NTT広報室 vs 楽天・三木谷会長のケンカ勃発、自民の密室「NTT法議論」めぐり泥沼バトルの何故

自民党内で「NTT法廃止」が議論されているとの報道を受けて、楽天の三木谷浩史会長が、X(旧Twitter)の個人アカウントで疑義を表明し、KDDI、ソフトバンクの社長も加勢しました。それに対しNTT広報室の公式アカウントが真っ向反論を展開したことで、大きな注目を集めています。この状況を専門家はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『石川温の「スマホ業界新聞」』で、ケータイ/スマートフォンジャーナリストの石川さんは、自民党が進める「密室での議論」が可視化されると歓迎。総務省は4社幹部と公開で議論すべきと提言しています。

NTT広報室の公式Xアカウントが楽天・三木谷会長に噛みつく

NTT法のあり方についての議論がX(旧Twitter)にまで波及した。詳細は割愛するが、楽天・三木谷浩史会長に、NTT広報室の公式Xが噛み付くなど、すでに泥沼の様相を呈している。個人アカウントにNTTという企業アカウントがツッコミを入れること自体に驚きを隠せなかった。

17日の朝、たまたまNTT広報室アカウントが単独で呟いているのをすぐに発見。リポストした後にすぐに消されてしまった。その直後、今度は三木谷会長に返信する形でのポストに変わって投稿されたがまた削除されたりと、かなり慌てて投稿している様子が伺えた。実際、投稿された文書も、あまり練られた感じがせず「社員が勝手に投稿したのか」と思えるほどのクオリティであった。しかし、一部報道では「NTT広報室によるもの」と認めているため、NTTとしての正式な声明と捉えていいようだ。

事業者間のポスト合戦が盛り上がりを見せるなか、自民党の議員が「現在、NTT法等のあり方について自民党内で様々な角度から検討している最中です。提言案が公表されていない段階で、不正確な報道もあります。加えて、我が国の主たる情報通信事業者同士のSNS上でのやりとりを見ると非常に残念です」と呟いていた。

そもそも、自民党の一部が、密室で事を進めようしている不信感から、通信会社の幹部は声をあげているのではないか。公開での議論ではないからこそ、「不正確な報道」が出てしまうのではないか。

「我が国の主たる情報通信事業者同士のSNS上でのやりとりを見ると非常に残念です」とあるが、SNS上でやり取りされると、自民党のやりたいようにできない危機感を抱いているのではないだろうか。

通信会社が記者会見を開いたことで、メディアがNTT法について取り上げやすくなった。さらに、幹部がSNSで発信し、バトル形式が面白おかしく伝わったことで、ネット民にも一気に広がった。もはや「SNS上でのケンカ」で、ややエンターテインメントになりつつあるが、それでもNTT法がどうあるべきかが、一般に伝わることは重要だ。

これによって、自民党のプロジェクトチームが暴走すれば、それが可視化され、国民にもその状況が理解されることだろう。ニッポンの未来の通信のあるべき姿を議論していくのに、自民党の密室で全てが決められてはいけない。自民党の中でも反対勢力が出ているようで、ここはじっくりと時間をかけて、議論を進めていくべきだろう。

X上で、お互いが「ナンセンスだ」と罵り合っても、空中戦で終わるばかりで進展はない。ここは総務省できっちりと、4社の幹部などが集まり、インターネット中継をした上で、「未来の通信がどうあるべきか」を語り合い、NTT法のあり方を詰めていくべきだろう。

この記事の著者・石川温さんのメルマガ

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CEO電撃解任で話題のOpenAIに対抗?イーロン・マスクがAI「Grok」をリリースした狙い

AIの急速な進化は、2023年の最も大きなトピックの一つと言えるものだったのではないでしょうか。その進化を牽引し、先ごろサム・アルトマンCEOが電撃解任されたことでも話題の「OpenAI」に巨額の出資をしていたイーロン・マスク氏が、自らxAIを立ち上げ「Grok」という名のAIを限定リリースしたそうです。このニュースを取り上げるのは、メルマガ『週刊 Life is beautiful』著者で、Windows95を設計した日本人として知られる中島聡さん。マスク氏がAI開発に乗り出した理由を分析し、先行するOpenAIのGPT3/4やMetaのLlamaにxAIの「Grok」がどう対抗しようとしているのか探っています。

私の目に止まった記事:Elon Muskが作ったAIスタートアップxAIが、「Grok」という名前のAIを限定リリース

Elon Musk Announces Grok, a ‘Rebellious’ AI With Few Guardrails

Elon Muskが作ったAIスタートアップ、xAIが、Grokという名前のAI(ChatGPTと同じくLLM)を限定リリースしたことを報じているWiredの記事です。

この記事によると、AI人材の採用を6月にスタートし、開発はわずか2ヶ月で行ったそうです。現時点では、招待制なので、誰もがアクセスできるわけではありませんが、徐々にユーザーによる評価が増えてくると思います(私もWaitlistに登録しました)。

xAIが独立したベンチャー企業なのか、X(旧Twitter)の一部なのかは明確ではありませんが、Xの有料会員は誰でもアクセス出来るようにする、とのことなので、Xと深い関係にあることだけは確かなようです。Elon Muskは、以前から、SpaceXのエンジニアに、Teslaが必要な合金を作らせたりとか、会社を跨いだ人材やリソースの使い方をしているので、今回のその辺りは曖昧です。

Elon Muskは、非営利法人として人類全体のために人工知能を開発するOpenAIに巨額の出資をしましたが、OpenAIがMicrosoftの投資を受けて営利法人に変わってから(正確には、非営利団体は大株主として存続)は関係が悪くなっており、xAIの設立は、その関係した悪化に対するElon Muskの回答です。

OpenAIが成し得なかった「非営利法人として人類全体のために人工知能を開発する団体」なのかも知れませんが、単に、OpenAIの行動が気に入らないから、それに対抗する会社を作っただけ、とも解釈できます。

多くのLLMは、X(当時はTwitter)が提供するAPIを活用して集めたデータを機械学習に活用していることが知られていますが、それを嫌ったXがAPIを閉じて以来、X上の最新データをLLMの学習には応用できなくなっています。Elon Muskは、xAIのみにXのデータを開放することにより、それをxAIの差別化要因にしようとしています。

この記事の著者・中島聡さんのメルマガ

なぜ大谷翔平はWBCメキシコ戦でベンチに向かって「叫んだ」のか?

日本を代表する野球選手となった大谷翔平選手。今回のメルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、彼の強さについて、WBCで監督として活躍した栗山秀樹氏のインタビューの中から紹介しています。

大谷翔平選手の叫び

WBCで侍ジャパンの優勝を牽引した栗山英樹氏が、日本ハムの球団運営に関わる要職に就任されることが発表され、話題を呼んでいます。

本日はその栗山氏が『致知』10月号にて、円覚寺派管長の横田南嶺老師と対談された記事の一部をご紹介いたします。

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大谷翔平選手に見る「浩然の気」

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〈横田〉
決勝戦の最後がトラウト選手との直接対決。あの場面をご覧になっている時の監督は、これで抑えてくれると微塵も疑いがなかったわけですか?

〈栗山〉
監督の仕事っていうのは、最悪の状況でも負けないようにすることです。
3対2と1点リードで迎えた9回表、翔平をマウンドに上げた時、野手も2人交代して守備固めに入りました。

「もし同点にされていたらどうしたんですか」って、後で周りからも言われたんですけど、僕があそこでほんの一ミリでも同点になるとか負ける可能性を頭に描くと、その通りになってしまうと思ったんですよ。

翔平の覚悟も感じていたので、あの采配は絶対にこのイニングで終わらせるというメッセージでもありました。

〈横田〉
両者ともメジャーリーグを代表する選手ですから、おそらく技術の差はほとんどないと思うんです。

でも、監督もお読みになっている『孟子』に、「浩然の気」という言葉が出てきますね。

これは大河が滔々と流れていくような、この上なく強く大きく真っ直ぐな気のこと。大谷選手の浩然の気が相手バッターを圧倒していったんじゃないかと感じました。

それから、準決勝のメキシコ戦で9回裏に劇的な逆転勝利を呼んだのも、先頭で彼がヒットを打ち、ヘルメットを投げ捨てて全力疾走し、二塁まで到達してベンチに向かって叫びましたよね。

あれで気の流れが変わって、こちらに引き寄せたと思うんです。

ストレスを受けたとき、絶対にやってはいけない「最悪の発散法」

ストレス社会ともいわれる現代、うまく付き合っていかないと心も疲れてしまいますよね。そこで、今回のメルマガ『セクシー心理学! ★ 相手の心を7秒でつかむ心理術』では、著者で現役精神科医のゆうきゆう先生が、最高のストレス発散法を紹介しています。

最高のストレス発散法と、最悪のストレス発散法

最悪のストレス発散法

まず1つ目に、「抑圧」という心理作用があります。

これは、ストレスがたまったとき「とにかくガマンする」ことを指します。

これを繰り返していると、人はどんどん気持ちが落ち込んでしまいます。

そして行き過ぎた抑圧の結果、うつ病などの精神疾患を発症する場合もあります。

よって、ストレスを抑圧し過ぎるのは良いことではありません。

では「抑圧」しない場合の行動について見ていきましょう。

これが2つ目、「置き換え」です。

これはまさに、ジャイアンにいじめられたスネ夫がのび太をいじめる構図と同じです。

ストレスを感じたときに「他の人を攻撃対象にする」という方法です。

上司にイヤミを言われた中間管理職が、自分の部下にイヤミを言うのも、「置き換え」です。

しかしながら、この方法では別の人を攻撃することになり、あちこちで人間関係がどんどん悪くなります。

では、「モノに当たって発散すれば良いのか」というと、それも違います。

実は、ストレスを抱えた人が物を殴ると、気持ちを発散できるのかを調べた実心理学実験があります。

すると、ものを殴った人は全く気持ちを発散できておらず、かえって攻撃的な気持ちやストレスがより高まったという結果になりました。

攻撃的な気持ちやストレスを物や人にぶつけて発散しても、実はあまり意味がないのです。

クマの駆除を「かわいそう」という上から目線の人が気づいていないこと

熊の駆除に対して役所へ「熊がかわいそう」という内容のクレーム電話が多くかかってくるというニュースが話題となっています。メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』の著者で現役小学校教師の松尾英明さんは今回、「かわいそう」という“上から目線”の言動に対して、学校教育にも通じるものがあると語っています。

「かわいそう」の上から目線を問う

前号に続き、熊出没に関する問題からの気付き、雑感。

熊の駆除に対し、役所等へ一部理不尽なクレーム電話があるという。

「熊がかわいそうだ」という。

私は野生の熊に出遭ったことがない。

だから、その真の恐ろしさについては知らない。

知らないが、海におけるサメやシャチなどと同様、確実に出遭ってはいけない危険な生き物であることはわかる。

少なくとも、様々なアニメやグッズのキャラで見るような「だらけて間抜けで可愛い生き物」ではないことだけは間違いない。

何なら、普通の中型犬でも危険を感じることがある日常経験から、子熊ですらかなり危険な気がする。

例えば、アフリカで人がライオンに遭遇して襲われそうになったから、銃殺したとする。

「ライオンがかわいそう」「銃を使うな」というだろうか。

多分、言わない。

ライオン対人間で、もしも銃なしの状況では、どう考えても人間に勝ち目がない。

自分のように銃をもったことすらない人間では、銃があって死ぬ気で闘っても勝てる気がしない。

むしろ、その状況でかわいそうなのは人間の方である。

多分、野生の熊はそのレベルの猛獣である。

また、話してわかる、しつけてわかる相手でもない。

熊には人間の言葉も文化も論理もわからない。

背後を見せて逃げれば襲い掛かってくる。

かわいそうとかどうこう言っているレベルの話ではない。

「永遠の命」を描き切ろうとした手塚治虫『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』に見る“迷い”と“苦悩”の欠片

今も「漫画の神様」 と呼ばれて愛され続けている漫画家・手塚治虫が1973年から78年にかけて『週刊少年チャンピオン』で連載した名作『ブラック・ジャック』。孤高の天才医師を主人公に読み切り連作のスタイルで連載された本作ですが、単行本化の際に手塚自身の手によって再構成や加筆が施された作品が数多く存在しています。特に大きな改変が見られるエピソードを中心に、オリジナル版と単行本版を比較して読めるような形で掲載した『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』(立東舎)が、去る11月20日に刊行されました。発売日に三刷が決定するほど大きな話題をよんでいる本書ですが、連載開始当時に人気低迷の時期だったという手塚は、本作品で何を描こうとしていたのでしょうか。漫画原作者で、元漫画編集者の本多八十二さんが「永遠の命」を軸に考察します。

手塚治虫が描き切った、永遠の命

若い医学生たちの苦悩と青春を描いた大森一樹監督の初期作品『ヒポクラテスたち』(1980)に、手塚治虫が小児科教授として短い時間だが出演している。なんていうか、いろいろあったろうに、一周まわって総てを呑み込んだ存在、というような貫禄で、白衣をまとって微笑をたたえていた。大森監督はもともと漫画少年で、手塚作品にも強い影響を受けたとの由。大森監督も手塚治虫と同じく関西の生まれ育ちで医学部卒とあって、その共通項とあこがれから出演を打診したのかもしれない。そんな手塚治虫が描いた医療漫画の決定版とは、と、いうような導入で、手塚治虫の新刊のご紹介。

『魔法屋敷』『ミッドナイト』等、手塚治虫の往年の名作に、埋もれていた単行本未発表形態を発掘し見比べるという新たな視点を提供し続けている立東舎の手塚治虫復刻シリーズに、いよいよ満を持して加えられた『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』が、11月20日の発売日を待たずして重版、三刷が決定するほどの話題をよんでいる。

手塚治虫の代表作のひとつである『ブラック・ジャック』は、孤高の天才医師を主人公として、読み切り連作のスタイルで1973年から78年まで秋田書店「週刊少年チャンピオン」に連載された。この作品を描き始める前後の手塚は、自身のプロダクションの経営難や少年誌での人気低迷などで苦境に立たされ、当時のチャンピオンの名物編集長が「手塚の死に水をとる」という意気込みで執筆を依頼した、いわば作家としての土壇場の花道のような存在であったということは、これまでも多くの検証本で述べられている。

手塚治虫自身が大阪帝国大学附属医学専門部卒であり、『ジャングル大帝』や『鉄腕アトム』を執筆しながら医師国家試験に合格したとのことだが、2008年に秋田文庫でまとめられた『手塚治虫医療短編集』でみられるような、それまで掌編で散発的に露見していた手塚の医学の知見が、ほぼ初めて長編連載として連続して全面的に活かされていることからも、『ブラック・ジャック』が手塚自身のアイデンティティと深いかかわりをもった作品であることがうかがいしれる。

天才医師が主人公、と冒頭に書いたが、『ブラック・ジャック』はどんな病気や怪我でも治してしまう非凡な医師の活躍を描いた万能医学絶対礼賛漫画ではない、のだろう。ブラック・ジャックは他のどんな医師にも劣らない医療技術をもちながら、全編を通して、人命を救うことの是非を悩み続けている。むしろ、どれだけ医学が発展進化し医療が高度化しても救えない命はあり、そもそもすべての病を人間から遠ざけた結果、その向こうには何があるか、それは果たして人類の幸福といえるものなのかを問うた、手塚治虫本人の答えのない迷いや悩みが昇華した漫画のように思える。

今回この記事を書くにあたり『ブラック・ジャック』のウィキペディア項を参照した際、初めて彼の本名が間黒男(はざまくろお)であるということを知ったくらい拙稿筆者は本作品について門外漢なので、そのような講釈を述べることははなはだ恐縮なのだが、病と無縁な肉体や、無限の寿命なんてものはないのですよ、仮にあったとしてもそれは幸せではないのではないですか、という手塚のメッセージが、『ブラック・ジャック』の各回で繰り返し描かれているような気がしてならない。

生きることそのものの憂いのようなもの、それはもしかしたら我々が背負った原罪なのかもしれないが、それと表裏一体となる生命に対する讃頌が、もしかしたら手塚漫画の一貫したテーマだったのではないか。それは『火の鳥』や『鉄腕アトム』のような象徴的な“永遠の命”を扱った作品との対比でも考察できるだろうし、多くの話者が手塚作品を通じて語ってきた題目で、手垢のついた切り口なのだろう。もしかしたら、昨今SNS上で言われている世代間の対立や高齢者サブスク医療の是非、健康寿命とは何か、遠くで起きている紛争と卑近な日常の小さな幸せとの矛盾なども、こうした手塚の作品群に予見されていたものなのかもしれない。

ただ、そういう絶対的な幸福が得られない不幸、という哲学的命題を背負っているこの作品が、先述のように手塚の窮地から出発したものであり、これまでの手塚キャラをスター・システムとして次々と登場させてブラック・ジャックという名医に治療させよう、というオールスター出演の賑やかな構想から始まったというのが興味深い。深遠なテーマは露骨に狙って即座に表出するような安直なものではなく、ずっと作者の創作マグマの奥底に流れていたものが機会を得て初めて華開くものなのだなと心底感じる。

他方、いくら医学博士とはいえその源流となる知識は手塚が医学生だったころのものが土台となっており、その後の臨床経験は豊かとはいえないわけだから、常に進歩していく医療現場の実際とは異なる描写もあったことだろう。加えて、医療が人体から病や苦痛、老いまでも取り除き、ずっとずっと生きながらえることが善いことなのかという難しい題材は、細かな描写ひとつ違えば全く別のオチや読後感に至ることにも繋がりかねない。そういった薄皮一枚の世界である表現の選択肢、また発表・刊行時の時勢や情勢の変化なども相まって、他の手塚作品以上に、『ブラック・ジャック』には数々の改稿やバージョン違い、単行本収録を見送られてきた回などが存在する。

これまでも機会ごとに各先人の手でその異同の研究がなされてきたが、今回手塚プロダクション資料室の大きな協力のもと、現時点での考証の集大成として『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』が編まれた。本書の編者であるアンソロジスト・濱田髙志がどういういきさつと意気込みで手塚作品の復刻に携わっているかは、手塚治虫オフィシャルサイト内のコラムページ「虫ん坊」に収録されている山崎潤子によるインタビュー「私と手塚治虫 濱田髙志編 全4回」に詳しいので、ご興味のある方は参照されたい。

2024年に自民党を襲う特大スキャンダル。解散できない岸田総理の道連れで選挙大敗、ブタ箱送りも

なす事すべてが裏目となり、支持率も下落する一方の岸田政権。完全に国民から見限られた感が強い首相ですが、もはやこのまま去りゆくしか道はないのでしょうか。今回のメルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』ではジャーナリストの有田芳生さんが、年内の解散総選挙を断念した岸田首相の行く末を予測。さらに来年9月の総裁選までに残された、総選挙に打って出られる「唯一のタイミング」を考察しています。

※この記事は、メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』2023年11月17日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

有田芳生(ありた・よしふ)
1952年生まれ、ジャーナリスト、テレビコメンテーター。立憲民主党所属の元参議院議員(2期)。出版社に勤務後、フリージャーナリストとして「朝日ジャーナル」「週刊文春」など霊感商法批判、統一教会報道の記事を手掛ける。2022年12月より、まぐまぐのメルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』が好評配信中

年内解散総選挙を決断できず。ついに見えた岸田政権の終わりの始まり

岸田総理が年内の解散、総選挙を断念したと『朝日新聞』(1面)とNHKニュースが報じたのは、11月9日だった。

政権が驚愕したのは、毎週1人(山田太郎文科政務官、柿沢未途法務副大臣、神田憲次財務副大臣)の辞任も反映して、世論が離れているからだ。

11月13日に公表されたフジテレビと産経新聞の世論調査では、内閣支持率が27.8%(前回は35.6%)、不支持率が68.8%(前回は59.6%)だ。

もはや危険水域に入り、「春にも電撃退陣」と断定して煽るメディアまで現れている。菅義偉政権が選挙を前にして退陣したのと同じ空気が流れている。

私の実感としては、2009年夏の政権交代選挙に至る麻生政権のときのようだ。9月にリーマンショックが起き、世界経済に波乱が襲い、日本経済も先行き不透明になった。

麻生政権の支持率も低下し、いつ解散、総選挙に向かうかと、毎日のように観測情報が流れた。

私は「新党日本」公認、「民主党」推薦で東京11区(板橋)で立候補する予定で、毎日毎日地元を歩いていた。

私にとっては初めての衆議院選挙だった。参議院選挙と違って、いつ解散があるかは総理の腹次第だった。正直にいって毎日のように不安と不満が溜まっていった。「早く解散してくれ」という思いだ。

いままた多くの予定候補者の心境がわかる。勝利するか敗北するかではない。時間が延びれば勝つ条件ができていくというレベルではないのだ。

この記事の著者・有田芳生氏のメルマガ

ギクシャクの米中首脳会談。両国関係は和解不可能な敵対状態なのか?

11月16日、約1年ぶりに開かれた米中首脳会談。2017年4月以来の訪米となる習近平主席を米政府は表向き歓待、友好ムードを演出しましたが、会談自体は「実りあるもの」とはなりませんでした。その原因はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野さんが、双方の「米中関係の捉え方の相違」が何をやってもギクシャクしてしまう根源であると指摘。さらに中国は米国に代わり世界覇権の奪取など考えていないとして、その判断理由を詳細に解説しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年11月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

米中会談が実りの少ないやり取りとなった虚しさの根源

米中首脳が11月16日、サンフランシスコでのAPEC首脳サミットの機会に会談し、軍部トップのレベルを含め対話を強化していくことなどで合意したのは結構なことではあるけれども、そもそも両国間で世界理解とそれに基づく両国関係の現段階についての原理的認識が一致していないことが、このギクシャクして実りの少ないやり取りの虚しさの根源である。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

調査だけで数十億円も交付。地方の目が「核のごみ」処分場に向いている訳

原発政策を強力に推進しながら、未だ高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設予定地すら決められない日本政府。そんな中にあって、「核のごみ」により分断を余儀なくされた地域があることをご存知でしょうか。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では著者の伊東さんが、処分地選定をめぐる「文献調査」を受け入れるか否かで民意が二分した長崎県対馬市のケースを紹介。その上で、「日本に核廃棄物の処分地として適する場所はない」と断言した地球科学の専門家有志の声明を取り上げています。

プロフィール伊東 森いとうしん
ジャーナリスト。物書き歴11年。精神疾患歴23年。「新しい社会をデザインする」をテーマに情報発信。1984年1月28日生まれ。幼少期を福岡県三潴郡大木町で過ごす。小学校時代から、福岡県大川市に居住。高校時代から、福岡市へ転居。高校時代から、うつ病を発症。うつ病のなか、高校、予備校を経て東洋大学社会学部社会学科へ2006年に入学。2010年卒業。その後、病気療養をしつつ、様々なWEB記事を執筆。大学時代の専攻は、メディア学、スポーツ社会学。2021年より、ジャーナリストとして本格的に活動。

長崎・対馬 「核のごみ」拒否 調査だけで交付金… かつてはカドミウム汚染に苦しめられ 処分場「日本に適地なし」

原子力発電の過程で出される高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」の処分地選定をめぐり、第1段階にあたる「文献調査」を受け入れるかどうか議論していた長崎県対馬市の比田勝(ひたかつ)尚喜市長は9月27日、市議会において調査を受け入れない意向を表明。

理由について、比田勝市長は受け入れの是非をめぐってそれぞれの主張による市民の分断が起こり、合意形成が不十分になったことや、風評被害、とくに韓国人環境客の減少など観光業に影響を与えるおそれを挙げた。

比田勝市長は、

「(賛成派・反対派)双方とも対馬市の将来を考えての議論であったと思う。私としてはこの見解をもってこの案件に終止符を打ちたい」(*1)

と語り、「核のごみ」をめぐり意見は対立した市民が再び、一体となるような施策を講じていく考えを示す。

「核のごみ」は最終処分場を設けて地下300メートルより深く埋めることを定めており、処分の選定にあたっては3つの段階で調査を行うことになっている。

このうち第1段階にあたる「文献調査」の受け入れについては、対馬市議会が9月12日、賛成派の団体が出していた受け入れの促進を求める請願を10対8の賛成多数採択。

文献調査に応じるかどうかは、最終的に市長が決めることになっていたが、比田勝市長は27日、議会最終日にて文献調査を受け入れない方針を固めた。

今回、文献調査の受け入れを求める請願を出したのは、長崎県建設業協会対馬支部や対馬市商工会(*2)。このような推進派は、今後、住民投票の実施や来春に控える市長選での候補者擁立を模索し、対立はしかし収まりそうにない。

目次

  • 調査だけで交付金…
  • かつてはカドミウム汚染に苦しめられ
  • 地質学者ら300人が声明公表 「日本に適地なし」

この記事の著者・伊東森さんのメルマガ

木村拓哉の弟というだけで「不倫トラブル」報道、櫻井翔の弟であるが故に「電通入社」報道…有名芸能人に感じる“運命の性”

女性週刊誌が報じて話題となった、元SMAPの木村拓哉の実弟で元アメフト選手、通称「キムサク」氏が不倫トラブルを抱えているという報道。芸能記者歴30年のベテランジャーナリスト・芋澤貞雄さんは、この報道を受けて、かつて嵐の櫻井翔の実弟・修氏を追いかけていた頃の「思い出」が蘇ってきたと語ります。

木村拓哉、櫻井翔、羽生結弦が併せ持つ“運命の性”

ちょうど1週間前、『週刊女性PRIME』が木村拓哉の弟で元アメリカンフットボール日本代表選手でもあった“キムサク”こと木村俊作氏の不倫トラブルを報道、ベテラン芸能記者たちは大いに盛り上がりました。

“キムタクに弟がいる!”と注目を集めたのは、最高視聴率が40%超えした『ビューティフルライフ』オンエア時で、当時キムサクが在籍していた日本体育大学アメフト部の練習場には“キムタクの弟”目当てにたくさんの女性たちが集まっていたのを記憶しています。

日体大を卒業したキムサクはアメフトのクラブチームである『アサヒビールシルバースター』に所属、川崎にある練習場にはやはり女性たちが詰めかけ、スタッフがセキュリティに四苦八苦していたこともありました。

キムサクは約20年前、ある週刊誌のインタビューで「どこに行っても“キムタクの弟”が付いてまわり親も自分もいい迷惑でしかなかった。“キムタクの弟”としてしか見られないのが悔しくて突っ張ってきた」と答えていました。

自分とは関係のないところで名前だけが一人歩きしていたのでしょう、キムサクを追いかけることでキムタクと疑似恋愛しているような錯覚に陥っていた女性たちもいたのかもしれません。

キムサクの名前を久々に聞いた私が頭の中にすぐ思い浮かんだのは『嵐』櫻井翔のことでした。

櫻井にも慶応大学ラグビー部だった実弟、修氏がいるからです。

特に私は修氏が大学在籍中当時、独自の取材として定期的に彼の周辺をチェックしていたのです。

修氏は名門ラグビー部の“セカンド・チーム”でしたが、練習試合ではスクラム・ハーフとして頻繁にその勇姿を見せてくれていました。

キムタクの弟はアメフト、櫻井の弟はラグビー…そんな共通点でキムサクの名前から修氏を思い出したわけです。

修氏の練習試合には必ずと言っていい程、13歳年上でトップ・アイドルの兄・翔の姿がありました。

慶応ラガーマンの弟を、何とか少しでもトップ・レギュラーとしてプレーさせたいという思いは、スタンドから遠巻きに翔を見ていてもその胸の内が伝わってくるようでした。

伝統の一戦と言われる早慶戦や明慶戦で、秩父宮のグランドで走り回る姿を見たいと願うのはラグビーをやっている者の家族として当然の思いでしょう。

そんなある日、慶応“セカンド・チーム”の練習試合を見た私は、2時間後にテレビの音楽番組生放送で『嵐』の『愛を叫べ』を見聞きしたことがありました。

歌詞は“マドンナ”と表現されていますが、愛する弟の、ついさっきまで走り回っていた修氏の姿がオーバーラップして、思わず目頭が熱くなったのを、あたかも昨日のことのように憶えています。

トップ・アイドルの弟が体育会系という共通点が2年前、重なったことがありました。

キムサクが突如現役復帰を公表したのです。

新たに在籍することになったチーム名は“電通キャタピラーズ”、修氏が電通に 入社して4年目のことでした。