今もチラつく安倍氏の“亡霊”。こじれた諫早湾干拓裁判で最も責任が問われる輩

長らく争われていた諫早湾干拓事業をめぐる訴訟で、「開門無効」を勝ち取った現政権。この判決を識者はどう見るのでしょうか。毎日新聞で政治部副部長などを務めた経験を持つジャーナリストの尾中 香尚里さんは今回、全責任を問われるべきは安倍政権以降の自民政権として、その理由を解説。さらに判決確定後に現役大臣が口にした、国民に泣き寝入りを強いるかのような言葉を強く批判しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

安倍政権以降の自民に全責任。民主主義の根幹揺るがす諫早湾干拓判決

開門するのか、しないのか。国営諫早湾干拓事業をめぐり約20年にわたって続いてきた法廷闘争が今月、事実上決着した。「開門」「非開門」でねじれていた司法判断が、最高裁第3小法廷の決定によって「非開門」に統一されたのだ。「政治が地域を翻弄した」「分断修復に国は責任を持て」。報道ではこのような「一億総ざんげ」的な、安直なまとめの言葉があふれている。

これらのまとめが間違いだとまでは言わない。だが、こういう「みんな悪かったよね」的なまとめは、本来の責任の所在をあいまいにしかねない。一言で「国の責任」「政治の責任」と言ったところで、そこで言う「国」や「政治」とは何なのか、責任を問われるべきは何なのか、そういうことが不明確になってしまうからだ。

だから明確にしておきたい。この問題で最も責任が問われるべきなのは「安倍政権以降の自民党政権が開門に応じなかったこと」の1点だ。

今回の問題は、三権分立が確立しているはずのこの国で、時の行政が司法の確定判決に従わなかったばかりか、その判決の「無効化」を図ったという話だ。そして、結果として最初の確定判決を覆し、政権にとって都合のいい行政を実現させたわけだ。

これは「諫早湾干拓訴訟」という特定の政策課題として語ればすむ問題ではない。安倍政権以降3代にわたる自民党政権の強権的な政治手法は、こんなところにも表れている、という話なのである。

有明海の漁業者が開門を求めて起こした訴訟で、佐賀地裁が国に開門を求める判決を出したのは、自民党の福田政権当時の2008年6月。国は控訴したが、福岡高裁も2010年12月にこの判断を支持した。

ところが、この福岡高裁判決の段階で、政権は自民党から民主党の菅直人政権に移っていた。民主党は野党時代から諫早湾干拓事業を「走り出したら止まらない公共事業」の象徴として批判しており、菅氏は政治判断で上告断念を表明。開門を求める判決は、ここで「確定した」。

諫早湾干拓をめぐる問題の混迷について、菅氏の上告断念に責任を求める向きが、たまにある。「最高裁の判断を仰がなかったのはけしからん」というわけだ。

これはおかしい。司法判断をどの段階で受け入れるかについて、この時の手続きに瑕疵はない。自民党政権も、ハンセン病患者の隔離政策をめぐる訴訟で、当時の小泉純一郎首相や安倍晋三首相が地裁判決を受け入れて控訴を断念し、判決を確定させたことがあった。自民党政権の好きな言葉を使うなら「そのご批判はあたらない」だろう。

韓国人の何割が「半島有事に日本が助けに来る」と思っているのか?

尹錫悦大統領の就任依頼、雪解けムードが高まる日韓両国。しかし韓国市民の間に根付いてしまった日本への不信感は、容易に払拭できるものではないという見方もあるようです。今回の無料メルマガ『キムチパワー』では韓国在住歴30年を超える日本人著者が、先日韓国で実施された「安保意識調査」の結果を紹介。その上で、公表された「数字」に対する自身の率直な感想を綴っています。

韓半島危機状況で日本が韓国を助けるか

韓国の国防大学での「2022年汎国民安保意識調査」の結果が国民日報に出ていた。最近の韓国人の意識が現れている。ご紹介したい。

国防・安保の専門家の場合はその62%が「韓半島危機状況で日本が韓国を助ける」と答えた。一方、一般国民対象の調査では韓国を助けると答えたのは半分にも満たない29%にとどまった。尹錫悦政府発足後、韓日関係改善に意欲的だが、日本との協力の必要性を強調する専門家グループの判断と日本にまだまだ不信感をもっている(人が多い)一般国民感情との乖離がかなり大きいようだ。

このような内容は韓国日報が14日、国民の力のカン・デシク議員室を通じて入手した国防大学の「2022年汎国民安保意識調査」に盛り込まれた。調査は国民1,200人(17歳以上75歳未満)と国防・安保専門家100人を対象に、昨年9月15日から10月7日まで行われた。専門家アンケートのほうは、国防・安保分野で政府政策を立案したりそのような力量を備えた教授と博士級研究員を対象に行なった。

韓半島の危機状況の時、日本がどのような立場を取ると予想しているのか尋ねたものを見てみよう。一般国民は中立56.6%、韓国に友好的28.8%、北朝鮮に友好的14.7%の順だった。

一方、専門家の場合、韓国に友好的62.0%、中立37.0%、北朝鮮に友好的1.0%の順だった。韓国軍事問題研究院の金烈洙(キム・ヨルス)安保戦略室長は、「心情面から判断すると、『日本が果たして危機の瞬間に我々韓国を支援してくれるのか』という懐疑的な考えがある」とし、「ただ、専門家たちは韓半島をめぐる情勢の厳しさなどにもう少し焦点を合わせて答えているため、国民と意見が分かれたようだ」と話した。

続いて「韓日間の軍事協力を強化しなければならないと思うか」という質問には、一般国民は58.7%が「そうだ」と答えた。昨年の調査に比べて10.4%ポイント増えた。北朝鮮の挑発脅威が大きくなっているだけに、安保領域で日本と歩調を合わせなければならないという現実的な必要性に世論の過半数が納得しているわけだ。同じアンケートに専門家の回答は69.0%と集計された。

「算数・数学の自由研究」の見事な想像力。それとは真逆な日本の大人たち

塩野直道記念「算数・数学の自由研究」というコンクールをご存知でしょうか。数学的な見方・考え方を活用して自主的に問題解決を目指し研究した作品を表彰するものです。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合さんが、このコンクールの第10回2022年度の受賞作の中から、2作品を紹介。「自分の頭で考え尽くす」子供たちの作品に触れ、マスクの着脱だけを見ても「自分の頭で考える」ことを忘れてしまった大人たちがあまりに多いことに頭を抱えています。

大人たちは「自分の頭で考える」ことを忘れている。常識が「想像力」を奪う

今回は「未来の光」についてお話しします。先日、塩野直道記念第10回「算数・数学の自由研究」の受賞作品が発表されました。このコンクルールは、私が長年編集委員を務めさせていただいた中学生理科の教科書の版元である、啓林館が設立した(財)理数教育研究所が主催しています。

コンクールは、子供の「なぜ?」「不思議だな」という現象を数学で説明する力を養うのが目的です。コンクールの名称になっている塩野直道先生は、旧文部省で国定の小学校算術教科書の編集にあたった算術教育者です。

塩野先生は、「児童の数理思想を開発し、日常生活を数理的に正しく指導すること」を算術教育の目的としました。暗算の重要性を訴え、暗算には日常生活における実用的価値と数概念に基づいた計算を、意識的に使うことにより数学的思考を絶えず働かすという理論的価値があるとした人物でもあります。

暗算教育は筆算教育へと変わっていきましたが、現在も数学の学習では、言葉や数、式、図、表、グラフなどを使って数理的に考え、根拠を明らかにして筋道を立てて説明する力を身につけることを大切にする方針は変わっていません。

根拠を明らかにし、筋道を立てて説明する──。なかなか重い言葉です。なにせ大人たちは「自分の頭で考える」ことを忘れているのです。

  • 「マスクをはずさない」ではなく、なぜ、「マスクをはずせない」のか?
  • 国会では明らかに「それはおかしいでしょ?」と思える答弁がくりかえされているのに、なぜ、国民の関心は低いのか?

なんてことを、子供たちが自分の頭で考えて、考えて、考えて、根拠を示し、筋道をたてて説明した「作品」をみて思った次第です。

というわけで、前置きが長くなりましたが、心躍る子供の作品の一部を紹介します。ぜひとも「自分の頭で考える楽しさ」を思い出してください。

この記事の著者・河合薫さんのメルマガ

なぜ「手作りの湯たんぽ」に注文が殺到し、ここまで話題になったのか?

足が冷えて眠れない…これは多くの冷え性の方が経験していることではないでしょうか。そんな時、とても役に立つものとして想像するのは「湯たんぽ」ではないかと思います。今回は、MBAホルダーで無料メルマガ『MBAが教える企業分析』の著者である青山烈士さんが「 世界初の湯たんぽ」を作り上げ、芸能人などにも人気となっている企業を紹介しています。

冷え性の方をターゲットにした、世界初の「湯たんぽ」を分析する

今号は、世界初の「湯たんぽ」を分析します。

● ヘルメット潜水株式会社が展開している「クロッツ やわらか湯たんぽ

冷え性の方をターゲットに 「手間をかけた独自の製造技術」に支えられた「温泉のような温もり」「体の芯からポカポカになる」等の強みで差別化しています。

世界初であることや芸能人が利用していることが話題となり注目を集めた結果、注文が殺到し、製造・出荷が間に合わない状況になっています。

■分析のポイント

「湯たんぽ」と言えば、容器にお湯を入れて、布団の中を温めるものという認識の方が多いと思います。

そう、あくまでも「容器」という位置づけです。

当たり前のことですが、容器は、文字通り「器(うつわ)」です。

器は、硬いものを想像しますよね。ふにゃふにゃした柔らかさでは器としての機能を果たせませんからね。

ちなみに、「湯たんぽ」は、室町時代には日本で使われていたようですが、当時から硬いものでした。

しかし、今回、取り上げた「クロッツ やわらか湯たんぽ」は、その限りではありません。

つまり、器でありながら、柔らかいのです。

この柔らかさが、今回のポイントになります。

当たり前ですが、基本的に器は、何かを入れるものであり、それ以外の用途は想定されていません。それは、器は硬いものであるという前提があるからです。

しかし、「クロッツ やわらか湯たんぽ」のように器を柔らかくすれば、履いたり、首に巻いたり、座ったりできるものになるのです。

器というよりは、袋の方が言葉のイメージに近いように思います。

私がふと思ったのは、「氷のう(アイスバッグ)」の温かいバージョンです。

「氷のう」はスポーツ選手がアイシングに使うものですが、肩や肘、膝、足首など、冷やしたい箇所を局所的に冷やすことに有効です。

想像していただければ、わかると思いますが、「氷のう」の素材が硬かったら、うまく冷やすことはできないでしょう。

「クロッツ やわらか湯たんぽ」も同じで、柔らかいからこそ、用途が広がり、用途に合わせて様々な形状になっていった印象です。

「湯たんぽ」の前提を覆し、「湯たんぽ」の新たな可能性を広げたことは称賛されて良いことだと、個人的に思います。

今後、「クロッツ やわらか湯たんぽ」がどのように拡がっていくのか注目していきます。

 

なぜ「お金儲けの神様」邱永漢は貯めるだけでなく“使ってしまう”のか?

お金はないよりもあったほうがもちろんよいものですが、では「お金儲け」は具体的にどうすれば良いのでしょうか? 今回の無料メルマガ『1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』』で本のソムリエさんが紹介するのは、「お金儲けの神様」と呼ばれた邱永漢さんの面白い書籍を紹介しています。

【一日一冊】お金の原則

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お金の原則

邱永漢 著/光文社

お金儲けの神様と呼ばれていた邱永漢さんの本はすべて読むことにしているので手にした一冊です。「小金持ち」という言葉を最初に使ったのは邱永漢さんなんですよ。

まず、「どうしたらお金が貯まりますか」と聞かれたら、邱さんは「お金を使わなければお金は貯まりますよ」と答えることにしているという。

お金は収入が多いから貯まるのではなく、入ってきたよりも少なく使うから貯まるわけです。ですから邱さんのお勧めは給料天引きで貯金することです。

もちろん一生懸命働いて、自分を成長させることも大切です。朝早く起きて、仕事に打ち込めば、自分の能力を高めることができるし、給料も増えていくからです。

意思の弱い人は、給料天引き貯金にするに限る(p89)

この本はサラリーマンを意識して書かれてあるようで、まず500万円くらいでもお金を貯めたら、投資も考えてみようと勧めています。

また、サラリーマンならお金だけでなく仕事の経験や人間関係も財産なのです。いつでも助けてもらえるような人脈があるとないとでは大違いなのです。

サラリーマンをやり続けるのも一つの道ですし、途中で独立するのも一つの人生です。

そういう意味で邱さんは、20代は自分に投資する時代、30代はそれを活用する時代と定義しています。

若い時から、将来どうするのか、そのために何が必要なのか、その必要なもののために時間をどう使うのか考えて実行していくのです。

若者は、「金がない」とグチる前に時間の活用法を考えよ(p44)

最後に邱さんは、お金は使ってはじめて「お金」になると表現しています。つまり、いくらお金を貯めても使わなければただの紙屑なのです。

お金を貯めるのはとても大変なことなのですが、そうして苦労して貯めたお金を使うのも一苦労なのです。

お金持ちは根がケチですから、高い物は買いません。でも20年使えるコートなら20万円でも買うような人たちなのです。

邱さん、良い本をありがとうございました。

【私の評価】★★★★☆(85点)

<私の評価:人生変える度>
★★★★★(ひざまずいて読むべし)
★★★★☆(素晴らしい本です)
★★★☆☆(読むべき一冊です)
★★☆☆☆(余裕があればぜひ)
★☆☆☆☆(人によっては)
☆☆☆☆☆(こういう本は掲載しません)

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一般人の想像とはだいぶ違う。現役探偵の「聞き込み」その実情が凄すぎた

テレビや小説などでよく見る「聞き込み」調査。現実の世界で警察などから聞き込みを受けた経験のある方もいるかもしれませんが、探偵の場合はどのようなことをしているのでしょうか? 今回のメルマガ『探偵の視点』では、著者で現役探偵の後藤啓佑さんが、探偵の「聞き込み」について詳しく語っています。

一般人が思い描くのとは全く異なるレベル。現役探偵が明かす「聞き込み」の事実

“聞き込み”というワードを聞いたことがある人は多いでしょう。何をするのかは、なんとなく文字から予想できますよね。

定義としては、人物から欲しい情報を得る、ということです。これは探偵独自の技術ではなく、実に様々な職業の方々が意識せずに行っていることかと思います。

しかし、探偵が行う“聞き込み”は、一般の方とは全く異なるレベルのものなのです。

それでは、探偵の聞き込みとは一体どのようなものでしょうか?

まず、我々が聞き込みを行うシーンとしては、例として以下が挙げられます。

  • 婚前調査の風評調査
  • 企業の取引調査
  • 人探し調査

など、“尾行”や“張り込み”といった調査方法では入手しにくい部分の情報を得る為に行うことが多いです。

そして、一般の方の聞き込みと大きく異なるのは次の2点です。

  1. 聞き込み相手の事前調査を徹底的に行う
  2. 見た目だけではなく、自分の背景まで変装する

1は、聞き込み相手の興味のある分野や行動パターン、勤め先など、とにかく多くの情報を事前に調査しておきます。

もちろん、その際の調査方法は“尾行”や“張り込み”です。

2の“自分の背景まで変装する”のは、“何故今自分が聞き込み相手と話をしているのか”というストーリーを作り上げるからです。

「探偵です。この人物の情報を集めています」

と言って聞き込みするのと、

「先日結婚した妹夫婦がこのあたりに引っ越しを考えているのですが、このあたりは治安はどうですか?」

と聞くのでは、相手の印象も変わります。

その導入で聞き込みを行う場合に、妹夫婦のプロフィールや、何故兄の自分が気にしているのかなどの細部のストーリーを作りこんでおくのです。

聞き込み相手の警戒心をやわらげ、聞きたいこととは関係の無い話題から、情報を取得していきます。

この2点は、やはり一般の方が再現しようとすると非常に困難でしょう。

大手の探偵事務所では、この“聞き込み専門部隊”がいるほどに、修行が必要なことなのです。

そしてその聞き込みスペシャリストの中には、この技術を使って、特定の人物の借金情報や口座情報まで聞いてしまう方もいます。

非常に奥が深い“聞き込み”。探偵の技術の結晶です!

この記事の著者・後藤啓佑さんのメルマガ

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興味を持っている対象に「しっくりくる名前をつける」ことの難しさについて

名前をつけることでぼんやりとしていたものが明確になるということがあります。自分の考えや感覚、主張や要求を他者に伝えるにも適切な言葉選びは大切で、そうした名付けや言葉選びの難しさと日々向き合っているのが文筆業の人たちなのかもしれません。今回のメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』で、Evernote活用術等の著書を多く持つ文筆家の倉下忠憲さんは、自分が興味のある「知的生産の技術」について、もっと適切な言葉で言い換えられないか考えていく過程をありのままに綴っています。

知的生産のためではない知的生産の技術

あらためて考えたことがある。自分が興味を持っている対象にどんな名前が与えうるのか、という問題だ。一見すると自明なようで、その実ふよふよした感覚が漂う問題である。

たしかに私は「知的生産の技術」と呼ばれる分野に興味がある。かといって、自分は「知的生産」を志しているかといえば心もとない。少なくとも純粋に首を縦に振るのは難しい。だからそうした行為に言及するときについ、「知的生産的な行為」などと表現してしまう。「的」が多い言葉はあまりよくないとは思うのだが、そう表現せざるを得ない気持ちがそこにはあるのだ。

梅棹忠夫の『知的生産の技術』という書籍にはたしかに感銘を受けたし、影響も受けている。著者の主張は全面的に正しいとすら思う。にもかかわらず、自分は「知的生産」をやろうとしているのかというとやっぱり違う気がする。

そもそも梅棹忠夫に出会う以前から、メモをとり、ノートを書き、文章を表してきた。名前が欠落していても行われていた行為があったわけだ。梅棹の本を読んで、自分がやってきたことが「知的生産」と呼ぶことができるのだと納得したとしても、自分の目標がはじめからそこにあったとは言えない。こういう名付けと目標のズレをずっと感じていた。

■言い換え探し

一体自分は何をやっているのか。自分がやっていることを適切に呼ぶとしたら、それはどんな名前になるのか。

そんな益もない疑問を潜伏的に持ち続けていたのである。だからこそ、私は「知的生産」や「知的生産の技術」の言い換えを探していたのだろう。そうした言葉遣いにズレを感じていたからだ。しかし、そのズレの有り様を私はこれまで見誤っていた可能性がある。どういうことか。

これまでの私は、たとえばこんな問いを持っていた。「現代において知的生産の代わりになるような言葉は何か」。たしかに大切な問いではあろう。

ずっと昔に提起され、そこから少しずつ開発が進んでいった知的生産の技術は現代においても重要である。むしろ、現代においてこそ重要さが増しているとも言える。しかし「知的生産」という言葉の響きは、モダンとは言えない。そこで昔からの技術と現代を生きる人々をつなぐために新しい言葉を探す。こうした問い立てはいかにも有効なように思える。

しかし大きな問題が残る。結局のところ、その接続先の片方は「知的生産」であり続けるという問題だ。どのようにパラフレーズしたところで、言い換えられる前の「知的生産」は厳然として残る。つまりその言葉との付き合いは避けては通れない。

私がこうしたパラフレーズの探求に明け暮れて、しかしその答えにたどり着けなかったのは、この根本的な状況を直視していなかったからだろう。簡単にいえば、「私は知的生産をしているのか」という疑問だ。

この記事の著者・倉下忠憲さんのメルマガ

障がい者の法定雇用率UPに企業側は「不安」。双方が“不幸”に陥るケースも

現在の2.3%から、2026年度中に2.7%に引き上げられる障がい者の法定雇用率。多様性が求められる社会にとって有効な施策であるとの声も多い中、雇用する側/される側が不幸に陥る可能性もあると、メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』著者の引地達也さんは警鐘を鳴らします。

“手帳を持つ人を採用する”の認識でしかない?

3月は日本の年度末として普段とは違う風景が毎年繰り返されている。

年度内に終わらせなければいけない業務、決算に関連する細かな仕事等。

私もこの5年、文部科学省の委託研究の「成果報告書」に向けて、1年の活動の内容やその分析と評価、今後の展望を一気に整理し、それを文字化して整理する仕事に追われる。この時期は現実から逃避して、旅行にでも行きたくなってしまう。

そんな日々の中で、社会全体の不安要素であるのが障がい者雇用における年度末対応がある。

これは法定雇用率で出された人数に関して年度内に雇用することで、支払うべき障害者雇用調整金を少しでも減らそうという駆け込みの対応であり、タイミングが合えば雇用される障がい者には良い機会かもしれないが、場合によっては拙速な採用に雇用される側もする側も不幸になってしまうこともある。

3月はじめ、私の携帯電話にある企業の障がい者雇用担当者から連絡がきたのは、面談と実習に同行した利用者の「内定」の申し渡しだった。

2月の採用面談を終えて「1週間連絡がなかったら不採用です」と言われていたから、1週間を過ぎて、利用者は落ち込み、絶望的な気持ちになって自暴自棄な言動をひとしきりした後の内定通知だった。

嬉しいことに変わりはないが、当事者の気持ちにもなってみてほしい。

企業側のこの対応もやはり、障がい理解からは遠い印象がある。

当事者に期日を示したら、その通りにはまずは対応するのが基本であるが、この企業では面談の際に示した障がい者手帳への反応も心もとなく、手帳を持つ人を採用する、との認識でしかないのかもしれない。

私から手帳の「意味」を説明させていただいたが、それにもあまり関心を示さなかった。

障がい者雇用では、「障がい者」であることが条件であるから、それを証明する障がい者手帳の保持が必要だ。

面接で手帳を見せてください、と言われ対象者が手帳を示すと、その手帳の中身を見るが、その意味を介さない人は少なくない。

この記事の著者・引地達也さんのメルマガ

【MB×高城剛 特別対談】なぜ僕らは地球上の3000人だけに本物の服を売るのか?ブランド神話の崩壊とコンテクスト消費の魔力

フューチャリスト、作家、広告プロデューサー、DJ、写真家、映画監督とマルチに活躍し続け、メルマガ高城未来研究所』の著者である高城剛さんと、関連書籍は200万部を突破し名実ともに日本一のファッションブロガーで、まぐまぐの個人配信読者数1位のメルマガ著者のMBさんが対談した。世界中のファッションブランドが崩壊の危機に立たされている今、この二人が発売する商品は、メルマガ会員読者を中心に、即日完売の状況が続いている。ブランドもメディアも個人が中心となる未来の物販の形が、二人の話から明らかとなってきた。

人気アパレルブランドに落胆して“転身”したMB

高城剛(以下、高城):今年は、いろんなジャンルで活躍しておられる方と対談できればと思っていまして、ファッションをテーマにお話を伺うならMBさんが適任だとご推薦いただき、本日はご足労いただきました。

MB :お声をかけていただいたときは、嬉しさもさることながら、正直、すごく驚きました。こうして目の前にしているからではなく、編集の方から「対談したい人はいますか?」と、聞かれるたびに、最初に高城さんが頭に浮かぶんです。でも、僕は普通にずっと前から高城さんのメルマガを拝読していて、あまりに知識が膨大で深いので、僕は恐れ多くて「会いたいけど、絶対に会えない人」と、自分の中で思っていたんですよ。

高城:今回は僕の方こそ、MBさんに現在、そして未来のファッションおよび業界動向について教えてもらいたいと思っています。その前に、MBさんがどのような方か、そのあたりからお話しをお伺いしたいと思うのですが、ご出身はどちらでしょうか?

MB:新潟です。地元の大学に通っていて、アルバイトとしてセレクトショップで販売員を始めたのが、ファッションの入り口でした。

高城:リテールの店舗に立つことから始めて、フロントエンドからスタートなさったんですね。その時、すでにカリスマ店員として注目されていたのでしょうか。

MB:いいえ全然。それほどではないですが…。

高城:では、もう少し控えめにローカルなカリスマ店員でいらっしゃいましたか。

MB:はい。それが近いかもしれません。

高城:北信越には首都圏とは違った個性を持つ面白いお店も多いですからね。

MB:そうですね。全国に50店舗ほど展開する会社で、次第にバイヤーをやり始めるようになりました。

高城:それなりに大きな規模の会社だったんですね。

MB:はい。そこでバイイング等をやらせてもらっていたとき、ふと思いつきでEC事業を自分で立ち上げようと思ったんです。

高城:何年くらい前、つまりスマホ前、後どちらになりますか?

MB:ZOZOがやっと出てきたかなぐらいのときでしたから、スマホ前ですね。それが結構当たって、売上をだいぶ作れたんですが給料は全然上がらない。その仕組みに疑問を感じて、外に出たほうがいいかなと思うようになりました。

高城:会社を辞めたということですか?

MB:はい。辞めるにあたって、なにをすればいいかを考えました。ちょうどそのころ、自分が好きなブランドがどんどん勢いを失っていくのを感じていて…。

高城:どんなブランドを見て、そう感じたのでしょうか?

MB:僕が感じたのは、アンダーカバーや、コム・デ・ギャルソンなどに代表されるデザイナーズブランドですね。ZARAとかが入ってきて、ガクッとどのデザイナーズブランドも売り上げが落ちてしまったんです。「いいものを作っているのに…。もうちょっと違う伝え方があるんじゃないか」と思いました。自分でどこまでできるかわからないけど、伝え方をもう少し工夫すれば、ファッションに興味がない人たちの関心を惹くことができるかもしれない。ファッションのすそ野を広げるために、自分でできることをやろうと思い、まずブログから始めたんです。
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高城:当初から志をお持ちだったんですね。ただ、ブログでは直接、収入にはつながりにくいですし、まだその時は会社に在籍中ですよね。アフィリエイトとかもやってらっしゃいましたか?

MB:はい、ごく最初はアフィリエイトもやっていました。ただ、無名の人間がブログを始めたところで、アクセス数はたかが知れています。数字を見たらやる気がなくなるだろうと思って、半年は見ないようにしていまいた。半年たってから初めてアナリティクスを開いたら…月間で40万PVぐらい取れていました。そのときは19記事しか書いてなかったので、意外でしたね。「これはもしかして商売になる」と思い、アドセンスを急いで付け、アフィリエイトを付けて…みたいに対応しました。当時の会社の収入よりちょっと減るぐらいまでになったので、辞めても大丈夫だろうと思い、発信することに専念する決断をしたんです。

高城:ブロガーとしてやっていこうと思ったのですか。

MB:最初にブログを始めた時は、アクセス数がこれくらいになったら次は有料メルマガをやって、ただ、その時はオンラインサロンって概念がなかったので、メルマガの会員数がこれくらいになったら、今度は個人コンサルのようなものをやろうとイメージしていました。ブログは1年ぐらいで100万PVぐらいになったので、有料メルマガをスタートしたんです。

高城:そうやって当初から計画を立て、お時間をかけながら、着実に拡張していったわけですね。そうしたビジネス観のようなものは、大学で学ばれたのですか?

MB:大学では経済学部でしたが、恥ずかしながら7年間も通っていて、大学ではなにも学んでいないに等しいです(苦笑)。ただ、ドラッカーはすごい好きで、ドラッカーのマネジメントを大学の時にずっと独自に学んでいたのが、今につながっているのかもしれません。

高城:ローカルのカリスマ店員とドラッカーのミーティングがここで起きたのは面白いですね。ちなみに、MBさんはご本名じゃないですよね?

MB :もちろんです。

新潟のブロガーからファッションカリスマに。MBの自分戦略

高城:なぜ、MBと名乗るようになったのですか。

MB:色々と理由はありますが、まず変な名前にしたいなと思ったんです。最初に出した書籍が象徴しているのですが、僕のファッションに対するアプローチは論理性です。論理的にファッションを語ることで、いかなる反論が来ても打ち返せるように隙無く、理屈を作ったんです。でも、そうすると可愛げがなくなって、受け取り方によっては感じが悪いかなと思ったんです。読んでくれる人がいじれるところを作っておきたくて、名前で遊ぶことにしたんです。

高城:なるほど、色々と理由があるわけですね。

MB:はい。カッコつけすぎると良くないかと思いつつ、カッコ悪過ぎてもブランディングが下がるかなと思ったんです。それで、人の名前っぽくなくて、「これなんだろう」って2ちゃんねるとかでいじってもらえそうな、それでいて、一般にも受け入れられる単語はないかと考えました。

 MBって、つまりメガバイト。自分のやってることは人にたくさん認知してもらうことだけど、物販もしておらず、PV以外にどれだけ浸透したか基準が欲しいなと思いました。それで、一般単語を名前にすれば、検索エンジンでメガバイトを超えて僕の名前が来たなら、それは一定量、社会に僕の名前が浸透しているってことの証左になると考えました。ところが意外と簡単にメガバイトを抜けちゃったので、目論見は外れたんですが(笑)。

高城:MBと名乗り、ブログで100万PVを稼ぐようになったころは、まだ新潟でしたか?

MB:はい。まぐまぐの方から「事務所で話しませんか」と連絡がきたとき、田舎者だからちょっと緊張しましたよ(笑)。

高城:まぐまぐの編集者はもちろん、読者さんもMBさんが新潟在住とは知らなかったんですね。

MB:はい、全く。誰にも言っていませんでしたし、言う必要もなかったですから。

高城:ブログやメルマガを通じて、一種の社会ファッション啓蒙活動みたいなことをしておられて、それがたくさんの人に響いたということですよね。その姿勢は今も基本的に変わらないと思うのですが、現在の肩書は?

MB:肩書き…。いつも迷うんですよ。聞かれるたびに困っています。

高城:ファッションプロデューサーとかインフルエンサーとか色々言われると思いますが、ご自分ではどう名乗ることが多いですか?

MB:説明するのが面倒なので、ファッションプロデューサーと言うことが多いですが、なんかいつまでたってもしっくりこないです。

高城:肩書は、MB by MBでいいんじゃないでしょうか。メルマガの後には、YouTubeでしょうか? ほかのSNSとはどう関わっていらっしゃいますか。

MB:もともとメルマガと書籍が長いので、実はSNSにはあまり強くなくて。他にはファッション関係の漫画原作などもやらせていただきました。それをずっと生業にしていたんですが、今から3年前ぐらいにYouTubeを始めました。

高城:なにかきっかけはあったんですか?

MB:それまでYouTubeが嫌いだったんですよ。なんというか…素人っぽい人たちがわちゃわちゃやっている感じがちょっとダサく見えていて。でも、あるとき、母親が好きなユーチューバーの話とかを僕にしてきて。

高城:お母様が?

MB:もう60過ぎなので、びっくりしましたね。「世界についていけていない、かっこ悪いのはたぶん僕の方だ」と考えを改めました。それで、にわか作りの動画をアップしたら、そこそこの再生回数が稼げたんです。僕はだいたいどれもそうなんですが、やるならば毎日更新してやり続けます。そうすることで、分かっていくみたいなプロセスが好きなので。どれが当たるのか、はずれるのかを一年間、自分で編集して自分で撮影して…を繰り返しながら学びました。YouTubeを始めてから、またちょっと認知してくれる人が増えた感じがしますね。

高城: YouTubeを見ていると、お話が面白いなと感じますから、やはり店舗で磨かれた会話術があるのでしょうね。お店で、ずいぶんとたたき込まれたんでしょう。

MB:そう思います。当時は大変だったんですけど、その経験があってよかったです。

高城剛が始めた個人ブランド

MB:僕も高城さんのメルマガの読者なのですが、高城さんもご自身のブランドを作ってメルマガ内で販売されていますよね。

高城:数年前から、僕も自分でカバンや洋服を作るようになりました。もともと1シーズン、コムデギャルソンだけで100万円以上買う消費社会の申し子でしたが、ある時、すべてのモノを整理して身軽になって高等遊民のように生き始めました。そこで世界中を周って、いろんなツールをもっと小さくしたいと感じていました。その方が、移動が楽になり、体験できることが増えるからなんです。

 ところが、そんなライフスタイルのためのカバン1つとっても自分に合うものがない。服もしかり。また、僕の友人はかなり変わり者が多くて、高級レストランに行くのも、短パンとサンダルで来ちゃったりする(笑)。僕を含め、そうした人たちのために、ひとりひとり計測するバックパックや、スーツを着ない人たちのためのスーツなどを作り始めました。そんなやむを得ない理由から、自分で服や鞄を作り始めたら、欲しいと言ってくれる人が出てきました。

 ただ、僕の場合は、お客さんもかなり限定しています。普通はいかに拡張させるかを考えますが、服に限らず本も映画も、大体2000~3000人に届けることだけを考えています。

MB:はい。

少数の人と共感できる世界で幸せな商売をする

高城:東京のストリート・ブランドでも、少し拡張しただけでダメになったのを、つぶさに見てきました。有名になったり大きくなると、言葉にできない何かが失われるんです。だから、作り手も使い手もお互いに暗黙の了解のようなものが大事で、その限界数を2000~3000人と決めています。裏路地にある看板のない店のように。

 一般的に日本の労働人口はおよそ7,000万人ぐらいいると言われていますが、そのうちイノベーターと呼ばれる人は多めに見ても3%。つまり210万人です。さらにそのうちの3%となると63,000人ぐらいで、これが一応、僕の中での最大顧客数だと考えています。自分の書籍を見ると、ダウンロードまでも含め、数年で5万人前後の方々にお読みいただいています。その最大63,000人からさらに3%の2,600人前後の方々だけに向けてモノを作り、売っています。

 イノベーターのなかのイノベーターのなかのイノベーター。この2,600人前後の方々は、僕同様、ファッションに限らず、新しい生き方を探そうとしている人たちで、だからといって機能性はもちろん、デザイン性も犠牲にしない。僕のファンであるのかもしれませんが、それ以上に、ご自身や家族、ご自身の仕事や環境が、よりベターになることを願ってやまない人たちです。僕はその2,600人前後の方々とご家族、そして続く6万人の方々だけに、あらゆる発言をし、モノを作ってるんです。

 嬉しいことに、その2,600人前後の方々は、毎月のように僕が作った商品に1万円程度お使いになっていただけるか、年に一回10万円程度の商品をお買い求めいただけます。そうすると、年間売上が3億円 を超すんです、店舗もなければPRすることもせず、社員ひとりもいないブランドが。だから、もう売り上げが2億後半になったら止めないとだめだと考えます。とにかく、どう売り過ぎないかを考えますね。そういえば、もう4ヶ月近く何もリリースしてないことを、いま思い出しました(笑)。

MB:すごくよくわかります、その話。もう完全に勝手にシンパシーを抱いています。僕がやっていることも基本的に同じなんですよ。僕も、最近はやっと解放したんですが、それまではクローズでずっと、そのメルマガを読んでいる人じゃないと買えない仕組みにしていました。それによって自分のストレスも軽減できるんですよ。ちゃんと理念や思想を共有した後に買ってもらえるから、着こなし方とかを別にあえて言わなくても実践してもらえる。買う側にとっても外れが無いんです。

 誰かれかまわず販売すると、そうはいかない。僕の思想を知っていて、「こういう着こなし方がいいですよ。これを使うといいですよ」というのが分かっている人たちに向けた販売だから、互いの安心感が違うんです。

高城:基本的にブランドビジネスは、8割から9割はリピーターが買っていて、そのブランドが分かっている人たちだから、自分が持っているアイテムとどう組み合わせればいいかも分かるんですよ。つまり、大方はファッション・リテラシーがある人たちがお店に来るわけです。

 ところが、ファッションとは何かというところから教えなきゃならない人たちも店には来るので、理解ある人達とギャップが出てしまう。すると先頭の人たちにとっては面白みが無くなってしまいますよね。僕もそんな経験が山のようにあります。ですから、ファッションの面白さを伝えられる人たちに向けて、MBさんは、どんどん秘伝のタレみたいに成熟した方に向けてものづくりをすると、より面白い物が出来ていくでしょうし、MBさんとしても心地よい関係が築けているんだろうと思いますね。

 僕の場合はファッションだけじゃなく、本だったり、映画だったり、旅行先だったり、最近はコーヒーだったり、モバイルハウスだったり、健康管理だったりと、横にずっとスライドさせてきました。正体もわからないように。でも、読者が求める生活を豊かにするあらゆるものをやっています。少し文脈は異なりますが、アルマーニもブルガリもヴェルサーチも、服だけにとどまらず、レストランやホテルをやっていますよね。同じ顧客に対して横に広がって、水平展開する一種のユートピア思想なんです。ファッションなどのツールを通じて、皆でより良い世界観を楽しむために。

物だけを売る時代からコンテクストを売る時代へ

MB:なるほど。僕は店舗での販売が長かったこともあって、ECサイトはある意味で…極端な言い方をすれば、嘘つきだなとずっと思っていたんです。店舗での販売は「この人はこの間来てあれを買ってくれたから、今日はこれをお勧めしよう」とか「この人はこういう好みだから…」とかっていう、教育だったりを踏まえて初めてセールスが成立していたし、そこでコーディネートも成立して、その人の満足度が高くなります。でも、ECは売りっぱなしですよね。誰がどういうリテラシーを持っているか、誰がどういう段階を踏んでいるかも分からないのに、一律に販売する。売ったきりっていうのは、これは嘘だなと思ったんです。

高城:店舗のご経験ならではですね。だから僕は「外へ動くこと」を前提に商品開発しています。それを着たり持ったりして、どこにどのような気持ちで何をしに行くのか? そうすると、面白いことに偶然にも僕自身がお目にかかる機会も増え、たまにイベントなどを開催することもあって、みなさんのお顔もそれなりにわかるようになってきます。

MB:そうですよね。顔がわかると作りやすくなります。イベントにみんな来てくれるので、「この人たちがいま困っていること」を形にしていけばいい。だから、すごくやりやすいし、みんなも困らなくなる。

高城:インターネットの普及以降は Googleという検索メディアの時代があって、ソーシャルメディアになってリテールメディアという順に、ウェブは進化してきました。広告も同じように移行し、いまはリテールメディアに広告を出稿する時代です。このリテールの次に来ているのが、自らがリテールメディアになる動きで、その次が自らがリテールメディアになる個人です。MBさんが「こういう風に着てくれ」とか、「こう着こなすといい」というのは、個人がお届けする情報です。つまりコンテンツじゃなくて、ある特定の個人が包み込んだコンテクストがついた物を、人は買っていると思うんですよ。これが、新しいスタイリングなんでしょうね。

MB:仰る通りですね。僕もコンテクストだと思います。
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高城:いまやアパレルに限りませんが、その商品がどう作られているかという背景、つまりコンテクストが重要になっていますよね。ミレニアル世代以降は生まれながらにしてモノと情報に溢れているので、モノを選ぶ真贋力が高いのが特徴です。先進国のZ世代はその傾向がさらに顕著で、ブランドより環境に配慮しているかどうかを見極めます。

 一方、業界あるあるですが、ファッション評論家がエシカルだとかサステナブルと言っても、そのファッション評論家が環境に配慮しているなんてとても考えられないライフスタイルが垣間見えるわけです。「じゃあ、あなたはエシカルなの?」とその嘘を見抜くんです、ミレニアルズ以降の世代は。だからいわゆるメガブランドは、まだ先進国ではなく文化的知見も遅れている中国にフォーカスし、シフトしているわけです。いまは、20年遅れて届いたストリートカルチャーの蒐集に必死です。それ以前の狩り場は日本でしたし、僕もその一端でLVMHなどのメガブランドの仕事もしていました。それこそ20年前の話ですが。

 きっかけは、15年前に起きたリーマン・ショックです。先進国の賢い人は気がつき、米国に懇願され、助けるためにバブルを作った中国人は、見事に罠にかかって古くなったファッション・アイデアを高額な値段で買わされ続けています。

どこで作った服なのか?「ファーム to クローゼット」を追求

高城:そういえば、10日前までニュージーランドにいまして、メリノ種の羊を見てきました。そこでの発見は、羊の育て方も大事ですが、シェイパーが重要ということ。どうやって痛みがなく、きちんと刈っていくかが大事で、髭を剃るシェービングだと思ったら、形を整えるのでシェーピングというそうです。僕も現地で優秀なシェイパーを見つけてきました。

MB:刈る人によってウールの質が変わるんですか。

高城:そうなんです。実際に触ったりして、違いを実感しました。僕も「やってみろよ」と言われましたが、そう簡単にできるものではありません。

MB:高城さんは現地に足を運んだり、実践することに労力を惜しみませんよね。

高城:先ほどお話ししましたように、僕は「外へ動くこと」を前提にしています。食の分野ではリーマンショック以降、「ファーム to テーブル」という動きが生まれました。日本では、東日本大震災から顕著になりました。簡単にいえば、生産者からテーブルに届くまで、全てのトレーサビリティがはっきりしている食事です。僕がやっているのはいわば、「ファーム to クローゼット」なんです。今回はたまたまメリノウールですが、トレーサビリティがはっきりしていることが大事だと考えているので、一貫して自分で見てきたものだけを販売します。

 かつてSNSのない時代には、ブランドネームや雑誌に引っ張られていて、他の人が持っていない単なる限定品のモノを持っているかどうかが一種のアイデンティティでした。でも今は何を考えているかを誰もが発信できる。自分のアイデンティティを服やモノではなく、世に問える時代に変わったわけです。それにともない、メガブランドを先進国の人たちが買わなくなり、ターゲットは中国と東南アジアの人たちになりました。その上、近年は限定品に驚くほどの高値がつき、いわゆるバブル状態ですが、僕は「あらゆるバブルは金融緩和の影響で、そろそろ曲がり角」だとお伝えしています。米中関係も変わりましたしね。

MB:なるほど。僕もそう感じますね。

取材/文:橘川有子

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……と、ますます面白くなってきた対談は、これから以下のような項目が続きますが、無料で読めるのはここまで。

【ファッションバブルの終焉とコミュニティ販売の勃興】
【ファッションが健康に及ぼす影響】
【ブランドはもはや単なる焼印】
【次に来るのは個人が運営するリテールメディア】
【オフラインこそ価値が出る時代へ】

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高城剛(たかしろ・つよし)
Louis Vuitton、SONYなど100本を超えるCMやミュージックビデオ、連ドラなどの監督およびプロデュースを務める。東映アニメーション社外取締役や総務省情報通信審議会専門委員など歴任後、2008年より拠点を欧州へ移す。著書は『不老超寿』『2035年の世界』『いままで起きたこと、これから起きること。』など、累計100万部を超える。著書の販売やカスタマーレビューにおいて最も成功をおさめたKindleダイレクト・パブリッシングの著者に対して授与するAmazon KDPアワードを受賞。2022年には自身が脚本/監督/撮影を務めた初の長編映画『ガヨとカルマンテスの日々』公開した。 

MB(エムビー)

ファッションプロデューサー/ファッションバイヤー/ファッションアドバイザー/ファッションブロガー/作家。ユニクロをはじめとするファストファッションを対象にした論理的な「お金を使わない着こなし法」が注目を集め、書籍、ブログ、メルマガ、YouTubeなど、さまざまな媒体で情報を発信。書籍『最速でおしゃれに見せる方法』や漫画『服を着るならこんなふうに』など、書籍の発行部数は累計200万部を突破し、有料メルマガは配信メディア「まぐまぐ!」にて個人配信者として1位をマークしている。