寝かしつけを遊びにする。寝たがらない子どもを眠りに誘う裏ワザ

小さなお子さんをお持ちの方の共通の悩みといえば、「寝かしつけ時のあれこれ」ではないでしょうか。寝つかないどころか、お布団に入れるのも一苦労、というお話もよく耳にします。今回の無料メルマガ『子どもが育つ「父親術」』では、そんな子が喜んで布団に入ってくる「裏ワザ」を紹介しています。

寝かしつけで、寝かしつける

子どもを寝かしつけようとして、絵本を読んで、子守歌を歌ってあげて、とんとんしてあげて…いつの間にか自分の方が寝てしまっていた(^_^;)なんて体験、誰でもありますよね(笑)。

というわけで、今号は寝かしつけのお話です。

寝かしつけで苦労する場面の1つが、「子どもが布団に入りたがらない」時。まだ遊びたい、活動したいがために、それを打ち切られるのが嫌で、布団に入りたがらない。「毎日その状態です」なんて家庭もあるかも知れません。

今日はそんな場面での工夫を1つ、ご紹介します。おままごとが好きな子には、特に効果的な方法です。

それは、「子どもに寝かしつけを頼む」というテクニック。

お気に入りの人形、大切なぬいぐるみなどを持ち出して、「ミナ、今からルルちゃんを寝かせるから、一緒にお手伝いして~」こんな具合に誘う方法です。

「遊びをやめて、寝る」だったら嫌がる子どもも、「今から一緒におままごとなら喜んでお布団に入ってきます♪大人が絵本を読んで、子どもにはぬいぐるみをとんとんしてもらう、そんな役割分担をしても良いでしょう。

我々のように寝かしつけの最中に寝てしまう…とはいかないかもしれませんが(笑)、子どもが喜んで布団に入る効果は期待できますよ。

本来であれば、日中に充分に活動させてあげて、疲れてコロッと寝てくれるのが理想。でも、毎日そんな都合良くはいかないのが実態ですよね。

一緒に穏やかな時間を過ごして、気持ちと体を落ち着かせることができるので、ぜひ試してみてくださいね!

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買ってでもしたほうがいい?「苦労の数だけ成長する」は本当か

キャパを超えた仕事量、厳しいノルマ等々、社会で生きてくにあたってはさまざまな苦労が伴うものです。「苦労の数だけ成長する」などという言葉もありますが、はたして本当なのでしょうか。今回の無料メルマガ『弁護士谷原誠の【仕事の流儀】』では現役弁護士の谷原誠さんが、社会における精神的ストレスが人間の成長におよぼす効果について解説しています。

苦労の数だけ成長するか?

こんにちは。弁護士の谷原誠です。

苦労の数だけ成長する

この言葉は真実でしょうが、ある条件をクリアしないと、正しくない結果になるように思います。

ここでは、「苦労」を、「精神的肉体的に力を尽くし苦しい思いをすることというような意味で考えます。

ある青年が、上司から、1週間ではとても完成できない仕事を命じられました。

「なんでいつも俺はこんな苦労ばかりするんだろう」

1週間、その青年は、通常どおり仕事をしました。そして、1週間後、その青年は、仕事を提出しました。

「すみません。頑張ったのですが半分しかできませんでした」

この青年は、成長したでしょうか。

ここでちょっと筋トレを考えてみます。腕立て伏せが10回できる人が、毎日腕立て伏せを10回行うことにしました。初めのうちは、10回やるのに必死でした。そのうち、10回は楽にできるようになりました。少し筋肉がついた気がします。その後も、毎日10回ずつ腕立て伏せを続けました。しかし、それ以降、一向に筋肉は発達しませんでした。

これは、当然のことですね。筋肉は必要な量しかつきませんので、腕立て伏せを10回続ければ、腕立て伏せが10回できる筋肉以上には筋肉はつきません。つまり、筋肉にストレスがかかったときに、それに抵抗し、限界を超えていこうとしない限り筋肉の成長はない、ということです。

精神力も同じだと思います。強い精神的ストレスがかかった時に、それから逃げていたら、いつまで経っても、そのストレスに抵抗できる強い精神力をつけることはできません。強い精神的ストレスがかかった時に、そのストレスに抵抗し限界を超えていこうとする過程で精神力が成長するのだと思います。

したがって、「苦労の数だけ成長する」という公式が成立するためには、

  • 精神的肉体的に苦しい思いをすること

に加え

  • その障害を乗り越えようとする努力

が必要になるのだ、と思います。そう考えると、私たちが成長していくのはやはり楽ではないのだな、と思う次第です。

今日は、ここまで。

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子供を医者と弁護士に育てた親は、幼い頃に何遊びをさせていたか

思いやりのある人間に育てたい、子供の心をしっかり育みたい…、親ならば我が子に対してそう願うものです。とはいうものの、どうすればそのようなことが可能なのかの「正答」を見つけることは容易ではありません。今回の無料メルマガ『親力で決まる子供の将来』では、漫画『ドラゴン桜』の指南役として知られる親野智可等さんが、子供を医師や弁護士に育てたとある家庭の例を紹介してくださっています。

人形遊びで表現力、読解力、思いやりの気持ちが育つ

神奈川県の鈴木さん(仮名)は長女、長男、次女の3人を育てあげ、子どもたちは精神科医弁護士服飾デザイナーとして活躍中です。鈴木さんは子育てを振り返って、子どもたちにやらせてよかったと思うことの一つに人形遊びを挙げています。

そもそもの始まりは、長女に○○ファミリーという人形セットを買ってあげたことです。セットには動物の家族や家具などが入っていて、長女は人形遊びに夢中になりました。

例えば、ネコ一家のお母さんの人形を持って、「さあ、もうお布団に入りましょう」と言いながらネコの男の子を寝かしつけます。すると、次はネコの男の子を持って、「イヤイヤ、まだ寝るのイヤ。もっと遊びたい」と言います。

しばらく一人遊びを楽しんでいましたが、そのうちに長男と次女も加わって3人で仲よく遊ぶようになりました。お母さん役、お父さん役、子ども役を交代で受け持ち、即興で会話をする遊びがメインです。日曜日の昼食、普段の日の夜、夏休みの一日など、場面を決めて物語のように進めることもあったそうです。

少しずつ他の人形や家具も買い足していき、着せ替え服、お店セット、学校セットなども揃えました。お店セットでは店員と客が登場するお店やさんごっこ、学校セットでは先生と子どもが登場する学校ごっこを楽しみました。

鈴木さんはその頃を思い出しながら言います。「お話をつくりながら、登場人物の気持ちを想像して演技するのがとてもよかった。表現力もついたし人の気持ちがわかるようになって読解力もついた何より大事なのは思いやりの気持ちが育ったことだと思う。こう言えば相手はこう感じるとかわかるし、妹の役をやれば妹の気持ちが想像できるわけですから」。

私は「なるほど!」と思いました。人形遊びの教育的効果、実にすばらしいですね。

初出『Smile』(学研エデュケーショナル)

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【書評】「あれは民主化運動ではない」元中国人が語る天安門事件

1989年に中国で発生し、今年6月で30年を迎えた「天安門事件」。中国の民主化を求めた学生のデモ隊に対して中国軍が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出したと言われる事件です。事件から30年経ったことを契機に、新たな目線でこの事件を見つめる必要があると対談で語るのは、中国を知り尽くした「二人」でした。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが、知られざる天安門事件の真相について語った興味深い一冊を紹介しています。

偏屈BOOK案内:石平 安田峰俊『天安門三十年─中国はどうなる?』

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天安門三十年─中国はどうなる?
石平 安田峰俊 著/扶桑社

石平は1962年生まれ。安田峰俊(ルポライター)はちょうど20歳下、1982年生まれ。これは対談だが、安田はカウンセリングを行っているみたいだと、何度かそんな思いにとらわれたという。話題が天安門事件の1989年6月4日の武力鎮圧のくだりになるたび、石平は重苦しく沈黙し、ときに嗚咽を漏らしたからだ。天安門事件当時石平は日本に留学しており、2007年に日本に帰化した。

広義でいう天安門事件とは、1989年の4月半ばから6月4日まで北京の天安門広場を中心に、中国全土に拡大した民主化運動の広がりと、それに鎮圧されるプロセス全体のことをいう。その後、30年間ずっと、石平の認識では天安門の運動は「民主化運動」だった。多くの教科書や書籍もそう記述している。しかし、30年後の今、あの運動がいちばん訴求していたのは、果たして民主化だったのかどうか、吟味する必要があるということで、中国通の安田との対談になった。

石平 「天安門の学生運動が持ち上げられすぎた面、神聖化された面はあるんです。運動をしていた人たちは、最初から壮大なる民主主義の理念に基づいて、三権分立、民主主義社会の建設などの高邁な理念を掲げて始めていたわけではない。恥ずかしながら30年経ってそのことを初めて確認できた」

学生運動の七大綱領を見ると、「体制内で大事にして欲しい」という要素が大きかった。

学生達のいうことは、専制体制の撤廃とか政府の打倒ではない。むしろ体制・政府の存在を認めた上で、自分たちを正当に評価してくれというものだった。命をかけて求める内容が「自分たちを政府に認めてもらうこと」なのだ。「学生運動が『偉大な民主愛国運動』であることを認めよ」なんて要求しているのだ。要するに、最後は自分たちの正当化のための運動になってしまった。

この国のためにどういう社会システムを再構築するか、社会の理想をどう実現するかということよりも、自分たちの運動がいい運動であることを認めて欲しいというのだ。学生たちが一番恐れていたのは、「認めてもらえない」ことだった。政府が愛国運動と認めてくれれば、この運動が終わったあとでも、自分たちは生きていけるが、そうでないと行き場がない。相当情けない主張だな。

安田 「中国には『秋後算帳(秋になってから計算する)』という諺があります。たとえば何らかの混乱状態が発生したとする。当事者たちは発生中の段階ではのびのびやれるのですが、コトが終わった後に権力の側からツケを支払わされるように罪を問われる。それを中国人は恐れます」

って、あなたは中国人か。釈迦に説法。それにしても、日本人があの当時から今まで想像していた中国人学生像とはえらく違う。

「当事者としての自分自身から距離を置いて、当時の石平ではなく、ある程度は研究者の目で、客観的な視点で天安門事件を見つめてみたい」という石平だったが、武力鎮圧の具体的な話に入る前に「これは安田さんが話して下さい。私は口にしたくない」と言う。しかし、話が進むと「すいません。やはり具体的な話は、俺はまだ駄目みたいだ。やめよう」となった。話を先に飛ばした。

天安門事件において、実は「広場内での流血はなかった。学生達は午後5時半までに広場から退去した。広場の学生を無血排除するという作戦目的のために、その遂行過程、例えば市内での進撃において生ずる障害に対して、武力行使は正当化されていた。天安門事件は、実際は北京市内事件」だった。そして中国の経済発展は、天安門事件から始まった、といえるだろう。

失敗知らずだった経営コンサルが、客から打ち切りを告げられた訳

開業や業績回復などのために、企業やお店が経営コンサルティングを依頼をする場合がありますが、お願いすれば必ず問題が改善できるというわけではないようです。その原因はどこにあるのでしょうか。今回の無料メルマガ『がんばれスポーツショップ。業績向上、100のツボ!』では著者で経営コンサルタントの梅本泰則さんが、そのヒントとなりそうな、自身のコンサルティング経験上の失敗と成功の事例を紹介してくださっています。

私のコンサル奮闘記

私がコンサルティングの仕事を始めて5~6年経ったころ、「私のコンサル奮闘記」というニュースレターを発行していました。私のコンサルティング事例をA4版1ページで紹介したものです。

たまたま書庫を整理していたら、それが見つかりました。そこで、その中からいくつかの事例を紹介することにします。それぞれは短い内容ですが、ポイントはつかめるでしょう。まずはコンサルティング活動を始めたころの話からです。

【事例1:最初の仕事】

経営コンサルタントとして開業をしたばかりのときはさすがに仕事がありません。ネット経由でコンサルの依頼をいただいた神奈川県の企業が唯一のお客さまでした。そんな現状を見かねてか、私のコンサル業立ち上げを後押ししていただいた先輩コンサルタントの先生から、仕事の紹介がありました。

「Tスポーツさんから社員研修の依頼があるのですが、私の代わりに出来ますか?」

Tスポーツさんは有名な地域一番店です。私は一瞬躊躇しましたが、何の研修かも聞かずに、思わず「出来ます!」と答えます。

聞いてみると「接客の研修でした。これは困りました。接客の経験が無いわけではありませんが、素人に近い私です。しかも、研修というものをしたことがありませんからどんなふうに進めていったらいいか分かりません

しかし、私にとってはチャンスです。覚悟を決めました。それから研修当日までの2ヶ月間、懸命の努力が始まります。まずは接客に関する本を10冊買い込んで勉強話す内容を整理していきます。

パワーポイントで研修用スライドを仕上げ、何度も何度もリハーサルを繰り返していきます。研修ですから「ワーク」が必要だろうと思い、ワーク内容を考えツールも作り込み、準備万端。いよいよTスポーツさんに訪問する日が来ました。

研修会場についてみると、40名ほどの社員さんが集まっておられます。私はドキドキ、緊張が襲ってきます。それでも、ベテラン講師のように振舞おうと、話を始めました。3時間の持ち時間をやっとのことで終えます。

「ふ~っ、終わった…」

何とかうまく行きました。しかし、喉はからから、背中は汗でびっしょりです。ですから、この日のことは、今でもよく覚えています。この日が私のコンサルタント業の本当の始まりです。今思えば、実に下手な研修でしたが、皆さん一生懸命に受講していただきました。

しかも、数日後にはTスポーツの社長さんから手書きのお礼状が届いたのです。その手紙は私の大切な宝となっています。

よくあるご相談

次は、スポーツ店を開きたいという方からの相談事例です。

【事例2:スポーツ店を開きたい】

新しくスポーツ店を立ち上げることは、それほど簡単なことではありません。毎月のように相談が寄せられますが、ほとんどの方が途中で挫折をします。そんな中、また一本の電話が入りました。Aさんという40代の男性からです。

スポーツ店を開きたいのですがどうしたらいいでしょう?」

お話を聞いてみると、業界の経験もなく、商売の経験もありません。ただスポーツが好きだから、という理由です。よくある話ですね。資金は何とかなるようです。結局、私はその方の熱意に負けてコンサルを引き受けることにしました。

「決して甘くはありませんよ。そして、お店が出せるかどうかはやってみなくては分かりませんよ」と念を押します。「それでも良い」ということです。そこで、まずいつもの手順です。「何のためにスポーツ店を行うか」「将来はどうなりたいのか」を明確にしていただきました。その次は、簡単な経営計画書作りです。

問題は商品の仕入れ先の確保です。メーカーさんや問屋さんに交渉に行かなくてはなりません。この時のAさんの動きが凄かったです。積極果敢に仕入先にアタックを続け、私のアドバイス通りの方法で交渉を重ねます。断られることもありましたが、あきらめません。しぶとく食い下がって、とうとう2ヶ月後には希望の仕入先と契約が出来てしまいました。凄いですね。

実は、この時役に立ったのが経営計画書です。その中には、見込み客への聞き取り調査や、足で稼いだ市場調査がありました。どんなコンセプトで、どんな差別化をして行くかも書かれています。それらもとにした販売計画を説明しながら、仕入先と交渉をしたのです。

その時、既に出店予定地との契約が済んでいました。とにかくやることが早いのです。仕入先が決まると、早速店舗作りに入ります。外装は知人に依頼し、内装は全部自分で考え、什器はオリジナルのものを作ってしまいます。

話があってから4ヶ月後、とうとうオープンが出来てしまいました。私もビックリです。こんなにうまくいったのは、久しぶりのことです。本当にAさんの行動力と素直さには頭がさがりました。私も大いに勉強になった次第です。

今年は休日。10月14日「鉄道の日」の前に仕入れておきたい豆知識

10月14日は、日本で最初に鉄道が正式開業した「鉄道の日」。今回の無料メルマガ『Magazine de Station』では、著者で鉄道車両や路線名の由来などに詳しいM.Gさんが、「日本で最初に誕生した鉄道区間」である新橋横浜間の起点駅と終点駅の成立ちや変遷、車両に関する豆知識を紹介しています。

まもなく「鉄道の日」

♪汽笛一声新橋を 早我が汽車は離れたり
愛宕の山に入り残る 月を旅路の友として♪
(大和田武樹「鉄道唱歌」)

今年も間もなく「鉄道の日」を迎えようとしております。わが国最初の鐡道である新橋横浜間鉄道の「開業日」は明治5年9月12日なわけですが、この日を翌年(といってもその年の12月3日だったわけですが)から導入された太陽暦(グレゴリオ暦)に換算すると10月14日になるからということで、10月14日が鉄道記念日」→「鉄道の日」となりました。今年はくしくも体育の日と重なって祝日になっています。

この当時の新橋駅は現在の新橋駅ではなく汐留貨物駅=現在では汐留シオサイトになっている一帯です。その一角に「旧新橋停車場鉄道歴史展示室」が建っています。余談ですが現在の新橋駅は開業当時は烏森からすもりを名乗っていました。大正3年の東京駅開業に伴いそれまでの新橋駅は汐留貨物駅に、烏森駅が新橋駅にそれぞれ改名されました。

※「烏森」という駅名は名古屋市の近鉄名古屋線にある駅と同じ字ですがこちらは「かすもり」と読みます。

では当時終点だった横浜駅はどうかといいますとこちらの駅は現在でも存在します。ただし東海道線(及び根岸線)の横浜駅としてではなく根岸線の桜木町駅として、です。正規路線名で根岸線と呼ばずに「京浜東北線といった方がピンとくるかもしれません。こちらもスイッチバック形式(国府津駅からの路線が開業した当時はここでスイッチバックして新橋方面なり国府津方面なりに向かっていた)だったのを改める形で新駅(現在の横浜駅の一代前の横浜駅。高島町にあった)が出来たときに、「横浜駅」の名を譲る形で桜木町駅と改名しています。

余談ですが…桜木町駅というと(これを教訓として自動扉付きの車両には非常用ドアコックの設置が義務付けられることとなった)「桜木町事故」でも有名ですね。

因みに当時走った機関車のうち一両がさいたま市の鉄道博物館にあります。阿川弘之氏の童話『きかんしゃ やえもん』のやえもんのモデルです。あと犬山市の明治村の尾西鉄道12号機関車は開業の翌年に増発に備えて輸入されたうちの一両を尾西鉄道に払い下げたものです。「当時のボイラー」(明治村に来たのち老朽化に伴い修復・交換した)は「SL東京駅」から坂を下ったあたりにあります。

余談ですが…尾西鉄道は現在の名鉄の路線のうち尾西線=現在の名鉄の路線で一番古い歴史を持つ路線でもある=の大部分を建設・開業した会社です。

では、この辺で(^^)/~~~

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水産庁の取締船と北朝鮮の漁船が衝突。約20人が海に投げ出される

海上保安庁によると、7日午前9時10分ごろ、能登半島の北西約350キロの海域で「水産庁の漁業取締船と北朝鮮漁船が衝突した」と水産庁から連絡があったと、共同通信産経新聞NHKニュース朝日新聞毎日新聞などが速報で報じた。報道によると、漁船の乗組員約20人が海に投げ出されたという。なお、十数人は救助された模様。


NHKニュースによると、海上保安庁の話として、7日午前9時10分ごろ、水産庁から「石川県の能登半島の北西、およそ350キロの沖合で、水産庁の漁業取締船と北朝鮮の大型の漁船が衝突した」と連絡が入ったという。北朝鮮の大型の漁船が浸水し、乗組員約20人が海に投げ出され、現在、水産庁の漁業取締船が救助にあたっているとしている。衝突したのは水産庁の取締船「おおくに」で、同船の乗組員にけが人などは確認されていないという。毎日新聞によると、現場は好漁場として知られる大和堆(やまとたい)に近く、北朝鮮や中国の漁船の違法操業が相次いでいるという。現場近くでは8月23~24日、北朝鮮海軍のものとみられる旗を掲げた高速艇の乗組員が銃のようなものを見せるなどして水産庁や海上保安庁の船に接近していたとしている。(随時更新)

※本記事内のツイートにつきましては、Twitterのツイート埋め込み機能を利用して掲載させていただいております。

source: 共同通信産経新聞NHKニュース朝日新聞毎日新聞

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オンワード大量閉店600店の衝撃。百貨店アパレル終わりの始まり

「23区」「組曲」「五大陸」などを展開するアパレル大手のオンワードホールディングスが、大規模な店舗閉鎖の実施を発表し話題となっています。今回の無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』では著者で店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんが、同社をはじめ百貨店向けアパレル企業が軒並み苦戦を強いられている現状を紹介するとともに、オンワードHDが取り組む「構造改革」の成否を占っています。

オンワード、構造改革で大量閉店へ

アパレル大手のオンワードホールディングス(HD)は10月3日、不採算店の閉鎖を実施すると発表した。規模は明示していないが、10月4日付日本経済新聞によると〈グループ全体で国内外に約3,000ある店舗の2割程度に相当する約600カ所を閉鎖する見通し〉だという。大量閉鎖により構造改革を進め収益性を高めたい考えだ。

オンワードHDは同日、2020年2月期の業績予想を下方修正した。不採算店の閉鎖など構造改革で特別損失を計上するとし、連結最終損益は240億円の赤字(前の期は49億円の黒字)に引き下げた。従来は55億円の黒字を見込んでいたが、一転して最終赤字となる。営業利益は55億円から12億円前期比73.1%減)に下げた。売上高は2,560億円(同6.4%増)で据え置いた。

翌4日、19年3~8月期の業績を発表した。最終損益は、構造改革の特別損失252億円を計上し、244億円の赤字(前年同期は14億円の黒字)となった。売上高は前年同期比4.0%増の1,184億円、営業損益は8億円の赤字(同6億円の黒字)だった。売上高は、3月に買収したカタログギフト会社が加わったことが寄与した。

オンワードHDは「23区」「組曲」「五大陸」といった百貨店向けのアパレルを主に販売するが、その百貨店販売で不振が続き業績が低迷している。

同社子会社、オンワード樫山の百貨店向け売上高の全体に占める割合は66%にも上る。その主要販路の百貨店販売で苦戦しているのだ。19年2月期の百貨店向け売上高は前期比5.7%減の906億円と大きく減った。14年2月期から5年連続で減少しており、この間で22.8%も減っている。ブランド別では、この5年間で旗艦ブランドの「23区」の売上高は1.3%減って269億円、「組曲」は15.8%減って97億円となっている。

もっとも、百貨店自体の売上高が年々減少しており、オンワードだけの問題ではないだろう。日本百貨店協会によると、18年の全国百貨店売上高は前年比0.8%減の5兆8,870億円だった。17年に続き6兆円を下回った。ピークとなる1991年の9兆7,130億円からは4割も減っている。ファストファッションの台頭で高価格の百貨店アパレルが敬遠されるようになったほか、少子化や消費者の購買行動の変化が影響した。こうした消費者の百貨店離れがオンワードを直撃したかたちだ。

百貨店向け販売が苦戦しているアパレル企業はオンワードだけではない。三陽商会も主力販路である百貨店での販売が振るわず、業績が悪化している。三陽商会は英高級ブランド「バーバリー」のライセンス販売契約が15年に終わった後、後継ブランドが育たなかったため、苦戦を強いられるようになった。

三陽商会の18年12月期の連結決算は、売上高が前期比5.5%減の590億円、営業損益は21億円の赤字(前の期は19億円の赤字)だった。最終損益は8億円の赤字(同10億円の赤字)。営業赤字と最終赤字は3年連続となる。

レナウンも百貨店向け販売の不振で業績が悪化している。19年2月期連結決算は、売上高が前期比4.1%減の636億円、営業損益は25億円の赤字(前の期は2億円の黒字)だった。最終損益は39億円の赤字(同13億円の黒字)。売上高は減少が続き、利益は幾度となく赤字を余儀なくされている。

このように百貨店アパレルは厳しい状況にあるが、台頭しているアマゾンやゾゾタウンなどインターネット通販に顧客を奪われている側面もあるだろう。近年は個人間取引の中古流通サイト「メルカリ」も脅威だ。ネットで手軽に衣料品が買える環境が整っており店舗での販売は苦戦を強いられるようになった。

なぜ食品メーカーはこぞって業務用時短食材を提供し始めたのか?

手間をかけずに短い時間で簡単に美味しい料理が完成。忙しい人にとって時短レシピや時短食材は重宝がられ定着しています。そんな、個人や家庭向けだったトレンドが、プロの世界である外食産業にも広がっているようです。メルマガ『理央 周 の 売れる仕組み創造ラボ 【Marketing Report】』発行人の理央周さんが、食品メーカー大手が業務用の時短食材を提供し始めた理由から、顧客に選ばれる企業になるために必要なことを示しています。

BtoBにまで広がっていく時短食材

食品メーカーの大手企業が、調理時間を短くできる時短食材を、レストランやホテルに提供し始めました。

9月21日の日経新聞本誌によると、日清フーズは早茹でのパスタ麺、カゴメでは下ごしらえ不要の冷凍野菜、キューピーは調理済みのスクランブルエッグの冷凍品と、いった具合で、多様な企業が多様な食材を提供し始めています。ミツカンなんかは、メイン商材の「酢」なのですが、様々な料理に使える万能の「味付けしやすい酢」を出したとのこと。面白いですよね。

私も料理をやるのですが、家での料理はそれほど本格的なものを作るわけではなく、だいたいいつも1時間くらいで3品ほど作ります。以前は、野菜や肉などの素材を買ってきて、レシピ本どおりに調味料を合わせて、煮たり焼いたりするという具合に、まるでプラモデルを作るかのように、いちから作っていましたが、ここ数年、味の素のクックドゥの「中華素材の元」のように、肉と野菜を入れて、まぜて炒めるだけで青椒肉絲ができる、という便利なものを使うようになりました。

これらを使うことで、作る時間を短縮して、食卓に出すことができます。味の方も、レンジでチンするだけのインスタント食品よりも、作りたての感じがあって美味しいんですよね。

このように、個人向け・家庭向けでの時短料理は、少し前から世に出ていました。その背景には、社会環境の変化が影響しています。やはり共働きが増えて夫婦両方で働くようになる、女性の社会進出の増加、都心部では自宅から勤務地への通勤時間の増加などで、料理の時間を以前ほど取ることができなくなったことがあります。

今回の事例は、個人・家庭の時短料理のトレンドが、飲食店などの対会社向けの事業にも出てきた点に、ちょっと注目をしていきたいと思います。この背景には、ここのところよく話題になっている、外食産業の人手不足があります。

飲食産業では、慢性的な人手不足なので、できる限りシンプルな料理法でできる食材によって、調理にかかる時間を短縮して、その分働く人数を減らすことができたり、1人あたりの時間数を減らしたりすることができるようにしたい、と考えます。

さらに、時短に加えて料理法もシンプルにできるとなると、熟練した料理人ではなくアルバイトくらいでもできるようになり、求人をする際にも以前よりしやすくなります。

飲食業界では、人手不足という問題を解決するために、シンプルな料理法を求めているわけなのです。こういった得意先のニーズに目をつけての、ここのところの食材メーカーの動きが、時短食材の広がりにつながっているのです。

香港には介入せず、台湾を睨む習近平の中国。問われる日本の戦略

長引く米中貿易戦争、一国二制度を揺るがす香港デモなど、習近平の指導力の低下が疑われていますが、建国70周年の国慶節での様子からそれらの噂は完全否定されたと見るのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんです。島田さんは、その確固たる習近平体制の元で中国が目指すOne China、One Asia構想を解説。独自情報を元にした香港、台湾への対応を示唆するとともに、日本も態度を明確にすることが必要と訴えています。

習近平が目指すもの:アジアの盟主へのシフトチェンジ

10月1日、中華人民共和国が建国から70周年の節目を迎えました。米中貿易戦争の影響が長引き、習近平国家主席の指導力に陰りが出てきたのではないかとの噂を完全に否定するかのように、国慶節の一連の行事において、習近平国家主席による全権力の掌握と未来に向けた自信が窺える機会になったとの印象を持っています。

その典型例が、天安門広場で開催された大規模な軍事パレードです。今回、アメリカへの警告として発表されるのではないかとされたICBM(大陸間弾道ミサイル)である東風41ミサイルも披露されたほか、極超音速のミサイル(アメリカの最新鋭の防衛システムをしても検知できないほどの速さで、飛行速度はマッハ5を超えるとのこと)なども披露され、中国が確実に軍事大国(現時点でアメリカに次ぐ第2位)に成長している姿を世界に発信しました。

この軍備および総力200万人と言われる中国人民解放軍の圧倒的な実力の誇示はもちろん、式典に江沢民・胡錦涛元国家主席を左右に従えて登場した姿は、国内外に習近平体制の完成、特に軍部の完全掌握を印象付けています。それを確実にしたのが、軍事パレードの儀仗隊が最初に掲げた旗が、これまでのように国旗や軍旗ではなく、中国共産党旗であったことで、共産党による軍の支配を確実にしていることを示しています。

軍事パレードが国内外に示したメッセージは、いくつかありますが、アメリカへの牽制という側面以外に、ウイグルや香港で進む民主化運動の“抑圧”への覚悟と、香港と同じ『一国二制度』の適用を通じた、近いうちの“台湾統一”への意欲の表れという意味合いも含んでいると思われます。

また台湾を含む“周辺国”に圧倒的な実力差を示すことで、中国への対決姿勢を牽制し、中国を中心とした“第2の勢力圏”の形成への覚悟を見ることができました。アメリカ中心の覇権に替わる第2の勢力圏への道についてはこのコーナーの最後で再度触れるとして、ここでは香港、ウイグル、そして台湾をターゲットにした“民主化運動への徹底抗戦”の観点について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

まず、今回の香港における民主化デモは、香港行政府による犯罪人引渡(逃亡犯引渡)条例案への反対が起点となり、途中、香港国際空港の閉鎖や地下鉄駅の閉鎖など、結果的に香港の国際経済における信用性を没落させる結果を招きました。ロンドン証券取引所と香港証券取引所との合併・協業の話も、今回のデモによる混乱で、無期限延期になっていますし、香港訪問の外国人観光客数も今は激減しており、香港経済を苦しめています。

一国二制度の下、この負の状況は、中国(北京)政府も憂慮すべき事態となっているかと思いますが、対岸の深センに大規模な人民解放軍および武装警察隊の派遣を行った以外は、目立った介入は行っていません。非常に不可解に思われますが、これはどうしてでしょうか。