無神経なロシアに日本が示し続けるべき、ソ連「スパイ事件」の違法性

長崎に原爆が投下された日であり、ソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破って日本への侵攻を開始した日である8月9日、ロシアの情報機関が「日本がソ連で破壊工作を準備していた」とする機密文書を開示しました。自らの不法行為を正当化する動きの一つに過ぎませんが、こうした地道な主張こそ日本政府が国際社会に向けて取り続けなければならない態度と伝えるのは、メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんです。小川さんは今回、ソ連による諜報活動として「ゾルゲ事件」を取り上げ、忘れていないと示し続けることが重要と訴えています。

ロシアよ、情報戦はお互い様だ

東京オリンピックが終わり、祭りのあとの寂しさが漂っていますが、日本にとっては広島と長崎の原爆記念日、終戦記念日と続く、戦争と平和を考える重要な時期でもあります。そういう日本の神経を逆なでするような動きをした国があります。ロシアです。

「ロシア通信によると、ロシアの情報機関、連邦保安局(FSB)は、第2次世界大戦末期にソ連が対日参戦してから9日で76年となったのに合わせ、『日本がソ連で破壊工作を準備していた』とする機密文書を初めて開示した。

 

ソ連は1945年8月、日ソ中立条約を一方的に破って対日参戦し、日本のポツダム宣言受諾後に北方4島を占領した。文書の開示で、対日参戦と北方領土の不法占拠を正当化する狙いがあるとみられる。

 

開示されたのは、FSBの前身であるソ連国家保安委員会(KGB)が保管していた複数の文書で、ロシア通信が内容を報じた。

 

日ソ中立条約を締結後の43年7月に日本の関東軍が作成したとする資料に、ソ連領内の鉄道や飛行場、通信回線の破壊を想定した訓練に関する記述があったと主張している」(8月10日付読売新聞)

戦後76年も経ったのに、国際世論を動かしていささかでもロシアに違法行為を認めさせることができていない日本は、世界から外交的能力について疑問を持たれていることは言うまでもありません。

しかし、上記のFSBの動きについて言うなら、1941年4月に日ソ中立条約が締結される前からソ連が日本で諜報活動を行ったゾルゲ事件のことを持ち出さない訳にはいきません。

ゾルゲ事件とは対米戦争突入直前の日本を震撼させたソ連軍情報部員リヒャルト・ゾルゲらによるスパイ事件です。ドイツの新聞の特派員として在日ドイツ大使館と関係を結んだゾルゲは、近衛文麿首相のブレーンで南満州鉄道嘱託だった尾崎秀実らの協力を得て、日本の南進政策決定の情報などをソ連に伝え、ソ連は日本軍に背後を突かれる心配なくドイツとの戦争に兵力を集中することができるようになりました。ゾルゲは駐日ドイツ大使オイゲン・オットにも食い込んでおり、ドイツ軍のソ連侵攻の日時もそこからもたらされたものです。

ゾルゲと尾崎が1941年10月に治安維持法や軍機保護法などの違反容疑で逮捕されたほか、検挙者は30人を超えました。2人はロシア革命記念日の1944年11月7日に巣鴨拘置所で処刑されました。ゾルゲの墓は多磨霊園にあり、戦後も毎年11月7日にはソ連とロシアの大使館から大使や制服姿の駐在武官が墓参しています。

今回のFSBの文書開示に対しては、日本政府はその事実と墓参の画像などを公表し、反論の形を取らなければなりません。負け犬の遠吠えにならないよう、しかしソ連とロシアがしたことは決して忘れないという毅然たる姿勢を示し続けることが求められています。外交にはこうした小さな積み重ねが重要なのです。(小川和久)

image by: Shutterstock.com

なぜ、昨今のクイズ番組にあふれる「高学歴芸人」は面白くないのか?

「テレビをつければクイズ番組に当たる」といっても過言ではないほど、昨今はタレントや芸人が出演する難問系クイズ番組をよく見かけます。中でも、高学歴であることをウリにしたお笑い芸人が難解な問題にチャレンジする様子を放送するクイズ番組が激増しました。「謝罪のプロ」として知られ、さらに「危機管理のプロ」としてコンプライアンス研修の講師も務める増沢隆太さんは、まぐまぐのコンテンツプラットフォーム「mine」内で、こうした「高学歴」であることや「ビジネスでの成功」を強調するお笑い芸人が「つまらなくなった」理由について私見を述べるとともに、「お笑い」を生業とする「芸人」という仕事のあり方について持論を展開しています。

高学歴を売り物にしたり、笑い以外のビジネスで「成功」する人は芸人なのだろうか?

今、テレビ番組を見渡せば、バラエティはクイズ、ドラマは刑事ものが圧倒する。これは制作費やクレーマー対応という、がんじがらめの状況を象徴する。ひょうきん族や全員集合、コント55号やゲバゲバ90分といった昭和のテレビバラエティ全盛期を堪能できた世代として、現状の規制だらけの番組制作を強いられる制作者や芸能人の皆さんには心から同情申し上げる。特に本格的コント番組は、制作費がかさむことや、言葉狩りのようなごく一部のクレーマーによるスポンサーへの気遣いからほとんど減った。

クイズ番組も、かつてのような普通の素人参加型のようなものは限りなく減り、代わって東大生や高学歴有名人、インテリ芸能人による難問が増えている。同時に、クイズ番組で活躍するインテリ芸人と呼ばれる人たちを生んだ。弟子修行せずともプロダクションの養成学校を経ることで芸人になれる道もでき、東大やらハーバード大やら、高学歴を売り物にする芸人もどんどん出ている。

しかし、こうした高学歴芸人は、笑いで勝負できているのだろうか。ネタ番組も減り、ひな段トークなど機会も限られている環境は同情できる。しかし芸人である以上、わずかなチャンスをも逃さず笑いを取りにいくように見えないのはどうなのか。

笑いへのガッツ

明日のスターを夢見る芸人さんたちは、コンテストや深夜のガヤ番組でも必死に爪痕を残そうと頑張っている。高学歴芸人と呼ばれる人々は、どちらかといえば深夜番組で熱湯を浴びたりやローション相撲するより、笑いではないニュース特番系バラエティやNHKなどで見かけることが多いように感じる。

中にはビジネスでの成功を語る講演やセミナーで活躍する人もいるが、正に本末転倒としかいいようがない。

必死にわずかなチャンスも活かそうと、ガヤなのに食いついてくるようなギラギラしたアクや、せっかくのチャンスを得てもうまく回せずに大スベりのような、これはこれでバラエティとしては「あり」なオチになることも少なくない。もちろん芸能は笑いだけではない以上、全員が笑いをとらなければならないものではない。しかしそれは芸能人一般のことであって、少なくとも俳優や歌手などのシリアスな本業を目指すならばの話である。

元スポーツ選手のような、単なるタレントと呼ばれる人たちもいる。こうした人たちが緩い笑いを取ることに問題はない。本業があるからだ。では高学歴「芸人」はどうか? 芸人部分がなければ、それはただの高学歴者である。高学歴であることに一定の価値があるのは、現在の社会では当然であり、少子化でかつてほどの厳しさは無くなってきているものの、高偏差値大学のハードルは厳然と存在する。

優秀な販売員は、誰かに「褒められたとき」に何をしているのか?

プロとしての意識が高い人は、常に「次」につながる一手を考え続けているようです。今回の無料メルマガ『販売力向上講座メールマガジン』では接客販売コンサルタント&トレーナーの坂本りゅういちさんが、褒められたときであっても忘れたくない、「成長を続けていくために求められる感覚」を紹介。満足だけで終わらないことの大切さを説いています。

褒められた時ほど

仕事をしていると、いつかどこかで誰かに褒められる機会があると思います。お客様に褒めてもらうこともあるかもしれませんが、例えば上司や先輩などに褒めてもらえることもあるのではないでしょうか。

そういう時、「やった!褒められた!」と喜びを噛み締める人も多いでしょうが(私もそうです)、本当にプロとしての意識が高い人ほど、それで満足をしないなと思わされるものです。勝って兜の緒を締めよとはよく言われますが、褒められた時ほど、それで満足をせずに反省点を探したりして、次はさらに良い結果を残そうとする人はいるのですね。

昔、上司と話していた時にこんなことがありました。

その上司はある店の店長だったのですが、店の売り上げ記録を達成した時に、当時の社長からそれはもう褒められていました。当時ではあくまでも理想の数字というレベルの数字を実際に上げて見せたので、社長は当然喜び、上司を盛大に褒めてくれていたわけです。私もそのメンバーの一員だったので、社長に褒められたということに有頂天になり、とても嬉しく感じていました。

しかしその上司はというと、褒められたことは素直に喜び受け取りながらも、その場で社長に「結果は良かったですが、でも反省しないといけないこともあると思います。今はこういう問題があると思っているんですけど、社長から見て何か気になることはありませんか?」と尋ねたのです。

正直私は驚きました。だって今の今、結果を出して褒められたところで、反省を口にしているのです。でも社長の口からは、まずは喜びの声が出つつも、「そうだな、今はこういうところがあるから改善していかないとな」という声が出てきました。本当の意味で結果を出す人ほど、成果を上げた時、周りから褒められた時でも、それで満足せずに先を見据えて改善をしていくのだと思いっきり学ばせてもらったものです。

販売員として店頭に立っていて成果を出すと、確かに褒められる機会はあります。そこで「良かった良かった」と満足すること自体はとても簡単なことですが、満足をした時点で、それ以上の結果を生み出すことはできなくなります。将来をさらに良いものにしていくためには、たとえ結果を出して褒められていても、そこに隠れている改善点を見つめ直して、さらなる修正をすべきなのです。

私も今はその教訓を生かして、仕事で取引先にお褒めの言葉をいただけても、反省点は何か無いか探していますし、自分でわからないことがあれば取引先に直で聞いてみたりもします。

褒められた時ほど、足りない部分は見えなくなりがちです。その瞬間に何に意識を向けなければいけないのか。成長を続けていくためには、こうした感覚も求められるのではないでしょうか。

今日の質問です。

  • ここ最近で、誰かに何かを褒められたことはありませんか?
  • その内容について、改善しなければいけないと感じることは何ですか?もしわからなければ、褒めてくれた人に聞いてみましょう。

image by: Shutterstock.com

なぜ幼少期に刷り込まれた「親の教え」は人を一生縛り続けるのか?

幼い頃に親に教わったことは、自分の人生の基盤を作ります。しかし、それに縛られすぎてしまい、大人になっても親の教えの悪い部分から抜け出せないという人も多いのではないでしょうか。今回の無料メルマガ『東北の人気メンタルトレーナーが送る『自信をはぐくむ、幸せな自分のなり方』』では、著者で心理カウンセラーの吉田こうじさんが、自身も親の教えに縛られてきたとして、その体験を明かすとともに「呪縛から脱却する方法」についてお話ししています。

幼い頃に身につけた親の教えを改めて疑ってみよう

僕は幼い頃に「世の中には悪人が多い」ということを、何かにつけては母親から教え込まされていました。友達関係についても「あんな子と遊んではダメ」と、何かと口を挟んできたことを覚えてます。

そうやって友達関係にまで「親の価値観」でいいとか悪いとかジャッジを受けているうちに、いつしか自分の選択や決断を、自分で信じることができない、周りの顔色を伺う子供になっていきました。

自分で自分のことを疑い信じることができない…。つまり自分に自信を失っていたのです。

自分のことを信じられないということは、他人のことも信じることができません。なので、他人に心を開くことができない、恥ずかしがり屋で内気で、癇癪持ちな子供でした。

私たちは幼い頃から体験を通して与えられた環境を生き延びる術を身につけていきます。そして、その時、最善と思われる術を使って生き延びているうちに、いつしかそれが習慣化(癖)となり、あたかも持って生まれた人格かのように心の奥深くまで浸透していきます。

当時の僕が身につけた最善の生き残り策は、たとえば

  • とにかく目立たないこと
  • 表面上愛想よく取り繕うこと
  • 取り繕うために嘘を磨くこと
  • 本音がバレないようにすること

こんな感じでした。なので、近所の人たちからは愛想のいい可愛い坊ちゃんみたいなことをよく言われてました^_^

でも、心の中では、いつも何かに怯えて何かが心配で、後ろめたさをずっと抱えていました。そして、そんなビクビクしなければならない社会全体に対して、漠然とした憤りも感じてました。他人の幸福を妬み、他人の失敗を非難するばかりで、自分自身が本気で幸せになるために前向きな努力をすることは完全に放棄していたのです。

まだNYは大丈夫。在米日本人が偶然遭遇したこの街の「真の魅力」

先日掲載の「コロナ関連の規制もほぼ解除。ワクチン接種率7割に達したNYの今」等の記事で、コロナ禍を乗り越えたアメリカの様子をライブ感を持って伝え続けてくださる、NY在住の人気ブロガー・りばてぃさん。そんなりばてぃさんは先日、この街の本当の魅力を感じるとともに、文化的活動が意識している以上に我々の生活を支えていると思うに至る経験を得たといいます。今回のメルマガ『メルマガ「ニューヨークの遊び方」』ではりばてぃさんが、ハドソン川に新たに建設された人工島・リトルアイランドで偶然遭遇した、とあるイベントのリハーサルの模様とそのイベントが企画された背景について紹介するとともに、そこで抱いた感情を綴っています。

【関連】コロナ関連の規制もほぼ解除。ワクチン接種率7割に達したNYの今
【関連】日本のはるか先を行く。ワクチン接種率7割到達で飲食店も賑わうNYの今

 

ニューヨークは復興するのかしないのか?

(1)NYの復興を考える

メルマガやYouTube動画でワクチン接種が進んだニューヨークはすっかりコロナ後の雰囲気で一気に経済再開が進んでいるとお伝えしてきましたが、果たしてこの復興モードはいつまで続くのか?企業は未だに多くがリモートワークです。中には永遠にリモートワークにした企業もありますし、もしくは、オフィス自体を一旦解約し、新たなオフィスをオープンするのは未定という企業も少なくありません。

逆に早速オフィスをオープンし従業員をオフィスに戻そうという動きも出ていますが、一方でリモートワークに慣れてしまったことでオフィスに戻りたくない社員は思いのほか多いそうで、出勤しても週2回までとか、週休3日は成り立つのか?みたいな話題が散見されます。

しまいにはオフィス勤務するくらいなら転職する人も出てまして、これについてブルームバーグが少し前に報じてましたが、実際、友人の会社でも同じ理由で転職する人がでていて人材不足に陥っているのだそうです。そうです、報道機関が一部の珍しい人たちの珍しい行動を取り上げているのではなく、本当にアメリカ人はオフィスに出るくらいなら転職するといって転職をはじめているのです。

加えて、コロナのパンデミック経験が精神的な安定や何が自分にとって幸せか、時間の使い方などなどを考えるきっかけになったようで転職する人の増加を後押ししているのだとか。

そんなわけでブルームバーグに限らず様々なメディアが関連事情を報じはじめています。

ご参考:

Employees Are Quitting Instead of Giving Up Working From Home

As The Pandemic Recedes, Millions Of Workers Are Saying ‘I Quit’

ニューヨークの話に戻りますが、オフィスに戻る従業員もいるけども転職するという人もニューヨークにもいるわけで、街を歩くと人が戻ってきた印象はあるものの、コロナ以前同様の経済的な動きがあるかというと様子見の部分もまだまだ多いのではと感じています。

特にビジネス会食や出張はまだ制限されているので個々人では復興消費が増えているけども、企業ごとではどうなのか?旅行や出張者が多かったニューヨークはこのまま戻らないのではないか?なんて心配の声は当然あるわけなのです。

実際はもう少し様子見が必要ですが、NYは復興するのかどうか考える材料になるエピソードがあったので、前置きが長くなりましたがご紹介したいと思います。

そのエピソードとは、今朝、YouTubeで公開したプロのミュージカル歌手によるディズニー映画『ヘラクレス』の名曲「Go The Distance」に関するお話。

これリハーサルのワンシーンですがリハーサルとは思えないほどの大盛り上がり。なぜそれほど盛り上がったのか?その背景を考えることでNYはまだまだ大丈夫と思えたので皆さんにもシェアしたいと思います。

 

「わしは天才相場師や」SMの鬼才・団鬼六を育てた詐欺師のような父

官能小説の第一人者にして、脚本家、演出家、エッセイストと多くの顔を持つ団鬼六さんが鬼籍に入られてから、早いもので今年で10年。「SMの巨匠」の異名を取り波乱万丈の人生を送った団さんの人格は、いかにして形作られたのでしょうか。今回のメルマガ『秘蔵! 昭和のスター・有名人が語る「私からお父さんお母さんへの手紙」』ではライターの根岸康雄さんが、駆け落ちから始まる団さんのご両親のエピソードを紹介。そこで語られていたのは、まさに強烈としか言いようのない父と、そんな父を子供のように扱う母の姿でした。

 

団鬼六/SM官能小説家「“絶対に儲かる!”“お父さんの話を聞いたらダメ!”極端な両親だった」

確か自宅に近い西武線の沿線の駅前の喫茶店でのインタビューだった。SMの巨匠はどんな雰囲気を持っているのか、興味があったが、和服姿の氏は笑顔を絶やさないノリのいい人だった。多分、このノリでSM官能小説も仕上げていったに違いない。和服に赤いヒモ、畳に襖等、日本人の奥底に潜むエロスの世界、そんなエンターテインメントを痛快に描けた。その意味で、氏の官能小説は多くの読者に支持されたのだろう。(根岸康雄)

ばあさんと親父、二代に渡る駆け落ちで成立した我が家

「わしは天才相場師や」

そう自認していた親父は、鹿児島の商家のボンボンで、上京して明治大に通っていた頃は、玉突きばかりやっていたらしい。明大を中退した親父は、松竹の脚本部に籍を置いてくすぶっていた。

オフクロは18歳ぐらいで国木田独歩の息子と結婚して、男の子を産んで。20歳ぐらいで離婚。その後は直木賞で有名な直木三十五に弟子入りし、直木に勧められて女優になった。

親父は女優に憧れてオフクロにモーションをかけたが、一介の脚本部の部員と女優がくっついたんじゃ映画会社にはいられない。二人は滋賀県の彦根に駆け落ちする。

彦根には親父の母親がいて、僕のおばあちゃんという人も、鹿児島時代に自分の店の番頭といい仲になって駆け落ちして。落ち着いた先の彦根で事業が成功し、映画館を経営していた。

だからおばあちゃんと親父と、うちは二代に渡って駆け落ちしているというわけだ。

そのへんからして、うちは何が何だかさっぱりわからん家だった。彦根時代、戦前のことだ。女優をしていたハイカラなオフクロが映画館の横にダンスホールを開くと、ダンスを習いたいという人が大勢集まってきて、繁盛していた。

元女優のオフクロは美人で、文学を志して直木三十五に弟子入りした経験もあって、当時の文士のこともよく知っていて。町の文学青年がオフクロの話を聞きにしょっちゅう、家に出入りしていた。

親父はそんなオフクロにコンプレックスを抱いていたんだな。ある日のことだ。

「オレは同人誌を作る!」

そう言い出して。オフクロへの対抗心からだったのだろう。そんな親父をオフクロはチャンチャラおかしいとばかり、ホホホッと鼻で笑っていた。

親父のいい加減さはものごころつく頃から気付いていた。小さい頃、親父と一緒に歩いていて、デカい家を見ると、

「おまえな、勉強してどないするんや、一代でこないデカい家に住もう思うたら、相場しかあらへんで。相場師になれ!」

と、言っていた。

──どこの世界に、勉強している息子にいい顔をせず、相場師になれという親がいるか。

幼心に僕はとそう思っていたけど、オフクロもそんな親父にあきれていたに違いない。二言目には僕に、

「お父さんの言うことをきいたらダメ!相場なんかに手を出したダメや!ひどい目に合う」

と、釘を刺すように言われたものだ。

太平洋戦争がはじまる前年、もう映画なんて時代じゃなくなると、親父は彦根の映画館を売り飛ばして、一家で大阪に出た。親父は軍需工場で働きはじめたが、その工場にいた女に手を出して。当時、僕は親父に呼び出され、こんなことを言われた。

「おまえは長男だから教えとく。わしに女ができてな、お母さんには内緒だぞ」

なにが女ができた、オフクロには内緒にしておけだ、偉そうに。

「お父さん言うとったわ、女ができたって」

オフクロにそう言ったら、

「ああ、知っとるわ」

と、オフクロは涼しい顔をしていた。

 

韓国の国民はウンザリ。金正恩に利用される文在寅「北のご機嫌伺い」

先日掲載の「正恩の妹また激怒。韓国脱北者団体が飛ばしたビラを恐れる北朝鮮」でもお伝えしたとおり、韓国の脱北者団体が北朝鮮に向けてビラを撒いた昨年6月、韓国との通信連絡線を遮断したものの、先月27日になり突如復元させた金正恩政権。突然の方針転換の裏には、どのような事情が存在するのでしょうか。今回のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では北朝鮮研究の第一人者である宮塚利雄さんが、金政権が態度を変えざるを得なかった苦しい国内の状況を解説しています。

【関連】正恩の妹また激怒。韓国脱北者団体が飛ばしたビラを恐れる北朝鮮

 

北朝鮮が韓国との突然の関係改善へ動いた理由と大歓迎の文在寅

先月27日午前10時、韓国と北朝鮮を結ぶ通信網が約1年ぶりに復旧した。この日は朝鮮戦争(1950~1953年)で休戦協定から締結されてから、ちょうど68年を迎えた日である。この7月27日は北朝鮮では「祖国解放戦争勝利記念日」(戦勝節)として、公休日としている。また、この日を記念して発売された「7.27」銘柄の高級たばこもある。

さて、約1年ぶりに通信網が復元した事の発端は何だったのか。北朝鮮が昨年6月、韓国にいる脱北者団体が北朝鮮の金王朝体制を批判するビラなどを大量に括(くく)り付けて、北朝鮮に向けて飛ばす大型風船に猛反発し、板門店チャンネルをはじめとするすべての通信連絡線を一方的に切った。それが13か月と18日ぶりに復元したのである。韓国政府によると、復元したのは南北軍事境界線上にある板門店など2か所の直通電話と、韓国・北朝鮮両軍の電話とファックス。

今回の復元は文在寅大統領と金正恩総書記の疎通の結果と言われている。韓国の大統領府側は「文大統領と金総書記が今年4月から何度も親書を交わしており、1日も早く南北間の相互信頼を回復して関係を再び進展させていくことで意を共にした」と明らかにしたが、韓国は北朝鮮による通信線遮断だけでなく、その直後に南北共同連絡事務所を爆破したことに対し、北朝鮮側から謝罪や原状回復についての言及がないままでの今回の合意である。韓国は北朝鮮側の恫喝同然のビラ配布禁止や関係者の厳罰要求に屈し、要求されるまま国会で対北ビラ禁止の法律まで成立させてしまった。

7月27日という日に対話再開や融和ムードを効果的にアピールしようとしたようだが、韓国内には対話や融和が始まっても、また「北の御機嫌伺」の上に成り立つ見せかけに終わるのではないかとの疑問が投げかけられている。一方の北朝鮮にとって国連制裁と新型コロナウイルスによる国境閉鎖に伴う経済難が深刻になり、各地で餓死者が急増していると伝えられる現状の下で、外部の支援が火急のことになってきたからである。

このほど韓国銀行が発表した北朝鮮の昨年度の国内総生産(GDP)伸び率は、ここ20年余りで最悪のマイナス4.5%までに落ち込んだ。「経済回復」を国民に宣言した金正恩総書記にとって、文在寅大統領との会談の最大の関心事は、対北制裁の緩和を米国側に求めている文大統領に、バイデン米政権の譲歩にどこまでつながるかということにある。

 

新垣結衣&星野源の共演がついに実現?『逃げ恥』続編ほぼ絶望も新妻の主演映画に夫が協力、新婚生活にはおのろけ発言

世間をあっと驚かせた女優・新垣結衣(33)と歌手で俳優の星野源(40)の電撃婚から3カ月。その間もなかなか2人のプライベートは明かされず、同居しているかどうかも定かではない。一方、どちらも仕事は順調のようで、2人に関わるある極秘プロジェクトが進行中だという。

新垣結衣、姿を見せない仕事で「妊娠中?」憶測広がる

新垣結衣が16日午後7時半からNHK総合で放送される番組『ふたりのディスタンス』でナレーションを務めることが12日、明らかになった。

番組は終生のライバルや反目しながらもリスペクトする親子、切っても切れずに結びついた夫妻という“ふたり”に焦点を当て、その距離感を見つめるドキュメンタリー。

主題歌は米津玄師(30)、番組ロゴはスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサー(72)が担当するなどかなり力が入った番組で、そのひとりとして新垣にも白羽の矢が立ったという。

結婚発表後はドラマ『ドラゴン桜』にサプライズでゲスト出演した程度だった新垣。それ以外は表舞台に出ることなく、その姿をファンの前に見せることもなかった。

久々の仕事が顔を見せないナレーションということで「妊娠したのでは?」との憶測もあるようだが、実際はどうなのだろうか?

【関連】人気アイドル、パワハラ&暴行疑惑の音声流出。ZOCメンバー“怒号と大号泣”の壮絶現場、「悪質な炎上商法」にファン失望

ガッキーと星野が結婚後初の“夫婦共同作業”

芸能事情に詳しい週刊誌の記者は次のように語る。

「新垣さんの妊娠の可能性は限りなく低いとみられています。というのも、来期の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の撮影がスタートしているからです。しかも、新垣さんは第二次出演者ということで、クランクインするのは少し先。そうした現状から妊娠はしていないという見方が強いです」

結婚発表後は仕事をセーブしていた新垣だが、今後は徐々にペースを上げていくとみられる。そんな中、夫である星野源を巻き込んだあるプロジェクトが進行しているという。

「キッズに人気の児童文学作品が映画化され、来春に公開する予定だといい、新垣さんが主演するようだという話を耳にしました。しかも、主題歌を担当するのは星野源さんだそうで、夫婦で1つの作品を作り上げていくことになりそうです。残念ながら共演という形ではないようですが…」(前出・芸能記者)

これが事実であれば、結婚後初の共同作業となり、注目を集めることは間違いない。劇中で2ショットが見られることはなさそうだが、もしかしたら映画のPRイベントや番宣番組での共演があるかもしれない。

【関連】熊田曜子がウーマナイザー不倫騒動から復帰。3000万円消滅もあの業界が熱烈オファー?SNSは“夜の玩具”いじりで大荒れ

主演・新垣結衣、主題歌・星野源という並びはかなり強い。ファンにとっても嬉しい限りだろう。

ラムダ株“隠蔽”の菅政権に「ふざけるな」国民激怒。人命より五輪、最凶ウイルス日本上陸を隠しクソ開会式を決行していた?

新型コロナウイルスの中でも致死率が高いとされるラムダ株が検出されながら、東京五輪期間中に“隠蔽”したとされる問題で、自民党外交部会長を務める佐藤正久参院議員が「もっと早く問い合わせがあれば答えた」と答えたことが物議を醸している。何か意図があったと疑われても仕方のない言い訳で、大きな波紋を呼びそうだ。

ラムダ株の国内初感染を公表しなかった菅政権

12日にBS-TBSで放送された『報道1930』に出演した佐藤氏は、ラムダ株感染が国内で初確認されながら公表しなかった件について問われ、「早く発表すべきだったが、政府の中でも情報が共有されていなかった。(8月6日に明らかにしたのは)報道機関から問い合わせがあったから答えた」と釈明した。東京中日スポーツが報じた。

南米・ペルーが由来とされるラムダ株をめぐっては、ペルーに滞在歴のある30代女性が7月20日に羽田空港に到着し、検疫で陽性が判明。その後、国立感染症研究所の調査によりラムダ株と確認されたという。

ラムダ株隠蔽②

一連の動きが東京五輪開催時期とほぼ同じため、「五輪を優先してラムダ株感染を隠蔽したのでは」との疑いがもたれている。

【関連】京大教授が嘆く、ワクチンと死亡者数の関係を「数字」で理解できない人々

国立感染症研究所の解析により「ラムダ株が日本に入った」と明らかになったのは7月23日。その事実を厚労省に報告している。23日は東京五輪が開幕した日でもある。

そして、ラムダ株が日本で確認されたことを国際機関に報告したのは3日後の26日。この日の日本はメダルラッシュに沸き、卓球・混合ダブルスで水谷&伊藤ペアが金メダル、柔道男子73kg級で大野将平が金メダル、スケートボード女子ストリートで西矢椛が金メダルなど、金銀銅合わせて7個ものメダルを獲得していた。

永田町や霞が関の動向に詳しい記者は、「開幕直後のメダルラッシュで盛り上がる中、『致死率の高いラムダ株が国内で初感染された』と水を差すような発表はできなかったいうのが本音」だと語る。

「ラムダ株だときちんと調べた、国際機関にもちゃんと報告したと、後から言われても答えられるように、やることだけはやっておいたということです。その上で、国民に向けた発表だけはせず、ラムダ株感染の事実を隠蔽したと疑われても仕方がありません」

厚労省が発表したのは今月6日で、その間の14日間は沈黙していたことになる。報道機関からの問い合わせがなければ公表する気はなかったと言わざるを得ない。

【関連】東京五輪“強行”の代償。国民の血税で尻ぬぐい開催費4兆円と箱モノ大赤字の連帯責任

「東京五輪が最優先」で人命無視の“隠蔽疑惑”

ラムダ株の隠蔽疑惑を最初に報じたのは米国のニュースサイト「デイリー・ビースト」だった。

デイリー・ビーストは8月6日付で、『東京はオリンピック直前に命に関わる新しいCOVIDの変異株を隠蔽』と題した記事を配信。その中で、「国立感染症研究所の研究者はデイリー・ビーストに、ラムダ株は空港のチェックで発見されたと語った」と報じている。

同メディアはラムダ株が確認された事実を再三厚労省に問い合わせたが返答はなかったといい、「私たちは24時間態勢で電話をかけて警鐘を鳴らした。しかし、大臣が記者会見を予定していた日まで厚労省は黙っていた。発表するつもりはなかった」と隠蔽を糾弾した。

いずれにしても、佐藤氏が語った「もっと早く問い合わせがあれば答えた」という言い訳はあり得ない。ラムダ株の存在はすでに世界中で知られており、「ラムダ株に対する意識の高さがなかった」とのコメントはあまりにも無責任だといえるだろう。

ラムダ株はすでに中南米を中心に広域に拡大している。日本国内で初感染が確認された時点ですぐに公表すべきで、早めに公開しなかったというのは何かの意図があったと疑われても仕方がない。

【関連】世界的エンジニアが提言。深刻な「救急患者たらい回し」を解消する最適解

アスリートたちには何も責任がない。政府の隠蔽体質がまた東京五輪の価値を損ねてしまう結果となってしまった。

“ハマのドン”暴露で露呈した菅首相の求心力低下。横浜市長選「候補乱立」ウラ事情

8月22日に投開票が行われる横浜市長選挙。自らの地盤での選挙を絶対に落とせない一戦と位置づける菅首相は、国家公安委員長の職をなげうち名乗りを上げた小此木八郎氏を推し必勝を期しますが、事は思うように進むのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、菅首相の計算違いと求心力の低下により、「思わしくない結果」に終わる可能性を示唆。そのような事態となった場合、自民党内で「菅降ろし」の動きが本格化するのは間違いないと記しています。

【関連】大臣を辞めて横浜市長選へ出馬の異常。小此木氏の背後に“ハマのドン”と菅首相の影

 

菅首相の弱体化が招いた横浜市長選の候補者乱立

広島の平和記念式典で、核兵器のない世界の実現に言及する肝心な1ページ分を読み飛ばし、最後まで辻褄が合わないことに気づかなかった菅首相。意味も分からず原稿を読んでいたことがバレて、世界に恥をさらしてしまった。

役人に作文をさせるのは仕方がないとして、それをまともに読めないのは困ったものだ。言質をとられないようにするあまり、官房長官時代の記者会見や国会答弁で、断片的な官僚メモに頼りすぎたツケがまわっているのではないか。被爆国日本の首相として大切な式典である。ふつうなら、官僚の草稿に手を加えるなりして、事前に何度も読み返すものだろう。

さて、東京オリンピックは閉幕したが、菅首相がもくろんでいたように、メダル獲得に沸く世間のムードが政権の評判を好転させた、とはいいがたい。むしろこの間、デルタ株の猛威で新型コロナ感染は急拡大し、打つ手を見失ったかに見える政権への風当たりは強くなる一方だ。

こんな調子では、菅首相と二階幹事長が描いていた総裁再選シナリオは実現できそうもない。すなわち、菅首相による衆議院解散・総選挙で及第点といえる戦果を挙げ、国民の信任を得たとして総裁再選に持ち込む目論見は、いまにも崩れそうである。

こういう状況のなか、8月22日の投開票をめざして真夏の陣が繰り広げられているのが横浜市長選だ。菅首相にとって、単なる地方選と片づけられない戦いである。

全面支援を菅首相が明言している前国家公安委員長、小此木八郎候補が敗れるようなことがあると、菅首相では選挙を戦えないとして、「菅降ろし」の機運が党内で一気に高まるだろう。なにしろ、横浜市といえば、菅首相の選挙地盤であり、金城湯池とされているのだ。

ところが、小此木氏が必ずしも勝てるとは限らない風向きになっている。菅首相の第一の計算違いは、四選をめざす林文子氏の出馬だ。おかげで、自民党市連が分裂して戦うことになった。

林氏は市長として菅氏の牙城をしっかり守ってきた。財政難に陥っている市政を立て直すため、カジノを含むIR(統合型リゾート)の実現を推進しようとしているのも、菅氏の意向を受けたものだった。

しかし今回、菅首相は林氏の出馬を望まなかった。多選批判がどうだとか、年齢がどうだとかは関係ない。菅首相がIRを実現したいのなら、林市長のままでいいはずだ。どんな事情があったのか。

内幕の一端を、「ハマのドン」こと、藤木幸夫氏が外国特派員協会の記者会見で暴露した。

藤木氏は2年前から「ミナトにバクチ場はつくらせない」とIRに猛反対し、山下ふ頭の独自の開発案をひっさげて「横浜港ハーバーリゾート協会」を設立、IR推進派の自民党市議らに「落選運動をやるぞ」と脅しをかけ続けてきた。

港湾荷役業「藤木企業」の会長として、ミナトの発展にかかわってきた藤木氏は、横浜エフエム放送や横浜スタジアムの会長でもあり、繁華街、観光地、ビジネス街をかかえる中区と西区での影響力が強い。

【関連】ラムダ株“隠蔽”の菅政権に「ふざけるな」国民激怒。人命より五輪、最凶ウイルス日本上陸を隠しクソ開会式を決行していた?