「なぜ、学校で金髪はダメ?」現役教師からの回答が目からウロコ

日本の教育現場や職場でまかり通る「金髪=悪」の法則は、多人種混合の世界的視野からは、奇妙に映ると言えるかもしれません。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では現役教師の松尾英明さんが、「なぜ金髪はダメなのか?」といった問いに論理的な回答を用意することもできていない教育現場の矛盾が、そのまま日本社会の「謎ルール」として引き継がれていることを指摘しています。

「金髪に染めてはいけない」をどう考えるか

教員採用試験対策として、一部の学生の相談も受けている。その中で「金髪に染めた子の親から頭髪も個人の自由ではないのか」と問われたらどうするか、というのがあった。

これはなかなか面白い。採用試験の答えとしては、最終的にきちんと親に理解してもらい金髪をやめてもらうという方向になるだろう。当然である。そのまま認めてしまうといった無対応や、無理矢理染めさせるというような体罰的回答では落選確定である。

しかし、本当の現場を想定すると、ここはなかなか考えるべきところである。根本的なところまで深堀りして考えてみる。

金髪自体が悪この説は当然成り立たない。世の中から相当な批判を食らうことになる。人体の特定の色が正しいとか正しくないとかいうことは、人種差別問題でもある

次に出るのが「それが遺伝による自然な色ならいい」という考え。つまり、不自然だからダメということである。見るからに「金髪の人種」の人であれば問題ないということである。

この説で問題になるのが、生来色素が薄い子どもたちである。髪の毛の生来の色が、かなり明るい茶色なのである。しかし顔は日本人。「染めた」「染めてない」で揉めることになる。これは主に中学での黒染め強要事件」として枚挙に暇がない。ちなみにこの考えに沿うと、白髪染めは悪、かつらも植毛も悪、パーマもカットも悪である。「ファッション」「装飾」という概念自体への否定である。

それを出すと、ここに続けて出るのが「大人はいいが子どもはダメという考え
これはよく例に出す、中学校の「一年生は白い靴下ワンポイント以外ダメ」みたいな謎ルールの仲間でもある。

この説が最も広い支持を得ている。この説には、理屈があるだけで、明確な理由はない。「頭皮への影響」「学校にそぐわない」等の理由付けはできるが、どれも今一つ歯切れが悪い。なぜかというと、かなりの部分が大人にも当てはまってしまうからである。

ちなみにここまで書いておいて、私も多分実際には、髪色を戻す方向に家庭を促す。
なぜかというと、日本の学校社会において多くの人の支持を得ているのが、先の「大人はよくても子どもはダメだからである。これは「きちんとした接客業では金髪はダメ」というのと同じで「不快に思う人が多いから」である。特に、中年から高齢者の層には嫌悪感が根強い。そういう常識の中で生きてきたのだから、当然である。その集合無意識を今更変えることなど到底できない。

国際社会としての常識はどうか。頭髪を含めたファッションは「場に合うもの」というのがセオリーである。場がオープンであるほど、自由度は増す。フォーマルなパーティーにおいての服装と、ホームパーティーのファッションが違うのは当然である。
また様々な人種と文化が混じるオープンな国においてその自由度が増すのも当然である。

日本の学校社会というのは、オープンな場ではないということである。かなり閉鎖的である。よって、小学生段階で金髪に染めていて、後々に周囲に拒否されることは十分に予測可能なことである(子どもたち同士の間では特に抵抗がないかもしれない)。だから、「指導」対象となる。

場の常識が変わらない限りこの流れは変わらない。金髪でもピアスでもいいじゃないかというのは簡単だが、場の常識がそれを認めない。もしここに異論があるなら、場の常識を変える必要がある。

学校の常識、日本社会の常識。これを見つめ直すにおいても、この「金髪染め問題」は考えるべき題材である。

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日本企業が潰れていく理由が自分自身にあると気づかない日本人

2019年7月時点の「世界時価総額ランキング」トップ50入りを果たした国内企業は44位のトヨタのみと、米中の後塵を拝し続ける日本。なぜ我が国はこのような状況に陥り、そしてそこから抜け出すことができずにいるのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で世界的エンジニアでもある中島聡さんが、「当事者意識」をキーワードに据え考察しています。

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年8月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール中島聡なかじまさとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

当事者意識の話

とある日本の雑誌に、日本の若者・エンジニアを元気付ける連載を書くように頼まれています。先日noteで公開した「シリコン・バレーの空気」のように日本の大企業を批判した辛口の記事を書くのは得意ですが、元気付けるのは簡単ではありません。

そもそも「元気になる」とは何を指すのでしょうか?

私は「当事者意識を持って行動すること」だと思います。

日本のサラリーマンはよく、会社や上司の愚痴を言います。「うちの職場はブラックだ」「つまらない仕事しかさせてもらえない」「今している仕事の意味が分からない」「上司の頭が固い」などです。

しかし、愚痴が愚痴で終わっている限り何も変わりません。労働環境が劣悪ならば、会社に対してはっきりと文句を言えば良いし、上司がダメならその上の上司に直接掛け合えば良いと思うのですが、そんな行動を取る日本人は稀です。

そこには、「上司には逆らってはいけない」「自分が何をしても会社は変わらない」と言う暗黙の了解があり、「会社や上司に逆らう社員は、異端だ」と言う常識があるのだと思います。

しかし、本当にそれで良いのでしょうか?

私は、日本の大企業で働いている人と話す機会がしばしばありますが、特に茹でガエル状態の企業で働くエンジニアたちからは、「新しいことをさせてもらえない」「今、やっている仕事に意味を見出せない」と言う声を良く聞きます。

とある複合機(コピー、ファックス、プリンタ、スキャナなどの機能を持った機械)メーカーのエンジニアは、「社長は社員に向けては『これからはサービスの時代だ!』と掛け声をかけているにも関わらず、私に任された仕事は既存の複合機に誰も使わないような機能を追加する仕事。本当につまらない仕事だし、これでは会社はダメになってしまうと思う」と言うのです。

「これでは会社はダメになってしまうと思う」という危機感は素晴らしいと思うのですがその危機感が全く行動に結びついていないのです。「私に期待されているのは、上司から与えられた仕事を着実にこなすこと」と頭から決めつけてしまっているのです。

せっかく理系の大学を卒業し、世の中のこともそれなりに見えているのだから、本来ならば、彼自身が「こんな機能を複合機に追加したところで誰も使いません。もっと意味のあることをしましょう」と上司に食ってかかるべきなのに、それが出来ないのです。

そして、彼の上司も同じようなことを感じているのですが、自分の担当は複写機の開発なので、彼も何も言わずに、そのつまらない仕事を部下にアサインするのです。

さらに上の事業部長クラスになると、そもそも複写機ビジネスが先細りなのは自分自身が一番良く知っているにも関わらず、自分の仕事は「複写機ビジネスの売り上げを落とさないこと」なので、「もう複写機への投資は辞めて、新しいビジネスに投資しましょう」とは言えないのです。

社長クラスになると、これからはハードウェアではなくてサービスを売る会社に変わらなければならない、という漠然と認識は持っているものの、当面の売り上げや利益を維持するためには、複写機を売り続けなければならず、結局、大幅な投資戦略の変更は出来ず、新規事業開発部あたりを作って自己満足しているのです。

新規事業開発部のメンバーはメンバーで、特に何か作りたいものがあるわけでもないサラリーマンであるため、市場調査やフォーカス・グループ(ある製品ついて、特定の集団に意見を聞くこと)を通じて、理詰めで「何を作るべきか」を見つけ出そうとするため、なかなか「奇抜なアイデアがそこから生まれることはないのです。

高笑いの文在寅。韓国側の情報戦に負けた日本が「悪役」になる日

日々悪化する日韓関係。韓国政府は7月10日の時点で「日本からの輸入品を中東に再輸出していた事実」を認め、軍事転用を懸念する日本の輸出規制の理由となりましたが、欧米諸国にはそれらの事実は正しく伝わっていないようです。国際関係ジャーナリストで、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんは、その原因は日本の稚拙な情報戦略にあると指摘するとともに、改善策を記しています。

対韓国、予想通り【戦術的ミス】の影響がでてきました

日韓関係最悪になっています。

日本側の措置について、しばしば意見を求められます。それで、メルマガで「戦術的問題と戦略的問題がある」と書きました。まだ読んでない方はこちら。

どんなに腹立たしくとも。韓国と日本が国交断絶してはいけない訳

今回は、戦略的問題については、触れずにおきましょう。戦術的問題とは何か?私は二つ指摘しました。一つは、「徴用工問題」の報復として「輸出規制を強化する」というのは「とてもまずい」ということ。「徴用工問題輸出規制全然関係ない問題ですから。

しかし、日本政府は初動で大きなミスをしました。日本政府もマスコミも全国民も、「これは徴用工問題への報復だ!」と知っている。実際、日本政府高官もそう発言し、全マスコミがそう報じていました。私は、これはダメだと書きました。そのせいとは思いませんが、事実として最近は、「徴用工問題への報復ではない政府高官はいっています遅すぎですが…)。

二つ目の「戦術的問題」は、政府の説明が全然説得力がないことです。日本政府は、「安全保障上の管理の見直しとか不適切な事例があった」とかいっています。しかし、これ、何の説明にもなっていません。外国人の記者が聞いてもわけわかんないですね。

きちんと、「日本から韓国に輸出した戦略物資が、イランやシリアなどに流れている。このことは、韓国側も認めている事実です。日本が韓国に輸出したものが化学兵器に使われる危険性もあるので、輸出管理を厳格化せざるを得ない」と毎回いう。そして、毎回、証拠として以下の記事を英訳して配らなければならない。

読売新聞オンライン 7/11(木)11:40配信

【ソウル=岡部雄二郎】韓国の産業通商資源省は10日、軍事転用が可能な戦略物資を違法に国外輸出したとして摘発された業者の事例が、2015年~19年3月に計156件に上ったと発表した。産業通商資源省が韓国の野党議員に開示した資料によると、この中には、イランやシリアなど、北朝鮮と関係の深い国に輸出されたケースも含まれていた。資料によると、イランには2017年12月と19年1月、サリンの原料にもなるフッ化ナトリウムなどが輸出された。シリアには18年3月、生物・化学兵器の実験などの際に外部の汚染を防ぐための設備「生物安全キャビネット」が輸出されていた。

本当は、リスト自体を入手して英訳して毎回記者に配った方がいい。そして、各国政府にも、リストを見せながら説明しなければならない。ところが、日本政府の解説は日本人が聞いても外国人が聞いてもわけがわかりません。それで、私は、以下のように書きました。

皆さん、「日本は韓国に圧勝だぜ!」と思っていませんか?普通に考えればそうでしょう。しかし、日本政府の稚拙な説明のせいで、また国際的に日本が【巨悪】になる可能性がある。日本は、WTOで、「なぜ輸出規制をしたのか?」説得力のある説明をできない状態なのです。これが、【 戦術的問題 】です。

実際、何が起こっているのか、見てみましょう。

あおり運転の厳罰化は?見直されるべき「時代にそぐわぬ」法律

日本中に衝撃を与えた、茨城県内の高速道路上で発生した暴力行為を伴う、あおり運転。容疑者は逮捕されましたが、現在の法律では運転免許が取り消しになったとしても、一定期間を過ぎれば再び免許を取り路上に出られるとあって、「一生涯免許剥奪」を含めた厳しい法改正を求める声も多数上がっています。識者はどう見るのでしょうか。米国在住の作家・冷泉彰彦さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の中で、使い勝手の悪い法律は国民の意思で変えていくもので、我々はその権利を有していると記しています。

法律違反を警告する前に、法律を見直す議論を

ネットニュースの中で、割合にビューを稼いでいる記事のカテゴリとして「法律違反を警告する」というジャンルがあります。例えば道交法に関する記事では、「急ブレーキ、急発進、急加速、急ハンドル」の中で、道路交通法で明確に禁じられているのは「急ブレーキだ」という指摘があります。

急発進・急ブレーキ・急ハンドル! クルマの運転で「急の付く動作」の違法性と境目とは

記事の内容はいいんです。禁止されていても、危険回避の場合は構わないし、法律で禁止されていなくても「急ハンドル」や「急加速」「急発進」は良くないという常識的な内容だからです。

ですが、問題はこの道路交通法第24条」です。条文はこうなっています。

第二十四条 車両等の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、その車両等を急に停止させ、又はその速度を急激に減ずることとなるような急ブレーキをかけてはならない

別に誤った法律だとは思いません。ですが、法律としておかしいのは事実です。危険防止の場合以外は、急ブレーキを禁止するのなら、どうして急発進や急加速急ハンドルも同じように禁止しないのか、という疑問が湧くのは当然です。

反対に、急発進、急加速、急ハンドルについては道交法で「禁止」とはされていないが、こうした行為を「禁止していない」ことで事故が起きたりするような弊害がないのであれば、急ブレーキもあえてそれだけ禁止する必要はないと考えるのが自然ではないでしょうか?

道交法の場合ですと、もっと深刻な問題もあります。最近、多くのドライバーはスマホをカーナビとして使っていると思います。これはもう世界的な動きであり、常識だと言ってもいいでしょう。スマホの情報によって、道に迷うことがなくなったり、正しい車線変更をして高速の出入りに備えるなど、安全にも直結していると思います。

にも関わらず、スマホのホルダーをどのように固定するのがいいのか実は正解はないのだそうです。例えば、

あなたの車は大丈夫? ナビアプリ利用で増加する「スマホホルダー」 取付け位置で違反の可能性も

の記事では、「スマホが前方視界を妨げると違法」かと言って「エアコン吹き出し口に設置してチラ見するのは脇見運転で違法」だと警告を発しています。

これでは、記事としてアドバイスになっていないわけで、「便利かもしれないが、捕まらないように気をつけて」という、一種の自己責任論のようになってしまっています。

この問題ですが、おかしいのは「実情に合った法律がない」ということだと思います。もしかしたら、運輸当局は「合法なのはメーカー純正の高価なオプション扱いのカーナビだけ」と考えているのかもしれませんが、さすがに2019年の現在ではそんな認識では、ドライバーの常識とのズレ込みは相当広がっているということになります。

とにかく、スマホのナビによって安全確保をしながら走っているドライバーが多い中で、スマホが視界を遮っても違法、視界を遮らないスマホを見たら脇見で違法などという馬鹿げた法律は改正が必要です。

とにかく、国民というのは法律の規制対象であると同時に、主権者なのですから、その主権者に対する問題提起として、法律に「直した方がいい点」があるのに「違法行為にならないよう注意しましょう」的な訓戒を垂れるというのは、やっぱり変だと思います。

羽生くんと弱ペダ坂道くんが一緒に走るよ!ビジュアル都内各地で

サイクリングイベント「ツール・ド・東北 2019」の開催にあわせ、フィギュアスケーターの羽生結弦選手や自転車競技を題材とした大人気アニメ「弱虫ペダル」のキャラクター15人が「ツール・ド・東北 2019」の実際のコースに登場するスペシャルグラフィックが、東京メトロ丸ノ内線新宿駅および東京メトロ半蔵門線渋谷駅、仙台市地下鉄仙台駅にて、2019年8月26日(月)から順次掲出されます。

羽生結弦選手と弱虫ペダル坂道くんが、一緒に東北を自転車で走るよ!

スペシャルグラフィックは、「ツール・ド・東北 2019」の実際のコースを舞台にしたリアルで美しい自然などを背景に、羽生結弦選手主人公の小野田坂道をはじめとした「弱虫ペダル」のキャラクターが、ポール・スミスデザインの「ツール・ド・東北 2019」オフィシャル・サイクルジャージを着用して、自転車で走行する姿や休憩する姿などを描いたものです。スペシャルグラフィック計9種類のうち5種類に羽生結弦選手が登場、6種類は「ツール・ド・東北 2019の実際のコースを背景とし、舞台となった地名が記載されています。羽生結弦選手や「弱虫ペダル」の登場人物の姿とあわせて、東北の現状や魅力を感じていただけるデザインになっています。

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昨年に引き続き「ツール・ド・東北」とコラボレーションする「弱虫ペダル」のグラフィックに、今年はツール・ド・東北フレンズとして大会を応援いただいてきた羽生結弦選手がアニメイラストとなって登場する形。東北の街にやってきた弱虫ペダルの世界に、さらに羽生結弦選手も入り込んだ今回のほっこりするビジュアルに、見る人みんなが元気付けられますね。

羽生結弦選手(ツール・ド・東北 フレンズ)からのコメント(直筆)

羽生結弦選手

羽生結弦選手直筆コメント

ツール・ド・東北フレンズとして応援している、ツール・ド・東北のポスターに、「弱虫ペダル」の世界のみんなと一緒に、初めて登場させていただくことになりました。「弱虫ペダル」は大好きな作品で、前へ踏み出す強さ、一つのゴールへ向かっていく力の大きさ、をいつも感じています。限界を超えていく方々と、東北の皆さんを小野田くんや御堂筋くんたちと応援できることが、とてもうれしく、幸せです!ライダーの方々の”力”を感じ、応援することで、一つになって、”東北の力”になる。そんなツール・ド・東北を応援しています!東北に大きな力が集まるように。 小野田くんたちと、僕と、応援してくださる皆さんで、ツール・ド・東北に力を!

「弱虫ペダル」原作者 渡辺航先生からのコメント

渡辺先生写真

今年も「ツール・ド・東北 2019」開催おめでとうございます。 石巻「石ノ森萬画館」での原画展示、イラストで「弱虫ペダル」は今年も応援しています。 フィギュアスケートの羽生選手とのコラボもありますので盛り上がること必至ですね! 震災のあった年から毎年チャリティーサコッシュを製作し、売り上げをすべて寄付してきました。 東北の復興が少しでも進むことを願っています。 皆さんも是非、自転車で町や自然、空気、人々の温かさを肌で感じて下さい!

マップを入手して羽生くんと弱ペダキャラクターたちの出現スポットを特定しよう!

なお、スペシャルグラフィックの舞台となった場所を公開 9種類のグラフィックのうち6種類は、「ツール・ド・東北 2019」の実際のコースを背景にしています。背景となった舞台は「仙台市」「石巻市」「気仙沼市」「東松島市」「女川町」「南三陸町」で、これらの場所を記載したマップが、特設サイト上で9月上旬から公開されます。ぜひマップを参考に、羽生結弦選手や弱虫ペダルのキャラクターたちと同じスポットを実際に訪れてみませんか。

グラフィック掲出期間・場所:

第一弾:2019年8月26日(月)から9月1日(日)まで 東京メトロ丸ノ内線新宿駅メトロプロムナード(全4種類、うち羽生結弦選手登場2種類)
第二弾:2019年9月2日(月)から9月8日(日)まで 東京メトロ丸ノ内線新宿駅メトロプロムナード(全4種類、うち羽生結弦選手登場3種類)
第三弾:2019年9月9日(月)から9月15日(日)まで 東京メトロ丸ノ内線新宿駅メトロプロムナード(第一弾、第二弾の全8種類、うち羽生結弦選手登場5種類) 東京メトロ半蔵門線渋谷駅(第一弾、第二弾より5種類、うち羽生結弦選手登場4種類)

※2019年9月11日(水)から9月17日(火)まで仙台市地下鉄仙台駅 (第一弾より1種類、うち羽生結弦選手登場1種類) ※2019年9月9日(月)より「ツール・ド・東北特設サイト」にてWEB限定グラフィックを公開(1種類)
※駅・係員へのお問い合わせはご遠慮ください。

特設サイト:https://tourdetohoku.yahoo.co.jp/2019/info/pedal/

ツール・ド・東北公式サイト:https://tourdetohoku.yahoo.co.jp/

source: 「Yahoo! JAPAN」ツール・ド・東北&弱虫ペダル PR事務局

聞こえているのに聞き取れない。それ推定患者240万人のAPDかも?

推定患者数240万人の「APD(聴覚情報処理障害)」をご存知でしょうか。「聞こえているのに聞き取れない」という、あまりよく知られていないこの障害、聴覚検査では「異常なし」と言われるので、自分でも気がつかないまま生活に支障が出てなんとなく困っている人も多いようなのです。

APD(聴覚情報処理障害)とは

APD(聴覚情報処理障害)の特徴は、音としては聞こえているのに、言葉として理解できないというものです。もう一つの特徴は、普通の聴力検査をしても異常が見つからないことです。そして、推定患者数240万人といわれながらも、残念ながら耳鼻科医のなかでもまだまだ知られていないのが現状です。まだよくわかっていないことも多く、完治させる方法も見つかっていません。

本書では、そんなAPDに対して、自分で簡易的に確認できるチェックリスト、聞き取りをよくするためのさまざまなツール、工夫、仕事選びや診断書の利用などの生活の質を向上させるためのヒントをご紹介します。

これらの症状、APDかもしれません

下記のように様々な場面で聞き取れなくて困ったことがよくあるという場合、APDである可能性があると言えます。

  • 聞き間違いが多い
  • 横や後ろから話しかけられると聞こえない
  • 話している人の口元を見ないと理解できない
  • 画面に字幕がないと意味が理解できない
  • 仕事でお客さんの注文が聞き取れない
  • 電話で相手が何を言っているかわからない

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APDはこういうときに聞こえが悪くなる&理解できなくなる

APDの人は、下記のようなシチュエーションになると特に聞き取りにくく感じたり、意味を理解できなくなります。

  • うるさい環境にいるとき
  • 複数人が会話しているとき
  • 相手の話すスピードが速いとき
  • 口元が見えない状況でコミュニケーションするとき( 電話、隣同士、マスクなど)

APDでも聞き取りをよくするツール、工夫をご紹介

APDと診断された場合でも、ノイズキャンセリング機器を利用したり、会話をする際に相手の口元をよく見ながら聞いたり、音声の文字化アプリを活用する、メールやLINEなどの文字コミュニケーションを使うようにしたり、レコーダーを使って聞き直せるようにするなどの工夫をすることで、日常生活で感じる困難を軽減することも可能です。

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チェック項目で心当たりのある方は、まずはぜひ専門書を読んでみて、より詳しい情報を確認してみてください。

書籍概要

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書籍名 『聞こえているのに聞き取れないAPD【聴覚情報処理障害】がラクになる本』
刊行日 :2019年8月25日(日) 
価格  :1,600円(税別)
著者名 :平野 浩二(ひらの・こうじ)
紹介URL:http://www.asa21.com/book/b471517.html

著者プロフィール

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平野 浩二(ひらの・こうじ)

耳鼻咽喉科専門医。ミルディス小児科耳鼻科院長。専門分野は、補聴器・難聴・聴覚障害診療。東北大学卒。聴覚障害者の手話による診療を長年行い、その延長で聴覚情報処理障害(APD) に出会う。APD のことを知っている耳鼻科医が非常に少ないことから、APD のサイトをたちあげ、その啓発に努めている。今では年間200 人ほどのAPD 患者を診察している。現在は東京の江東区にある亀戸小児科耳鼻咽喉科で毎週火曜日にAPD の患者の診察にあたっている。

聴覚情報処理障害(APD)サイト 
https://apd-community.jimdofree.com/

source: ドリームニュース

困ったらアドラーに訊け。自己啓発の父の言う「いい劣等感」とは

1870年、オーストリア生まれのアルフレッド・アドラーは、カール・ユングなどと並ぶ心理療法の権威であり、個人心理学(アドラー心理学)を創設した人物として広く知られています。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、アドラーに私淑してきたカウンセラー・岩井俊憲氏が対談を通じ、劣等感の効用や共同体感覚と勇気の関係性など、独自の着眼点に基づく名言を紹介しています。

心に響くアドラーの金言

現代の心理療法を確立したアルフレッド・アドラー、マネジメントの父と称されるピーター・ドラッカー。近年注目を集めているこの二人は、生前交流こそなかったものの、出自や人間観、思想、学問的アプローチなど、通底する部分が多くあります。

それぞれの偉人に私淑し、その教えを伝承する岩井俊憲氏と佐藤等氏が語り合う人間学談義は、ストレス社会や多様性社会とも言われる現代社会をいかに生くべきかのヒントがちりばめられています。

現在発行されている『致知』9月号より、その対談の一部をご紹介します。


佐藤 「岩井先生が特に心に留めているアドラーの言葉は何ですか?」

岩井 「一つは、『生きるために大切なこと』に出てくる「人は誰でも劣等感を持っている劣等感それ自体は病気ではないむしろ健全な向上心に繋がるきっかけになるだろう」という言葉です。

劣等感と聞くとだいたいネガティブな印象を持ちますよね。ただよく吟味すると、アドラーの文脈では二通りの意味があるんですよ。

一つは他者との比較に基づく劣等感です。あの人に比べて自分は劣っている。これは反対に、あいつより自分はすごいという優越感を生み出して、上下関係ができるんですね。これは劣等感の弊害です

もう一つは、目標を持つことによる劣等感があるんですよ。いまよりももっとよくなりたいと目標や理想を持つと現状との比較で陰性感情が出ます。悔しい、もどかしい。これも劣等感なんですね。アドラー自身、子供の頃にくる病を患って、大人になっても身長が154センチしかなかったんです。ですから、アドラーの1907年の著書は『器官劣等性とその心理的補償の研究』で、他者との比較による劣等感がテーマだったんですけど、やがて自分の目標と現実とのギャップによる劣等感に転換します。

で、アドラーが盛んに言うのは、後者の劣等感は進歩向上のモチベーションになるから、病気でも悪者でもないと。むしろ、大事な味方であるというメッセージを発しているんです。

二つ目は、「何度も何度も個人心理学は、『共同体感覚勇気という標語を示さなければならない」。

『子どもの教育』という本の中で、アドラーは「共同体感覚」と「勇気」の二つを車の両輪のように語っています。共同体感覚に欠けている人は、一方では勇気が欠如している。勇気がないからこそ人の足を引っ張る。だから自分の勇気づけができていると人に対しても貢献できるんだと捉えるわけですね」

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与え続けることができる人は「成功」と「大損」の間で生きている

人間は、与え続ける「ギバー」、奪い続ける「テイカー」、与えられた分だけ返す「マッチャー」のいずれかに分類されるという説をご存知でしょうか。提唱者によると、10人に1人以上は奪い続けることに罪悪感を感じない「テイカー」が存在するのだとか。外資系企業で活躍し、ビジネスマンに役立つマインドセットを伝授している澤円(さわ まどか)さんはメルマガ『澤円の「自分バージョンアップ術」』で、自身が体験した「テイカー」とのやり取りを紹介したうえで、大きな成功を手にすることができる「ギバー」になるための方法を記しています。

「与え続ける人と奪い続ける人」を隔てる壁

皆さんこんにちは、澤円(さわまどか)です。

皆さんは「アダム・グラント」という方をご存知でしょうか?

あるいは「ギバー・テイカー・マッチャー」という人の3分類を聞いたことはありますか?

アダム・グラントさんは、世界No.1ビジネス・スクール「ペンシルベニア大学ウォートン校」史上最年少で終身教授に就任した、とんでもない輝かしいキャリアの方です。

ペンシルバニア大学はアメリカの大学の中でも名門中の名門、その大学の終身教授っていうんですからとんでもない方ですね。

そのアダム先生によれば(or提唱するのは)「人間はギバー』『テイカー』『マッチャーのいずれかに分類される」というものです。

簡単に説明すると

  • ギバー=与え続ける人
  • テイカー=奪い続ける人
  • マッチャー=与えられた分だけ返す人

ということになります。

それも、人はどれか一つにだけ属するのではなく、場面によってそれぞれ使い分けることもあるそうです。

確かに、自分がギブする側に回ることもあれば、テイクが中心になることもありますよね。

ちなみに、割合としては以下のようになるそうです。

  • ギバー=25%
  • マッチャー=56%
  • テイカー=16%

一番メジャーな存在はマッチャーなんですね。

なんとなくこれは分かります。

一方的に何かを受け取って返さなくても平気、というのはそれほど多くない印象がありますね。

でも、10人に1人以上は奪い続けることに罪悪感を感じないという鋼の心を持っているとアダム先生は語っています。

みなさんの周りはどんな割合ですか?

知ってた?「サラリーマンは厚生年金だけに加入している」はウソ

年金関連の記事を読んでいると、「経過的加算」や「差額加算」という言葉が頻繁に登場してきますが、そもそも「何に対する加算なのか」が今ひとつ理解できていない、という方も少なくないと思われます。そんな方のために、今回の無料メルマガ『年金アドバイザーが教える!楽しく学ぶ公的年金講座』では著者のhirokiさんが、「経過的加算」や「差額加算」とは何か、そしてその計算をなぜしなければならないのかについて詳しく解説しています。

どうしても65歳以降の老齢厚生年金に加算して支給されるもの

僕が老齢厚生年金の計算をする時に、よく経過的加算とか差額加算という計算をします。ちなみに経過的加算と差額加算の意味は同じです。用語がなんだか小難しそうだから読者様には敬遠されそうですが、年金計算過程ではどうしても発生してしまうので計算をします。なお、金額的にはものすごく小さいものである場合は記事では省いて、計算の煩雑さで読者様が混乱するのを避けるために敢えて計算を省く時がよくあります^^;

それにしてもなぜ、この経過的加算というものを計算する必要があるのでしょうか。経過的加算というとほとんどの方が何それ?意味不明!となるので、僕は代わりに差額加算という表現を使います。差額加算っていうと、何かの差額かな?ってイメージは付きそうですよね。じゃあ何の差額なのかって事です。

結論から言うと、老齢基礎年金と定額部分の差額です。定額部分っていうのは、老齢基礎年金の前身の役割を担ってたやつです。でも、昭和61年4月からはその定額部分が廃止されて、その後継者として国民年金からの老齢基礎年金が生まれて後を引き継ぎました。

あのー、年金はよく2階建てとか3階建てと呼ばれますよね。これはどういう事かというと、1階部分にみんな共通して支給される国民年金つまり老齢基礎年金)を受給して、その上の2階部分に過去の報酬に比例して金額が異なる厚生年金や共済を支給するというのが今の形です。なお、サラリーマンや公務員が僕たちは厚生年金にしか加入してないという認識の人が多いですが、同時に国民年金にも加入してるというのが正解です。

ところで昭和61年3月31日までの年金制度の時は、厚生年金を支給する際は今みたいに「国民年金(老齢基礎年金)+厚生年金(報酬に比例する年金)」という形ではありませんでした。厚生年金を支給する時は「定額部分+報酬比例部分」という形で支給していたんです。

でも昭和60年の年金大改正で昭和61年4月1日から国民全員が共通して国民年金に加入して基礎年金を65歳から支給するという形に変化しました。この「定額部分+報酬比例部分」という形が、「国民年金老齢基礎年金+報酬比例部分」となったわけです。定額部分のところが国民年金に置き換わりましたね。

厚生年金や共済の年金を指す時は今現在は報酬比例部分のところだけを指します。1階部分の役割を従来は定額部分が担ってたものを、国民年金の基礎年金が引き継いだわけですね。定額部分は昭和61年3月31日をもって引退するが、あとは国民年金に託したって事ですね。

ちなみになぜ定額部分の後継者を国民年金にしたかというと、同じく加入期間に応じて年金額が比例する年金だったから。報酬比例部分の年金のように過去の給料の多かった人にはその分多く、少なかった人には少なく支給される年金と違って加入期間に比例して平等に金額も同じになる性質だったから。