元自衛官芸人やす子に漂う「不穏な空気」と「不快感」の正体。ボランティア叩きから「はい~!台湾有事は日本有事」へ?

元自衛官芸人・やす子(25)を「不快」に感じる視聴者が増えているようだ。中には、好き嫌いの感情を超えて「警戒感」を抱く人々まで。テレビで引っ張りダコの人気タレントに、いま何が起きているのか。

ピン芸人やす子が嫌われる理由、恨まれる理由

元自衛官という異色の経歴を持つ、女性ピン芸人のやす子(25)。

細かすぎる自衛隊ネタサバイバルネタでブレイクし、デビューから6年目の現在はテレビで見ない日はないほどの活躍ぶり。幅広い年齢層から親しまれる人気者として、バラエティ番組のほかCMにも多数出演している。

最近では、第91回日本ダービー(5月26日)に向けたJRAのキャンペーン「日本ダービー大作戦 ゴジラVSやす子」もスタートし、まさに絶好調。トレードマークの迷彩服や「はい~!」の合いの手を、読者も一度は目にしたことがあるのではないだろうか。

だが最近、そんなやす子に対して「不快だ」との声が多数上がりはじめているという。いったい何が起きているのか。50代エンタメ系ライター氏が説明する。

「大手検索エンジンで『やす子』を調べても、サジェストされるのは『かわいい』『結婚』『年収』『美人』などポジティブなキーワードばかりです。ですが、これは恐らく“検閲”されたあとの検索結果でしょう。その証拠に、別のソーシャル系検索で『やす子』を調べると、『嫌い』『不快』『うるさい』『ゴリ押し』『つまらない』などネガティブなキーワードがズラリと並ぶんですよ」(エンタメ系ライター)

実際に試してみると、確かにいくつかの検索エンジンで、やす子が不自然なほどヨイショされているように感じられる。一方SNSでは、やす子を“称賛”する声もあるが、“批判”する声も同じくらいある印象だ。

《「はい~!」がしつこい。何回も聞かされてウンザリ》

《顔を見るだけで不快。CMの商品を買う気が失せる》

《根本的に面白くない。JRAで起用とか勘弁してほしい》

《芸風に共感性羞恥心を抱いてしまってゾワゾワする》

《こいつ災害ボランティアを叩いてたクズの一味だぞ》

《やす子をゴリ押ししてるのはどこの誰なんだよ》

これが隠された人々の本音、ということなのだろうか?

【関連】元自衛官芸人やす子の欺瞞と「被害者ムーブ」…フワコンガ事件で「フワちゃんと同類だろう」と批判される本当の理由

能登半島地震「ボランティア批判」の影響

「芸能人に対する好き嫌いは千差万別ですし、SNSではネガティブな発言のほうが拡散しやすい。ですから、すべてを鵜呑みにすることはできません。でも、やす子の場合、このような“悪評”は、今年に入って急に目立つようになった印象がありますね」(同)

2024年に入って、やす子に不快感を抱く人々が急増した――仮にそうだとして、原因は何なのか?

「やはり、能登半島地震の影響が大きいのではないでしょうか。やす子は当時の番組内で、素人の民間人が災害ボランティアに行っても迷惑だ、と主張。ところがその後、被災地がボランティア不足に苦しんでいることが明らかになりました。軽率な発言に対する謝罪は現在に至るまでなく、被災者の方やその関係者から相当に恨まれている。このことを指摘するSNSユーザーを容赦なくブロックする姿勢にも疑問の声がたくさん上がっているんですよ」(同)

世界的エンジニア中島聡氏が連載「人工知能入門」を開始。第1回「コンピュータは似ている言葉をどう判断しているか」を全文掲載

まさに「日進月歩」と呼ぶにふさわしい進化を遂げる人工知能。そんな人工知能について、メルマガ『週刊 Life is beautiful』にこれまでもたびたび詳しい解説を掲載してきた世界的エンジニアの中島聡さんが、その最低限の用語・コンセプトを説明する新連載「人工知能入門」を、5月14日配信号よりスタートさせました。今回は「Text Embedding」を徹底解説した連載第1回の全文を掲載。中島さん曰く「魔法のような技術」を、初心者にも分かりやすくレクチャーしています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:人工知能入門:Text Embedding、「似ている言葉」の話

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

人工知能入門:Text Embedding、「似ている言葉」の話

先週、思いついたのですが、ここで「人工知能入門」を連載することにしました。このメルマガには、最近人工知能に関する記事を書くことが増えましたが、時々、その場では説明しきれない用語やコンセプトが出てきてしまうので、一度、一通り、最低限の用語・コンセプトを説明しておこうと考えたのです。

今日のテーマは、ChatGPTで使われているLLM(大規模言語モデル)の基礎となる技術、Text Embeddingについて解説します。自然言語(人間の話す言葉)を扱う上で、「どの言葉がどの言葉に似ているか」を判断する際に使われる仕組みです。

私たちは、毎日のように「あの人は、芸能人の誰々さんに似ている」「このラーメンのスープって、中華三昧のスープに似ている」のように、何かと何かを比較して、「似ている」とか「似ていない」と評価しています。私たちの脳は、そんな判断を瞬時にする能力を持っていますが、実際に「どう似ているか」を説明するのは簡単ではありません。突き詰めれば、「目元が似ている」「雰囲気が似ている」、「出汁に鰹節を使っている」などの言葉が出てくることもありますが、実際のところは、とても曖昧で説明が付きにくい比較を私たちの脳はしています。

一方のコンピュータは、そんな曖昧な比較が不得意です。なんでも数値化し、数字を使ってしか評価が出来ません。

分かりやすい例が「色」です。私たちは、色を見ただけで、二つの色が似ているかどうかを瞬時に判断できます。しかし、コンピュータにはそんな器用なことが出来ません。数値化した上で、比較する必要があるのです。

色の数値化には二つの方法がありますが(「赤・緑・青」の色の三原色に分解する方法と、「色相・彩度・明度」の三つの色属性に分ける方法)、ここでは、分かりやすい「赤・緑・青」を使って説明します。

それぞれの色の強さを、0.00から1.00の間の数字で表すと、虹の7色は以下のように表現できます。

  • 赤:(1.00, 0.00, 0.00)
  • 橙:(1.00, 0.64, 0.00)
  • 黄:(1.00, 1.00, 0.00)
  • 緑:(0.00, 0.50, 0.00)
  • 青:(0.00, 1.00, 1.00)
  • 藍:(0.00, 0.00, 1.00)
  • 紫:(0.50, 0.00, 0.50)

この例のように、複数の数字から作られたデータのことを「ベクトル」もしくは「ベクター」と呼びます(同義語で、ベクトルはドイツ語のVektor、ベクターは英語のVectorをローマ字にしたものです)。数字の数を「次数」と呼び、このケースでは、「色は『3次ベクトル』で表現可能である」のように言います。

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

年間6万8千人が孤独死。今の日本は高齢者が誰にも看取られずに亡くなり放置される“尊厳”なき国

年々増加の一途をたどり、社会問題となっている高齢者の孤独死。「尊厳のある死」の対極に位置すると言っても過言ではない孤独死なき社会は、果たして実現可能なのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合さんが、孤独死問題に潜んでいると思われる根本的要因について「会社」をキーワードに考察。自身も「孤独死は他人事ではない」とした上で、この問題について議論を深める必要性を訴えています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:尊厳を最後まで守る社会とは?

プロフィール河合薫かわいかおる
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

尊厳を最後まで守る社会とは?

1年間で「孤独死」する高齢者が、約6万8,000人に上るとする推計結果が公表されました。内閣府は昨年8月に、孤独死・孤立死の実態把握を目的とした作業部会を開催。2013年の4月に総務省から、自治体に対し、孤立死や孤立に対する取組についての重要な勧告が出されているため、作業部会はあくまでも「政府における主な取組」と位置付けました。

部会では「孤独死なのか?それとも孤立死なのか?」という言葉の選定や定義づけからスタートし、なぜ実態把握が必要なのか?なぜ、孤独死・孤立死が問題なのか?など、さまざまな観点から議論を重ねてきました。

で、今回。今年1月~3月に自宅で亡くなった1人暮らしの人が全国で計2万1,716人。そのうち8割が65歳以上の高齢者が占める現状を確認し、これを年間ベースに置き換え、「65歳以上の高齢者の孤独死は、年間6万8,000人」と推計。2011年にニッセイ基礎研究所が公表した2万7,000人を大きく上回っていることがわかりました。

また、令和4年に亡くなった65歳以上の高齢者は1,439,437人ですので、約5%もの人が孤独死してる計算になります。20人に1人です。

ここでの孤独死とは、「誰にも看取られることなく死亡し、かつ、その遺体が一定期間の経過後に発見されるような死亡の形態」と定義しています。つまり、亡くなる高齢者の約5%が、他者に気づかれずに亡くなり、その状態のまま“誰か“に気づいてもらえるまで放置されているのです。

作業部会の議事録には「尊厳」という言葉が何度も登場しているのですが、人の尊厳という視点で「死」を考えると、「孤独死という死のない社会」の実現が重要な課題であることは間違いありません。

孤独死問題については、地域との連携、見守り、コミュニティ作りなどの対策が真っ先に浮かぶのですが、なんかそれだけじゃない、もっと根本的な問題が潜んでるように思えならないのです。

この記事の著者・河合薫さんのメルマガ

この瞬間にも失われていく多くの命。私たちがリアルを知らぬまま通り過ぎる「歴史の中で記憶に刻むべきこと」

ウクライナやガザ地区を始めとする世界の紛争地で、今この瞬間も続く激しい軍事攻撃。とは言え、私たちが知ることができるのはあくまでわずかな部分のみというのが現実でもあります。「このような時だからこそ大人として学び知るべきことを考えたい」と書くのは、要支援者への学びの場を提供する「みんなの大学校」学長の引地達也さん。引地さんはメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』で今回、日常のニュースでは戦争のリアルは伝えられないとした上で、現代社会を生きる私たちが負っている責務を考察しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:ジャーナリズムの気概がなす多様な表現で戦争を感じる

ジャーナリズムの気概がなす多様な表現で戦争を感じる

大学での講義「ジャーナリズム論」で教えるポイントに、ジャーナリストやメディアが存在の根幹としてきた真実性がある。

メディアは常にこの真実性を保証しようとするが、同時にその真実が公になれることで都合が悪くなる側からは、その真実性は否定される。

2つの陣営による真実性の争いは戦時の風景でもある。

そのやりとりの中、被害を受ける市民の状況は改善されない構図は、メディアが伝える戦争の真実性が問題化となった1990年の湾岸戦争から顕在化した。

そして現在もガザ地区やウクライナで同じことが繰り返されている。

そんな時だからこそ私たちが学び知るべきことを積極的に深く考えたいと思う。

戦争が日常生活に忍び寄り、そして心を破滅させてしまうことをセーブ・ザ・チルドレンは創作映像で表現した。そのショートムービーの最後に示されるメッセージにはこうある。

「ここで起こっていないということは、起こっていないことにはならない」。

現在、ロシアと交戦するウクライナが火力で劣る戦況を積極的な発信で情報戦でやり抜こうとしている。

その一環か、NHKスペシャルで今年2月に放送された『戦場のジーニャ~ウクライナ 兵士が見た“地獄”~』は前線の兵士自らが撮影した戦闘を伝えた。

テレビカメラマンだった35歳のジーニャの戦争。第一次世界大戦の象徴でもある塹壕は深さ2メートル、幅1メートルほどで、兵士数人が籠城する。

至近距離にはロシア兵が銃を構え、銃撃戦になることもある。

普通に働いていた男が生と死の境にいる現実、塹壕を掘り、その中で過ごす現実、銃声。

すべてが、今起こっていることとして、映像は容赦ない。

ジーニャは「これは殺人ではないゲームだ」と自分を落ち着かせた。

戦争のリアルに私たちの向き合い方が問われているような番組だ。

この情報を海外に出すことで、支援の力にしたいウクライナの思惑も当然、あるだろう。

そして、相手も市民だった人かもしれない戦争。これが戦争における情報の真実性の難しさである。

前線の様子はこのようなドキュメンタリーで伝えられるが、日常のニュースではミクロな視点、戦争のリアルは伝えられない。

記者がそこにいないし、リアルな映像の多くはオンエアを前にふるい落とされる。

イスラエルによるガザ攻撃により破壊された住宅が密集する都市の建物は、破壊後の惨状から、その攻撃のすさまじさや逃げ隠れる住民の恐怖を想像するしかない。

多くの攻撃があり、命を奪われている中で、確実に私たちが歴史の中で記憶に刻むべき事柄なのに、そのリアルを知らないままに通り過ぎていっているのだ。

もはや真実が蓄積されて放っておかれるのが日常となった今、その真実を伝えるのは報道メディアだけではなく、記録性を帯びた活字メディア、映像や映画など、多様な発信に期待を寄せるしかない。

最近では映画『西部戦線異状なし』がドイツで作られるなど、舞台となった場所でその言語のやりとりが、その時の空気観をも伝えられるようになった。

この記事の著者・引地達也さんのメルマガ

GW明けからよく聞く「退職代行」業者は違法ではないのか?

昨今登場した「退職代行サービス」というものをご存じですか? SNSでも話題となっていますが、従業員に代わって会社に対し退職の意思表示をする事業者を指します。この業者について無料メルマガ『採用から退社まで!正しい労務管理で、運命の出会いを引き寄せろ』の著者で社会保険労務士の飯田弘和さんが詳しく説明しています。

退職代行サービス

ゴールデンウィークがあけてから、事業主からの「退職代行業者から、従業員の退職について通知が届いたが、どうしたらよいか?」といったご相談を受けることが増えました。

退職代行業者とは、従業員に代わって、会社に対し、退職の意思表示をする事業者をいいます。しかし、この“退職代行業者”には、違法あるいはグレーな事業活動を行っている事業者も多くいます。

弁護士法72条で、弁護士や弁護士法人以外が、報酬を得る目的で、法律事務を行うことを“非弁行為”として禁止しています。

違反した場合、2年以下の懲役または300万円以下の罰金刑に処せられます。

退職代行業者が、会社に対して従業員の退職の意思表示を代行することや退職条件について交渉することは弁護士法72条違反(非弁行為)となります。

退職代行業者にできるのは、従業員の伝言者(要は、つかいっぱしり)として、従業員が退職を希望していることを会社に伝えることだけです。要求や交渉はできません。

また、最近は、退職代行業者が弁護士と提携していることがありますが、弁護士が非弁活動を行う者と結託することは禁止されています。

弁護士や弁護士法人が、非弁活動を行う者に自己の名義を利用させることも、弁護士法で禁止されています。

ですから、弁護士または弁護士法人自らが退職代行を行わない限り、退職代行サービスは、単なる“つかいっぱしり”が行う何ら法的効力のないものか、あるいは非弁行為として違法・無効となるものです。

そして、そのような者から従業員の退職の申し出があっても、それは正式な退職の申し出とは認められず、そんな申し出に応じる必要はありません。

もし御社に、弁護士あるいは弁護士法人以外の退職代行者から、従業員の退職について通知等が届いても、原則、相手にせず、従業員本人と直接、話すべきです。

ちなみに、会社が違法な退職代行業者と退職に関する事項について合意しても、それは無効となります。

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そもそも「脳をリセットする」ことって本当に脳にいいのだろうか?

「ドーパミン・ファスティング」という言葉をご存じですか? メルマガ『セクシー心理学! ★ 相手の心を7秒でつかむ心理術』の著者で現役精神科医のゆうきゆう先生は、誘惑に勝つ方法として流行した「ドーパミン断食」について紹介。本当に“断食”することができるのでしょうか。

誘惑に勝つ方法「ドーパミン・ファスティング」!?

こんにちは、ゆうきゆうです。

元気でお過ごしでしょうか?

さて、皆さんはドーパミン・ファスティングをご存知ですか?

ドーパミンというのは脳内の快感ホルモンのことで、ファスティングというのは断食、何かを断つということです。

皆さんもうご存知かもしれませんが、朝ごはんをブレックファーストと言います。

ブレックはブレイク、壊す。

ファーストは断食。

つまり断食を壊す、破るという意味です。

寝ている間はご飯を食べないので、ある意味断食であり、それを壊すから朝ごはんをブレックファーストと表現するのです。

とにかく、ファーストというのは断食なんですけれども、いずれにしてもドーパミン・ファスティングという考え方が少し前にありました。

■ 衝撃の流行!ドーパミン・ファスティングとは?

キャメロン・セパ博士は、「ドーパミンを断食しろ」と提唱しました。

喜びや快感になるようなものがドーパミンなのですが、それを断食すると脳がリセットされてすごく良いことあるよ、と言ったんです。

それが瞬く間にネット上を中心に広がり、いろいろな方がやり始めたという話です。

行き過ぎたものだと、友達と楽しく電話をしている時に「もう少しでドーパミン出ちゃうから電話切るね」という人もいたそうです。

「少しでも快感を感じ始めるとドーパミンが出るから快感を断つね」

という形で、本当にドーパミン・ファスティングとしていろいろな快感から離れるということが、一部の人たちの間で流行りとして行われていたそうなんです。

しかしながら、果たして脳をリセットすることって本当に脳に良いのでしょうか?

今お店に来ているお客様は「すでに比較している商品がある」と心得よ

現代のモノの買い方を心得ている人は、接客の仕方にもそれが出てきています。近年、一番変わってきたのは商品の「比較検討」の部分なのだそうですが、無料メルマガ『販売力向上講座メールマガジン』の著者で接客販売コンサルタント&トレーナーの坂本りゅういちさんは、そんなお客様の心理を理解した接客で差がつくと語っています。

お客様が最初から何か別の商品と比較していると感じたら

接客をしていると、お客様が最初から比較をしているような感覚を受けることってありませんか?

接客をするこちら側からは商品に関して説明をしたり、ニーズを引き出そうといろいろと会話をするのですが、お客様はどうやら頭の中で何か別の商品と比較をしているような感覚です。

今はこういうお客様が本当に多くなったなと感じます。

購買心理の段階というものがありますよね。

いわゆるAIDMAの法則に代表されるようなお客様の購買心理(モノを買う時の心理)を示すアレです。

一般的な8段階では、『注目→興味→連想→欲望→比較検討→信頼→行動→満足』となっています。

この内”比較検討”は5段階目になっていますね。

僕も説明の便宜上この8段階はよく使いますが、実際のところ元となったAIDMAの法則が提唱されたのは1924年とされています。(なんとちょうど100年前!)

だから正しい部分は多々あるにしても、古くなっている部分も往々にしてあるという話です。

まぁこの辺はとっくの昔に言われていることで、だからいろんな購買心理段階が提唱されてますが。

話を戻して、特にこの”比較検討”に関して言えば、現代ではかなり感覚が変わっています。

昔は情報もそう多く出回ってはおらず、店に行って初めて知ることのできる情報が多かった。

だから店で比較検討をしたり、他の店を回って比較検討をしたりという購買行動が普通にありました。

今もなくはないですが、ほとんど多くの人は家にいる時点でネットで情報を得ています。

つまり店で改めて比較検討はするものの、(実際に商品を見ての比較はしますからね)店に入ってくる前の時点である程度の比較材料は持っているし、比較も始まっている状態なわけです。

この心理を理解していれば、接客の流れにも影響は出てきます。

娘が好きすぎて嫁に出さなかった皇帝と、娘を利用して栄華を極めた日本の権力者

親であれば娘に愛情を持つものですが、「娘への愛情」のエピソードが強烈な歴史上の人物もいます。時代小説の名手として知られる作家の早見俊さんは、週刊で配信中の『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ」』で今回、フランスのカール大帝と日本の藤原道長の対照的な「娘」に関する話を紹介しています。

娘への愛情、カール大帝と藤原道長

カール大帝はフランス語でシャルルマーニュの名で知られ、大帝と称されるにふさわしい功績を残しました。八世紀から九世紀初頭に在位したフランク王国の国王だったばかりか、ローマ教皇からローマ皇帝として戴冠されました。

現代のフランス、ドイツ、イタリアにまたがる広大な領土を築き、そのためヨーロッパの父とも呼ばれています。また、トランプのキングのモデルでもあり、ヨーロッパではキングの中のキングと見なされているのです。

そんな偉大なる大帝はキリスト教が禁じている配偶者以外との性行為、すなわち売春を禁止します。売春仲介業者には罰金を課し、売春行為をした女性を、「みだらな女」と呼んで広場で鞭打ちにしました。こうしてみると、英雄色を好むとは程遠い禁欲的な皇帝を想像しますが、彼は大変に好色、そして風変わりな愛情を発揮しました。

カール大帝は生涯を通じて五回結婚し、四人の第二夫人がいました。子供は二十人、彼は子煩悩で全ての子供を男女に関わらず側に置いて育てました。宮廷ばかりではなく、遠征先にも連れていったそうです。周りの延臣たちは家族の世話で大変だったことでしょう。一見して家族を大事にする良きお父さんですが、カール大帝は常識外れの家族愛、いや、家族独占欲に満ち溢れていたのです。通常、皇帝や国王は娘たちを敵対勢力、親交勢力、あるいは信頼する有力な家臣に嫁がせ、外交に活用します。

ところがカール大帝は娘たちを結婚させず、そのことを公言していました。一人も自分の側から離そうとしなかったのです。父親の過剰な愛に従い娘たちは結婚しませんでした。それでも恋愛は別です。

大帝は文化推進にも熱心でしたので宮廷は大勢の文化人が集う華やかなもので、娘たちは花を添える存在でした。当然、男女の仲に発展し、子供を産んだ娘もいました。それでも、大帝は見て見ぬふりをして結婚は認めなかったのです。

そんな娘たちへの溺愛ぶりは近親相姦の噂を広めます。家族を愛したカール大帝の帝国は死後、フランス、ドイツ、イタリアに分割されます。結婚できなかった大帝の娘たちが三国を産んだと言えるかもしれません。

クレジット・ローン破産=公害。宮部みゆき『火車』で描かれた地獄の淵の深さ

宮部みゆきの初期の代表作の一つ『火車』。サラ金やカードローンによる多重債務に苦しむ人々を描いたこのミステリー小説の文庫化に際し、解説を書いたのが評論家の佐高信さんです。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、作品の中で弁護士が「クレジット・ローン破産=公害」と語る件りを紹介。佐高さんとの対談で、若い人や子供たちが教えられていないこととして、“世の中を動かしているもの”について宮部さんが話した言葉を伝えています。

「宮部みゆき」を好きな共産党委員長・田村智子

日本共産党の委員長となった田村智子と対談した。それは5月末に発行される『ZAITEN』7月号の「佐高信の賛否両論」で読んでほしいが、田村の好きな作家が宮部みゆきであると知って、私が宮部のベストセラー小説『火車』(新潮文庫)の解説を書いたことを思い出した。

1992年夏に出されたこの小説には「年間貸出額60兆円、個人の借金比率世界一のクレジット・カード王国日本。その結果の百万人とも言う破産予備軍。襲いかかる美味な“情報”に破れ、富の川を流されてゆく“生きている幽霊”の素顔!」と書かれたオビがついていた。

意志の弱い人間だけがそのローン地獄に落ちていくのか。自分の過去を消し、他人になろうとしてなりきれなかった女たちを描いて、この小説は哀切だった。

作中に登場する弁護士は「クレジット・ローン破産=公害」論を唱える。次々とサラ金から借りまくった多重債務者を人間的に欠陥があると決めつけるのは、たやすい。しかし、それは交通事故はすべてドライバーの責任というようなものだ、と弁護士は説く。それでは「おざなりな自動車行政や、安全性よりも見てくれと経済性ばかりにこだわって、次から次へとニューモデルを出してくる自動車業界の体質」は見逃される。

自動車事故において、「まともな人間なら事故など起こさない」とは言い切れないように、まともな人間ならローン地獄には落ちないとは言えないのである。

親が多重債務者となり、姿をくらましてしまったら、どうなるか。「自己破産」といった方法があることを知らない娘は、逃げても逃げても追ってくる取り立て屋の前に、ついに力尽きた…。夜逃げの前に、死ぬ前に、そして逆に、思いあまって人を殺す前に、破産を思い出せ、と弁護士は強調する。

ローン地獄に落ちる人など、自分とは無縁だと思っている人でも、『火車』を読めば、きっと、そうした人を身近に感じるだろう。そして、現代の日本にパックリと口をあけている、その地獄の淵の深さに戦慄するに違いない。

私は宮部と藤沢周平について対談したことがある。拙著『司馬遼太郎と藤沢周平』(光文社知恵の森文庫)に収録したが、彼女は、私が司馬と藤沢を対比させたことに「どきっ」としたらしい。田村によれば、志位和夫は宮部と同じく藤沢ファンだとか。この対談は色川大吉と私の対談などと共に「佐高信評伝選」には収録されていない。宮部との対談はかなり長いものだが、彼女はこう言っていた。

「今の世の中で、特に若い人や子供たちが教えられていないのは、結局世の中は理不尽が動かしているんだよってことだと思うんです。だからこそ、そのなかで、どれだけ自分の思いをとげて生きてゆくかが課題になる」

理不尽を知って、それを打破する努力を宮部も田村も、そして私も続けるのである。

この記事の著者・佐高信さんのメルマガ

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いじめ加害者側とは思えぬバカな決断。被害者を訴えた逆ギレ保護者の呆れた「斜め上」発言

膨大な数のいじめ事件と向き合い、多くを解決に導いてきた現役探偵で「いじめSOS 特定非営利活動法人ユース・ガーディアン」の代表も務める阿部泰尚(あべ・ひろたか)さん。そんな阿部さんには、いじめの「加害者サイド」からの相談も入るといいます。今回のメルマガ『伝説の探偵』では、加害者家族が阿部さんにぶつけてきた理解に苦しむ主張を紹介。それでも彼らからの相談を受け付けてきた理由と、今後学校へ望むことについて記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:いじめ加害保護者からの相談

「こんな親いるのか?」いじめ加害保護者から探偵が受けた相談内容

加害者からの相談は実際にある。年に10件前後くらいだが、確かにある。

最も多いのは、加害者本人ではなく保護者からだ。

そして困ったことに、ニュースになるような重大事態の加害保護者からの相談が年に数件必ずあるということだ。

例えばこうだ。

加害保護者 「うちの子は確かにいじめをした。でも暴力ではなく、距離をおいただけ。その理由は、被害を訴える子が、遊ぼうとしつこく誘ってきたり、やたらと絡んでくるから、鬱陶しくなって、無言で答えただけだ」

しかし、実際は、無視をしただけではなく、周囲を巻き込み無視をするように話しかけた子に指示をしたり、「帰れ!」コールをしたり、ランドセルに使用済みのぞうきんを入れたり、「臭い」と言いがかりをつけたりしていた。

それだけではない数多くの嫌がらせを数か月間続け、結果、転校したばかりの被害者は学校での居場所を失い、自尊心を傷つけられて、自死をはかろうとしたところ(調べによるとマンションから飛び降りようと思い、歩いていたところ)、近所の夫婦に声をかけられて、事態が発覚したのだ。

これを問うと、我が子はそんなことはやっていないという。被害者の子が弱いから、そうなっただけだというのだ。

加害保護者 「そもそもうちの子なら、私に相談するはず。被害の人は親子関係が上手くいってなかったんじゃないですか!」

各データからそう思っているのは親だけというのはわかるのだ。

相談してくれるはずと答える親は6-8割いるが、実際に相談があった親は1割程度しかいない。

こういう調査は文科省もやっているし、私が代表を務めるNPO法人ユース・ガーディアンでもやっている。つまりは、「相談してくれるはず」は間違いで、何か隠し切れない出来事があって発覚するというのが親の身からすれば、ほとんどなのだ。

それに、やっていないという言葉を勝手に信じるのは自由だが、それを全ての前提にして表に出すというのは、いかがなものか。

結局、どうしたいんですか?と問えば、こういうのだ。

加害保護者 「加害者扱いされて、うちの子も苦しんでいますから、謝って欲しいんです」

あほか!である。

どう考えたら、そこまでおバカな論理展開ができるのだろうか。理解に苦しむところだ。

もっと酷いものもある。

この記事の著者・阿部泰尚さんのメルマガ