日本人がまた車の未来を変える。世界初、カバンに入る車が誕生

日本の学生が開発したという「カバンに入るクルマ」がネット界隈で話題を呼んでいます。世界的エンジニアの中島聡さんにも、「このコンセプトなら投資してもいい」とまで言わしめた未来の車、メルマガ『週刊 Life is beautiful』より一部抜粋してお送りします。

持ち運べるクルマ「WalkCar」

これまでこのコーナーでは、主に米国のベンチャー企業の製品ばかりを紹介して来ましたが、これは日本発の素晴らしい製品だと思います。私自身が投資家として支援しても良いと思えるぐらいです。

このセグメントの製品を表す良い言葉が浮かびませんが、Segway がニーズの発掘に成功し、ホンダが UNI-CUB という形の製品としてようやく市場を立ち上げようとしている矢先に、まさに「イノベーションのジレンマ」で提示されたような「機能的には劣るけれども圧倒的な安さと手軽さ」を持つ商品が出てしまうところが、まさに(時間が7倍の速度で進む)ドッグイヤーの時代という感です。

ここまで手軽になると、ごく普通の人が「持ち歩いて出先で使う」ことが可能になるため、(手軽な持ち運びが不可能な)Segway や UNI-CUB と比べると、ターゲットユーザーの数が、数十倍から数百倍になります。

「持ち運べるクルマ」というタグラインがなんとも素晴らしいのは、その一言に「Segway や UNI-CUB との違い」が込められている点で、それだけでこの会社の経営陣が企業経営においてにもっと重要な「どこで差別化するか」をしっかりと意識していることが分かります。

image by:cocoa motors.株式会社

 

週刊 Life is beautiful』より一部抜粋

著者/中島聡(ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア)
マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。
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天津爆発事故、現地・中国ではどう報道されているのか?

中国の日常を切り取ったインパクト大な写真とともに、日常生活で使える中国語を覚えちゃおうというメルマガ『上海からお届け!簡単3分、写真で覚える生活中国語』。今回のテーマは、天津市で発生した大規模な爆発事故。現地でも関心事として、大きく取り上げられているようです。

消息 (xiāo xī) ニュース

日本でもニュースになっている、天津大爆発。発がん性物質が入っていた、20万トン以上の火薬に引火したなど、センセーショナルなニュースが踊っています

中国でも一部情報規制をしているという話もありますが、庶民の足、公共バスに設置されている液晶画面でも、天津の様子をかなりの時間を割いて放映しています。

男女のアナウンサーが現地写真をバックに挨拶。実際の現地取材スタッフとも今の様子を確認、この辺のやり取りは日本のニュース番組と遜色ないですね。

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意外だったのは現地の画像を公開している点。規制が多いと思ったのですが、車や木々が燃えて、被害が甚大である点を放送。

最近はウェイシンやウェイボーで情報がすぐに広がりを見せるので、あまり規制をしないのかも知れません。

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現地の凄惨な状態が正しく伝わることで、今後の同じような事故が発生しないよう、人民の心に強く刻み込まれるとよいのですが。

友人の知人に聞くと管理がズサンと一言で解決できる問題ではない、と興味深い事を言っていました。

確かに管理がズサンなのだろうが、今までノウハウや経験がない、ノウハウや経験が無ければ、どうやって管理するのか、その部分が分からない事が多い。全般的に言える話なんだよね。

と、中国の事情を反映している事をポツリと話してくれました。

中国語でニュースは「消息(xiāo xī)」や「新闻(xīn wén)」を使って表現し、「好消息(hǎo xiāo xī)」で良い知らせ、良いニュースとなります。

何にしても同じような事故が発生しないよう、火薬を管理している倉庫などの確認と再発防止策、これ以上の被害が出ない事を祈るばかりです。

 

編集後記

先週センセーショナルだった事件、天津大爆発。まだ真相は闇の中といったところ。

不備が多い歪な国、中国。

一つの掛け違いが起きると、大きな問題としなってしまう事がシバシバ。

国民性とは言いたくないのですが、事が起きてから動くという考えが大半を占めているのも事実。

考えすぎて行動を起こす日本人は、と言われる事もありますが、安全に関する事については、考えすぎる位がいいのかも知れません。

話し方で損する人、聞き方で得する人

「あの人、見た目はいいんだけれど話し方がね」なんて話、結構よく聞きます。ということは、たとえパッと見地味目であっても魅力的な会話術を身につけていれば、相手に好印象を与えることができるということですよね。そんな「成熟した大人の話し方」を、メルマガ『伝授! 潜在意識浄化法』の著者で言語心理学者の齋藤翔さんが読者だけにレクチャー。5つの法則を意識してみてくださいね。

魅力を最大限に高める「話し方」

「成熟した大人の話し方」は、あなたの魅力を最大限に高めます。

モデルのようなスタイルの女性たちの「天麩羅食べてー」にガッカリした、という話がありましたが、逆もまたあり得ます。目立たない地味な格好をしていても、一言二言交わしただけで「きちんとしている」「育ちが良さそう」とわかるのは、心地よい驚きです。

話し方の価値は、年齢を重ねるごとに高まります。今年より来年のほうが「成熟した大人の話し方」に近づいているように、トレーニングを積み重ねましょうね。

話し方の判定基準は、「良いコミュニケーションかどうか」

  1. 相手の話をよく聞いているか
  2. どことなく品があるか
  3. 伝わりやすい言葉を使っているか
  4. 話の内容は前向きか
  5. 余裕を感じさせるか

どこかひとつ欠けても、「成熟した大人の話し方」にはなりません。

ありのままに受け取らず自分基準で物事を判断したら、明るく軽くカラッとした態度にならない

いくらノリがよくても品のない話題で盛り上がったら、成熟した大人の女性としては恥ずかしい

品位を保とうとして無理に難解な言葉を使ったら、良いコミュニケーションにならない

言葉そのものは抑制が利いていて、相手の話題に合わせたとしても、内容が誰かの悪口や職場の愚痴だったりしたら、成熟した大人とは呼べない

明るい表情で丁寧な物言いだったとしても、店員さんのミスをなじったり、自分の都合を強く主張したりするようなのは、余裕が感じられないから成熟した大人の話し方ではない

「成熟した大人の話し方」を身につけるために、それぞれの条件を掘り下げてみましょう。

相手の話をよく聞いているか

良い話し方にとって、自分の言いたいことを「言った者勝ち」ではありません。相手の話を「聞いた者勝ち」です。「しゃべらせたほうが勝ち」とも言える。

コミュニケーションに勝ち負けなどありませんが、つまりはそのほうが良い話し方、魅力的なコミュニケーションになる、という意味です。

「今日は言いたいことを言わせてもらう」なんてはりきって会談に臨むような場面はおなじみですが、成熟した大人の話し方という観点からいえば「今日は言いたいことをしゃべってもらうぞ」とはりきるほうがいい。

「話し方」には「聞き方」が含まれるわけです。

それはそうです。一方が他方に向かって一方的にしゃべり、それだけで終わる状況はほとんどない。通常の話し方は、互いの応酬です。

しかも、相手本位で良い話し方をしたいなら、こちらがどんな言葉でどんな話題で話したらいいのかを判断するために、相手に先に話してもらうのが妥当でしょう。

だから、まっさきに気にしたいのが「相手の話をよく聞いているか」なのです。

深刻化する就活「オワハラ」に、現役弁護士がアドバイス

就職活動中の大学生に対して、他の会社への就職活動をやめるように迫る「オワハラ」。人気の無料メルマガ『知らなきゃ損する面白法律講座』では、最近大きな問題となっている、企業のこのような行為に対して、就活生はどのように対応すればいいのかをレクチャーしています。

就職活動をめぐる法律問題

来春の大卒採用に向けた大手企業の選考活動が8月1日より解禁になりました。景気の回復などで、現在「売り手市場」で学生が優位な状況であると言われています。

学業に配慮し、経団連加盟企業は選考活動の開始日を例年よりも遅らせましたが、経団連に非加盟の外資系企業や中小企業は採用選考をすでに本格化させています。文部科学省の調査によれば、大学と短大の7割近くが、就職活動中の学生から、企業からハラスメントを受けたと相談されていたことが明らかになりました。その中でも特に、内定を出す代わりに、大手企業に応募せずに就職活動を終了するように迫られる「オワハラ」が多いとのことです。今回は、就職活動をめぐる問題について見てみたいと思います。

今各メディアで取り上げられている「オワハラ」ですが、これは、早めに内定や内々定を出した優秀な学生を囲い込むために行われます。文科省の調査によれば、内々定の段階で誓約書の提出を求められたり、8月1日の大手企業の選考活動の解禁日に内定者の合宿に参加を義務付けて、他の企業の選考に行くことができないようにしたり、面接の場で他の企業へ断りの電話をかけるように強要された、というケースもあるようです。

新卒採用活動において、1人につき約100万円の費用をかけているという企業もあり、採用活動をいかに行うかは企業の命運をかける一大事業といっても過言ではないかもしれません。企業としても、簡単に断られてしまうのではたまりません。学生に就職活動をやめてもらえないかといった交渉を持ちかけるのは、一概に悪いこととは言い切れません。

しかし、度をすぎた内容で一方的に学生に就活の終了を求める場合は、その態様によっては刑法の脅迫罪(222条1項)や強要罪(223条1項)が成立する可能性があります。「他企業から内定を受けたら裁判を起こして損害賠償をとってやる」という場合には脅迫罪、土下座のようなことをさせる場合には強要罪が成立する可能性があります。内定を断るための電話をかけさせることにも、強要罪が成立する可能性があるという話も聞きますが、さすがに強要罪の成立は難しいかもしれません。

法的には問題とまではならなくとも、このインターネットが発達した現在、企業からそのような態度を取られたということはあっという間に広がります。ブラック企業等との認定を受けてしまうという社会的な制裁を受けてしまう可能性もありますので、企業はそのような要求を学生にする危険性に十分注意する必要があるでしょう。

また、自分が学生で、そのような要求がつきつけられた場合には、「この行為はオワハラかもしれない」ということを認識し、その場で慌てて結論を出さないように気をつけましょう。オワハラにあった場合、すぐに就職支援窓口に相談するように、としている大学が多いようです。

なお、内定辞退についてですが、内定は期間の定めのない労働契約と考えられています(内定の法的性質の詳細については「内定の取り消しってどうなるの?」を御覧ください)ので、2週間前の予告期間を置けば自由になしうる、というのが原則となっています。

とはいえ、内定をくれた企業は、自分たちの一員として迎え入れたいと、その学生を高く評価してくれた企業です。自分が学生であって、第一志望の企業に内定がとれたので、それ以外の企業の内定を辞退するという場合、企業の状況にも思いを馳せて、なるべく早く連絡を入れるといった誠実な態度で臨みたいものですね。

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夏休みの最後の難関「自由研究」で親が手伝えることはひとつ

楽しいイベント盛りだくさんの夏休みもあとわずか。終わらない宿題にそろそろあせりが出ちゃう頃ですよね。中でもなかなかスムーズに進まないのが「自由研究」。一体なにをテーマに研究すればいいの…?と最初でつまづいちゃう子どもに親ができることとは?無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』の著者・真井花さんより伝授していただきましょう!

自由に研究しろと言われても

さて、本日は夏休みの定番のお話。
子供の頃、夏休みと言えば

宿題の山 ( ̄_ ̄;

でした。いや、他にもプールとか花火大会とか夏祭りとかいろいろあったんですが、やっぱり学校関連といえば宿題でしょう。中でも、後に残りがちなのが、

自由研究

です。きっと今でもそうですよね?

こう言っちゃあナンだけどさあ。日本では、暗記中心の勉強で自発的な疑問とか個性的な着目点とか、ぜんっっぜん学校の授業でやんないクセして、いきなり夏休みになったからって

日頃疑問に思っていることを自由に調べて……

とかムリだと思うんですよね。なんつーか先生の手抜きを感じるのは私だけですかねえ。

閑話休題。
そうは言っても宿題になっているのだからやらないわけにはいかないんですよね。

で、この自由研究の難しさっていうのは、多分

抽象的すぎる

ところにあるんだと思います。つまり「なんでもいいから、疑問に思っていることって何?」ってことですよね、『自由』研究って。でもこの

なんでもいいから

疑問に思っていること

って、漠然としすぎていると思いませんか?こんなこと言われてすぐに思いつく人なんて、大人にだっていませんよ。子供が疑問に思っていることは、もっとずっと

具体的

なんだと思うんです。

どうしていろいろな大きさの石があるんだろう

星がチカチカ瞬くのはなんでなんだろう

どうして集中豪雨が降るんだろう

桃の果汁が服に着くとシミになるのはなんでだろう

……

こういう、日常生活によくある抽象度の高くない疑問なんです。なので、親御さんが自由研究の手伝いをするなら、まさにココです。つまり

具体的な疑問を引き出してあげる

ことです。「なにか疑問に思うことを考えてみよう」では、子供には答えられません。でも、「どうしていろんな大きさの石があるんだろうね?」だと

あれ、なんでだろう?

と思えますよね。
ここで親御さん側がヘンに欲を出して、疑問点の抽象度を高めすぎると研究がタイヘンになってしまいます。まあ、お子さんの学年にも依るんでしょうが、基本的には

疑問点はシンプルな方がいい

でしょう。その方が形になりやすいからです。

夏休みの最後の難関、『自由研究』。親御さんが上手に疑問を具体化させてあげてくださいね。

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『システマティックな「ま、いっか」家事術』
食べるのは大好きだけど、作るのは超苦手。棚拭きとアイロンがけが何より嫌い。そんな家事オンチだった私がソレナリに家事をこなせるようになったワケ。家事全体を見渡して、最小の手間で最大のリターンを得る、具体的なシステムをお知らせするメールマガジンです。
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【書評】神が違えばマナーも違う。ビジネスで失敗しない宗教知識入門

世界には様々な宗教が存在し、当然ながらそれぞれに厳しい戒律があります。グローバル化が進む昨今、仕事相手の宗教を知り、そして彼らのタブーをわきまえるのも1つのビジネスマナー。無料メルマガ『毎日3分読書革命! 土井英司のビジネスブックマラソン』では、世界の宗教の入門書が紹介されています。1社に1冊、必携の書です。

要点解説 90分でわかる! ビジネスマンのための「世界の宗教」超入門』 井上順孝・著 東洋経済新報社

こんにちは、土井英司です。

ニューヨークに来るようになって意識したのが、人種や民族、そして宗教の違いです。

「多様性」というキーワードはこれまでにも聞いていたし、重要性も理解していたつもりでしたが、ニューヨークに来るまでは、ここまで意識することはありませんでした。

ニューヨークに来ると、屋台はハラール料理だし、会食すれば相手はヴィーガン(=徹底したベジタリアン)だし、人種によっては歴史的なトピックがタブーです。

意識が高まったところで、そろそろ本格的に勉強したいと思っていたら、良い本を見つけたのでご紹介します。

『90分でわかる!ビジネスマンのための「世界の宗教」超入門』は、國學院大學神道文化学部教授の井上順孝さんがまとめた、「世界の宗教」の入門書。

世界史を学んだ人には、懐かしいトピックが並びますが、その現代的意味や思想に与える影響、ビジネスにおける違い、配慮すべきマナーなど、細かな所に触れているので、社会人にとっても実践的な1冊です。

大学受験の時に、こんな教材で勉強できたらもっと成績も上がっただろうに…。それぐらいわかりやすい本でした。

【五輪ロゴ】デザイン盗用、米国なら50億円の訴訟も

東京五輪のエンブレムに始まり、次々と噴出する盗作疑惑の対処に追われるデザイナーの佐野研二郎。事の真偽はどうあれ、もしもアメリカでデザインを盗用した場合にはどういうことになるのでしょうか。『メルマガ「ニューヨークの遊び方」』の著者でNY在住のりばてぃさんがさっそく調査してくださいました。

デザイン盗用をいかに抑止するか?

2020年東京五輪のエンブレムをデザインした佐野研二郎氏

そのエンブレムについてのデザイン盗用疑惑からはじまって、続々と過去の作品にも、デザイン盗用の指摘が相次ぎ、ついに13日、サントリービールの「夏は昼からトート」キャンペーンのための、30種類のトートバッグデザインのうち8種類を佐野氏の申し出で取り下げるといった出来事も。

ほかの作品にも「盗用」を疑う指摘は多々あって、この騒動はまだまだ沈静化しそうもありません。

それどころか、サントリーの件を「部下のせい」にしてごまかそうとした姿勢が、世論を余計に怒らせてしまって、まさに、火に油。

これまで佐野氏を擁護してきた仲間内のデザイナーさんたちの過去の作品からも、デザイン盗用の疑いのある作品が続々と探しだされたり、東京五輪のエンブレム選考委員や、その他の業界関係者たちが、裏でつながりあるんじゃないの? との疑いも出てくる始末。

どうやら、デザイン盗用の問題だけに留まらず、日本のデザイン業界のあり方にもメスが入りそうな勢いになってきました。

なお、サントリーの件で、デザインを盗用されたアメリカ在住のデザイナーさん、ベン・ザリコー氏が佐野氏に挑戦状をたたき付けたこともすでにニュースになってます。

〔ご参考〕
トートバッグ問題で佐野研二郎氏がコメント発表 サポートデザイナーが「第三者のデザインをトレース」認める
盗用された米デザイナーが佐野氏に挑戦状
佐野氏デザイン取り下げ 米国のデザイナー「法的手段も検討」

日本のデザイン業界のあり方にまで、「これでいいの?」と問われるようになってきますと、たぶん、次は、「じゃぁ、どうすればいいの?」という話が出てきて、「アメリカはどうなってるの?」みたいな展開になることも予想されますので、一足先にちょっと調べてみました。

まず、デザイン盗用は、英語で言うと、「Design Theft」とか、「Copycat」といった表現が使われてまして、ものすごく沢山、関連情報や最新ニュースが見つかります。

今回、東京五輪エンブレムの盗用疑惑が騒ぎになるまで、デザイン盗用が、あまり大きな話題になることのなかった日本とは違って、アメリカでは、かなり頻繁に、デザイン盗用の話題が飛び交っている印象。

まぁ、それだけアメリカには、世界中から、いろいろな文化や価値観を持つ、多種多様の民族や人種が集まっていて、あまり深く考えずに、デザインを盗用する人々も、結構、多いということなのかもしれません。

また、デザイン盗用の事例が豊富ということは、その対策も、それなりにちゃんと整っているということ。

では、アメリカでは、どんな対策をとってるのか?

侵略、お詫び、反省…「戦後70年談話」という挫折

14日に発表されたいわゆる「安倍談話」は「首相にとっての挫折」―、そうバッサリ斬るのはメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』。村山談話にかわる独自の談話を出そうとしていた安倍首相は、なぜ「挫折」してしまったのでしょうか。高野さんが解説します。

安倍首相、「戦後70年談話」という挫折

戦後70年談話の作成に携わった1人は「首相は本音は納得していないんじゃないか」と言い(15日付日経)、自民党のある派閥会長は「談話を出さないことが、一番良い選択だったかもな」と漏らした(15日付朝日)。

安倍のそもそもの出発点は、村山談話を亡きものにすることにあった。彼は月刊誌「正論」2009年2月号で、村山談話を「村山さんの個人的な歴史観」に基づく「あまりにも一方的なもの」だと正面切って批判し、「政権が代わるたびにその継承を迫られる……まさに踏み絵」とされてきたことへの不快感を表明、「だから私は村山談話に換わる安倍談話を出そうとしていた。……その時々の首相が必要に応じて独自の談話をだせるようにすればいいと考えていた」と述べていた。同じ頃の別の雑誌「WILL」では「できれば歴史認識に立ち入らない安倍談話を出したかった」とも語っている。

ところが14日に発表された談話は、その安倍の本音から遙かにかけ離れたものとなった。談話では「わが国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました。……こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります」と言い、同日の会見では、さらに踏み込んで「先の大戦における行いに対するお詫びの気持ちは、戦後の内閣が一貫して持ち続けてきたものであると考えています。そうした気持ちが戦後50年においては村山談話という形で表明され、さらに60年を機に出された小泉談話においてもそのおわびの気持ちは引き継がれてきたと考えています。こうした歴代内閣が表明した気持ちを私の内閣においても揺るぎないものとして引き継いでいく。そして、恐らく今後の内閣もそうでしょう。そのことを今回の談話の中で明確にしたところであります」と、村山談話を「私の内閣も揺るぎないものとして(!)引き継いで行く」と言ってしまった。

村山談話に代表される常識的な歴史観を「自虐史観」とまで罵って、教科書を含めて歴史を書き換えようと狂奔してきた安倍とその周辺の右翼勢力にとって、これが致命的な挫折でないとすれば何なのか。安倍イデオロギーはここにおいて頓死したとさえ言えるのである。

認知症外来に行きたがらない父、どう説得すれば?

認知症が疑われるご家族を持つ方にとって、ご本人が病院に行くのを拒否することも大きな悩みの1つ。そんな読者の方からの相談に、『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』の著者で医学博士のしんコロさんが丁寧に答えてくださっています。

Question

認知症外来に行きたがらない父、どう説得すれば?

shitumon

父の物忘れが最近ひどく、認知症外来に連れて行きたいんですが拒否があり困っています。本人は「同じことを話していることを忘れている」ので毎回新鮮な気持ちで聞いてくるんでしょうし、「自分はどこも悪い所がないのに病院に行く必要はない」と言い張ります。

年齢相応というよりは明らかにアルツハイマー性の記憶障害と思われるので、一刻も早く受診して認知症対応の薬を出してもらえばいくらか現状維持で過ごせる時間が長くなると思っているんですが…。昔の人なので病院自体に抵抗があり、老いや認知症を認めたくないプライドのようなものもあり…。

1年前にも1度脳外科を受診して軽度認知症と診断されたんですが、2週間だけ薬を飲み継続はできずでした。しかし、1年が経ちだいぶ進んで来たように感じこれ以上何もしないのは先が怖くてたまりません。父をなんとか病院に受診してもらい、治療を受けてもらうには どのように説得すればよいでしょうか?

しんコロさんの回答

質問者さんのお父様のように、認知症の高齢者は病院に行くことを嫌う傾向がありますが、それはなぜなのか考えてみます。

本人達の理由は「自分はどこも悪いところがないから」というものが圧倒的に多いようですが、その他にも「病院が嫌い」「薬が嫌い」「入院したり施設に入りたくない」といった理由に付け加えて「自分がぼけているのを認めたくない」「家族に馬鹿にされるから」という心理もあるでしょう。

認知症は新しく体験したことを忘れてしまう症状なので、なにかを忘れてしまうことで家族に迷惑をかけてしまうことがあってもそのことを覚えていません。この時に家族が「なぜ覚えていないの」「さっき言ったばかりでしょ」「ぼけてるんじゃないの」などの言葉を言うと、逆に本人は自分は悪くないと防御姿勢に入ってしまいます。このように、家族が患者本人に対して否定的に言えば言うほど、本人はそれを認めたくないので病院にいくことも拒否するようになります。では、どうしたら良いのでしょうか。

ここで、患者本人を騙して病院に連れて行くのは得策ではありません。「健康診断をしよう」とか口実を作っても、患者本人には見破られてしまい、家族に裏切られたり騙されたりした気持ちになって、余計に治療を受けようという姿勢がなくなってしまいます。患者本人にものわすれが出た時も、まずは言い方に気をつけるのが大切です。間違いを強く指摘したり、否定したり、プライドを傷つける言い方をしてしまうと本人はそれに抵抗するしかなくなってしまいます。

そうではなくて、家族が心配していることを心から丁寧に伝え、ご本人の症状が進むと私(または家族)が大変な思いをするので、私(家族)の為に受診して欲しいと伝えるのです。患者本人も責められている時は防御反応をしてしまっても、心からお願いをされれば全く耳を傾けないことはないはずです。認知症になっても患者本人にとって家族が大切だという意識は残っていますし、思いやりや気遣いの気持ちもあるのです。なので、まずは根気よく優しくお願いをするところから始めてみてはいかがでしょうか。

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パクチーで世界を変える。パクチーを愛しすぎた男の起業論

周囲から「ありえない」などと言われつつもパクチー料理専門店をオープンさせ、結果的に今日のパクチーブームの牽引役となった『佐谷恭の「パクチー起業論」~パクチー麺プレゼント付き~』の著者で日本パクチー狂会会長の佐谷さん。メルマガでは、狂会10年の歩みとこれからの10年について語っています。キーワードは「旅と平和」。深いです。

10年そして10年

1995年8月9日 カンボジアにて格差はツマラナイと感じる(旅と平和、発想の原点)
2005年8月9日 日本パクチー狂会を立ち上げ(パクチー=paxi 活動開始)
2015年8月9日 「PAX割」という表現で旅と平和への意識を高める活動を開始

パクチーの日を制定してから、ちょうど10年が過ぎました。巷ではパクチーブーム。パクチー料理専門店がたくさんできて、パクチーを使うレストランや居酒屋は数えきれないほどになり、新聞の一面広告でパクチー関連商品が載るような時代に。「まさか」の変化です。

どんなにくだらない、些細な、ニッチなことも、継続するといいことあるんだなぁと、時代の流れをありがたく思っています。ブームはやがて去るでしょうが、本質的な価値を創りたいと思います。

先日、武雄~長崎のピースウォークに参加し、85kmの道のりを参加した仲間と歩きつつ、独自の寄り道もして89.89km歩きました。それを終えて長崎空港から「パクチーの日 10周年」のパーティのために東京へ戻りました。その途中、パクチーで10年ってなかなか面白い人生になってきたなぁと思いつつ、あることに思い至りました。さらにさかのぼること10年、つまり今から20年前に、僕は初めて訪れたカンボジアで、格差はツマラナイと思うに至りました。今僕がやっている「旅と平和」の原点が20年前のカンボジアで生まれたのです。10年ごとに大きな変化があったと、振り返ることで気づきました。

パクチーの日制定10年前にカンボジアで旅と平和の原点があった。ちなみに、パクチーを食べた確実な記憶の一番古いものはカンボジアでした。

学生が少しバイトすれば1~2カ月旅できる幸せな環境。 僕たちはそんな時代を生きています。僕はその恩恵にあずかって大学4年間のうち、合計すると約1年海外をふらついていました。初めて東南アジアを訪れたのが1995年の夏。

ボッたくられないように頑張って警戒心満載で旅していましたが、何人か知り合った人が「ともだち」とか「フレンド」とか呼んでくれるようになりました。食事をしたり、出かけたり、楽しかったのですが、心から打ち解けた感じではありませんでした。その理由は彼らと僕が対等な関係でないから。少しバイトしてふらふらできる恵まれた環境にいる人と、旅することはおろか仕事や住む場所も選ぶのが困難な人たち。僕がここに戻ってくればその人たちはたぶんそこにいるけど、彼らが僕の家に遊びに来てくれることは、ありえそうにないということの寂しさ。

その後も自分の立場を大いに利用し旅を続けています。カンボジアで感じたやるせない思いをずっと抱きながら。そして、いろいろ旅をして、国家を代表する人や大きな利害調整をする人よりも、自由に動いて独自に人間関係を築く旅人こそが、世界を楽しい場所にする大切な要素なのではないかと思い、確信するに至りました。ちなみに「旅と平和」というフレーズができたのは3度目のユーラシア大陸横断をしていた2002年夏でした。