東日本大震災から10年、地震予測の権威が指摘する「いま警戒すべき3地域」とは?最新リモートセンシング技術が日本列島の異変を捉えた

2011年3月11日、日本史上最大の地震「東日本大震災」が発生してから、今年でちょうど丸10年。当時、日本列島を未曾有の危機に陥れたこの大震災の「予兆」を観測しながら、事前に情報を発信できなかったことを後悔し続けている研究者がいます。測量学の権威で、地震予測の第一人者である村井俊治東京大学名誉教授。そんな村井教授が「地震予測で人々の命を救いたい」と2人のメンバーとともに2013年2月に創刊したのが、メルマガ『週刊MEGA地震予測』です。今回、同メルマガを発行する「JESEA(ジェシア 地震科学探査機構)」の橘田寿宏さんに、地震予測に掛ける思いや最新の予測技術、さらに「いま大地震が懸念されるエリア」についてお伺いしました。

2021年 地震予測の最前線と警戒すべき3つの地域 ~東日本大震災から10年

第1章 週刊MEGA地震予測の想いと取り組みについて

【週刊MEGA地震予測の想い】

あの東日本大震災から約2年。2013年1月17日木曜日、JESEA(ジェシア 地震科学探査機構)は東京・南青山の小さな事務所で産声を上げた。
メンバーは、村井俊治、橘田寿宏と谷川俊彦の3人だった。

資本金600万円でスタートしたが、情報を配信するためのアプリ制作に1000万円程度のお金が必要と聞き、途方に暮れていたところ、橘田の友人で映画監督の岩井俊二さんが「メルマガでやればお金をかけず情報を発信できる」と、「まぐまぐ!」を紹介してくれた。

「まぐまぐ!」の有料メルマガ購読料は当時、月800円が相場であったが、我々『週刊MEGA地震予測』はなんと200円でスタートした。それは地震予測という性格上、こどものお小遣いでも購読できる価格にしたいという気持ちがあったからである。

第一回配信は2013年2月7日木曜日(当時は木曜日配信であった)でコンテンツの分量はA4換算で2枚、購読者は24人であった。

会社設立のきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災発生前にデータの異常を知っていながら情報を発信できなかったことを悔んでいた村井俊治東京大学名誉教授の「地震予測で人々の命を救いたい」という想いに2人が賛同したことである。

この想いは、その後に加入したスタッフ全員にも浸透し、いまでも変わることはない。

【地震予測への取り組み】

2013年にJESEAを設立して以来、地震の被害から「人の命を救う」ことを目標にして、地震予測に関して「あらゆる可能性を排除しない」方針で地震の前に現れる様々な前兆現象を追求してきた。研究を進める中で明らかになったのは、地震は極めて複雑な現象であり、従来のような「プレートの沈み込みと活断層」の単純な仮定のみでは正確な予測ができず、様々な科学的観点から前兆を把握しなければならないということだ。JESEAではおよそ10種類の方法を予測に活用している。

地震の主役である地殻変動の異常のみならず、様々な副因によって地震が誘発される実態も明らかになった。

「いつ」「どこで」「どの程度の規模の」地震が起きる可能性があるかの予測は、数多くの前兆現象を総合して初めて正確な予測ができるのである。

 

学ぶことは好きなのに「勉強しなさい」を不快に感じる子供の心理とは

今クールのドラマ『俺の家の話』で年老いた人間国宝役を怪演している西田敏行さんは、40年以上前のCMで、掃除をしたか聞かれて「今やろうと思ったのに、言うんだものなー、もう!」と叫び、世の夫たちだけでなく、「勉強しろ」「片付けろ」と日々言われ続けた多くの子どもたちの共感を得ていました。誰もが覚えのあるこの不快な気持ちが起こる理由について、メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さんは「報酬が判然としないから」と考え、人間の行動に影響する不安と努力と報酬の関係について綴っています。

不安と努力と報酬のこと

「勉強しなさい」。誰もが一度は言われたことのある言葉であろう。そして、誰もが多かれ少なかれ不快の気分とともに記憶している言葉でもあろう。何故、不快なのであろう。本来、人間には知的好奇心というものがあるから学ぶこと自体は嫌いでは無い筈である。実際、勉強が苦手な子供でも自分の好きな一分野に関しては驚くほどの知識を持っていたりする。人間は誰も学ぶことが好きなのである。

では「勉強しなさい」に限って、どうして不快なのか。それはきっと、報酬が判然としないからである。脳科学的に言い換えれば報酬系(reward system)が刺激されず、神経伝達物質のドーパミンが分泌されないからである。

敢えて卑近に言う。褒美が分からぬものに人間は熱くなれないのである。このことは人間の性質の中でも、ある種極めて合理的であると言える。確率統計学的に言っても、報酬の分からないこと(それが勝負事であれ仕事であれ)はすべきではない、というのが正解なのである。

逆に言えば、報酬が明示されさえすれば人間は大体のことには取り組めるということである。良し悪しは別にして、お小遣いの額とテストの結果が連動した成果報酬式にすれば、間違いなく子供は勉強する筈である。少なくとも希望があるうちは。

そもそも、大人だって報酬のないことに努力はしない筈である。趣味であってもそうである。多大なる金と時間を費やしてまで人が熱くなるものには必ず何らかの報酬があるのである。

例えば、登山をする人は登頂を、釣りをする人は大漁なることを期待する。いくら登っても頂上が存在しない山(仮にあるとして)には誰も登らないだろうし、魚が一匹もいない池には如何な太公望も釣り糸を垂らすことはしないであろう。子供、というより今や大人でさえもが夢中になるゲームもそうである。プレイすることでレベルが上がり、マップが増え、武器のグレードが上がる。すべて報酬である。

自分は努力が足りない。そんなふうに思っている人も少なくないだろう。しかしそれは、報酬が明らかでないために生じる不安に起因していることが多い。人間にとってこの不安は思っている以上に巨大なものなのである。

こんなことを聞いたことがある。数学者にとって一番の恐怖は自分が解こうとしている問題に最初から答えなど存在しないのではないか、という疑念らしい。

「報酬が存在しないのでは」
「この山に頂上はないのでは」
「この池に魚などいないのでは」

不安はどこからでも生じる。そして、心は常に揺れる。これに立ち向かうには明らかなる報酬が必要である。人間は分からないことに対して漠然とした不安や恐怖を抱く。反面、具体的に分かることには、それが難題であっても存外に平気なものである。

すべてにおいて言えることだが、知ることは克服の第一歩である。報酬を知ることで、それが自分にとって価値あるものなのか、思いの外大したことではなく、とても努力に見合わないものなのか、ある程度は分かって来る筈である。価値ある報酬ならば人間、大抵のことは出来る。当たり前のようにも聞こえるが、よくよく考えれば、それが如何にも人間らしくてちょっと面白い気がするのである。

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大損の可能性が大?なぜ若い頃に「一生モノ」を買うのは危険なのか

 ちょっと高くても一生モノとして使えるから…と、つい「一生モノ」を言い訳にして高い買い物をしてしまった経験はありませんか? 今回の無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』では著者の真井花さんが、「一生モノ」の定義とその買い物スタイルの注意点を紹介しています。

「一生モノ」で失敗しないために

さて、本日は「一生モノ」のお話。

買い物スタイルっていろいろだと思うんですが、そのスタイルの中で多分一番難しいのが

・一生モノ

なんじゃないかと思っています。

いや、ほら、つい言いませんか。

・一生モノだもんね♪(だからちょっと高くてもいいよね)

って。この一生モノってのは、予算をオーバーするときの言い訳になりやすいんですよ。あれ、私だけ?

でね。買い物スタイルとして、これは良く考えてみるべきだと思うんです。買い物スタイルを極論すると

・一生モノ VS 使い捨て

になるでしょう。高価なものを買ってメンテしながら使い続けるのと、安価なものを買って次々最新のものを買い直し続ける。これが両極ですよね。このうちのいずれを選ぶのかは、基本的には

・個人の好み

でしょう。一生モノの方がいいだなんて、そーーんなこと言いません。使い捨てって言い方がそもそも良くないですが、

・常に最新型

だと思えば、その良さも理解できるはずです。

この典型は、実は

・家電

でしょうね。どんどん機能が良くなっていくので、つまり今既に持っているものは、使い捨てられる運命にあることになります。

しかも、どこかの部品が生産中止になればもう直せません。この意味で、家電の一生モノは、ほとんど存在しないのではないかと思います。

逆説的ですが、機能がシンプル…というかほぼ単一の機能しかなく、電化部品がなさそうな、動力が人力であるようなメカがあれば「最新型」を気にする必要がなく、むしろ骨董的な価値が出るのでしょう。たとえば、なんだろ。蓄音機とかカールツアィスのカメラとか、手動の扇風機とかですかね。

もしも大地震で自宅に住めなくなったら。平時から決めるべき避難先

先日掲載の「大地震に遭遇しても『マンションのトイレ』にだけは逃げ込むな。その理由」では、自宅マンションで大地震に遭遇した際、どこに逃げ込むべきかについてレクチャーしてくださった、マンション管理士の廣田信子さん。廣田さんは自身の無料メルマガ『まんしょんオタクのマンションこぼれ話』で今回、揺れが収まった後に身を寄せる避難場所について考察するとともに、高層階居住者に対しては家族構成を考慮に入れたシミュレーションを行うことを強く勧めています。

【関連】大地震に遭遇しても「マンションのトイレ」にだけは逃げ込むな。その理由

大地震、最悪を想定して避難のシミュレーションを

こんにちは!廣田信子です。

大地震が発生した場合、とにかく一番大事なのは、自分や家族の身を守ること。そのために、自宅内のどこに逃げれば安全か…をシミュレーションしておくことが重要だということを昨日は書きました。

【関連】大地震に遭遇しても「マンションのトイレ」にだけは逃げ込むな。その理由

では、一旦揺れが収まったあとはどうしますか?もちろん、被災状況によって対応は変わってきますが、私は、最悪を想定して、その場合の対応を考えておいてほしい…といつもお話ししています。

室内は、怪獣にひっくり返されたように、家具が倒れ、電気製品が移動。ものが散乱していて、ガラスの破片が飛び散り、冷蔵庫の中のものも飛び出しています。電気、ガス、水道すべてのライフラインが止まっています。トイレも使えません。

もし、これが夜中なら、この状況を目視で確認することすら難しいのです。懐中電灯と履物がなければ、家の中を移動することすら難しくなります。スマホは、明かりをとる意味でも、情報を得るためにも、重要な役割を果たしますが、電池式の充電器や手回し充電等、充電できるものがないと不安ですが、それは手元に用意されていますか。

もちろん、エレベーターも止まっています。共用廊下等の非常灯はついていますが、45分もすれば、非常灯も消えます。明かりのあるうちに、やるべきことをやらなければなりません。

明るくなって、自宅内の惨状が明らかになったとして、その後はどう行動しますか。高層階に暮らしている人にとっては、1階との往復も困難を極めます。ここで、自宅にこのまま留まるか、どこかに避難するか…を決めなければなりません。

小さなお子さんや高齢の方がいる場合、ライフラインが途絶え、夜は真っ暗、余震が続く、そんな状態で、高層階に留まることができますか。ぜひ、普段からシミュレーションしておいて下さい。

4千年の蓄積が活きる。中国古典に学ぶ「経営と人材育成」の心得

以前掲載の「4千年の歴史は伊達じゃない。中国古典の知恵をビジネスに活かす」では、朱子学や孫子の兵法から、経営者のありかたや経営戦略のヒントとなる文言を紹介してくださった、経営コンサルタントの梅本泰則さん。今回梅本さんは自身の無料メルマガ『がんばれスポーツショップ。業績向上、100のツボ!』で、荀子や司馬遷が遺した経営や人材育成の範となる6つの言葉を挙げ、それぞれについて解説しています。

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中国古典から経営を学ぶ

経営者に関する言葉3つ

勝に急にして敗を忘るるなかれ

「荀子」の言葉です。荀子は孟子の性善説に対し性悪説をとなえました。あまりいいイメージを持たれていないようですが、良い言葉をたくさん残しています。今回の言葉もそうで、リーダーの心得について語ったものです。

「勝とうとするあまり、敗れることを忘れてはいけない」

と言っています。スポーツでも逆転負けやロスタイムに点が入ってしまうことがよくあります。リーダーはその点をよく心得て事をすすめなくてはならないという戒めですね。

荀子は、さらにリーダーの心得をあげています。

「解任をおそれてポストにしがみついてはいけない」
「内部での威信を高めることばかりに腐心して、肝心の外部への対応をおろそかにしてはいけない」

どれも含蓄のある指摘ですね。誰かの顔が浮かんでは来ませんか?

小恵を私して大体を傷(やぶ)るなかれ

中国、明の時代の洪自誠による『菜根譚』にある言葉です。小さな私恩を売ることばかりに一生懸命になって、全体の利益を犠牲にしてはいけない、という意味です。こうしたことは、政治家や経営者にもよくあることですね。

少し前のことで言えば、加計学園の問題などは、まさにそうではないかと思います。自分の近しい人や組織を優遇してばかりいて、国の大きな利益を考えない政治家がいれば、決して良くありません。

また、レオパレスの施工不良問題における経営者の対応もひどいものでした。どうも自社の利益ばかりを優先して、社会利益に考えが及んでいないように思えます。日本の大企業にこのような経営者がいることは、とても残念です。

政治家のあり方が国のあり方を表すように、経営者のあり方が、会社のあり方を決めます。ぜひ、この『菜根譚』の言葉をかみしめてほしいものです。

傲りは長ずべからず、欲は従(はしいまま)にすべからず

この言葉は、中国周末時代の礼に関する記録書、『礼記(らいき)』にあります。

「傲慢な心は育ててはいけない、そして欲のままに生きてはいけない」

という意味です。近頃の政府や企業、組織のリーダーによる事件や事象をみていると、つくづくそう思います。権力の座につくと傲慢になってしまう輩が多いのは、人間の業なのでしょうか。中国の古典には「傲慢」をいさめる言葉が数多く残っています。権力者が「傲慢」によって失政を繰り返してきた歴史があるからでしょう。

そして、「欲」も多くの問題を引き起こします。「食欲」や「睡眠欲」は生きるために必要。「名誉欲」や「出世欲」は、持ちすぎたら問題。持ったら禍を招くのが「物欲」「金銭欲」「権力欲」。その「金銭欲」と「権力欲」が一緒になると最悪。そこから組織の崩壊が始まります。「傲り」と「欲」にはご注意を。

大揺れ韓国。電撃辞任の韓国検事総長が文在寅に投げつけた爆弾

以前掲載の「文在寅の大誤算。覆された検察総長の懲戒と自身に伸びる捜査の手」等の記事でもお伝えしたとおり、自身に対して不都合な動きを取り続ける検察総長の力を削ぐことばかりに勤しんでいた文在寅大統領ですが、ここに来て検察総長が破壊力抜群の爆弾を炸裂させたようです。今回の無料メルマガ『キムチパワー』では韓国在住歴30年を超える日本人著者が、尹錫悦(ユン・ソンヨル)検察総長の電撃辞任を伝えるとともに、この辞任劇が韓国政界に与える影響について解説しています。

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尹錫悦爆弾

ついに韓国の政界に「尹錫悦爆弾」が爆発した(朝鮮日報のコラムが土台となっている)。

これまでに何度も本メルマガに登場している尹錫悦(ユン・ソンヨル)検察総長。憲法と国民の立場に立ってあくまで悪と戦う戦士である。この尹錫悦検察総長が3月4日に電撃的に辞任した。この突然の辞任は、韓国の政治地図を大きく揺さぶるだろう。本人の口からは一度も政治の「せ」の字も出ていないが、彼が電撃辞任を前にして発言してきた内容は、すべて政治宣言として受け止められている。

要約すると、まず4月のソウル市長選挙にどのような影響を及ぼすのか。第二に、野党の政党構図と政治勢力はどのように再編されるのか。第三に、来年3月に行われる大統領選の競争構図は、どのように揺れ動くのか。

尹錫悦総長が辞任を発表した日の午後、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は尹総長の辞任をすぐに収容し、宙ぶらりんの状態だったシン・ヒョンス民情首席秘書官の辞表も受理した。これらに対して文大統領の公式的な反応はなかった。いつものこと。自分に都合の悪いときは、黙って隠れているのがこの人のクセ。しかし、尹総長の辞任を1時間で受理したことは、文大統領の本音をそのまま表した格好だ。出て行くなら出て行け、俺も自分の道を行く、そういう意味だ。今年1月には、「尹錫悦総長は文政権の検察総長」とまで言っていた文だったが、それぞれの意図とは関係なく、二人は政治的に正反対の立ち位置となった。これが今後、二人の運命をどの方向に導くのか、見守ってゆきたい。もし尹総長が大統領選候補となって、大統領府への入城にまで成功すれば、尹錫悦vs文在寅という二人の関係は、さらに激しく衝突する恐れもある。

民主党の許営(ホ・ヨン)スポークスマンが論評を出した。「改革をすると言っていた尹総長の就任演説は嘘だった」と。一方、野党で保守の「国民の力」の朱豪英(チュ・ホヨン)院内代表は、「必要ならば尹総長と力を合わせる」と語った。民主党、国民の力、両者の反応は当然のことながら明らかに正反対だ。

尹総長が退く名分は論理的には、次のようになるだろう。

「これまでわたしは、検察業務を遂行しながら、政治的中立を守ってきた。しかし現政権は、検察の公正な業務遂行そのものを不可能にした。(検察の枠の)外に出て、これらを正そうと考えている」。

続いてこのような感想をもらした。

「検察として、わたしの役割はここまでです」。

検察の首長として、すなわち高級公職者としてやるべきことはここまで、という意味だ。そのため、検察の外に出て正すと述べたわけだ。まもなく本格的な政治を始めるという意味にとれる。

尹総長のコメント中に“憲法精神と法治システムが破壊されている”という部分と、“常識と正義が崩壊している”、という部分があり特に目につくが、これは誰が聞いても明白かつ断固とした「反文在寅宣言」だ。ためにこれから尹総長は自然に、反文在寅陣営を結集する中心の役割を担うことになるだろうと見られている。尹総長が辞任発表の前に、古巣大邱(テグ)高等検察所に赴き、検事らの前で「人事権者の顔色をうかがうな」と言った。つまり大統領であれ誰であれ、検察たるもの、自分を人事してくれたといってもその人の顔色をうかがってはならない、法治精神と憲法に基づいて、悪は悪として断固として裁け、という意味だ。この時から、辞任は秒読みとみられていた。

またかよ…小泉進次郎の“自慰法案”スプーン有料化に批判殺到。レジ袋の反省皆無で国民総あきれ、経済活動さらに縮小も

政府が来年4月の施行を目指す「プラスチック新法」によって、コンビニエンスストアのプラスチックスプーンなどの有料化が検討されていることがわかった。読売新聞などが報じた。小泉進次郎環境相は「これからは無料でスプーンが出てこなくなる。レジ袋有料化の発展版だ」と語ったが、巷では早くも批判的な意見があがっている。

レジ袋に続いてプラスチックスプーンも有料化

9日に閣議決定されたプラスチック新法案には、使い捨てプラスチックを大量に無償提供している事業者に対し、削減の義務を課すことが盛り込まれている。命令に違反した場合は、50万円以下の罰金が科されることになる。

コンビ二店で弁当を購入した際に配られるスプーンやフォーク、ホテルのアメニティーなどが想定されていて、今後対象となる事業者や有料化を含む具体的な削減方法を示していくという。

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小泉氏は「初めてプラスチックという素材に着目した法律」とし、循環型経済のスタートになる法律だと強調した。

新法案は今国会で審議され、来年4月に施行される見通しとなっている。

身内からもスプーン有料化に批判的な声

プラスチックを巡っては、昨年7月から容器包装リサイクル法に基づいて小売店のレジ袋が有料化されている。

それに続く第2弾という位置づけのスプーンやフォークの有料化に、識者や政治家からも批判的な声が上がっている。

テレビ朝日の玉川徹氏は10日、出演した同局系『モーニングショー』の中で、「これはいらないです。どうしても外で食べなきゃいけないときは買うという形でいいんじゃないですか」と有料化に否定的な意見を述べた。

すでに有料化されているレジ袋についても「買っています。スーパーでもコンビニでもゴミ袋などにも利用しているので」とコメントした。

また、身内である自民党議員からも反対の意見が噴出。衆議院議員の小林鷹之氏(千葉2区)は自身のツイッターで、「私には、レジ袋有料義務化の時と同様、本質を突いた政策とはどうしても思えません。本気でプラゴミに取り組むのであれば、他にやるべきことがあります」と綴っている。

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一方、スプーンを有料化する前に、レジ袋の有料化が海洋プラスチックごみがどれだけ減ったのかを検証する方が先だという指摘も多い。

効果が明らかになっていない中での第2弾の有料化に疑問の声があがっている。

また、スプーンを有料化することで、コンビニやスーパーでの買い控えに繋がり、経済活動が衰退するのではとの意見もある。

新型コロナウイルスの影響で飲食店などが苦しんでいる中、スプーンやフォークの有料化は本当に今必要な制度なのか。“レジ袋税”に続く“スプーン税”に国民から理解を得ることは難しそうだ。

※本記事内のツイートにつきましては、Twitterのツイート埋め込み機能を利用して掲載させていただいております。

image by: 小泉進次郎 - Home | Facebook

新型コロナワクチンは打つべきか否か?医学博士が全ての疑問に答える

以前掲載の「医学博士が教える、コロナワクチンの副作用と打たないことのリスク」で、「ワクチンを打つリスクより打たないことによるリスクの方が大幅に上回っている」と断言した、アメリカ在住の医学博士・しんコロさん。しんコロさんは今回もメルマガ『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』で、玉石混交の情報を整理することができずに接種にためらいを見せる人のために、ハーバード大学医学部が配信した情報を翻訳・要約し、Q&A形式方式でさまざまな疑問に答えています。

 

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「コロナワクチンは不安」という方へ。医学博士が答えるワクチンの疑問

コロナウイルスに対するワクチンの承認と接種が日本でも行われ始めた中で、今日は大切な情報を皆さんと共有しておきたいと思い、コロナワクチンに関するトピックを選びました。

ツイッターでみなさんに「ワクチン接種したい?」という質問をした時(2021年2月23日)に、「したい」と回答した人が47.5%、「したくない」との回答が21.8%、「わからない」と回答した人が30.7%でした。この回答から見ても、半数以上の人が即ワクチンを受けようという意思ではないということがわかりました。日本国内の他の統計では、接種をしたいという人の割合は更に低いというデータも見たことがあります。アメリカと日本での感染状況や重症化の深刻度にかなり差があることから、日本ではアメリカほど「接種したい」という意思が強くはないのかなという印象を受けます。

ちなみに、マサチューセッツ州ではすでに200万人以上が接種を受けました。マサチューセッツ州の人口が700万人なので、すでに4人に1人は接種した形になります。ちなみに、現在はまだ高齢者やハイリスク群対象なので、僕達一家の接種の順番が回ってくるのは春以降になる予定です。

コロナウイルスのワクチンにまつわる情報に関しては、何を信じて良いのか?という疑問があるかと思います。スキャンダルの多い政府の言うことは信じられないという方もいるでしょうし、製薬会社の言うことも利益が関わるから信じられないかもしれませんし、テレビに出てくるコメンテーターはそもそも当てにならないし、メディアに出てくる学者達は買収されているかもしれないし…。このような懐疑心で一杯になっている方もいらっしゃるかもしれません。

懐疑心が生まれることは仕方がないことですし、お気持ちは良くわかります。そんな気持ちが湧くのは、政府や製薬会社やコメンテーターや学者達が、「ワクチンを打って下さい」と言うことによって「得をしているのだろう」という疑いを持ってしまうのが理由の一つかもしれません。「政府は政府のやりたいことを常に押し通すだろう」「製薬会社はワクチンを多く売って儲けたいだろう」「学者やコメンテーターはお金をもらって台本を喋っているのだろう」などなどの疑いを持ってしまうのかもしれません。

そこで共通しているのは、「彼らはそれによって得をするからだ」という発想です。

一方で、「ワクチンは毒だ」「ワクチンは陰謀だ」「ワクチンの副作用は隠されている」ということを発言する一部の人達は、それを言うことによって何の得があるのだろうかということを考えると、一見「得をしていない」ので「彼らの言うことは本当に違いない」と思ってしまうのかもしれません。陰謀論が信じられやすい理由の一つにもこれがあります。「陰謀論のような世間の意見と逆行することを言っても得をしないのだから、陰謀論こそ本当かもしれない」というような考え方になってしまうこともあります。

一方で、マスコミに関しては発信する情報が本当だろうがウソだろうが陰謀論だろうが、センセーショナルであればその情報がより「売れる」ので良いのです。一部のマスコミは正確な情報を伝えるよりも、とにかく「売れる」情報を伝えることに重きをおきます。そういった意味では、彼らは「得をする」わけです。

このような様々な情報に溢れる環境にいると、もはやそういった情報を選別して判断することができなくなり、最終的にはSNSでどこの誰かが発信しているのかわからない情報を信じてしまったりするようになります。「噂を信じる」のような根拠のない行動になってしまうわけです。その結果、大勢が進む方向に真似して自分も進んでしまうという現象が起きます。

人混みの中で誰かがある方向に走り出して、それを見た誰かが真似をして、そのうちもっと人が走り出して、それを見た他の人たちが後に続き、そして残りの人達が恐怖に煽られて「よくわからないけどついていけ」となって走り出します。人混みは混乱した状態で、走っていく先が崖だろうが海だろうが走り続けます。自分たちが置かれている状況をしっかりと把握できないと、そういった危険な連鎖も起きることがあります。

 

311で全てが変わった。東日本大震災が社会に解き放った負の感情

今年で発生から10年を迎えた東日本大震災ですが、未曾有の大災害が残した傷は、このままでは日本にとって致命傷となりかねないようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、あの震災が日本に解き放ち、今なおどす黒く増殖を続ける「負の感情」について論じるとともに、10年を契機として冷静に検証されるべきことを記しています。

311から10周年、被災地だけでない傷の深さ

丁度10周年を迎えた2011年の東日本大震災に関しては「復興」という言葉が延々と語られています。今回の(どうなるか分からない)東京五輪にしても、建前としては震災復興が目的の一つとなっています。例えば、復興税というものがあり、2013年から何と25年という長期間にわたって、所得税が2.1%上乗せされているわけですが、ということは、2037年までこの「復興」ということは行われるわけです。

どうしてそんなに時間がかかるのでしょうか。例えば、1995年の阪神淡路と比較してみると、2011年の311については、過疎高齢化と経済衰退という猛スピードで降下中のジェットコースターの中で起きた震災という違いがまずあると思います。

この点を全く理解していなかった当時の民主党政権により、メリハリのない復興事業が進められました。巨大な防潮堤が建設され、住宅地は新たに高台に造成されたわけですが、流出した人口は戻りませんでした。今後、更に2037年まで延々と復興税が徴収されるわけですが、一体何をどのように「復興」するのか、全く見当がつきません。

問題は、この「復興」というのが幻想、つまり現実とは乖離したファンタジーだということです。過疎化も高齢化も、そしてもっとストレートな言い方をすれば人口減少が被災地では急速に進んでいます。先ほど申し上げたように、ジェットコースターが降下中だったのが、震災によってまっすぐ急降下していると言ってもいいわけです。被災地には失礼とは思いますが、被災のことを言っているのではありません、人口流出の勢いと、時間の進行による人口減のことを危機感を込めて申し上げているだけです。

問題は「復興」ということが成立しないということです。亡くなった人は戻ってきませんし、流出した人口も恐らくは戻らないでしょう。少子化社会の反映で、生まれてこなかった次世代は、いつになっても生まれては来ません。ということは、「回復すべき過去」へ向けていくらハコモノを造り、かさ上げをしても結局は「復興」にはならないのです。幻想というのはそういうことです。

ここまでは、あくまで2011年当時の民主党政権の失敗を指摘するために申し上げました。改めて申し上げますが、このような指摘は被災地には失礼だということは重々承知しています。ですが、問題は被災地ではなく、結局は東京の政府であり、それを支えている被災しなかった側の世論であるわけです。

では、どうして政府は、恐らくはムダになるかもしれない工事を延々と続けるのでしょうか?施行業者を潤してGDPを下支えするという目的はあるでしょう。ですが、多くの復興事業は投資としてリターンは期待できない、そんなことは分かっているはずです。にもかかわらず工事を継続する、それは、単に利益誘導ということではないと思います。

巨大な防潮堤、多くの場合はムダに終わりそうなかさ上げ工事、そして巨費を投じた高台の造成地、こうした建造物は、どうして造られたのでしょうか?

それは災害の恐怖と、再発への不安の反映だと思います。防潮堤ができれば、安心してその内側で暮らせるわけではありません。そもそも視界を大きく遮る防潮堤の近くでは落ち着いた生活は無理でしょう。前提として、たとえ巨大防潮堤が完成していたとしても、その近辺は津波危険地区として、たぶん居住は認められないのだと思います。

カギはコスパか?サブスク発表の小田急「箱根そば」とキリン、分かれた反応の明暗

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