょうか。お子さんの躾にも役立つその方法、親子でトライすればまさに一石二鳥ですよ。

宣言する

さて、本日は言葉の強さのお話。

4月になりましたね! 1月にたてた「今年の目標」は、どのくらい達成できていますか?

は?目標なんて立てたっけ( ̄▽ ̄;

…それはいろいろなイミでマズいですねえ。目標が大して達成できていないのならそれはもちろんですが、目標自体を立てていないならなんも叶いませんよ。だってやりたいことがナイんだから。

願ったことのいくつかが実現するのであって、願わないことはなにも実現しないですよ。そりゃそーだよね。4月からだと3ヶ月分はビハインドですけど、今からでもいいのでなにか目標とか願望とか持つようにしましょう。年末に少しでも幸せな気分でいるために♪

なにか目標を立てたら、それをなんとか実現させたいですよね。そのためには、まず目標を周囲に宣言することです。やっぱ、ほら、人に言っちゃうと後に引けなくなるでしょ。

  • 玄関を毎朝掃除する! と近所の方に宣言(ヘンだな…)
  • 毎日お弁当を持っていく! と同僚に宣言
  • 野菜のおかずを毎食作る! と家族に宣言

こういうヤツですね。ちなみに私なんてうっかり「週一でクルマを運転する」なんてオットに言ってしまったせいで、オットから「今週分はまだだよな(^m^)」なんて言われたりします。苦手なことはどうしても避けがちなのでやっぱり身近にオシリを叩いてくれる存在がいると違います。

春になると多くなる? 暖かい季節に出る「関節痛」の原因と対策

春がくると、わくわくした気持ちに包まれる方もいると思いますが、一方で関節の痛みなどの不安がある人もいるようです。

暖かくなると出てくる関節痛。

どうしてそのようなことになるのでしょうか。

今回はその原因と対策について、解説していきます。

関節痛の原因

春の声をきくと、暖かいイメージですが、寒暖差が激しく、それが体に自律神経の乱れなどがあり、それらも影響しています。

また春は、環境の変化がある時季、不安や悩みがストレスになり、痛みとして出やすいのです。

春に関節痛が起こるのは、次のことが関係している可能性があります。

気温湿度の変化

春は、気温は低く、湿度が高い時期になります。

湿度が上がると、痛みの原因となる「ヒスタミン」の濃度が上昇して関節痛が起こります。

花粉症

春は花粉症のシーズンですが、花粉症とともに関節痛を起こす人が多くいます。

花粉症にかかると、身体は、花粉という異物を排除しようとして、多くのエネルギーを使うことになります。

身体はかなり消耗し、免疫力を低下させてしまいます。

そのため、普段から弱っている関節などに痛みでてきます。

ストレス

花粉症や寒暖差以外にも、転勤、転職、引っ越しなど、環境の変化もある春は、ストレスがかかることが多くなります。

身体は、ストレスを受けると緊張し、自律神経のひとつである交感神経が優位となり、筋肉が硬くなります。

すると、筋肉が血管を圧迫し、血行が悪くなります。

血行が悪くなるとさらに筋肉が硬くなり、関節周囲の血流が不足するため、関節痛が起こります。

関節痛の対策

関節痛を予防するための対策を解説します。

運動編

関節が痛いと動かしたくないものですが、そうするとますます動かなくなってしまいます。

やり過ぎはもちろんいけませんが、軽い運動を取り入れましょう。

腕や首、肩を回すだけでも血行が促進されます。

食事編

身体を温める食品を摂りましょう。

次の食品は、身体を温める効果があるので、参考にしてみてください。

野菜
にんにく・たまねぎ・ネギ・ニラ・ラッキョウなどは、血行を促進し、身体を温めます。

また、人参・大根・ごぼう・山芋などの根菜類は、身体を温める効果があります。

魚類
サバ・イワシなどの青魚は、DPAやEAPなどの成分が含まれていて、血液をサラサラにして、血行促進します。痛みの緩和に効果があります。

肉類
肉の赤身部分は、タンパク質で身体を温めます。とくに鶏肉・羊肉はおすすめです。

香辛料
唐辛子などの香辛料は、身体を温めます。キムチやカレーなども効果があります。

飲み物
できるだけ温かい飲み物を摂るようにします。中でも、おすすめは紅茶や番茶。お酒は、ビールよりも日本酒やワインがおすすめです。

でも、飲みすぎは、身体を冷やす原因になるので、注意しましょう。

服装編

春になったからといって、一気に薄着になるのは、関節を含め、身体によくありません。

痛みのある関節部位、膝や首、肩などは暖かくしておきましょう。

腰周りを腹巻などで温めておくのも効果的です。

お風呂編

お風呂に入ると、リラックスしたときに働く副交感神経が優位に働きます。

40℃の湯船に15分~30分浸かるのが効果的です。

42℃~43℃位の熱いお湯につかるのは、逆に活動するときに働く交感神経を優位にしてしまいます。

シャワーも交感神経を優位にしますので、夜はできるだけぬるめの湯船にゆっくりつかりましょう。

病気のサインの可能性も

ご紹介した対策をしても改善しないような場合は、関節痛の裏に病気が隠れている可能性もあります。

季節に関係なく起こる関節痛の病気として、多いのは「変形性膝関節症」です。

変形性膝関節症は、老化や使い過ぎによって起こる膝の痛みです。

また、「四十肩」や「五十肩」と呼ばれる「肩関節周囲炎」も加齢などで起こる関節痛です。

そのほか、膠原病(こうげんびょう)で、全身の関節にこわばりや痛み・腫れがでることもあります(関節リウマチ)。

さらに、足の親指の付け根が赤く腫れることが多い痛風で、関節痛が強く現れることもあります。

痛みが治まらない、痛みが強くなる、というときは、まずは整形外科を受診して相談しましょう。

 

執筆:南部 洋子(助産師・看護師・タッチケア公認講師)
医療監修:株式会社とらうべ
 

<執筆者プロフィール>
山本 ともよ(やまもと・ともよ)
管理栄養士・サプリメントアドバイザー・食生活アドバイザー。
株式会社 とらうべ 社員。企業で働く人の食と健康指導。糖尿病など疾病をもった人の食生活指導など活動中

<監修者プロフィール>
株式会社 とらうべ
医師・助産師・保健師・看護師・管理栄養士・心理学者・精神保健福祉士など専門家により、医療・健康に関連する情報について、信頼性の確認・検証サービスを提供

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【書評】女子高生アイドルが東大生に「知力勝負」で勝てた理由

NHKのEテレ人気番組「すイエんサー」。アイドルやモデルなどからなる「すイエんサーガール」が台本も打ち合わせもない状態で、番組から出される無理難題に思考をめぐらせて答えを見つける番組なのですが、なんと、このすイエんサーガールたちが東大生に知力勝負で勝ってしまったという驚きの結果が出たそうです。無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長、柴田忠男さんが紹介する1冊に、この知力上昇の秘密が記されていました。

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女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか?
村松秀・著 講談社

二人暮らしだから、夕食のカレーは四食分作って、翌日の昼に残ったカレーを食べる。これがなぜかうまい、ような気がする。九州大学で開発した味覚センサーという装置を使って一日目、二日目のカレーの、酸味、うま味、塩味、苦み、渋みの5項目を測定したら、目立つ差がなかったという。

ところが複数の被験者たちは、こぞって二日目のカレーのほうがうまいと言う。それは煮崩れなどでトロトロとした状態になっていて、コクがでているので、酸味、うま味などにあまり差がなくても、よりおいしさを感じやすくなっているということだった。味覚センサーの「コク」値も二日目の方が高かった。

では、一日で、二日目のようにうまいカレーを作れないか。トロ味のついたカレーを作ればいい。ジャガイモは乱切りではなく、すりおろす。一日目のカレーはできたてアツアツを食べたので、味覚がきちんと働かなかった。二日目のカレーは冷めたものを温め直すので、それほどアツアツにしないのが普通だ。温度を上げすぎない。こうすれば、一日目にして二日目のカレーができる。

へー、そうなんだ。このことを、村松秀『女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか?』というあざといタイトルの本で知った。ここでいう女子高生アイドルは、NHK・Eテレで2009年からレギュラー番組として放送中の「すイエんサーでリポーターを務める女の子たちだ。

モデル、アイドル、女優などで活躍する彼女らは、女子中高生たちにカリスマ的人気を誇っているそうだ。かなりゆるめの科学(?)エンターテインメント「すイエんサー」は小中高生を中心に、その親世代まで深く浸透している番組だという。著者はこの番組で7年間にわたりプロデューサーを務めた。

ベストセラー作家・本田健お勧め、毎日「直感力」を鍛える為の本

あなたは「自分の直感」をどのくらい信じますか? 著作シリーズの累計が700万部を超えるベストセラー作家、本田健さんが発行するメルマガ『本田健がこっそり教える幸せな小金持ちになるための「お金と仕事」の秘密』の、本田さんが毎号一冊のオススメ本を取り上げるコーナー「Ken’s Library」では、直感で生きる重要性とその為のトレーニング法を紹介した本をピックアップ。「何かに行き詰まっている」「毎日が楽しくない」そんな悩みをお持ちの方にオススメの一冊ですよ。

Ken’s Library ~本田健がオススメする今週の一冊~

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直感で生きる 「直感日記」で、これからの毎日が変わる

(リン・A・ロビンソン(著)、住友 進(訳)、講談社)

 

今週の1冊は、リン・A・ロビンソンの『直感で生きる 「直感日記」で、これからの毎日が変わる』です。

著者のリン・ロビンソンさんは、企業のトップもよく相談に来るほどの著名な直感コンサルタントで、アメリカのベストセラー作家でもあります。彼女とは、アメリカのボストンに住んでいたときから、家族ぐるみの付き合いをさせてもらっています。

彼女との出会いは、まさにシンクロニシティそのものでした。彼女の著作を読み、「この著者には、ぜひ会ってみたい!」と直感的に思ったので、早速連絡してみると、なんと、当時私が住んでいたボストンの家から車でわずか15分のところに住んでいました!しかも、彼女の予定は一杯で実際に会えるのは数ヶ月後だと思っていたのが、「予約がキャンセルになったので翌々日であれば会える」と、すぐにメールの返信が来たのです!!

当日、私はわざとだらしない格好をして、落ち込んだ様子で彼女に会いに行きました。そして、「人生の方向性を教えてほしい」とだけ尋ねました。できるだけ情報を与えないようにして、どれだけ正確にリーディングできるか、ちょっとしたいたずらを仕掛けさせてもらったんです。でも彼女は、「本を書いたり、たくさんの人の前で話している姿が見える」「たくさんの人とコミュニケーションをとるのがいい」「マーケティング、ビジネスなどで、クリエイティブなアイデアをたくさん持っている」など、次々と私が大好きで得意なことを言い当ててくれました

今日ご紹介する本『直感で生きる』には、直感をより正確に受け取り、直感に人生を導いてもらう方法がまとめられています。直感の受け取り方、磨き方に関するレクチャーや、実際に直感力を高めるためのエクササイズが、27のチャプターに分かれて用意されています。毎日ひとつずつ進めると、1ヶ月で一通り学習&実践できるようになっています。一度にまとめてやるよりも、毎日少しずつやるといいでしょう。

私も、直感を使うようになって、たくさんのシンクロニシティを引き寄せるようになりました。直感は、人生を導くナビゲーションシステムであり、使えば使うほど、その精度は高まります。ぜひ本書を読み、直感に従って生きてみてください。人生がどんどん面白くなるでしょう。

『直感で生きる 「直感日記」で、これからの毎日が変わる』
リン・A・ロビンソン(著)、住友 進(訳)
出版:講談社

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