大人の心理学。富田隆教授がSMで紐解く「恐怖による支配」の構造

先日掲載の「ユニクロに米国が激怒。中国ウイグル弾圧にダンマリで加速する輸入禁止」等の記事でもお伝えしているとおり、世界から問題視されている中国当局によるウイグル人奴隷労働。倫理的に問題があるのが明白なこのような労働形態は、なぜ存在し続けるのでしょうか。今回のメルマガ『富田隆のお気楽心理学』では著者で心理学者の富田隆さんが、奴隷動労を始めとする「恐怖による支配」のシステムと、奴隷労働への誘惑が無くならない理由を解説。さらに恐怖によって支配された人々の「致命的欠陥」及びこの支配法が抱える弱点についても詳らかにしています。

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恐怖による支配

【飴と鞭】

心理学や教育学に関連して、よく「飴(あめ)と鞭(むち)」という言葉が使われます。

「飴と鞭」の両方を上手に使い分けることで、人や動物の行動を思うがままにコントロール(支配)しようというわけです。

「飴」は甘い快楽を意味しており、行動に対する「報酬」の機能を備えています。これに対して、「鞭」は苦痛をもたらすものですから、行動への「罰」や「脅し」として機能します。何かをやらせたければ飴で誘惑し、ある行動を禁止するためには鞭で脅したりするわけです。

「報酬」や「ご褒美(ほうび)」が、その原因となった行動を生じ易くすることを心理学では「強化(reinforcement)」と呼んでいます。金メダルやボーナス、賞品や仲間からの称賛、仕事をやり遂げた後の美味しい「一杯」など、「飴」の効果が確かなことは、日常生活で、誰もが経験していることではないでしょうか。ご褒美などの「良い結果」につながった行動は、似たような場面で、また生じ易くなるのです。

教育者の立場からすれば、適応的な行動や社会で必要とされる行動を上手に強化するためには、そうした行動が自発された直後に、何らかの飴(良い結果)を伴なわせれば良いということになります。素晴らしい賞品やご褒美が有効なのはもちろんですが、飴は「良い結果」であれば何でも構いません、信頼する親や教師からの「よくやった!」のひと言でも効果は絶大です。人間には精神的な飴もまた有効なのです。

ですから、良く言われるように、子供を「褒(ほ)めて伸ばす」ことは、教育の基本です。ただ、本当に「強化」を成功させるためには、目標としている行動が自発された直後に分かりやすくはっきりと褒めたり、「よくできました」の花丸を上げたり、すぐに「良い結果」を伴なわせることが肝腎です。何もしていないのに飴を与えることは逆効果であり、それでは褒めたことにはなりません。

【回避行動】

今回のテーマは「恐怖による支配」ですから、鞭の領域になります。

ある行動をしたら鞭を与えるのは「罰(punishment)」ということになりますが、「罰」は何のために与えるかといえば、その行動をこれ以上しないように、「抑制」するために与えるのです。確かに、鞭による行動のコントロールのひとつは、この抑制なのですが、実は、恐怖による支配には、積極的に何かを「させる」(促進する)というものもあり、もしかするとこちらの方が社会では多用されているのかもしれません。

具体例で説明しましょう。子供が猫を苛めたらお尻を10回叩くというのは、もちろん「罰」です。ある行動をしたら、「苦痛」が伴なったというわけです。これは二度と猫を苛めさせない、「抑制」のためのコントロールです。

これに対して、強盗がピストルを突き付け、「金を出せ」という場合は、何か行動を抑制しようというのではありません。有り金全てを強盗に渡すという行動を「促進する」ことが目的です。同じように苦痛につながる「嫌悪刺激(鞭)」を使っていますが、前者の「罰」では行動の「抑制」を狙っており、後者では逆に、行動を「促進」したいのです。

要するに、「酷い目に遭いたくなければ金を出せ」というわけで、お金を強盗に渡すという行動は災難や苦痛を「避ける」ためのものなので「回避行動(avoidance)」と呼ばれます。そして、苦痛(鞭)を受けずに済むのも「良い結果」の一種なのです。「良い結果」には直前に行われた行動を「強化」する力があることを思い出してください。「鞭」も使い方によって、特定の行動を減らすことも増やすこともできるのです。

 

尖閣で戦火などあり得ない。軍事アナリストが見抜く中国の落とし所

4月、菅総理とアメリカのバイデン大統領が日米首脳会談後の共同声明でおよそ半世紀ぶりに台湾に言及。以来「台湾有事」とともに「尖閣有事」に関する言説がメディアを賑わしていますが、専門家の目にはどう映っているのでしょうか。今回のメルマガ『NEWSを疑え!』では、軍事アナリストの小川和久さんが、中国の立場で見た尖閣問題の落とし所を解説。軍事力に訴えるのではない、したたかな「三戦」戦略に対する備えの必要性を訴えています。

中国から見た尖閣問題の落とし所

マスコミが煽るものですから、台湾有事について、そして至近距離にある日本の尖閣諸島について心配される向きが増えているようです。そこで、今回は中国側の目で尖閣問題を眺めてみましょう。

むろん、本格的な軍事力を使っての尖閣奪取は、日本だけでなく、米国との正面衝突を招きますから、その選択肢は最初から除外するでしょう。海上民兵が漁船を使って上陸する、あるいは漂着するパターンも、日米が対応能力を高めている現状では、戦火を交えた挙げ句、撃退されるのは目に見えています。

戦火を交えることになれば、国際資本が中国から手を引くという天安門事件の二の舞です。それだけは絶対に避けなければなりません。しかし、1970年代に入って自国の領土だと主張し始めた中国としては、尖閣問題を放置すれば日本の主権を認めることになり、国家的な威信や国際的な発言力にも影響します。

そこで駆使しているのが三戦です。古代中国の戦略の書『孫子』や1999年に発表された『超限戦』と軌を一にする考え方で、輿論戦、法律戦、心理戦からなり、「砲煙の上がらない戦争」とも呼ばれています。使える手段はなんでも戦力化して、戦火を交えずに勝とうということです。その延長線上に、ロシアがクリミア併合で見せたハイブリッド戦があります。

尖閣諸島周辺で行動する海警局の船舶は、中国の主張を国の内外に発信する輿論戦、中国の国内法に則っていることを示す法律戦、日本などに影響を及ぼす心理戦を体現しているのです。

中国はおよそ次のような流れを考えていると思います。

  1. 様々な動きを見せることで緊張感を高める
  2. その中で、緊張緩和に向けた危機管理のメカニズムについての協議を提案する
  3. 海空での衝突防止を合意する
  4. 尖閣諸島周辺での政府と軍の艦船、航空機の行動を自粛することを合意する

艦船と航空機が活動しなくなれば、日米と衝突する可能性もなくなり、領海侵犯を通じて弱腰でないことを中国国内に示す必要もなくなります。東シナ海全域から紛争の火種を取り除くことにもつながります。これは中国側が望んできた尖閣問題の「事実上の棚上げ」で、名を捨てて実を取ることにほかなりません。

このように、尖閣諸島と同様に台湾有事についても、中国が手を出せないような日米台の連携を強化することが基本だと、ご理解いただけると思います。(小川和久)

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五輪関係者が決して忘れてはならない、仕事を失った人々の“気持ち”

政府の感染症対策分科会の尾身茂会長が、東京オリンピックの強行開催に苦言を呈しても馬耳東風の政府と東京都、組織委員会。こういった状況に接し、政府や自治体により営業の自由を奪われている飲食業の経営者や従事者を慮るのは、メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さんです。山崎さんは、「五輪のせい」で仕事や財産を失ったと思っている人たちがいることを強く訴え、今後反対派の数が減ったとしてもそれは期日が迫ることによる「あきらめ」の気持ちでしかないと強調しています。

気持ちのこと

コロナ下における経済の状況は所謂「ワニの口」型らしい。つまり概況として、各企業の業績は開いたワニの上あごのように右肩上がりとなるか、下あごのように右肩下がりとなるかの両極端という訳である。

しかし何より深刻なのはその下あごからもこぼれ落ちてしまっているような中小零細企業や個人事業主の状況である。中でも特に、飲食関係に従事する人たちの苦労はただごとではない。店をやること自体に制限が出されている以上、経営者としてはどうしようもないからだ。経営者の努力や商才に関係なく、国あるいは都道府県によって商売の機会を奪われたがために経営が行き詰っているということになれば、当然これは補償の対象となる筈である。この場合の補償とは、もちろん十分とまではいかないだろうが、少なくともその店を維持するのに必要最低限の額はなければ意味はない。

ふと想像してみるのである。自分がそういう(やるにやれず、引くに引けず、という)立場だったらどう感じるだろうか、と。まず先立つのは「自分たちは一体何のために税金を納めて来たのか」という国に対する不信感である。次いで現状を見て思うのは「オリンピックをやりたいがために自分たちの商売が制限されているのではないか」ということである。

つまり何をどうすればいいのか明示されないままその業種全体が吟味されることもなく総くくりでダメという訳だから目的は飲食業界自体を守ることではない。ならば飲食業界を犠牲にしてでも感染状況を一時的に改善し何とかオリンピックだけは開催しようという腹積もりではないか…こんなふうに考えても無理からぬことである。

一部の人だけに塗炭の苦しみを押し付けてまで開くオリンピックに意味はない。少なくとも自分のように心の狭い人間はとても「ウェルカム!」なんて笑顔では言えない。そもそも国民の大多数に支持されてこそ、その意義を持ち得る祭典ではないか。現時点でなお半数かそれ以上の人が中止か延期すべきと考えているのである。ごり押ししてまでやることではない。

一応釘を刺してはおくが、今後反対意見は表見的には少数派になるかもしれない。が、それは開催までの日数が少なくなって行くために生じる「あきらめ」であり、決して賛成などではない。

仕事も失い、財産も失った人がどういう気持ちでオリンピックを見ることになるのか、ちょっと想像するだけでも胸が痛い。何らかの決定権を有するオリンピック関係者には、こういう気持ちや痛みが確かに存在するということを片時も忘れないでいてもらいたい。

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西城秀樹が生前に語った両親と故郷。父が「やめろ!」と言ったきり黙った訳

今年の5月16日で亡くなってから丸3年、昭和〜平成の時代を駆け抜けた日本を代表する永遠のスター・西城秀樹。彼の情熱的な歌唱スタイルに憧れて、テレビの前で真似をしたという思い出のある人も多いのではないでしょうか。今回のメルマガ『秘蔵! 昭和のスター・有名人が語る「私からお父さんお母さんへの手紙」』では、著者でライターの根岸康雄さんが、2018年に亡くなった歌手の西城秀樹さんが自身の父と母について語ったインタビューを紹介。どんなことにも果敢に挑戦し、決して諦めなかった西城秀樹さんの性格は、とにかく厳しかった父親と、優しくも芯の強い母親から培われたものでした。

家族に対する愛情が人一倍強かったんだと思う。そんな親父が子供の頃は煙たかったけど。ボクの支えとなったのは、親父の存在だった

西城秀樹(さいじょう・ひでき)1955年4月13日~2018年5月16日・本名・木本龍雄・歌手・俳優)広島県生まれ。72年「恋する季節」でレコードデビュー。「ちぎれた愛傷」「傷だらけのローラ」など、ヒット曲多数。 79年には『YOUNG MAN』で日本歌謡大賞受賞。歌、ドラマ、ミュージカルなどに活躍。日本の“元祖ロックシンガー”として、幅広い層に人気を得た。

郷ひろみ、野口五郎とともに新御三家の一人。身長、そして今で言うイケメンの極致、私たちの世代にとって、西城秀樹さんこそカッコよさの象徴だった。ピンクレディは別として、歌手にほとんどアクションがなかった当時、テレビのブラウン管の中で、マイクスタンドを振り回し熱唱する姿もカッコよかった。インタビューは日本テレビが麹町にしかなかった時代に、彼の控室でおこなった記憶がある。会話をしながらタバコを吸うのが当たり前の時代だった。彼も私も時に紫煙に包まれた。昭和の雰囲気が脳裏をよぎる。西城秀樹さんの訃報に触れ、私たちの時代の一つの象徴が逝った思いがした。死はいつか訪れるものとわかってはいるが、彼の訃報は自らの死を初めてリアルに意識した瞬間だったかもしれない。(根岸康雄)

厳しかった! 『巨人の星』の”一徹”を地でいくような父

厳しいお父さんだったね。今の時代にあんな父親はいないだろうと思うくらい。子供の頃は怒られた思い出しかない。不動産関係の仕事をしていたお父さんは、ビリヤードとパチンコが一緒になった娯楽施設やバッティングセンターや、 いろんな事業を知人と経営していたから、来客も多かった。

まず、厳しくいわれたのは、お客さんへの挨拶や礼儀作法。きちんと挨拶したら、子供は部屋に戻っていろと。お客さんが来た時は、食事もお母さんが部屋まで持ってきてくれたよね。

夕方は何時までに帰ってこいと門限が決まっていたし、仲のいい友達でも、その子の家に泊まることは許してくれなかった。

「友達をうちに泊めてあげなさい」とお父さんはいうけど、身体は大きいし、迫力のあるお父さんの前で、うちに遊びに来た友達は緊張してしまう。でもね、「こんにちは」と大きな声で挨拶をして、頭を下げるような礼儀正しい子には、その場でパッとこづかいをくれる。

今思うとお父さんは厳格で、白黒はっきりしていて、義理人情に厚くて、実にわかりやすい人だったんだけどね。子供にはそんなことはわからないから。

食事のマナーも厳しかった。食事中に話をしちゃダメ、テレビを見るなんてとんでもない。夕食に、お父さんの好物のおでんが食卓に並んだときなんか、緊張しまくったものだった。 ボクはハシの使い方がヘタだから、鍋の中のコンニャクを取ろうとしてハシでつまむんだけど、 鍋の中にボチャンと落としちゃう。もう一回つまむ、でも、またボチャンと。

二度それが続くと「もう食うなあ!!」と、お父さんはおでんの入った鍋をひっくり返さんばかりに怒ってさ。

当時、『巨人の星』というマンガが流行っていたけど、星飛雄馬の親父の星一徹が、怒ってチャブ台をひっくり返すシーンを見るたびに、うちのお父さんそっくりだなと、思ったもんだよ。

外食はほどんどなく、毎晩お父さんが食卓についてから、「いただきます」と食事が始まるんだけど、 たまには気軽な雰囲気もほしい。

「今日はお父さん、用事で一緒にご飯が食べられない」なんて時は、お母さんと兄貴とお姉さんと、リラックスしてけっこう盛り上がり、夕食を楽しんで。家族でリラックスをしているところに、思いのほか早くお父さんは帰ってきてさ。

家族全員があわててパッと玄関に並んで、「お父さん、お帰りなさい」と。

「うん」なんてうなずいて。お父さんの脱いだ靴をスッとそろえるのは、ボクの役割だった。

 

朝日新聞の値上げ理由「フェイクニュース批判」に失笑。自身の捏造報道を棚に上げ“被害者”気取り、購読者の激減必至

朝日新聞社は10日、朝夕刊セット版の月ぎめ購読料を7月1日から363円値上げして税込みで4400円にし、朝刊のみの統合版は407円上げて3500円にすると発表した。しかし、値上げの理由のひとつに「ネット上にフェイクニュースが飛び交う今、新聞の役割は増していると考えています」と掲げたことから、「お前が言うな」「フェイクニュースの元祖は朝日」など、批判の声があがっている。

「フェイクニュースを流さない」朝日新聞が自ら正当化

5日付の朝刊紙面で「読者のみなさまへ 購読料改定のお願い」と題し、値上げのお知らせをした朝日新聞。「ご負担をお願いするのは誠に心苦しい限りですが、一層みなさまのお役に立てるよう、紙面づくりに全力を尽くします。引き続きのご愛読をお願い申し上げます」と協力を呼び掛けた。

朝日新聞が消費税を除いて本体価格の改定をするのは、1993年12月以来、27年7カ月ぶりとなる。また、朝刊1部売りは150円から160円、夕刊は50円から60円に上げる。

値上げに踏み切った理由について朝日新聞は「新聞製作の合理化、人件費や経費の節減を進めてきた」ものの、販売・広告収入が減る中、経営努力が限界に達したためとした。

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朝日新聞社によると、1993年12月に約820万部だった部数は昨年8月に500万部を割ったという。

また、先月26日に発表した2021年3月期の連結決算では、売上高が前年比16・9%減の2937億7100万円、営業損益が70億3100万円の赤字だった。

しかし、ネットをザワつかせたのは次の一文。

「ネット上にフェイクニュースが飛び交う今、新聞の役割は増していると考えています。事実を正確に報じるという報道機関の使命を肝に銘じ、新聞を広げるのを楽しみにお待ちいただけるよう、内容とサービスを一層充実させてまいります。ご理解をお願いいたします」

フェイクニュースがネット上にあふれる中、自らは“違う”といった立場を示した見解に批判が殺到。

「朝日新聞はフェイクニュースの代名詞」「値上げもフェイクってことかな」「朝日のフェイクニュースを見破るためにネットニュースを見るんだよ」などの声があがっている。

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経営失敗のツケを購読者に払わせる朝日新聞

大手新聞社が経営に苦しんでいるのはたしかで、すでに一部の新聞社では値上げを断行。読売新聞は2019年1月から朝夕刊セットの月極購読料を、4037円(消費税込み)から4400円(同)に約10%アップした。

また、日本経済新聞は2017年11月から朝夕刊セット月極購読料を4509円(消費税込み)から4900円(同)に、全日版を3670円から4000円(同)に改定した。

しかし、新聞社にとって購読料の値上げは諸刃の剣。瞬間的な収益は上がったとしても、それで解約者が殺到してしまっては意味がない。

もちろんそんなことは織り込み済みで朝日新聞は27年ぶりに値上げに踏み切ったわけだが、ネット全盛の今、新聞を取り巻く環境はさらに厳しくなっていく。安易に値上げするよりも、他にやることは本当になかったのだろうか。

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「経営が苦しくなってきたので値上げします」ということは、さめた見方をすれば「経営失敗のツケを読者が肩代わりしてください」ということ。今後、朝日新聞を読者が見る目はさらに厳しさを増すだろう。

ビジネスで嘘はつくな。「でもホラは吹いた方がいい」と起業家が勧める訳

他人から仕事を頼まれたとき、たとえ一度もやったことのない仕事だった場合、あなたなら受けるでしょうか、断るでしょうか? そんな時は「ホラを吹いてもいいから受けるべき」と語るのは、ビジネス作家で起業家の岡崎かつひろさん。多くの業種を経験してきた岡崎さんは、自身のメルマガ『岡崎かつひろの『好きを仕事にするための本当の考え方』』の中で、「嘘はダメだけど、ある程度ホラは吹いた方がいい」として、頼んできた側が自分を試していると思って依頼を受けることで自分が成長するチャンスになると説いています。

 

成長に背伸びは必要! 自分の隠れた才能に気づく方法

ビジネスでもなんでも、成長しようと思ったら、ときには背伸びをすることも大切です。

僕、嘘はダメだけど、ある程度ホラは吹いたほうがいいと思います。

たとえば、新しい仕事が来たときそれをできるかどうかわからないとしても、まず「できますよ」ということ。そこは一度、ホラ吹きになってみる。そのうえで、帳尻を合わせる努力をするのであれば、僕は、ホラは必ずしも悪いことではないと思います。

そもそも大体自分にくるお願い事というのは、できると思われているから頼まれるんです。

「頼まれごとは試されごと」と言うのは僕の大好きな言葉です。頼まれたと言う事は試されていて、試す側にも「この人に試していいかどうか」を考えるわけです。

たとえば「岡崎さん総理大臣やってくれない」っていう話はこないですよね。とはいえ、仮に総理大臣の話がきたとしても、僕の場合は叩けばたたくほど埃が出てくるからダメなんですけど(笑)。

「いつも酔いつぶれているから新橋の路上で寝ている岡崎総理大臣。総理大臣またやらかした」みたいなことを書かれます(笑)。だから、万が一、総理大臣の話が来たとしても受けられません。

そもそも僕には総理大臣の話は来ないし、来たとしても受けられないと思います。たとえば、どこかの会社で取締役をやってくれないかとか、人事コンサルに入ってくれないかというお話があれば、また別です。

今、僕はビジネス書籍ライターとしても勉強しています。そのため「僕の本を書いてください」ということは、あるかもしれません。仮にそのような話が来たら、僕は「試されているんだろうな」と思って受けるべきだと思います。そもそも相手からしたら「岡崎さんだからできるんじゃないの?」と思って言ってくれているわけです。

 

秋葉原通り魔事件から13年。あの頃よりも生きづらくなった日本の病理

2008年6月8日に発生し、日本中に衝撃を与えた秋葉原通り魔事件。犯人が無差別殺人に走った要因のひとつに、「派遣社員」という身分があったのではないかとする声もありましたが、あれから13年が経った今、状況は改善されたのでしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では著者で健康社会学者の河合薫さんが、依存する人間を切り捨てる風潮の強い現在は、むしろあの頃より不健全な社会になってしまっていると分析。その上で、国民の方向を見ない「政治屋」ばかりの日本にどんな未来があるのかと、悲観的な質問を投げかけています。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

 

秋葉原通り魔事件13年後の「社会の変化」

2008年、当時25歳で派遣社員だった男が、秋葉原の交差点にトラックで突っ込み、人をはね、持っていたダガーナイフで無差別に歩行者を切りつけた「秋葉原通り魔事件」。7人が死亡、10人が重軽傷を負った「あの日」から13年が経ちました。

殺人罪などに問われた男は、15年2月に上告が棄却され、1、2審の死刑判決が確定しています。

この事件は白昼の繁華街で起きたことから、誰もが「自分がそこに居合わせた可能性」に震え、日本中が恐怖に包まれました。その一方で、男のSNSでの書き込みや思考に一定の「共感」を示す人たちが少なからずいたのも事実です。

世間やマスコミの関心は男の「派遣社員」という身分に集まり、負け組、社会的孤立、学歴、容姿への自己評価にスポットをあて、男の「誰かに認められたい」という欲望が満たされずに犯行に至ったのではないか、という議論が展開されました。

「誰でもいいから殺したかった」という自己中心的な犯行動機で、他人の命を奪うなど、絶対に許すことなどできません。しかしながら、当時はリーマンショックで派遣切りが社会問題化していたことも重なり、「氷河期世代のテロ」とも言われました。

あの頃は、非正規、契約社員、派遣切り、など、「正社員」という身分から切り離された雇用形態への関心が高かった。「格差」という2文字に誰もが反応した。「賃金格差を許すな!」「雇用の調整弁にするな!」という怒りが、社会のあちこちに渦巻いていました。

思えば…あの頃は健全だった。「おかしいことはおかしい」と怒りを露わにする空気が、社会にあふれていたように思います。

しかし、今はどうでしょうか。“こちら側”にくい止まっている人は、“あちら”を見ようとせず、“あちら側”でなんとか生き抜いている人たちでさえ、「自分は自分でがんばってなんとかした。社会に期待するな!」と依存することを嫌うようになってしまった。そう思えてなりません。

コロナ禍で、誰もが自分のことで精一杯で。他者を思いやる余裕がなくなった?そう捉えることもできます。

 

一歩間違えたら再起不能の大損も。働き盛り世代のパパを襲う生命保険の罠

我が子のためを思って加入している生命保険が、万が一のことが起きたとき、仇となってしまうケースもあるようです。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では元国税調査官で作家の大村大次郎さんが、そんな「生命保険の罠」について詳しく解説。その上で、生命保険を相続税対策のアイテムとして上手に使う方法をレクチャーしています。

※本記事は有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』の2021年1月16日号、3月1日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール大村大次郎おおむらおおじろう
大阪府出身。10年間の国税局勤務の後、経理事務所などを経て経営コンサルタント、フリーライターに。主な著書に「あらゆる領収書は経費で落とせる」(中央公論新社)「悪の会計学」(双葉社)がある。

 

働き盛り世代パパが陥りがちな「生命保険」の罠

働き盛りで、子育て真っ最中の人にとって、もし自分が急に死んでしまったら、ということは、非常に不安だと思われます。そのため、多額の生命保険をかけている人も多いようです。

しかし、この「働き盛りの人が子供のためにかける生命保険」というのは、落とし穴があります。

子供さんが小さい場合など、自分にもしものことがあったときのために、数千万円単位の生命保険に入っている人は、そう珍しくはないはずです。が、この生命保険の掛け方を間違えたら、大変なことになることがあるのです。

というのも多額の生命保険の受取人を子供名義にしたりすれば、多額の相続税が課せられるケースがあるのです。

相続税における生命保険の控除額は、1人500万円です。つまり、生命保険の保険金は相続人ひとりあたり500万円までは相続税がかからないのです。保険金が数百万円程度の生命保険ならば、大丈夫でしょう。

しかし、保険金が、数千万円や億単位の生命保険の場合、どうなるでしょうか?保険金にまともに相続税がかかってくるのです。

たとえば、もし自分が早く死んだら一人娘の将来が心配だとして、若い父親が娘を受取人にして、1億円の生命保険に入っていたとします。そして、不幸にも本当に若くして亡くなってしまったとします。

となると、この一人娘に1億円の保険金が入ってきます。法定相続人が妻と子供1人の計2人だった場合、生命保険の保険金は1,000万円までは非課税ということになります。が、この遺族の控除額は、基礎控除、未成年者控除、生命保険控除を入れても5,000万円くらいにしかなりません。だから、残りの5,000万円にまともに相続税がかかってくるのです。相続税額にして、なんと800万円です。

しかし、この相続税を防ぐ方法はあります。しかも簡単です。生命保険の受取人を、子供ではなく配偶者にしておけばいいのです。

前述のケースで、もし生命保険の受取人を妻(配偶者)にしておけば、配偶者控除が受けられます。相続税では配偶者には1億6,000万円までの控除があります。だから、1億円の生命保険を受け取っても相続税はかからないのです。

生命保険というのは、やっかいなもので、受取人名義が未成年であっても、その人がもらったということになるのです。実際は、妻が使用するという状況であっても、「妻が受け取った」ということにはならないのです。

だから、生命保険の受取人の名義は、よほどのことがない限り子供にしてはならないのです。

こういう面は、税制の欠陥ともいえるものであり、もっと丁寧な制度設計をするべきです。未成年の相続人などには、控除額をもっと拡大すべきだと思われます。が、今の時点では、いたしかたありませんので、若い親御さんなどは子供のために生命保険に入る場合は、気を付けてください。

 

上司や同僚の悪口ばかり聞かされストレスに。30万部ベストセラー著者が教える解消法は?

職場に対する不平不満は誰かわかってくれる人に話して共感してほしいもの。でも、その話が職場の人の悪口ばかりだと、聞かされる方はあまり気分のいいものではありません。仕事やプライベート上の多くの悩みにお答えする6月7日創刊のメルマガ『『ゼロ秒思考』赤羽雄二の「成長を加速する人生相談」』では、「考える力」が鍛えられると話題の30万部ベストセラー『ゼロ秒思考』など22冊の著書と、年間100回のセミナーで1万人を超える方々の成長を支援し、数々のお悩み相談に答えてきた著者の赤羽雄二さんが、著書『ゼロ秒思考』の中でも紹介している「A4メモ書き」を使用したストレス軽減策を伝えています。

「A4メモ書き」とは:赤羽さんが考案したA4用紙を横置きにして左上にタイトル、右上に日付、本文を4~6行、各20字前後を1分で書き上げることで“もやもや”が消えていくという方法を使用したストレス軽減策

 

お世話になっている先輩が上司や同僚の悪口を言うのでストレスです

Question

shitumon

30代女性です。メーカーに勤めています。入社以来、お世話になっている先輩の女性社員がおられ、普段いろいろな相談に乗ってもらっています。大変感謝しているのですが、一点だけ困ったことがあります。上司や同僚の悪口を言う点だけ、どうしても好きになれません。前はそうでもなかったのですが、昇進試験に失敗して不満が高まったのかも知れません。

批判するだけで何もしようとしないので尊敬できませんし、悪口を聞いているとこちらの気分も悪くなります。同じ職場なので、突然距離を取ることもできず、困っています。

赤羽さんからの回答

ご質問どうもありがとうございました。大変ですね。狭い職場で急に態度を変えることもできず、お困りのことと思います。「悪口を言うのはやめてください」と言うことはできず、かと言ってこれまでお世話になった先輩を見切ることも現実的ではないですよね。

こういう場合、次のアプローチをお勧めします。まずは、その方がどういう愛着障害の状況なのかを理解する必要があります。愛着障害によって自己肯定感が低く、何に対しても不平不満を持ちやすいのでしょう。これが悪口につながります。普段の話から、親との関係、父親と母親の関係などを思い出してみるといいかも知れません。

次に、今の職場で悪口を言いたくなる理由を考えてみます。昇進試験の失敗で、日頃の不満が一気に噴き出した可能性があります。あるいは、実際に批判的なことを言わざるを得ないほど何か問題が起きている場合もなくはありません。これらを踏まえて、多面的な「A4メモ書き」をすると、その方の気持ちを理解することができます。先輩をAさんとします。

  1. Aさんはどうしてこんなに悪口を言うようになったのか
  2. Aさんが昇進試験に落ちたことと悪口を言うことは関係しているか
  3. 前はポジティブだったAさんは悪口を言ってどういう気持ちなのか
  4. Aさんの自己肯定感が低い理由は何なのか
  5. Aさんはどういうときはもっとポジティブなのか
  6. Aさんは悪口を聞いてくれる私をどう思うか
  7. Aさんは私が悪口を聞かなくなったら、どう思うか

こんな感じで10~15ページ書くと、少し見え方が変わってきて、Aさんの悪口を聞くストレスがかなり減ります。いったんはそれでしばらく様子を見るのがいいですね。こちらの理解が深まると、Aさんが安心して、悪口が減ることも十分考えられます。

Aさんをかなり理解したとしてもストレスが耐えられないとしたら、その時点で距離を置くことになります。進捗状況や気持ちの変化など、ぜひまたメールください。

※本記事は『『ゼロ秒思考』赤羽雄二の「成長を加速する人生相談」』2021年6月7日創刊号からの一部抜粋です。読者のみなさまからの仕事やプライベート上の多くの悩み・質問に、赤羽さんが毎号丁寧にお答えします。メルマガを購読している方ならどなたでもご質問&ご相談が可能です。この機会にぜひ初月無料のメルマガをご登録ください。

 

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なぜ、成功者たちは口を揃えて「モチベーション」を否定するのか

やる気という意味の「モチベーション」の高め方について語るビジネスマンは多くいますが、そんなことは成功することと関係なく「意味がない」と話すのは、無料メルマガ『サラリーマンで年収1000万円を目指せ。』著者の佐藤しょ~おんさん。佐藤さんは「モチベーション」と「やるべきこと」には関係がないとし、「習慣化する」ことの大切さを説いています。

モチベーションに頼るのが間違い

日本人って、根性論が好きな国民性がありまして、最後は根性論、精神論でどうにかしようとするんですね。その最たる例が、

 ■ どうやってモチベーションを維持して(高めて)いますか?

という質問なんです。この質問をする人は、モチベーションが維持されないと、モチベーションが高まらないと物事はできない、続けられないと考えているから、この手の質問をするんです。

そして、どの領域であれ、それなりに功成り名を遂げている人はみなさん、

 ● イヤイヤ、モチベーションなんて関係ないですよ

と答えるんですね。

モチベーションとは動機付けであり、やる気であり、それは気分です。気分が高まるからやる、気分が低くなったらやらないということで、やるかやらないかを決めているのは「気分だ」と言っているわけですね。

これが間違い。

自分の気分に関係なく、やるべきことはやるのです。そのための仕組みとルールを作るのです。

私は自宅にいる時には毎朝、2時間くらいは怪しい系の修行をしています。元々は30分くらいだったんですけど、あれこれとメニューが増えまして、いつの間にかそれくらいはやるようになってしまいました。

ここにモチベーションは存在しません。ただ、自分との約束があるだけです。それは、

 ● 8時30分になったら修行を開始する

という簡単なモノです。ツイッターやFBを見ていても、メールに返信をしていても、8時30分になったら、

 ● はい、おしまい!今からは修行の時間だよ!!

と、修行のツールを机から取り出すのです。そうしたら二日酔いだろうが、夫婦喧嘩をした後であろうが、やる気があろうが無かろうが、修行が始まるでしょ。