米IT大手による「情報操作」が当たり前の時代に一体何を頼ればいいのか?

真実もフェイクも混ぜこぜなのがインターネットという認識がかつてはあったはずですが、フェイクニュースが問題視され、犯罪にも絡むようになって状況は変わってきました。今回のメルマガ『施術家・吉田正幸の「ストレス・スルー術」』で、著者の吉田さんは、ガーシー容疑者のようにアカウントごと「BAN」されることがあり、そのような“操作”をするプラットフォーム側は権力との結びつきを強めていると警戒。ではマスメディアは正しいことを言っているのかと言えば怪しいことも少なくなく、トランプ前アメリカ大統領への評価などを例に、安易に信用できないと疑問の目を向けています。

情報操作時代 頼れるものは自身の感覚

メディアの常識に惑わされず、自らの頭の中で考えて、排除するもの、取り入れるものを取捨選択しなければならない時代となっています。

YouTubeは動画をいきなり問答無用で削除する。これを「BANされた!!」なんていいますね。最近ではガーシーのYouTubeです。というか、ガーシーはSNS全部がBANされてしまいました。

暴露系YouTubeや常に暴露している週刊誌などもここまではされません。まぁ、「脅し」という疑いがあるということなのでしょうか。いよいよジャニーズ問題や歌舞伎問題も浮上してきて日本国内で嬉しいニュースは大谷選手くらいですね。少し、狂ってきている感じがします。

ところで、YouTubeってGoogleの配下ということはご存じだと思います。Googleは長年にわたって軍事産業に関わることを避けてきましたが、AIとドローンについて、国防総省と契約を結んでいることを認めました。また、マイクロソフトは、ここ10年で国防総省と数百件の契約を結んでいるらしいのです。

最近では、選挙の時に一方の側の言論のみ規制をかけるなどあからさまな政治的偏向が目立ってきています。例えば、2020年のアメリカ大統領選です。一方的にTwitter社がトランプ大統領のTweetを凍結し、バイデン氏のTweetはそのままだったことで批判を浴びました。

SNSが世界的に浸透しています。日本人もほとんどの人が日常的にSNSを使っていますし、とても便利。ただ、一方でシリコンバレーの少数企業が年々非常に政治的な存在になってきているという事実も見逃せません。

現在でもロシア・ウクライナ問題は鎮火せず、中国、台湾、アメリカ、ヨーロッパ含め全世界でもいろいろな戦争が起こるのではないかと伝えられています。

ところで、トランプ元大統領とは実際に「悪人」なのでしょうか?皆さんのトランプ像はどうですか?2020年を通して、日米のテレビや新聞は繰り返し、敗北を認めないトランプ大統領を「民主主義を冒涜している」と批判してきました。

当時の日本人コメンテーターは、「今まで散々フェイクニュースを撒き散らし、嘘をついてきたトランプが、選挙結果を認めたくなくて、今度も世界を騙しているのだ」という台詞を残しています。しかし、本当にそうなのでしようか?

マスメディアを信用できずに今はYouTubeでも情報が取れます。しかし、真実に近い、危ない、きわどいニュース(あちら側にとって不利な情報)はBANされてしまうリスクもあります。

少し調べてみると…トランプ政権の時に北朝鮮は何発ミサイルを撃ったのでしよう?5発以下です。トランプ政権時には北朝鮮は非常に丁寧な外交をしていました。そして、トランプ政権が変わったとたんに突然ミサイルを撃ち始めました。昨年は80発以上…なぜでしょうか?

トランプ政権のときとバイデン政権のときとどういう風に北朝鮮が変わってきたか調べてみると答えが出てきます──(『施術家・吉田正幸の「ストレス・スルー術」』2023年7月1日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

この記事の著者・吉田正幸さんのメルマガ

 

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なぜ、大阪の一般市民までもが「高校完全無償化」に不安を抱くのか?

大阪府の吉村知事が実現を目指している高校授業料の完全無償化について、現在、多くの議論が交わされています。今回、メルマガ『宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話』の著者でジャーナリスト・作家として活躍中の宇田川敬介さんが、その新制度が打ち出された経緯を詳しく解説しながら、さまざまな立場の人たちの意見を紹介しています。

大阪府高校学費完全無償化の「不平等」

今回は「大阪府高校学費完全無償化の『不平等』」として日本維新の会に所属している大阪府の吉村知事が打ち出した「私学まで、所得制限なしの完全高校無償化」ということが、かえって不平等を生み出してしまう可能性があるということに関して、お話ししたいと思います。

大阪府の吉村知事が実現を目指す高校授業料の「完全無償化」。授業料が「タダ」になる幸せな制度に思えますが、今、実現に暗雲が立ち込めています。一体、何が起きているんでしょうか。

高校完全無償化の動き

そもそも高校の学費を無償化するというのは、2009年の麻生政権の時に民主党が、当時ねじれ国会で過半数を占めていた参議院に提出したものです。

当時の参議院では民主党のほうが多かったので、参議院では可決し、その後衆議院に送致されたのですが、その衆議院での審議の途中で、採決をしないまま当時の麻生太郎首相が解散したために、そのままになったのです。

当時を思い出していただいたらわかると思いますが、8月30日の選挙の結果、民主党が勝利し、自民党が敗北します。9月17日に民主党の鳩山由紀夫代表を首班とする内閣ができるのです。

このことによって、高校無償化法案は衆議院も通過し、2010年度から施行されることになったのです。

しかし、当然に高校を無償化するといっても簡単なものではなく、まずは私学に対して助成金的に一部を補填するのと公立高校に対して就学児童分の学費を補填するという形で、各家庭に対して出すものでもありませんでしたしまた、所得制限をつけることによって行ったのです。

それでも年間予算で3,900億円が必要であり、その財源として、民主党政権時に「1位じゃなきゃダメですか」で有名になった事業仕分けでその財源を確保しようとしていたのです。

一度無償化してしまった内容は、なかなか元に戻すことはできません。

結局、2014年に法案を改正しながらも、安倍政権時にも高校無償化をそのまま継続し、そのことによって財政が圧迫されていたのですが、無責任の野党の皆さんは「赤字国債反対」「消費税率を下げろ」(ちなみに消費税を10%にしたのは民主党の野田佳彦内閣です)などと自分たちの政策で肥大化した歳出の責任をまったくとらないどころか、他人事として批判しかしないということをしていたのです。

このようにして高校の無償化が一部で行われるようになっています。

これに対して本年、4月の統一地方選挙を機に、日本維新の会の吉村大阪知事は「所得制限などを撤廃した完全な高校無償化」を打ち出したのです。

しかし、これは「上限を年の学費60万円として、その上限を超えた分は学校が負担する」としてしまったので、私立学校側は「実質的に負担が増える」だけではなく「収入の権限を大阪府という地方自治体に握られてしまい、学校としての特徴や独自性を失いかねない事態になった」として反対することになったのです。

この記事の著者・宇田川敬介さんのメルマガ

山下達郎のラジオ声明で、皮肉にも浮き彫りになってしまった「楽曲」の素晴らしさ

ミュージシャンの山下達郎(70)にバッシングが集中している。ことの発端は、音楽プロデューサーの松尾潔氏(55)が音楽プロダクション「スマイルカンパニー(以下SC)」との契約を、不本意な形で解除されたと発表した1日投稿の以下のツイートだ。

このツイートが大拡散。山下といえばジャニーズ事務所所属タレントへの楽曲提供でも知られるため、「ジャニーズへの忖度では」とネット上は騒然となった。その後、松尾氏が自身の日刊ゲンダイ紙での連載「松尾潔のメロウな木曜日」で、ことの発端や弁護士を通じてのやりとりを掲載したことで、SNS上では山下とSCの対応に怒りの声が殺到し、大炎上状態となってしまった。

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注目の山下達郎ラジオ、批判するつもりが…

これを受けSCは、9日14時から放送の山下がパーソナリティを務めるFMラジオ番組『山下達郎のサンデー・ソングブック』内で「本人より大切なご報告がございます」と発表。当日は山下が約7分間にわたり自身の思うところを語った。

ところが、その「声明」の発表が番組中盤だったため、期せずして多くの人々が番組開始から30分ほどの間、山下の楽曲を聴くことになるという事態に。

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この日はRCA/Airレーベル時代の名盤『ムーングロウ』から「FUNKY FLUSHIN」「RAINY WALK」「愛を描いて」「TOUCH ME LIGHTLY」が、山下のコメントまでの間にオンエアされた。

このファンキーからメロウに流れる畳み掛けるような選曲に、怒り心頭であったはずの反山下派も思わず反応。そして従来のファンは改めて「達郎」の秀逸な楽曲に痺れた「ファンキーでメロウな日曜の午後」となってしまったのだ。これは松尾氏も、当の山下も予想外だったに違いない。

サブスクを解禁していない山下だけに、ここまで彼の楽曲を良い音で連続して聴ける機会は、彼のコアなファン以外であれば稀だろう。コメントが始まるまでの間、多くの「初めてのリスナー」に、RCA/Air時代の山下の曲はどう聞こえていたのだろうか。

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なぜ、これからの時代は野菜や魚を「ビル」で育てるのが当たり前になるのか?

連日35度以上の暑い日が続いていますが、かつてここまで暑い日は珍しく、こうした気候変動の激しい現代は、農業や漁業において生産物を安定供給することも難しくなっていきているのが現状です。そんな中、新しい試みを紹介しているのは、メルマガ『繁盛戦略企画塾・『心のマーケティング』講座』の著者、佐藤きよあきさん。今回、佐藤さんは野菜や魚の生産を「ビル」でおこなっている事例を紹介しています。「ビル育ちのサバ」が普通に食卓に並ぶ日も近いのかもしれません。

魚も野菜もビル育ち!? 次世代の産業に期待するもの

いま、食を取り巻く環境は大きく変化しています。

海産物を扱う現場では、異常気象による海水温の上昇、海流の変化などにより、魚種や漁獲量が安定しなくなっています。

農産物を扱う現場では、不安定な気候や自然災害などにより、価格が乱高下したりします。

また、このどちらの現場にも共通しているのが、人手不足や物流問題。

そして、世界情勢の不安定がもたらす、経費の増大。

このようなさまざまな問題を抱える分野では、商品を安定供給するための試みが始まっています。

こうした不安定要素に影響されない、魚の養殖や野菜の栽培です。

従来型の養殖や栽培では、外的要因に配慮する必要がありましたが、それを遮断できるよう、閉鎖的空間で行っています。

それは、「ビル」の活用です。

“自然”に影響されない場所なので、リスクを低減し、安定した供給を行うことができます。

現在のような、あらゆる面で不安定な社会では、今後ますます必要になる技術ではないでしょうか。

野菜のビル栽培は、先行して始まっていますが、生産面では成功しているものの、まだまだコスト面に課題があります。

しかし、これは規模の拡大により、解決するはずです。

そして、最近始まったのが、魚のビル養殖です。

サバ専門店を運営する会社が、雑居ビルの一角で始めています。

「完全閉鎖型陸上養殖」と呼び、人工種苗のサバの稚魚から完全養殖しているのです。

これにより、漁に左右されない安定供給はもとより、寄生虫アニサキスの心配がないサバを送り出すことができるのです。

つまり、生食ができるサバなのです。

まだ研究段階なので、自社のサバ専門店に一部を提供するに留まっていますが、近い将来に期待が掛かるところです。

他の魚介に関しても、海以外の場所で養殖されてはいます。

町はずれであったり、山の中だったり。

これらも街中のビルで行うようになれば、たくさんのメリットが生まれます。

まずは、輸送コスト。長距離配送せずに、近くで販売できます。

さらに、空きビルの活用。都会では空きビルが多くなっているため、安く借りることができます。

そして、人材が確保しやすくなります。普通の会社に勤める感覚で、農業・漁業に携わることができます。

また、ビル養殖・ビル栽培では、コンピュータで管理・運営できるため、肉体労働が少なく、高齢者や身障者でも働くことができます。

取り組みはまだ始まったばかりですが、期待値の大きな次世代産業ではないでしょうか。

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【中島聡×辻野晃一郎】日本の技術者を殺す「ノリと雰囲気」とは? Google日本元社長とWindows95の父が語るAI革命と2025年のゲームチェンジ

2022年11月30日、米OpenAI社がリリースを公表して以来、日本中で「AIブーム」を巻き起こしている「ChatGPT」。今年4月には同社のCEOサム・アルトマン氏が来日、岸田首相と電撃面会したというニュースが報じられ、日本中に衝撃を与えました。あれから3ヶ月、耳にしない日はない「ChatGPT」によって日本および世界の未来はどのように変わっていくのでしょうか。マイクロソフトでWindowsやインターネットエクスプローラーの開発を指揮した伝説のプログラマーでメルマガ「週刊 Life is beautiful」の著者・中島聡さんと、「メルマガ『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~」の著者・辻野晃一郎さんのお二人に、この「AI革命」によって日本企業は生き残れるのか、そして、これからの私たちの働き方と生活がどう変わるのかについて語っていただきました。 (この対談をYouTubeで見る

技術を軽視しエンジニアを冷遇する日本のAI革命は成功するのか?

叶内文子(以下:叶内):『まぐまぐ!』のメルマガクリエイター対談スペシャル、本日は、メルマガ「週刊 Life is beautiful」の著者・中島聡さんと、「メルマガ『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~」の著者・辻野晃一郎さんにご参加いただきました。

今、ChatGPTが引き起こしたAIブームで日本中が大騒ぎになっておりますが、お二方はAIの中心プレーヤーであるMicrosoftとGoogleを牽引してきたリーダーでもあります。そんな貴重な経験をされてきた二人に、このAI革命で日本企業は生き残ることができるのか?また、私たちの働き方や生活はどのように変わっていくのかについてもお聞きしていきたいと思います。中島さん、辻野さん、どうぞよろしくお願いいたします。

辻野・中島:よろしくお願いします。

叶内:早速ですが、お二方は、お知り合いだとか?

辻野:さっきもちょっとお話ししていたんですけど、一度だけお会いしたことがあります。

叶内:一度だけなんですか?

辻野:そうなんですよ。ただ、それももう結構、前なんです。ちょうど2011年の3.11の直前に、私は当時、六本木にオフィスを持っていたんだけど、そこに中島さんに来ていただいた。その後、近くのミッドタウンのイタリアンレストランでランチをしました。

中島:そうですね。たしかミッドタウンができてちょっと経ったくらいでしたね。

叶内:何がきっかけで会うことになったんですか?

中島:あまりよく覚えていないんですけど、多分、いろいろ勉強したくて、お話を伺いに行ったんだと思います。

辻野:対談前に、メールのやりとりを遡って見てきたんですけど、僕が2010年末に最初の著作を出したんです。それを中島さんが読んでくださったそうで、それでコンタクトをいただき、お目にかかったんだと思います。

中島:そうなんです。その時に、意気投合して話し合いました。ただ、結果的にはそれっきり交流が切れてしまって。本来だったら、その後も交流が続けばよかったんですけど。ですから、辻野さんに会うのは、今日が2回目なんですよね。

叶内:そうなんですね。それでは、今日は貴重な対談ですね。

辻野:久しぶりに中島さんにお目にかかれて、とても嬉しいです。

中島:お久しぶりです。お元気そうで良かったです。

辻野氏「ソニーを辞め、ハローワーク通いからGoogleへ」

叶内:それでは最初に、お二人のご経歴をご紹介ください。辻野さんは最初ソニーに入社されて、その後、長らくソニーにお勤めになり、それからGoogleに転職されていらっしゃいますが、その経緯を教えていただけますか?

辻野:話し始めると長くなりますよ(笑)。僕は、Googleに転職したんじゃないんです。馬鹿みたいな話に聞こえるかもしれないけど、ソニーを辞める時は、転職先も何も決めず、ただ辞めたんです。自分の生き方に対する美学というか、つまらないこだわりみたいなのがあって、世話になったソニーに対するけじめとして、転職先を決めてから辞めるのは潔くない気がしたので、ただ辞めたんですよ。辞めた翌日から全くの無職です(笑)。

辞めてしまったら何もやることがなくて、失業給付の手続きで、それこそハローワークに行ったりしていたんですよ。ソニーで働いていた時には、もちろんハローワークになんて行ったことがないし、世の中の失業者のことをまともに考えたことすらもなかった。それで、興味本位もあって、ハローワークへ行きました。最初は入口に入るのにちょっと勇気が必要だったんですけど、思い切って入ってみたら、職員の皆さんがすごく親切でした。失業給付をもらうために、しばらくハローワークに通っていたのですが、そこでいろいろ職探しをしてみても、なかなか自分がやれるような仕事……というか、やりたい仕事なんか見つからないもんだな、と思いました。

そうこうしているうちに、ちょうど会社法が改正された年でもあり、自分で今の会社とは別の個人事務所みたいな会社を作って仕事を再開しました。その後、すぐにGoogleからお声掛けがあったんですが、何回も断ったんですよ。僕がソニーを辞めたのは48歳の時だったんですけど「今さらこの歳でGoogleへ行ってもなー」とか、大きい企業から抜けたばかりで、自分で独立して生きようと、いろんなプランも考えていたので、何度も断ったんです。しかし、結構しつこくお誘いいただいて。

それで、Googleの米国本社から、グローバルの製品担当責任者の役員が来日するので「会うだけでも会ってみませんか」と誘われて、アダム・フリードっていう人だったんですけど、会ってみたらすごく意気投合して、彼と話をしているうちに、「Googleって、昔のソニーみたいな会社なのかな」と感じました。それで、Googleへの興味が一気に高まって、Googleの採用プロセスにチャレンジすることにして、翌年からGoogleに行くことになったんです。

中島:それって、2007年ぐらいですか?

辻野:2007年4月にGoogleに入りました。2006年3月にソニーを辞めて、1年後の2007年4月からGoogleに入ったっていう経緯なんですよね。

叶内:「日系から外資に行きたい」とか考えていたわけでなく、ソニーひとつで完結していた話なんですね。

辻野:古い話になるんですけど、僕が就活してた頃に、日本の産業史に残る「IBM産業スパイ事件」というのが起きたんですよ。IBMの大型計算機の機密情報を盗んだということで、IBMとFBIが組んでおとり捜査をやったんです。そこで、IBM互換機を開発していた日立とか三菱電機とか、日本のまじめな技術者が何人か逮捕されたのですが、それが大きく報道されて、日本人としてものすごく屈辱的な気がしました。だから、その時に、単純ですが、「外資にだけは絶対に行かない!」と誓いました。だけど、グローバルに活躍したかったので、ソニーを選びました。それが、皮肉なもんですよね、それから二十年後に、Googleで働くことになったわけですからね。

なぜ日本のソニーはAppleになれなかったのか?

中島:ソニーを辞めた時は、出井伸之さんの時代ですか?

辻野:出井さんたちが一斉に退陣した後ですね。ハワード・ストリンガーとか、中鉢さんがトップになった時期で、もうソニーとしては、最悪の大混迷時代でしたね。

中島:その話だけでも1時間ぐらい話せそうですね(笑)。

辻野:もうたっぷり話せます(笑)。

中島:僕は、出井さんと2004年ぐらいに会っているんですよ。

辻野:そうでしたか。

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中島:Microsoftの成毛眞さんの紹介で食事に行って。なぜかわからないけど「ソニーはAppleを買うべきだ」って話を、一生懸命に出井さんに説得したんだけど、いい返事がもらえなくて。でも、僕は心の中で実は、本人も考えていたんじゃないかなとちょっと思うんですよね。

辻野:そうですね。出井さんは、実はAppleにかなり興味を持っていて、おっしゃるように、ソニーの内部では、当時、ちょうどスティーブ・ジョブズがAppleを追い出された後で、マイケル・スピンドラーとか、ギル・アメリオとかがいた頃ですが、Appleを買収するっていう話を真剣に検討していたんですよ。

だけど、まだ盛田昭夫さんとかが健在な時代だったんですけど、AppleじゃなくてColumbia Picturesを買う方向に行っちゃったんですよね。

叶内:そんな話があったんですか!

中島:これは大きな話だと思いますよ。会社の方向性の話で、ソニーは結局、メディアを買ったし、あと、出井さんはファイナンスの方向に出たじゃないですか。

僕の心の中では、ソニーはやっぱりエレキの会社だから、そんなよそ見をしていたら、求心力がなくなってしまうと思った。本来のソニーのビジョンから外れているじゃないですか。会社は変わるもんだから、それでいいと言えばいいけど、ちょっと残念でしたね、外のファンから見ていると。

一人のファンとして見ていても、ひょっとしてソニーの内部に軋轢があるんじゃないかなと感じていました。僕は久夛良木健さんともお会いしたことがあるんですけど、久夛良木さんは面白いことに「文官と技官」という言葉を使っていた。文官っていうのは、エンジニアじゃない人たち。つまり出井さんを代表とした文官たちに会社を乗っ取られちゃったみたいなことをおっしゃっていた。そういうことも、少しあったのかなと思いましたね。

辻野:この辺の話をし始めると、本当に止まらなくなりますけど(笑)、今だから言える当時のいろんな話があるんです。

中島さんも感じていたように、ソニーとAppleってすごく親和性がいいんですよ。スティーブ・ジョブズも「Appleをいつの日かソニーみたいな会社にしたい」と本気で思っていたとも言われていた。日本に来るたびに、スティーブ・ジョブズはソニーに遊びに来ていたんですよ。とくに盛田さんとは個人的にも仲が良くて。

だから彼は、日本の伝統文化や日本的な侘び寂びとか、シンプルさとか、そういうのにすごくこだわりが強いでしょう。製品はシンプルじゃなきゃいけないとか、そういうところで盛田さんからのアドバイスがいろいろあったようにも聞いています。

その頃の話で面白いことをもう一つ話すと、出井さんは社長になった時に全く無名だったんですよ。社長交代のニュースが出た時、僕はちょうどMicrosoftのイベントがあって、香港にいたんです。Microsoftのイベントだったから、古川 享さんも来ていたのですが、古川さんから、「出井さんって誰?」って聞かれました。「Idei Who?」っていう感じで、当時は全然知られていない存在でした。

だから、出井さんが着任したときに、Microsoftに行く機会があったようですが、ビル・ゲイツは出井さんを玄関で30分ぐらい待たせたんですって。それぐらい、知られていなかった。

でも、その後、ソニーのアメリカ法人を任せていたマイケル・シュルホフという、ちょっといろいろと問題のある人物を巡る処遇で、世間の出井さんを見る目が変わりました。マイケル・シュルホフは、出井さんの前任の社長だった大賀さんと仲が良かったので、なかなか彼を諫めることのできる人がいなかった。だけど、出井さんが「俺を取るか、マイケル・シュルホフを取るか、どっちかにしてください」と大賀さんに迫り、結局マイケル・シュルホフはソニーを辞めたんです。それで俄然、世の中の出井さんに対する評価が上がって、その後に出井さんが再びMicrosoftに行った時には、今度はビル・ゲイツが先に玄関で待っていて出迎えたそうです(笑)。

中島氏「下請けに丸投げのNTTから、技術者天国のMicrosoftへ」

叶内:今度は中島さんの経歴についてですが、NTTに入社されてMicrosoftに転身。でも、大学入学前にアスキーでアルバイトをされていたとか。

中島:そうですね。高校2年ぐらいからです。アスキーは最初は雑誌社だったので、自分で書いたパソコン、当時はマイコンと呼んでいましたけど、そのプログラムを載せてほしくて、原稿を書いて持ち込みで直接オフィスに押しかけたんです。高校生だったからかわいがってもらえて、「来なよ」って言われて、学校の帰りは、ほとんど部活のように南青山のオフィスに行って、何かプログラム書いたりしていて、いろいろと勉強させてもらって、すごく良かったですよ。大学も一応行きましたけど、大学よりもアスキーで学んだことのほうが多かったですね。

叶内:その頃から、バリバリの技術少年だったんですね。

中島:そうですね。バリバリの技術少年です。その時はすごくタイミングが良かったんですよ。まだほとんどプログラミングができる人が世の中にいなかったので。やっぱり高校生ぐらいだと吸収力が激しいし、あと他にやることが何もなかったんです。僕は、早稲田の付属に通っていたので、高校でもあまり勉強する必要がなかったし、もうずっとプログラムをやっていたので、あっという間に得意になっちゃった。

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当時のアスキーは、NECとかとも付き合っていたんです。そのNECが作ったソフトウェアが、僕から見るとどうしようもなくて、全部直すみたいなことを高校生でしていました。だから、すごく重宝されていましたね。とってもいいタイミングでプログラミングというものに出会えたと思いますよね。

叶内:その技術を生かしたお仕事をされようと思って、NTTに行って、Microsoftに入ったのですか?

中島:本当は、プログラミングはずっと趣味だったので、趣味に留めておこうと思っていたんです。

僕は大学院の修士まで行ったんですけど、ドクターも取りたくて。でも、ドクターだと論文を書かなきゃいけない。その時は、ソフトウェアじゃなくて、実はチップを僕は作りたかったんですよ。CPUの設計もして、論文を書いて、ドクターを取るという発想でNTTに入ったんですよ。

その頃はIntelのCPUがちょうど16ビットから32に変わろうとしていたぐらいかな。いろいろと面白いことが起きていて、特に僕はアセンブラまで書いていたタイプなので、ハードに近いところを知っていたから「ここはこうすれば速くなるな」みたいなアイデアをいっぱい持っていたので。それでチップを作らせてもらおうと思って、研究所に入りました。

でも、NTTに入ったら全然イメージと違っていたんです。やっぱり日本の会社だから、研究者が実際に手を動かさないんですよ。今でも多分、そうだと思いますけど。

叶内:手を動かさない?

中島:まずは企画書を書くとか、予算を取るのに莫大な時間をかける。それで予算が取れたら大きな仕様書を書く。そのあとは下請けに投げるんですよ。

叶内:自社ではなくて?

中島:そうです。そうすると、下請けの人がハードも設計もソフトも全部作ってくれるような会社だったので、ちょっとがっかりしちゃって。NTTに入社して1年ちょっと経った頃に、Microsoftが日本法人を作ったという新聞記事を読んだんです。そうしたら、アスキーから15人ぐらい引き抜いたと書かれている。その15人全員が僕が知っている人だったんです。それで突然、押しかけるようにMicrosoftに行った。

叶内:「僕も!」って?

中島:はい。勝手に電話をかけて「行きます!」って言って。その場で古川さんからOKをもらって、すぐに辞表を書いたら、NTT側でまた大騒ぎになっちゃって。私の場合は、仁義を切ることも考えていなかったので。いきなりNTTを辞めて名も何も知らないベンチャー企業に行くなんて、もう前代未聞のことで大変だったらしいです。危うくクビになるところだったっていう。よく分からないですよね。辞表を出しているのに。でも、教授は怒られるし、僕も怒られるし、本当に大変でしたよ。

叶内:NTTからMicrosoftに移られて、そこは技術者としてはとても居心地のいい場所だったんですか?

中島:そうですね。少なくとも技術者としては居心地のいい場所でした。でも、やっぱり日本法人だったので、やれることが限られているわけですよ。本社から来たものを日本語化するとか、漢字入力を作るとか。あと、日本でいうOEMメーカーさん、ソニーさんもそうでしたけど、日立とかNECとか、そういう人たちにMS-DOSとかを売っていたので、そのサポートをする。僕はWindowsだったけど。

そういう業務で、エンジニアとしては楽しかったけど、もうちょっと本格的にソフトを作りたくなって「本社に行きたい!」って、ずっと言っていて、3年経って89年に、やっとアメリカに転籍させてもらったという感じです。

自由闊達の伝統を支えたソニーのエンジニアたち

叶内:なるほど。辻野さんの場合も、最初のソニーの環境は良かったんですか?

辻野:もちろんです。もう憧れの会社でもあったし、日本の起業家が、本当にワンジェネレーションで世界企業にした、そういう意味ですごい企業だと思っていたので、他の日本企業にはほとんど目もくれず、最初からソニー決め打ちみたいな感じで入社したんで、ずっとハッピーでしたよ。

叶内:ソニーの伝統といえば「自由闊達」というふうに伺っていますが、そんな雰囲気だったんですか?

辻野:そうです。

叶内:でもその雰囲気がだんだんと失われてしまったのですか?

辻野:ソニーに限らず、会社というものは、どんどん成長していくと、いわゆる大企業病っていうものに罹ってしまうんですよ。Googleもそうだし、Microsoftもそうだった。だから、その大企業病を克服して、もう1回成長期を築き上げて、さらに飛躍できればいいんだけど。

MicrosoftにしてもAppleにしてもソニーにしても、そういう意味ではみんなどん底を味わっていて、そこからもう1回復活しているから、そこは3社ともすごいと思います。でも、基本的に企業っていうのは、社歴と共に徐々に大企業病に蝕まれて硬直化していき、効果的な手を打てないでいると、最後はリタイアしていく。

今の日本の産業構造は、経団連系の古い大企業がセンターに居座る構図になっていて、それが日本の活力を落としている要因の一つでもあると思っています。

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話はずれましたけど、いずれにしてもソニーはいろんなことを任せてくれて、とても自由闊達にやらせてくれました。

さっきもちょっと言ったけど、僕がGoogleに入る前に、向こうの役員と会う機会があって、「ソニースピリッツとGoogleスピリッツって、実はすごく似ているな」というのがGoogleの第一印象だったんです。「なんだ、Googleって昔のソニーみたいな会社なのか」と思った。

自由闊達という意味では、Googleもよくエンジニア天国と言われていますけど、もともと自律走行型の人たちが自分のアジェンダをGoogleに持ち込んできて、やりたい事をGoogleの経営資源を使ってどんどんやっていくみたいなイメージでした。

昔のソニーにも、本業は本業でしっかりやるんだけど、「本当は自分が作りたいものは、こういうものなんだ」というようなエンジニアがいっぱいいたんです。僕らはよく「放課後」って言い方をしていたんですけれど、就業時間が終わったら、作業台で会社の試作部品を勝手に使いながら、自分でプロトタイプを作っているような人が結構いたんですよね。上司もそれを見て見ないふりをして黙認してくれていて、面白い商品になりそうであれば、積極的にサポートして商品化を手伝ってくれました。でも、あんまりうまくいきそうもなければ、本人が傷つかないように、上手に闇に葬るみたいな、懐の深いマネジメントをしていましたね。

叶内:「放課後」活動いいですね。

辻野:ええ。本当に古き良き時代の話ですね。

中島氏がMicrosoftで体験した「作った者勝ち」の幸福

叶内:Microsoftはいかがでしたか?

中島:僕はちょうどトランジションの時期で、日本でMicrosoftに入ったのが86年。アメリカに転籍したのが89年ですけど、もうその時期はすごく元気な会社で、それぞれのエンジニアが好き勝手なことをしながら、そこでいいものができてきたら拾い上げてもらえるみたいな環境はありましたね。

僕の場合は会社が少し変化している時期でした。89年に最初に入ったMicrosoftはすごくちっちゃかったんですけど、いつの間にかものすごく大きくなって、400人ぐらいのグループになっちゃった。それで次世代OSを作るんだっていうことになった途端に、そのグループを僕は嫌になっちゃったんですよ。400人もいたし、10人もソフトアーキテクトがいて、僕はそのうちの1人です。10人もいると、船頭が10人いるような状況で、どこにも進めないんですよ。それで私はそのグループを辞めてWindows 3.1を作っていたグループに行きました。

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これは後からさんざん怒られたんですけど、前の大きなグループでプロトタイプを作っていたので、これをWindows3.1の上に載せちゃうよって言って、勝手に載せてできたのがWindows95なんですよ。なので、最初にいたグループにはものすごく恨まれています。でも、そういう僕のある意味、掟破りな行動も、会社としては許す感じだったんですよ。だから、すごく楽しくてやりやすかったです。

叶内:いいものを出すためには、掟破りもありですよね。

中島:もう作っちゃった者が勝ちみたいな会社だったので、動いていたら勝ちなんですよ。

叶内:動くことが勝ち?

中島:はい。

暴かれたウソと壮大な開き直り。中2女子生徒が助けを求めた手を払いのける静岡県湖西市いじめ隠蔽事件の絶望

これまで4回に渡りお伝えしてきた、静岡県湖西市の市立中学校における重大事態いじめ事件への、同市教育委員会による隠ぺいを含めた許しがたい対応。そんな彼らの体質は容易に改善されるはずもなく、現在も失態を晒し続けているようです。今回のメルマガ『伝説の探偵』では現役探偵で「いじめSOS 特定非営利活動法人ユース・ガーディアン」の代表も務める阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、市教委がついた嘘と「開き直り」を紙面で紹介。彼らの姿勢を「全てにおいてダメな見本」と強く批判しています。

助け求めるいじめ被害者の手を払いのける。静岡県湖西市教育委員会の壮大な開き直り

2019年、当時中学2年生であった女子生徒が部活動などで回復不能な重大ないじめ被害を受け、その後隠蔽されていた事件については、伝説の探偵でも何度も触れてきた。

2023年7月、湖西市のいじめ隠ぺい事件で新たな動きがあった。

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重大事態いじめのガイドラインに沿わぬ形で調査を進めた第三者委員会

既に4回に渡って記事にしてきたので、記憶に新しい方も多いだろうし、報道で目にした方もいるだろう。

2019年、湖西市立の中学校に通う女子生徒が、部活動などで深刻ないじめを受けたが、学校長の思い込みによって、いじめはないとされ、その後放置、隠ぺいされた事件である。

湖西市教育委員会や市長に助けを求めるも、これらは無視されたりブロックされるなどしたが、文科省や静岡県教育委員会の指導があって、湖西市教育委員会は、第三者委員会を設置した。この第三者委員会により、市教育委員会の対応や学校の対応があまりに杜撰であったと指摘され、いじめ被害はあったと認定されたものの、後日発表された被害側の所見書では、この第三者委員会すら国の定める重大事態いじめのガイドラインに沿わぬ形で調査が進められ、不十分な対応であったことが明かされたという事件。

被害側は、隠ぺいに関与した教職員や主体的に隠ぺいを行った当時の学校長などへの加害者からの謝罪を求めていた。また、第三者委員会の形成についてのプロセスに瑕疵がある状態で、調査結果へのプロセスが示されていないことやこの説明がないことから、情報開示やその説明などを求めていた。

これらは至極当たり前の要求に過ぎないが、言葉で言っただけでは回答する兆しも無いため、所見書を提出して公開したのだ。

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この記事の著者・阿部泰尚さんのメルマガ

統一教会の“自爆テロ”を警戒。なぜ国は「解散命令請求」をちっとも出さないのか?

昨年7月8日の安倍元首相銃撃事件がきっかで明らかとなった、旧統一教会と自民党所属議員との不適切な関係。岸田首相はその後「教団と関係を断つ」としましたが、今年に入って当の首相が参加した集会に旧統一教会関係者が関わりを持っていたと一部で報道されるなど、その「本気度」は疑わしいと言わざるを得ないのが現状です。今回のメルマガ『神樹兵輔の衰退ニッポンの暗黒地図──政治・経済・社会・マネー・投資の闇をえぐる!』では投資コンサルタント&マネーアナリストの神樹兵輔さんが、教団と手を切れない自民党保守派を痛烈批判。その上で、国が旧統一教会に対する解散命令請求を出し渋る理由について考察しています。

悪徳カルトと手を切れず。統一教会に解散命令請求を出せない腰抜け自民

そもそも岸田文雄氏も安倍晋三氏も、2人とも何の苦労もなく庇護されて社会に出てきた世襲3代目のボンボンです。

そのせいか一族保身と一族繁栄のための「強きになびき、弱きをくじく」性根が如実に表れた人物なのでしょう。

ゆえに、あらゆる政策が国民視点からかけ離れてしまうのは当然かもしれません。

国会議員の4割が世襲・家業というバカボン政党の囲いの中から登場しているのですから、無理もないのです。

悪法成立乱発の岸田政権!消費税減税もやる気なし!

首相に就任した岸田文雄氏の政策は、閣議決定で安倍元首相の国葬を勝手に決め、福島原発事故の教訓をないがしろに、老朽化原発依存や新規原発増設に舵を切った、危険極まりない「原発推進法」を成立させただけではありませんでした。

平和憲法で定められた専守防衛の国是を勝手に放棄し、安保関連3文書を閣議決定し、米国の軍需産業を潤わす「大軍拡(5年間で43兆円もの防衛費増額)」を主導しました。

そして、まず国会どころか、何よりもアメリカ大統領へ、そのことを「いの一番」での報告に走ったのですから、骨の髄まで米国の忠犬ポチぶりでした。

そして、2023年10月からのインボイス制度導入では、この不況下での弱者への消費増税と今後の消費税率アップを容易にするという道筋をつけました。

そのうえ、難民排除の強化を図るべく「入管難民法」も平気で改悪してしまい、「人命・人権軽視」ぶりは際立っているのです。

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また、任意取得だったはずのマイナンバーカードは、健康保険証との紐づけを義務化し、事実上の強制取得へと無理やり変更しました。

そのために、膨大な数の誤登録によるトラブルを生じさせ、国民を混乱させても一歩も立ち止まるそぶりすらありません。

「国民の声など一切聞く耳をもたない」という、もはや鉄面皮での無茶苦茶な悪法成立の乱発が、岸田内閣の真骨頂とさえなっているのです。

マスメディアが政権と癒着するようになってから、政権批判もほとんど行われなくなったことをいいことに、反日・売国政党の自民党は、公明、維新、国民民主と連携してやりたい放題になってきています。

これだけ悪法を強行的に乱発しても、それでも支持率が、けっして3割を切ることもないのですから、日本国民も相当なお人好しだらけ──といえるでしょう。

エネルギー価格がいくら高騰しようが、一時的に消費税率を下げるといった減税さえ一切手をつけることなく、国民生活が窮乏化しようが、どれだけ混乱しようがお構いなしの政権です。

ジェトロ(日本貿易振興機構)の調べでは、このコロナ禍で、102の国や地域で付加価値税(消費税)の減税が行われています。それなのに岸田首相は、消費税減税は一切やる気がないことを表明していました。

この記事の著者・神樹兵輔さんのメルマガ

「プリゴジンではない」あの“ワグネルの反乱”は誰が計画を立てたのか?

7月8日で開戦から500日となったウクライナ戦争。その2週間ほど前には民間軍事会社ワグネルがロシア軍に対して武装反乱を起こしましたが、「計画したのはプリゴジン氏ではない」とのウクライナ高官の衝撃的な発言が世界を駆け巡りました。今回のメルマガ『国際戦略コラム有料版』では日本国際戦略問題研究所長の津田慶治さんが、ウクライナ戦争の最新の戦況を解説。さらに「ワグネルの乱の首謀者」について語ったウクライナ大統領府長官顧問のコメントを紹介しています。

ウクライナ高官「乱を計画したのはプリゴジンではない」発言の真偽

ウ軍は、本格的な攻勢のフェーズで、バフムト、ドネツク市北部、ザポリージャ州、ヘルソン州で地雷原を抜けて前進している。

それと同時にウ軍は、ロ軍後方奥深くにある補給庫、燃料施設、司令部などを狙って、ストームシャドーで攻撃している。その効果が徐々に出いるようだ。

クレミンナ方面には、7万人から9万人のロ軍兵がいる。リシチャンスク方面は、1~2万人のロ軍兵、クピャンスクとスバトバ方面には、2~3万人のロ軍兵という配置であり、10万~15万人が配置されている。バフムト方面は5万人のロ軍がいる。

ドネツク・ザポリージャ方面には、20~25万人であり、ドネツク市が危機的になると、5万人規模のロ軍が配置されることになる。

一番手薄なのがヘルソン州であり、1万人以下の状態であり、ここをウ軍は狙っているように見る。しかし、ロ軍も増強するはずであり、本格的な渡河が遅れると、ロ軍の再配置が完了してしまう。

ロ軍の全体規模は、30万~35万と見込まれている。メドベージェフは、今年新規に18.5万人がロ軍と契約兵になったと。

また、ロ軍の戦車部隊の損害が大きく、とうとう、ウ軍が戦車保有台数でロ軍を逆転したようであり、今後もウ軍には戦車が供与されるので、その差は拡大することになる。

このため、ロ軍は古いT-54/55戦車を前線に投入して、防衛目的に利用するようである。

もう1つ、劣勢になり、ロ軍は化学兵器を使用し始めたようだ。

バフムト方面

ウ軍は、ザリジネンスクに攻撃すると同時に、M30号線沿いに南東パラスコビウカ方向に攻撃している。ロ軍は5万人の部隊でバフムト地域を防衛している。

ウ軍はベルキウカ貯水池の北側一部奪還して、ベルキウカに迫っている。ヤヒドネにも攻撃している。

ロ軍はボダニウカ方向に攻撃して、ウ軍をけん制している。

バフムト南西のウ軍独立第24突撃大隊と第3突撃旅団はクリシチウカ方向に攻撃しているが、第22機械化旅団を新規に投入して、クリシチウカの北側で活動している。そして、クリシチウカ市街に進行して戦闘になっている。

ウ軍はクデュミウカとオザリャニフカに対して攻撃している。

ウ軍砲兵隊は、オザリャニフカ南東にあるザイツェベ郊外にある砲兵陣地を破壊した。ウ軍は対砲兵戦を強化して、火砲の破壊を優先している。

ドネツク市北側

ウ軍は、クラスノホリフカとベゼルとオプトネの一部を奪還した。それと、ウ軍はドネツク市近隣のマキイフカの弾薬集積地と燃料倉庫を砲撃して、続いて、6日も爆発と火災が起きている。

それと、近隣ヤシヌバタの鉄道貨物の操作場も砲撃されて大きな被害が出ている。ウ軍はドネツク市の奪還を目指しているようだ。

ロ軍は、アウディーイウカ要塞とプレボマイスクを攻撃したが撃退されている。

この記事の著者・津田慶治さんのメルマガ

中国が陥った借金地獄。不動産開発業者が抱える何兆ドルもの爆弾

とどまることを知らないかのごとき勢いで成長を続けてきた中国経済。しかしその足元は、すでに大きくぐらつき始めているのが現状のようです。今回のメルマガ『在米14年&起業家兼大学教授・大澤裕の『なぜか日本で報道されない海外の怖い報道』ポイント解説』では著者の大澤さんが、中国が国内に数兆ドルもの負債を抱えているとするNYタイムズの記事を紹介。さらに当局がその扱いを誤れば、習近平政権への国民の批判が強まる事態に発展するとの見解を記しています。

中国を揺るがす不動産問題

コロナの始まる直前、2019年8月に中国の広州市を訪れる機会がありました。

市内も郊外も、高層マンションが林立しており、SF世界の風景のようでした。

広州市でこれだけの高層マンションができているならば、中国全土でどれぐらいあるのだろう?どれぐらいが実需なのだろうか?と思ったものです。

それぐらい、圧倒された光景でした。

その中国の不動産に対して7月8日のNYタイムズ、オンライン版が記事を出していますのでご紹介しましょう。

中国が巨大な借金の山を抱える理由

 

海外では融資大国である中国は、国内では地方政府、その金融関連会社、不動産開発業者が抱える何兆ドルもの負債という爆弾を抱えている。

 

そのほとんどが簿外取引の金融関連会社、不動産開発業者が負っている数兆ドルの債務である。

 

どれだけの負債があるのだろうか?公式データが乏しいため、正確に知るのは難しい。

 

JPモルガン・チェースの研究者は先月、家計、企業、政府を含む中国国内の負債全体が、中国の年間経済生産高の282%に達したと算出した。

 

中国が他の多くの国と違うのは、経済規模に比して債務がいかに早く蓄積されたかということだ。

 

米国や日本でさえ、債務の急激な増加は少ない。15年前の世界金融危機以降、中国の債務は経済規模に比べて2倍以上に急増しており、その管理が難しくなっている。

 

中国はなぜこのような借金地獄に陥ったのだろうか?

 

始まりは不動産で、過剰な建設、価格下落、買い手不足に苦しんでいる。

 

過去2年間で、海外の投資家から資金を借りていた数十の不動産開発業者が債務不履行に陥り、そのうちの2社が最近も債務不履行に陥った。

 

デベロッパーは、中国国内の銀行に負債を支払い続けるのに苦労している。

 

この問題をさらに深刻にしているのが、地方自治体の借金である。

 

過去10年の間に、多くの市や省が規制の緩い特別融資部門を設立し、多額の借金をした。

 

役人は、道路、橋、公共公園、その他のインフラ建設だけでなく、他のローンの利息を含む日常経費を賄うためにその資金を使った。

 

不動産と政府債務の問題は重なっている。

 

昨年冬、中国の21の銀行が、中国南西部の地方政府の融資部門に対し、返済期限が迫っている融資の返済を20年に延長させることに合意した。

 

しかし、この取り決めは銀行にとって大きな損失を意味し、中国のほとんどすべての省に同様の問題を抱えた地方金融部門がある。

 

どのような政府や企業にとっても、生産的かつ効率的に資金が使われるのであれば、借入は経済的に理にかなっている。

 

しかし、十分なリターンを生まない負債を乱発する借り手は、トラブルに巻き込まれ、貸し手への返済に苦しむことになる。それが中国で起きていることだ。

この記事の著者・大澤裕さんのメルマガ

木村拓哉、ジャニーズ問題で『資生堂』とのCM契約白紙の報道…1本8000万円のギャラ破談で工藤静香は怒り心頭?

元Jr.や元ジャニーズグループメンバーの告白が相次いでいる、ジャニーズ事務所の性加害問題。事態は収まる気配がなく、今月1日には、音楽プロデューサーの松尾潔氏(55)が自身のTwitterに「15年間在籍したスマイルカンパニーとのマネージメント契約が中途で終了になりました。私がメディアでジャニーズ事務所と藤島ジュリー景子社長に言及したのが理由です。私をスマイルに誘ってくださった山下達郎さんも会社方針に賛成とのこと、残念です」などと投稿しました。これを受けて昨日、シンガー・ソングライター山下達郎(70)が自身のラジオ『山下達郎のサンデー・ソングブック』で騒動について言及、現在賛否を呼んでいます。そして、ジャニーズ問題はあの“スーパースター”の仕事にも影響を及ぼしているようです。芸能記者歴30年のベテランジャーナリスト・芋澤貞雄さんが解説します。

“すねに傷を持つ”資生堂。“性加害”騒動に敏感

『週刊文春』の“木村拓哉、資生堂CM起用案が性加害問題で消えた”という記事が芸能関係者たちの間で話題です。

キムタクと化粧品メーカーで思い出すのは今から27年前、『ロングバケーション』で不動のトップアイドルとして君臨していた頃、『カネボウ化粧品』“T’ESTIMO(ティステモ)”が“スーパーリップで攻めてこい”をキャッチコピーに商品のキャラクターに抜擢、2ヶ月弱で300万本を軽く超える売り上げを記録したことです。

店頭からあっという間に、商品が並べられては消えるのを目にしたのはこのリップと宮沢りえの写真集『Santa Fe』ぐらいでしょうか…。

記事の“今秋の高級メンズ化粧品のCMに木村拓哉を起用する予定だったが、性加害問題を受け白紙になった”がその通りだとしたら、27年前と今のキムタクの購買力の“現在地”を確認できたかもしれなかった事も含め残念に思います。

『週刊文春』には“海外での売り上げ比率が7割超えでリスク管理意識が高い資生堂”とありますが、広告代理店関係者に聞くと、どうやら原因は“性加害”問題だけではないような気がします。

例えば7年前、『資生堂』は“INTEGRATE(インテグレート)”のCMを放送中止にした事がありました。

25歳の誕生日を迎えた小松菜奈演じるキャラクター・ナナに向かって友人たちが女子会でー

「今日からあんたは女の子じゃない」
「もうチヤホヤされないし、褒めてもくれない」
「カワイイという武器はもはやこの手にはない」と言った事に女性視聴者が“年齢蔑視”だと不快感を示したこと。

別のCMバージョンでは男性上司が部下の女性に「(頑張っている様子が)顔に出ているうちは、プロじゃない」と指摘したことが“パワハラ”だと批判されたのです。

更にこの設定が大人気漫画でドラマ化もされた『東京タラレバ娘』のパクりじゃないか…とも指摘され、あっという間にこのCMはテレビから消えていきました。

これだけではありません。

5年前の春にはあるモデルの“パワハラ”“セクハラ”告発を受け、水原希子が「20代前半の頃、上半身裸の撮影を上層部20人くらいの社員のいる前で、半ば強制的に強いられた」とインスタグラム・ストーリーに投稿したのです。

水原は企業名、商品名ともに名指しすることはしませんでしたが、こんな時代ですからSNSでは犯人探しが始まりました。

そこで見つけられたのは『資生堂』が2013年5月に掲載した“「わたし、開花宣言。」”というキャッチコピーの水原が“手ブラ”の新聞広告でした。

この時水原は22歳…ネットでは「ちょっと見方が変わっちゃう…資生堂」とか「印象ワルっ!」というコメントで溢れました。

この噂に『資生堂』も「確認・調査致しましたが、当社での広告撮影時に起きた出来事かどうかについては分かりませんでした」という回答を寄せましたが、これに女性購買者から“不買運動”の声も上がった程でした。

こういった“すねに傷を持つ”過去から、直接的な要因は“性加害”騒動だとはいえ、記事が正しければジャニーズ事務所との契約に敏感に反応した…ということなのでしょう。