食器の収納に新発想!こうすれば探すのも戻すのも格段に楽になる

「これくらいなら…」とついつい買い求めてしまい、気づけば「しまうのにも探すのにも一苦労」となってしまいがちなカラトリー。いい収納法、ないものでしょうか。今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では著者の真井花さんが、そんな悩みを一発解消してくれる収納の「考え方」と、オススメのグッズを紹介しています。

カトラリーの収納

さて、本日はだんだん増えてしまうカトラリーのお話。

インテリアショップを見て歩くのって、好きなんですよね。家具はおいそれと買えませんが、

  • このスプーンくらいなら・・・(*´∀`*)

なーんて思って、つい買ってしまい、カトラリーが増えてしまうんですよねえorz

買ったあとに悩むことそれは収納。ただでさえ、手狭で機能性を追求したいキッチン収納に余計なものを置くスペースはないのにぃ。

こういう、種類が多い上に毎日使うものは

  • 分類の仕方が重要

なんですよ。分類の仕方が適切だと、

  • 探すのも戻すのもラク

なんです。そりゃそーだよね。そう、こういうラクさって、家族に手伝わせたりするとき重要なんですよね( ・∀・)

なので、分類はよーーく考えてほしいんです。オーソドックスなのは

  • 種類ごと

でしょう。箸は箸、ナイフはナイフ、レンゲはレンゲ、という分け方です。これはこれでOKです。

もうひとつ、オススメなのが

  • 使うシーンごと

の分類です。たとえば、ハンバーグを食べるとき必ず一緒に使う洋食用のナイフとフォークを一緒にしておく、という分類の仕方です。ティータイム用のケーキフォークとコーヒースプーンが一緒、中華用のレンゲと箸が一緒・・・こういう分類ですね。

これは、その家ごとの料理のパターンや使うカトラリーの種類を熟知して決めるので、

  • 一般論はナイ

わけです。ご家庭でよく作る料理、家族がよく食べるものを考えて分類を決定してみてください。

油絵で丁寧に描かれた「目にしたままの姿」に心が揺さぶられる

結論から言います。上の画像は手と筆によって描かれた一枚の油絵です。

この作品を1年半かけて描きあげたという画家の三重野 慶(みえの・けい)さん(@mienokei)が10日、ツイッターで以下のつぶやきを投稿したところ、大きな反響を呼びました。

私たちは、自分の目で見たものを頭の中で思い浮かべるとき、目の前にあった姿のままであると思い込んでいます。しかし、まったく同じ姿や光景を別の人が目にしたとき、本当に自分と同じように見えていると断言できるでしょうか。

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人の心にはさまざまな感情があり、生きてきた年数や環境の違い、あるいは感性とでも言うべき受け止め方の違いなど、例え同じ姿や光景を前にしたとしても、人の数だけ受け取り方があるのは当然のことだと思います。

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上の画像が、油絵で描かれたものであるという事実を知ったとき、多くの人々はその高い描写力、技術力のみに心を奪われがちです。

しかし、作者の三重野さんが描きたかったのは、自身の脳内のフィルターを通して心の中で見えた姿や光景「そのまま」であり、「そのまま」の姿や光景を視覚化するにあたって、高い描写力を駆使した油絵という手法が最も適していたのではないでしょうか。

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だから、ここに描かれているのは、「用意された写真を寸分違わず模写した油絵」ではなく、彼の心の中に映し出されたビジョン「そのもの」であり、彼はたまたまそれを一枚の油絵として定着させたのです。

おそらく、そこには自身の頭の中で解釈された「こういう形が良い」「こんな色の方が良い」「ああいった光の当たり方が良い」という、「本当の現物」とは異なる描写も含まれていることでしょう。実際に、三重野さんも自身の絵について以下のように答えています。

私たちはこれらが油絵で描かれたものだということを知った後でも、彼の心の中「そのまま」を見せられているからこそ、無意識に心を揺さぶられてしまうのではないでしょうか。そして、次元を超えて、これらの作品群をいつまでもいつまでも見ていたいという気持ちに駆られてしまうのかもしれません。

(MAG2 NEWS編集部)

三重野 慶氏 展覧会情報:2018年7月13日〜28日、東京・茅場町「ギャラリー須知」(グループ展)

※本記事内のツイートにつきましては、Twitterのツイート埋め込み機能を利用して掲載させていただいております。

破壊力抜群?「半額セール」で大成功するための3つのポイント

客寄せに大きな破壊力を持つ半額セール。しかし、「半額商品はいくら売れてもよくてトントン、基本的に赤字」とするのは、地域一番店づくりの専門家として活躍中の前沢しんじさん。前沢さんは自身の無料メルマガ『販促アイデアと経営活性化』で、かつて自分が仕掛けた戦略・戦術を例に上げながら、「半額で集客して本当に買ってほしいものを売る方法」を記しています。

お肉屋さんの半額チラシは効く

100均と同じく「半額」のインパクトは非常に強いです。なにより「価格が半分!」というのがわかりやすい。それに言葉が2文字なのでチラシにも表現しやすく、見るほうからもパッと見てパッとわかる。筆者も販促顧問先で、半額を使って効果的な売上げを作ってきました

もともとは2001年に日本で初めての狂牛病が発生したときです。牛肉業界全体に大きな打撃となり深刻な社会問題となりましたが、そのあおりで筆者の得意先も売上げが40%もダウンしたのです。

当時は卸業もやっていて、東京に出荷しても全然採算にあわず、それなら小売りでふだんお世話になっているお客様に還元しようということで、「全品半額」を打ち出したところ、これまでにないようなお客さまが殺到しました。もちろん経営数値を厳密に検討し、会議で何回も議論を戦わせ、情報を共有して、社長の熟慮の上での決済を経てですが。

そのとき「半額」の凄さを体感しました。それ以来、年商75億のジャスコイオンが近隣にオープンした時の対策として、またふだんの集客に活用して効果をあげてきました。

集客のための価格訴求チラシに使った例はこれです。

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実は、狂牛病の時の半額チラシや、ジャスコ競合対策の広告もあったのですが、6年前の紀伊半島大水害ですべて流されてしまったのです。残念!

見本のチラシの「半額」はコーナーどりをした程度のものですが、本来はもっと大きくメインにバーンと打ち出したほうが効果的です。

ニューヨーカーは道を聞く時 “Excuse me?” なんて言わないよ

日本では常識だけど、海外生活を経験した人の視点で見てみると、とても変に感じる習慣がたくさんあるようです。米国の邦字紙「WEEKLY Biz」CEOでメルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』の著者であるニューヨーク在住の高橋克明さんは、久々の日本出張で帰国したときに感じた「日米間の文化の違い」について語っています。

どうして日本人は人に話しかける時、いちいち謝るの?

先日の日本出張でいちばん感じた日米間の違いは、人と人の距離感です。

NYに戻ってきて、日中、街を歩いていると、いきなり見ず知らずの黒人のおばさんに話しかけられました。人間を横に3人くっつけたような体型の年齢不詳の(それでもおばさんということだけはわかる)女性は第一声、

「Where can I eat the egg foo young ? このあたりでカニ玉食べれるお店ある?」ー。

不機嫌そうな表情は怒っているわけではなく、ただ単にお腹が空いていたのか、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなくかなりのボリュームで聞いてきます。

「たぶん、そこの角を曲がって2ブロック歩けば、 cc右手に中華料理屋さんはあったと思うけど、、、でも、メニューまでは知らねえよ」

そう答えると、お礼もそこそこに彼女は教えられた角を曲がって行きました。直後、「あっ!」と思い出し、その後ろ姿に「てか、オレ、中国人じゃねえけどな!」と叫ぶも、もう聞いちゃいねえ。 。

この街では、こんなことしょっちゅうなので、特にひっかかることもないのですが、先日の日本で遭遇したおそらくはその黒人のおばちゃんと同世代の日本の女性は、逆にとても印象に残りました

新宿駅でのこと。

「あの~、、、、大変、申し訳ございません、、」

と話しかけられます。

「はい」

と返事をする僕に、彼女はさらに(なぜか)謝ってきます。

「スイません、実は、ごめんなさい、おいそがしいところ」

特に忙しくはありませんが、と答える間も与えてくれない彼女はさらに謝罪の言葉を述べてきます

「ほんと、ごめんなさい、呼び止めて、スイません」
「あ、はい」
「実は、、西武新宿線の駅を知りたくて、、、あ、方向だけでも、あ、はい、申し訳ございません」

西武新宿線の駅入り口なら知ってる僕は、事細かく説明しようと

「あ、そこのキヨスクを左に入ってもらって、その道をまっすぐ歩きます、10メートルくらいかな、、で、、、」

の時点で

「あー、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、スイません、スイません、スイません、あ、ありがとうございます」

とその先を聞こうとしません。

まだまだ続きはあります。 この時点までの説明では目的地にはたどり着きません。

「そこまで行ったら、また人に聞きますので、、すいません、ありがとうざいます」

と、もうその場を離れて、体を斜めにして、立ち去って行きそうです。

「あ、いや、その先も、、」

と言いかける僕に、左手を立てて、お礼のポーズで、10回以上頭を下げて、行っちゃいました、、、、10メートル後にまた人に聞くのだろうか。 。 。 また「スイません」を連呼して、、、、。

人と人との距離感に関して。

おそらく、見ず知らずの人の時間を奪ってしまうのは申し訳ない、という日本人ならではの奥ゆかしさが発動するのだと思います。それにしても、道を尋ねる、という本題の前に、何度「スイません、申し訳ないです」を繰り返しただろう。やはり日本は、見ず知らずの人に話しかけることに対してのハードルが高い。 それは他人の時間と距離をリスペクトする、とても優しく奥ゆかしい習慣。

それでも、不便を感じられすにいられません

冒頭の黒人女性。 彼女は「カニ玉」を食べたくなった。 その時に前から中国人が歩いてくる(中国人じゃねえけど!)なので、こいつなら、カニ玉がメニューにあるこのあたりの店を知ってるかもしれない。 であれば、聞くのが一番手っ取り早い

実は、人間にとって、何もおかしくない、自然な方法ー。 犯罪でももちろんないし、聞かれたこっちも別に嫌な気はしない。 奪われる時間も5秒以内で、迷惑ではまったくない。カニ玉を食べたいから、知ってそうなやつに聞く。 人類であれば、至って普通な行為なはずです。

でも、もし、日本でいきなり、しつこいほどの「スイません、申し訳ございません」の枕ことばもまったくなく、なんなら「ちょっといいですか」すらなく、通りすがりの見ず知らずの人が、あまりに唐突に「 なんこつ定食食べたいんだけど、このあたりで食べれるお店知ってる!?」と大声で聞いてきたら。やっぱり、絶対、変なやつ、ですよね。

本来であれば、「知らないことを人に尋ねる」という人類にとって自然な行為も、日本だと不自然な行為」。 絶対、そのあと、知人友人に「こんなやついた!」と吹聴するに違いない。「いきなり、スイません、もなく、「なんこつ定食どこで食える!?」って叫ばれた(笑)」とちょっとの期間、鉄板ネタとして、使い回すに決まってる。

ニューヨークは世界の縮図。 全世界のあらゆる国籍、人種、習慣を持つ人の集合体なので、社会のルールは至ってシンプルにするしかない。 すべての人のバックボーンにいちいちあわせられない。 なので、普遍的な人類のルールが浸透しやすい。

この街を歩いていると他にも、「New Balanceのスニーカー買いたいんだけど、このあたりで売ってる店あるかな」「ストッキングが破れちゃったんだけど、どこで売ってる?」。 ギフトカード売り場で「こっちとこっちとどっちが可愛いと思う?4歳になる孫に渡すんだけど」。 エンパイアーステートビルの前で「エンパイアーステートビル、どこ?」と聞かれたこともあります。 彼にしてみれば、振り向く動作より見ず知らずの目の前の僕に聞く方が容易かった。

それらすべてに「Excuse meの枕ことばはありません。 聞きたいから、聞いただけ。

そして「尋ねる」目的だけでなく、他にも多いのは「褒める」こと。 見ず知らずの通りすがりの人が人をやたら褒めます

時間を聞かれた際、腕にしている時計の文字盤を見せると「おー!いい時計だね」。 横断歩道で待っていると横の人に「いーじゃん。 そのネクタイ、どこで買った?」。 エレベーターの中で、鉢合わせた女性に「あなたってとても綺麗な目の色をしてるわね」と言われたこともあります。 (もちろん逆ナンパじゃ決してないよ)

そして、それはとても嬉しいことです。

前回の山手線、横に座った20代くらいのビジネスマンが持っている鞄がとてもセンスよく、思わず「いいね、それどこで買ったの?」と聞いたときの、彼の驚きドン引きした顔。 一緒にいた日本の知り合いに「やめましょ、高橋さん、やめましょ」となだめられました(笑)

人と人との距離感に関して。 両国を行き来する僕たちは気をつけなければいけない。 見た目がおもいっきりアメリカ人であれば、自然に見える行為も、見た目が思いっきり日本人の僕たちが、ニューヨークの日常を持ち込むと、ソッコー、変な人、だ。

もちろん、今回のメルマガで僕が言いたいことは「欧米はみんなが自然体。 島国の日本は異常に社会が気を遣い過ぎるからダメなんだ」というアメリカ至上主義なブロガーあたりがよく言う偏った理屈を言いたいわけでは決して、ありません。 その国それぞれの文化と習慣がある。 「欧米をすべて見習わなきゃいけない!」的なかぶれたことを言うヤツには、じゃあ、日本でも駅前でいきなり「なんこつ定食食べたいんだけど!」と無差別に訪ねまくれと言えといいたい。 それが出来なければ、その理屈は通らない。

似てるようで、まったく違うふたつの国を行き来する。 どっちかにどっちかの理屈を持ち込む前に、どっちにも対応できる柔軟性を持つべきだと思うのです。

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口喧嘩をエスカレートさせないためには「考えるな、感じろ!」

誰かと口論になった時、相手の否定的な言葉に反応してエスカレートしてしまう人と、冷静に話し合える人がいます。その違いは、どうやら会話や表情とは別のところにあるようです。今回の無料メルマガ『たった一つの小さな「コツ」があなたを変える』では、著者で大学講師でもある野澤卓央さんが、コミュニケーションに重要な「感じる力」を解説しています。

いま見えてるもの聞こえてるものが、本当に全部なのか?

人の目や耳は正確に物事を捉えられない。正確に観るには感じる力が必要になる。

「人間の目に太陽は丸に見える。球体には見えない。」と、師に教わりました。人は自分が見えるもの聞こえるものが全て、絶対と思い込んでしまうことがあります。

こんなことがありました。Aさんの奥さんは、「あなたは人の気持ちがわからない、人の話をまったく聴いていない!」とAさんに言いました。

このとき、Aさんは人の言葉や表情など人の表面だけを捉え奥さんに否定されていると捉えました。そのため、「俺は人の話を聞いてる!何がして欲しいかはっきり言わないお前が悪い!」と思い奥さんに言い返し喧嘩になりました。

Aさんは自分の耳に聞こえたもの見えたものが全てと思い込み、その情報をもとに自分は正しくて、相手は間違っていると決めつけました。

もし、太陽を丸ではなく、球体として捉えられるように、人間の内面を観ることができると、人の言動への見え方も変わります。

奥さんがAさんに「あなたは人の気持ちがわからない、人の話をまったく聴いていない!!」と話す背景には、「私の気持ちを分かってほしい。話を聴いてほしい。」という想いがあります。

相手の言葉や表情だけでなく、その背景にある気持ちを感じ取ると、相手は自分を否定することが目的ではなく、自分の気持ちが分かってもらえなくて困っているだけということが分かるようになる。相手を、自分を否定してくる人とみるか、困っている相手とみるかで、相手への気持ちや接し方は大きく変わります

自分は正しく、あの人が間違っている。
相手が正しく、自分は間違っている。

と、良い悪いで自分や人をみたときは、自分に見えているもの聞こえているものは絶対?と自問することが大切なのかもしれないな。

【今日のコツ】

人の目や耳は正確に物事を捉えられない。
正確に観るには感じる力が必要になる。

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そんなに好きな人に嫌われるのが怖いなら、色えんぴつだと思いなさい

恋愛関係において「好きな相手に嫌われるのが怖い」と、必要以上に意識しすぎ、消耗してしまっていないでしょうか。それは気づかぬうちにある思考癖が原因になっているせいかもしれません。恋愛アドバイザーの月岡奈津子さんは、相手を「色えんぴつ」のように眺めることで相手に嫌われる恐怖は克服できると、自身のメルマガ『悩みは自分で解決できる! ~男と女と、お金と、自分~』で、経験を交えながら述べています。

なぜ、好きな人に嫌われるのが怖いのか?

それは恋する前から自分に自信がなかったり、自己肯定感が低かったり、自尊心が満たされていないことが原因だったりする。だがそれとは別にもうひとつ、普段から、自分と誰かを比べて優劣をつけている、その思考癖も好きな人に嫌われるのが怖くなる大きな原因だと、私は思う。

例えば、

この人は私より格上だ。この人は私より格下だ。彼女は私より美人でモテる。私は彼女みたいな美人じゃないし、モテない。だから負けている。

彼はきっとモテるから、私みたいな女はきっと相手にしてもらえないだろうな。彼はたぶんモテないくんだから、こんな人と付き合ったら恥ずかしいな。この程度の男しか口説いてくれないなんて、私の価値ってなんて低いのだろう。

こうやって、いつもいつもいつもいつも、自分と誰かを無意識に比べて競争している。常にいつもどこかで漠然と勝ち負けを気にしている。だから余計に(わぁ、この人すごく素敵!カッコイイ!付き合いたい!)と思って舞い上がったときに貴女は彼を即、「私より格上の男だ」と決めつけてしまう。

(1)普段から、自分や他人を比べて優劣をつける癖がある

(2)オンリーワンよりも、どちらかと言うとナンバーワンに興味がある。

(3)イケメンやモテる男に出会うと、瞬時に(レベルが高い!格上の男だ!)と判断する。

(4)自分とその彼を比べて「彼の方が私より格上」と感じているので、

(5)格下の貴女は、格上の彼に嫌われることを恐れる

(6)なるべく気に入られたい!好かれたい!と思うので、機嫌取りをして媚びを売る

(7)それはまるで上司にペコペコしてゴマすりをする部下と同じ立ち位置なので

(8)貴女に格上扱いされた彼は、貴女を格下の女なんだなと感じるようになる。

(9)彼は格下の貴女に嫌われることを恐れないし、嫌われてもいいやと思うので

(10)自分のペースで貴女を振り回す。貴女に冷たくしても平気だし、罪悪感もない。

(11)上下関係ができているので、上にいる彼が下にいる貴女を見ても魅力的だと思えない。

(12)彼の機嫌取りをして文句も言わなかった格下の貴女はセフレに配置されてしまう。

普段から、自分と女友達を比べたり、自分と好きな男を比べたりして(どっちが上かな?)みたいな視点で裁いている人は、恋愛をしたとき、その思い癖が自分の首を絞めてしまう。

自己肯定感が高く、自尊心が満たされているイイ女、モテる女は普段から人と人を比べたりしない。自分と女友達を比べたり、自分と好きな男を比べたりして(どっちが格上か)なんて興味がないので考えない。彼女たちは普段からナンバーワンではなく、オンリーワンを探している。自分の中にある個性や魅力、周りの人が持っている個性や魅力、好きな男が持っている個性や魅力。それはまるで「色えんぴつを眺めるような感覚で、自分も含めたみんなを見ている。

色えんぴつに格上も格下もないのと同じで、人にはそれぞれ特有の魅力や才能があるのだから、それらは同じ線上に並べて「こっちが格上だね」と安易に判断できるものではない。イイ女、モテる女は普段の人間関係からその事実を知っているのだ。

確かに私は「黒」だよ。彼女の方が「赤」で華やかだけど、私は黒の良さを知っているから比べる必要なんてないんだよ。黒と赤を比べたところで順位なんて決められないでしょ。そもそも、何を基準に優劣を決めるの?

そりゃあ、私だって昔は「赤になりたい!赤が羨ましい!」って思ったことはあるよ。だけど年齢を重ねて経験が増えれば、私の黒を褒めてくれる人や認めてくれる人、「黒もいいよね」って言う人が現れた訳よ。そこで(あれ?黒って格下じゃないんだね。ならもう、赤になりたいともがくより黒を極めた方がいいじゃん!)って分かったんだよ。

自分の黒は格下じゃない。彼女の赤は格上じゃない。

そういう「当たり前のこと」が分かるようになると、目の前に現れたイイ男が「爽やかな青」であっても舞い上がらない。「あ、この人は青なのね。爽やかでいいね。でも私の黒もハマる人はハマるんだから、私と彼は対等だわ」ってことが理解できる。

そうやって、普段から人に優劣をつけるのではなく、色えんぴつを眺めるように(この人は何色かな?)と興味を持って近付いていけば、相手は貴女を好きになる。
(この人は何色かな?)と思って近付けば、「〇〇ちゃんより私の方が格上よ!」という暑苦しさも出ないし、「〇〇ちゃんって格下だよね~」という傲慢さも出ない。

(この人は何色かな?)と思って近付けば、「格下の私は格上の〇〇くんを好きになりました。私を好きになって下さい」とはならないし、相手も「貴女は僕より格下なんですね。それなら好きにはならないです」とはならないし、「でもまぁ、エッチくらいはしてあげてもいいですよ」という展開にもならない。

自分も含めた、あらゆる人間を「色」で見る。

何度も言うが、色にはそもそも優劣がないので、貴女が人を色で見るようになったら、貴女の競争意識や人と比べる癖は徐々に改善されていくはずだ。

誰かを見たり交流したときに「私より上」「私より下」と無意識に裁いて仕分けるのではなく、「この人は赤」「この人は青」「この人は黄色」・・・そうやってあらゆる人を同一線上に置いていく。それが誰にも優劣をつけず、対等に向き合うってこと。

そして、赤の良さは分かるのに黄色の良さが分からなくて相手とうまく行かないのであれば、それは私が「黄色の奥深さ」を知らない=無知ってことだから、私が黄色の研究をすればいい。すべての「色」には奥行きがあって多面的なのだから、黄色の一面しか見えない私が未熟。「自分の視野が狭いんですよ。黄色を見る視点が少ないんですよ」というサインだと解釈する。

そういう感覚で普段の人付き合いができるようになれば、主観的、感情的に不安定になる恋愛でもうまく立ち回れるようになる。

恋愛でも人間関係でも、誰かと誰かを比べて優劣をつけている間は、自分のことも優劣で裁く癖がついて回るので生きるのがしんどいし、心も常に不安定になる

そりゃあ、私も含めた誰だって多少は比べる癖はあるけれど、それが自分の心の平和を乱すくらい悪影響を及ぼしているとしたら、自分の幸せの為に、その価値観は意識的に変えていった方がいいのではないだろうか。

出会った人を顔だけ、身長だけ、収入だけ、〇〇だけで判断して優劣をつけているとしたら、【人間は多面的で奥深い生き物であるという本質を知らない人、感性が幼い人、知性がない人だということになる。人間を見極めるときに大事なのは、その人が持っている総合力だ。トータルで俯瞰してその人を見たときに、大好きな彼はどんな色を放っているのか。

彼が「青」で貴女が「赤」だった場合、結婚して家庭を持ったら「紫」になる。その紫が貴女の望む未来なら、貴女は彼に赤の良さをしっかりアピールすればいいし、彼という青の良さをとことん理解しようと努力すればいい。自分の理解力を上げていくのだ。「私、青を理解するのは得意なんです」そういう女になって欲しい。

青色を持った彼と対等の立場で、彼の方が格上だなんて絶対に思わず、「私の赤色だってすごくいいんだよ~。青もいいけど赤もいいよ」というスタンスで彼と向き合おう。好きな人と同じ目線で、引け目を感じたりせず、彼に堂々と赤を表現できる女になっていこう。

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沈むデイリーヤマザキ、6期連続赤字で山崎製パンの足を引っ張る

2018年1~3月期の連結決算で、デイリーヤマザキを含む流通部門が6期連続の営業赤字となった山崎製パン。かつてはコンビニ大手3社としのぎを削っていたデイリーヤマザキは、なぜここまでの惨憺たる状況にまで陥ってしまったのでしょうか。今回の無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』では店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんが、さまざまな要素を分析しつつその原因を探っています。

山崎製パン、本業好調もデイリーヤマザキ不調で流通事業が6期連続で営業赤字

食パン「ロイヤルブレッド」や菓子パン「ランチパック」などでおなじみの山崎製パンは4月27日、2018年1~3月期の連結純利益が前年同期比19.6%減の37億円だったと発表しました。

同社は日本最大の製パン会社です。コンビニやスーパーなどで同社の製品を目にしないことはそうないのではないでしょうか。

同社の業績はこれまで順調に推移してきました。2017年12月期は、売上高が前年比1.1%増の1兆531億円と15期連続で増収を達成し、純利益が38.1%増の251億円と2年連続で過去最高益を更新しました。

16年8月末に連結子会社のヤマザキビスケット(元ヤマザキ・ナビスコ)が長きにわたって製造・販売してきたビスケットの「オレオ」やクラッカーの「リッツ」など4商品の製造を終了したことで同社の収益が悪化し山崎製パンの連結収益の押し下げ要因となりましたが、食パンやサンドイッチなどが好調に推移し穴埋めする形で連結決算は増収増益となりました。

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しかし、前述した通り18年1~3月期は純利益が大幅に減ってしまいました。

主力の食品事業の売上高は前年同期比2.6%増と悪くはありません。「苺大福」などの和菓子部門が1.8%減と減収でしたが、「ダブルブレッド」などの食パン部門が1.5%増、「ランチパック」などの菓子パン部門が1.5%増、「まるごとバナナ」などの洋菓子部門が2.0%増、調理パン・コメ飯類部門が6.5%増と多くの部門が増収でした。ただ、食品事業の営業利益が前年同期から7億3,000万円減ってしまいました

食品事業が営業減益となったのは痛手です。しかし、好調だった前年同期の反動減という要素が強く、また、減益額が事業売上高の0.3%程度とごくわずかで誤差の範囲内といえるため、それほど問題視する必要はないといえるでしょう。

問題視すべきは流通事業です。コンビニエンスストアチェーンの「デイリーヤマザキ」「ニューヤマザキデイリーストア」「ヤマザキデイリーストアー」が大部分を占める事業ですが、18年1~3月期の営業損益が5億8,300万円の赤字だったためです。

実は、同社の流通事業は17年12月期まで6期連続で営業赤字が続いています。直近の17年12月期は8億円超の赤字でした。14年12月期には23億円もの赤字を計上しています。好調な食品事業の足を引っ張り続けている状況です。

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米朝首脳会談、6月12日にシンガポールで。トランプ氏明かす

【速報】米朝首脳会談、6月12日にシンガポールで。トランプ氏が自身のTwitterで明かす

トランプ米大統領は、日本時間5月10日午後11時過ぎ、自身のTwitterを更新し、北朝鮮の金正恩委員長との米朝首脳会談を、6月12日にシンガポールで開くと発表した。すでに開催が明言されていた米朝首脳会談の日程と開催国が公表されるのはこれが初めて。トランプ大統領のTwitter投稿を受けて、日本の各メディアが速報で報じた。

トランプ氏は、「大いに期待されている金委員長と私との会議が6月12日にシンガポールで行われる。私たち2人は、その会談を世界平和のためのとても特別な瞬間にするよう努めるだろう」と投稿した。

北朝鮮の「非核化」に対してどこまで具体的な道筋をつけられるかが最大の焦点となる。今回の会談は、朝鮮半島を含む東アジアの安全保障の重大な転換点となる可能性があり、日本の外交・安保戦略等に影響を及ぼすのは確実と見られる。

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加計関係者との面会を認めた柳瀬元秘書官がまだ隠していること

10日に行われた衆院予算委員会での参考人招致で、これまでの説明とは一転、加計学園関係者との面会を認めた柳瀬元総理大臣秘書官。しかしながら取り沙汰されている愛媛県や今治市の職員との接触や「首相案件発言」は改めて否定しました。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、かような詭弁が通用するはずもないと切り捨てた上で、柳瀬元秘書官に嘘をつかせたと思しき人物の実名を記すとともに、愛媛県や今治市サイドとの接触を認めない限り、政権に対する国民の不信感が払拭されることはないと結んでいます。

「調整」でウソを白状した柳瀬元秘書官

奇妙なこともあるものだ。「調整をすれば記憶が戻るらしい

柳瀬元総理大臣秘書官は3年前に、加計学園の関係者と総理大臣官邸で面会したことを国会で認める方向で調整していることがわかりました。(5月2日NHKニュース)

「記憶にない」と逃げ口上を繰り返してきた経済産業審議官、柳瀬唯夫氏が、「調整」のすえ、参考人招致された10日の国会で、加計学園関係者と面会したことを認めた

「総理と一緒の時に加計学園の方と知り合い、学園事務局から連絡があったのでお会いした。獣医学専門家の元東大教授と学園事務局の方がほとんど話をされ、他に10人くらい同席者がおられたが、その方々が愛媛県今治市の職員とは知らなかった。名刺を交換したかもしれないが、残っていない」

元東大教授というのは加計学園岡山理科大の獣医学部長吉川泰弘氏のことである。柳瀬氏によれば、吉川氏が獣医学部の必要性について滔々と熱弁をふるっていた。

なぜ今になって、このように述べたのか。以下の記事のように、与党の判断があったからだという。

加計学園問題を巡っては、愛媛県側作成の文書に平成27年4月2日の柳瀬首相秘書官(当時)との面会記録が記され、「首相案件」との発言が残されていた。文部科学省、農林水産省からも面会に関する記録が見つかった。こうした経緯から、与党側は否定するのは困難との判断に傾いた。(5月2日東京新聞夕刊)

どうやら、事実よりも、「調整判断」が重要らしい。

柳瀬氏はどんな心境で過ごしてきたのだろうか。このところ連日のように、経産省の廊下で記者たちの質問攻めにあう姿がテレビで放映された。「国会で話したい」と鉄壁のガードで室内に消える姿には、どことなく哀感が漂っているようにも見えた。

柳瀬氏にしてみれば、何も好き好んで、会ったものを会っていないと言ってきたわけではない。あくまで、安倍首相を「権力の私物化批判から守るためだ。

長年の親友である加計孝太郎氏の獣医学部新設の夢をかなえたいという首相に、秘書官として誠心誠意仕えたというのが柳瀬氏の思いだろう。

加計学園を特別扱いしたのは安倍首相のためであり、愛媛県、今治市、加計学園の関係者と会って打ち合わせた事実を隠そうとしたのも安倍首相のためである。

実は祝日の数は日本が世界最多?「休み方」から考える文化の違い

5月6日の日曜日で終わった今年のゴールデン・ウィーク(GW)。実はこの言葉、海外では通じない和製英語ということはご存知でしょうか。米国では「連休」もほとんどなく、年間の祝祭日は10日ほどだそうですが、最近始まった日本の「プレミアム・フライデー」を「過労死しないように作られた」と一部の欧米人には信じられているそうです。『メルマガ「ニューヨークの遊び方」』の著者でNY在住のりばてぃさんは、和製英語GWの語源2説を紹介しつつ、日本人の勤勉さが海外でどう見られているかについても記しています。

休み方から考える文化の違い

(1)GWは英語じゃない

ゴールデン・ウィーク(Golden week 略してGW)明けの今週。

長い人は9連休にもなったということで、まだ本調子が出ない方も少なくないだろう。ゴールデン・ウィーク中に働いていて、お休みはこれからと言う人もいらっしゃるだろう。

いずれにしても、日本人なら誰でもお馴染みゴールデン・ウィーク。

あまりにも当たり前になっているせいか、たまに日本の方から、「アメリカのゴールデン・ウィークっていつなの?」というような質問を受けたり、逆に、アメリカ人に「ゴールデン・ウィークって何?」と聞かれることもあったりもする。

ゴールデン・ウィークはカタカタなので英語だと思っている方もいるかもしれないが、実は、英語には存在しない表現なのだ。

日本で作られた造語で和製英語

英語で話してるときに外国人にゴールデン・ウィークと言っても、まず通じることはない。

この造語の由来には2つの説がある。

1つは日本映画界で作られた造語という説。

1951年に現在のゴールデンウィークにあたる期間に上映された映画が、正月やお盆の時期よりもヒットしたのをきっかけに、より多くの人に映画を見てもらおうと、当時の大映専務だった松山英夫氏が作ったとされる。

もう1つはラジオのゴールデンタイムからきたという説。もっとも聴取者が多かったのがこの時期で、インパクトをつけるために、「ゴールデンタイム」をゴールデン・ウィークにしたというもの。

ただし、どちらの説もはっきりとした確証はないのだそう。