いただく、頂く、戴く。どう表記すればいいか迷った時の判断方法

ビジネスメールなどでつい迷ってしまうのが、漢字とひらがな表記によって意味が変わってくる言葉。ズラッと出てくる変換リストを前に手が止まってしまう事、ないでしょうか。今回の無料メルマガ『神垣あゆみメールマガジン』では、「いただく」というたった4文字で構成された言葉が持つ多彩な意味や、ケースごとの適切な使用法を解説しています。

間違いやすい言葉 「いただく」

いただくという言葉も注意が必要です。

もらう」の意で使う場合は「頂くと漢字表記にします。

例)貴社から頂いた資料です。
  先日はおみやげを頂き、ありがとうございました。

一方、補助動詞として使う場合は「いただくとひらがなで表記します。

例)わざわざお越しいただき恐縮です。
  企画書をご確認いただけますか。

パソコンで入力の際頂くと漢字表記されたまま気づかないことが多いので、使い分けの基準を知っておくと活用できます。「いただく」もあいさつ文やかしこまった文章には頻出するので、注意しましょう。

ちなみに…「白雪を頂いた山々」のように「載せる」という意味で使う場合も表記は「頂く」です。「戴く」とも書きますが、新聞表記では「頂く」で統一されています。

食べるの謙譲語食前のあいさつはひらがな表記です。

例)豪華なお弁当をいただきました。
  いただきます

ついでにもう一つ。「お越しいただく」の「越」。「こえる」という意味で使うとき、パソコンの変換候補には「越える超える」が出てきます。

使い分けの目安は、数字がこえる場合は超える」(超過のイメージ)、場所をこえる場合は越える」(越境のイメージ)と覚えるようにしています。ご参考まで。

※参照

●『記者ハンドブック
●『朝日新聞の用語の手引

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全国小売店で使用のレジ袋「有料化」へ。環境相発表に批判殺到

原田環境相は3日、全国のコンビニやスーパーなどの小売店で使われているプラスチック製「レジ袋」の無償配布を禁じる法制化を行う方針を明らかにした、と報道各社が報じた。レジ袋の有料化の方法など、詳細については今後「各事業者が選択する」としている。

この一報を見たネットユーザーからは「意味わからない」「もっとやる事あるだろうが」といった批判的な意見から、「香港や台湾でもやってる」「こういう時代になったのね」という肯定派の意見など、賛否が分かれているが批判的な意見が多いようだ。MAG2 NEWSでは以前より、中部大学の武田邦彦教授が「レジ袋追放運動はおかしい」とする記事を多数公開している。今後、どのような意見が出されるのか注目していきたい。

Twitterの反応











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元国税調査官が暴露。財務省が消費増税をゴリ押しする本当の理由

先日掲載の「元国税が暴く『ヨーロッパに比べ日本の消費税はまだ安い』の大嘘」等で、消費税の「出鱈目ぶり」を指摘し続けてきた、元国税調査官で作家の大村大次郎さん。今回大村さんはメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』で、それほど酷い税金「消費税」を財務省が推進したがる理由を暴露しています。

※本記事は有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』2019年6月1日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール大村大次郎おおむらおおじろう
大阪府出身。10年間の国税局勤務の後、経理事務所などを経て経営コンサルタント、フリーライターに。主な著書に「あらゆる領収書は経費で落とせる」(中央公論新社)「悪の会計学」(双葉社)がある。

消費税のラスボスは財務省

これまで、このメルマガでは消費税がいかに欠陥だらけの税金なのかをご説明してきました。総務省の「家計調査」によると2002年には一世帯あたりの家計消費は320万円をこえていたが、現在は290万円ちょっとしかありません。先進国で家計消費が減っている国というのは、日本くらいしかないのです。これでは景気が低迷するのは当たり前です。

この細り続けている消費にさらに税金をかけたらどうなるでしょう?景気がさらに悪化し国民生活が大きなダメージを受けることは火を見るより明らかです。実際に、消費税が上がるたびに景気が悪くなり、消費が細っていくという悪循環を、日本は平成の間ずっとたどってきたのです。

この欠陥だらけの消費税を一体だれが推進してきたのでしょうか?最大のラスボスは財務省なのです。政治家が消費税を推進してきたように思っている方が多いかもしれないが、それは勘違いです。

政治家は、税金の詳細についてはわかりません。だから、財務省の言いなりになって消費税を推奨してきただけです。むしろ、政治家は、消費税の導入や税率アップには、何度も躊躇してきました。増税をすれば支持率が下がるからです。

それを強引にねじ伏せて、消費税を推進させてきたのは、まぎれもなく財務省です。なぜ財務省は、これほど消費税に固執し、推進してきたのでしょうか?

「国民の生活をよくするため」
「国の将来のため」

などでは、まったくありません。ざっくり言えば、「自分たちの権益」を維持するためです。今号から2回にわたって、なぜ財務省が消費税を強力に推進してきたのか? 彼らが守ろうとしてきた権益とは何なのかを紐解いていきたいと思います。

上司の機嫌で評価が決まる日本企業でフェアな評価などできるのか

外資系企業でよく聞く「ジョブ型」と言われるの雇用タイプは、成績を数値化し評価するという形が取られます。日本企業の「メンバーシップ型雇用」とは異なり、どこか冷たいイメージを持つ人も多いようですが、所属企業のマネージャーとして人事評価の仕事も行っているという澤円(さわまどか)さんによると、日本企業の評価法は上司次第で変わる可能性の高い、フェアとは言えないものだといいます。今回、澤さんは自身のメルマガ『澤円の「自分バージョンアップ術」』で、メンバーシップ型の企業で「評価を受ける側」の人がキャリアアップするためにすべきことについてレクチャーしてくださっています。

フェアに評価されるために必要なこと

皆さんこんにちは、澤円(さわまどか)です。

ボクは所属企業でマネージャーをやっているので、人事評価は大事な仕事の一つです。自分のチームの会計年度中の活躍を鑑みながら、適切な評価をしています。

ボクの会社は外資系ということもあり、「ジョブディスクリプション」、いわゆる「職務定義書」というものが厳然と存在しており、それによって行うべき仕事が決定します。そこに書かれている職務を全うしない限り、高い評価を得ることはありません。

また、ありとあらゆる職種が数字によって評価をされます。営業やマーケターは成績が数値化されることについては理解しやすいと思うのですが、間接部門の人たちも、様々な指標で数値化され、評価をされることになります。

もちろんその数値目標は期初に共有されて、その到達度によって評価されることを社員は理解しています。数値で評価をされるので、「マネージャーの主観が入り込む余地がなく不公平感が出にくいというメリットがあります。

このように「あなたの仕事はコレ」という定義を明確にする雇用タイプを「ジョブ型」を言います。「仕事に就いている」というスタイルで、自分の得意分野、スペシャリティを発揮しやすいという特徴があります。

その一方で、「私の仕事はこれなので、それは手伝えません」といった態度が正当化されやすく、異部門や異職種の間に距離ができやすい特徴もあります。

一方、日本はメンバーシップ型雇用が一般的で、「人に業務を振り分ける」という形を取ります。このスタイルは、人事異動のたびに企業内で何度も初心者に戻るという現象が起きます。

そうすると、どうしても評価は「がんばっていること」に向けざるを得ない場合があります。というのも、会社の都合で業務が変わったのに、「熟練度が低いから評価も低め」というわけにはいかないからですね。

主観だけの評価はフェアになりにくい

「がんばっていることを評価する」というのは、実に主観的な評価につながりがちです。となると、マネージャーごとにすごく評価に差が出やすいのではないかと思います。

ボク自身もともと日本企業にいたこともあり、それぞれの働き方の違いを体験することができました。

ボクは前の会社で上司にはとても恵まれたので、評価ですごく不満を持ったことはありませんでした。しかし、ほかの部署では、「上司との折り合いが悪い」という理由で低評価を受けている人もいました。

もっとも、「ジョブ型」でも上司が主観で評価する事例がゼロなわけではありません。そういうパターンも何度も見たことがあります。ただ、主観的評価の「やりやすさ」あるいは「陥りやすさ」は、圧倒的に「メンバーシップ型雇用」の方が上ではないかと思います。

主観による評価は、フェアではなくなるリスクが高いと思います。「オレ的にはそのやり方はないな」と上司が言ったら、それがそのまま評価になってしまうのです。

そうなると、上の機嫌をとる、気に入ったやり方をする、といった仕事をすることになり、顧客本位が失われる、という事例は枚挙にいとまがありません。本来ならジョブ型でしっかりと業績と評価が一致するような設計にすべきなのに、その執行が徹底されていなければ、同様のことが起きるでしょうね。

いずれにせよ、フェアに評価するというのは、制度設計やマネージャーの能力にかなり依存してしまうのが現実です。

「分離プラン」移行後もキャリアのご機嫌を伺う総務省の情けない姿

先月末、キャリア4社やMVNOが参加し開催された総務省の有識者会議。取材にあたったケータイ/スマートフォンジャーナリストの石川温さんによると、その中身は消費者不在の議論が延々と続くという、なんともお粗末なものだったようで……。気になるその内容と問題点を、自身のメルマガ『石川温の「スマホ業界新聞」』にて紹介しています。

突然、降って湧いた総務省での「端末割引3万円」議論 ━━「最初から議論していれば、おかえしプログラムは不要説」

5月30日、総務省によるモバイル市場の競争環境に関する研究会(第13回)とICTサービス安心・安全研究会 消費者保護ルールの検証に関するWG(第11回)の合同会合が行われた。

今回は、キャリア4社やMVNOが参加し、各社からプレゼンが行われた。そこでは「端末割引はいくらまでが望ましいか」として、NTTドコモからは「上限3万円」、ソフトバンクからは「上限X万円」や「上限Y%」といった案が提示された。

ここで気になったのが、「なぜ、いまさらになって、端末割引の話をするのだ」という点だ。確かに今回の端末割引は「通信契約の継続を条件としないもの」となっているが、そんな話、もっと前からしておくべきではなかったか

この話題が議題として上がり、きちんと整理されていたら、NTTドコモはわざわざ「スマホおかえしプログラム」など入れる必要はなかったのではないか。最初から3万円を引いた状態で販売し、24回払いをさせてもいいし、24回払いが終わったところで、残債を値引き、端末を手元に残すというのも不可能ではない。

スマホおかえしプログラムに、さらに「端末割引上限3万円」なんてルールが付加されたら、それこそ「わかりにくい買い方」になりはしないか

本来、総務省は、日本の通信環境がどうあるべきか、将来像をデザインすべき立場なのではないか。しかし、この会合では「割引の上限はいくらが望ましいか」というセコイ議論しかできず、傍聴しているだけで頭が痛くなってくる。

ただ、ソフトバンクからのプレゼンは「ルールをきちんと決めてくれないと、競争によって我々は抜け穴を見つけ出し、暴走しかねない。だから、抜け穴となりそうなものを初めから教えるので、止めてくれないか」と言わんばかりだった。これもなんとも情けない

本来、各社が抜け道を探すという状況は、まさに「競争の激化」がもたらす効果なのではないか。キャリアが本来嫌がる仕組みは、そこに競争が発生し、キャリアに大きな負担が発生しているということだ。まさに、その負担は消費者にとってのメリットであり、なぜ、総務省は素直にキャリアのいうことを聞いて、あえて抜け穴を潰そうとするのか。

結局、いまの総務省は、キャリアの嫌がることを塞ごうとしている。それはキャリアに対する利益誘導に他ならない。果たして、総務省は誰のために会合を開いているのか。消費者不在の議論は、令和の時代も続いていきそうだ。

image by:NTTドコモ 2019夏 新サービス・新商品発表会

精神疾患者たちの「ココロの詩」が教えてくれる「詩作」の可能性

精神疾患などと闘い、苦しむ人たちから寄せられた「ココロの詩」の優秀作品が6月に発表されるそうです。その審査委員長を務めたジャーナリストの引地達也さんが、審査を通じて感じた「詩」というものの可能性を、主宰するメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』で語っています。引地さんは、精神疾患者たちが自由に言葉で表現できる環境をどう作っていくかが、社会の課題だと訴えます。

ココロの詩に綴られた言葉に、人生の絶望と希望を見る

昨年から今年にかけて精神疾患者をはじめとする疾患や障がいで生きづらさを感じている方からの「ココロの詩」を募集し、その審査委員長を務め、ようやく最優秀作品が決まった。これは来月発表するが、切実な思いが込められた詩作は読み進めるにはかなりのハードな仕事だった。

1行の表現や思い、言葉が心を捉え、その先動けなくなる瞬間もあった。疾患であることの絶望から、ちょっとした出来事から希望に転じる詩もあれば、失意のどん底に打ち捨てられたようになったままのものもある。

自分を責める人もいれば、社会をなじるものもある。しかし、言葉に表現することは、達観することでもあり、結果的に普遍的で力強いメッセージへとつながっていく気がしている。やはり詩を書く行為は、自分の精神疾患を見つめるのにはよい行為のかもしれない。

今回の「ココロの詩」は第1回目で、歌に関する月刊誌『歌の手帖』とレコード会社「エイフォース・エンタテイメント社」と実行委員会を組織し行った。今年1月まで作品は郵送やメールで応募され、詩はもちろん、それぞれが抱える疾病名やライフストーリーも任意で書いてもらった。

任意にしているので、審査過程には影響を与えないことにしており、評価は詩作品そのもののみを対象としたが、詩の評価が終了した後で読んだライフストーリーの内容がどれも考えさせられるものばかりだった。

支援の仕事をしている身としては、それらの文面にある、現実としてある困難や障がいが何とか除去できないものか、と反応しながらも、結果として生み出された「詩」という言葉に、改善の可能性を見出し、一人で絶望と悦の繰り返す日々だった。

横浜でシーサイドラインの無人車両が逆走。15人負傷、6人が重傷

1日午後8時20分ごろ、横浜市磯子区の新交通システム「金沢シーサイドライン」の新杉田駅で「車両が逆走して壁に接触し、けが人がいるようだ」と110番があったという。共同通信、朝日新聞、TBSなどが速報で報じた。報道によると、列車は新杉田発並木中央行きで、無人運転の完全自動運転で5両編成。列車が時速6kmで反対方向に走り出し、車止めにぶつかって止まったという。事故当時、乗客は50人以上いたとみられている。

神奈川県警によると、15人が負傷し、うち6人が重傷だという。また、いずれも命に別条はないとしている。県警が詳しい状況を調べている。

1989年7月に開業した金沢シーサイドラインは、横浜市が出資する第三セクター「横浜シーサイドライン」が運営。新杉田駅と金沢八景駅までの約11kmを結んでいる。沿線には、横浜・八景島シーパラダイスや横浜市立大付属病院がある。





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image by: Kounosu [CC BY-SA 3.0], ウィキメディア・コモンズ経由で

イチローの高校時代の恩師が回想する、鈴木一朗に教えられたこと

今年3月に引退を表明したイチロー選手ですが、その偉業は野球ファンだけでなく、多くの人々に感動を与えたと言っても過言ではありません。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、愛工大名電高校の野球部時代にイチロー選手を指導してきた中村豪元監督の眼を通じ、彼が日米通算3,000本安打という金字塔を打ち立てた源流を探ります。

高校時代のイチロー選手秘話

愛工大名電、豊田大谷高校野球部硬式野球部を監督として率い、多くのプロ野球選手を送り出した中村豪さん。教え子には、工藤公康投手や山崎武司選手などがいますが、イチロー選手もその中の一人です。

高校時代のイチロー選手はどのような選手だったのでしょうか。その貴重なエピソードをご紹介します。

「やらされている百発より、やる気の一発」 中村豪(愛工大名電、豊田大谷高校野球部硬式野球部元監督)

愛知工業大学名電高校、豊田大谷高校で野球部監督を務めた31年間、部員たちに口酸っぱく言ってきた言葉がある。

やらされている百発よりやる気の一発──

いくら指導者が熱を入れても、選手側が「やらされているという意識でダラダラ練習をしていたのでは何の進歩もない。

やる気の一発は、やらされてすることの百発にも勝る。

そのことを誰に言われずとも実践し自らの道を開拓していったのが高校時代のイチローだった。

彼と初めて出会ったのは昭和63年、私が46歳の時である。

「監督さん、すげーのがおるぞ」というOBからの紹介を受けた私の元へ、父親とやってきたその若者は、170センチ、55キロというヒョロヒョロの体格をしていた。

こんな体で厳しい練習についてこられるのか、と感じたのが第一印象だった。

私の顔を真剣に見つめながら

「目標は甲子園出場ではありません。僕をプロ野球選手にしてください

と言う彼に、こちらも「任せておけ」とはったりをかました。700人以上いる教え子のうち、14人がプロ入りを果たしたが、自分からそう訴えてきたのは彼一人だけだった。

愛知には三強といわれる野球伝統校があるが、彼が選んだのは当時新興チームだった我々の愛知名電高である。

監督の私が型にはめない指導をすること。プロ入りした選手の数が全国随一だったこと。実家とグラウンドの距離が近かったこと。3年間寮生活をすることで、自立心を養い、縦社会の厳しさを学ぶこと。

すべてあの父子の熟考を重ねた末の選択であった気がする。

グラウンドに幽霊が出る?

鳴り物入りで入部したイチローは、新人離れしたミートの巧さ、スイングの鋭さを見せた。走らせても速く、投げては130キロ近い球を放る。1年秋にはレギュラーの座を獲得し、2年後にはどんな選手になるだろう、と期待を抱かせた。

一方、彼の父親は毎日午後3時半になると必ずグラウンドへ駆けつけ息子を見守った。打撃練習ではネット裏を、投球練習ではブルペンを陣取り、逐一メモを取っている。

まるで、監督の監督をされているようであまり気分のいいものではなかった。

非凡な野球センスを持っていたイチローだが、練習は皆と同じメニューをこなしていた。別段、他の選手に比べて熱心に打ち込んでいる様子もなく、これが天性のセンスというものか、と私は考えていた。

そんなある日、グラウンドの片隅に幽霊が出るとの噂が流れた。深夜になり私が恐る恐る足を運んでみると、暗がりの中で黙々と素振りに励むイチローの姿があった。

結局、人にやらされてすることを好まず自らが求めて行動する、という意識が抜群に強かったのだろう。

その姿勢は日常生活の中でも貫かれており、彼は人の話はよく聴くものの、それを取り入れるべきか弾いてしまうべきかについての判断を非常に厳しく行っていた

友達同士で話していても、自分の関心のないことに話題が及ぶと、ふいとどこかへ消えてしまう。

そんな、わがままとも、一本筋が通っているともいえる「選択の鋭さが彼には備わっていたのだ。

「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」といわれるが、スポーツはただ練習量をこなせば上達していくものではない。監督の役割はチームを束ねることだけで本人が真に成長するポイントは教えて教えられるものではないのだ。

自分自身との日々の戦いの中で、本人が掴んでいくより他、仕様がないのである。

人知れず重ね続けた努力の甲斐あって、3年生になったイチローは7割という驚異的な打率を誇る打者に成長し、「センター前ヒットならいつだって打ちますよ」と豪語していた。